2009年01月

2009年01月31日

旅館の梅干し




カッパ画人は若い頃より旅が好きだった。

絵の勉強を兼ての事だが、写真も撮りたかった。


昔は、国内なら何処の旅館へ泊まっても、

お茶と一緒に梅干しに砂糖をかけた小鉢を

女中さんが運んで来る。


朝のコーヒーも好きだが、苦味のきいた緑茶に

甘酸っぱく口中で広がる砂糖梅干しは疲れを

忘れさせてくれた。



近年はアトリエで仕事が一段落した後に、

旅の宿を思い出しては、小皿に田舎造りと

称される酸味が比較的強い梅干しを五つか

六つに白砂糖をかけて、爪楊枝で一つ口に入れ、

タバコがわりにスッキリと気分転換をはかっている。



最近は梅干しも種類が多く、デパートの地下食品売場や

下町の老舗食品店で、その都度異なった銘柄を買ってきては

その味を楽しんでいるが、中には見かけ倒しの値段だけ

高い物も有り、落胆した日は、ついつい禁煙のタバコに

手がのびそうになってしまう!



健康には気を付けなければ成らない日々である。








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2009年01月30日

ポマード




通称、「ポマード」と呼ばれ、ある意味では無能な

総理大臣がいたが、カッパの兄もポマードで髪を

格好良く固めていた時期があった。




冒険家だった私の兄はスポンサーである某、大メーカーや

報道関係等に出掛ける時ならまだしも、近所にタバコを

買いに行く時さえも、ポマードを頭にベットリ塗りたくり、

真夏以外は濃紺の背広を着て出て行く。


旧式なポマードの臭いはキツク家中に充満する。


戸扉や窓を全開にして家中の空気を入れ替えるには

時間がかかり、気候の良い時なら我慢も出来るが、

寒い冬の朝はたまったものではない!


臭いと文句を言っても、兄には馬に念仏である。



しかしながら、自分でもその格好悪さと時代遅れの

ベタベタしたキツイ臭いの旧式ポマードに気が付いた。


そんなある日の事、兄はヘアースプレー缶を

宝物でも見つけた様な顔をして買ってきた。



此れが又、大変な事態になった。

鏡に向かい、しきりに何度となくスプレーを髪に吹き付ける。

今度は又、ヘアースプレーの変な臭いのついた霧が家中に

充満する事になり、私が朝寝坊しているとスプレーの臭いで

咽て目が覚めたりした。



住宅の造りが現代の間取りとは違って、部屋と部屋の境は

襖や障子で欄間が有るために、隣の部屋の臭いは襖を

閉めていても、欄間の隙間や廊下から幾らでも部屋に

入り込んできた。


一回に大量にスプレーをする為、ヘアースプレーの缶は

たった数回兄が使うと空になった。


こんな迷惑をしても、私達、昔の兄弟は文句を

厳しくは言わなかった。

別に理由は何も無いが、兄の出掛けの儀式だと

それなりに理解していた。



冒険家だった兄は秋、冬、春は濃紺色の背広に

高級ブランドのネクタイをキリッと締めて

夏季は白い背広、チョットお洒落でスポーツマン?


当時としてはカッコ良かった様である。





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2009年01月29日

砂糖ドッサリのトマトジュース




もうすぐ冒険家だった兄の命日が来る。


お互いに暇さえあれば、カッパの私と

夢を語り合っていた兄も、亡くなって

早、丸四年の月日が経ってしまった。



昨日、東京の下町を歩いていると八百屋の店先に

生産者の顔写真が付いたトマトが赤い顔をして

並んでいたのが目に入った。


トマトは冒険家だった兄の大好物だ。


甘党なこの兄は若い頃より入れ歯だった。

熟したトマトは食べやすかったのかも知れないが、

特にミキサーでジュースにして砂糖をドッサリと

入れて飲むのが大好きだった。




昔は町の八百屋では近年の様に季節外れにトマトは

売っていなかったから、夏季にトマトが当時十円で

手頃な大きさのやつが5〜6個は買えた時代に母が

大きな紙袋一杯トマトを買って来ると、兄が一人で

ジュースにして飲んでしまい、何度か私と兄弟喧嘩を

した事もあった。


トマト戦争である。



母が台所で仕事をしていて小言を言ったのは、

兄がトマトジュースに白砂糖を一回に山ほど

使ってしまう為に砂糖壺が直ぐに空になった時だ。


兄は他の兄弟とは違い、底無しの甘党だった。


亡くなるほんの少し前まで、ドッサリ砂糖入りの

トマトジュースを飽きずに飲んでいた。

それでも糖尿病とはまるで縁の無い変な体質だった。




命日が来たら墓前には、花よりも赤と緑のトマト、

そして線香より、白砂糖一キロ入りの袋でも

供えた方が兄は入れ歯を外し、歯茎を出して

大笑いしながら満足するだろうかと思案している。






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2009年01月28日

カッパファンだったサンクスの店主




今から十五年ぐらい前、千葉市の外れに新しく

コンビニエンスストアのサンクスが開店した。


其の頃、私が経営していた画廊を兼ねた飲食店の

近所だったので、開店初日から毎日買い物に行った。


ゴツイ顔をした元自衛官退職者の店主と、

実家が実業家で、余り欲のない奥さんと

息子さんが店番をしていた。


毎日、店に買い物に行っていれば自ずと

家族ぐるみの親しさがお互い湧いてくる。


このサンクスの奥さんは大のカッパファンであった。



ある日、私のアトリエにサンクスの店主が

ヒョッコリ顔を出し、「家内の実家が新築したので

お祝いにカッパの油彩が欲しい」と言ってきた。


丁度、タイミング良く個展前だったので新作が揃っていた。

店主は其の中から、カッパの子供を描いた作品に決めた。

後に、先方の実家でも喜んだとの事であった。



それから暫くして、サンクスの店主と家族も店の事務所に

カッパの油絵を飾りたいので1枚欲しいと、画廊に来て、

楽しく水辺で遊んでいるカッパの絵を買って呉れた。



カッパの絵はサンクスの店員さん達にもやすらぎを与えたのか、

商売繁盛をもたらし、連日繁盛していたが、ある日を境に、

急に本部の都合だか何だか知らないが、取り扱っている

弁当やパン等の品質が変わってしまい、私にはどれも

不味く成ってしまったので、段々と足が遠退いてしまい、

私も飲食店を閉めたので、サンクスからは離れてしまった。



それでもアトリエからの帰り時間が早めの日に寄っては

インスタント食品やゲームのソフト、雑誌等を買っていたが、

店主が自宅からの通勤が遠いので、この店はもう辞めると

寂しく言い出した。



間もなくサンクスの経営者は新たな人達に代ってしまったので

私も行かなくなり、コンビニでの買いをする事も無くなったが、

又、最近は自宅近所のファミリーマートで買い物をしている。



この自宅近くのファミリーマートの経営者の家族の方々も

私のカッパに興味を示して呉れて、成田門前カッパ画廊へ

家族で観覧しに来てくれ、夕日のカッパの親子、油彩、

F20号が是非欲しいとの話ではあったが、残念ながら

その作品は非売品の物!


それはカッパ画人の画集に掲載されてる作品で、

他にも何人かのファンから購入希望が有ったので

誰にも売らずにカッパ画廊に展示しておく事にした絵だ。



このコンビニ、ファミリーマートもカッパの油彩でも

事務所に飾れば間違いなく、今以上に幸せの空気が

流れるはずだけれど!



まぁ、私は画商ではないので決して勧めたりはしない。


皆さん、ご安心あれ。







実録!!コンビニバイト日誌




コンビニ不都合な真実



コンビニのレジから見た日本人


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2009年01月27日

海鼠の酢の物




海鼠との出会い?


一番印象深い思い出は昭和四十二年の夏に安房小湊の、

鯛の浦まで仲間と、いすゞの新型車、フローリアンで

ドライブに出掛けた時だ。



鯛の浦では港に隣接した食堂が新鮮な刺身を

食べさせてくれると、釣りキチだった義兄から

聞いていたので、現地に到着した私達は腹の

空いた仲間達と四人で見物は後回しにして

腹拵えが先とばかりに、早速、この釣り宿風の

食堂に上がり込んだ。


そこで刺身の盛り合わせを四人で二皿注文したら

出てきた大皿の上を見て、それだけで満腹感がした。

アワビ、サザエを始め山盛りで、四人で食べても

食べきれずに残してしまった。



その時に酢の物でナマコが出た。

冷や酒にはコリッとして旨かった。



腹拵えが出来てから小舟で鯛の浦見物に出掛けた。



この舟の船頭さんの知り合いの海女さんが、

見物の途中に海藻やナマコの獲りたてを

土産にと舟に海の中から投げ入れて呉れた。


舟遊びの料金にコレも入っていたのかは

定かでは無かったが、下船する時に海女さんへ

心付けを渡した記憶がある。



家に持ち帰り、ヌルヌルしてジャガイモに似た形をした

生きているナマコは母が粗塩で揉み洗いをしてヌメリを

取りのぞき、酢であえてくれた。


コリコリと奥歯で噛むほどに磯の香りが口の中に広がり、

海辺で一杯遣っている様な楽しさが有った。




それから数十年、先日スーパーの鮮魚売り場で

ナマコが売られていたので、買ってきて食べたら

旨くない!


奥歯で噛むと、「コリッ」とはならずにコロリ、

ツルリで、磯の香り等と悠長な事は言ってはいられず、

一片のそれも以前より小粒なナマコと必死で

我が口中で戦わなければ成らなくなってしまった。



これも歳のせいか、入れ歯ではアワビもナマコも難しい・・


この辺でもう海鼠は止めにしょうかな。







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2009年01月26日

鼻先が紅い酔っ払い先生罷り通る




酒が好きな人のタイプも色々あるけれど

私の知人で元学校の先生は旧い言葉でバンカラだ。


その元先生は毎月、給料を貰っても僅か一週間足らずで

給料は全て酒代として使い果たす。


それからが、この先生の生活の知恵の凄さが発揮される。


まずは自分の教え子の中から事業主の子供とか、

商店主の家庭との繋がりを日頃からマメにしておく。



そして自分の財布が空に成ってくると、

それらめぼしい教え子の自宅を順次

家庭訪問等の口実で回り始める。


訪問先の様子を伺ってから、大らかな家庭や

町工場を経営している羽振りの良い家等を

ピックアップしておく。


そのデータを元に、自分が金が無くても

腹一杯飲んだり食べたり出来る教え子の

家庭に訪問する。



この先生の話す事はラチも無い雑談だが、

先生の手振りや話し方が面白く、腹を抱え

目からは涙が出る程に可笑しく楽しい。


学校の先生よりも漫談家の方が良かったのではないかと

聞き手に思わせるので、訪問先の家族皆が心やすく

先生を家族の様に受け入れ、もて成す事になる。



当然、この先生が訪問する家庭の教え子は

素晴らしい成績になる。


親馬鹿は其の成績が子供の実力と勘違いをして

本当の実力も無い子供に過大な期待をしてしまう。


この子供達は何れも人様から尊敬されたり、

うらやまれる人生は送ってはいない。

罪つくりの酔っ払い先生である。


現代なら酔っ払い!紅鼻先生は存在等できないだろうが、

つい二十年以前には立派に教職に存在出来ていたのであった。


其の先生は定年退職後は何処かの館長やら、

審査委員等を歴任していた。



大好きな酒を酌み交わしながらの愉快な話も、

総て紅鼻先生の生活の知恵と出世の道具にしか

無かったのだろう。






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当世酔っ払い事情




もう一杯!!


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2009年01月25日

流行とは無縁な男が流行に乗った!




私の知人で食品を扱う会社の社長さんが

埼玉県に住んでいる。


この社長さんはクルマも服装も日常の生活も

まるで流行には無頓着だ。


仕事関係も現代的とは云えない事を平気でやっていて

誰が見ても流行遅れだと思うが、本人は誰が何と云おうが

一切気など掛けずに自分の遣りたい様に遣っている。


しかしこの社長さん、齢には勝てず、年に一度は

必ず入院騒ぎをする。


一昨年は私と並んで歩いていて、仕事上で良い事が

有ったのか、その夜は馬鹿に浮かれて話をしながら

歩いていたら、途端に道路の淵に躓いて、私が手を

差し出す暇もなく、運悪くコンクリートの上に

ひっくり返り、手首の骨をボッキリと折ってしまった。



昨年は無事だとは云え、白内障の手術を両目した。

骨を折ったり白内障だったりと、社長さんの身体の方は

結構現代の流行には遅れず、人並みである。



ところが今回はいち早く流行に乗ってしまった。


先日、会社の事務所で「たまには俺の料理で飯を食べよう」と

得意の手料理、生姜焼きで社員と四人で食事をしたそうだ。

そして翌朝になって高熱が上がり、医者に行ったら

何と今流行の先端、ソ連A型インフルエンザの

検査結果であったとの事だ。

勿論、予防注射は済ませていた。



物理的な物や精神的な事の流行にはコチラから無視も

出来るけれど、肉体の年輪は流行には敏感な様で、

それを無縁にするには子供の時、いや、その親からも

鍛え抜かなければ成るまい。


社長さんの熱はまだ下がらない様である。

お大事に・・。






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kappa_gallery at 01:18|Permalink日々の出来事 

2009年01月24日

ブリキ屋と云う職業




近年、ブリキ屋と云う言葉は聞かなく成った。


昔は町中にも二、三軒はあったものだが、

今では少なくなり見掛けなくなった。



私が以前住んでいた家の周辺にはブリキ屋が

二軒あり、私が小学生の頃は毎年暮れに成ると

学校の薪ストーブ用のブリキ製煙突を各教室に

取り付けに来たり、新しくブリキのストーブを

作ったりと忙しそうであった。



普段はブリキ製のバケツを作ったり、鍋や釜の

底に開いた穴を塞ぐ修理等もしていた。

また、住宅の雨樋取り付けや修理、トタン屋根の

工事、ペンキ塗り等、色々とブリキ屋さんの仕事も

忙しかったが、雨樋やバケツ、薪ストーブ、住宅の

屋根も時代とともに其の素材も変わってしまい、

ブリキ仕事も少なく成ったのと、ブリキ屋さんの

後継ぎも居なくなったのだろうか、何時の間にか

店は閉めてしまった。



私がまだ小さな子供の頃、ブリキ屋さんの前で

店内の仕事を友達と見学していた事があった。

其の時はピカピカと零れ日に光るブリキの板で

雨樋を作っていた。


大人になってから、私が最後にブリキ屋さんに

仕事を依頼したのが今から十五年近く前になる。


暫くしてから親子二代続いた職人気質なブリキ屋さんは

仕事を廃業してしまった。


現代はブリキ職人に限らず後継者問題が大変である。







ブリキアルファベット


丈夫で使いやすいブリキのバケツ外に置いても長持ちします。直径27.0cm[萬年ブリキのバケツ 8...




ブリキ屋のおじいちゃんのライフワーク数学とは?


kappa_gallery at 01:08|Permalink昭和の風景 

2009年01月23日

シアタースピーカーの世界




昔の映画館や劇場等の音響システムに使われていた

シアター用スピーカーの箱は一般にオーディオ店で

売られいてる民生機の様に上品なデザインや美しい

木目、きめ細かな塗装等とは無縁な世界である。



大、小の様々な劇場等に適合する音の特性を

追求するにあたり、外観は機能本意である。


塗料の色も冴えなく地味で、塗装した際の

刷毛の跡が残っていたりする。


ダイキャストの金属製ホーンはつなぎ目の溶接に

全く気を遣かっていない雑な仕上がりになっている。


外観から見れば汚らしく悪いところだらけで

良いところ等無いのだけれど、コレが業務用の

アンプを接続して音が出てくると、その音は

どんなに高級高価な民生機とも全く次元の違う

音を再生するのが最大の魅力である。



このプロ機の出す音を一度ジックリ聴いてしまうと

忽ち虜に成ってしまうのは不思議な魔力であり、

魅力でもある。


私は仕事を兼て若い頃から音響メーカーの実験室や

映画館等の劇場、世界の名器を集めてある某試聴室で

毎日時間が許す限り聴いていた時期があり、その時に

シアタースピーカーが出す音の虜になってしまった。



自分のアトリエの空間と予算の都合でアルテック社製の

A7と云うスピーカーをステレオで十数年間使っていたが、

それ以前は同じアルテック社製のバレンシアと云う製品で

グリーンのユニットが入ったスピーカーを使っていた。


バレンシアはA7の民生機型であり、特に比較的室内では

小さな音で鳴らす事を前提とした箱の設計なのか、低域の

再生がA7よりも豊であった。



しかし私には大きな不満があった!

それは同じアルテック社製のスピーカー、A5の音が

大好きだったからである。


今でも、あの音は何とも言葉や文字では表現出来ない

繊細で軟らかく、そして抜群なパンチの良さ・・。


現在でもA5の右に出るスピーカーは幾つも無いだろう。

思い出す度に欲しくなるが、未だ自分では所有した事は無い。


A5には縁が無いのかもしれない。

予算がある時はカメラやクルマに現を抜かしていて、

いざ買いたくなった時には金が無い!

貧乏のどん底だったりとカッパ画人は人生平坦な道を

歩けば良いのに、山坂を楽しみながら歩いているから、

やっぱり人間離れしたカッパだ。



現在はもうアルニコマグネットを使用したユニットの

新品は生産されておらず市場には無いので、新品同様で

程度が良い物を探すとなると大変であるし、また有っても

えらく高価だろうなァー。



アトリエも広くしなければ駄目だから、現在の処は

A5のスピーカーは希望か夢か解らないのである。








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kappa_gallery at 01:28|Permalink真空管・オーディオ・他 

2009年01月22日

検見川神社にて




先日の事だが、今年も検見川神社

お札をいただきに行った。



朝空は晴れ渡り、風もなく気分も壮快だ。

昨年頂いて来たお札やお守り、神鏡等を持って

検見川神社に向った。


クルマで三十分程で神社に到着した。

毎度の如く、神殿横にある受付けの方々は

親切な対応をしてくださり心も癒される。


先ずは検見川送信所ラベルのお酒を奉納して、

今年も昨年と同じ、お神楽付きのお札をお願いしたら

早速、巫女さんが特別の貴賓室へと案内してくれた。



昨年もブログに書いた通り、この貴賓室の白いソファに

深々と座ると神様に招かれた様な気持ちになってくる程に

清らかな空気が流れていた。



応接間1





















巫女さんが紅白のお菓子と緑茶を持ってきてくれた。


この巫女さん、若く美人で健康的な娘さんだったので、

つい話しかけた。


検見川送信所の話をすると、この巫女さんが、

「私も検見川送信所を知る会の会員です」との事だ!


検見川送信所を知る会も皆さんの熱心な努力で

若い人の会員さんが増えてきた証である。


カッパも嬉しかったので思わず二人で微笑んでしまった。



巫女さんはこの時期、とても忙しいので話はそれで

終ってしまったが、別れ際にこのブログを教えてあげた。


暇な時にでもこのブログに遊びに寄ってくれたら

又、より検見川送信所を知る会の親密な発展に

繋がれば良いと思う。


暫らく待っていると宮司さんがお札と神鏡等をお持ちしてくれた。

今年は宮司さんから我が家へのお土産にと、大きな招福熊手を

プレゼントしてくれた。


初詣から大変縁起の良い事である。



こちらの検見川神社の宮司さんは心のこもったお付き合いを

ジーパン姿のカッパにも何気なくして頂けるので好感が持て、

私は検見川神社が大好きである。


帰りは玄関迄宮司さんをはじめ、巫女さん数人で

送り出してくれたのも心優しく頭が下がる思いである。



帰路の途中で検見川送信所に寄り、落葉して裸になった

大きな銀杏の木を写真に撮ろうと立ち寄ったところ、

職人の手で銀杏の枝は綺麗に伐られ、其処には背の高い

銀杏の幹だけが送信所の建物と春を待っていた。




kappa_gallery at 01:21|Permalink日々の出来事