2009年02月

2009年02月28日

車検・可笑しなディーラーの対応




カッパの乗用車も車検を受ける時が来た。


先日、馴染みのディーラーのサービスカウンターに

予約を申し込んでおいたので、車検に出すクルマの

納税証明書等を持参してサービス課を訪れた。


ディーラーでは車検整備も懐石料理宜しく、

各コース料金が設定されていた。

フロントマンの説明を一応聞いてから、

「車検整備コース」を選び、お願いした。



税金、自賠責保険等は其の場で十万円弱の

現金を払わされた。

他店に車検を頼んだ時は全てが終わり、自分のクルマを

引き取る時にクレジットカードで全額支払ったが、

このディーラーさんは町の修理工場並みで、現金先払いだ。


此れは法定金額なので仕方が無いが、

其の後の言葉が珍妙だった。


「整備代金も現金でお客様皆さんから戴く様に

本部から言われておりますので、カード決済は

出来ません」と真面目な顔して言った。


私は其の意味が理解出来なかった。


前回迄はタイヤやブレーキパット等、このクルマは

よく部品を磨耗するので、何回と無く修理の折には

カード決済をしていた。


だから、突然のフロントマンの申し出に何だか不信感を

覚えて、今現金で支払った法定費用を返して貰い、

クルマも預けず帰ろうかとも一瞬思ったが、人間性の善い

フロントマンや工場長とも何年ものお付き合いだ。


此処は我慢して本部にカード決済が出来るように

話しをしてくれと頼んできた。



結果はカード支払いでOKとなったが、何時もカード決済している

カッパの面子を潰され、元首相の言葉を借りれば、怒ると云うより

笑ってしまう話である。



今時、自動車メーカーの大きな看板を掲げた老舗の

ディーラーで、日本のクレジット会社を代表する

カードを拒絶するのは可笑しな話である。


私も意地と面子でカード決済したが、

後味の悪い結果と成った。



月末は、誰もが現金が欲しいのは別に不思議ではないが、

近年は現金支払いよりも自動車専用高速道路のETCの如く、

カード支払いが最優先する時代である!


ETCも誰かの利権の為のクレジットカードのみなのだろうが、

世の中、可笑しな事だらけである。









本気のクレジットカード選び(2009)




1500円で車検がとれる本


kappa_gallery at 01:02|Permalink クルマの話 

2009年02月27日

戦前から家にあったツァイスの双眼鏡




子供の頃から我が家にはカール・ツァイスの

双眼鏡が私の手の届く棚に置いてあった。


勿論、この双眼鏡がツァイス製と判ったのは

私が大人に成ってからだけども、この双眼鏡は

父親が大事にしていた。



私の父親は戦前、海外在住のおりに

狩猟をスポーツとして愉しんでいた。


当時、銃砲店でも大変高価だった

この双眼鏡を買い求めたと言っていた。


父は外国の広い深山等で鳥の大群やら

猪等をこの双眼鏡で見極めていた。


戦後は狩猟を止めたので、私と山へ散歩に

出掛ける時によく持っていき、小鳥を見つけては

「あの鳥は何々だよ」と、双眼鏡を私に覗かせて

説明をしてくれた。


小型の双眼鏡は子供の手にも扱いやすく

鮮明に小鳥等を観察出来た記憶がある。


何年かに一度は春先になってから、天気の良い日に

この双眼鏡を分解掃除する事があった。


父は書斎の本箱の引き出しから小さな工具を出してきて

双眼鏡をバラバラに分解し、各部分を手入れして

また組み立てる。


几帳面が着物を着ていた様な父は、少しでも

汚れていたり、双眼鏡の駆動部分に気になる

動き等があるのは許せ無かった様だ。



それから何十年の月日は流れて、私がカッパに

なってから皮ケースに収納されて父の本棚の

引き出しにしまってあった父の形見の双眼鏡を

暫く振りに出して覗いてみたら、あれ程美しく

見えていた景色はぼやけてレンズはカビだらけ、

まるで壊れかけた蜘蛛の巣の様な模様を

目にするだけと成ってしまった。



その内に修理にでも出そうかと思っていたが、

結局は暫らく経ってから国産の手頃な大きさの

双眼鏡を買ったのでカール・ツァイスの双眼鏡は

日の目を見る事なく、私の少年時代、父との思い出

だけを残して、その長い永い生涯は終ってしまった。



新しく買った国産の双眼鏡はレンズも明るく

小鳥や高い枝の木の実等は良く観察できたが、

ツァイスと比べると立体感や色彩が真面目過ぎて

絵描きのカッパにはもう一つ物足りない部分がある。



何れ、また小型のツァイスの双眼鏡を買おうとは

思っているが、今は何故かカメラのレンズに手が

伸びてしまうので自分ながら困ったものである。









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kappa_gallery at 01:04|Permalink 雑談 

2009年02月26日

床屋の情報源




床屋さんという職業は店に来たお客の雑談や無責任な

世間話を真に受けて、本当の自分を忘れてしまい、

商才も無く、能力も貧弱なのに自分が偉くなった様に

其の気に成ってしまい、株屋と投資談義をしている話を

隣で黙って狸寝りしながら聴いていると、思わず床屋の

話の内容が幼稚過ぎて笑ってしまいたく成る。



私も決して株の専門家ではないが、子供の頃から

父親が財産の一部に銘柄株を買ったりしていたので

何となく若干な知識が身についた。


財産株について云えば、お爺さんの代からだと私は三代目になる。

だからと云って、現在は投資信託すら銀行から勧められても

お断わりしてる。


こんな生い立ちなので少しは新聞やインターネットの

株式関連には興味がある。

だから、床屋の大将の話が傑作に聞こえる。



その床屋さんは奥さんの遺産相続で金回りが良くなり、

株屋に乗せられ、彼としては大金を株式に投資してしまった!


所詮、床屋で頭の良い奴等には未だ私は出会ったことが無い。

殆どの床屋さんは客の話の受け売りだ。


専門的な勉強や、自分で調査もせずに株などに手を染めれば

一年も経たない間に大損害を被り、世間の景気のせいにして

世の中を恨んでいた。


この床屋さんの買った株は現在価値が下がり続け、

売るに売れない状態だと嘆いていた。

お気の毒である。



もう一軒の床屋さんは中学生迄は学校でも

優等生だったと同級生が誉めていた。


人柄の良い床屋さんだが、常連客と其のグループに

洗脳されて高額な健康食品の販売話に乗ってしまった。


一本、数千円もするドリンクを何百万円分も仕入れて

口コミで店の客や知人に売ろうと懸命だが、高額商品で

胡散くさい話は、殆どの客や友人知人も相手にせず、

商品の在庫も減らず、可愛そうな床屋さんである。


慣れない他の商売に精を出す時間があったら

本業の床屋の技術向上に努力をした方が賢明だと思うが、

床屋さん達はいい加減な客の話にヘンな欲を出すものである。








株式投資これだけはやってはいけない




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昔懐かしい床屋で使用されていたシェービングカップ!!シェービングカップとひげブラシ(馬毛)



kappa_gallery at 01:04|Permalink 雑談 

2009年02月25日

防寒コートの思い出




近年、少なくとも東京や近県では寒中であっても

数十年以前の様な厚手の防寒コート等を

着用している人を見かけなく成った。



昭和三十年代辺りまでの冬は筑波おろしの風も冷たく、

学生の頃は毛布の様な厚手の外套を着ていた。


そんなある日に絵描きの兄貴が実家の我が家へ

久しぶりに帰ってきた。

其の時分は、兄は未だ絵描きとしてようやく世に

出始めた頃でもあり、貧乏絵描きの代表みたいであった。


以前、父が兄に遣ったフランス製のモスグリーンのコートは

軽く暖かで兄も気に入っていたのだが、お人好しの兄は友達に

貸したきりその友達は消えてしまい、自分は寒い想いをしながら

徳利のセーターで青い顔して家に入ってきた。


母は兄の寒そうな姿を見て、

「お父さんからオーバーを貰って行きなさい」と

タンスから父のカシミヤのナス色したコートを早速出して着せていた。

父と兄貴は体型が同じなのでお誂えむきだった。


絵描きの兄が帰った後のある日、父が用事で出掛ける時に

一言だけ、「あのオーバーは俺も気に入っていた」と云いながら

鏡の前でネクタイを結んでいたのを今でもはっきり覚えている。



この話には後日談がある。

この冬はカシミヤの外套が軽く暖かいので兄は何処へ行にも

着ていったらしいが、私が春休みに兄のアトリエを尋ねたら

外套は壁に釣り下げてあった。


暫くして秋に又、兄のアトリエに寄ったら相変わらず外套は

壁にぶら下がっていた!

襟や肩は綿塵と埃で真っ白に汚れ放題に成っていた。


それから数年、冬が来ても夏に成っても外套は同じ場所で

埃を被ったままに成っていた。


その後、アトリエの引っ越しを期に外套は無くなってしまった。


ある寒い日に私は兄に尋ねた事がある。

「外套を何故着て歩かないのか?」

兄は言った。

「クリーニングに出してから着る」と、

それ以後クリーニングに出した様子は無く、父が大事にしていた

外套も絵描きの兄に逢えば、使い捨ての絵筆の如しだ。

私は父や母には黙っていた。



兄は寒さ暑さには強い男だ。

今だに風邪をひいて寝込んだ事など見た事がない。


現在、八十才を数年前に過ぎたのに北風が吹き荒れようが

頭には帽子だけ被って庭で平気に油絵を描いている。


オッ、来たか、風邪ひくなよ!

お互いニコリと笑う。



これが兄が私にかける真冬の挨拶である。









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kappa_gallery at 01:10|Permalink 昭和の風景 

2009年02月24日

ロウ石遊び




近年は子供達の遊びも変わってきたので、

路上にロウ石で絵を描く事も少なくなった。

暴走自転車や自動車が走る中で路上に絵等、

描いてはいられない。



昭和二十年代はこの街も舗装道路は極めて少なく、

砂利道か土が踏み固められた細道が殆どだったので

路地の土だけの道の表面は歩行者に踏み付けられて

固く成っていたからロウ石で絵を描いたりして遊べた。


比較的広い舗装道路もクルマの通りが少なかったので

ロウ石で悪戯描きにはちょうど良かった。



その頃は駄菓子屋や三文商いの店が何軒もあり、

下校時刻あたりから子供達でどの店も賑わっていた。


そして、店の棚にはロウ石が必ず並んでいた。



ロウ石で遊べる期間は霜が降りなくなる春から晩秋迄位だ。


冬場は霜解けで泥道になり、広場や草原も霜が溶けて

ドロドロに成ってしまうので、下駄の歯の間に泥が詰まり

上手に歩かないとコロコロして大変な事に成りかねないから

ロウ石で遊ぶ事は出来なかった。



先日、行きつけの文具店で旧く成ったロウ石を目にした!


棚の隅に、もう長年売れずに場所塞ぎだと、

頭に被った埃避けの日本手ぬぐいから白髪が

はみ出してきた女店主が寂しげに笑っていた。






(たくみ)太角石筆(No.402)




「はい、カットーッ!」気分は名監督♪空沼工房手作り カチンコ携帯ストラップ


kappa_gallery at 01:12|Permalink 昭和の風景 

2009年02月23日

竹久夢二とシマヤ酒店




この間、検見川送信所のシンポジウムで

千葉市立美術館が有る鞘堂へ行った。


市立美術館では竹久夢二の作品が展示されていると

聞いていたので、シンポジウムの合間に観に行ってみた。


夢二の作品は展示されていたが、予想通り今までに見た

どの夢二展よりも御粗末だった。


例えば、旅先の長野県内で立ち寄った喫茶店の

夢二コレクションの方が個人蔵であっても

見応えする作品を展示してあったものだ。



千葉市若葉区みつわ台に在る地酒のシマヤ酒店

二階ギャラリーにはシマヤのオヤジさんが人知れず

夢二の作品をコレクションしてある。



 特別にシマヤの社長さんに許可をもらい店長の今井さんに案内をしてもらった。
浪漫亭1
























以前に千葉市立美術館で夢二の企画展が開催された時、

同時にシマヤさんでも夢二展を開いていた。

そしてその作品は美術館の展示作品よりも評価が高く、

シマヤさんも美術館に貸してやると云ったほどである。



    これは竹久夢二・シマヤコレクションのほんの一部、
    陶器は陶芸家、神谷紀雄さんの作品、昔、このギャラリーで
    私のカッパ展を開いた時、オープニングパーティーに
    100名以上の文化人が来てくれた事がある。
浪漫亭2






















このシマヤさんの作品の出来栄えは天下一品揃いである。

何故なら、作品の出所がいい加減な画商から買った物ではなく、

シマヤ酒店のお客さんでもある夢二の子孫、竹久みなみさんが

直接展示した物であり、竹久みなみ氏公認の作品である。


この夢二のお孫さんとは私も養老渓谷に在るシマヤ山荘へ

遊びに行く際にクルマで同席したが、真面目で如才無い方と

お見受けした。



シマヤのオヤジさんは何かに凝りだすと他人に負けるのが

大嫌いで、直ぐに日本一を目指してコレクションを始める

拘りの人である。


この事は、シマヤ酒店の品揃えを覗けばすぐに分かる。


又、趣味の一つで遣っているクルマ屋はイギリスの

自動車メーカーで高級スポーツカーを製造している

ロータスの正規代理店であり、国道16号線沿いの

ガレージシマヤ
に行けば納得出来るはずである。


ロータスの在庫は日本一、それを展示販売して

倉庫にもストックがビッシリと並び、オプション

パーツやアクセサリーは足の踏み場が無い程に

在庫して満足しているオヤジさんである。


この凝り性のオヤジさんが集めた竹久夢二の作品は

どれも観賞価値の高い一級品ぞろいであり、個人の

夢二コレクションでは日本一かもしれないが、

現在は一般には公開していない。


どうしても見たければ地酒の常連か、高価なロータスでも

買ってオヤジさんと仲良くならないと珠玉のコレクションを

観せてもらうのは無理そうである。









[山梨県]1997年 竹久夢ニ「秋」ラベルシャト−ルミエ−ル・白・750ml 中辛口




林の一押し!★菊姫「夢二」黒猫・限定大吟醸酒1.8L・生酒(冷蔵してください)




林の一押し!★菊姫「夢二」おごそずきん・限定大吟醸酒おりいり1800ml・生酒(冷蔵してください)




[福岡県]・喜多屋・夢二・「青い衣服の女」麦焼酎・40度・720ml




[福岡県]・喜多屋・夢二・「桐下離別」米焼酎・40度・720ml




kappa_gallery at 01:21|Permalink こだわりの店 

2009年02月22日

酒がどっさりある狸の蔵・シマヤ酒店




タヌキの置物が店先に頑張っている千葉市若葉区

みつわ台のシマヤ酒店本店、私はカッパラベルの

お酒でお世話になっている。


シマヤ本店1


























このシマヤ酒店は地酒の在庫量では普通の

小売店としては日本一だろう。

広い店内全部が地酒や焼酎、洋酒で埋まり、

別の場所に在る保冷倉庫にも、どっさりと

地酒を仕入れて在庫している。


店の奥は生酒がびっしりと詰まった保冷ケースが

何台もならんでいる。


武骨に造られた陳列棚には日本列島、東西南北から

それぞれ自慢の地酒の瓶や、珍しいラベルの酒が肩を並べる。


シマヤ本店2























以前は洋酒党だった私には見た事も無く、

名も知らない銘柄ばかりだった。


色々な数えきれない地酒の種類に興味を覚えて、

その後は地方へ出掛けた時には土地の酒屋に立ち寄り

地酒の見識を広げる様に成った。




ワイン売り場の奥にある地下入り口の階段を降りると

地下のセラーには世界の一流のワインが静かに眠っている。


薄暗く静かな地下のワインセーラー、無造作に置かれた

数知れぬワインの一角に金網で仕切られた棚がある。


中を覗けば数十万円から数百万円する超高級ワインが

山と貯蔵されていて、どれだけ在庫が有るかも分からない量だ。


ある時、シマヤの店員さんが出入り業者と

「在庫のワインと地酒はそれぞれ数億円分は有る」と

話を交わしているのを思い出した。



このシマヤ本店には個人でもワイン好きな客が来て、

一度に数百万円分のワインを買って行くとの事であるが

何百万円分の酒やワインが一度に売れても、在庫の何処が

減ったのか分からない。


店頭で休み無く売れても年を増す毎に在庫品は増え続け、

現在も日を増す毎に珍しいお酒が増えている。


また、早い時期からインターネット通販にも力を入れており、

カッパラベルのお酒は発売当初、楽天市場の日本酒ランキングで

八海山、久保田、出羽桜、越の寒梅等の有名銘柄を押さえて

三週連続で売り上げ一位に耀いたほどであった。




こだわりを大切にしている不思議で珍しい日本一の酒屋、

それがシマヤ酒店である。


振り返れば、シマヤの社長さんとも、もう二十数年の

お付き合いになった。



白髪も増えてきた昨今である。









林の一押し★喜びのお酒おもいきり乾杯!鏡開きセット&喜びいっぱい岩の井吟醸1800ml限定8個




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[千葉県] 不動 純米吟醸 袋吊り搾り 無濾過生原酒 総の舞 1.8L シマヤ限定酒


kappa_gallery at 01:16|Permalink こだわりの店 

2009年02月21日

カメラ病は遺伝する




明治生まれだった私の親父は若い頃から

ドイツ製のカメラを使っていたが、海外から

カメラを買うのは大変だったと言っていた。


そのカメラは大陸判と云う中型カメラだ。

ロールフイルムではなくガラスの乾板、または

一枚一枚カットされたフイルムを使う機種である。


シャッターは千分の一までのフォーカルプレーンが

装着されていた。


レンズシャッターで二百分の一が標準の時代だから

当時としては飛び抜けた性能だった。


価格もとんでもなく高価で、一般の人が買う事のできる

値段ではなかったそうである。



海外で暮らしていた親父だが、ドイツ語は苦手だったらしく、

ドイツ本国のメーカーへ直接注文をするにあたり、友人の

お医者さんにドイツ語で手紙を書いて貰い注文した処、

メーカーから来た返事の手紙は丁寧な日本語の候文で

返信してきたと言っていた。


手紙の内容は、ボディーを部品として分割して二ヶ所の

日独貿易商社に送る。

こうする事により、税金が安くなるとのドイツ人らしい

合理的な考えであった。


その後、二ヶ所の商社に送られたカメラのボディーは

メーカー指定の写真機店で組み立て調整されてから

親父の手元に届けられた。


気難しい親父も、このカメラは特に気に入って、大切に

使っていたが、戦後になってシャッター幕が壊れてしまい、

長男の絵描きの兄へと渡ってしまった。



絵描きの兄は、早速、東京のクラシックカメラ修理専門家に

依頼して無事修理をしてから、日本中を旅する折に持ち歩き、

傑作?な写真を撮ってきては親父に自慢していたが、

このカメラを期に兄貴もカメラ道楽が始まり、何十台もの

カメラやレンズを買い漁る様に成ってしまった。



そして、カッパの私も、国内を始め世界の銘機と

評価されているカメラのボディーやレンズの魅力に

惹かれ、カメラコレクターの仲間入りと成った。



しかし、今だに残念と云うか虚しいのか、

一つだけ気にかかっている事がある。


それは親父が使っていたドイツ製カメラのレンズだ。

ボディーは壊れてしまっただろうが、レンズにはまだ

カッパの未練が残っている。


インターネットで検索しても出てこない珍品のレンズ、

兄が言っていたが、価値はかなり高い物だった。


価値などより、親父の遺産のレンズだ。


私の改造カメラで使ってみたい。

モノクロや現代の高画質カラーフィルムで写してみたいと思い、

兄に親父の遺品レンズの貸し出しを頼んだが曖昧な返事が

返ってくるだけである。


山積みの本や作品の下敷きに成ってカビだらけに成っているのなら

諦めもつき、出てきたら何とか使える様に努力は惜しまないつもりだが、

外面の良い兄貴は、個展の会場にフラリと遊びに来たカメラや写真に

知識など全く無い女子大生にでもヒョイとあげてしまったとも限らない!



カメラマニアは兄弟揃って父からの遺伝だが、外面が良いのは

母方の従妹にいて、この倅が今でも底抜けに外面が良い。

絵描きの兄も、其の母方の遺伝子が多分に入っている。



たった一つのレンズが頭から離れない私は、やっぱりカッパである!

頭の皿の水が無くならない様に蒸発しても又、水は貯水する。






クラシックカメラ博物館



kappa_gallery at 00:58|Permalink カメラの話 

2009年02月20日

大鍋の自家製カレーは美味すぎた




今年に成ってからカッパ画人は多忙極めている。


本業である絵描きの仕事よりも雑用に追われ、

又、冠婚葬祭も有った。

外国からお客さんがカッパ画人と話をしたくて

観光を兼て私の処へ遊びに来たりと、私は精神、

肉体がコチ、コチと音を発する様に疲れていた。



それを家族が心配して、何か美味い物をと

考えて呉れた末、カレーと成った。


朝から家内がカレーライス作りに取り組んだ!


何十年もの夫婦と成れば、お互いに好みの味は

知り尽くしている。


それに輪を掛けて上手く大鍋一杯のカレーを作り、

早めの夕食に久しぶりに自家製カレーライスが

お膳に載った。


何と良いカレーの香りだろうか!

思わず腹のムシが鳴った。


二人前入っていた大皿に盛られたカレーライスを

アッと云う間に食べつくした。

美味い!


おかわりと云うと、家内が「食べ過ぎだから、また少し後で」

と笑っていた。


それから三時間程してから、今度は残ったカレーに

太めのうどんを入れてカレーうどんにしてくれた。


此れも二人前以上も私一人で食べていた。


午後十一時過ぎに遣りかけの仕事がやっと終った。


又、カレーが食べたくなり、結局、大鍋に作った

カレーは全部私の胃袋に入った。



そして私は後悔した!


余りの美味さに齢も忘れ、ガツガツと餓気の如し

食べたのは良かったが、食べ過ぎで気持ちが悪くなり、

胃薬とヨーグルトを飲んだり食べたりするハメとなった。


子供の様なカッパは、やはり子供なり、

これで善いのである。



時には他人様に迷惑をかけずに脱線する生活が

有ってこそ、其の名の通りカッパである。







南部鉄器 カレー鍋  【10P20Feb09】




カレーうどんとかけうどん釜揚げうどんの8人前入った豪華詰め合わせ♪カレーうどん詰め合わせ「...

kappa_gallery at 01:03|Permalink 日々の出来事 

2009年02月19日

煮豆屋と保健所の意地




以前、このブログに青果市場の出来事を

書いた事があるが、保健所と煮豆メーカーの

意地の張り合いは今でも記憶に強く残っている。



二十数年以前の都内公設青果市場の出来事だった。


事の始まりは、その日、食品メーカーの社長の息子が

煮豆と甘納豆をトラックに満載して、午前三時過ぎに

市場内の加工食品売場へ持ち込んできた。


商品は珍し物好きな八百屋さんには評判良く売れたが、

最後に十数ケースが売れ残ってしまった。



この様な朝は業界言葉で「アカニシ」と称する

値段を安くすればどんな物でも買っていく

ハゲタカみたいな商売人がいる。


加工品売場の担当者は

「売れ残った煮豆だけはアカニシに処分したら?」と

助言したのだが、素人だった社長の息子は経験者の

助言も聞かず、市場の冷蔵庫へ仮保管した。


運悪く市場でも一番頭の堅い保健所の市場常任が

見回りに来て、売れ残った煮豆の検査を抜き取りで

行う事になってしまった。


その時、煮豆屋の態度が悪かった。


相手は保健所のベテランだ。

彼に向って「当社の煮豆は検査の必要など要りません」と

胸を張った。


保健所は、だからと一度検査を決めた品物の

検査を取り止める程、甘くはない。


売れ残りの煮豆は即時、市場の一角に常設してある

食品検査室で徹底的に検査をされた。



その結果、十数パックの煮豆のたった一パックから違反が出た。

それも人畜無害の添加物で、規則の0.01パーセント未満が

基準上限を超えているとの結果だ。


それでも法は曲げられないと保健所は市場で販売した煮豆の

一切の販売禁止と回収の沙汰が煮豆屋に下った。



言われた通りに指示に従えば、これでこの件は無事に

終ったはずだが、煮豆屋の社長は自分の息子の不出来を

棚に上げ、国会議員の名刺をチラつかせながら市場の

保健所に乗り込んで来て、担当者を怒鳴りつけた。



今度は保健所にも意地がある。


国会議員の名刺を見せられたからと検査結果を

撤回等するはずもなく、徹底交戦となった。



第三者がこの話を聞けば、子供の喧嘩の様に次元の

低い話だが、双方は大分長い期間、睨め合っていた。



その後、煮豆工場は保健所の立ち入り検査を受けたり、

商品を回収したりで信用を落として青果市場への

出入りも無くなってしまった。



可笑しな方法で、法を軽んじようとした煮豆屋は

法の守り神には最後は降参した・・。







青果物流通とマーケティング活動




煮豆、甘納豆に!国産うずら豆 1kg


kappa_gallery at 01:14|Permalink 雑談