2010年12月

2010年12月31日

記念写真




さぁー、此から正月だ!


昔は正月元旦には家族一同が揃って

自宅なら玄関前や門の前、庭、初詣の

神社仏閣などで記念写真を撮っていた。


近所の同級生の家でも、この光景は

毎年見かけたものだ。


当時は殆どの写真機と言えば、現代のカメラと

比較したら簡易型で如何にも安物らしい蛇腹式か

二眼レフだったが、当時の一般のサラリーマンの

月給からすれば高価なものだった様である。


フィルムもブローニー版の12枚か16枚撮りであった。

現代の様にパチパチ撮るのではなく、簡易型の

三脚を使って、ピントをあわせたり目測で距離を

測ったりと、一枚撮るに結構手間がかかった。


写真機も普段は箪笥に仕舞ってあったり、

大事に保管して宝物並な扱いをしていた。


そして、お正月だから宝物を出して家族の

記念写真を撮り、また何処かに仕舞うのだろう?

人によってはフィルム一本を撮り終わるのに

何ヵ月か掛かったようだった。


近年はデジタルカメラ、性能が良い割には

安価な機種も出回り、操作も簡単だ。


お正月だからと改めて記念写真等撮らずとも、

何時でも何処でも夜だってパチパチと撮影出来る。


一枚の写真の価値観も大分変わったものである。














kappa_gallery at 00:19|Permalink 昭和の風景 

2010年12月30日

米国・クライン社のニッパー




新しいニッパーとラジオペンチが届いた!


ペンチ1



















ペンチ2



















電柱に登って作業する姿が描いてあり、アメリカの製品らしい・・笑。


kappa_gallery at 15:13|Permalink 日々の出来事 

2010年12月28日

十年選手




十年一昔とよく言うけれど我が家で使っている

エアコンや冷蔵庫などは既に十年以上の年月が

経っていて最近では時々不審な動きをしたりして

少しばかり危なっかしいが、家電製品ならば

壊れたら新型に買い替えれば其で済む。


私の趣味である真空管式のオーディオアンプやら

電子機器などを自作したり改造や修理の時に絶対に

無くてはならない工具のニッパーとラジオペンチが

最近は切れ味と使い勝手に少々不満が出てきた。

このような十年選手の更新は少々厄介である。


今まで私が使っていた工具はドイツ製のかなり高価な

物であるが、十年以上同じニッパーやラジオペンチを

連日酷使していると、やはり切れ味が鈍ってくる。


日本製と異なり、使えば使うほどに手に馴染んでくる

ドイツ製の工具だが、今回はアメリカ製のニッパーと

ラジオペンチを使ってみようと思い注文をしてみた。


あの「パツン、ポチーン」と快い音をたてて切れる

ドイツ製ニッパーの切れ味や、シックリと手のひらに

馴染むラジオペンチの使い勝手の良さが果して現在の

アメリカ製品に何れだけ期待できるのかを今から

楽しみにしている。


正月休みは新しく買ったアメリカ製の工具を駆使して

小型オーディオアンプの改造に時間を費やす計画だ。

















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2010年12月24日

墓場から見える東京スカイツリー




私の義理の両親と義兄姉達が賑やかに

眠っている東京下町のお寺の墓地。


この墓場には義理関係の親や兄、姉、そして

その他、親戚一同の墓石がひな人形のように

ずらりと並んでいる。


下町の江戸っ子一族は仲の良いことである。

義理の親父は下町特有な宵越しの金は持たない

貧乏性だが、新しいものは大好きだった。


私が未だ家内と婚約もせず、普通の友達程度の

付き合いの時に家内の自宅に何かの用事があり、

当時、まだ買ったばかりの新車、トヨタ・パブリカで

訪問した。

そして、その帰りがけにヒョイと義理の親父が

お出掛け用のズボンに履き替えて私の後から

ついて来るではないか。


「はて、何だろうか?」

と思ったが、その時私は

「クルマでそこいらまで走りますか?」

と問うと、嬉しそうな笑顔でコックリする。


新しいものが好きな義父は早速、助手席に

乗り込んで車内を見渡しながら喜んでいた。


その頃の京葉自動車専用道路はまだ未完成で

開通していたのは船橋迄だった。

最高速度は現在より十キロ速い七十キロだった。

七百cc、空冷の二気筒エンジンは京葉道路を

七十キロ走行して、終点の船橋でユーターン、

義父を無事に家へ送り届けた。


義父は走行中、車内の新車特有な臭いに

囲まれて、ご満悦な顔だった。


こんな新し物好きな義父には悦ばしい

墓場からの風景が出来た。



スカイツリー





















東京スカイツリーの建設途上の塔が、墓地から

真っ正面に手に取る様に良く見える。


日を重ねるにつれ高くなる搭を毎日腕組みをして

義父一族の仏様方は楽しんでいられると思いつつ、

静かに墓前に新発売の煙草をお線香の代わりに置いた。


















kappa_gallery at 00:05|Permalink 雑談 

2010年12月21日

同級生のガソリンスタンド




この街(千葉県四街道市)にガソリンスタンドは

何軒もあるが、その中で街の外れに私の同級生が

親の代から商売をしているガソリンスタンドがある。

このスタンドがもう少し自宅から近ければチョクチョク

行けるのだが、少し遠いので、たまに寄るぐらいだ。


先日、そのガソリンスタンドへ給油に寄ったら

ガランとしていて其所には人影がない?


もしかして臨時休業かと思い、金網の入ったガラス

越しに事務所の中を覗くと、同級生の店主が一人で

椅子に腰掛けて気持ち良さそうに鼻提灯ではないが

半開きに口を開けてコックリコックリとやっていた。


余りも気持ち良さそうなその姿を見て声を掛けるのを

少々はばかったが、私もわざわざ市内の他店を何軒か

通り越して来たからにはと思い、クラクションを

鳴らしたら二度目のクラクションでやっと気が付いて、

ノコノコと椅子から立って事務所から出てきた。


会えば幼馴染み、お互い毎日会っているような

昨日の続きみたいに世間話に花を咲かせた。

このガソリンスタンドでは窓拭きサービスも無ければ、

自動洗車機も設置して無い。

まるで、昔のアメリカ映画に出てくる田舎の

ガソリンスタンドを彷彿とさせる。


爺さんが一人で、お世辞も無ければサービスも

これとて何もないが、元来が資産家の跡取り

息子の店主はノーンビリとしている。


商業的な他店とは月とスッポンの違いである。


このノーンビリさを好むファンもいるらしく、

私が給油をしている間に近くの農家のオッサンが

軽トラックで給油にやって来た。


灯油も安いスタンドと比べれば高値だが、今年は

このスタンドで買う約束をしたら配達してくれるとの

こと、但し18リッター缶で三本以上だと言っていた。

それも同級生のよしみで、特別にとのことである。


人との付き合いは価格だけでは割り切れないこともある。


毎度、別れ際の挨拶は「お互い元気に頑張りましょう」

と言い交わしているが、この先何時まで続くかは

神のみが知る限りである。
















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2010年12月17日

下町の懐石




東京の下町にある下町としてはやや大きな

お寺で先日、親戚の法事が行われた。


先代の住職はお経も上手で宗門では偉かった。

この住職は全ての人々に面倒見が良かったとのことで、

特別な複数の女性達には特に慕われていたようである。


しかし、残念か自業自得か、自分の一人息子に

坊主の跡継ぎとしての最低限な人格教育には失敗した。


此だけ見掛けが立派なお寺の跡取り息子なのに

親の跡継ぎとして失格した。

女性のことについては、住職であり男親を確りと見て

育ったらしいが、ここいらが如何にも東京下町の

江戸っ子らしくて面白可笑しい。

出鱈目な自由人であり、その無責任さは江戸っ子落語に

出てくる人物像で無欲な生きざまで好きである。


現在のこの寺の住職は銀行員等によくある外観は

真面目な振り、人間としては実に味けの無い生ける

屍の如く貧弱な坊主らしい!


お経を聴いていても、経過する時間の空しさを

感じさせるだけのことである。


他人の寺の事などはどうでもよいか、

無駄話になってしまった。



さて、本題の東京下町、懐石料理の話しに戻ります。


流石に割り切った其の店は下町の顔だった!

高級料亭などではなく、当選したり落選したりが

忙しい代議士の地元近辺の肉体労働者御用達な

懐石料理店。


味よりもスタミナ、そして満腹感がなければこの下町では

食い物屋としての商いは続かないだろうから、当初から

珍味や味等に期待はしない!出来ない。


其より、現在、流行しているノロウィルス等が心配事だった。

今回、親戚の法事は石ころに衣を着せたような坊主の

お経の後は懐石料理を皆で食べながら、これまた無口で

仕事が背広を生涯着ていたような堅物だった故人を偲ぶ

事になっていた。


私はこの時季は忙しくて最後まで法事への出席に

難色を示していたが、義理ある親戚の幹事の顔もあり、

仕方なく出席した。


いざ、懐石料理と看板を出してある店に案内された。

料亭でもなければ、小料理屋でもない。

安普請の居酒屋である。


タバコのヤニで壁紙も襖のカラカミもヤニ色に

染まった和室に通され、薄っぺらな染み付きの

座布団に座らされた。

新調したての喪服がヤニで台無しになってしまう

のではと心配したが、さすがに下町好きな私には

ホッと癒された。


それは、最近何処もかしこも顔を上げれば禁煙ビラの

オンパレードだ!

これも、タバコを吸わない人々には大きな喫煙者への

メッセージであり、煙草、即ガン死となることへの

戦力兵力である。


一方的な煙草税ばかり納めて小さくなり、こそこそと

泥棒猫の様に眼をキョロキョロと喫煙所や喫煙席を

見つけずとも、座布団に座り下町懐石料理の逸品?

油濃い目の鶏の唐揚げや、焼いた鮭(マス)の切身に

何故かマヨネーズを此れでもかと山盛りかけてある

下町風な懐石料理を食べながら同年輩同士の喫煙者が

同じ食卓で四人揃ってプカプカと思いっきり吸えて、

ヤー、何と煙草が美味くて楽しい懐石喫煙所だった。


此れならば、私もアトリエの金庫に大事に仕舞ってある

葉巻を一本持ってきて、葉巻の煙りを胸一に杯吸い込み

プカプカ、プーアン、ホアーン、ボアアーン〜と蒸気船の

如く、思いっきり吸いたかったが、結局喫煙したのは

紙巻煙草を数本のみだった。


店の懐石料理は私には残念ながら味が濃すぎて大盛りだ!

私だけが、半分程は残してしまった。


私は少食では無い。

炭火焼きステーキは二人前、テンダーロインや

サーロインステーキでも今だに二人前はペロリと

平らげるカッパ画人である。


何たって、此は人間様の感想文では無い!

カッパの感覚での感想文である。







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かわり懐石

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2010年12月14日

クッキーの空き缶




地味な色の塗装だが、しっかりしたクッキーの缶。

夜間、煙草の代わりにポツリポキンと摘んでいる

クッキーの缶を見ながら、この空き缶の使いみちを

考えたりしている。


クッキーは懇意にしている画商の社長からの頂き物だ。

今はホームセンターや百円ショップに行けば多種多用途な

缶や箱が販売されているが、私の少年時代は空の箱を

一つ探すのにも大変な時代だった。


そんな時代に育った私は以前にも書いたが、

タバコのピース缶や舶来のパイプ煙草の空き缶を

大事に取って置いて小物入れにしたり、海苔の缶は

手作りラジオのシャーシに再利用したものだった。


その癖が未だ抜けないのか、馬鹿の1つ憶えか?

美しく塗装をしてあったり、頑丈そうで手頃な大きさの

空き缶が出ると再利用を考えたりして楽しんでいる。


このクッキーの空き缶は水彩画の筆入れに手頃な大きさだ!

筆の買いだめが好きな私はそこらじゅうに使いもしない

新しい筆が散らばっている。

空き缶を利用して少し片付けたいものである。








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2010年12月12日

今年も『とろり酒』




今年も冬季限定生産品の『とろり酒』が出来上がりました。


清酒仁勇醸造元・鍋店株式会社直営店、鍋屋源五右衛門で販売中!!
とろり1





























こちらはお馴染み・カッパラベルの『とろり酒』 シマヤ酒店の限定酒です!!
とろり2






























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2010年12月10日

ペテン帽




戦前から戦後にかけて、ニッカポッカに

鳥撃ち帽子(ハンチング帽)スタイルの

大人たちを私が子供の頃には街中で

何人となく見掛けたものだ。


この鳥撃ち帽を『ペテン帽』と

近辺の人は呼んでいた!


子供ながらに私は帽子の天辺がペチャンコだから

ペテン帽子と言っているのだろうと勝手に解釈している。


当時は八百屋、魚屋、肉屋、闇屋等の人々が

このペテン帽をかぶっていた。


町中でよく見掛けたのはオート三輪車を

かっこ良く乗り回していた八百屋のオッサンや

豚屋のオヤジ等が縦縞等の模様がハゲちょろけた

ペテン帽をチョッと斜めにかぶっていたが、

此れなどは鳥撃ち帽と言うよりもペテン帽と

称したほうが相応しいと子供のころ観察していた。



近年は鳥打ち帽もペテン帽も、

この街では滅多に見なくなってしまった。
















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2010年12月07日

四十万円の筆




先日、取引のある画材屋の番頭さんから

今年も早々とお歳暮が届いた。


毎年、この画材屋の番頭さんはお中元とお歳暮を

もう二十年近く欠かさずに贈ってくれている。


これはマァー、私が普段から其だけその店で

沢山の画材を買っているから、画材屋では

上得意様としての扱いをしているのだろう。


さて、この画材屋に買い物に行くと

何時も気になる物が一つある。


それは舶来の高級水彩画用の筆で

一本四十万円の値札が付いている。

限定生産品で毎年数十本程を熟練した

筆職人が作るそうである。


その筆は見るからに使ってみたくなるほどに

良く出来ている筆だが、今の私が描く絵には

少し筆が太め過ぎる。


数年前のある時、この画材屋の社長さんが

「一度試してみてください」

と、売り物の四十万円の筆に絵の具ではなく

水をつけて試させてくれた。


描き味は何とも快い。

しかし、私の使っている水彩紙は数千円、

完成して額入りの水彩画とて数万円である。


この一本四十万円の水彩画用の筆を数本揃えて

絵を描いても、元を取るには大変だ。


私には数千円から数万円の使い慣れた何時もの

筆が、気さくに使えて丁度良い。

ただ、画材屋に一つくらいは手に入れにくい物が

置いてあるのも自身の励みにもなる。


現在は油彩の大作を描いているが、年齢が

七十歳台になってから水彩の大作を描く

計画をしている。


精神力と体力面を自分なりに考えての事だが、

もしそうなったら、四十万円のこの太めな筆を

数本束ねてバケツに溶いた水彩絵の具を

タップリと含ませて、

「エーイヤーッと〜」。

遣るか遣らないか?判らない。
















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