2011年12月

2011年12月30日

トランシーバー遊び




現在、本格的なトランシーバーは山岳救助隊等で

活用されているが、無線機を取り扱う際に免許の

要らない簡易型のトランシーバーは道路工事等で

交通整理に使われたりしている。


最近殆ど見かけなくなった玩具のトランシーバーは

玩具とはいえ、数十メートルは電波の到達距離が

確保されていた。


十数年前迄はホームセンター等にも免許が

不要な玩具風のトランシーバーが何種類か

売られていたが、最近では見掛けなくなった。


携帯電話でも会社によっては無料通話が可能な

ものもあるから、今さら簡易なトランシーバーの

出番は少なくなってしまったのだろう!


さて、玩具のトランシーバーは高い建物や道路が直角に

曲がったりしていると電波が届きずらかったり、または

通信不能になったりと、当時の子供用の玩具としては

結構高価な部類に入っていたにもかかわらず街中では

遊んでいても面白くなく、せっかく買っても二回か三回位

外で遊ぶと飽きてしまったが、此は遊ぶ場所にもよる。


浜辺やハイキングに持って行くと結構役に立ったりして

面白い玩具だった。


トランシーバーが一般には販売されていなかったり、

あっても高価過ぎて、とても買えなかったりした昭和

二十年代半ばの事だが、私の自宅から直線距離で

百メートルぐらい離れた所に大学生の知り合いが

住む家が有った。


その大学生が、当時、旧軍隊の払い下げの黄色い

電話線と無線機の部品をかき集めて、有線電話を

作り上げ、我が家とその大学生の家とを電話線で

結んで遊んでくれたことがあった。


春休みに近所の庭の大きな柿の木の枝に電話線を

結びつけて、いい加減に引っ張った。

そして、秋になったら台風やら植木屋さんに電話線は

寸断され、半年弱で終わった。


暫くして、電池式の小型無線機をその大学生が製作した。

これは今で言うワイヤレスマイクの原始的な真空管式で、

小型のバッテリーも当時は性能が悪いこともあり、一回の

充電で二十分程度の送受信が可能だった。


この小型の送受信機は柄の割には子供には重くて

直ぐに故障したりしたが、修理する大学生の仕事も

面白くて何時も側で見物していた。



この時の体験が、後に私の無線やオーディオマニアの

一粒の種になったようである。
















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2011年12月27日

師走の風




今年は今まで私が生きてきた人生の中で

取分け色々な出来事があった。


そして、師走の風が冷たく頬をなぜながら、

早々と通り過ぎて行く。


この師走の風が冷たく感じるも、風に舞う

落ち葉を美しく想うも懐次第である。


懐が寒々するとは何も経済的、金銭面なこと

ばかりではなく、健康や精神面も大いに懐の

寒さや寂しさに関係する。


街路樹の落ち葉が舞う歩道を散歩しながら、

この師走の風はなんと冷たく感じるものだと

私は自然にうつ向き加減で歩いていたら、

携帯電話が寒風を吹き飛ばす様に鳴り出した。


電話の相手は知り合いのオーディオアンプの

部品等を輸入している商社からだった!


はて、一体何事かと思いきや、大分以前に

依頼してあった舶来の旧いアンプの部品が

やっと見つかったので、早速に後日届けに

アトリエを訪ねる時間の打合せだった。


一瞬にして私の周りから師走の冷たい風は

ぶっ飛び、暖かな陽気な空気にかわった。

諦めかけていた銘機と云われている真空管式の

アンプを再び甦らせられる!


頭の隅に引っ掛かっていたことが、一つ良い方向に

展開を始めると不思議なことにすべてがスムーズに

運ばれて行くのは世の中の習いであるかも知れないが、

粘り勝ちか、其とも思い通りの運が向かいつつあるのか?


マァー、どちらにしても楽しくて快い正月を

迎えられることが確かになった。



正月は何年振りかに自宅でゆっくりと

自作アンプやコレクションした銘機の

音を堪能出来ると思うと冷たい師走の

風も気持ち良く、散歩の足も軽くなった。
















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2011年12月23日

駅前旅館





何処の街にも駅前には旅館がある。


私の住む四街道にも、昔は四街道駅前通りと

その周辺には何軒もの旅館が軒を並べていた。


戦前は旅館も料理屋も軍隊があったので

四街道駅前は繁盛していたと聞いている。


私が中学生の頃は、確かに木造二階建ての

旅館が何軒か看板を掲げてあった。


私が中学生の時、担任の先生は

その中の一軒の旅館に下宿をしていた。


これは旅館の泊まり客が減ってしまい

下宿人を置くようになったのだろう。


当時、私は師走の日曜日に仲間数人で

先生の下宿屋へ遊びに行った。

旅館の二階へ上がる階段は一足上る毎に

「ギシッ、ギシッ」と音がした。


先生は広い座敷のまん中にポツリと置かれた

大きなテーブルを前に一人であぐらをかいて

僕らを待っていてくれた。


此処は居心地も良くて食事も美味い等と

他愛ない雑談をしていたら、その旅館の

お手伝いのお姉さんが、お茶碗と大きな

急須に落花生を持って来てくれた。


昔は家族的な雰囲気があったものだ。


先生が話すには、夏休みは実家へ帰り

留守にするから後の事は分からないが、

師走に入ると毎晩忘年会や飲み会を

大広間で開くので笑い声だのダミ声が

夜遅くまで騒々しくて、この時ばかりは

特に朝の早い教職は寝不足になることが

あると言っていた。



其から間も無く、街には貸家やアパートが

チラホラと建ち始めて、私が東京の高校に

通学する頃になると、その先生も何処かに

引っ越をした。



現在は木造二階建ての旅館などは無くなって

ビルが建ち並び、駅前から昔の面影は消えた。


また、交通の便も良くなったので、観光客や

ビジネスマンも千葉市内のホテルや佐倉市とか、

成田市のホテルや旅館を利用した方が効率が

良いので四街道に泊まる客も無くなり、代わりに

四街道はダンプカーや大型トラックの近道として

利用される四つの街道となってしまった。






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2011年12月20日

今は亡き友人と夢で再会




生涯に何度かはモノクロ画面の

夢を視たいものだが、私の夢の

世界は何時もフルカラーだ。


そして最近、死んだ人の夢をよく見る。


これは私が現在、懐かしい真空管式の

オーディオアンプを設計したり、それを

実際に製作したりしているせいなのか

秋葉原界隈の昔の夢を何度も見る。



さてさて、昨夜の夢の中には

数十年以前に若くして病気で

亡くなってしまった面白い友人が

一人出てきた。


その人は秋葉原の電気街でも

知る人ぞ知る有名な男であった。


身なりは身長も体格も堂々としていて

相当な財産もあって、知名度と多くの

知人や友人がいた。


何しろ、大学への入学から病気に

なった時の入院先まで、この人に

チョッと声を掛ければ殆どの事は

すぐに解決出来たそうである。


私は残念な事にこの百科辞典みたいな

友人には一度も頼み事をしない内、この

辞典さんは閻魔大王に呼ばれてしまった。


恐らく、大王の膝元でアレヤコレやと

重宝され忙しい日々を送っていたの

だろうが、それも無事に定年退職か?

旧式になってお払い箱になったのか?


兎に角、昔の秋葉原時代のように

彼はあの世で暇になっているらしく、

夜な夜な生前を懐かしみながら

旧友達の夢の中に笑いかけては

入り込んで来るのだろう!



夢の中では昔と変わらないものだ。


この友人は見掛けは立派な体格で

強そうに誰もが思っていたけれど

本当はとても気が小さくて、その上

寂しがり屋でもあり、自分一人では

レストランにも入れず、必ず友達を

誘って食事に行ったり、買い物に

行ったりしていた。


これ等の行動から始めは単なる

知人の間柄から友達付き合いに

なった取り巻き連中が何人もいた。


半年程の期間は私の仕事場の

事務所に昼飯時になると必ずや

ノソリノソリとやって来て、今から

昼飯を喰いに行こうと誘いに来た。


お蔭様で、その頃の私はまだ若くて

細身だったが肥り気味になった。


当時の秋葉原界隈では、肉の万世へ

一週間に二回から三回はステーキを

食べに必ず行っていた。

あとはトンカツ屋とか、少し歩いて

上野にある焼肉屋へ行き、何時も

メニューは肉料理が百パーセントの

食事会だった。


その頃の私は運動を適度にしていたから

ひどく肥りはしなかったが、この友人は何と

体重が百キロを越えてしまい、遂に糖尿病が

悪化した。


何回となく私は早く大学病院へ

診察に行くように説得をした。


最後は喧嘩腰で無理矢理承諾させて

大学病院へ連れていったら即入院の

運びとなったが、この時は一ヶ月程で

無事に退院した。



その後、私は自分のしていた仕事が

忙しくなって北海道から九州と全国へ、

また、海外にまで出掛ける事が多くなり、

このアリンボのハラワタ程の気が小さな

友人とも食事に行く機会は無くなってしまい、

二年年後位に再会したのは、とうとう彼が

川向うの閻魔邸へ旅立つ式典の場だった。



年老いて白髪の私も夢の中では颯爽と

この夢の中の友人や、当時の仲間達と

東京、秋葉原の中央通りを大手をふって

歩いている。


現在ならば即座に自動車に轢かれて

あの世行きである。



そうだ!

秋葉原には日曜日の

歩行者天国がありました。






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2011年12月16日

大掃除今昔




師走の大掃除は年中行事の締め括り。


天気が穏やかな日を見計らって、

昔は家族中が日本手拭いを被り

畳の虫干しやら、天井の煤払い、

それらが終り、障子の張替をして

一応、年末の行事は終った。



現代の大掃除は洋間が多くなったので

電気掃除機で一回りすれば床や壁等は

昔と違い簡単に掃除完了となる筈だが、

今はパソコン、プリンター関連のケーブルやら、

テレビ、レコーダー、その他ステレオアンプと

CDプレーヤー、あとスピ−カー等を各々繋ぐ

無数のケーブル類の拭き掃除は由にしても

機器の後側の掃除には毎年難儀している。


スピーカーやパワーアンプは持ちにくく、

それぞれ重さが数十キロはあるため、

寒い日に無理をして動かそうものなら

ギックリ腰やギックリ背中になりかねない!


また掃除した後は間違えないように

細心の注意をしながら、取り外した

ケーブル類を元通り接続しなければ

ならない。


これは結構時間を費やす作業だ。



ある時、親戚の子供にステレオ装置

一式をプレゼントした時のことだが、

毎日、喜んで聴いていたそうだ。


そして、その年の大掃除に御両親が

部屋の配置換をしたのは良かったが、

スピーカーケーブルの接続を間違えて

正月早々にステレオアンプは壊れて

粗大ごみになってしまった。


このように電気製品には簡単に

修理が出来ないものがあるから

十分注意して欲しいと思っている。



昨日は朝から予定が空いていた。

私は部屋の中でも掃除しながら

少し片付けようかと思ってみたが、

やはり今作り掛けの真空管アンプが

気にかかり、掃除よりアンプいじりで

日が暮れた・・・・・笑。
















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2011年12月13日

カレンダーの季節



貰う、買う、手作り。


近年は一年がとても早く過ぎて行くと

感じる様になったが、此も月並みに

年老いたからだろうと思っている。



今年も真新しい来年のカレンダーが

居間のタンスの上や、台所の棚にも

付き合いの長い酒屋や米屋、画材店、

文具屋の商店からと、出入りの業者等、

色々と重ねて有るけれど中身は何れも

毎年似たり寄ったりである。


毎年、此の場所はコレと、デパートの

テナントの如し、決まったところに同じ

会社や商店のカレンダーを掛けている。


これは何処の家も同じようである。


私の東京のアトリエには毎年、本屋で

自分の気に入った図柄のカレンダーを

買ってくるが、今年は天皇家の写真が

入った立派なカレンダーを検見川神社

参拝のお土産として宮司より頂いたので、

それをアトリエの玄関に掛けてある。



そしてアトリエと言えば、私とは昔からの

友人である画家さんが、もう何年前なのか

忘れる位に前から、自分の作品の手作り

カレンダーを進呈してくれている。


彼は気の合った友人と知人にこの手作りの

カレンダーを贈っているのだろうと思うけれど、

それを毎年欠かさずに続けることは大変な

事だと感心している。



この画家さんは、絵描きになる前の

サラリーマン時代はデザインの仕事を

本業としていた。


今はその経験を活かして、自分の作品を

カレンダー上で一年間を通じた作品展に

上手に仕上げてある。


紙を切ったり貼ったりした原稿を

一枚づつ、カラーコピーしてある。


一冊のカレンダーを組むにはコピー代やら

手間が大分掛かるだろう。


パソコンとスキャナーとプリンターを駆使すれば

もっと簡単に出来るのに、それをせず一つ一つ

作るのも趣味の内だろうからと推測している。



先日も悪天候の中、ご苦労様なことに

自動車ディーラーの担当者が、自宅迄

来年のカレンダーを届けてくれた。


例年だと何時も今頃は愛車の冬支度整備に

ディーラーへ行って、その時にカレンダーを

クルマに積んでくれていた。



今年は雑用と趣味の真空管式アンプ製作が

忙しく、愛車も泥だらけだ。




来年は自作真空管アンプの写真でも

載せたカレンダーが作れたら良いなと

思ったりしている・・。













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2011年12月09日

笑い袋




今は一歩町に出れば不景気風が

吹きまくり、ひったくりや詐欺師が

横行する嫌な時代である。


今から数十年昔、日本列島も

此から益々復興の兆しありと

誰もが頑張っていた。


その中には諸々の精神的な

癒しが欲しくなる人々も大勢いた。


その人等が腹を抱え、大きな笑い声を

誘発する玩具が出現して大ヒットした。

その名も「笑い袋」と言った。


絵描きの兄貴が、ソレを何処かで

買って来たのか、それとも誰からか

貰ったのか、兄貴の仕事場の柱に

ぶら下げてあった。


其は赤茶色の巾着袋だった。


子供だった私が、兄の仕事場に

母親からお使いを頼まれ、ドアを

開けて中に入ると兄が早速柱に

下げてあった赤茶色の袋を指先で

ポンと叩いたら、「ワッハッハ〜」、

「ケラケラケラ」と大笑いの声がした。


滑稽な笑い声に兄も私も意味不明に

可笑しくなり、一緒に笑ってしまった。


この時に笑い袋を初めて知った。


余りにも可笑しいので、私も何回も

笑い袋を触っては、「ワッハッハ」と

音を出しては自分も一緒に笑った。


そして、帰りがけに兄がその笑い袋を

私にくれた。


私は自宅の鴨居にこの笑い袋を

長い年月ぶら下げておいた。

それで何かの折に触れ、笑い袋を

ツッツイテは笑わせ、家族で一緒に

笑ったものである。


数年が過ぎて分解魔の悪戯少年期に

私は、この笑い袋を分解した!


袋の中には小さなレコードが1枚、

簡単な仕掛けのプレーヤーに取り

付けられていてサウンドボックスで

笑い声を再生する仕組みになっていた。


シンプルな構造ながら丈夫に出来ていた。



現代ならIC一個で笑い声や笑い方が

何種類も選択出来て、もっと小型に

作ることも可能だが、それは余りにも

正確さが優先的でアナログのいい加減さの

何とも滑稽な心を癒す笑い声は無くなるやも

知れない。



いい加減さとは、悪かったり

良かったりするものである。














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2011年12月06日

新型 イーモバイル




外出先で使う小型のノートパソコン用に

私はイーモバイルを使っている。


面白い事に、このイーモバイルは

自宅で使うと何故か接続スピードが

遅すぎて使い物にならない。

ところが、出先で使うと苛々せずに

繋がるので便利に活用している。


マァー、こう言えば聞えは良いが、

実際は時間帯や使用場所により

使い物にならなかった。


それでイーモバイルは諦めて、何か他の

接続方法を考えようかと思っていた矢先、

イーモバイルから新型の案内状がきた。


騙され次いでに、もう一回騙されても

良いかなと思いアトリエ近くの上野店に

出向いた。


感じの良い店員さんが、老いた私に

親切に説明してくれたので、気分良く

新型にした。


アトリエで早速使ってみたら、自宅で

使っている光ファイバーの回線とは

比較にはならないが、今までの機種より

スムーズにインターネットに繋がったので

此で一先ずは良しとした。



さあ、次は肝心要な新型のパソコンで

自分なりに使い勝手の容易な機種に

目を向けたくなった。

















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2011年12月02日

缶コーヒーの温め方




冷たい缶コーヒーは夏の清涼飲料だ。


私はアトリエで仕事の途中、煙草を一本

卓上ケースから取り出し、次に冷蔵庫から

冷えた缶コーヒーを一本取り出して、ぷかり

ぷかりと煙草を吸い終った後に缶コーヒーを

開けて飲む。


其から、また次の画面の画材や絵筆を

整えたりする一時の気分転換である。


缶コーヒーは冷蔵庫に入れて置けば

簡単に冷せるけれど、秋も深まって

周りの空気が寒くなってくると冷たい

缶コーヒーでは不味いし、飲みたくも

なくなる。


其にしても、私のアトリエには缶コーヒーを

始め、缶ジュースやら缶入りのお茶だとか

紅茶、スープ等が昨今は箱で積んである。


時には、私も気に入った味の缶コーヒーは

箱ごとまとめ買いをするけれど、アトリエに

出入りする友達や仕事の関係者の方が、

缶コーヒーの新製品が発売されたり、また

缶入りのお茶や紅茶を手土産に段ボール

箱で持ってきてくれる。


しかし、皆さん、私のアトリエでコーヒーを

飲むときは普段から私が買い置きしてある

コーヒー豆で、わざわざ熱い湯を沸かして、

香り高い熱々のホットコーヒーを「ドウゾ」と

冗談混じりに煎れてくれて、其を飲みながら

談笑したりするカッパ好きな愉快な人達である。


この様にお客さんや仲間とは缶コーヒーを

飲む機会が少ないから、在庫が増え続ける!


私が一人の時は油絵具だらけの手で器を

汚すと後片付けが面倒なことになるから、

味は我慢して缶コーヒーや缶入りのお茶を

水代わりに飲んでいる。


しかし、此から寒くなる。

温かな缶コーヒーや、お茶等を手軽に

飲みたいと思うが、缶を効率良く温める

手段が思い付かない!


昔風な石油ストーブがあれば、缶の蓋を開けて

そのまま乗せて置くとか、鍋で湯煎する方法も

あるけれど、壁のエアコンや電気ストーブでは

それも出来ないし、ガスコンロでいちいちお湯を

沸かしてから湯煎するなら、普通のコーヒーを

淹れた方が簡単で美味いし、さて困ったものだと

缶コーヒーの賞味期限を気にしたりしている。


何とかして、その内に缶コーヒーやお茶を手軽に

温める手段を思い付きたいものである。



















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