2013年06月

2013年06月25日

卓上用ライター




卓上用の大きくて武骨なライターだが、

これは見た目は立派で使うとこれまた

実に使い勝手が悪いものが多かった。



昔は商事会社や不動産屋、土建屋等の

応接室のテーブルの上には必ず卓上用

喫煙器具が置いてあった。


灰皿は石、ガラス、鋳物等の超特大の物で、

そこに置いてあることが常識じみていたが、

現代では遠い昔の風景となった。


我が家にも昔は卓上型の灰皿やライターに

煙草入れなどが数セットあって、季節により

色々と取り替えて、テーブル上の雰囲気を

楽しんだことがあった。


ある時、Zippo型のオイルライターで、

その大きさが、ハガキ大の物を知人が

持ってきた。


火をつけるとボウボウと極太なロウソクのように

炎が黒煙りを出しながら燃えて、さすがに煙草に

火をつけると処ではなかった記憶も懐かしい。


その後、使い捨て100円ライターの性能も安定して

デザインも色々と出てきたので、わざわさ使いにくい

大型ライターは飾り物となり、影を潜めてしまった。



現代は公共施設ばかりか、あらゆる場所で禁煙となり、

卓上型の喫煙器具は殆ど見掛けなくなった。


喫煙者としては不便な世の中になったものである。

他人様の健康を害するとなるのだから、喫煙者の

不便さは致し方が無い。



私が愛車の整備を頼んでいるディーラーの

喫煙所は建物の外で、国道の脇にある。


良く晴れた日には暑く、悪天候の日は風雨に

さらされながら喫煙をしなければならないので

惨めな姿で喫煙もしたくないので我慢している。


禁煙すれば良いかと思うこともあるが、

自宅やアトリエで使い馴れたダンヒルの

ライターを手にとり、素晴らしい炎をみれば

一服タバコを吸いたくなる。


そして、また一服と、天に煙が届くまで

ドクターストップ等は一切気にかけずに

タバコを満喫するカッパ画人である。
















kappa_gallery at 00:09|Permalink昭和の風景 

2013年06月18日

鮒の甘露煮と幼い頃の思い出




私が小学校の一年生と二年生の時、

直接の担任の先生ではなかったが

同じ学年で他のクラスの若くて丸い

目で長めな黒髪を頭の後ろで束ねた

乙女風な先生が居た。



時が経てば特に若い女の先生は結婚して

名前も変わってしまうので半世紀以上もの

空白があると消息がお互いに解らなくなって

しまうものだ。


それでも余程ご縁があったのか、其とも偶然の

悪戯か、先日、この先生にお会いすることが出来た。


有り難いことに数えきれない教え子が居る中で、

直接担任だったこともない私を憶えていてくれた。


まぁ〜、其だけ私は他の生徒より奇人変人の

カッパだったのだろうが、其にしても有り難い

ことである。



早速、お会いした際に私の歩いた人生の一端を

書き記した画集、『幸せのかっぱ』を進呈した。


再会を約束して、その日は終った。




数日後、先生から「ご足労だけど自宅の方に

お出でいただけないか」との伝言を頂いた。


私も、丁度多忙中であったが、何はともあれと

万事時間の調整をつけて、先生の都合の良い

時間帯に訪問した処、私の画集を殊の外気に

入られて「私の宝にします」とのお言葉。


其ではと、私が五年半の歳月を費やして仕上げた

油彩の河童画でF120号の大作を先生が創設した

特養老人施設に寄贈するお約束をした。


帰りがけに!「此を召し上がって」と、

成田名産の鮒の甘露煮と水羊羹を頂いた。



昨夜、鮒の甘露煮を肴に幼き頃を思い出しながら

久し振りに成田の地酒で顔を赤らめた。



そうそう、私は今でもそうだが、裸足が何よりも

嫌いで、戦後間もない昭和23年、24年頃は

体操の時間になると全員裸足で運動する中で

私は一人だけ下駄を履いたまま駆け足やラジオ

体操をしていた。


そして痩せていて、ひ弱な体質だった。

自称、痩せカッパの子であった。


私の体重が80Kgを上回る体格になったのは、

大人になってからである。


肥りだしたのは、当時真空管式オーディオ

アンプを自作し始めた頃からだと思う。


其れまでは食も細かった私だが、部品の

買い出しで、東京秋葉原の電気街を隈無く

歩き回ったり、重いトランスや大型スピ―カーを

持ち上げたりして、結構運動量も増えたのと

自作したアンプを大音量で鳴らすと腹の底に

低音がズシン、ズシンと響き、此が以外にも

お腹を空かせて、ご飯や惣菜などを以前の

倍以上ペロリと美味しく食べた。


また、秋葉原に行けば、肉の万世に寄って

ステーキを食べて、帰りには牛肉をドッサリと

買って帰っては、母に焼き肉やすき焼きなどを

調理して貰って家族で楽しんでいたものだから、

見る見る私の身体は肥り始めた。



現在も三百グラムの松坂牛のステーキーを

週に一度は友人との食事で必ず食べている。


他の日は自宅で、スーパーで買う香りの無い

和牛肉や松坂ポークを食べたり、鮪の刺身を

つまんだりしているので、10年前は96kg〜

98kg有った体重が今は、ヤッと80kg位に

減ってしまった。


マァ〜、老人には丁度よい体重だ。


幼い頃から食欲旺盛で立派な体格だったら、

画家ではなく写真家になり、今以上に貧乏な

暮しを漫喫していただろうな〜と、本棚の上の

ハッセルブラッドを見上げなから、幼い頃の

思い出に鮒の甘露煮が舌の上で踊っていた。

















kappa_gallery at 00:08|Permalink雑談 

2013年06月11日

ピーターソン・シャーマイン 『ブルーサファイヤ』




高級洋菓子のような香りと甘さがある

パイプ煙草のピーターソンシャーマイン、

ブルーサファイヤ。




ピーターソン・シャーマイン ブルーサファイア


























この煙草の葉が卓上に置いてあるだけでも、

甘く漂うこの香りは疲れを癒される。


煙草のケースの色や形のデザインも

落ち着いた上品さがある。


私は常用のドイツ製のパイプに

確りと詰めて、一服した。


梅雨時とは言え、今年は天気が良く

カラリとした空気だ。


パイプの煙は、よどみなく広がって行く。


きめ細かい煙草の味の終りには、

上等な洋菓子を食べた後のような

香りと甘さがある。


銀色に美しく残る燃えた灰にも

優雅な姿があった。


しかし、このパイプ煙草は、残念ながら

今回買った分で終りだそうだ。


私の好きだったパイプ煙草が、また一つ

この世から消え去った。


煙草の煙も、最後は空気の中に溶け込むように

消えて終うものだから、ファンに惜しまれながら

この煙草も消えた。


















kappa_gallery at 00:07|Permalinkタバコ 

2013年06月04日

自動車ドロボー




旧い映画に『自転車泥棒』があった。



最近、と言っても少し前になるが、

テレビや新聞、インターネットなどの

ニュースで私の住む街での事件が

大々的に取り上げられた。


ソレは、国産人気スポーツカーの盗難事件。


被害にあわれたお宅は、何と私の作品を

保管している倉庫の近所である。


盗難車は証拠隠滅のためか?

燃やされてしまったそうである。


この街も、昔は自動車は滅多に走っていない

閑静な街だった。


近年は、私の倉庫のある路地も引っ切り無しに

大小、様々なクルマが走り抜けて行く。


被害者の人気スポーツカーも、倉庫の前を

何度となく、独特な排気音を轟かせて軽快に

走り抜けて行っただろうし、事件当日の夜は

自動車泥棒も倉庫の前を走って行ったのかも

知れない。



其にしても、我が街は時代と共に物騒な街に

変貌したものである。


他人事では無い嫌な出来事である。
















kappa_gallery at 00:47|Permalink雑談