2013年08月

2013年08月27日

一本の耳かき




自宅で使っている竹の耳掻きは

十数年来、重宝にしている。


机の上の筆や万年筆を挿してある茶色の

小さな壺に耳掻きも挿してある。


だが、不思議なことに、いざ使う時には

壺の中には耳かきが無くなっている時が

年に数度はある。


そして、数日のうちに積み重ねた本の隙間からとか

郵便物入れの中からヒョッコリ出てくる。


竹の耳掻きは、使えば使うほど飴色になって

耳の穴の表面をやさしく静かに気持ちよく垢を

取り出せる。


この竹製の耳掻きは床屋さんが粗品でくれるので、

わざわざ買ったことも無かったが、五、六年前から

私は床屋さんに行かなくなったので、近年の事情は

わからない。


仕事場に置いてある耳掻きも竹製品で、あめ色に

使いやすくなってきたと思っていたところ、

先端部にひびが入ってしまった。


耳掻きは無いと不思議に耳が痒くなったりするものだ。


散歩を兼ねて夜の下町に耳掻きを探しに出掛けた。


しかし、気に入った竹製の耳掻きは有るようで、

なかなか自分の気に入ったものが見付からず

自宅の引き出しをかき回して、数年前に

行きつけだった床屋さんからお年頭に貰った

耳掻きセットを見つけてアトリエ用にした。


此で当分と言ったらよいか、現役を全うするまでは

もう耳掻きの心配は無くなった。


細い竹の棒の耳かきにも長年の悲喜こもごもの

出来事が蓄積され、自分なりの拘りの一品となる。















kappa_gallery at 00:02|Permalink雑談 

2013年08月20日

懐かしい道のり




仕事場等が変わると、それまで通い

馴れた通勤の道は余程の用事でも

なければ通らなくなる。



廿数年前から約十年程の間、

私は仕事や趣味を兼ねて週に

数回ほど立ち寄ったことがある

レストランが田園風景の中に

ポツンと佇んでいる。



私の個展で、此処の経営者ご夫婦が

買い求めていただいた数点の作品を

観ながら、ゆっくりと食事をするのも

心癒されるものがある。



この十数年、私はアトリエの引越しやら

東京都内での画廊オープン等で、暫く

足が遠退いていた。



先日、久し振りにこの懐かしい

田園風景の中のレストランまで

知人たちと田畑を見物しながら

食事に行った。



処が、十年ひと昔の例えの如く、

途中の雑草地や畑は開発されて

新しい商店街や民家が建ち並び、

十数年前のこの季節には緑の

多かった風景は何処にも無くて

唖然とした。



其でもクルマを暫く走らせていたところ、

ヤッと見覚えのある懐かしい田園風景が

目に入ってきて、ほっと一息つけた。


レストランのあるその部落だけ生存競争の

世界から取り残されたように昔と変わりなく

ヒッソリと佇んでいた。



レストランは平日の昼下りでもあり、

隅々まで掃除の行き届いた店内は

ガラリと空いていた。



注文してから、少々時間がかかって出された料理、

引退した先代の店主の味を懐かしみながら味わった。



清潔に掃除の行き届いた広い店内の壁に

展示されている私の作品の油彩や水彩画の

カッパたちも、明るい雰囲気で安心、安心、

一時を過した後に店の皆さんに見送られ、

産地の土産を戴いて帰路についた。






定年後、人はなぜ太るのか 健康長寿の食事学

定年後、人はなぜ太るのか 健康長寿の食事学
価格:1,365円(税込、送料別)











kappa_gallery at 00:06|Permalink日々の出来事 

2013年08月13日

ショボいビーフジャーキー




私は、若い此からビーフジャーキーが

好きだった。


しかし、国産のビーフジャーキーは

何れも此れもスパイスが強い。


味つけが強い弱いは好みの問題もあるから

それは良しとしても、一袋に入っている量が

少なすぎるし、折角の肉片も小さくて何かの

破片の様子さえ思えてくるほど実にショボイ

ビーフジャーキーである。



昔、兄貴がアメリカ大陸横断の旅をした時、

お土産に買ってきてくれたビーフジャーキーは

風呂敷程の大きさで吃驚した。


物凄く硬かったが、手でむしり取り食べてみると

始めは硬いだけで、これは何だと云うほどの物

だったが、噛み締めている間に段々と肉の味が

滲み出てきて、本来の牛肉の味が溢れ出てきた。



素朴な味は、何回食べても飽きなかった。


その量と素朴な味が忘れられず、私が海外旅行を

した時に兄貴の買った土産と同じビーフジャーキーを

折に触れては探したが、出合うことは無かった。


冒険家の兄貴は旅馴れているので通りすがりの

アメリカ大陸の何処かの寂れた田舎町で、珍しい

ビーフジャーキーを目敏く見つけ、弟の私へ土産に

買ってきたのだろうから簡単に見つかるはずもない。


今となっては思い出のビーフジャーキーだが、兄貴の

旅の物珍しい話を写真を見ながら深夜遅くなるまで

バーボンを飲みつつ、この巨大なビーフジャーキーを

摘みにしたものだった。



其から比べれば、現在スーパーやコンビニで

販売されているビーフジャーキーは、その容量も

少ない上に肉片も小間切れである。



店から買ってきたビーフジャーキーをツマミながら

映画鑑賞を始めても、映画が終るよほど前には

肝心なツマミのビーフジャーキーは無くなって終い、

物足りなさを感じさせる。


素味が豊かで大型なビーフジャーキーは、島国の

日本のコンビニでは永遠に無理な商品だろうか?


「ショボイなー」と自分勝手に思っている昨今である。

















kappa_gallery at 00:49|Permalink雑談 

2013年08月06日

仕事場に大画面テレビを据えた




今まで私は絵を描く仕事場では

テレビを観ることは殆どなかった。


戸棚の上に置かれた13型の小さなテレビで

ニュースや天気予報を時々観る程度だった。


ところが、最近は悪天候が続いたり、

仕事の合間の息抜きに散歩するには

年寄りの私には暑すぎたりと仕事場に

篭っている時間が以前よりも多くなり、

テレビを観る時間も少し増えてきた。


そうなってくると新しい大画面のテレビが

欲しくなり、大型電器店へ行って各メーカー

最新型機種の値段交渉をしてみたものの、

何処の店も人気の新型は強気である。



電器製品等、此の道の裏事情に詳しい

私の予想価格には程遠い値引きである。


そこで、普段は覗きもしなかった超激安電器店に

立ち寄ったら、今人気の新型テレビが目の前に

段ボール箱入りで置いてあった。


実売価格も私の予算通りであったので、

早速現金で買い求めた。



実は今までの13型に比べれば大型に見えるが、

アトリエのスペースも考えて42型にした。


現代風に言えば、42型程度の大きさなら

大型テレビというよりは中型テレビである。


最新型なだけのことはあって薄型で、邪魔くさい

縁も無いのでスッキリとしたテレビである。


この日本全国でも、一、二を競っている超激安の

電器店は、私が若い頃に使っていた事務所と

同じ町内だった。


今でもアトリエまでの通勤には、この店の前を

往き来している。


以前から、この激安電器店の存在だけは

噂で知ってはいたが、コレと言った用事も

無かったから見向きもしなかった。



この安売り電器屋界隈は、カッパ画人の私が

青年時代を過ごし、数多くの楽しい思い出が

詰まった軒並みでもある。















kappa_gallery at 00:06|Permalink日々の出来事