校歌

2012年04月20日

四街道小学校校歌




四街道小学校は我が母校である。

そして、その四街道小学校の校歌

作詞されたのが川島茂先生だ。


この川島茂先生、私が小学生の頃は

元気のよい教頭先生だった。


未だに私は四街道小学校の校歌を口ずさむと

川島先生のことを懐かしく思い出す。


当時、川島先生は夏休みになると希望者を集い、

稲毛海岸まで潮干狩りに連れて行ってくれた。

現代からみれば、昔気質の小学校の先生だった。


川島先生は、私の一番上の絵描きの兄のことを

気に入ったのか、親父の話す海外の話題に感心を

持ったのか、とにかく川島先生は放課後の暇な時に

私の家へよく遊びに来た。


先生は結構お酒も強く、帰りの千葉行き

終列車まで父や兄と何やら談笑していた。


私が子供の頃の先生全般は恐いと言った印象を

持っていたから、自宅に自分が通学する小学校の

教頭先生が遊びに来ているとが嫌では無いが、

何となく堅苦しい様で落ち着かない時を過ごした。


其から二年後に川島先生は転勤となり、

暫くの間は音信が途絶えた。


そして十年近く経ったある日に、私の直ぐ上の兄と

二人でベロンベロンに酔っ払い私の自宅へ夜分に

立ち寄った。


その時、この直ぐ上の兄は、日本で有名な

児童合唱団の千葉市での公演に力を注いでいた。


川島先生は、兄が小学生の時の恩師だった。

千葉市内の料亭で川島先生に偶然に再会して、

彼方、此方とハシゴ酒をして来たと云っていた。


其が縁で川島先生も「児童合唱団の前売り券の

販売を手伝ってやる!」と、男気?を出して兄の

仕事を応援してくれることになった。


人の好いと云うか、世間知らずの兄は何回となく

高級料亭に仕事の関係者や先生を御招待して

労をねぎらったりしたそうだが、他人様を誇大に

評価過ぎて、いざ蓋を開けたら見事に結果は散々

足るものであり、馬鹿な兄は大金と時間を費やし、

この時の後始末で親父が所有していた佐倉市内の

土地の一部が売却された。



若い時の私は、四校校歌には夢と戒めの

想いを持ったものだった。















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