荷台

2012年03月27日

すずかけの下に来るパン屋さん




私が、まだ小さな子供の頃、大太鼓の音は

当時住んでいた家から近かった春日神社の

お祭りと小学校(現在の四街道小学校)の

校庭で運動会の応援に打ち鳴らされた音を

自宅の庭で微かに聴いていた。


小学生になったら、当時は太鼓の音で

授業が始まり、太鼓の音で授業は終る。


今に思えば戰みたいである。



そんな背景の中に校庭の端の方に何本も

植えてあるすずかけの木の下へ自転車で

お昼にパンを売りにくる年配の人がいた。



自営業者の次男坊だった同級生の一人は

何時もチョコレート入りのパンを一つ、この

自転車のパン屋さんから買ってきて昼飯に

食べていた。


だが、ほんの数ヵ月すると何か不都合でも

有ったのか、校門の外のやはり木の下で

商いをするようになった。


何故か木の下が好きなパン屋さんだった。



後日に私は先生から頼まれた急ぎの使いで

文具店まで行くの為に東側の校門を出ると、

自転車で売りに来たパン屋さんには数人の

子供が群がるように菓子パンを買っていた。


私はその時、子供ながらに商売繁盛で

良かったな〜と横目でそのパン屋さんを

見ながら、脇を通り過ぎた。


私がこのパン屋を見たのは其が最後だった。


間もなく、すずかけの枝に小さな黄緑色した

新芽が育ち始めた頃に私も卒業式を迎えた

からである。


当時、昼飯にチョコレート入りの菓子パンを

一個買って食べていた同級生は、それから

十数年後に街中でバッタリ会った。


双方が、学生服から背広姿に!

数秒後に「ヤー!」。


当時は私も細身だったが、その次男坊は

小学生時代と変わらずに細かった。


まさか、今でも昼飯に菓子パン一個の

少食なのか?と思わず微笑んだ。




あれから数十年が過ぎた・・・。


先日、我が家にヤクルトおばさんが、バイクで

乳酸菌飲料を売りに来るのを自宅の車庫から

偶然見掛けた。


遠い昔に自転車の荷台に木箱をくくりつけて

売り歩いていたパン屋さんの思い出と重なり、

懐かしく思った。













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2012年01月20日

愉快なマツダボンゴの思い出




もう、かれこれ二十数年前になるけれど、

私は国産自動車メーカーのマツダのから

発売されている商用ワゴン車、ボンゴの

低床型を新車で買い、それから五年間で

丁度十万キロまで乗ったことがあった。


此迄にボンゴは数年の間をおいてだが、

二台ほど新車を買ったことがある。


そしてどういう訳だか、それら二台の

マツダボンゴには私にとって、とても

愉しい思い出が沢山残っている。



その頃は今と違って大型のオーディオ

機器を好んでコレクションしていたから、

古いスピーカーや重いアンプを積んで

店屋から自宅まで運んだり、仕事では

大きな油絵を積んだり、また家族での

レジャーなどにも活用することが出来て

大変便利な商用車だった。


ただ、その便利さゆえに乗り心地の方は

快適とはいかなかった。



ある時、落花生など土地のお土産を荷台に

満載して友人と二人で長野県に住む知人の

旅館まで遊びに行き、先方の仲間と一緒に

深夜遅くまで飲み喰いを続け、翌日はその

長野の知人が私のボンゴを運転して地元の

古寺へなど名所へ案内してくれたりと、楽しく

愉快な旅をしたこともあった。


しかしながら、ボンゴの非力なディーゼル

エンジンは走行距離が五万キロを過ぎた

頃から早くも衰えが始まり、峠道を一気に

走り抜けるには少しばかりの不安を感じる

様になってきて、その後十万キロまで乗り、

次に他メーカーの四輪駆動車を買ったので

このボンゴは知り合いのオーディオ専門店へ

差し上げた。



そのボンゴ、暫くはそのオーディオショップの

大型商品配達車として重宝され、時折黒煙を

マフラーから吐き出しながら余生を送っていた。



此から先、私はもうマツダのボンゴを買う事は

無いだろうが、このクルマには不思議と愉快な

思い出が多く残る商業車だった。














【旧番】トミカ023 マツダ ボンゴ フレンディ

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価格:2,100円(税込、送料別)



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