かつて鉛筆材を産出した地方である北見と帯広の図書館で、鉛筆のスラットの年次生産量がわかる資料が無いかと調べたものの、林業史全般とカラマツなどの規模の大きい部分の生産量を追ったものは見つかったが、細かい部分ついてはわからずじまいだった。
北海道の条例で木材業者と製材業者の届け出が毎年義務付けされている。その各製材工場の年次計画をまとめたものが見つかり、昭和30年代の部分のみが奇跡的にグーロス単位で把握できたので、その資料をコピーして持ち帰り、自分のパソコンに入力して大まかな傾向を分析する事が出来た。資料を見ると「根室支庁」の物だったので、無いものを必死にかき集めて保存してくれたのだろう。ただ、全体をコピーするまでは紆余曲折があり、かなりの時間がかかった。
大正時代に鉛筆材の生産が盛んだった旭川は操業が一業者で限定的な生産、北星鉛筆が疎開した釧路も市内での生産記録なし。戦後二十年代にシェアの大半を占めたと言う斜里町も町村ごとの集計では中より下の順位。
各メーカーごとに推計すると、道産材スラットに関して三菱鉛筆は一極集中型。コーリン鉛筆は三、四か所に主力を分散してリスク回避か。トンボ鉛筆は下請けを固定せず売りさばき人を通していたのか、特定の業者との関係が今一つ不明。コストを気にして本州で製材していたかもしれない。三社三様で面白い。
林産物も小径木と大径木では同じ木でも用途が異なったりしている。用途が兼業の製材工場は鉛筆材より採算の良い用途が開拓されたりすると、それを優先したりして生産量もバラバラ。鉛筆は主に小径木で、木材としては下位のランク。しかもハンノキなどは里山の木なので植林されたカラマツ等と違い採れる量も安定しない。今やシナやハンは貴重な木だと言う。
但し、他の統計や通産省の報告書とはつじつまが合わない部分があるので更に突き詰めていく必要がある。