November 21, 2006 21:36

正義とは

321bd622.jpg 正義とは何なんだろうか。正しいこと、世間一般で言うところの。子供たちの憧れであり理想の対象。成長するにつれ、人は汚くてずるい事を知る。しかもその種のずるさを持つものはごまんといて、社会は彼らによって構築されていることをも知る。自分は汚くてずるい人間にはならないならない、もしくはそんな奴らを許さないという正義を持つ。ここで言う正義とは、自分の持つ倫理観と常識に照らして主観で正義を判断すること。人間が自分の主観を切り離して、つまり客観的な判断することは、難しい。客観視するといってもそれすらも第三者の常識や倫理観に縛られる。「相手の気持ちになって考えること」、これもよく言われるが不可能だ。実害を被っている場合では。所詮他人であることは、事実である。それを棚に上げた意見など相手の気持ちを逆撫でこそすれ、相手の気持ちに立つことなど到底できない。もちろん、相手を慰めたい気持ちからくるそのテの意見は、相手を救うことだってなる。つまり、純粋な客観視という行動なんて不可能だ。これではただの屁理屈だ。
 このことを加味して、善悪という概念が正義を二極化に拍車をかけることになる。さらに、善悪の線引きも難しく複雑だ。したがって、善悪という概念はいらないのではないかということが私の考えです。なぜなら、私は、メジャーかマイナーかということが、常識であり世間が言う正義だと考えています。
 ところで、私はさっきから「世間で言うところ」などと書いている通り、私の言うところの正義とは、自分の気持ち。または自分の志を貫くことだ。自分の意見を正常として相手の意見が自分と異なるから悪。と決め付けてしまうことが嫌だったからこういう意見を持つようになったのだと思う。だから、正義対悪の争いに限らず、全ての争いや対立なんて、自分の正義と相手の正義の争いだと考えている。また、正義のための犠牲は、人によってはくだらないと吐き捨てるだろうが本人にとってこれほど価値のある犠牲はないとも思う。もし、自分が天寿を全うできずにくたばるならば、正義のための犠牲になりたいとも思う。こうなれるかどうかは、運も含めてこの先にかかっているわけですが(笑)
 つまり、私の言う正義とは自分の心、自分の志を貫くことです。ついでに、人間は往々として自分を正しいと思いたがるものだ。だからといって全て正しい訳でもない。そういったことをよく自覚するべきだ、とも思う。

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