図書館で依存症の本を借り一気に読んだ
アルコール、ギャンブル、薬物、ゲーム、ネット・・・
全体的な内容になっていた

それらに依存する背景には「孤独」があると書いてある
まぁその辺はよくわかる
だけど見方を変えれば俺はまだ優秀な部分があるのかなってさ

ゲーム、アニメなどの依存はさほど金がかかるものでもないし目が悪くなるだけで健康にはそんなに害はない。
だからそういったものにかかわり気を紛らわそうとはよく考えるがすぐに辞めてしまう
それはきっとますます「孤独」をこじらす自分に入り口の段階で気がついてしまっているからだと思う

ネット依存というのはどこまでを言うのか?
たぶん年相応の人生送ってる「孤独」が少ない人はネットから得るものはあくまで「情報」であり過度の「共有」ではないと思う
具体的に言ってしまえば配信を見まくるとかだが無職時代はかじりついて見ていたな
今でも思わず見入ってしまう配信者、コメント付き配信動画はたくさん存在する
面白いと思う反面見る側の多くには「孤独」があり一瞬の簡単な共有で書き消そうという現実があるとしたら当然そこに依存がある。たくさんコメントして配信者とつながろうとしても現実には何もないのである
まだ実際につながれるこういうブログを続けている自分は割とうまくネットを使いこなしているようにも思える
もちろん読者の数は少ないしいつも書いている内容がかなり偏っているがね

ギャンブル依存については競馬に関わっているが今はもう競馬に参加している程度
年間6万使って2万戻ってくるような感じ
メイン負けて最終で取り返す!とか大昔はやっていたが今はそう言う勢いはない
競馬場に行く時以外はもうスポーツ新聞すら買ってない
昔は金曜日の夕方には東スポ買うためコンビニやキヨスク前をうろついたもんだがな
馬券の買い方も儲けよりも感動を求めて買ってしまっている
そういう部分がいい意味でギャンブルやってるにもかかわらず依存症とはほど遠い場所を作っているように思える

アルコール依存については手軽に買えるストロング缶問題がある
3日に1本のはずだったが1日1本に変わっていた
はまりすぎて替え歌まで作ってしまったような記憶がある
その程度であればアルコール依存まではいかないのだろうけどいいものではない
歳を取り孤独と不安が増すのが流れだからどんどん増えていき医者に止められない限り控えることはないように思えていたんだが自分の中での区切りをつけた最近はノンアルコールビールで我慢できている
ストロングの裏側には当然孤独があるわけだがそれを一瞬忘れさせてくれた後のむなしさの味も覚えてしまっている。あの悲しい味にこそ孤独があることにようやく気が付いたのかもな



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またマックコーヒー無料を飲んできた
しかし急に恥ずかしくなり一緒にクリスプマフィンも購入してしまった
最近体に染み込んだ邪気を出しきるべくダイエットしていることからその場ではマフィンを食べず我慢した
今現在も冷蔵庫にある

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肉の少ない肉じゃが
ジャガイモは炭水化物だけど家にあったものなので仕方がない

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質素に感じる夕食だが米があるとそれなりのカロリーになってしまう