11年にして、初めて、いまやっている仕事が、親にばれてしまいました、、、。いわゆる、この業界で言う、親バレってやつですねっ、、、。
最近の、海外での活動報告に、Facebookを始めたのですが、それで、親戚から、ままのところに、連絡が来たみたいで、泣きながら電話してきて、、、。
っていっても、いままで、よくばれなかったなーってか、薄々は気がついていたのかもしれませんが、、、。普段から、ままには、ダンサーということしか伝えておらず、初めて娘の仕事をしったママは、大泣きして、パニックになってしまっていて、ロスにいるぁたしも、どうしたらいいかわからなくて、ただ、ただ、ちゃんと、お仕事を言っていないこと、母親の心を傷つけてしまったことで、わたしも、パニックになってしまって、、、。日本に帰ってくるなとか、仕事いますぐにやめろとか、たくさんたくさん、話し合いました。もちろん、マネージャーにも、社長も相談して、ぃろんなことを、家族の中でも話し合いました。
そんなとき、日本にいる妹二人が、わたしのことをとても理解してくれていて、ままに、わたしの代わりに、たくさんたくさん、話をしてくれました。
一晩中、国際電話で、話し合って、、、。
ぁたしは「もぅ、活動できないかもっ。ままが、親戚たちに何て言われてしまうか、、、。ぁたしが、言われる分には、すぎでやっているおしごとなので、構わないけど、ままをこんな形で傷つけてしまって、、、。ほんとに、どーしたらいいのかわからなくて、、、。」ままは、泣きながら、電話を切りました。
わたしは、ままに、何度も何度と謝りました。
妹たちにも、迷惑をかけてしまって、何度も何度と謝りました。
そしたら、お母さんが、朝方、「あなたたちを、経済的な面で、何にもしてあげられなくて、いままで、ごめんなさい。こんなお母さんでごめんね。こんなお仕事まであなたにさせてしまっていたおかあさんでごめんねと。」
涙が、止まりませんでした。
確かに、最初は、親の借金を返したり、妹や弟を大学に行かせてあげたい、みんなで住む家を持ちたいとおもって、たまたま紹介されたこのAV女優というお仕事を始めました。家族みんなで、1つ屋根の下で暮らしたことがない、ぁたしにとっては、とても、夢でした。毎日借金取りに追われるのが、子供ながら、とても怖くて、
学校から、帰ってきたときに、小さな妹が、お父さんと一緒に玄関先で、借金とりに、正座しながら、土下座しているところとかをみてきて、早いうちから大人になりたくて、仕事がしたくて、お金を稼ぎたくて、このお仕事を自ら選びました。
もちろん、家族に向かって、お前らのためにやってるんだから!なんて、思ったことは一度もありません。
自分が、決めて、選んだ仕事。
だから、別に、誰も悪いわけではないの。
わたし自身が決めたの。だから、こんなお母さんでごめんなさいっていわれて、なみだが、とまらなくて。
なんども、わたしも、ごめんなさいって、あやまって、。
でもねって、もぅ、みんなに、貧乏な思いはさせたくないんだって、お母さんにはっきりいったの。お金持ちになりたいとか、そういうのではなくて、お金がないと、病院にも、いけないんだよって。だから、まだ、可能性がある限り、今回、わたしをバックアップしてくれている、事務所の社長含め、クライアントさんみんなが、助けてくれている限り、自分の可能性にまだまだ、賭けたい。
正直、日本にいる方が、収入も安定しているし、わざわざ、言葉も通じない、知り合いが誰もいないところに行く理由なんてないかもしれない。仕事なんてやめて、結婚して、子供産むのも、人生かもしれない。
でも、わたしは、まだまだ、仕事をバックアップしてくださる方々がいる限り、がんばりたいんですっ。
そしたら、ままが、「わかったっ。もちろん、納得したわけではないし、わかったときには、ものすごく、悲しかった。、どうしていいかわからず、死にたい気持ちになった。でも、あなたは、家族のために一生懸命、いつも、いろんなことを、やってくれていたのは事実だし、自分で決めたことなら、がんばりなさい。わたしは、親戚に言われようと、友達に言われようと、そんなの関係ない。だって、あなたは、わたしの娘だから、わたしは、何を言われても、あなたの味方だからっ。」って、、、。
涙が、とまりませんでしたっ。まさか、そんなことまで、お母さんが考えていくれていて、そんな風に言ってくれるなんてって、、、。ままが、「日本にいる、家族のことは、任せなさいっ。いまはお仕事がんばりなさい。」って、、、。
ぁらためて、ぁたしのお母さんは、すごい人なんだなって、改めておもった。
女手一つで若い頃から四人の子供を、昼も夜も働いて育ててくれて、、、。
確かに、悲しませてしまったかもしれないし、お母さんはこれから、周りの方々に、どんな風に見られてしまうか、それは、とてもじゃないけど、はかりしれない、、、。
それでも、そんな風にってくれたお母さんをわたしは誇りに思う。
誰に、なんと言われようと、この家族を、自分なりに支えていきたい。今回の件でバックアップしてくれた、兄弟にも感謝したい。
私は、一人じゃない。
正直、アメリカにきてからは、まだ、新しいことをするにあたって、挨拶回りだったり、語学学校通ったり、1つ1つ、一から。仕事をするために、いろんなところにお勉強しに行ったり。
まだ、ちゃんとした活動ができてないし、正直ニートみたいなものだし、、、。不安だらけだった、ぁたしにとって、なんというか、、、。今回の件をきっかけに、完全に腹くくれた感じです。
正直、だめなら、日本に帰ろうとおもったよ。
だって、、応援してくださっている優しいフアンの方々がぃるし、、、。ありがたいことに、日本でいろんな方にオファーをいただいているしっ、、、。
だけど、やっぱり、帰る家がないっていうおもいで、もっと、いままで以上に、本気で取り組まなきゃいけないと思うことができましたっ。
でも、このお仕事を、もっとやりたいって、思わせてくれたのは、周りの関わってくださっている全ての方々が厳しく優しく、ぁたしを導いてくれて、そして何より、フアンの方々が暖かく見守っていてくれているこの空間がわたしにとって、とても居心地がよく、かけがえのない場所なのが事実なのです。
改めて、みなさんの力がわたしにとってのパワーになっているんだと思いました。
うまくまとまらなかったけど、、、。
少しでも、伝わってくれていたら、ありがたいですっ。
、、、そして、本題にもどると、、、。
Facebookをはじめたのに、何にも報告もなしにさくじょしている理由をかきたくって、、、でも、簡単に書けなくて、、、2日も遅くなってしまいましたっ(;_;)ごめんなさいっ、、、。
しばらくは、今まで通り、Twitter、Instagram、blogにて、近況報告をしていきたいとおもっています、、、。
またまた、温かい目でみてやってくださいっ、、、。よろしくお願いします(;_;)