銀河街の悪夢(SEKAI NO OWARI)

まず、この曲についてSEKAI NO OWARIのFukase氏はこのように述べています。
アーティストとしては、この曲はバッドエンドのつもりでは作っていない、
「これから」への希望を持てる曲のつもりで作っていることをおさえておきます。
この曲の最初は
「希望」という言葉を「明日に住み着いてる幻覚」と表現し、
「未来」「明日」というものが、「来なけりゃ皆とのこの差もこれ以上開くことは無い」と歌っています。
色々な詩や歌で明るく歌われる「希望」「明日」「未来」というものを見直させるような出だしです。

明日また起きたら何か始めてみよう
希望を持たせるようなサビからの、
だけど眠れなくて朝日が昇るんだ
辛い現実。
だって昨日もおとといも変わろうとしてたけど
今日も僕は変われないまま今日がまた終わってく

明日はもっと自分が嫌いになるのかなぁ
これは2番の
明日また起きたら何か始めてみよう
だから今日はいつもより早く起きてみよう
だけど起きれなくて夕日が沈むんだ
こんな辛い日々もいつか終わるかなぁ
にも同じことが言えるでしょう。
この歌の主人公が誰で、どんな境遇にあるかはわかりませんが、
同じような境遇にある人が聴いたら吐き気を催してしまうくらいリアルな表現なのではないでしょうか。
思わず「なんでそんなつらいことをわざわざ歌うんだ」と思わせてしまうような危うさのある歌詞です。
私も初めて聴いたときは、なんて暗い歌だとどんどん気持ちが沈んだものです。


さらに、リアルさを演出するという意味では2番のA~Bメロの歌詞はもっと強烈かもしれません。
精神を安定させるアイツの魔術は
苦しみだけじゃなく楽しみも消してく
明らかに「精神」「安定」剤
憂鬱を抑えてくれるアノ子の呪いは
絶望だけじゃなく希望も無くしてく
明らかに「抑(抗)」「鬱」剤
「いいかい君は病気だから」とお医者さんがくれた
そして、この言葉。
ここまで露骨な言葉ではありませんが、このような表現は耳にしたことがあります。
心療内科では、このように心の病気を「病気」として認めさせた上で向き合っていく、というスタンスが一般的のようです。
それが治療にはいいのかもしれませんが、でも、言われた方は辛い言葉です。
あぁ僕の身体が壊れていく
「身体」という書き方をする場合は「精神」と対比させることが多いです。
ここでは、「精神」をなんとかするためのクスリが「身体」までもむしばんでいく、というようなニュアンスでしょう。

あまりにリアルで、あまりに鋭く突き刺さる言葉です。
これは、同じような体験を本や映画で観たからといって作れる曲ではないと思います。
Fukase氏にとって、この曲を作ることはどれほど大きなことだったのでしょうか。


そして2番の終わりから聴こえてくる踏切の音。
初めて聴いたときは、最後のセリフ「ただいま」が聴こえるまで、
「飛び込んじゃったのかな」と不安になってしまいました。
でもFukase氏が述べている通り、飛び込んではいないんですね。

そうさ誰のせいでもなくて僕の問題だから
僕のことは僕でしか変えることができないんだ

明日を夢みるから今日が変わらないんだ
僕らが動かせるのは今日だけなのさ
今日こそは必ず何か始めてみよう
応援はあまりないけど頑張ってみるよ
ここからが、Fukase氏を含む「僕ら」にとっての本当の意味での「希望」でしょうか。

思ってみても見つからない「希望」
言葉で繕っても手に入れられない「希望」。
自分の問題として、自分で動かしていく「希望」

「応援はあまりないけど 頑張ってみるよ」

同じ境遇にいる人に勇気を与える言葉です。

明日を夢見るから今日が変わらないんだ
僕らを動かせるのは自分だけだろう
そんなことわかってるんだろう
強くなれ僕の同志よ
最後は「僕ら」と表現している、同じ境遇の人に語りかけます。
「同志」と言われて救われる人も少なくないでしょう。



難しい言葉が多くないだけに、一つ一つの強い言葉が突き刺さる曲です。
でも最後まで聴けば(読めば)これから、「頑張ってみる」 と少しでもポジティブに動き出せる曲だと思います。


スノーマジックファンタジー(通常盤)
SEKAI NO OWARI
トイズファクトリー
2014-01-22