「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む

記憶が薄れる前に書いておこうと、北京において行った「文化交流」という名のオタク活動やその方面のネタを適当に綴っております。

中国オタク「日本でガンダム00は不人気なの?ガンダム総選挙で上位に入れないのは意外過ぎる」「中国で『Z』に相当するのが『00』という言い方もできる」

ありがたいことに
「現実のイベントは中止した事例が出てしまうとしばらくどこも忖度してダメになりそうですが、日本のオンラインならまだどうにか楽しめるかも……」
という話と一緒にネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

「全世界“ガンダム”総選挙2025」(公式サイト)
が始まりましたが、中国オタク界隈でもこの総選挙の動向が気になっている人が少なくないそうで、先日発表された上位20機の中間発表に関しても注目を集めているそうで、そこには中国オタク的に意外に感じる部分もあったようです。

「全世界“ガンダム”総選挙2025」中間発表!上位20機&歴代ガンダムパイロットキャスト推薦コメントを公開!(GUNDAM Official Website)

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていた
「中国と日本のガンダム00の人気の違い」
などといったことに関するやり取りを、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


日本で「ガンダム00」は不人気なの?ガンダム総選挙で上位に入れないのは意外過ぎる

上位20機のガンダムの中に「00」が無いというのは確かに予想外だ
逆にこっちの感覚だとZガンダムの人気の高さが不思議

機体が多くて分散した影響もあるかもしれない
しかし最初に見た時はフリーダム系ガンダムが分散していて厳しそう……と思ったら普通に入ってきてるしなあ

自分の印象だと人気的には「00」>>「Z」だけど日本や他の国ではそうでもなかったのか

私は日本以外のガンダム事情に関してはアメリカで「W」が人気というくらいしか知らないけど、日本だと「Z」はずっと人気高いはずだよ
Z系の派生MSが出続けるのも結局は人気が高いからだ

日本だと初代の大人気がそのまま「Z」に移って、そこから「逆襲のシャア」にいくまでがセットかな
ファン層が昔から手堅いし、商品展開も厚いから人気が維持されている

「Z」がこっちでパッとしないのは「古過ぎる」というのが主な理由だが、日本ではそれが昔からの人気、忠誠心の高いファン層につながっている模様

ウイングガンダムゼロはゼロカスタムとの扱いが相変わらず不安定だが上位には入ってきた
しかし「W」が入っているのに00系が上位にいないのは私も驚いた

そんな状況なのに「Z」の機体は二機入っているんだよな
Zガンダムが入るのは分からなくもないけどMk-IIも入るくらい人気高いとは……日本での人気の高さを改めて実感する

Zガンダムに関しては直近で「ジークアクス」関連で補正がかかったというか、思い出した人が多かったというのもありそう

こういう投票は基本的に新しい作品、特にアニメが出た作品が強いからね
SEEDは劇場版が大ヒットしたことによる後押しは間違いなくある

あとはバージョン違いによる票の分散も影響してそう
フリーダムが不利だというネタは言われているが、「00」は更に派生が多い
あと4種類いるV2とか不利過ぎるだろ

ストライクも5種類だしフリーダム系の方がまだマシだよ!

ユニコーンみたいにフルアーマー・ユニコーンガンダム(デストロイモード)に投票すればいいみたいなのだとあまり不利にはならないんだろうけどねえ

日本で初代、Zが大人気という事情に関してはこっちでSEEDが大人気になり、その後でまた00が人気になった関係と重なる部分が見て取れるし、中国で「Z」に相当するのが「00」という言い方もできるだろう
これはリアルタイムでの体験が無いと把握し難い部分でもあるが

確かにそういう解釈もできるか……考えてみれば俺も「SEED」の次は「SEED DESTINY」ではなく「00」みたいな認識はある
ウチの国でリアルタイムでガンダムのアニメを追いかけて話題にする人が増えたのは「DESTINY」からだし「SEED」と「SEED DESTINY」をまとめて見た人もおおかったから放映時間が1年空いた日本と違うイメージになっているのかも?

「Z」の日本での人気が分からないという人もいるようだが、ウチの国でも「Z」の作品評価自体は高いだろ。評価サイトでのスコアも高いし古参のマニアが持ち上げるのはまず「Z」だ。

しかし「Z」はMSの評価は微妙過ぎない?
こっちの感覚だと背中が寂し過ぎる

ウチの国だと羽があるロボが大人気だしな
国産オリジナルの機甲(ロボ)も売れるのは大体羽根つきだし、「00」も作品やキャラの人気はあっても機体の人気はイマイチな所がある

「羽があるロボでないと国内では人気がでない」というのは暴論ではあるが、否定もし難いんだよな……
それに対して日本では羽パーツやエフェクトはマイナスにはならないが、こっちほど大きなプラスにはならないように感じられる
あと国内の謎オリジナルな「機甲」に対する「00」の影響は主に脚の形状だと思う

中間発表の結果については「00」の人気が無いというよりも日本では宇宙世紀を舞台にした旧作の人気が高いという解釈をするべきではないかと

同意する
こっちだと宇宙世紀は「UC」が突出して人気が高くて最近「閃光のハサウェイ」で少し新人は増えたけど、やはり「SEED」以降の作品の人気が高い

こっちのオタク界隈の感覚だと宇宙世紀系の作品はどれも古い、キャラデザも絵柄もだけどアイデア的にも昔の作品だから面白くないんだよね
価値や放映当時における新しさに関する知識はあっても、視聴体験としてはすでに陳腐になってしまった部分が少なくない

理解できる
イロイロと批判はあるけど、今の時代に宇宙世紀系の世界観で大きく当てるなら「ジークアクス」くらい極端にやらないといけないし、だから「ジークアクス」はあんなに話題になったのだと思う

作品が人気になる、記憶に残るというのはその当時の環境の影響も無視できないわけだし、国内の「00」人気が日本と違う理由の一つはそれだろう
「00」が放映されていた頃の国内は高速大容量のネット環境が急速に整備され普及していった時期だし、私の中でも当時は「00」と「SEED」を中心にガンダム人気はずっと上昇し続けていたような記憶がある

「00」の時期はネットに加えて海賊版ディスクも紙雑誌媒体もまだ生き残っていた時期で、そのすべてのルートに乗っていたから多くの人が作品を見ることになった

「W」の頃は海賊版がVCDだったから枚数多くて値段が高いから通してみた人は少なくて当時は枚数の少ない「08小隊」が最も馴染み深いガンダムだった
そして「SEED」の頃はDVDの海賊版の時代で枚数が減って画質も上がり急速に普及した
そして「00」の時代はネットのファンサブとダウンロードで海賊版ディスクは壊滅
バンダイからすれば商売にならない嫌な時代だろうけど、人気に関しては作品の内容に加えて環境もかなり影響していたと思う

宇宙世紀系は大体が「スパロボ」や「Gジェネ」で知った人間で、わざわざ「初代」「Z」「ZZ」を見に行った人はそんなに多くない
だからこっちでは「Z」の人気は実感できないし、わざわざ見た人は作品の価値を実際よりも高く評価することになりがち

「00」は最後にSF作品の方に突っ走ってしまったから日本では評判がイマイチだいという話を聞いたことがあるけど……

宇宙世紀枠とは別物だからね
でも「Gガンダム」みたいなのがあるからストーリーの方向性の違いはそこまで大きな問題にはならないような気もする

国内において「00」は「SEED」で盛り上がった人気の熱を上手く受け継いだ作品だ。
キャラデザもこっちの好みの範囲だったし、ファンサブ経由で日本のアニメ視聴が習慣として広まる際の定番作品の一つにもなっていた。

現代でも記憶に残る、話題になるという点では「SEED」がトップだけど、当時の国内におけるライト層、一般層への普及という意味では「00」の方が「SEED」より上だったし、広い範囲での記憶ということなら「00」の方が上という可能性もある
日本ではそういうのが無いはずだし、それが投票で「00」が埋もれてしまった原因の一つじゃないかな

「00」は「コードギアス」や「マクロスF」と重なったのもあってか印象が弱くなりがちだけど、当時の国内のアニメ視聴環境の急速な発展拡大と重なったことによる人気、思い出の強さはかなりあると思う
私の中ではライト層に人気、手頃に薦められるガンダムは「00」という印象だ

この話題を追いかけながら考えてみたが、上の方でも言及されているように中国国内のガンダム史においては「00」は日本の「Z」に相当する作品といった見方もできそうだな
そしてその後に路線変更して人気の流れが一時断絶した「ZZ」のようなポジションとして「AGE」が続くと

なるほど
人気の出方、広がり方と定着の流れを見ていくと「1st」「Z」「ZZ」というのがこっちでは「SEED」「00」「AGE」となるわけか
歴史は繰り返すのかもしれんな……



とまぁ、こんな感じで。
中国におけるガンダム人気の広まりやその周辺事情なども含めてイロイロな話が出ていました。

ちなみに今回のネタを教えてくれた方からは
「中国ではオタクの世代交代が速いですし、アニメ以外で作品に接する環境も少ないのでシリーズ系作品の人気作品やキャラの変化も日本と比べてかなり速くなっています」

「ガンダムだとZは上の世代のオタクの間では名作としての評価は高いですが、若い世代の間での人気はないですね……私も若い人との話で自分からZガンダムを語ることはかなり少なくなりました。相対的に見たら昔と比べてかなり人気は落ちていますし、思い入れのある人、実際にガンプラに手を出す人の間でも微妙かもしれません」

などといった話もありました。

そういえば私は昔、中国の「SEED」ファンの方から
「中国のガンダムファンは皆SEEDとSEED DESTINYをまとめて見ているので、主人公だと思っているのはキラ・ヤマトです。シン・アスカは途中から出てきた邪魔なキャラですし嫌われています」
などといった話を聞いたこともありますし、SEEDの視聴体験やそれによってファン界隈に蓄積されたイメージは中国独自の部分もかなりあるのでしょうね。

ちなみに管理人はZZが好きなガンダムなので人気投票では概ね低見の見物状態になりますが、今回の「全世界ガンダム総選挙」のZZはフルアーマーが別枠なだけでなく強化型ZZも別枠で出ていたのにはちょっと驚きました。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。

中国オタク「近頃は良い感じの功夫作品が出ない、功夫文化が消えているように感じられて寂しい……」「功夫は地味だし人気ないからね」

っていることもあってか、シンプルな功夫作品や中国武術要素はあまり人気がなくなっているそうで、小さい頃に功夫作品を見て育った上の世代の中国オタクにとっては何かと残念な状態になっているのだとか。

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていた
「頃は良い感じの功夫作品が出ない、功夫文化が消えているように感じられて寂しい」
などといったことに関するやり取りを、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


近頃は良い感じの功夫作品が出ない、功夫文化が消えているように感じられて寂しい……

現在の娯楽環境だと中華ファンタジーや仙侠の超能力バトルがメインで、功夫は地味だし人気ないからね

見たい人間がいないわけじゃないのにね
今の時代、役者もストーリーも美術関係もコストや人材不足で作り難くなっているのは分かるが

いや、見たい人間がいないからだろう
キャラが功夫を使って活躍するくらいの作品ならともかく、功夫要素、功夫文化をメインテーマにした作品は人気が出ない

アクションの中の功夫は現代でも普通に「強い」要素なんだけどね……しかし昔のように「武星」的なスターが出るのはとても難しくなっている

純粋な功夫系作品は消えているけど、消えてもまた作れば良いだけだ
この手の功夫に限らず文化が消えると騒ぐ人はよく出るけど、そういう人がジャンルや作品を支えてくれるわけではないから作品が消えるのは仕方が無い

俺もそう思っている。
今は需要無いし、俺も別に絶対に見たいわけではないから寂しくはあるが問題にするほどでもないと思う

しかしこういうのって中国国内で作ってないと外国の方が娯楽作品として上手く面白く作れる、外国作品のイメージの方が主流になったりする可能性もあるからなあ

昔は功夫というジャンルが最強クラスだったけど、現代ではたくさんのジャンルの中で埋もれている、目立つものではなくなっているし売れない

アクション俳優、スタントを使って撮影するのはコストが高い上に今の時代はCGの特殊効果の方が見栄えが良くなっちゃったからね
そしてCGに慣れてると逆に人間の動きに違和感、タイミングのズレを感じるようなことも発生する

功夫作品って今はCGアニメや「アサシンクリード」みたいな「動ける」ゲームとかに取って代わられたような気がする

今は資本側も武術スターの育成に力入れていないからね
今の時代武術でスターになれるかは分からないのに育成期間は長く苦しい、それに対して育成から売り出し方までモデルが構築されているアイドル分野やネットの配信者路線などの方が事務所も役者も嬉しいということになる

昔の功夫はオリエンタルの神秘的な空気によるバフがあったけど、今は笑われる方、それもコメディではなく古いとかチープだとかでバカにされる、嘲笑される方になってるのがね……

功夫スターというのが輝いていたのはいつの話だろう?と改めて記憶を遡らなければいけない時点でもう厳しい
2000年代初頭の子役スターの大人気が最後の煌めきだった気がする

2020年代に入ってから制作された伝統的な功夫の映画って金庸の「天龍八部」と「倚天屠龍記」が原作の2つくらいしか思いつかない

功夫要素自体は消えていない、むしろ世界的に活用されているという言い方ができる
ハリウッドの映画でも功夫で戦うキャラは珍しくない
でも功夫文化となると……うーむ

功夫系のアクションをする作品の武術指導のスタッフとかもいるし、業界で功夫できる役者やスタッフが消えたわけではないと思うのだが、実際はどうなんだろう?

結局は武術をやる人間、鍛錬する人間が少な過ぎるというのに尽きる

大学の武術サークルは拡大しているそうだし、趣味や伝統文化などによる民間の需要が増えているという話も聞いたことがある
でもそれで食っていく人や、活躍する場所、映像メディアの視聴者が変わってしまったから……今の男の子はゲームの方に行っているし、メインの視聴者層の女の子はそもそも武術好きじゃない

そういう意味では功夫作品は消えたけど功夫文化は消えていないという言い方もできる
しかし娯楽作品を通じて広まる功夫文化というのはかなり消えてそう

功夫系に限らず近接武器バトルや格闘要素って需要自体は消えないけど、純粋なジャンルとしては今後も縮小していくのだろう
実写にしろゲームにしろ近接戦闘シーンが見せ場になるのは変わらないけど、現実的なものではなく特殊効果を加えまくった派手なものになっていく、創作内の視覚効果はインフレしていくわけだからね

ゾンビ作品みたいにありふれたネタになった後、しばらくしてから急に現代向きの新ジャンルとして勃興したりしないかなあ

アクションムービーが作られている限り功夫要素が消えることは無いと思う
しかし俺が好みの、俺が望むような功夫が残っていくかは……それを考えると複雑な気持ちになる

ハッキリ言ってしまえば、功夫のバトル要素だけが外国に使われまくっているのが今の状態だよな
そして功夫のバトル要素だけなら外国の方が良い作品作っているようにすら見える

それは全く否定できない
「カンフーパンダ」の頃からなぜ中国ではこういう作品が作れないのか?という文句は出ていた
そして気が付けば功夫は国内の娯楽分野で存在感を消失していた

外国ではアクション部分だけを好きに使っているのに、こっちだと文化と組み合わせなければ、伝統的な功夫作品でなければという空気があるのも難しい
しかし武侠をテーマにした作品はもう流行らなくなっているし、「武打」が綺麗にできる役者もいなくなるなど映画の功夫ジャンルの衰退が著しい

例えば「酔拳」みたいな作品が現代に急に出てきてもヒットするとは思えないわけで
今の国内映画産業は景気が悪いから当たりそう、或いは損をしなそうな作品ばかりが作ろうとするので、当たらなそうなのに中途半端にコストがかかって難しい功夫作品はいよいよ作られなくなっている

うーむ……俺はアクション系の映像作品が作られている限り、功夫作品も出てくるものだと思っていたのだが……

今は武侠系でもアクションシーンは特殊効果を載せまくるから武術で戦うというより「接近戦をする魔法使い」になっているのがな
そこからアクションに功夫要素を入れて見栄えが良くなるか、コスト的に割に合うかという考えになるので待っていれば絶対に出てくるとは言い切れない

近頃は武侠系作品であっても伝統的な武術ではなく魔法や超能力っぽいファンタジーバトルだし功夫映画には見えないんだよね……

現代だと伝統的なアクションジャンルはどれも衰退しているし、功夫だけが特殊なわけではない
日本のサムライ作品もアメリカの西部劇も大きく衰退してほぼ消えている

日本ではコメディ要素のあるサムライ作品は定期的にヒットしているし、最近も「侍タイムスリッパー」とか現代の観客向けで評価が高い作品が出ているし、全盛期と比べて衰退しているけど消えているわけではないね
功夫作品のこの20年くらいの消え方はやはり急激なものに感じられる

日本のサムライ系作品のスターの松平健は過去に演じた当たり役「暴れん坊将軍」の徳川吉宗のイメージを活用した「マツケンサンバ」でずっと大人気だし、なんだかんだで存在感はあるジャンルだよ

実写版の「るろうに剣心」とかはこっちでも分かりやすい、新しい形のサムライ映画だと思う
剣戟アクションも新しくなっているし二次元作品の実写化という意味でも「売れる」作品になっている
いわゆる「伝統的」な功夫映画、80年代から90年代くらいの作品が消えてしまうのは仕方が無いけど、その流れの先にある新しいカンフー映画が出ないのはちょっと考えてしまうかな

映画版「るろうに剣心」のアクションを作った谷垣健治は香港で学んだクリエイターだから、映画版「るろうに剣心」にも功夫要素があるといった見方もできるというのが

既に言われているように功夫要素が混じった作品は出続けているし、功夫が消えることは無いだろう
しかし功夫と功夫文化をメインにした爽快で面白い作品が出るのはあまり期待できそうにない

消えたわけではないんだよね
メインディッシュではなくなって付け合わせになった……いや、付け合わせでもないな……調味料くらいかもしれない



とまぁ、こんな感じで。
自分の好みのものがいつの間にか消えていくという嘆きは中国オタク界隈にもあるようでした。

ちなみに今回のやり取りに関しては過去記事の
中国オタク「日本の作品は雲に乗って飛ぶけど剣には乗って飛ばない」「日本の二次元で「御剣飛行」をするキャラっているの?」
の後ろの方の話等も参考になるかと思いますのでよろしければご覧ください。

主に武侠についての話になりますが、
「武侠系作品はカンフー映画やドラマなどの映像作品によりジャンルは盛り上がりましたが小説の需要は徐々に減っていきました。また『マトリックス』などの作品の出現によりカンフー要素が独り歩きしていくのに伴って武侠系世界観の必要性も急激に減少していくなど、1950年頃から始まった『新派武侠』は2000年頃になると没落が目立つようになります」
などといった話も出ています。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。

中国オタク「日本の異世界系作品の冒険者ギルドは国の権力とぶつかる或いは利用される存在にならないのだろうか?日本で納得されている理由、設定などがあれば知りたい」

ありがたいことにネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

中国オタク界隈でも日本のファンタジー作品のお約束が把握されるようになってそれなりの時間が経ちましたが、日本のファンタジー作品、特に異世界転移転生系に出てくるテンプレ設定に関しては作中であまり説明されないこともあってか時折引っかかる所も出るそうですし、それが話題位になることもあるのだとか。

中国のソッチ系のサイトではそんな話題の一つとして
「日本の異世界系作品の冒険者ギルドは国の権力とぶつかる或いは利用される存在にならないのだろうか?」
などといったことに関するやり取りが行われていましたので、以下に例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


日本の異世界系作品の冒険者ギルドは国の権力とぶつかる或いは利用される存在にならないのだろうか?日本で納得されている理由、設定などがあれば知りたい

確かに統治者に反抗する武力集団になりそうな不安定さはあるよね
そして逆に国或いは権力者の支配下としての汚い組織にもなりそう

国がスポンサーとなっているある種の自治組織という設定なこともあったかな?
国が既に利用している、ある種の大衆向けのインフラ兼セーフティネットだから極端な話にはならないということなのでは

舞台装置的な存在と言ってしまえばそれまでだけど、「腐敗した冒険者ギルド」みたいなクエストが発生してそうなパターンはあったな
しかし冒険者ギルドが軍閥化するとか、反乱起こして独立するような作品は記憶に無い

ネット上を探せばあるんだろうけど、商業レベルでは見ないよね

役所の窓口業務みたいなものなんだろうけど、元冒険者、それも高レベルの冒険者が職員側にいるのが珍しくないし、私も強大な武力をもった危ない組織に思ったことはある

あれはそもそも国の下部組織じゃないの?
作中で詳しい描写がされることは少ないけど、内部に国側の人間がいて制御しているから潜在的なリスクはあっても国との衝突をまず気にするようなレベルではないと思うが

作品によっては国から一定の権利を認められているような冒険者ギルドも、国の管理下にある冒険者ギルドもあったね

日本の異世界系の少年キャラを「大人達の介入や誘惑」と距離を置いて活躍させるために作られた設定が「冒険者ギルド」だ
背景として童話の舞台設定的な存在なわけだし、国との争いや国からの介入は跳ねのけられるものという前提があるんだよ

異世界の冒険者ギルドって作品にとって都合が良い便利な存在ではあるが、そんなに純真なものでもないように思うが
冒険者が身を持ち崩すとか奴隷落ちするとか、ゴブリンの巣で繁殖の母体になるとか珍しくないし

日本の異世界における冒険者ギルドってTRPGやMMOの影響が大きいから青少年の主役達向けというのは違うぞ
その設定に「青少年の主役達」が乗っかるというのはあるけど、世界観によってはリアリティ方面で盛ったりダークな方向で盛ったりすることもある
もっとも冒険者中心にする話の都合上、国や貴族と距離を置く組織になりがちというのはあるだろうけどね

日本の異世界系作品を見ていると、国王と対立するよりも国王や貴族の手下になってやらかす方が心配になる

実際そういう展開も少なくないぞ。近隣都市の冒険者ギルドが……というのもよくあるイベント。
しかし国王とかになると対立して勝った後にどうするかという問題が出てくるし、本格的に国王と対立するなら冒険者ギルドは間に挟まない、或いは別口で直接対立という展開になることが多いはず。

日本で納得される理由としては、国家権力からすればそこまで問題にならない、対処可能なレベルの小規模な武力というイメージになっているからでは?
こっちでも直接王朝が介入したら武侠集団なんかあっさり制圧されるというイメージがあるわけだし

確かに武侠、仙侠系作品でも結局は王朝が本気出したら終わり、王朝がリソースを本気で投入したら勝てないというのは大体の共通認識としてあるからな

上からすれば冒険者ギルドって直接的な保証が必要ない、使いやすい傭兵組織みたいなものだろ
反抗や癒着はあっても大掛かりなレベルにはなかなかならない

冒険者ギルドって現代で言う所の危険な地域の警備業務まで担当する人材派遣会社、こっちで言うなら古代の「鏢局」みたいなものだよ

結局、冒険者ギルドって現実のワグネルのような組織でいいの?

そんなに待遇良くないよ!ワグネルはまだ現代基準の取引が残っている
異世界の冒険者ギルドは使い捨ての日雇いの集まりだし、人材派遣業務に関してもモンスター退治などの荒事が普通に混じる

武力だけに注目すると危険に見えるけど、薬草採集や都市清掃の仕事も仲介しているし、冒険者の大部分は「農民工」より更に下みたいなもので異世界だとある種の底辺向けのセーフティネットだし、政府からすれば社会維持コストの一種だろう

冒険者ギルドのメインは人材斡旋、それも作中世界観では合法的なものだ(たまに非合法なのが混じるのはお約束)
こっちの作品でいえば宿屋が人材斡旋や紹介の場になっているのを組織的に扱ったものと考えれば良い

冒険者ギルドがテンプレになる前の、「ロードス島戦記」などの昔の日本のファンタジー作品では酒場兼宿屋が冒険者ギルドの役割だったわけだしな

いわゆる「鏢局」や「幇会」だと考えると国とぶつかりそうな組織に見えるが、日本の二次元の冒険者ギルドってそんなに結びつきは強くない
上で言われている役所の窓口が近いし、国と衝突するような描かれ方は珍しいかと

現代で臨時雇いの人員で構成されている小さな会社が大企業から仕事を請負っていることはあるし、冒険者ギルドと国や貴族の関係もそういうイメージなんじゃないの?
反抗も癒着もあるけど、社会システムを揺るがすレベルまでいく案件は滅多にない
そして日本の作品では国が冒険者ギルドの上にいることも少なくない

国が上にいるのとは違うと思う
日本の作品に出てくる冒険者ギルドって普通は国を超えたつながりがある、世界的な統一協会とも言えるシステムだ
そこが西洋系ファンタジーの地域限定のギルドとは違うし、妙に不安定な印象につながっているわけで

国に裏では従ってないならともかく、表立って国から手を出されない関係というのは珍しくないか?
私はフォーマットが共有されている地域ごとの緩い連携みたいなものだと感じていたが

日本の冒険者ギルドって構成員の組織に対する帰属意識が強い、ランク制度を重視しているというのが独特だけど、政府との関係も確かに独特ではあるな……私の中でも西洋のファンタジー作品のギルドはもっと地域制が強い印象になっている

日本の冒険者ギルドって帰属意識はあるけどギルド側の命令の強制力が大して強くない、ペナルティを課すくらいしか無いのも特徴だ
こういう所からも国に対する反発、或いは国の下部組織として組み込む展開には向いていないように思える

「軌跡シリーズ」の遊撃士協会のように話を広げていくうちに設定と空気の調整が難しくなったんだろうな……と感じられるギルドも結構あるし、舞台装置としてあまり深く考えずに受け入れるのが良いんじゃないかな……

「ゴブリンスレイヤー」だと実は国が後ろにいるという設定だったはず
他の作品も国や国の上層部に近い大貴族が冒険者ギルドのパトロンになっているのをよく見かける

設定として出ているかは分からないが、ギルドの収入源がどこから来ているか、どこの管轄かなどからその作品における冒険者ギルドの立ち位置や力関係も見て取れると思うのだが

異世界では冒険者ギルドの運営費は仕事の仲介費用という建前の作品が主流のようだが、賞金首モンスターの賞金が国王から出ているという設定の作品もあったかな?
もちろん結局は作品の設定しだいだが、どちらにしろ国王から一定の権利を認められている組織なのは間違いないだろうし、民間の独立した組織という世界観の方が珍しいだろう

国や統治階級にとっても冒険者ギルドって便利な存在になるんだよ
騎士団、軍隊を動かすと費用が大きいし封建社会だと貴族間のしがらみも多いし貴族の家に死傷者が出たら継承などで更にめんどうなことになる
そこで冒険者というどれだけ死んでも構わない連中を冒険者ギルド経由の下請けで使うわけだ
冒険者では手に負えない、死に過ぎるレベルだと判明したら正規軍が出動!

リアリティ重視で考えていくと、軍隊や組織内で栄養十分で訓練して装備も整っている方が強いし、主人公達例外の外側を考えるとそういう感じで落ち着くよな
異世界系作品の中では冒険者>軍隊みたいなイメージになりがちだけど、大半の冒険者って食い詰めて装備も経験もない人間だ

でも異世界系作品だと軍隊で対応できないモンスターがいるのがな……冒険者と冒険者ギルドは危険な存在だけど外敵はもっと危険

軍隊で対応するのが難しいモンスターのいる世界観だと冒険者ギルドで成功した超人的な個人を政府側に取り込むのがベターなのかもしれない
魔王を倒した後のまともな勇者の扱いの簡易版みたいな感じで

上で言われている「ゴブリンスレイヤー」の冒険者ギルドは魔王と戦争していた時期に発生した流民の受け皿であり同時に口減らしのための手段でもあるということだったな
あの作品の世界観では定期的にポップする魔物を倒さないといけないし国の生産力で養える人間にも限りがあるから、クエストで冒険者が死んでもそれはそれで悪くないという背景がある

傭兵組織みたいに受け取る人もいるようだが、傭兵団や傭兵ギルドは別にあるのが日本の二次元の異世界なんだよね
それに対して冒険者ギルドって軍とは違って個人〜チーム単位の武力の集合体という、世界観における武力の影響がなんとも分かり難い存在ではある

でもイベントで対強敵のレイド戦みたいなことはやるから軍隊組織的に動けないわけではないのが……

以前どこかで冒険者ギルドの謎の自治能力に関しては日本の政府と軍隊の存在感がとても弱いからだという話を見たことがある
日本ではメディアで軍や軍の新兵器がアピールされることはこっちと比べたらほぼ無いと言っていいレベルで、国防教育もやらないからラノベを読むような若い世代はマニア以外日本の軍隊を意識することが無い、だから異世界系作品のように冒険者の存在感ばかりが強くて軍隊は存在感や扱いも微妙ということになりがちだとか

理解できる話だ
最近聞こえてくる日本の熊の問題を見ていると日本は軍隊って本当に存在感無いんだ……と感じる
あれってウチの国だったら政府の責任になるし軍隊がすぐに動いてアピールしそうな事態なのに、日本だと金を払って狩猟協会に熊退治を依頼するという……俺はそれでいいのか?とニュースにツッコミを入れてしまったよ

あくまでこっちに流れてくるニュースからの雑な印象でしかないけど、私は日本の熊問題から冒険者ギルドと冒険者と軍隊に関する感覚が見えてくる気もする

そういえば日本の熊問題って冒険者が対処できないレベルになったモンスターに対して国が騎士団(軍隊)派遣したみたいにも見えるな
現実がああいう関係だから日本の二次元の冒険者ギルドはあんな感じになるのか……

現実の日本だと狩猟協会が言ってみれば冒険者ギルドみたいなものだよ



とまぁ、こんな感じで。
中国の感覚で見た際に気になるや中国の作品で例えるならどうなのかといった話も出ていました。

ちなみに今回のネタを教えてくれた方からは
「異世界の冒険者ギルドに関しては、宗門や宗族などの秩序ではなく依頼とランクを通じたつながり、緩い自治で成立する武力のある組織というのはちょっと不思議に思えます。それに近年の中国国産作品では武侠の宗派であっても国家の秩序の中にある下部組織という扱いが多いですから、日本の冒険者ギルドの曖昧さが引っかかる人も出ると思います」

「それから現代の作品では武侠は設定上の戦闘力は昔よりはるかに強くなっていますが、同時に相対的にはかなり弱くなっています。現代の作品の武侠キャラは国を動かすような個人の英雄ではなくなっているので日本の異世界系作品における冒険者の強さ、力の及ぶ範囲の広さに対してなんだか納得できない気分になる時があります」

「現代の武侠キャラは巨大な組織には勝てません。王朝が本気を出したら個人、小集団の武侠はあっさり負ける、鎮圧されるというイメージが強くなっています。これは現代の仙侠ジャンルにおける世界観の拡大、強化によって国家が相対的に強く、武侠は限定的な英雄になっていったことや、国内における創作環境でも怒られない内容のライン、現代の読者の感じるリアリティの変化なども影響していると思われます」

などといった話もありました。

冒険者ギルドと冒険者の扱いに関しては私もその手の作品を読んでいて「何か自分の認識と違うみたいだぞ?」と感じることがたまにありますし、中国からだとそういったズレは更に大きくなるのかもしれませんね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。

寄稿記事: 「中国における藤子不二雄漫画単行本の出版状況およびアニメ状況について」 その3

その2から続いています。


第三章 中国における藤子不二雄作品単行本に関する小括

やはり、「ドラえもん」の存在感が圧倒的に大きすぎる。一九九一年の中国中央テレビでの放送開始のみならず、二〇〇八年三月一九日にドラえもんが、アニメ文化大使に就任するなど、外交関係にも影響を伴う動きをしているのがドラえもんであり、作品としての枠組みが遥かに超えた存在と言えると思われる。そのため、藤子・F・不二雄先生の死去は中国の一般社会でも大きな悲しみと伴う大ニュースになっており、ドラえもんの訳名変更の件も話題になっていた。

ただ、他の作品に関して、藤子不二雄作品は若干絵柄は子供向けのため、一九九一年以降の少年漫画直撃世代にとっては格好いいものではなく、敬遠されるようになった。もっとも、その後、高校と大学時代に「四併一」漫画によって「異色短編集」などディープな作品と出会って、藤子不二雄を再認識する者もいた。

さらに、SNSの時代に入ると、藤子不二雄Ⓐの死去はSNSなどでも取り上げられ、『劇画毛沢東』を書いたことが記事になっていた(ちなみに筆者は2004年ごろ日本留学中に、BOOK・OFFで初めて『劇画毛沢東』を見てかなりビックリしていたことを今も覚えている、すぐに購入し写真を撮ってネットに書き込みした)。

無理やり結論をつけると、中国において藤子不二雄とは、「一般的すぎる」と「マニアックすぎる」と言う両面性が物凄くきわだつ作家だと言えると思う。ドラえもんは一般的すぎるが、その他の作品はマニアックすぎるのである。


第四章 中国におけるアニメ版藤子不二雄作品

ご存知の通り、中国は香港とマカオを除いて、三二の省レベルの行政区画があります。そして、それぞれ独自のテレビ局を持っていて、放送チャンネルを複数もっている地方局もあります。
また、広東省では直接香港のテレビ信号を受信できたり、一九九〇年代中半から個人用衛星アンテナで香港や台湾の衛星局の放送を受信できたり、一九九〇年代後半にはケーブルテレビが始まったり、受信環境は多岐に亘っています。特に香港のTVBは一時期中国の深圳に支社を作っていた時期もありました。また、少数民族地区ではチベット語やウェイグル語、モンゴル語アフレコ版のアニメも存在していたりします。

ドラえもんに関しては、香港のTVBの広東語版の『叮当』、台湾国語版「機器猫小叮当」、大陸CCTV北京語吹き替え版「机器猫」がそれぞれ別のルートで入っていた可能性があり、少なくとも筆者はCCTV版を見た後、台湾版も中国のテレビ放送で見たことがあります。同じ話で声優と訛りが違い、またキャラクターの名前も違うため、特に印象に残りました。広東語(香港版)は流石に北京では需要がありませんので、テレビ放送で見たことありませんでした。


一九八〇年〜二〇〇〇年代は、まだ中国各地の地方局が各自の判断とルートで海外からテレビ番組を輸入していました。特に台湾と香港の人がセールスに来ていたり、中国現地の劇団役者を使ってアフレコすることもありました。また台湾や香港のライセンサー経由で一回切りの放送権を買っても、勝手に再放送したりしていました。また、放送専用のテープは当時貴重品なので、元の番組を消して新しい人気番組を上書きし使い回しすることが普通でした。そのためビデオテープをもって各地のテレビ局を飛び回り、もっている番組を他局にコピーして代わりに他局がもってる番組をコピーすることで、お金を稼ぐ人たちが現れました。この商売はかなりの稼ぎになったようで、飛行機で各テレビ局を移動していたそうです。

海外アニメは視聴率が稼げるため、そのようなダビング屋たちの活動により、あっという間に中国全国各地方で放送され、氾濫しました。そのため二〇〇〇年初頭、地方局が一気に衛星放送に進出し(中国語では「上星」)、全国でも見られるようになると、見られるテレビチャンネルが一気に七〇〜八〇ほどになりました。カオスなことに、違うチャンネルに回しても同じアニメを放送しているという事態になることもありました。「サムライトルーパー」とか「クリィミーマミ」とか「ウルトラマン」とか、酷い時はどの放送局を見ても「ビーストウォーズ」でしかも同じ話の放送でアフレコが違うということもありました(同じ劇団の役者が同じ話を二回アフレコしてセリフと配役が微妙に違うバージョンが同時放送されていることもありました)。また「エヴァンゲリオン」も同じ俳優たちによるバージョンの異なるアフレコシリーズが二種あったりします。

このような状況は流石にどう見てもまずいので、二〇〇六年に中国では、ゴールデンタイム(一七〜二〇時)に、海外アニメの放送を禁止しました。海外アニメ禁止令が発令した後は、深夜に海外アニメが放送されることになりました。最終的に二〇〇八年頃に、海外アニメは一切放送禁止になりましたが、番組紹介として放送されることもありました。

またCCTVには映画評論(解説)番組がありました。この番組で映画ドラえもん(大長編ドラえもんシリーズ)が取り上げられることもあったのです。この番組の構成に合うよう、映画を編集して、三〇分程度あるいは三〇分以上の番組に編集して、話は一部割愛されていますが、一応ストーリーの最後まで知ることができるものになっていました。

以上のような中国の事情から、藤子不二雄作品のテレビ放送の詳細を割り出すことは非常に困難と言えます。
一応、中国で最初のドラえもんの正規放送は一九九一年二月九日から始まったCCTVによるものとされています。番組枠は「正大総藝」(タイの正大グループが協賛している番組です)でした。

ドラえもん以外のアニメ作品については、少なくとも筆者が見ていたものとしては、CCTV教育チャンネルで一九九〇年後半から二〇〇〇年初頭に「モジャ公(宇宙小毛球)」が放送されており、見ていた記憶があります。これは確か北京語吹替でした。また、同時期に北京テレビで「ポコニャン(叮当猫)」もやっていたと思いますが、これは台湾で吹替えされていたものでした。他の地方局でも何らかの放送はあったかとは思いますが、今となってはもう分からないです。「キテレツ大百科(奇天列大百科)」は恐らくテレビ放送はなく、台湾で出版されていたビデオCDが中国に持ち込まれて、勝手に放送していた地方局があったかなぁ、という感じです。

寄稿0301

CCTV教育チャンネルで1990年後半から2000年初頭頃に放送されていた「モジャ公(宇宙小毛球)」


寄稿0302

北京テレビで1990年後半から2000年初頭頃に放送されていた「ポコニャン(叮当猫)」



ただ、北京語版ドラえもんが中国の放送局の知らないところで放送されていたということはないかと思います。版権がCCTVという国営放送局なので、ここを敵に回すことはできません。もっともドラえもんは話数も多いので、全てのお話しが北京語に吹き替えられているとは思えません。このお話を中国語で見たければ、台湾華語版を見るしかないといったお話しも存在すると思います。もっとも、CCTVは日中友好のためという枠で比較的熱心にドラえもんを吹替て放送していたと思います。

寄稿0303

山东有线台(山東ケーブルテレビ)で
放送されていた「叮当」


寄稿0304

贵州卫视(貴州衛星テレビ)で
放送されていた「叮当」


寄稿0305

广西电视台(広西テレビ局)で放送されていた「叮当」


寄稿0306

CCTV(中国中央テレビ)で放送されていた
「机器猫」

台湾で吹き替えたもののように聞こえる


また、香港経済や文化力が現在よりも強い時代には、香港の映画や音楽が中国の大衆文化に大きく影響を与えていた時代がありました。この影響で、広東語を勉強する人も多く、教材も豊富に出ていた時期もありました。この影響で、香港製の広東語吹き替え版アニメと映画とかのコンテンツがかなりの数中国にも入ってきていました。私は広東語のコンテンツは一切見ていないので、詳しくはないですが、中国では北京語コンテンツと広東語コンテンツが全く異なる世界を創っていた時期があります。なので、ここで解説した以外にも中国で放送・流通していた広東語アニメ、広東語コンテンツというのも多く存在していたはずです。

(了)

寄稿者:フギョウ

寄稿記事: 「中国における藤子不二雄漫画単行本の出版状況およびアニメ状況について」 その2

その1から続いています。


第二章 中国における時系列に見た藤子不二雄単行本


本章では、今回調べた中国における藤子不二雄作品の単行本を時系列で説明させていただく。

寄稿0201

1986年9月出版 《连环画 叮当(連環画・ドラえもん)》(全10巻) 岭南美术出版社(岭南美術出版社)

恐らく中国で初めて出版された「ドラえもん」。手彫り版から写真製版の変わる具合が見れる。

1986年9月出版の初期の手彫り版の中身については(図1)を、1987年11月出版の写真製版導入後については(図2)を参照。

寄稿0202

1987年3月出版 《机器猫 》 (全18巻) 人民美术出版社

人民美術出版社による最初の「ドラえもん」。筆者も数冊所持していた。毎年5、6巻程度、1991年まで出版や増刷がなされていたが、1991年にテレビのCCTVで「ドラえもん」が正規放送されて以降このバージョンが打ち切りとなった。1991年のテレビ放送開始とともに、人民美術出版社はアサヒ通信および小学館と契約をし、93年より別の正規版の刊行が始まった。

寄稿0203

1989年5月出版 《小叮当机器猫》(全10巻)中国文联出版公司

中国文聯出版公司(ちゃんとした国営大手出版社)の出版した『ドラえもん』。国営大手+品質はかなりいいので「日中友好枠」で出版された可能性が高い。当時は、「日中友好」の名目で質のいい日本の書籍が優先的に出版されていた。また読み順を左から右へ変えるため、コマ並びまで逆転させている手を込んだ仕上がりになっている。

寄稿0204

1990年2月出版 《太空儿UB》 (全9巻 )南海美术出版社(南海美術出版社)

『ウルトラB』筆者も今回初めて見た。今回の調査までは全然知らなかった。

寄稿0205

1990年3月出版 《神通大头熊(神通大頭熊)》(全4巻?)三环出版社(三環出版社)

「ドラえもん」だが、この訳名は筆者も初めて見た。面白いことに四角いカラー絵本になってる。『机器猫』や『叮当』と訳されてないので、恐らく台湾版や香港版を参考せず、中国独自の翻訳と思われる。

寄稿0206

1990年4月出版 《怪物太郎》(全30巻?)人民美术出版社(人民美術出版社)

人民美術出版社による『怪物くん』。筆者が小学校二、三年生の頃(1990〜1991年)に、クラスで流行っていた記憶がある。有名なバージョンだと思う。また、「ドラえもん」といい、この頃、人民美術出版社は藤子不二雄作品を二作も出版していたため、単なる海賊版ではなく「日中友好枠」での出版だった可能性が高い。

寄稿0207

1990年5月出版 《飞人(飛人)》(全14巻)科学普及出版社

『パーマン』。筆者も1、2、3巻を所持していた

寄稿0208

1990年5月出版《最新版Q太郎》(全4巻)中国妇女出版社(中国婦女出版社)

『オバケのQ太郎』。調べた中では一番古い「オバQ」。そのためなぜ名前に「最新版」が付くのか謎である

寄稿0209

1990年5月出版 《黄毛仔》(全2巻)海南摄影美术出版社(海南撮影美術出版社)

「ジャングル黒べえ」。筆者は今回の調査で初めて見た。

寄稿0210

1990年8月出版《Q太郎》(全10巻)中国戏剧出版社(中国戯劇出版社)

「オバケのQ太郎」。筆者も5冊ほど持っていた。

寄稿0211

1991年1月出版《小叮当 卡通世界》(全8巻)新世纪出版社 (新世紀出版社)

「ドラえもん」。筆者も初めて見るバージョンである。ドラえもんはバージョン違いがやたら多いので、見たことないバージョンは割と存在する。


一九九一年二月九日、中国時間午後六時二〇分から、中国中央テレビ2(CCTV2。日本でいうHNK)で、『机器猫』のタイトルで「ドラえもん」の放送開始。当時の時代背景としては、一九九二年一〇月に天皇訪中を控えており、その前段階として、まず江沢民・国家主席(当時)の日本訪問も間近に迫っており、日中友好が前面に押し出された空気感の中での放送開始であった。この放送により、それまで安定していなかった「ドラえもん」の中国語訳タイトルも一気に「机器猫」に統一されて定着することになった。そして、一九九三年から人民美術出版社より正規版ドラえもん漫画の出版が始まる。

寄稿0212

1991年3月出版 《机器猫》系列连环画(全3巻)中国广播电视出版社(中国広播電視出版社)

表紙に「パーマン」や「怪物くん」も書いている「ドラえもん」のフィルムブック?「日中友好枠」で出版された可能性は高い。恐らく正規版?と思われる。筆者も初めて見る。

寄稿0213

1991年3月出版《小宇宙人》(全3巻) 安徽美术出版社(安徽美術出版社)

「映画チンプイ エリさま活動大写真」のフィルムコミック。筆者も初めて見た。日中友好枠の正規版の可能性はある。

寄稿0214

1991年5月出版《外星怪客大聚会》(全3巻)长城出版社(長城出版社)

「21エモン」。筆者も初めて見た。

寄稿0215

1992年5月出版《新编 机器猫小叮铛》(全6セット×10巻?) 陕西旅游出版社

「ドラえもん」。筆者も初めて見るバージョンである。調べてみると、この教材みたいな表紙のバージョンは他の出版社も出していたようである。しかし、ここで紹介するのはこのバージョンのみにとどめておく。

寄稿0216

1992年8月出版《小小神通大百科》(全10巻)海南摄影美术出版社

「キテレツ大百科」。微妙に見覚えがある。

寄稿0217

1992年9月出版《七笑星》(全6巻)学苑出版社

「笑ゥせぇるすまん」。筆者は初めて見るが、調べてみるのこのバージョンは割と有名らしい。

寄稿0218

1992年出版(出版月不明)《宇宙猫 机器猫的姊妹篇》(全3巻)兵器出版社
「モジャ公」。筆者も初めて見た。

寄稿0219

1993年3月出版《机器猫》人民美术出版社

中国で一番有名なバージョン、最終的には1995年4月出版の43巻4刷の奥付によれば、43巻は4刷りで12万冊と書いてある。また版権声明として、人民美術出版社はアサヒ通信と上海知信実業有限公司を通して、小学館と契約したと書いてある。

このバージョンが大人気だったため、このシリーズを底本とした海賊版も沢山作られていた。さらに43巻以降は何故か人民美術出版社から出版されておらず,44巻以降は別の複数の出版社による偽物が出回る事態となった。

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1993年5月出版《新编神奇机器猫小叮当》(6セッ×10巻)花山文艺出版社(花山文芸出版社)

別の出版社による教材っぽい表紙のバージョンも存在する。

寄稿0221

1994年1月出版《笑口常开》(2セット×3巻?)四川大学出版社

「笑ゥせぇるすまん」。筆者も初めてみる。

寄稿0222

1990年代?《酸梅星王子》(全2巻?)出版社不明

「ウメ星デンカ」。筆者も初めて見た。見た目から90年代っぽい。

一九九五年に、ビズメディア(小学館集英社グループの関連会社)の支社として「上海碧日咨询事业有限公司(上海ビズ)」が設立される(業種はコンサル、中国の法律によって海外資本の直営による出版、放送、メディア関係の業種が禁止されていたためと思う)。恐らくここで人民美術出版社との出版契約が整理、或いは契約更新が打ち切れになり、上海ビズも関与して、小学館と吉林美術出版社が出版権の契約を締結したと思われる。

また、一九九六年九月二三日に、 藤子・F・不二雄先生が死去。藤子F先生の遺言により「ドラえもん」の訳名を日本語発音に近いものに統一したいということであり、これ以降、中国では「ドラえもん」のタイトルは「哆啦A梦(ドーラーエーモン)」となっていく。

寄稿0223

1997年12月出版《小忍者》(全16巻)吉林美术出版社(吉林美術出版社)

「忍者ハットリくん」。「吉美漫画」というレーベルで出版された正規版。巻尾の版権ページにthrough MSC(Shanghai)Co.,Ltdと書いてある、ここが小学館の窓口と思う、、、のだが、本書●ページにある通り、吉林美術出版社は、この本は正規版としては発売していないと言い張るから海賊版なのかなぁ

一九九九年「吉林美术出版社(吉林美術出版社)」と「香港碧日出版事业有限公司(ビズメディア香港=小学館集英社グループの関連会社)」による合同会社として「吉美文化」が設立。中国の法律では出版、放送、メディア関係における海外資本の比率は五〇%以下でなければならないので、ビズメディアの出資は四九%とされた。

寄稿0224

1999年12月出版《机器猫哆啦A梦》(全45巻)吉林美术出版社(吉林美術出版社)

「吉美漫画」というレーベルで出版された正規版「ドラえもん」。それ以降も吉林美術出版社よりいくつかドラえもん関連の出版物が出ている。しかし、今のところ「ドラえもん」と「忍者ハットリくん」の他の藤子不二雄作品については出版されていないようだ。

寄稿0225

2001年1月出版《叮当》(全28巻)远方出版社(遠方出版社)

远方出版社による海賊版「ドラえもん」。この後、この远方出版社は「四併一」漫画によって悪名を馳せるが、この時点ではまだ「四併一」ではない。なお、このシリーズの見た目は香港版のようにも見えるが、中身は簡体字(中国式漢字)で書かれていてれっきとした中国版。香港版単行本を底本に、文字を中国用に描き直した海賊版であろう。

寄稿0226

2002年1月出版《超能力魔美》(全1巻)远方出版社(遠方出版社)

「エスパー魔美」。远方出版社による「四併一」漫画。

寄稿0227

2003年1月出版《超长篇哆啦A梦》(全24巻)吉林美术出版(吉林美術出版社)

「吉美漫画」レーベルの正規版『大長編ドラえもん』。
2020年まで増刷されていた。

寄稿0228

2003年3月出版《 哆啦A梦》(全6巻)远方出版社(遠方出版社)

「四併一」の「ドラえもん」。恐らく「吉美漫画」シリーズからコピーした海賊版。
写真は(図7)と同じ

寄稿0229

2004年11月出版《 超长篇哆啦A梦》(全4巻)远方出版社(遠方出版社)

「四併一」の「大長編ドラえもん」。恐らく「吉美漫画」シリーズからコピーした海賊版。

寄稿0230

2006年4月出版《异色短篇集》(全2巻)远方出版社(遠方出版社)

表紙は「ドラえもん」だが、中身は「四併一」の「異色短編集」(SF短編集)。


実際、海賊版は多岐に亘って出版されているため、詳細な状況を全て把握するのは困難である。例えば「大長編ドラえもん」は一九九〇年代後半から既に幾つかの海賊版があったことは確実と思われるものの、ネットなどを駆使してもその写真を見つけることはできなかった。そのため、ここには載せられなかったものもある。また香港版や台湾版の古本の持ち込みやデッドコピーといったバージョンもある。そのため、本章で紹介したものも、中国における藤子不二雄作品単行本のその一側面であるという点に注意する必要がある。

さて、その他にもドラえもんと孫悟空(ドラゴンボールではなく、中国昔ばなしとしての孫悟空)を無理やりコラボさせた海賊版漫画なども存在する。このシリーズでは、孫悟空とトランスフォーマー、孫悟空と聖闘士星矢、孫悟空とミッキーマウスなど、とりあえずテレビで放送された人気アニメを一通り作っていた。また出版社も一定ではなく、作者もバラバラ、同じタイトルやキャラコラボでストーリーが違ったり、絵柄が違ったり、いろいろカオスである。筆者から見れば日本終戦直後の赤本漫画にかなり似ているという印象がある。恐らく、金銭的余裕がなく写真製版を導入できなかった中小の地方印刷所が、手彫製版で日本マンガのコピーも出来ず、パチモンの制作に走った結果であろう。

寄稿0231

寄稿0232

1992年3月出版 《孙悟空一戏机器猫(孫悟空一戦機器猫)》、
《孙悟空二戏机器猫(孫悟空二戦機器猫)》鹭江出版社

寄稿0233




『孙悟空一戏机器猫(孫悟空一戦機器猫)』や『孙悟空二戏机器猫(孫悟空二戦機器猫)』は、画面構成も連環画的で、無理やりマンガっぽいコマ割りにした感じもする。コマによっては絵もヘタウマな感じである。発売当時の中国は、日本マンガブームなので、少しでも稼ぎたいと無理している感じがして、今から見るとけなげさすら感じる。


その3に続きます。

寄稿記事: 「中国における藤子不二雄漫画単行本の出版状況およびアニメ状況について」 その1

ありがたいことに私の友人の古参の中国オタクの強者にしてオタク文化の探究者のフギョウさんから
「中国における藤子不二雄漫画単行本の出版状況およびアニメ状況について」
という大作を寄稿していただきましたので以下に掲載させていただきます。
既にnoteの方に同じ内容をアップしていますが、中国からどっちが見やすいのか分からないのでnoteとブログ両方にアップしていく予定です。


中国における藤子不二雄漫画単行本の出版状況およびアニメ状況について


本研究は個人研究であり、研究方法はネット検索及び中国本土の通販サイト/ネットオークションの出品データから出版時期を調べ、筆者の幼少期の記憶と結び付けて説明を加えたものです。また、本稿で触れる単行本以外にも、漫画雑誌の出版もあるが、ここでは雑誌版は割愛させていただく。


序論 中国における藤子不二雄漫画全般論

まず、全体像として、正規版/海賊版問わず、ネット通販サイトやオークションでは確認された、中国本土でこれまで発売された藤子不二雄作品(F、Ⓐ含めて)の単行本のタイトルは『ドラえもん(叮当、机器猫、機器猫、哆啦A梦、哆啦A夢)』のほか、『ウルトラB(太空儿UB、太空児UB)』、『怪物くん(怪物太郎、怪物小王子)』、『パーマン(飞人、飛人、小超人帕门、小超人帕門)』、『オバケのQ太郎(Q太郎)』、『ジャングル黒べえ(黄毛仔、叮当小泰山)』、『チンプイ(小宇宙人、大耳鼠芝比)』、『21エモン(外星怪客大聚会、21世纪小福星)』、『キテレツ大百科(小小神通大百科、奇天烈大百科)』、『笑ゥせぇるすまん(七笑星、笑面推销员、笑面推銷員、笑口常开、笑口常開)』、『モジャ公(宇宙猫、宇宙小毛球)』、『ウメ星デンカ(酸梅星王子)』、『忍者ハットリくん(小忍者、忍者服部君)』、『エスパー魔美(超能力魔美)』、『異色短編(异色短篇集)』がある。また、筆者の記憶では『T・Pぽん(时光巡逻队、時光巡邏隊)』、『みきおとミキオ(千奇百怪、三树夫和米奇夫、三樹夫和米奇夫)』、『バケルくん(化身君、变身娃娃、変身娃娃)』の海賊版もあったと認識しているが、二〇二四年一二月の調査では再確認できなかった。

その中で、正規版としては、『ドラえもん』が一九九三年に人民美術出版社から、二〇〇〇年に吉林美術出版社からと二度の出版されている。吉林美術出版社は小学館と提携していた時期があり、一九九七年に『忍者ハットリくん(小忍者)』を出版したほか(しかし、本書●頁の通り、この『小忍者』も許諾を得ずに出版されたものでした)、二〇〇二年から二〇一四年まで『月刊コロコロコミック』の中国版である『吉美漫画』も刊行していた。現在でも吉林美術出版社は、中国におけるドラえもん関係の正規窓口であり、藤子・F・不二雄先生が直接描いていないドラえもん(むぎわらしんたろう先生執筆や藤子プロ作品のものなど)関連の出版も行っている。

筆者としては、ここに挙げた『ドラえもん』シリーズのみが正規版で、これ以外は全てライセンスが怪しい、すなわち海賊版だったのではないかと考えている。

そして、『ドラえもん』のみが、正規版海賊版問わず多数のバージョンが存在し、長期に渡って発売され、国民的なタイトルになっている。他の藤子不二雄作品のタイトルは一部の愛好家かマニアしか注目しておらず、一般的には「子供の頃にチラッと見た」「むかし本を持っていた」程度のものと考えられる。

また今回調査では藤子不二雄作品の出版は一九八〇年代から二〇〇〇年代まで長期に渡ったことが再確認され、それぞれの年代の製版や製本スタイルは藤子不二雄作品に通じて一通り見ることができることが分かった。そのため、次章では参考として、中国本土では漫画印刷と製本を軽く説明させていだだく。


第一章 中国の日本漫画製版/製本事情

製版技術として、現代の写真製版、デジタル製版以前に、職人による手彫り製版で絵を印刷していた。中国は、建国直後の時期には国全体が貧しく、写真製版できる印刷所が少なく、機材も貴重だったため、長い間、写真製版は、貴重な資料類の製版にしか使えなかった。子供用の漫画本に写真製版を使い始めたのは、一九八〇年代後半からであると、本稿執筆のための調査で状況証拠が見つかった。

一九八六年九月に「岭南美术出版社(岭南美術出版社)」から出版された『連環画・叮当(ドラえもん)』は、まだ手彫り製版っぽく、絵がぎこちない((図1)参照)。しかし、一九八七年一一月に出版された同シリーズの後半の版の物は一気に絵の再現度が上がり写真製版によるものかと考えられる((図2)参照)。

寄稿011

図1


寄稿012

図2


手彫り製版は文字通り原稿の絵を手作業で版に彫っていくので、出来栄えが彫り職人の腕次第となる。日本の「漫画」も現代の「マンガ」に移行されるまでは、長年「線描」のみで描いていて、手彫り製版でも対応できた。また、職人の腕次第で原画以上の味がでることもあった。しかし、手彫り製版は古典的な日本画や版画調ものに対応しやすく、手塚治虫に代表される線の太さが均一で造形が丸い「アニメ調」のキャラにはかなり苦手である。

もう一例は、一九八三年六月に出版された『連環画・铁臂阿童木(鉄腕アトム)』である((図3)参照)。こちらも恐らく手彫製版で、絵の再現度が落ちていた上、横長サイズに変える際にコマ割りがおかしくなっている部分があった。

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図3


また、当時の中国では版権ビジネスという概念があやふやであった。この出版社も恐らく版権侵害と認識してなく律儀に手塚プロに本のサンプルを送った。スタッフが手塚先生に見せたところで、手塚先生が激怒した。ただ激怒した原因は版権侵害ではなく、横長サイズした時のコマ割りと絵の下手さで、「こんな絵では楽しめない」と手塚先生自ら原稿を書き直して中国に送り返したそうだ(宮崎克=吉本浩二『ブラックジャック創成秘話〜手塚治虫の仕事場から〜(第三巻)』(秋田書店、二〇一三年)一〇一頁以下)。

ここで更に注目してほしいところは、中国本土独特の「連環画」というスタイルで、日本の漫画に影響されるまではこの「連環画」というイラストノベルが中国の主流であったのだ。そのため、一九八〇年代いっぱいまで、日本の漫画の輸入する際には、この横長左綴じポケットサイズの「連環画」スタイル、或いは四角い左綴じの絵本サイズにするのが一般的だったということだ。

寄稿014

(図4)
正方形の絵本版『銀河鉄道999』


そのため、手彫製版による中国版は、再現度の低下のみならず、コマ割りにおいても日本の漫画の再現が難しかったと言える。さらに現代の「マンガ」となると、線描のみならず、スクリーンやエアブラシの導入より、手彫製版がついて限界が来てしまうことがわかった。
(図5)は新世紀出版社の『連環画・聖闘士星矢』。ご覧の通り手彫製版では再現できず、ほぼ書き直しになってしまい、作品が台無しになっている。

寄稿015

図5


しかし、一九九一年に海南撮影美術出版社が出した『聖闘士星矢』では、恐らく写真製版で絵が原作のままとなっている((図六)参照)。しかも、横長の連環画スタイルではなく、原作単行本に近いというか、左綴じにした以外そのままになっている。

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図6


この海南撮影美術出版社版の『聖闘士星矢』と『ドラゴンボール』は一気に小学高学年から中学まで広がり、一九九〇年代の中国における日本の漫画の海賊版ブームの火付け役になった。そして、その後の日本漫画海賊版の大流行によって漫画本のスタイルが定番化され、連環画は市場から淘汰されることになった。
そして、二〇〇〇年代に入るとデジタル製版の普及より印刷コストがさらに安価となり、四ページを一ページに詰める「四拼(併)一(スービンイー)」というスタイルが流行し始めた。

(図8)のように「四併一」は絵が小さく、文字も過密で、日本漫画に慣れてない方は大変読みずらいと思う。しかし、当時(二〇〇〇年代)の高校生にとっては苦にはならなかった。なぜなら、当時の高校生はみんな子どもの頃から海賊版の日本漫画を読み慣れていた。また、彼らの子供の頃(一九九〇年代)は、お小遣いで単行本全巻揃う財力がなく、海賊版の発刊自体は不安定で途切れることもあり、巻数が多い長編大作となると必ず見逃しや買い損ないが発生していた。そのため、誰もが「全巻読破」を夢見ていたのである。そして、高校生になった頃、一冊で一〇巻分をまとめた「四併一」が学校近辺の市場で現れると、もうそれは買わざるを得ない代物でた。つまりこれらの「四併一」新作ではなく、文庫本のような「買い直し賓」としての役割を果たしていた。また同時期にポケットサイズ(サイズも文庫本)の海賊版漫画も出回り始め、最終的は「四併一」と共に売れ筋となり、通常サイズの漫画本を市場から駆除したのだった。

寄稿017

図7(図8の本の表紙)


寄稿018

図8  2003年3月に出版された「四併一」の「ドラえもん」。通常の4ページ分を1ページにまとめて掲載している。名義上は「远方出版社」の出版だが、実際の「远方出版社」は出版しておらず出版社情報は全部偽物である。


また、「四併一」となると完全な違法出版なので(写真製版はまだちゃんとした印刷所しかできないが、デジタルとなるとひょっとしたら普通の業務用コピー機でも作成できる)、法律に則って簡体字で出す必要もなくなり、香港版や台湾版の繫体字版がバンバン出ていた。そのため香港版や台湾版も一通り中国本土に流れ込んだ可能性が高く、香港、台湾出版事情について、筆者はカバーできないため、これ以上は分からないことになる。


その2に続きます。

中国オタク「西遊記のヒロイン、孫悟空の相手役で今流行っているのは何だろう?昔は狐妖や仙人系が定番だったけど近頃はまた変わってきているような気もする」

ありがたいことにネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

昔から中華圏では「西遊記」の実写化や翻案作品、西遊記モチーフの作品が繰り返し作られてきましたが、大衆向けということで原作にはなかったロマンス要素、孫悟空の相手役になるヒロインが生えてくることも珍しくないそうです。

そして大人気になった西遊記系の作品のオリジナルヒロイン(?)がその後の西遊記作品に影響を与え、ある種の定番要素になっていたりもするのだとか。
中国のソッチ系のサイトでは
「西遊記のヒロイン、孫悟空の相手役の今の流行は何だろう?」
などといったことに関するやり取りが行われていましたので、以下に例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


西遊記のヒロイン、孫悟空の相手役で今流行っているのは何だろう?
昔は狐妖や仙人系が定番だったけど近頃はまた変わってきているような気もする

常にラブロマンスの需要はあるし商業作品とかでは昔から珍しくないけど、ヒロインの設定や解釈は結構変わるよね

西遊記のヒロイン要素は観音だけじゃなかったのか!

観音に女性的な要素を強く見出しているのは中国における改変だから、それはそれで判断が難しいな……

最近は白骨の精が急激に増えているね

白骨の精ヒロイン自体は昔から無いわけではなかったが、定番レベルになったのは明らかに「黒神話:悟空」の影響だろうな
作品の解釈自体は賛否両論だけどイメージに関する影響はとても大きい

孫悟空との関係性でいうなら一番マシな女性は観音、妖怪系のはどれも戦う相手だし原作にはヒロイン要素皆無なのばかりだね

私は昔なんとなく仙女系ヒロインがいるものだと思っていたが、実は原作にないほぼオリジナル要素だったという……

その辺りは香港映画の「チャイニーズ・オデッセイ」の影響が大きいんじゃないかな
ヒロインや恋愛要素に限らず、あの作品が国産西遊記作品のキャラ解釈に与えた影響は本当に大きい

「チャイニーズ・オデッセイ」はヒロインの紫霞仙子の影響も大きい
ちょっとした西遊記ネタのヒロインはなんとなく「紫」の名前になりがちなのも大元はコレだ

同意する
ウチの国の作品の仙女ヒロインの名前は「紫」の人気が高いし、武侠系では金庸の「天龍八部」の影響などもあるだろうけど、西遊記系で名前に「紫」のあるヒロインが出てくるのは紫霞仙子、そしてその影響を受けた作品によって構築されてきたテンプレだろう

孫悟空って妖怪を見たらぶっ倒しに行くキャラなので、そもそも恋愛展開になりようがない

女妖怪或いは女の姿をした妖怪は大体孫悟空、たまに八戒が倒してるしヒロインっぽい関係はどこにもない
その中で孫悟空に三回殺された白骨の精は特別といえば特別?近年流行りの追放系をやる回でもあるし!

恋愛要素を入れる、女性が演じる役を作るのは商業的に必要だったのだろうけど、西遊記でやるとほぼオリジナル要素になるからね
「黒神話:悟空」は解釈違いでもめたけど、昔も今ほどじゃないけど解釈違いで好みが分かれる西遊記作品が結構あったな

ヒロイン以前に原作だとそもそも孫悟空に恋愛やら何やらの方面の欲望があるとは思えないという問題が……孫悟空の欲望っぽいのは桃関係くらい?

だから前世の関係をくっつけるのですね!

それか旅に出る前、天界の話の時に関係を作るとかだろう
孫悟空が恋をしたことによって運命に翻弄される、その悲恋の結果「情」を失いその後の孫悟空となっていくのもテンプレイメージの一つだろう

狐妖と孫悟空の悲恋、愛により孫悟空を人間的な感情を持つ存在にして、悲劇で失われて孫悟空が悟りに至る流れは一時期よく見かけたような?

孫悟空が天界に反逆するきっかけがヒロインとの恋愛というネタも少なくない
そしてこの場合は仙女ヒロインよりも狐妖ヒロインが多くなると思う

国産ネット小説だと孫悟空のヒロインは仙女か女妖怪だろう
白骨の精は原作に出ている元ネタが明確なキャラだからネット小説で好きにやる上では使い勝手がよくない

孫悟空の相手役のヒロインとか、三蔵法師の前世のヒロインみたいなのに白骨の精を配置するのはめんどくさいし解釈違いで批判されるリスクもある
それならオリキャラでやった方が良いとなる

理解できる
白骨の精や白龍馬は強引な解釈、改変でヒロインにできなくもないがそこまでやるくらいなら最初からオリジナルでやった方が良かった
特に恋愛要素を濃くしたいならね
白骨の精を孫悟空の相手役にするのは昔からあるけど流行りとしては最近のもので、これが今後仙女や狐妖のようなテンプレとして定着できるかまでは分からない

私は白骨の精は妖怪系ヒロインの有力ジャンルの一つくらいにはなると思う
これまではマイナージャンルだったが、「黒神話:悟空」という大人気になった作品が出たからね

しかし原作でまともな女性キャラは鉄扇公主(羅刹女)くらいか?
だがこいつは牛魔王の嫁だから義兄弟関係の孫悟空が手を出すとかありえないし、それをやったら解釈違いに

鉄扇公主って孫悟空からすれば兄嫁なわけで……それとの関係になるのは西遊記のイメージと違い過ぎる

西遊記のオリキャラヒロインはやはり仙女、龍女(龍王の娘)辺りが無難で人気も獲得できるラインだと思う

最近の白骨の精ヒロインに関しては嫌がる人も少なくないし、原作通りにやるなら観音か龍女だろうね
一般向けでやると恋愛要素強めになる時点で反発が出そうだが

白骨の精は有名エピソードに出てくる美女に化ける妖怪なので、知名度的にも改変的にも扱いやすいのは確かだ
そしてきっかけになる話題作が出て一気に広まったのが今

白骨の精って上で言われているようにオリジナル要素を載せまくる対象としては使い難いけど、美女から骨の化物になる展開は現代的な演出との相性は良い
現代の環境に向いた素材として再発見されたヒロインという言い方もできそう

その時その時の人気作品の影響や細かい所の流行り廃りはあるけど、大まかな流行りの順番は仙女、狐妖、そして現在の白骨の精といった所だろう

狐妖ヒロインの人気も長いよな
これは国産ネット小説の「悟空伝」からの影響が大きいと聞いたが

狐妖は仙侠系作品とも相性が良いし西遊記に限らず国産作品の定番ヒロイン枠と言っても良い
妲己的なキャラにしたり、ロマンスも悲劇もエロもできるし、虐げられた種族という扱いにもできるからある意味では人間ヒロインよりも扱いやすく常に供給されている

カップリングということなら哪吒や二郎神はどうだい?

それはこのテーマ的に違うだろ
いや需要はあるんだろうけど俺も怖くて調べたことは無い

哪吒は蓮の精の解釈の方ならいける……たぶんいけそう……俺は少なくとも……



とまぁ、こんな感じで。
昔から今に至るまで中国における西遊記ヒロインのイメージについての話がイロイロと出ていました。

ちなみに今回のネタを教えてくれた方からは
「この十数年くらいの国産映画やドラマには狐妖ヒロインがとても多いです。設定にロマンがありますし、衣装や特殊効果を華麗にすることができるのも良いです」

「狐妖は中国では悲劇のヒロインのイメージが強く、孫悟空とのカップリングでは人外同士の禁断の愛と悲劇といった展開になりがちですね。それを前世でやるのか天界でやるのかは作品ごとに違いますが」

などといった話もありました。

中国の西遊記系作品のキャラ解釈やオリキャラの傾向は日本とかなり違う所もありますし、何か面白い部分があればまた追いかけてみたいですね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。


中国オタク「西遊記二次創作では白骨の精をヒロインにすることが多い気がするけど、なぜなのか?」

中国オタク「表立っては言わないけど実は人気に関して納得できていないキャラ、そういう話をよく見かけるキャラについて語ろう」

ありがたいことに以前の記事
中国オタク「『呪術廻戦』の禪院直哉の人気の理由が本当に分からない。誰か教えてくれ。助けてくれ」
に関連して、
「中国で大人気なキャラだけど、実は現地のオタクの間で好き嫌いが分かれているようなタイプのキャラは他にいるのか?」
という質問をいただいておりましたが、先日これに関連しそうなネタを教えていただきましたので今回はそれについてを。

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていた
「表立っては言わないけど実は人気に関して納得できていないキャラ、そういう話をよく見かけるキャラ」
などといったことに関するやり取りを例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


表立っては言わないけど実は人気に関して納得できていないキャラ、そういう話をよく見かけるキャラについて語ろう
なぜあのキャラが大人気なのかとモヤモヤした気持ちになるようなキャラについてを!
この間別の所で「呪術廻戦」の禪院直哉の人気が高いという話の際にそういう話が出ていたが、他にもそういうキャラがいるのか気になってね

納得できていない、ということなら人気の理由が理解できるかとかは関係なく語って良いのか?

そうだね。ただキャラ自体を叩くのはあまりしない方向で頼む。
今の時代に他人の人気を気にしても仕方が無いのは理解しているつもりだが、それとは別に人気が高いばかりではないキャラについては知りたい

「NARUTO」の大蛇丸かな
嫌いという程ではないが、人気が高いというのはよく分からん

「NARUTO」なら、うちはイタチもそんな所があるね
敵から味方になった、いわゆる「洗白」されたキャラに関してはそういう不満が多い気がする

イタチに関しては家族全員殺しで良い兄貴扱いされているのがダメだとか
どこに注目するかで印象も変わるのだろう

敵から味方になったキャラに関してはベジータくらいまでいかないと反発は残るのではないかと
そしてベジータでさえも過去の所業で批判する人がいないわけじゃないし

昔のキャラでも良いんだよね?
私の場合は「Fate」の金ぴかがそれだ

私も同じだ
ギルガメッシュは「Zero」の方でも「stay night」の方でもかなり好みが分かれるキャラしていると感じている

国内だとギルガメッシュは「Zero」の群像劇における格の高い最強キャラ視点で入った人が多かったからずっと人気高いというのもありそう
それに加えて近頃はギャグ補正や味方補正が入って随分と印象良くなっているけど、元はかなり好み分かれるタイプだよね

「Fate」だとイリヤをまだ敵キャラとして見ている人もいるし、入った作品やその当時の環境次第でイロイロと違ってくるのだろう
国内のファン界隈でも「Zero」が圧倒的だった時期と比べてギルガメッシュ嫌いの発言が増える、許容されるようになってきているのは興味深い

遠慮せずに言えば「デート・ア・ライブ」の時崎狂三
国内にだって彼女が苦手な人間はいるのですよ

俺の知り合いにも時崎狂三がダメなのがいたけど、「キャラデザは本当に良い、人気になるのも理解できるが中身はダメ」とか言ってたなあ

キャラデザが良いけどストーリー上の活躍や扱い、汚点が残るパターンだとここのテーマみたいになりがち

他にも作者がひいきしてキャラ設定を変えたように見えると嫌われやすい
時崎狂三もキャラデザはずっと評価高いけど、キャラ設定に関しては何かと言われるね

「東方」の博麗霊夢
これは自分が博麗霊夢の同人二次創作のキャラが苦手というのもあるかもしれないが

この手の話題で定番なのは「ヒロアカ」の爆豪?
特に男の間では火暴猴(オコリザル)のあだ名と共に「何で人気なのか」と言われ続けている

「オーバーロード」のアインズ

確かにアレは極端に好みが分かれる。好きな人は本当に好きだがダメな人は本当にダメ。

ヒソカだね
「HUNTER×HUNTER」の悪役はクセの強いのが多いけど、こいつは特に苦手
不人気になるタイプではないというのは分かるが……

人気になった理由は想像できるが、大人気になるとは思えなかったのが狛枝凪斗

狛枝凪斗はダメな人は本当に不快でダメらしいね
しかし「ダンガンロンパ」にハマるような人間にとっては好みのキャラでもある模様

これはディオの名前を挙げざるを得ない

俺もそうだな……ここだから言ってしまうけど、俺は「ジョジョ」のディオは評価するのが当然という今のオタク界隈の空気も含めて苦手だ

空気も含めて良いなら私はシャアが苦手だったり
ガンダムファンをやるならシャアネタは避けられないし評価しないわけにはいかない空気なのが……

「アカメが斬る!」のエスデスは自分の好みじゃないけど人気出そうと思っていたらやはり人気が出てちょっと微妙な気分になった

まだ出ていないのだとフリーザ
非道なことをやって主人公は見逃されて死んだり生き返ったりしながら悪事を続け、味方になることもなく主人公と結果的に協力するかもないのに人気が高いというのはわけがわからない

フリーザはウチの国だとあまり人気無いままだと思うぞ
日本では本当に人気が高いらしいが

ここでなら「FF」のセフィロスの人気が意味わからんと言っても問題無いよな!?
やはりキャラデザと装備と中二病パワーなのか?

このテーマなら、自分の中ではここしばらくの間では禪院直哉の他には「ワンパンマン」のガロウも該当する

改めて考えてみたが、私は最近だと「葬送のフリーレン」のユーべルが自分の好みと一般の人気の違いを痛感するキャラだった

「デュラララ!!」の折原臨也はこのテーマに合いそうなキャラだと思った

極端なキャラ、敵キャラは評価が両極端になるし該当するキャラが結構出てきそう
俺にとっては「禁書目録」の一方通行がそれだった

こういうのは重要キャラ、印象に残るキャラに甚大な被害を与えるとか殺したりすると反発が残る。

「ペルソナ5」の明智は私も人気出るだろうとは思ったが、大人気ぶりにモヤモヤしたものは感じる
「ペルソナ5」はお約束展開のために舞台装置的な行動を振り分けられるキャラが多いし、明智はその中でも損な役回りだったのは分からなくもないが

明智は強烈に好き嫌いが分かれているよな
ファン界隈ではずっと戦いが続いている……

美形の黒幕キャラは人気出るけどアンチも大量に出ることが多い気がする
ずっと戦うボスキャラとはまた違う印象になるのが原因なのだろうか

やったことの責任を取ってない、報いを受けていないのにチヤホヤされるというのは見ている側にとっては結構なストレスになるからね
そこで解釈が分かれるから好きな人も嫌いな人もたくさん出るキャラになりやすいのでは

「屍鬼」の桐敷沙子も作品人気が高かった時期はそんな感じの扱いだったかも

黒幕ポジションは全てを操っている、キャラを駒扱いにしているように感じて嫌う人がいるという話もある
黒幕キャラ以外にも「ようこそ実力至上主義の教室へ」の綾小路清隆なんかもそういう部分で好みが分かれる、好きな人は本当に好きだけど……となるようだ

ウチの国は上からの別視点で話に関わるキャラの人気が高くなりがちだよね
でもそれが嫌な人間もいるのですよ

涼宮ハルヒはリアルタイムでは横暴なキャラなのが合わなかったけど、周りの大人気とオタクなら見ておかなければいけない、評価しなければいけない空気がきつかったな
ただ最近は逆に批判が強過ぎて逆にそこまで言わなくても……という考えも出てきた



とまぁ、こんな感じで。
今回名前が出ているキャラは基本的にどれも中国オタク界隈で人気が高いとされるキャラですが、やはり合わない人もそれなりにいる模様でした。

ちなみに今回の件を教えてくれた方からは
「中国ではオタクの間でも好きな作品やキャラが主流かどうか、昔言われていた『覇権』のような地位であるかどうかが重視されます。ですから大人気キャラを良いと思えない人、或いは自分の好きなキャラが大人気キャラに負けて主流になれない人は気分が良くないと感じてしまう時がかなりあります。日本のオタクのように自分が好きならば良いという考えになれない人も少なくないのです」

「もちろん中国のオタクにもマイナーな好みを維持している人はいます。しかし言っては何ですが中国のオタクには自分の好きな作品、評価している作品が主流になるべきという願望を抱いている人も少なくありません。そして自分の好きではない作品やキャラに対して批判や通報を行います。そういう人たちの中にはそのキャラが嫌いというだけでなく、嫌いなキャラが大人気になるのが嫌、自分が評価していない作品が大人気になって評価されることが嫌という考えになっている人も少なくないように思えます」

などといった話もありました。

キャラの好みやその評価に関してはイロイロな意味で中国オタク界隈独自の傾向があるようなので、何か機会があれば追いかけてみたいですね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。


中国オタク「私は昔からジャイアンがのび太の友達扱いされているのに納得できないんだけど、自分と同じ考えの人っていないかな?」

中国オタク「日本では電動バイクや電動自転車ってどれくらいあるの?アニメだと電動バイクなんかはほぼ出てこないけど……」

ありがたいことにネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

現在の中国では庶民の足として電動自転車や電動バイクがあふれているそうで、日常生活に当然存在するものといった認識にもなっているとのことです。
またそんな背景もあってか、日本のアニメやマンガを見ていると電動バイクや電動自転車を目にする機会があまり無いということで引っかかる人もいるのだとか。

中国のソッチ系のサイトでは
「アニメに電動バイクが出てこないけど日本では電動バイクや電動自転車はどうなっているのか?」
などといったことに関するやり取りが行われていましたので、以下に例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


日本では電動バイクや電動自転車ってどれくらいあるの?
アニメだと電動バイクなんかはほぼ出てこないけど……

日本の二次元にはバイクに関してはレース系作品から女子高生とスーパーカブの日常みたいな作品まであるけど電動バイクがテーマの作品は無いよね
新しいものだからすぐには出てこないのかと思っていたが、いまだに出てこないのは何が原因なんだろうか?

あることはあるけど、中国ほどじゃないとか
確か日本だと充電が不便なんだっけ?

国産マンガだと電動バイクに乗ってるキャラというのは別に珍しくもないけど、日本の二次元だと出てこないのは確かだ
現実の日本の学校の授業でタブレットが普及しても黒板とノートの風景は変わっていないくらいだし、移動手段も当面大きな変化は出ないということなのかもしれないが……

日本は電池産業も電気の供給網も劣っているし、社会的に身近ではないんだよ

今の日本は電動自転車はかなり普及しているし、電動バイクも電動キックボードも増えてるし充電可能な駐車場とかも増えているよ
ただ電動系は都市部の気軽な移動手段扱いで、長距離だとパワー不足、気温や天候の変化に弱いからと敬遠されている

日本だと好きな人間はガソリンのバイクに乗れるのにわざわざ電動バイクに乗らないということでは?
安いから、簡単に乗れるから電動バイクという需要はあるはずだが、そういうキャラとバイクの二次元での出番は少なくなる

日本は環境関連の規制以上に安全関連の規制から電動バイクが普及し難いという話だったかな?
こっちだと自転車扱いのが日本ではバイク扱いになるので手軽に売るのも、乗るのも難しいとか

俺が以前見た日本旅行動画では日本だと純電動車は禁止されていて、ペダルを補助する電動アシスト車以外は法律上売れないということだったが

売れなくはない
でも日本だと電動バイクは免許やナンバー取得が必要で、こっちほど雑に買って乗ってはできない

こっちは税収……もとい産業育成のために管理が緩い時期が続いていたけど、日本は最初から管理が厳しかったので電動バイクの普及は遅かった
さすがに今の日本では電動自転車の方は結構普及しているけど、学生キャラのイメージとは合わないのでやはり出番は少なくなる模様

日本では電動バイクは機動車(自動車)扱いで、ウチの国で長いこと電動バイクが非機動車(自転車)扱いだったのとは違う
日本だと税金や免許、手続きが大して変わらないからガソリンのバイクに乗るということになるだろうし、それがそのまま日本で制作される作品の描写にも反映されているのではないかと

ウチの国も一応電動バイクの規制基準はあるんだけどね……今は最高時速25km以下が非機動車扱いで免許不要、ただしナンバーは必要ということになったはず
それを今年から厳格にやるということだが……

規則を順守した場合、電動バイクは時速25km以下になるから二次元における極端な使い方には向いていないのは分かるだろう

日本には「銀魂」の坂田銀時が乗っているようなバイクがあるから電動バイクは流行らないと聞いたことがある
あれが性能的にもコスト的にも電動バイクっぽいレベルで普及しているとか

電動バイクってデザイン的に日本の「原付」と大して変わらないし、作画は変わらなくても実はガソリンではなく電動になっているケースもあったりするのでは?

どうだろう?
二次元で原付に乗るキャラでも車種は明確なことが多いし、電動が出たら分かりそうな気もする

日本は安全基準が厳しいからこっちのように電動バイクが普及するのは難しいはず
日本では代替手段として電動キックボードを導入したがそれも評判は良くないと聞くし、自転車の地位は得られても旧来のバイクの地位まで得るのは当面なさそうに見える

ウチの国で電動バイクが普及したのって電動バイクの管理が緩かったからというのも大きな理由だからね……
今は厳しくなっているけど、2010年代は免許もナンバー取得も不要、出力規制も有名無実、警察も大して取り締まらないから日本のバイクみたいな感じで一気に普及したわけだし
そういう環境ではない日本で作られる作品に電動バイクがたくさん出てくるのは当面無さそう

こっちで規制が強化されたのも結局は事故やバッテリー火災、デリバリー業者の問題が増えすぎたからだしね
そういうネタが日本ではまだ日常的になっていないということでもあるのだろう!

なんだか理解できてしまう話だ
こっちでバイクの規制強化が受け入れられているのって環境への影響以上に治安の影響が大きいわけだしね
乗っている人間の質が悪いとヒドイことになる乗り物だし、俺は電動バイクもガソリンエンジンのバイクと同じく禁止してもいいくらいだと考えてしまうよ

電動バイクに関してはむしろ中国が突出して普及している独特な環境とも言える
中国国内では電動車関連産業を推進するために規制管理が緩い、税金も安い時代が長く続いて
庶民の移動手段として普及したし、地方によっては今でも規制管理が緩い
もし免許とナンバーを規則通りに厳格に扱ったら国内の電動バイクは半分も残らないんじゃないか?

ウチの国は都市部でかなり前から「禁摩」(ガソリンバイク禁止)とかの政策があったし、バイクの習慣がそこまで強くないからね。こっちの電動バイクは旧来のバイク禁止の環境で急速に広まった習慣という言い方もできる。
日本はバイク産業、バイク文化が昔から続いているし、二次元ではSF的なアレンジをするネタが普及しているからなかなか変化が出ないのだろう

俺も「AKIRA」の金田バイクが電動バイクになったらダメだろうというのは理解できる

私には真っ黒な煙吐きながら走る、跡をつけて走るバイクが電動バイクより良いものには思えないんだがなあ

煙吐くのは燃焼に問題がある質が悪い、手入れされてないエンジンだからというのもある
俺も排気ガスは嫌いだけど、あれは慣れている人間からすると、ちょっとした煙程度ならロマンがあるとか
そういう所が日本の二次元作品では演出的にも使いやすいのかもね

日本の二次元作品の場合、「ガソリンスタンドで給油している、給油の際のちょっとした時間」というシチュエーションが使い難いくなる問題もありそう
EVだと充電の遅さや充電スペースの奪い合いもあるし、それを上手く活用した話を新しく作るのも手間がかかるだろうしね

イメージ的にも実用的にもEVはガソリン車に比べて貧弱、設備が整ってないと使い難いというのがあるんだろう
二次元作品って何かと極端なシチュエーションを描いて誇張するわけだしね

ウチの地元はバイク禁止じゃないので私は電動バイクもガソリンバイクも乗ってるけど、街中の通勤に使うなら電動バイクの馬力は十分だし、電動バイクの方が便利だし燃費も良いね。

近頃はEVがどれだけ走れるかが強調されているけど、実際は数十キロ圏内で一〜二日に一回の充電での使いやすさの方が重要だ
日本の二次元作品でも将来的には行動範囲がそんなに広くない日常系の移動ツールとしてなら出てきそうだけど、その際にあえて強調されることも無さそう

国内ではガソリンバイクが禁止されているという話はよく聞くけど、大々的に禁止したのっていつ頃からなんだろう?
私が小学校の頃はガソリンのバイクが普通に走っていたんだけど……

こっちは都市や地方ごとに規制が違うからガソリンのバイクが好きに走れた地域、時代はある
基本的に大都市の方がバイク禁止の規則は厳格で、都市によっては前世紀からバイクが入るのは禁止されていたような?
あと台数自体が少ない、取締りが熱心ではない時期もあったから「バイク禁止」な地域でもガソリンバイクが走っていたというのも珍しい話では無かったりする

道路の取締りって今も雑だけど、昔はもっと雑だったからな……キャンペーンで急に厳しくなることもあれば、それ以外の時期は目に付く所、稼げる所を取り締まるだけみたいな時期もあったりで

バイクに関しては時代や住んでいた場所による印象の違いもある
大都市で小さい頃から育った人間はガソリンエンジンのバイクに馴染みが無いし、電動バイクの利点が意識され、ガソリンのバイクの強みや昔の人間が感じたバイクのカッコ良さみたいなものが実感できないのも無理はない
逆に言えば、日本の二次元作品に電動バイクが出てこないのはガソリンのバイクを良いものだと感じている世代がまだ作り手に多いからというのも理由の一つではないかと

たぶん俺も実際に見たら臭いしうるさいしで嫌になったりするんだろうけど、今世紀の初め頃に地元の兄ちゃんにバイク乗せてもらって遊びにいった思い出とかもあるし、まだバイクが走っていた時代が時々懐かしく思えたりする



とまぁ、こんな感じで。
中国における電動バイクの印象や昔のバイクの扱いなど、イロイロな話が出ていました。

ちなみに今回のネタを教えてくれた方からは
「個人的な印象ですが、中国では10年くらい前に電動バイクが一気に便利で手頃な価格になって普及したように思います。ただ規則もマナーも整備されないまま来てしまったので問題も発生していますし、バッテリー火災のリスクもかなり意識されるようになっています。今は電動バイクで爆走する人に対する視線はかなり厳しくなっています」
などといった話もありました。

昔の中国の風景といえば大量の自転車でしたが今ではそれが電動自転車や電動バイクなどに入れ替わっているという話や、それとは別に「騎行熱」という趣味やレジャー目的で自転車に乗って移動するというブームが出ているというも聞こえてきます。
アニメやマンガの中の街並の描写に関しても同じ部分、違うと感じる部分が何かと出ているのでかもしれませんね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。

中国オタク「近頃は正統派な忍者作品を見かけなくなった気がする」「最近の二次元で人気になっているのはアメリカ式忍者ばかりだよね」

ありがたいことに先日の記事
中国オタク「最近強くて金持ち、上流階級に入るような話がきつくなってきたので、例えば『CLANNAD』みたいな貧しいけど幸せや愛はあるみたいなアニメを見たい」
以外にも、「時期によって回答にちょっとした違いが発生する定番要素」に関するネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていた
「近頃は正統派な忍者作品を見かけない気がする」
などといったことに関するやり取りを、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


近頃は正統派な忍者作品を見かけなくなった気がする
忍者キャラ自体は相変わらず少なくないし、変則的な忍者作品もあることはあるんだが……

最近の作品だとは「忍者と殺し屋のふたりぐらし」や忍者と極道」とかだろうか

「忍者与殺手」(「忍者と殺し屋のふたりぐらし」の中国語タイトル)は「忍者殺手」(ニンジャスレイヤー)みたいな作品を期待してみたら全然違って頭を抱えたわ
確かに真っ当な忍者主人公の作品って最近見ないと思う

一応「忍の一時」という作品はあったけど、大して話題にならなかったし記憶に残るような正統派忍者作品って案外難しいのかもしれない

「忍の一時」は設定が忍者だけどビジュアル的にあまり忍者っぽくないから解釈違いの人もいたと思う
いや、現代を舞台に忍者をやるならあれが正しいやり方の一つなんだろうけど

現代を舞台にした忍者なら「アンダーニンジャ」は結構良かった
でも忍者中心の異能バトル、異世界のファンタジー世界観みたいな話は無いね

「忍者と極道」はアニメ版のクオリティが低いのが気にはなるけどツッコミ入れられる環境で見るならかなり面白そうな作品だ
「忍殺」もアレだったが、それを更に頭おかしくして来たような?

「忍者と極道」は廉価版忍殺みたいなのがな……あれなら忍殺の方を見れば?となってしまうし、忍者を題材にして極端に作るのも簡単ではなさそう

今の時代にやるのは忍者を中心に据えた正統派ではなく「アンダーニンジャ」のように忍者要素を組み合わせた作品の方が良いのでは
忍者本体に関してはもう語れることがあまりない

理解できる。俺が最近見た「NINJA KAMUI」も忍者の皮をかぶった作品という印象になったしね

最近の二次元で人気になっているのはアメリカ式忍者ばかりだよね
「ニンジャスレイヤー」や「忍者龍剣伝」とか、伝統的な忍者とは別物の魔法、超能力とかの異能バトル
「NARUTO」だって結局はアメリカ式忍者の方に入るし

そもそも正統派な忍者作品って諜報、暗殺分野での戦いになるんだよな
「NARUTO」みたいなのは異端だよ

日本の二次元における忍者は忍法帖シリーズから急速に歪んでいったからね
アニメの「バジリスク」の原作の「甲賀忍法帖」から超能力的な忍術、瞳術などの独自用語や世界観が固まっていった。

そもそも忍法帖シリーズがあったから二次元で忍者と忍術バトルが発展したので、歪んだというよりも、ジャンルを創作したと見るべきでは?

二次元だとそれに加えて横山光輝の「伊賀の影丸」だね
流れとしては忍法帖シリーズの影響を受けたというかパクったのが「伊賀の影丸」で、その後の日本の忍者キャラと特殊能力バトルは大体ここで固まった

「正統派の忍者作品」というけど、忍者と超能力的な忍術バトルが日本のマンガにおいては正統派の流れだよ
魔法や超能力的なポジションとしての忍者と忍術が伝統的なジャンルとして存在してきた
もっとも時代と共に淘汰されていったジャンルでもあるし、「NARUTO」はそういう過去の忍者作品を現代風に再構築してヒットさせた作品と言う見方ができる

忍者自体はずっと人気だけど、新しいアイデアは出ていない
大体は他の題材、世界観に忍者が混ざるパターン

実は「バジリスク」は原作が日本の忍者作品の原点の一つだ
それによって日本の忍者は、能力やチームバトルといった辺りだけに注目して雑に例えるなら東洋的な要素が濃厚なX-MENみたいになった
作品として出たのは忍法帖シリーズの方が先だけど

話を戻すけど、「NARUTO」は同じ世界観で「BORUTO」が続いているし「ニンジャスレイヤー」みたいな作品もあるから、今の環境で正統派な忍者主人公及びそれを中心とした世界観でやるのは厳しいのではないかと
たぶん正統派な忍者をやろうとしても編集が許可しないんじゃないか?

「NARUTO」の忍者や属性ってもう忍者の名前の付いた魔法使いみたいなものだし、作品後半になると魔法使いと何が違うんだという状態になっていたからそんなに気にするほどでもないと思うのだが……

日本の二次元の流行りが変わったんだよ。
今は忍者ではなく鬼殺隊!ちょっと前には陰陽師バトルもあったしね!

でも忍者自体は消えていない
メインキャラとしての流行りが消えてもサブキャラの需要は尽きないのが忍者の強い所だ

いわゆる1クール、12話くらいのアニメでやる場合、正統派な忍者とその世界観をやるのは困難だ
「アンダーニンジャ」のように舞台は現代社会!主人公は現代社会に形を変えて存在する忍者!で始める方が良い

逆に12話しかなくても「忍者」という属性で見ている側に受け入れさせられるのは非常に便利と言えそうだ

忍者は記号として便利過ぎるんだよ
現代だろうがファンタジーだろうが出せば勝手に世界観に馴染んでくれるし

しかしそういう二次元の忍者って大体は完成したキャラ、忍者という属性をもって出てくるのがね
俺は成長していく、強くなっていく忍者キャラも見たい……

「ニンジャバットマン対ヤクザリーグ」みたいに変則的な忍者モノはあるんだけどな

最初の忍法帖シリーズからして主人公も敵も味方も完成した超人同士のバトルだから、未熟な忍者や成長する忍者の方が変則的な設定なのかもしれない

「NARUTO」が日本の業界では珍しい正統派な忍者の少年マンガという評価もあるようだし、やはりその影響がある間は正統派の忍者作品でヒットするのは無理じゃないかな……

同意する。
現代の環境だとシチュエーションやキャラで勝負できるギャグ系作品はいいけど、長編を忍者、それも忍者が中心になる世界観でやるのは難しそう

「忍殺」とかもよく考えたら現代で珍しい長編忍者作品だったりするし、忍者モノは既存の競合作品がすぐに出てくる

こっちでは忘れられているけど日本ではまだ続いている「忍たま乱太郎」みたいな作品もあるし、日本で正統派な忍者作品が作られていないわけじゃない
実際「忍たま乱太郎」は土井先生がメインの劇場版が今年公開されて30億円超えという日本市場のアニメ映画では大ヒット級の成功をしている

日本市場だと「BORUTO」が続いているし「忍たま乱太郎」みたいな作品もあるから正統派の忍者モノ新作で割って入るのはやはり厳しいのかね



とまぁ、こんな感じで。
中国オタク界隈で認識されている日本の忍者作品や忍者ネタの知識など、イロイロな話が出ていました。
ちなみに今回のネタを教えてくれた方からは
「中国では『NARUTO』のイメージが非常に強いので日本の昔の娯楽方面の忍者ブームを知らない、知らないまま議論を進めてしまう人は珍しくありません。そもそも中国に日本の作品が大量入ってきて広まったのは1990年代以降なので、日本の昔の作品に関する知識はそこまで多くないですし、昔の作品とのつながり、影響というのも意識する機会は少ないですね」

「日本の忍者ブームは大衆向け娯楽小説や実写作品の影響が大きかったのも、今の中国国内のオタクが日本における昔の忍者の人気や扱いを見つけられない原因の一つでしょう」

などといった話もありました。

近頃の中国オタク界隈では「ニンジャスレイヤー」などの存在感が地味に強くなっているという話も聞きますし、「NARUTO」が完結してかなり経った現在の中国オタク界隈における忍者ネタや忍者の扱い、中国オタク界隈でイメージされる「定番の忍者キャラ」に関しても気になってきましたね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。
百元籠羊
十数年の中国生活をとりあえず終えて帰国。のんべんだらりと生息中。
中国でのエネルギー源は刀削麺と煎餅果子(中華クレープ)でした。最近は日本でも刀削麺の美味しいお店が増えてきて嬉しいです。

中国に広まっちゃった日本のオタク文化や、中国のオタクな若者達に関する質問、更には当ブログへのネタ提供にツッコミなど大歓迎でございます。

コメントに書くのは何だというのでしたら、baiyuanlongyang「at」gmail.com (「at」を@にかえてください)の方にメールを送ってくださいませ。
このブログのまとめ+αな本 「オタ中国人の憂鬱 怒れる中国人を脱力させる日本の萌え力」 が出ています。
ちなみに「中國宅宅的憂鬱:日本萌力,平息中國人的怒氣」というタイトルで中国語繁体字版も出ております。 こちらの記事で書籍内容についての簡単な紹介をさせていただきました。
「日・韓・中 トンデモ本の世界」で、中国オタク事情に関するコラムを2本書かせていただきました。

ブログではまとめたり詳しく書いたりするのが難しい内容を書く機会をいただけたのはとても有難かったですし、トンデモ本シリーズなので読者層も濃いということで「ある程度濃い方向で書いてもOK」と、昔出したブログのまとめ本よりもツッコんだ内容を書けたのも楽しかったです。
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このブログの親玉やネタ元

北京留学日中交流

日本からだと存在そのものを疑われる事も有った北京の漫画喫茶B3は現地の制度変更や地価高騰の影響で伝説の彼方の存在となってしまいましたが、中の老板は相変わらず活発に動いてらっしゃいます。このブログもここのコンテンツの一つということになっている・・・のかしらん?

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