創作物の中に出てくるキャラ付けや設定に関しては、ある種のお約束的なモノがあるかと思います。ただ、そんなお約束の中には、中国の感覚だと微妙に引っかかってしまうようなものもあるそうです。
先日、中国のソッチ系のサイトを巡回していて
「永遠の命、不死に苦しむキャラ」
に関するやり取りを見かけましたので、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。
アニメや漫画の中でよくある「死ねないことに苦しむ」という設定のキャラについて、疑問がある。永遠の命って死ぬより怖いことなのか?なぜどれも「死なない」というのが「死よりも恐ろしい罰」といった扱いになっているんだ?
納得できるケースもあるけど、死なないキャラが出てきて「死ねないのが苦しみ」とか言い出したりすると確かに引っかかるよね。不老不死と言い換えたら、そんなに悪いことでは無いような。
確かに今まで見てきた作品に出てきた不死のキャラの多くが「どうやって死ぬか」を考えていたような印象があるなぁ
死ぬことができないってのは、生きるのに飽きる、満足する時が来てもやめられないってことだし、それが「死ぬよりもヒドイ苦しみ」になるんじゃないの?
そこだよ。なぜそういう結論ばかりになるのかが疑問なんだ。日本の作品ってだいたい不老不死に関して否定的じゃないか。
実験動物扱いにされてしまうとかだと分かり易いけど、ずっと生きているだけでってのは確かに引っかかるケースもあるかな。もちろん死ねない苦しみを理解できるキャラもいるんだが。
そのツッコミは理解できる。私も人間は貪欲な生き物だから、そう簡単に死にたくなるとは思えんのよね。
人間にとって、数百年程度ではやり残したことばかりになりそうなんだがなぁ。まぁさすがに万とかいくとよく分からんが。
永遠の命が祝福じゃなくて呪いの扱いになるよね。
昔でさえ不死を求める人間は多かったが、現代は娯楽に溢れまくっているから時間が足りない。そう簡単に生きるのに飽きるとも思えんのよね。
数百年生きれば周りの親しい人が死んでしまうし、数百年生きる感覚を理解してくれる人間もいない。それじゃ生きる意味も無いでしょ。
数百年も生きていて、新しい友人も作れないとか逆にあり得ないと思うんだが。人生経験は蓄積されるだろうし、コミュニケーション能力とかスゴイ鍛えられそう。あと逆に言えば理解してもらえないのは長く生きる感覚とかだけじゃないの?
不死=不老ではないのも重要だぞ。まぁアニメや漫画だと大体は不老もセットになっているけど。
「神さまのいない日曜日」的な世界観だったらアウトだわ。どの程度人間の機能が残るかだな。ゾンビみたいな状態で不老不死とか言われても困るし。
どの世界で不死になるかも重要だよなぁ。手塚治虫の「火の鳥」みたいなのだと確かに罰だ。試練付きだったり人類絶滅、更には地球上でさえなくなったりするし。
不老じゃないのに長生きしなければならないというのは確かに恐ろしいけど、そういうのが無ければ皆自分が長生きするのを嫌がることはないんじゃないの?
カーズの「そのうち考えるのをやめた」みたいなことにされなければアリ。
まぁ、不死というのが健康的な生活を送っていけることの保障ではないからな。環境が激変するとか、地球が無くなって宇宙を漂うとかになるとさすがに不死なぞいらんという気持ちになる。
でも、日本の作品の場合はやはりまず一番恐れられるのが「不死による孤独」、それから「不死によって社会的な集団に所属できない」といった辺りだよね。そのために不死を他の人間に隠す。
あれだ、不死を楽しめるかどうかは性格も関係しているのではないだろうか?明るい、楽観的な性格でないと厳しそうだ。
あと個人的には時間と共に記憶も薄れていく、或いは思い出として美化されていくだろうから、出会いと別れに関してはそれほど厄介ではないだろうと思ってしまう。
「バッカーノ!」とか見ていると、永遠の時を生きるにはバカの方が向いていると感じる。
あと、実際に不老不死を得たとしても、どこで生活するかというのが無視できない問題だ。ウチの国の歴史を振り返ってみると、長期にわたる安定した生活環境の獲得が極めて困難なのは明らかだ!
不老不死に関連してふと疑問に思ったんだが、日本人の感覚だと仙人になることとかを嫌がったりするのかね?
あー……そうか。日本社会の老いや死への感覚がウチの国とは結構違う可能性も考えられるのか。そういや日本の指導者とかお偉いさん、外見上の老いをそれほど取り繕っていないね。ウチの国だと70、80でも髪はきっちり黒く染めたりするのに。
ウチの国の皇帝の所業とかがあるし、不老不死はわりとメジャーな欲望だと思っていたが、確かに日本の作品だとちょっと扱いが違うような気はするね。人間の欲望としては認められているけど、ネガティブな見方も少なからずある。社会、文化の違いみたいなものがあるんだろうか?
とりあえず「東方」に出てくる蓬莱の薬のようなものだったら試してみたいとは思う。
私は時々人生やめたくなるから、永遠の命とか本気でいらないんだが……
結局の所、人間程度の短命な種族では理解できないのかもしれん。ある意味では「知魚楽」的な話なのかねぇ
不死に関しては想像できる範囲に限界があるけど、いずれ朽ち果てる自分は容易に想像できる。だから、いるかいらないかと聞かれたら、「いる」と答えよう。
ただ年上キャラが好みの自分にとっては少々悩ましい問題でもあるな!
とまぁ、こんな感じで。
不死については比較的肯定的に考える人も多いようでした。
この辺に関しては社会や文化的なモノの影響もあるでしょうが、オタク関係でどういった作品に接してきたかというのも影響していそうな気もしますね。
私なんかは小学校の頃に
「火の鳥」
をガッツリ読んでしまったので、不死というものにあんまり良いイメージ無いですし。
とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。
先日、中国のソッチ系のサイトを巡回していて
「永遠の命、不死に苦しむキャラ」
に関するやり取りを見かけましたので、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。
アニメや漫画の中でよくある「死ねないことに苦しむ」という設定のキャラについて、疑問がある。永遠の命って死ぬより怖いことなのか?なぜどれも「死なない」というのが「死よりも恐ろしい罰」といった扱いになっているんだ?
納得できるケースもあるけど、死なないキャラが出てきて「死ねないのが苦しみ」とか言い出したりすると確かに引っかかるよね。不老不死と言い換えたら、そんなに悪いことでは無いような。
確かに今まで見てきた作品に出てきた不死のキャラの多くが「どうやって死ぬか」を考えていたような印象があるなぁ
死ぬことができないってのは、生きるのに飽きる、満足する時が来てもやめられないってことだし、それが「死ぬよりもヒドイ苦しみ」になるんじゃないの?
そこだよ。なぜそういう結論ばかりになるのかが疑問なんだ。日本の作品ってだいたい不老不死に関して否定的じゃないか。
実験動物扱いにされてしまうとかだと分かり易いけど、ずっと生きているだけでってのは確かに引っかかるケースもあるかな。もちろん死ねない苦しみを理解できるキャラもいるんだが。
そのツッコミは理解できる。私も人間は貪欲な生き物だから、そう簡単に死にたくなるとは思えんのよね。
人間にとって、数百年程度ではやり残したことばかりになりそうなんだがなぁ。まぁさすがに万とかいくとよく分からんが。
永遠の命が祝福じゃなくて呪いの扱いになるよね。
昔でさえ不死を求める人間は多かったが、現代は娯楽に溢れまくっているから時間が足りない。そう簡単に生きるのに飽きるとも思えんのよね。
数百年生きれば周りの親しい人が死んでしまうし、数百年生きる感覚を理解してくれる人間もいない。それじゃ生きる意味も無いでしょ。
数百年も生きていて、新しい友人も作れないとか逆にあり得ないと思うんだが。人生経験は蓄積されるだろうし、コミュニケーション能力とかスゴイ鍛えられそう。あと逆に言えば理解してもらえないのは長く生きる感覚とかだけじゃないの?
不死=不老ではないのも重要だぞ。まぁアニメや漫画だと大体は不老もセットになっているけど。
「神さまのいない日曜日」的な世界観だったらアウトだわ。どの程度人間の機能が残るかだな。ゾンビみたいな状態で不老不死とか言われても困るし。
どの世界で不死になるかも重要だよなぁ。手塚治虫の「火の鳥」みたいなのだと確かに罰だ。試練付きだったり人類絶滅、更には地球上でさえなくなったりするし。
不老じゃないのに長生きしなければならないというのは確かに恐ろしいけど、そういうのが無ければ皆自分が長生きするのを嫌がることはないんじゃないの?
カーズの「そのうち考えるのをやめた」みたいなことにされなければアリ。
まぁ、不死というのが健康的な生活を送っていけることの保障ではないからな。環境が激変するとか、地球が無くなって宇宙を漂うとかになるとさすがに不死なぞいらんという気持ちになる。
でも、日本の作品の場合はやはりまず一番恐れられるのが「不死による孤独」、それから「不死によって社会的な集団に所属できない」といった辺りだよね。そのために不死を他の人間に隠す。
あれだ、不死を楽しめるかどうかは性格も関係しているのではないだろうか?明るい、楽観的な性格でないと厳しそうだ。
あと個人的には時間と共に記憶も薄れていく、或いは思い出として美化されていくだろうから、出会いと別れに関してはそれほど厄介ではないだろうと思ってしまう。
「バッカーノ!」とか見ていると、永遠の時を生きるにはバカの方が向いていると感じる。
あと、実際に不老不死を得たとしても、どこで生活するかというのが無視できない問題だ。ウチの国の歴史を振り返ってみると、長期にわたる安定した生活環境の獲得が極めて困難なのは明らかだ!
不老不死に関連してふと疑問に思ったんだが、日本人の感覚だと仙人になることとかを嫌がったりするのかね?
あー……そうか。日本社会の老いや死への感覚がウチの国とは結構違う可能性も考えられるのか。そういや日本の指導者とかお偉いさん、外見上の老いをそれほど取り繕っていないね。ウチの国だと70、80でも髪はきっちり黒く染めたりするのに。
ウチの国の皇帝の所業とかがあるし、不老不死はわりとメジャーな欲望だと思っていたが、確かに日本の作品だとちょっと扱いが違うような気はするね。人間の欲望としては認められているけど、ネガティブな見方も少なからずある。社会、文化の違いみたいなものがあるんだろうか?
とりあえず「東方」に出てくる蓬莱の薬のようなものだったら試してみたいとは思う。
私は時々人生やめたくなるから、永遠の命とか本気でいらないんだが……
結局の所、人間程度の短命な種族では理解できないのかもしれん。ある意味では「知魚楽」的な話なのかねぇ
不死に関しては想像できる範囲に限界があるけど、いずれ朽ち果てる自分は容易に想像できる。だから、いるかいらないかと聞かれたら、「いる」と答えよう。
ただ年上キャラが好みの自分にとっては少々悩ましい問題でもあるな!
とまぁ、こんな感じで。
不死については比較的肯定的に考える人も多いようでした。
この辺に関しては社会や文化的なモノの影響もあるでしょうが、オタク関係でどういった作品に接してきたかというのも影響していそうな気もしますね。
私なんかは小学校の頃に
「火の鳥」
をガッツリ読んでしまったので、不死というものにあんまり良いイメージ無いですし。
とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。