その2から続いています。
第三章 中国における藤子不二雄作品単行本に関する小括
やはり、「ドラえもん」の存在感が圧倒的に大きすぎる。一九九一年の中国中央テレビでの放送開始のみならず、二〇〇八年三月一九日にドラえもんが、アニメ文化大使に就任するなど、外交関係にも影響を伴う動きをしているのがドラえもんであり、作品としての枠組みが遥かに超えた存在と言えると思われる。そのため、藤子・F・不二雄先生の死去は中国の一般社会でも大きな悲しみと伴う大ニュースになっており、ドラえもんの訳名変更の件も話題になっていた。
ただ、他の作品に関して、藤子不二雄作品は若干絵柄は子供向けのため、一九九一年以降の少年漫画直撃世代にとっては格好いいものではなく、敬遠されるようになった。もっとも、その後、高校と大学時代に「四併一」漫画によって「異色短編集」などディープな作品と出会って、藤子不二雄を再認識する者もいた。
さらに、SNSの時代に入ると、藤子不二雄Ⓐの死去はSNSなどでも取り上げられ、『劇画毛沢東』を書いたことが記事になっていた(ちなみに筆者は2004年ごろ日本留学中に、BOOK・OFFで初めて『劇画毛沢東』を見てかなりビックリしていたことを今も覚えている、すぐに購入し写真を撮ってネットに書き込みした)。
無理やり結論をつけると、中国において藤子不二雄とは、「一般的すぎる」と「マニアックすぎる」と言う両面性が物凄くきわだつ作家だと言えると思う。ドラえもんは一般的すぎるが、その他の作品はマニアックすぎるのである。
第四章 中国におけるアニメ版藤子不二雄作品
ご存知の通り、中国は香港とマカオを除いて、三二の省レベルの行政区画があります。そして、それぞれ独自のテレビ局を持っていて、放送チャンネルを複数もっている地方局もあります。
また、広東省では直接香港のテレビ信号を受信できたり、一九九〇年代中半から個人用衛星アンテナで香港や台湾の衛星局の放送を受信できたり、一九九〇年代後半にはケーブルテレビが始まったり、受信環境は多岐に亘っています。特に香港のTVBは一時期中国の深圳に支社を作っていた時期もありました。また、少数民族地区ではチベット語やウェイグル語、モンゴル語アフレコ版のアニメも存在していたりします。
ドラえもんに関しては、香港のTVBの広東語版の『叮当』、台湾国語版「機器猫小叮当」、大陸CCTV北京語吹き替え版「机器猫」がそれぞれ別のルートで入っていた可能性があり、少なくとも筆者はCCTV版を見た後、台湾版も中国のテレビ放送で見たことがあります。同じ話で声優と訛りが違い、またキャラクターの名前も違うため、特に印象に残りました。広東語(香港版)は流石に北京では需要がありませんので、テレビ放送で見たことありませんでした。
一九八〇年〜二〇〇〇年代は、まだ中国各地の地方局が各自の判断とルートで海外からテレビ番組を輸入していました。特に台湾と香港の人がセールスに来ていたり、中国現地の劇団役者を使ってアフレコすることもありました。また台湾や香港のライセンサー経由で一回切りの放送権を買っても、勝手に再放送したりしていました。また、放送専用のテープは当時貴重品なので、元の番組を消して新しい人気番組を上書きし使い回しすることが普通でした。そのためビデオテープをもって各地のテレビ局を飛び回り、もっている番組を他局にコピーして代わりに他局がもってる番組をコピーすることで、お金を稼ぐ人たちが現れました。この商売はかなりの稼ぎになったようで、飛行機で各テレビ局を移動していたそうです。
海外アニメは視聴率が稼げるため、そのようなダビング屋たちの活動により、あっという間に中国全国各地方で放送され、氾濫しました。そのため二〇〇〇年初頭、地方局が一気に衛星放送に進出し(中国語では「上星」)、全国でも見られるようになると、見られるテレビチャンネルが一気に七〇〜八〇ほどになりました。カオスなことに、違うチャンネルに回しても同じアニメを放送しているという事態になることもありました。「サムライトルーパー」とか「クリィミーマミ」とか「ウルトラマン」とか、酷い時はどの放送局を見ても「ビーストウォーズ」でしかも同じ話の放送でアフレコが違うということもありました(同じ劇団の役者が同じ話を二回アフレコしてセリフと配役が微妙に違うバージョンが同時放送されていることもありました)。また「エヴァンゲリオン」も同じ俳優たちによるバージョンの異なるアフレコシリーズが二種あったりします。
このような状況は流石にどう見てもまずいので、二〇〇六年に中国では、ゴールデンタイム(一七〜二〇時)に、海外アニメの放送を禁止しました。海外アニメ禁止令が発令した後は、深夜に海外アニメが放送されることになりました。最終的に二〇〇八年頃に、海外アニメは一切放送禁止になりましたが、番組紹介として放送されることもありました。
またCCTVには映画評論(解説)番組がありました。この番組で映画ドラえもん(大長編ドラえもんシリーズ)が取り上げられることもあったのです。この番組の構成に合うよう、映画を編集して、三〇分程度あるいは三〇分以上の番組に編集して、話は一部割愛されていますが、一応ストーリーの最後まで知ることができるものになっていました。
以上のような中国の事情から、藤子不二雄作品のテレビ放送の詳細を割り出すことは非常に困難と言えます。
一応、中国で最初のドラえもんの正規放送は一九九一年二月九日から始まったCCTVによるものとされています。番組枠は「正大総藝」(タイの正大グループが協賛している番組です)でした。
ドラえもん以外のアニメ作品については、少なくとも筆者が見ていたものとしては、CCTV教育チャンネルで一九九〇年後半から二〇〇〇年初頭に「モジャ公(宇宙小毛球)」が放送されており、見ていた記憶があります。これは確か北京語吹替でした。また、同時期に北京テレビで「ポコニャン(叮当猫)」もやっていたと思いますが、これは台湾で吹替えされていたものでした。他の地方局でも何らかの放送はあったかとは思いますが、今となってはもう分からないです。「キテレツ大百科(奇天列大百科)」は恐らくテレビ放送はなく、台湾で出版されていたビデオCDが中国に持ち込まれて、勝手に放送していた地方局があったかなぁ、という感じです。
ただ、北京語版ドラえもんが中国の放送局の知らないところで放送されていたということはないかと思います。版権がCCTVという国営放送局なので、ここを敵に回すことはできません。もっともドラえもんは話数も多いので、全てのお話しが北京語に吹き替えられているとは思えません。このお話を中国語で見たければ、台湾華語版を見るしかないといったお話しも存在すると思います。もっとも、CCTVは日中友好のためという枠で比較的熱心にドラえもんを吹替て放送していたと思います。
山东有线台(山東ケーブルテレビ)で
台湾で吹き替えたもののように聞こえる
また、香港経済や文化力が現在よりも強い時代には、香港の映画や音楽が中国の大衆文化に大きく影響を与えていた時代がありました。この影響で、広東語を勉強する人も多く、教材も豊富に出ていた時期もありました。この影響で、香港製の広東語吹き替え版アニメと映画とかのコンテンツがかなりの数中国にも入ってきていました。私は広東語のコンテンツは一切見ていないので、詳しくはないですが、中国では北京語コンテンツと広東語コンテンツが全く異なる世界を創っていた時期があります。なので、ここで解説した以外にも中国で放送・流通していた広東語アニメ、広東語コンテンツというのも多く存在していたはずです。
(了)
寄稿者:フギョウ
第三章 中国における藤子不二雄作品単行本に関する小括
やはり、「ドラえもん」の存在感が圧倒的に大きすぎる。一九九一年の中国中央テレビでの放送開始のみならず、二〇〇八年三月一九日にドラえもんが、アニメ文化大使に就任するなど、外交関係にも影響を伴う動きをしているのがドラえもんであり、作品としての枠組みが遥かに超えた存在と言えると思われる。そのため、藤子・F・不二雄先生の死去は中国の一般社会でも大きな悲しみと伴う大ニュースになっており、ドラえもんの訳名変更の件も話題になっていた。
ただ、他の作品に関して、藤子不二雄作品は若干絵柄は子供向けのため、一九九一年以降の少年漫画直撃世代にとっては格好いいものではなく、敬遠されるようになった。もっとも、その後、高校と大学時代に「四併一」漫画によって「異色短編集」などディープな作品と出会って、藤子不二雄を再認識する者もいた。
さらに、SNSの時代に入ると、藤子不二雄Ⓐの死去はSNSなどでも取り上げられ、『劇画毛沢東』を書いたことが記事になっていた(ちなみに筆者は2004年ごろ日本留学中に、BOOK・OFFで初めて『劇画毛沢東』を見てかなりビックリしていたことを今も覚えている、すぐに購入し写真を撮ってネットに書き込みした)。
無理やり結論をつけると、中国において藤子不二雄とは、「一般的すぎる」と「マニアックすぎる」と言う両面性が物凄くきわだつ作家だと言えると思う。ドラえもんは一般的すぎるが、その他の作品はマニアックすぎるのである。
第四章 中国におけるアニメ版藤子不二雄作品
ご存知の通り、中国は香港とマカオを除いて、三二の省レベルの行政区画があります。そして、それぞれ独自のテレビ局を持っていて、放送チャンネルを複数もっている地方局もあります。
また、広東省では直接香港のテレビ信号を受信できたり、一九九〇年代中半から個人用衛星アンテナで香港や台湾の衛星局の放送を受信できたり、一九九〇年代後半にはケーブルテレビが始まったり、受信環境は多岐に亘っています。特に香港のTVBは一時期中国の深圳に支社を作っていた時期もありました。また、少数民族地区ではチベット語やウェイグル語、モンゴル語アフレコ版のアニメも存在していたりします。
ドラえもんに関しては、香港のTVBの広東語版の『叮当』、台湾国語版「機器猫小叮当」、大陸CCTV北京語吹き替え版「机器猫」がそれぞれ別のルートで入っていた可能性があり、少なくとも筆者はCCTV版を見た後、台湾版も中国のテレビ放送で見たことがあります。同じ話で声優と訛りが違い、またキャラクターの名前も違うため、特に印象に残りました。広東語(香港版)は流石に北京では需要がありませんので、テレビ放送で見たことありませんでした。
一九八〇年〜二〇〇〇年代は、まだ中国各地の地方局が各自の判断とルートで海外からテレビ番組を輸入していました。特に台湾と香港の人がセールスに来ていたり、中国現地の劇団役者を使ってアフレコすることもありました。また台湾や香港のライセンサー経由で一回切りの放送権を買っても、勝手に再放送したりしていました。また、放送専用のテープは当時貴重品なので、元の番組を消して新しい人気番組を上書きし使い回しすることが普通でした。そのためビデオテープをもって各地のテレビ局を飛び回り、もっている番組を他局にコピーして代わりに他局がもってる番組をコピーすることで、お金を稼ぐ人たちが現れました。この商売はかなりの稼ぎになったようで、飛行機で各テレビ局を移動していたそうです。
海外アニメは視聴率が稼げるため、そのようなダビング屋たちの活動により、あっという間に中国全国各地方で放送され、氾濫しました。そのため二〇〇〇年初頭、地方局が一気に衛星放送に進出し(中国語では「上星」)、全国でも見られるようになると、見られるテレビチャンネルが一気に七〇〜八〇ほどになりました。カオスなことに、違うチャンネルに回しても同じアニメを放送しているという事態になることもありました。「サムライトルーパー」とか「クリィミーマミ」とか「ウルトラマン」とか、酷い時はどの放送局を見ても「ビーストウォーズ」でしかも同じ話の放送でアフレコが違うということもありました(同じ劇団の役者が同じ話を二回アフレコしてセリフと配役が微妙に違うバージョンが同時放送されていることもありました)。また「エヴァンゲリオン」も同じ俳優たちによるバージョンの異なるアフレコシリーズが二種あったりします。
このような状況は流石にどう見てもまずいので、二〇〇六年に中国では、ゴールデンタイム(一七〜二〇時)に、海外アニメの放送を禁止しました。海外アニメ禁止令が発令した後は、深夜に海外アニメが放送されることになりました。最終的に二〇〇八年頃に、海外アニメは一切放送禁止になりましたが、番組紹介として放送されることもありました。
またCCTVには映画評論(解説)番組がありました。この番組で映画ドラえもん(大長編ドラえもんシリーズ)が取り上げられることもあったのです。この番組の構成に合うよう、映画を編集して、三〇分程度あるいは三〇分以上の番組に編集して、話は一部割愛されていますが、一応ストーリーの最後まで知ることができるものになっていました。
以上のような中国の事情から、藤子不二雄作品のテレビ放送の詳細を割り出すことは非常に困難と言えます。
一応、中国で最初のドラえもんの正規放送は一九九一年二月九日から始まったCCTVによるものとされています。番組枠は「正大総藝」(タイの正大グループが協賛している番組です)でした。
ドラえもん以外のアニメ作品については、少なくとも筆者が見ていたものとしては、CCTV教育チャンネルで一九九〇年後半から二〇〇〇年初頭に「モジャ公(宇宙小毛球)」が放送されており、見ていた記憶があります。これは確か北京語吹替でした。また、同時期に北京テレビで「ポコニャン(叮当猫)」もやっていたと思いますが、これは台湾で吹替えされていたものでした。他の地方局でも何らかの放送はあったかとは思いますが、今となってはもう分からないです。「キテレツ大百科(奇天列大百科)」は恐らくテレビ放送はなく、台湾で出版されていたビデオCDが中国に持ち込まれて、勝手に放送していた地方局があったかなぁ、という感じです。
CCTV教育チャンネルで1990年後半から2000年初頭頃に放送されていた「モジャ公(宇宙小毛球)」
北京テレビで1990年後半から2000年初頭頃に放送されていた「ポコニャン(叮当猫)」
ただ、北京語版ドラえもんが中国の放送局の知らないところで放送されていたということはないかと思います。版権がCCTVという国営放送局なので、ここを敵に回すことはできません。もっともドラえもんは話数も多いので、全てのお話しが北京語に吹き替えられているとは思えません。このお話を中国語で見たければ、台湾華語版を見るしかないといったお話しも存在すると思います。もっとも、CCTVは日中友好のためという枠で比較的熱心にドラえもんを吹替て放送していたと思います。
山东有线台(山東ケーブルテレビ)で
放送されていた「叮当」
贵州卫视(貴州衛星テレビ)で
放送されていた「叮当」
放送されていた「叮当」
广西电视台(広西テレビ局)で放送されていた「叮当」
CCTV(中国中央テレビ)で放送されていた
「机器猫」
「机器猫」
台湾で吹き替えたもののように聞こえる
また、香港経済や文化力が現在よりも強い時代には、香港の映画や音楽が中国の大衆文化に大きく影響を与えていた時代がありました。この影響で、広東語を勉強する人も多く、教材も豊富に出ていた時期もありました。この影響で、香港製の広東語吹き替え版アニメと映画とかのコンテンツがかなりの数中国にも入ってきていました。私は広東語のコンテンツは一切見ていないので、詳しくはないですが、中国では北京語コンテンツと広東語コンテンツが全く異なる世界を創っていた時期があります。なので、ここで解説した以外にも中国で放送・流通していた広東語アニメ、広東語コンテンツというのも多く存在していたはずです。
(了)
寄稿者:フギョウ















































