日経ビジネスオンライン連載の中国動漫新人類の最新記事についてですが、
ご指摘の通りアレは私でございます。
まぁ、その、なんだかんだと有りましたがああいうことが有ったりしたのに加えて、
こーんなこととかこーんなことなど、シリアス一辺倒ではなくわりとアホなことも有ったりします。

さて、本題。
ストリートファイター4が出てしばらくたちましたが、私の知り合いにもハマっているのがかなりいます。昔のスト兇力線そのままで進化したのが良いとか。

スト兇論こγ罎帽まりましたが、中国も例外ではなく当時スト供蔽羚餮賁召蓮岾稿覇王」)にハマってしまいゲームセンターに通う子供が問題になったそうですし、親や先生の目をかいくぐってこっそり遊んでいたという人も少なくないそうです。

そんな中、何時ものごとくネットで中国のニュースを見ていたら中国国務院直属の通信社というか中国国営の通信社とも言える新華社のサイト「新華網」に以下のようなタイトルでスト兇砲弔い討離灰薀爐載っていました。

「ストリートファイター」、青春に繋がる20年の記憶(記事は中国語です)

このコラムでは「ここ20年来ストリートファイターは中国人の生活の片隅から消えたことは無い」というような感じで、中国で昔スト兇砲呂泙辰真傭の思い出などが紹介されています。
新華網はたまにヘンな記事やコラムが載ったりするので案外あなどれないのですが、個人的にかなり面白かったので、記事内に書かれているその当時の思い出についてちょっとばかり紹介させていただきます。

1994年に私ははじめてスト兇鰺靴咾泙靴拭場所はゲームセンターで、当時のゲームセンターは小中学生が入る事が禁止されていたけど、私はよく学校の友達とこっそり遊びに行っていました(28歳男性)

当時、女の子がゲームセンターに入るのはとても勇気がいることでした。遊び友達にたきつけられて何回か行ったけれど、スト兇離ャラはとても印象に残っています。その後任天堂のゲーム機でスト兇離愁侫箸出て、私は家でも昇竜拳を使えるようになりました。(26歳女性)

スト兇離ャラクターはとても個性的で、当時のアニメのキャラクターと比べて段違いでした。どのキャラも公平に競争して、皆拳によって決まりました。(80年代うまれ女性)

ゲームセンターに行ってスト兇鰺靴屬里賄時とてもカッコイイことでした。男の子は格闘や武術が大好きですし、当時はまだ娯楽が欠乏していた時期でした。スト兇寮こΔ任里濱服の快感を見つけることができましたね。(80年代うまれ男性)

私の今のスト兇了廚そ个魯押璽牋奮阿里海箸諒が多く、ゲーム自体ではありません。私は当時遊ぶ時間も遊ぶお金も無く、親にゲームで遊ぶお金をもらうなんてのは絶対に不可能でした。残った選択は、ビール瓶を拾ったりくず鉄を拾ったりして廃品回収ステーションに売り、どうにかお金をためて一回遊ぶというやつでした。(ネットユーザーより)


とまぁ、こんな感じで。
記事によれば、中国の70年代末〜80年代前半うまれの世代が中国のスト仰招眄ぢ紊里茲Δ任后
当時はゲームセンターが流行って社会的に問題となったりしましたし、ゲームセンターにいけない子供でさえも、中国(アジア全体?)で売られていたパチモンファミコン用のパチモンスト競愁侫箸鰺靴鵑任い燭蠅靴燭箸いο辰覆匹有ります。(スーパーファミコンは中国本土ではあまりなかったようです)
何はともあれ、スト兇話羚颪任發なり思い出のゲームとなっているようですね。

とりあえず、こんな所で。
ツッコミ&情報提供お待ちしております。