先日書いた記事
中国オタク用語的「キャラのあだ名」
が私の巡回先の中国のソッチ系の掲示板で捕捉されたようです。

更にありがたいことにそこの掲示板の中国オタクのツワモノの方々が記事のコメント欄でイロイロと教えてくださいました。非常に面白いので、ぜひご参照ください。


さて、その記事の影響なのかありがたいことに
「あの花」こと「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」
(中国語名は「未聞花名」、「我们仍未知道那天所看見的花的名字」、「彼花仍未知」、「昔花未聞」といったものに、略称の「あの花」は「那朵花」となっているようです)

の「あだ名」についての質問を多くいただいておりますので、今回はその質問についてと作品に対する反応などを。

とりあえず中国オタクの間のやり取りなどで使われている
「あだ名の中国オタク的表記」
を調べてみたところ、

仁太(じんたん)
面嗎(めんま)
雪集(ゆきあつ)
鶴見子(つるこ)
波波(ぽっぽ)


といったものになっているようでした。
「じんたん」は本名そのまま、「ぽっぽ」は鉄道関係ではなく音訳になっているようですね。

そして恐らく最も気になるであろう
「あなる」
の中国オタク的表記ですが、
「anaru」「小鳴子」
という無難なものになっているようです。

しかし、先日の記事のコメントなどで教えていただいたところによれば中国オタクの間でも「あなる」のアッチの方の意味が広まっているらしく
「小菊花」「菊花」
とする訳も広まっているそうです。ちなみに、一応中国オタクの間でも「菊」のアッチの方の意味は把握されているとか。

あだ名のノリというかニュアンスを完全に訳すのは難しいですが、
「あなる」「菊花」とする訳などは、
「小さい頃は何でもなかったけど大人になって別の意味を知ったら使い難くなる呼び方」
というのを出せているようにも思えますし、かなり頑張って(?)訳しているようですね。

それから作品への反応についてですが、
あだ名などの細かい所で難しいことはあったりするものの、
作品そのものへの反応はかなり良いようで、中国オタクの間でもガッツリ心をつかまれるのがかなり出ているようです。

以下中国のソッチ系の掲示板で見かけた反応を、
例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


「あの花」を見ると子供の頃の空気を思い出す。
あの頃の仲間はもうみんなバラバラになってしまったけどな……

なんか昔の記憶が色濃く思い出せるんだよね。「あの花」を見ると。
ストーリーやキャラの感情が自分の過去に重なる所もあったりして、「子供の頃の感覚」が蘇ってくるよ。

見ていると言葉にならない不思議な気分になる。
とりあえず近い言葉を探せば「子供の頃が懐かしい」というような感じだが、とてもそれだけでは言い表せない。

なんかね。思い出すんだよ、あの頃のことを。
「一生友達でいような」「大人になってもずっと仲良くしようぜ」
みたいなことを昔言っていたのに、みんな今では連絡がつかなくなっているんだよね……

具体的に何に対してというのは難しいんだが、こう感動する気持ちが湧き上がってくるんだよな。私が昔を思い出して感じているのは寂しさのはずなんだが、たぶんそれだけじゃない。

昔の仲間に連絡したくなってくるアニメだ。

確かに見てると昔一緒に遊んだヤツラと会いたくなってくるよな。
自分にとって「あの花」はスゴイ感情移入してしまう作品だ。
あとなんか子供の頃に傷ついたことや、後悔していることを思い出してしまう。ただ不思議なことにそれほど悪い気分でもないんだよな。

俺達には子供の頃の気持ちがどれくらい残っているんだろう。
子供の頃の気持ちは薄れてしまったけど、「あの花」を見て思い出した自分の小さい頃の記憶は以前より鮮明になっているように感じた。

俺は癒し系を期待して見はじめたんだがなんかスゴイ打ちのめされてる。でも続きが気になってしょうがない。
前期の「まどか☆マギカ」といい、日本のアニメの「癒し系」という宣伝については信用できん。癒されたいと思って見たら癒しは存在せず、更に大変なことになる……どうすればいいんだ……

いやいや、これこそ「癒し系」の作品だよ。
昔を懐かしんで十分に泣いて涙を流したら気分が軽くなるよ。
もう戻れない昔のことでもそれは自分が通ってきた道なんだし。

あー、言葉にするのは難しいんだが、暖かい気持ちと言うか、甘酸っぱいと言うか、ツライというか、そんな感じの気持ちになる。
「あの花」って見ている時は悲しい気分になるんだが、見終わった後は爽やかな気分になる。

今感じているのは自分が大きくなったということについての感傷とでも言うべきものなのかなぁ。

作品の舞台となった秩父って良い所だよな。
小さい頃の仲間と秩父で集まって一緒に写真を撮るとかいうことを夢見てしまうよ。

この作品にはモノスゴイ引き付けられるものがある。
子供の頃一緒に遊んだ仲間って、どんどん疎遠になっていくし、今では連絡もできない。下手すりゃその辺の人間の方がよほど親しいくらいだ。でも昔は確かに濃厚な時間を共有していた。
アニメの中で描かれている日々は、私たちの友情が永遠に続くと思っていたあの頃を思い出させる。

私はこんな良い子供時代を送っていないから、見ていると羨ましくて憂鬱になる。子供の頃の残酷な記憶も蘇ってくるし……

自分の小さかった頃は勉強忙しかったから仲間もいなかったしそもそも遊ぶヒマも無かったから彼らと重なるような記憶は無い、はず。
しかし何やら無かったはずの過去を懐かしんでしまう、不思議な現象が自分に発生しております。

子供の頃なんてすっかり忘れていたし、大したものではないと思っていたんだが、この作品を見ると自分の子供の頃がとても大切なものだったと痛感する。
別に現在にそこまで不満があるわけじゃないんだが、あの頃の夏休みに戻りたい。少しの間だけでもいいから。

「あの花」を見ていると子供の頃が遠くになってしまったというのを実感する。子供の頃の様々な懐かしさと、そして後悔が押し寄せてくる。

EDの入り方や歌詞がとても印象的。私達もああやって約束したんだけど、今では……

ちょっと調べてみたんだがEDの歌って日本で実際に10年前に流行していた歌らしいね。
更に歌の中で再会を約束する「10年後の8月」ってちょうどこの番組が終わるころになる。そこまで考えて番組を制作されているのには驚いた。

この10年で俺も俺の周囲も変わりすぎた。
でもこの作品を見たら昔の感覚を思い出したり、自分にまだ変わっていない所があることを思い出したりできるんだよな。



とまぁ、こんな感じで。
子供の頃の仲間(でも今では疎遠に)という話には共感できるようで、中国オタクの間でも何かガッツリと心をつかまれているのが出ているようでした。

考えてみれば、中国の今の若者の場合は「昔の仲間とずっと一緒」「昔の仲間がもう一度集まる」というのは非常に難しいのですよね。日本でも簡単な話じゃないですけど、中国ではそれに輪をかけて難しいです。

今の中国の受験戦争の激烈さは日本どころではないレベルになっており、日本に比べて「学力による振り分け」の度合いが格段に高くなっています。
また中国では基本的に自分の学力で行ける限りの「良い学校」を選ぶので、小学校から中学校、中学校から高校、高校から大学の間で自分の周囲の顔ぶれがかなり変わります。

更に進学先のレベルによってその後の生活レベルなどが格段に変わってくるので、
「子供の頃の友達」
とはどうやっても疎遠にならざるを得ないところがあります。
そんな訳で、中国の子供の場合はいつの間にか距離が離れるというのではなく、進学という絶対的な別れのタイミングが存在するとも言えます。

中国オタクの面々はそういったことを経験しているので、「あの花」のストーリーについてもかなり強く感じてしまう所があったりするのかもしれませんね。


とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。


中国オタク用語的「キャラのあだ名」

中国オタクは受験で一度死ぬ