ありがたいことに手頃なネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

中国では以前から
「昔の中国の制服にエヴァの第三新東京市立第壱中学校の制服っぽいのがある」
というのがちょくちょく話題になっていたそうですが、
それに関して1957年制作?の「児童晩会」という子供向けの映像作品でよりハッキリと見てとれるというのを教えていただきました。
50年代02

動画についてはコチラなどをご参照ください。古い作品なだけあって中国の動画には標準装備の中国語字幕が無いのはちょっと新鮮ですね。

中国の少年先鋒隊のシンボルである「紅領巾」(赤いネッカチーフ)を巻いていますし、学校の制服か、それとも当時の少先隊の正装とかなんでしょうか。制服をベースにした舞台衣装というのも考えられますかね。
1957年は中国だと第一次五カ年計画の最後の年のはずですし、この動画が制作された当時の中国の学校の状況、子供の格好というのもイロイロ気になります。

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていたこの辺に関するやり取りを例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


なんと、エヴァの学校制服みたいなのが我が国には1957年に既にあった!
「児童晩会」の動画を見ろ!

エヴァは共産党の影響を受けていた……?

よくあるデザインと言ってしまえばそれまでだけど、色まで似ているのは面白いな。

エヴァの制服っぽいとも言えるこのデザインの服って、国内でも流行っていた時期もあったような?流行っていた理由までは知らないけど。

我が国は50年代の頃は学校制服において世界の最先端だったのではないだろうか。

しかしこの制服ってどこの流れの衣装なんだ?やはり旧ソ連か?

たぶんそうじゃないかな。
確かこれってソ連式の制服を元にした服装だったとどっかで聞いた覚えがある。

今のうちの国の制服より実用的に見えるのがまた。

この修正主義者どもめ!

我が国にも綾波レイのような学生が普通にいた時代があるというのか……?
今では全く想像できない。

時代を考えろ。綾波レイっぽいのとか当時の日本ですらいないわ。

1957年ってことは、時期的にテレビ放送では無くスクリーンで上映する形の映像作品だろうか。
当時の模範的な子供像の一つではあるし、この制服っぽい衣装も当時のスタンダートの一つだったのだろうか。

こういう制服を着ている子供はそんなにいなかったんじゃないか?
当時は貧しかったしこんな服装をできたのはある程度上の方の人間だけだろう。

50年代は貧富の差が無いし経済建設も進んでいる。
全人民への教育や医療も無償だったんだぞ。

当時は教育全部無料だぞ。農村でさえ教育に関しては現在よりもマシだ。
50年代の農村の教育の発展と成果を知らんのか?

当時の記録は……まぁね……当時の発展自体は否定しないが。
あと学校のコストって表面上の無料以外にもイロイロあるし、普段の状況に関しては調べられる範囲の資料でもハッキリしないからな……

この制服についてネタで語るつもりでいたら、ガチな空気になってきて困惑中。

最近この辺りの時代を懐かしむ人多いというか良い時代みたいに言う人多いよね。

あんまり本気で語らんでくれ。
めんどくさいことになるのはイヤだろ。
これはネタだよネタ。

気をつけろ!水道メーターの検査が来るぞ!
(訳注:中国ではネットでヤバイことをやらかした人の所には、「水道メーターの検査」を名乗って怖い人が来るというネタがあります)

色はともかく、デザイン的には似たようなのを見たことがある。
昔近所の学生がこういうのを着ていた。

こういう制服で学校に通っていた。
私が小さい頃だから……90年代かな。

言われてみれば90年代の初め頃はこんな感じの制服の学生がいたな。

でもそれって50年代から続いているものじゃないだろ。
大体はジャージがまずあってそこから正装としてシャツとズボン、スカートになったような気がする。

私は50年代がこの制服だとしたら、なぜこの制服からジャージ一色になったのかを知りたい。

50年代でこの制服とか、下手したら現在より先進的だよな。

そもそもこれって制服なのか……?
当時のウチの国の学校ってどうなってたんだ?
時期的に建国から10年経ってない時期だろ。

これ制服というよりも礼服か舞台衣装な気もするよね。

少先隊の礼服は昔から男子ズボンで女子がスカートだったし、この動画の制服?もその一つだったんじゃないだろうか。

当時は百花斉放の頃か。
でも文化や生活面の情報はよく分からんからなー

上の方でも出ているけど旧ソ連からの流れじゃないかな。
ウチの国の東北地方は、80年代〜90年代初めの頃にはまだこういう制服の学校があった。

ウチの国の学校では以前から礼服的な扱いとしては設定されているけど、普段はジャージ一色になっている。これもそんな感じの扱いだったのでは。

50年代のウチの国の制服に吊りスカート系のデザインがあったのは確かだよ。当時の指導者や外国人の賓客と一緒にいる中国の子供の写真とかにも出ている。
その後はまぁイロイロあってズボンで統一される流れになって、ゴタゴタが収まった80年代辺りからまたこういった吊りスカートが増えて来たりしたはず。ただ普段はみんなジャージ。楽で便利だからジャージ。

ウチの国の制服の変化を不思議に思うなら別の見方をしてみるんだ。
簡単に言えば、ウチの国は制服も政治と切り離せないってことだよ。



とまぁ、こんな感じで。
中国の「昔の学校の制服」に関しては認識も記憶も個人個人でかなり異なっているような所もある模様です。

ちなみに過去の記事
中國学校制服変遷イラストと中国オタクの反応
でも紹介させていただいた
「“中國”校服变迁史」


それにしてもこの衣装が当時どのような扱いで、どの程度一般的だったのかは分かりませんが、映像作品になっているので少なくとも「当時の理想の子供像」「理想的な少年先鋒隊」の服装だったのではないか……と思ってしまいますね。

社会主義系の国のアレコレをご存知の方は想像し易いかと思いますが、中国に限らず自分達にとって理想的なもの、対外的に「見せたい」ものを演出する傾向が非常にハッキリとしていますから。


とりあえず、こんな所で。
今回の件については私も良く分からないので、いつも以上にツッコミ&情報提供お待ちしております。