ありがたいことにネタのタレコミと質問をいただきましたので今回はそれについてを。

中国オタク界隈でも新作を追っかけながら、新たな展開についてああだこうだというやり取りが活発に行われていますが、日本以上に荒れやすいというか炎上する話題として
「キャラの死亡」
というものがあり、またそこから更に
「死亡するシチュエーションに関する議論」
的なモノが行われていたりするそうです。

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていた
「唐突に雑魚に殺されるメインキャラという展開」
などに関するやり取りを例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。
(ネタバレ的なモノが混じっておりますので一応お気をつけください)



張飛みたいに殺されるメインキャラが出る展開ってどう思う?私はスゴイ萎えるんだけど……

ちょっと分からん、アニメで言えば誰だ?

「銀英伝」のヤン・ウェンリーだとか最近有名なのだと「鉄血のオルフェンズ」のオルガとかかな。

ああ、ぽっと出のキャラやモブキャラっぽいのとか説得力無いキャラに唐突に殺される重要キャラってことか。

そうそう、そんな感じだ。
私も最近「銀英伝」見ていて思い付いたんだけど、唐突に雑魚に殺されるメインキャラってどう思う?最近うまく描写できたケースってどんなのがあるのかな?

そういうのってネタになるとか炎上するとかが多いよね。
ただでさえ重要キャラが死亡退場するのは荒れるし、それが唐突な雑魚によるものだと納得いかない人も多くなるんじゃないかな。

残酷さや無情さを描写したいのかもしれないが、誰も得をしない、評価しないことに……

2時間程度の映画ならいいけど、十数時間や数か月にわたって見ているアニメ、数十時間遊んでいるゲームだとキツイね。

私もそれが評価できるアニメが思い付かない。
これって作り手が受け手の体験を考慮できないケースなんじゃないかと思う。

殺すのは構わんが、殺し方だ。
唐突さが過ぎるとギャグになる。

そういった殺し方で、どうやれば悲壮な印象を与えることができるのだろうか?
自分の場合は納得いかない不満が先に来てしまう。

オルガとかどういう意図でどういう狙いだったのか、今となってはもう分からなくなっている。
あのポーズだけで笑えるくらいだ。

むしろ、スタッフがあんなにネタになるシーンをどうやって思い付いたのか知りたいもんだね!大事な仲間が死んで泣けるシーンをネタと喜劇にできるとは!

まぁ死亡を滑稽に描写するという演出自体はイロイロとあると思うよ。
そういえばオルガとはまた違う話になるが、イオクに関してももう少し上手い殺し方があったんじゃないかな……

クリエイターがリアルさがどうこうと言いだすパターンか。現実ではこうだとかね。

ウチの国の現実も……抗日から朝鮮と活躍した様々な名将達が平和になったらその辺の小物というかモブキャラに殺されるという展開になってるんだぜ!

それは一応環境の変化による悲劇枠だから!

どうも!水道メーターの調査に来ました!
(訳注::中国ではネットでヤバイことをやらかした人の所には、「水道メーターの検査」を名乗って怖い人が来るというネタがあります)

現実の戦争では流れ弾とか、歳取ったり怪我で衰えてとか、兵器や戦術の変化とか多勢に無勢でとかは普通にあるからね。
近現代の戦争でもエースパイロットの死に方なんかを見ると……

歴史上の有名な人物は小人に殺されていることが少なくない。

でも歴史的に正しくても、その結果ストーリーが面白くなるケースって少なくないか?
三国志にしても義兄弟が誓いとか関係無くあっさり死ぬ所でみんなテンション落ちたろ。

結局は殺し方、演出の積み重ねじゃないかな。

殺し方か……ならば、冨野のやる全滅エンドとどちらが良いのだろうか?
ガンダムも小説版だとアムロがあっさり死ぬし。

そういえば小説版だとアムロは雑魚にやられて死亡だったっけ。オルガの死の源流はそんな所にも?

小説版は設定も状況の流れも違うからオルガと単純に比較できんよ。
小説版のアムロはシャリア・ブル(小説版では最強クラスのNTパイロット扱い)とNT能力での交流したり混乱したりしてシャリア・ブルを殺してしまい、その意図を理解して混乱した結果の撃墜死亡だし、ソーラ・レイ発射が迫る戦場での混乱の中というのも描写されている。

あと小説版だとアムロが死んだあとNT能力が発動して戦場に彼の意志が届いて状況が動くからね。結果的に生存したホワイトベースクルーとシャアが和解したりカイ・シデンがNTに覚醒したりで打倒ギレン(あとついでにキシリアも)になる。

群像劇でやる分にはいいかもしれないけど、近年のキャラ重視作品で「唐突に殺される」というのを上手くやるのは難しいんじゃないだろうか。
ガンダムでも初代と鉄血ではキャラの重さや命の危険の見せ方がかなり異なる。

ふと思いついたが、この展開をやるのは作り手がキャラよりもストーリーを重視しようとした結果なのでは。
映画とかでは納得できるのもあるし、短編やバッドエンド前提の作品でもそんなに問題無いと感じる。キャラが立ち過ぎる、キャラの人気が出過ぎることによる弊害とか?

理解できる。
ヘンな話だが、確かに思い入れのあるキャラには良い死に方、意味のある死に方して欲しいと思うね。

オルガだって演出も画もアレだけど、ストーリーの流れだけを見れば別におかしくない。裏社会を上り詰めた悪党がヒットマンの凶弾に倒れるなんてのはよくある話だ。あと全滅エンドも流れだけ見れば自然。

作品を見ている時間が積み重なると、こっちにも思い入れが生まれるし雑魚に殺されるイメージも沸かなくなる。
モブ的なキャラや小物に唐突に殺されるというのは、それを裏切るの表現方法の一つだろうけど、良い方向に活用できているアニメや漫画って最近無いなあ……

創作において俺達はヒーローのストーリーに慣れているから、キャラの死に方についてもヒーロー的な死に方を求めているのではないだろうか。

つまり現実を受け入れられないと!

創作の中で一部だけ急に「現実的だから」となるから醒めるのよ。急に鬱路線にしたりとか、それまでご都合主義や主人公補正で通していたのに急に通じなくなるとか。

数多くのストーリーが小物的な存在が、大物を倒す所から始まる。強大な存在を倒すのが成長や活躍の切っ掛けだぞ。

それならまだ納得いくけど、大体つまらないキャラが殺すよね。
意味の無い死に方にしたいんだろうけど。

ぽっと出のよく分からない男キャラとくっ付くメインヒロインというのも似たようなもんかもな。

これは結構作り手の力量が出てくる部分だと思うよ。
安易な選択でやるのか、説得力や衝撃を持たせるために周到にやるのかなどでね。

あとクリエイターの能力の変化もね。
例えばヤン・ウェンリーは上手くやったけど、アルスラーンの方は……

自分の場合張飛は納得いかなかったが、関羽は死亡フラグ立てまくってたから何となく納得できる。

自分は関羽も唐突に感じたなあ……

逆にあまり積み重ねの無い段階でメイン的に見るキャラを殺すなら良い意味で衝撃を与えることができるのでは。
「機動戦艦ナデシコ」の山田とか。

ダイゴウジ・ガイか。
彼は上手で有効な殺し方だったよね。実は残酷な世界観を見せつけることにも成功している。

序盤に死んだキャラは後でどんどん設定が積み重なったりと有能になっちゃうケースもあるな。
それはそれで問題多そうだけど、そっちへの不満はそれほど強くはならないよね。妄想のネタにもなるし、結果的にプラスになることも多そうだ。やはり終盤の唐突な死、それもモブ的な存在に殺されるというのは印象が悪くなる。

序盤の場合はその後のストーリーや回想で「持ち上げる」こともあるけど、終盤で雑魚に殺されるのは「価値を下げる」ことにつながる上に良くなる余地も無いことが多いから、最後に微妙な印象だけが残るのでは。



とまぁ、こんな感じで。
手法としては理解できるものの、実際に自分の見ている作品でとなるとあまり歓迎されるものではないと思われているようです。

中国オタク界隈では自分の感情移入しているキャラクターに問題が起こるのを嫌がる傾向がかなり強く、キャラの死亡退場などはその最もたるものであることから「ダメージ緩和のためのネタバレ取得」的な動きもかなりあるという話です。

またそういった背景があることからキャラクターの死や死に方的なものが恰好の話題や考察のネタになったりもするのだとか。


とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。