ありがたいことにネタのタレコミをいただいておりますので今回はそれに付いてを。

中国オタク界隈では日本の作品の定番設定やストーリー展開などに関する考察が行われています。
またそういったものを考える際には当然ながら中国の知識や経験がベースになることから、中国の感覚によって構築された日本とは少々異なる受け止め方や認識になることもあるのだとか。

中国のソッチ系のサイトではそういった方向も含めてのやり取りとして
「主人公が才能に頼らないスポーツものはあるのか」
といったことなどに関するやり取りが行われていましたので、以下に例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


主人公に才能が無いスポーツ作品ってあるの?
俺の知る限り、スポーツ系の作品の主人公や主要人物って多かれ少なかれ才能があって、完全に努力「だけ」とかのキャラはいないように思うんだけど。

才能のある人間を打ち破る説得力という問題もあるね。
才能が無いと結果に説得力が出ないし、努力するだけでは爽快感のある話にできない。

説得力というならば才能も重要だけど努力も重要だよ。
才能を努力しない口実にするような作品はダメだ。今は努力して能力が伸びることも才能扱いにするのもいる……

努力って手段なんかの方で、言わば作戦とか策略だろ。才能とは違うと思うんだが。

「はねバド!」の主人公は天才と周りに言われて入るけど、実際は努力ベースの天才になろうとするキャラだな。
ただ天才ではないかもしれないが、才能が無いキャラというわけでは無いよなあ

才能の無い主人公か……「はじめの一歩」とかはどう?

一歩は同階級では飛び抜けたパンチ力という才能がある。他の能力は低いが持っている才能自体は突出している。一歩のように、天才ではないけどその競技に有用な特殊な能力を持っているキャラはここで語る対象ではないと思う。

スポーツ系日常モノならどうだろう。「てーきゅう」とか。

どこまでを「才能が無い」とするかだろうな。
その作品の主要な部分で役に立たない妙な特技や特徴まで拾って才能のあるキャラにするのはどうかと思うし。

のび太を昼寝やあやとりや射撃の才能で「才能のあるキャラ」と扱うようなもんか。

スポーツというのがそもそも才能前提のものだろ?
才能無いのにスポーツやるやつなんていないし、そんな作品が出るわけがない。

「ウマ娘」は良い努力をするスポーツ作品だったが、考えてみたらあれも才能無しってわけじゃないか。

元ネタの競馬のサラブレッドなんて、それこそ血統と才能が最初に来る世界だからなあ……
そう考えるとあの「ウマ娘」は良い世界観とストーリーを作ったもんだね。

自分の中ではなぜかスポーツ系の作品って才能以上に超能力なイメージがあったりする。

テンプレを使うから才能のある主人公になるんだよ。
自分の知っている中で才能の無い主人公の出るスポーツ作品って「スラムダンク」くらいしかない。

いや、スラムダンクの桜木花道でさえも、身長が高いから才能があるみたいな話になってるみたいだぞ。

そうそう。
自分も桜木花道をネタじゃなく天才だと言っている人にわりと出会う。体格に加えてバスケを0から始めて短期間にあそこまで上達するのだから才能はあるだろうと。

現実だってまず才能の有無を見るんだから、才能のあるキャラを主人公にしても別に構わないと思う。
スポーツのトップレベルってのが才能のある人間がモノスゴイ努力をした結果だからね。

逆に才能だけで勝つ天才キャラって近頃は見なくなったような?

そっちの方が現代では読者の需要が無くなったんじゃないか?
見る側が説得力を感じなくなったり、ストーリー的に好まれなくなったりといった理由が考えられるがどうだろう。
もちろん最強では無く序盤に出すとかなら特に問題無いとは思うし、説得力を持たせる描写があれば今でもいけるとは思うけど。

理解できる。努力しない天才で最強キャラというのに説得力を感じなくなったのかもね。
努力はスポーツ選手がやって当然なものだから努力しないスポーツ選手はいないし、そもそも努力しなければ選手として表にでることはできないから、逆にネタに見えてしまうのかも。

努力は下限を、才能は上限を決めるなんて言葉も聞くし努力と才能のバランスに関する認識が変化してきているのかな。
まぁ現実だと努力してもどうにもならんとか、才能だけでどうにかなるみたいなのも普通にあるから創作の中だけでも努力と才能のロジックを「正しくしてほしい、するべきだ」みたいな考えが出るのも分からなくはないが。

努力すれば清華大北京大に入れるわけではないし、受験を通じて努力の時間効率の違いを実感できる。もっとも、努力できる条件も違えば努力にかけられる時間や金銭コストも違う。
今となっては才能も努力も、単純に受け止めるのは厳しいよ。

「おおきく振りかぶって」はどう?あの作品のキャラは才能も血統も一切無い。三橋の9分割コントロールも練習の結果だし、特別スゴイものというわけではない。

あれも実は才能だぞ。
試合レベルの投球で9分割とか日本のプロ野球でも不可能な能力で、創作だから成立する特殊設定。もちろん「おお振り」はそういう才能を特別と感じさせず、弱者の側だと演出して読者に感情移入させる良い作品だが。

確か野球なら「巨人の星」の主人公が才能の無い努力で戦う主人公だと聞いた覚えがあるけど……

あれは魔球を武器にしている作品だから違うよ!
確かに努力がトンデモな時代の作品だけど、才能に関しては相対的なだけで魔球が無ければプロでは厳しいというだけ。普通の野球に必殺技持ち込んでいる時点で才能無しはありえん。

特殊な才能を一つつけて、他の所を才能無しにするみたいなことはあるよね。

それも突き詰めたら必殺技になる。黒子のバスケだって構造的にはその方向だ。

結局、スポーツ選手になれるという時点で凡人と比べて才能があるということになる。
才能の無いスポーツ選手というのが矛盾した存在だ。

まあそうだな。
スポーツ選手っていうのは才能があって努力した人間のカテゴリだ。

いや、それはウチの国の話だろ?
日本の部活は自由参加で全国大会とか目指す強豪校でもなければ誰でも選手になれる。だから部活日常モノみたいな作品が成立するのよ。

プロの話になると才能前提になるから逆に気にならなくなるかも。あるのは感情移入できるか、説得力があるかくらいで。

言われてみれば思い付かないな。
スポーツ系作品って基本的には友情と努力、あと近頃は腐った人向けサービスがメインになるから才能無しでも作品として成立はすると思うんだけど。

無いわけじゃない。だが人気作品にはなれないからアニメになるレベルのは滅多に無い。この何年かだと「ベイビーステップ」くらいじゃないかなあ……

「ベイビーステップ」の主人公はテニスの基礎能力が低くて運動面における飛び抜けた武器が無いだけで、才能無いとはちょっと違う気がする。
あと頭脳の才能というテニス選手の分かり易い才能とは違う分野での才能を備えている。

才能の有無はともかく「ベイビーステップ」は飛び抜けた才能ではないけど、飛び抜けた才能の相手と勝負できるだけの才能と努力があるのが良い。
あの作品で残念なのは打ち切りになったことだけ。

才能無しだと話が成立しない。
重要なのは才能が無いと見せるのではなく「天才では無い」或いは「普通の人物の延長線上」と見せることじゃないだろうか。
あと才能の方向性というのも重要だと思う。素人が見て分かり易い才能(必殺技は当然として、他にもパワーやスピードなど)では無い場合、天才では無いような印象をアピールできる。

「イナズマイレブン」みたいに最初から必殺技前提の世界観だと、逆に「必殺技がダメだから才能が無い」というのに説得力が出る!

勝負に勝つ、入賞するとかが無いと一般ウケするドラマが作れないし、話のロジックとして勝てたり評価されたりというのは何かしら相対的に優れた部分が必要だから、才能皆無というのは逆に難しい。
完全に運だけと言うネタも可能だろうけど、そうなると才能無し系スポーツとは別ジャンルの作品になる。

何も特徴やストロングポイントが無いならそのスポーツに向いていないってことになるし、そんなキャラを創ってわざわざ作品に出す意味は無いだろ。
作品の登場人物は作品のテーマに合わせて創造される。スポーツ系の作品の場合、何かしらスポーツと相性の良い特徴を持たされるんだから何も才能が無いというのは逆にありえない。

いや、そういう作品が無いわけじゃないよ。例を挙げさせてもらうと、「黒子のバスケ」と同時期に少年ジャンプで連載が始まって打ち切られたバスケをテーマにした「フープメン」っていう作品がある。
この作品はまさに主人公に特別な才能が無い。背の高さもバスケスキルも成長力も無くてあるのはちょっと高めの英語能力だけで、通訳としてバスケ部に勧誘されるというのが話のきっかけ。努力でそこそこ上手になるけど試合の中心にはなれないし、ヒロイン的な存在とくっ付くこともない。
「黒子」と比較して考えると才能や超能力、必殺技が作品の生存に関して重要だと教えてくれる。

別に才能のあるキャラとか超能力だけなキャラが嫌なわけじゃない。努力もしているなら良いんだ。
現実のスポーツ選手も皆才能が有ってさらに努力しているんだから。

最初の方に「才能無いのにスポーツやるやつなんていない」ってレスがあるけど、スポーツを楽しむとか趣味にするような作品であれば才能が無くてもいけると思う。

確かに。
競技の傾向次第な所もあるし、スポーツに関して基本的に勝負や選抜がからむウチの国の感覚では出てこないかもしれないが、日本の部活動の考えなら出てくるのんじゃないかね。
バスケやサッカーや野球ではちょっと出てこないんだが、例えば今やってる「ぐらんぶる」なんかも広義ではスポーツ系の作品になるだろう。

ああ、そうか。その競技を趣味的に紹介するタイプならいけるか。
先導するベテラン、スキル持ちが必要にはなるけど、主人公に才能がどうこうは必要なくなるか。

スポーツ系作品な構造、大会に参加するという展開でもいいならガンダムのビルドシリーズが才能に頼らない部分が結構あるぞ。

競技性の高いスポーツではない、或いはスポーツをする集団が舞台であっても競技で勝利することが目的ではない作品を探せばイロイロと出てきそうだな。
そう言えばここまで出ていないが「稲中卓球部」もそんな感じだ。



とまぁ、こんな感じで。
お約束の考察に加えて、中国オタク界隈に入っている作品の傾向や、中国における「スポーツをする」ことについての認識のようなものも出ていました。

最近は中国の学校もイロイロと変わっているようですが、それでもスポーツに関しては自由参加ではなく、選抜された生徒によるものという扱いだそうですし、自由時間に遊びでサッカーやバスケ、卓球をすることはあってもきちんとした試合をすることはなかなか無いままだとかなんとか。

この辺の扱いというか感覚については私が昔中国の現地校に通っていた時とあまり変わっていないのでしょうかね。
ちなみに中国の学校では運動会も日本のような全員参加ではなく選抜された代表選手と応援側に分かれますし、普通の生徒が応援以外にやれるのは全体参加は行進くらいだという話も聞きます。
(ただ最近は学校によってはそこにクラスごとの特色を出すのは許されるので、コスプレ大会になったりするなんてこともあるそうで)

こういった背景があるので、日本のスポーツ系の作品に出てくるキャラにしても、才能がまず備わっているべきという考えになったりするのでしょうかね。また才能を基礎条件にしていても、そこから更に努力をするのが当然という認識が結構強いようなのも興味深い所ですね。


とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。


以下、質問をいただいている管理人のFGOガチャネタなので興味の無い方は読み飛ばしてください。

FGOの3周年で大量に石が配られたので私もスカサハ=スカディに突っ込んでみましたが、収穫無しのまま半分くらい溶かした所で金キャスターからすり抜けのアナスタシアが出たので、冷静になって撤収ということに……
近頃はピックアップがなかなか仕事をしてくれませんが、欲しかった未所持キャラが出たので今回はそこそこという感じでしょうか。
それと福袋の方はEXをひいて葛飾北斎でした。