ありがたいことにネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

現在の中国では毎シーズン様々な新作アニメが配信されるようになっているのもあってか、完結した作品をゆっくり語ったり、作品の総評を語るようなことが少なくなってきているそうです。

また最近の中国オタク界隈における情報の蓄積や増加、交流ツールの発展などから、オタク的な作品の論評に関しても一昔前とはかなり異なる空気になっているのだとか。

中国のソッチ系のサイトでは
「近頃は終わった作品について語られない」「作品の評論が難しくなっている」
などと言ったことに関するやり取りが行われていましたので、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


近頃は作品が終わるとすぐに話題が止まる。
終わった後の余韻にひたりながらのやり取りとか感想のupとかが随分と減ったし、作品の総評的なものも見かけなくなったように感じる。なんでだろう。

作品が終わると人気も一気に萎むし、それに加えて評論は手間がかかるわりに、評価され難いからね。現在の環境でその場その場で騒ぐのとは違ってくる。

最終回のスレとかは伸びるんだけど、見終わった直後の叫びとかが主で作品を振り返ってどうのこうのという感じではないかな。

そのシーズンのアニメが終わると同時に、次のシーズンのアニメが始まっている。
今の視聴者は終わった作品について語るよりも新作のオススメについてを知りたい。ネットでPVやレスを稼げるのもそっちの内容だ。

昔もシーズンの境目は終わった作品の話題と新作の話題どっちに注目すればみたいな所はあったが、最近はもう迅速に新番の話題に移ってしまうよね。

ウチの国では作品に触れるルートが基本的にアニメしかないという事情もあるからなー
日本だとイベントやマンガ、グッズの展開、それから原作もあるからアニメ終了後も作品の話題や活動が新作と並行して続けられるらしいけど、こっちは手頃に見れるのはアニメだけ。
そりゃ頑張れば追っかけられるけど手間が日本とは違うよ。大多数の視聴者はライトな層なんだから無理。

そして最近は新作アニメが大量に来るから、いよいよ終わった作品を振り返って話題にする人はいなくなっちゃう気がする。
みんな「忙しくなっている」のだろうね。

完結した作品を評論するのって、その人のレベルが分かっちゃうから難しい所もあるんだろう。
それにありきたりな内容だとすぐに埋もれるし、かと言ってどっかのコピペじゃすぐにばれるからやる人がいないか、目立たないかというのもあるのでは。

以前自分がハマった作品が終わって、他の人の作品の評論はないかと探してみたら、しっかりしたのはなかなか見つからなかったんだよな。更にその作品はすぐに「ちょっと前の作品」扱いになってしまった。

評論はテキストにしろ動画にしろ叩かれ易いからやり難い。

それもあるな。
わざわざ評論系のを見に来る人って、自分のスタンス、推しのキャラが決まっているのが多いから反発も強くなる。

評論をやる人が疲れてしまうというのもあるはず。
注目が集まらないマイナーだったりつまらなかったりする作品の評論をずっとやり続けるのはキツイし、一定以上の佳作を取り上げるとそれはそれで頑張らないと埋もれるしな。

その手の評論を見かけなくなった理由として思い付くのは、今の環境ではやってもそんなに面白くないからやる気にならないとか、そういうことをやる時間が無いとかだな。
あとは人気にはなるけど言葉にするのが難しい作品も増えてきたというのもあるか?

前期だと「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」がそんな感じだったかも。ごく一部にヤバイくらいハマるのが出て作品のスレだけ空気と勢いが明らかに違った。
作品の薦め方についても電波が合えば最高だから評論とか気にするよりもまずは見て見ろといった感じだったような。

評論系はゴタゴタする論争になりやすいからやり難いのよ。
そこに新作の話題が流れ込むから容易な方に流れる!

近頃は有名なup主がつまらないアニメを批判したらそれだけで炎上するくらいだからね……

今はどんなクズな作品にもめんどくさいファンが付いている。
そんなヤツラにぶつかるリスクを考えたらやってられないよ。

見る側の問題もあるけど、反発が出るのは評論や作品関連の雑談に説得力が無い、底の浅さが見えてしまっているという可能性も考えられるぞ。
新番組を追っかけながら評論や考察をやっていたりするわけで、そうなると一つの作品を掘り下げるのは厳しくなるし、ツッコミ所が発生してしまうこともあり得る。

良い悪いの判断、批判ネタに説得力を感じられるかという問題も?
人が多くなったうえに好みも多様化しているから、意見が衝突し易いネタは扱いが難しくなっているが、評論系はまさにそれ。

総評をする場合、オタクとしての考察力や知識を問われるからなあ……

語る環境も変わってるからな。
今考えて見ると、昔はかなり独断と偏見を押し通せたけど、そういうのは今では難しい。それ自体は良いことかもしれないが、極端な意見や解釈が出ないのもちょっと寂しい。

注目を集めるのがテキストじゃなくて動画になって来たし、動画で終わった作品について語るのは時間や準備など諸々の制作コストのわりには人気が出ない、要求される水準が高い上にリスクも高いというハイリスクローリターンだからね。

作品評論は今そんなに盛り上がるネタじゃないし、新番追っかけなきゃいけないから疲れているんだよ!

作品が始まったばかりの時は面白いと騒ぐだけでいいし、盛り上がりに失敗したら作品のせい、成功したら自分の目の付け所が良かったと誇れるが、後からだと難しくなるからな。

評論系のネタは需要やそれに伴う称賛がもらえないからねえ……新作アニメの覇権作品をいち早く吹き散らかす方が評価されるし注目されるから。

過去作や既に終わった作品の場合、周囲の熱も共感も一気に冷めるからね。現実で直接話すならともかく、ネットのテキストや動画での発信となると評価の基準が厳しくなるのは避けられない。

昔に比べて作品及びそれに関連する話題の消費期限が随分と短くなってるのは確かだね。
一つの作品についてずっと語り続けられることは無い。そういうのは基本的に昔の名作か、何かと比較したり例えたりできるような強烈な人気作品くらいだ。

今の時代というか、現在のアニメの売り方や流行の方向性では、ずっと語られるような終わり方になる作品で大人気の作品がなかなか無いってのもあるんじゃないかね。
今年の話題作の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」も「ダーリン・イン・ザ・フランキス」も初動は盛り上がったけど後の方は正直そんなに……

短評的なものはまだ結構多くの人がやっているし、一話ごとの感想みたいなのもわりと見かけるけど、長文で作品全体について語るのは、私もあまり見なくなったように感じる。

近頃のネタバレが好まれない空気も影響していると思うんだがどうだろう?
完結した作品を熱く語る場合はどうしてもネタバレ込みになるし、それをやるだけでまずネガティブな反応が出る。

確かに。
オススメの作品を紹介するとかが目的だとネタバレは扱いが難しいな。

人気作品を批評したら炎上し易いし、マイナーな作品はPV稼ぎにくいし、誰もが認めるクソアニメを叩いてもなぜか批判が来る。
そりゃやろうと思う人いなくなるよ。

それについては見方を変えると、どんな作品でも楽しむことができるようになったとも言えるような気もしてきた。
昔は含蓄のあると認められた作品以外はゴミ扱い、そういう作品を楽しみ評価するのはダメみたいな空気が濃かった。そういう意味では作品の許容範囲は広がっているのかもしれん。

見る側も容易に発言できるようになったのと作品に関する情報が簡単に見つかるようになったので、言いっ放しができなくなったというのも大きいのかね。
作品を叩いて笑いをとる、人気を稼ぐというやり方についても、スキルや知識が必要になってきた。

批判が目的というか、批判してネタにしようというスタンスは今の時代炎上し易いのだろうね。どんな作品にも詳しいとかしっかり見ているのがいて、反論をぶつけてくるから。

一応マイナーなのはまだ昔のように評価考察が飛び交ていると思う。
例えば特撮関係の空気は昔のフォーラムのノリに近いような気がするわ。

私は評論する上でのハードルが上がったのが大きいように思う。
アニメだけ見て批判しても、原作ではこう描写されているみたいな反論が入ると評論した方がダメみたいな扱いになり易いし。
そしてその批判にきちんと反論したり耐えたりするのはめんどくさい。やってやれないことはないかもしれないが、そこまで無理をしてやることなのかといった話になるような。

こういうのも環境の整備、情報が増えたことによる難しさ、それに伴う変化なのかね。
昔、まだ私がオタクになりたての頃はたくさん知っていてたくさん語れるのがオタクとして評価されていたように思うが、今ではネットで調べればすぐに出てくることにそこまで価値は無くなっている気がするよ。

作品について語るにしても、批判するだけではダメ、説得力や面白いことを出さないといけないみたいなことになってきているかもしれない。

実況系が良くも悪くも強いのもそこだよね。up主による面白いコンテンツになっている。

批判も面白くないといけないからね
ざっと見ただけで難癖付けてツッコミ入れる、叩くみたいなのだと炎上したり逆にツッコミを受けることになる。そしてそこから原作党の過激なのが来て原作ではこう表現されていて〜みたいになる。
よく見ないで批判もあれだが、アニメで描写されている以外のを持ち出されても……と思ったり。

かと言って、ちょっとネタにするために、軽く叩くために原作も含めてきっちり把握するというのは現在の流行り廃り、話題の流れの速さ的にあまり現実的ではないだろうからね。

あと「そんなの分かって楽しんでいるんだから今更野暮なこと言うな」みたいな反論も来るよね。某スマホで異世界に行くアレもそんなの分かってて楽しんでいるんだからみたいなファンがいて需要もあるようだし。

ダメなアニメだけど俺は好きだ、みたいなスタンスで作品を語るのが増えてるのはそういうのも影響してそうだなあ……



とまぁ、こんな感じで。
最近の中国オタク界隈における完結した作品を取り巻く環境や、作品を語る際の諸々の変化などについても出ていました。

私も最近の中国オタク界隈のやり取りを見ていて一昔前とは作品に関する評論の方向性が段々と変化しているようには感じますね。

また上のやり取りにもありますが、昔と今では「中国でオタクとして評価されるポイント」がかなり変わったということについては以前中国オタクの人から「オタクの評価基準の変化」的な話を聞いたこともあります。
「昔は知っている人がオタクとして偉かったが、今はそれに加えて面白くないといけない」
とのことで。

そう言えば私が中国に留学していた十数年前は、持っている知識や情報の量が中国オタク界隈におけるオタクとしての凄さの基準になっていた印象がありますね。
ちなみにその知識や情報はオタク関連のものに加えて、日本文化の知識、更には日本語能力の高さで日本のオタク系コンテンツに直接アクセスできることによる情報というのもありました。当時は中国語化された作品やオタク関係の情報の蓄積も少なく、知識や情報の個人差がかなりあったのですよね。

そしてその後、中国本土への日本のオタク系コンテンツの正規展開が増え、中国語で蓄積されるオタク関係の情報も増加していくにつれ、日本語で直接アクセスできることの強みも消え、知識や情報の個人差が減少していったようです。
そしてその流れの中で「中国でオタクとして評価されるポイント」も変わっていき、イロイロなことを知っているというのから、面白いことを発信できる、作れる、仕掛けられるといった人が評価されるようになっていったとかなんとか。
こういった方面でも、中国オタク界隈の変化がイロイロと出て来るもんですね。


とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。