ありがたいことにネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

中国ではネット小説が国産コンテンツにおいては重要な地位を占めていますし、商業的な面では日本よりも随分と早く発展していたことから、テンプレ要素のイメージもイロイロとあるそうです。

そんな中で、最近は日本のネット小説出身のアニメやマンガが中国にもたくさん入ってきていることから、中国オタク界隈では日本のネット小説出身の作品のテンプレ的な展開や設定と、中国のネット小説のテンプレ的な展開や設定との違いを意識することも多くなってきているのだとか。

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていた
「ネット小説のテンプレ展開、テンプレ設定に関する日中の違い」
などに関するやり取りを、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


日本のネット小説系作品のテンプレってウチの国のテンプレとは違う所も少なくないと思う。異世界トリップ系作品を見ていてもなんか引っかかる所とかあるだろ?
そういう中国と日本のテンプレの違いに関する皆のイメージを教えてくれないか?大雑把な所で構わないから。
ネット小説って探せばテンプレと違う例はいくらでも出てくるから、逆に我々の中に形成されている定番イメージの方が気になってな。

日本のネット小説独特の部分に感じるものと言えば、数字データだね。
トリップした先の世界でどれだけスゴイキャラなのかを数字で表現する。

あるある。しかしその数字がきちんとストーリー内で細かく反映されることは少ない!
それどころか話の都合によっては防御力がどれだけ高い数字になっていても普通カテゴリな攻撃で殺されかけたりする。

同意。数字、スキルは特徴の一つだと思う
こっちでは珍しい気がするが、やはりあれはJRPGの影響なのかな。

JRPGもあるだろうけど、ネトゲの影響もありそう。

ゲーム世界へのトリップもなんか違うからな……

こっちだと数字はそんなに無いよね。レベル的な設定はあるが。
そしてレベル差についてもそんなに大きな数字で表現するものではなく、レベルがちょっと違えば生命としての格が違うみたいになるし、低レベルは低次元の存在となって主人公にダメージを与えられなくなる。

レベルを上げて敵をボコるのは主人公の特権だが、なんかウチの国のと日本では扱いが違うんだよね……
日本の作品のレベルの扱いについて、こっちの感覚で見ていると納得できないものを感じることもある。

一応こっちでも数字で表す作品は無いわけじゃないが、日本ほど活発じゃない。それと日本の場合は数字以外の特殊効果、特殊ステータスやスキルみたいなのを強調する傾向があるように思う。
レベル差で圧倒するのもあるけど、レベル差が個人所有の特殊能力ひっくり返される的なのも少なくない。

数字は別として、レベル上げについてはウチの国の作品の方が熱心な気がする。
ネット小説の中心となっているのは、どのようにレベルを上げて強くなるのかという内容だ。それこそネトゲみたいにね。
そしてストーリーもそのために構築される。能力の強さとか地位の高さといったもので対比して強くなったのを読者に見せる。

日本のアニメやマンガは血統で強さが決まるなんてネタがあるが、こっちのネット小説はチートなレベル上げ方法を持っているかどうかで勝負が決まるみたいなネタにできるような……

ウチの国の小説はレベルアップチート、日本のは能力チートな印象だな。
だから日本の作品はチート能力でどう俺TUEEEEEするか、快感を得るかみたいな側面が強いように思う。
もちろんチート能力を更に強化する、レベルアップの描写もあるだろうけど。

能力チートと言えば、日本は最強系能力が氾濫していてありがたみが無い。
時空系の能力や因果操作系の能力が簡単に出てくるし扱いが軽い!ちょっとレアな能力くらいになってないか?

こっちだと時間や空間系の能力ってスゴイもの扱いだし、その能力を獲得するのって主人公の成長の到達点で、それを獲得したらほぼ無敵みたいな感じなんだがな。

時空や因果系って日本の作品だと扱いが軽いんだよね……それに伴って描写も軽くなる。
あと設定がきっちり構築されていない、作者もよく分からないものを勢いで使うからツッコミ所の発生や爽快感の消滅も……

だってあっちはテンプレ能力のアイテムボックスからして時空系カテゴリに入れちゃうから……

ウチの国のネット小説のレベルアップや強化の手法や過程重視って、文字数稼げるからというのも理由じゃないの。こっちは文字数課金だから、テンプレとしてかなり有効な手法。
日本もランキングに載るには文字数必要だろうけど、それと同時にテンプレ異世界転生で神様からチートもらって即活躍みたいに、活躍シーンまでのスキップがテンプレとして導入されているから扱いが違うんじゃないかな。

日本の作品は世界観の設定とかがわりと後回しになる印象もある。
これはアニメやマンガなどのメディアの経験によるものか?

ウチの国のネット小説だと、非日常系作品の主人公って超常的な力、普通の人間を超えた存在になれる力を求めることに執着するけど、こういった超常的、人間を超えた存在になる力がある世界観って日本のネット小説だとあまり見ないね。
恐らくこれは日本人が強い個人に対して強烈に嫉妬するという社会的な背景も影響しているのだろう。

日本のネット小説だと最初に力をもらっちゃうとか目覚めちゃうことが多いからなあ……力を求める方向で行く作品は確かに少ない。
日本の作品は力を求めること、力を使って行うことのモチベーションが違う気はする。

日本の作品は強いというよりも、極端に有能な人間は潰されるみたいな感じはあるかなー
これは日本社会の影響かもしれないね。
ただ足を引っ張る側も一定のルール内での行動をとるから結果的に妨害側のやり方もソフトになってバランスはとれているのかもしれん。

強者の扱いが違う。
こっちだと強ければ強いほど良い。そして強さがある程度のレベルに達すると、自動的に組織や種族のトップになる。そして主人公は強くなることだけに専念していればいい。
日本の作品だと、最強の人間がトップになるとは限らないし、強いのに良い待遇が得られないとか、他の人間が主人公の強さを知らないことすらあり得る。

日本の作品だと、最強の存在なのに迫害されたり、過去に関係した所から殺し屋がバンバン来たりするという印象もある。最強なのに扱い悪い!日本の読者はそれでいいのか!?

日本の作品は俺TUEEEEEできる能力の主人公が強いことによる面倒ごと、仕事の増加を避けたがる傾向もあるね。組織のトップにもなりたがらない。
強い人間が実力を隠していることがカッコイイ扱いになっている節もある。

国や組織のトップのイメージが違うんじゃないかな。
日本の読者のイメージでは、トップになった以上は義務も増え、更にそういうのをほったらかしておくのはキャラ的にカッコ良くないということになるのかも。

こっちの作品だと強くなる=世界をコントロールできる、支配下に置くということになるから強くなるのを目指すのが目的になっても問題無い。
それに対して日本の作品はそこまで飛び越えるケースが少ないし、強いだけでは処理できない場面も珍しくない。
私達は日本の作品はスケールが小さい、爽快感が無いみたいなことをよく言うけど、その原因の一つがこういた部分のズレじゃないだろうか。

あっちの作品に関して引っかかるのは、意識して政治やイデオロギーを語るのを避けて、個人間の愛憎や恨みつらみ、友情や愛する人を守るといったレベルに押し込めたがることだね。
こっちの作品だとどれも大きな背景設定を描写するし、主人公が努力によって世界のルールを変えようとするのに。

日本の作品って世界を変える的な方向の意欲はあんまりないよね。
戦記系の作品みたいなそういうテーマを扱うのが避けられないジャンルもあるけど。

逆にこっちはいつも世界を変えたがるというか、自分がコントロールされる側から抜け出して上に行く、世界や国を自分がコントロールしたがる。

そこから来て日本のネット小説に対してはスケールが小さいというイメージもあるよね。日本のラノベ批判では定番の話題だ。

スケールに関するストーリー展開や設定については、読者の感性や作品のベースとなる社会の空気や認識が異なるんだろう。
日本の作品の主人公はいつも「日常に帰る」「日常を取り戻す」のが目的だ。それに対して、ウチの国の作品では「日常では、普通ではやれないことをやる」というのが好まれるから普通では実現できない目標に向かって奮闘する。

日本でもネット小説の定番は異世界転生だから日常からの離脱だろう。
それにウチの国の作品で主流な転移ではなく転生が多いから、ある意味では更に日常から離れるという見方もできるかもしれない。

私は日本の作品には自分の周囲に居心地の良い、人間関係や生活水準などが整った環境を構築して守りたがる傾向を感じる。
これに関しても社会の空気の影響も考えられるような……

俺もそういう傾向は感じる。
あとその傾向に関して俺も以前は日本の草食系的な嗜好かと思ったが、近年はこっちでも「種田流」みたいに日本の内政系作品の流れと共通するジャンルが目立つし、環境構築系の作品が出ているんだよね。
需要の変化と社会の変化の関係みたいなのも興味深い所だ。

スケールの大きさについてはともかく、日本の作品って話が終わるときも主人公がまだ人間、青少年であることが多いのはこっちには無い特徴じゃないかな。
こっちだと凡人、普通の人間を超えるのは当然だし、神を超えるとか少なくとも人間の上位存在になっている。

なるほど。確かに日本の作品はストーリー終わってもそれなりのレベルに収まっているし、まだ人間の範疇に入っているというか、人間としての生活に溶け込める部類で収まるよね……

仙人や武侠の扱いにも出ているが、こっちだと人間を超越するべきみたいなのが伝統的な価値観としてあるからな。
他人や組織、政府に押さえつけられたくないというのは日本の小説にもある価値観だろうけど、こっちはハッキリと上位存在になるのを求められている。

日本の作品の主人公は日常生活を体験するのにこだわる。
あっちの感覚だと「凡人」という扱いが屈辱になる、お前は所詮凡人だ、たかが人間みたいなことにはならないっぽいんだよね。

最初の方でどれだけステータスが凄くなっても話の都合で死にかけるみたいな話が出ているけど、日本の作品の主人公ってどれだけ強くなっても基本スペックが普通の人間のままだ。だから他の普通の人間に殺される。

型月とかでも「英雄は普通の人間に殺される」みたいな哲学があるからなあ
一般人、つまり「凡人」が干渉できないような存在が英雄であり、主人公が目指すべき、なるべきもの……というわけではないようだ。

そこら辺は基本設定に求められるものの違いだろうな。
日本の作品に学校ベースの話がテンプレとして溢れているけど、こっちでは民族や国家、世界レベルの話の設定にすぐ拡張するし、インフレ極まったら別世界に渡ってというのもテンプレだしね。
主人公と取り巻きのキャラも人間以上の存在になっていくし。

話の構造としては変わらなくても話の広げ方や背景設定の嗜好は結構違う。
実態としては別の世界にいくのも別の村に行くのもそんなに変わらん。日本の作品だったら別の学校や別の街の冒険者ギルドとかになるか?

日本の作品は歴史や政治ネタを扱うのを極力避けているから、スケールが小さく個人の感情重視な作品が発展していったのだろう。実際この分野で見ていくと作品のレベル自体は高い。
あと日本のネット小説では異世界転移ネタが流行り出したのは最近の話だから、そのうちインフレして話の規模がでかくなるんじゃないか?
こっちでは使い古されたテンプレも日本では目新しいものとしてウケている面もあるだろう。

日本の作品が政治や歴史ネタを避けているという評価って、こっちが政治や歴史に関るのがタブー、規制されているという経験がそのままこっちの印象に投影されているだけじゃないかね……
日本は面白くない、ウケないからそっちが描かれないだけという話を聞いた覚えがある。単純に政治ネタにそれほど興味がないとか。

異世界転移ネタの流行りや影響については、元ネタ遡るとこっちのネット小説では「ゼロの使い魔」の影響の話とかも出てくるぞ。
あと日本の二次元だとそれ以前から異世界トリップは定期的に流行っていた。「龍狼伝」とかね。

トリップネタなんてウチの国の古典にだってあるし、大衆娯楽方面だとアメリカでもよくあるネタだ。例えばマーク・トウェインだって書いている。
分析して面白いのはどれが先じゃなくて、どの要素と組み合わせるかだろう。

異世界で俺TUEEEEEするのは一緒だから分かりやすいけど、近頃の日本の作品は異世界トリップよりも死んだ後の異世界転生の方が主流だから単純にウチの国の流行と同じに扱うのもちょっと違うような……

日本の場合は転生の時にテンプレで能力付与するのが定番だから、強くなる過程、強さを得る過程をテンプレで飛ばすのも実は大きな違いかと。
概念系や時空系の能力が最初から獲得できることが許容されるのもそこだろうね。

そもそも、「最近日本で異世界転生が流行っている」というのもアニメや翻訳経由の話だからタイムラグがあるし、流行った時期については単純に言えないだろう。
異世界トリップジャンル自体は定番化しているけど、最近流行ったわけでもない。

日本の作品ってネット小説ならアニメ化されるまでの過程に商業化で出版、その次にマンガ化やボイスドラマ化などがあって、それからアニメだからね。



とまぁ、こんな感じで。
ふわっとしたイメージではあるものの、中国のテンプレ的な要素も含めてイロイロと出ていました。
5/7追記:この記事に関して面白い意見をいただいたのでここに追記を
「近年の中国の若者向けコンテンツってやたらと『凡人』というのにこだわりますよね。『お前は所詮凡人だ』のように、レベルや生きている世界の違い、壁の存在をつきつける。中国語の『凡人』も日本語の意味とそこまで変わらないはずですが、コンテンツ内では下位的存在な意味が強い使われ方になっているように思えます」

「中国の若者向けコンテンツでは凡人ではなくなること、特別な存在、凡人ではない上位的存在になって支配される側から抜け出して好き勝手にやるというのがモチベーションとしても大きく、その結果劣った凡人には何をやっても良いみたいな価値観が出てきているように感じられるのも面白いです」

「モブを踏みつけるような展開というのは日本の作品でもありがちですが、中国は同じ存在(同じ人間ではなく人間と人間より上の存在)ではない扱いになるので容赦がない、主人公側の倫理的なストッパーが小さくなっているようにも感じられます」


確かに中国の国産コンテンツは強さや格の描写で「凡人」がかなり持ち出されますね。
そう言えば以前中国オタクの方と話をしたときに、中国のコンテンツにおける凡人とその上の存在の扱いや空気感について聞いたところ

「科挙に及第する以前と以後みたいな所もありそうですね。及第すれば人としての扱いが全く別のレベルになります」
「中国の主人公が強くなる方法にチートを獲得することが多いのも、自分だけが知っている科挙の奥義といった見方ができるかも……」


といった話が出てきたのを思い出しました。


ネット小説系作品に限らず、日本の作品に関して中国オタク界隈では主人公の活躍する舞台の設定や読者が求める活躍の方向性、乗り越えるべき障害の描写などに関する感覚の違いから、イロイロな引っかかりや不満が出たりすることも少なくないそうです。

ただこういった感覚の違いがあっても人気になる作品は出ていますし、そういった作品の反応から中国にも刺さる日本のネット小説系作品の傾向を見てみるのも面白いかもしれませんね。
例えば4月の新作アニメ
「異世界かるてっと」

のクロスオーバー元の4作品は人気の規模に多少の違いはあるものの、どれも中国では一定以上の人気や評価を獲得している作品だったりします。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。

5/7修正:誤字脱字誤訳を修正しました。ご指摘ありがとうございます。