ありがたいことにネタのタレコミと質問をいただいておりますので今回はそれについてを。

中国で日本の作品に関する批判でそれなりの頻度で出てくるネタの一つに
「日本の作品は血筋で強さが決まるからイヤだ」
というのがあるそうです。

作品の内容や設定で引っかかる部分というのは人それぞれな所もあるかと思いますが、この血筋ネタに関しては日本と中国の感覚や注目する部分の違いなどが影響しているような所もあるのだとか。

そんな訳で以下に中国のソッチ系のサイトで行われていた
「強さの理由が血筋という展開」
などに関するやり取りを、例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


よく批判される血筋が強さの理由な主人公だけど、超常的なパワーが飛び交うような作品だとそれなりに説得力のある、悪くない設定の一つなんじゃないだろうか?

日本の作品は血筋ですべてが決まるということで批判されがちだが、アレはアレで一つのやり方だという意見は認める。
でも嫌われることや批判の材料になることも多い。

天に与えられた才能と親に与えられた才能、突き詰めていけば大差はないし、ネット小説にありがちな不思議な縁で獲得したチートも血筋と比べてどうなんだという気もするかな。

ネット小説だと天才とは言わずに普通レベルの才能と言いながらチートを獲得するのが好まれているような。
こういうのは設定、そしてその見せ方の問題でもあるかと。

俺、実は天に与えられた才能よりも血筋とかの方が面白い設定になるように感じている。

実際にロジックが正しいとかじゃなくて、正しいように感じられるかだ。現代の感覚では降って湧いて拾ったチートの方が血筋よりも正しいのだよ。

インフレした強さになっていくと説得力を生み出すのが大変になるから、血筋を設定として出すのも一つの手だよね。
現代では努力だけでどうにかなるという展開は受け入れてもらえない。同時にネット小説にあるようなチート獲得とかに比べると血筋はやや設定として弱いのでは。

私は天賦の才の方が血筋よりも好みなのは確かだな。
ただ運や極端な御都合主義で推し進めるくらいならまだ血筋の方がマシだ。

チートだけとか血筋だけとかが本人の意思関係なく強過ぎて終わるのがダメ。その主人公である意味がない、能力だけが歩いているようなのは特に。

主人公が努力していても、それよりもっと努力しているキャラはいるだろうし、次の更に強い敵が出た時にはそれまでの主人公の努力は何だったんだ、無駄だったのかと受け取られる。
だから強化や伸びしろの口実になる血筋、強さの余裕を担保できるチートが多用されるわけだ。

血筋だろうが後天的なチート獲得だろうが本質的には変わらない。
ようは主人公がなぜ他のキャラよりスゴイかという理由だ。主人公ができることが他のキャラにもできるというのではダメなんだよ。
更に言えばどちらも実際は努力で覆せるものではないのだが、血筋と比べてチートはまだ努力的な要素を並行して扱いやすいのが良いんだよ。チートな効率の訓練方法やスキル取得とかでね。

ほとんどの作品ではモノスゴイ強い敵が出てくるから、主人公に血筋でもなければ戦いにならないし、あっても苦戦するのがほとんど。敵の強さに対抗できる説得力の根拠でもあるから、俺も好みは別として一概に否定するつもりはない。

結局作品次第。
最初の方では努力で強くなったように見せておきながら、後出しで血筋が出てくると大変大きな反発が出る。最初から血筋を持ち出しておけばまだマシ。

「ジョジョ」のように一見血筋の話でありながら実は人間賛歌や受け継がれる黄金の精神の方が重要というような話はやはりそう簡単に作れないのだろうな……

昔は努力するだけで良かったのかもしれないけれど、現在の感覚だと才能を持った人間が努力をしていないというケースは説得力がないからなあ

努力を強調する作品の問題は、全員努力しているならばどうやって敵に勝つのか、それもできれば爽快にという所だ。
そして例えば恵まれた環境や運で勝つというのは主人公向きではない。

ライバルも主人公も時間は同じ、そうなると環境や訓練方法になるがそこで基本的には弱者な主人公を優位にするのは簡単じゃないから血筋やチートになると。
考えてみたらドラゴンボールの「精神と時の部屋」って非常に上手い設定だ……

血筋による強さが合理的ではあるのかもしれないが、それを面白く感じるか、納得できるかは別だよな。

生まれた時点では平等、少なくとも人間としての身体スペックは平等(程度の差はあれど)だという考えの人もいるし、そういう人からすれば生まれた時点で絶対的な差が付く血筋による不平等は感情移入が難しくなるのでは。
これは正しいとか合理的だとかではなく、何が受け入れ難いかという問題も混じるからヤヤコシイのだよ。裏社会の犯罪経歴があるキャラとか、被害を与えてきた敵が寝返って味方になったとか、そういうのがダメだという話と似たような所もある。

FE聖戦とかを嫌う人はとても嫌うというのを思い出した。
あれこそ血筋で全てが決まる作品だった。

私は知識によって自己改造的に強くなるのが好みなんだが、それと血筋は相性がよくない。まぁ知識に関してもトリップして知識チートなんていうのもあるから安っぽくなることも少なくないけど。

何となく血筋と努力というのを対立するものと認識している人が少なくないのも難しい。
血筋やチートの基礎の上で努力したというのもあると思うんだが……いやでも、大体は血筋やチート能力勝負になってるかな!!

血筋は作中において自分で獲得したものじゃないから冷めるという話を聞いたことがある。
ウチの国のネット小説で最初にチートをもらうけど、その後は大体自分で獲得、かき集めたものになる。でも血筋はそれが出るタイミングが最初ではないし、所々で血筋という外部要素が強調されるから主観的に「自分の力」「自分のモノ」というのが無くなって嫌になるということだった。

血筋が皆に嫌われるのは、凡人はずっと凡人で農民はずっと農民のままで、貴族はずっと貴族だというのを見せつけられるからじゃないかね。
チート要素はさておき、普通の読者が見たいのは農民的な位置から貴族的な位置になって活躍することなのだから。

血筋に関しては、階級の固定化という意味で我が国とは相性が良くない!

血筋に関して悪いイメージがついているのは、努力して頑張る展開の末に、主人公の強さが血筋によるものだと明らかになるみたいな展開からじゃないか。血筋が無ければボスは倒せないと。
それを見たら皆は結局は血筋かという受け取り方になる。NARUTOなんかはそんな感じだった

ウチの国でも凡人主人公が努力して鍛錬してまた努力してで進んで、中盤以降に突然お前はなんかの血脈だったんだよ!と告げられる作品はそれなりに存在するんだがなあ

血筋の扱いや作品の背景も含めての受け取り方やストーリー展開の違いもありそう。日本は階級が固定化して血筋が重視される社会だから。

中国だと帝王になれば全て思いのままだから、過去からのアレコレとか血筋だなんだはあまり重要じゃなくなるというのも影響していると思う。
日本の作品は血筋と背景、過去からの連続性が常に強調される。

中国の作品では血筋は能力の上限を決めるものでしかない。
それに対して日本の作品の血筋は、血筋があるから才能がある、血筋があるから何ができるみたいに努力は意味を持たずすべては血筋で決まる価値観だから嫌われる。

日本の作品も血筋だけじゃないぞ
NARUTO辺りがネタ込みで極端な印象になっているだけで。一時期の流行みたいなものはあるがそれはどこの国の作品も変わらん。
ただ背景込みでの部分が嫌われる、

そう言えば日本は血筋の前に転生(異世界への転生ではなく、前世からの)という流行りもあったらしい。過去や異世界からの転生、同じ魂だからチートが使える、前世に関連した宿命があるみたいな。ただしキャラに前世の記憶があるかは一定しない。

記憶や能力の戻らない転生とか、あんまり意味が無いように思えるがどうなんだろう

キャラの関係だと萌える方向にはできるんじゃないの?

ウチの国では自身の努力が能力の下限を血筋や才能が能力の上限を決めるみたいな扱いや、チートな訓練手段、学習方法がウチの国では好まれるのを見ると、日本の作品に関しては血筋ネタではなく血筋の扱いや背景がウチの国では好まれていないのではという気もするな。

国内の作品でも血筋ネタの作品はかなりあるからな。
龍だ鳳だ、過去にトリップした存在だ、神だ等々。

中国人は日本人や西洋のように血筋を狂ったように崇拝することは無い。だから血筋ネタは好まれない。

それって、言ってみればほとんどの読者は血筋なんて無いから血筋によって受け継がれるものに対する感情移入ができないということだったり……?

現代の中国では血筋を否定してきたから血筋を嫌う、或いは好悪の混じる複雑な意識があるのかもね。中国も古代からの血筋や家系はあるし、それに価値を見出してはいるけど、自分のものとして実感できる人はそんなに多くないだろう。
そしてその辺りに関して王室や皇室がある国なんかとは感覚的に相いれない部分は間違いなくある。

日本の作品は血筋がそのまま特殊能力の条件になっているケースが多いから、血筋ですべてが決まるみたいな印象になっているのかも。

やはり血筋だけという風に感じてしまうのが問題なのかね。
普通の人間が努力して強くなったと思いきや血筋のおかげだったという展開ではない作品や、血筋による強さのキャラの他にも血筋による特殊能力を超える何かをもったキャラがきちんと強さを発揮している作品ならば問題はないのでは。
コレはコレで失敗するとバランス崩壊して大変だけど。

そうだね。上でも言われているけど、血筋ネタを叩くのと作品の中で血筋ネタを扱うのは別にして考えるべきだ。
でも今の環境だとイメージで語られることが多いし、要素だけ抜き出してこの作品は血筋論的な作品だみたいな宣伝が出回ることも多いから難しい……



とまぁ、こんな感じで。
血筋による強さの扱いについてやどこに引っかかるかなど、イロイロな話が出ていました。

こういった話題は具体的なものではなくイメージ中心の話になりがちですが、そういった所から現在の中国オタク界隈における好みや好みの背景に関する事情が垣間見えてくるのも面白いですね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。