ありがたいことにネタのタレコミをいただきましたので今回はそれについてを。

中国オタク界隈では日本の学校関係のネタがよく話題になっていて、その際には中国の学校事情と比較してどうこうといった話もよく出てきます。
しかし中国の学校や学校生活も一昔前と比べて様々な所が変化していることもあり、二次元の学校のる話題を通じて中国オタク界隈のジェネレーションギャップ的なことが浮き彫りになったりすることもあるのだとか。

中国のソッチ系のサイトではそんな話題の一つとして
「生徒がとても少なくなった学校」
といったことなどに関するやり取りが行われていましたので、以下に例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


以前見たキャラ設定で「自分以外に同学年の生徒がいなかった」というのがあったんだけど、「学校に自分以外に同学年の生徒がいない」という設定って現実的にはどうなんだろう?どのくらいありそうな話なのかな?

生徒がとても少なくなった、数人しかいないような学校か。
よくわからんけど日本だとありそう。

日本は少子化がトンデモナイことになっていると聞くし、田舎の学校なら普通なんだろう。

「ひぐらしのなく頃に」の雛見沢は学年混合のクラスなのに数人という設定だったよね。あんな感じの学校か……

「ひぐらし」に限らず混合クラスが出てくる作品はそれなりにあるよ。
あとウチの国でも一学年一クラスで十数人という状況も珍しい話ではないし、そういう学校も無いわけじゃないだろう。

ウチの国にもあるの?
いや、探せば出てくると思わなくもないけど。

国内で小児麻痺の子供一人のために小学校を作ったというニュースはみたことがあるが。

障がい者向けの学校は少人数なんじゃないか。
そういう学校に関する報道はたまに見かける。

「只有一个学生的学校」(一人しか学生のいない学校)みたいなワードで検索するとイロイロと出て来るぞ。関連動画を見ると一人を最小に少なくなった学生の数で競っているように見えるくらいは。

俺が通った学校は俺が卒業する時には一年生が5人で二年生が10人ちょっとだったな。俺が高校の時に廃校になってしまったから最後の方は一学年一人だけに近かったはず。

いわゆる農村の留守児童(親が出稼ぎに行っている子供)が激減している影響じゃなかったかな?
ウチの国でもかつては数百人の生徒のいた学校が今では数人というのは珍しい話ではないよ。

そういうのも少子化の影響なんだろうけど、ウチの国の少子化って日本の少子化とはちょっと違う印象も受けるんだよね……

変化が速いことによる違いもあるだろうけど、大まかな流れについては日本と似たようなものだろう。都市に人口が集中するのに伴って、農村の学校から生徒が少なくなっていくわけだから。

そういうのって実際はにゃんぱすーとか言っていられる平和な状況じゃないんだろうな。

日本と違ってウチの国は農村と都市部の格差が大きなままだから余計に、その……

雛見沢の話が出ていたけど、あれって設定的には昭和時代だよね。
日本ではその当時もう少子化で農村の学校は生徒がいない状況だったと見ていいのだろうか?
「のんのんびより」は現代寄りの時代設定だから問題無いと感じるんだが。

「ひぐらし」は設定としては1983年だからちょっと分からないな。
少子化の影響が徐々に出始めていたのかもしれないが、日本の第二次ベビーブームが1970年代前半だから時期的にはその世代が学校にいるとも考えられるので……
まぁ設定的に昭和的なものを活用するのが重要だから、こういう部分の正確さにこだわるべき作品ではないとは思うけど。

昔の日本の作品でも農村の学校から都市の学校に移って規模の違いに驚く、或いはその逆のパターンな展開は結構あったし、雛見沢レベルがどれくらいあったのかは別として社会的な背景として農村の子供の数の減少はあったんじゃないか。

日本では都市部への人口集中、農村の過疎化は70年代より前から発生しているし農村の学校の生徒が少なくなるというのは普通に発生していたのではないかと。

そしてその次には少子化で都市の学校の生徒数が減っていくと。
ウチの国だとその二つの流れが同時に発生していると見て良いのかね。

個人的にこの手の二次元作品の定番設定でよく分からないのが「田舎の少人数の学校にいた学生が高校になって急に東京など大都市の良い学校に行く」というケースだ。
そんな簡単にできるもんじゃないだろうし、できるなら最初から一線級の都市に行くとのでは……とか考えてしまう。

言いたいことは分かる。
生徒が数人しかいないような学校から大都市の良い学校に入れる生徒が出るというのがなんか引っかかるよね。能力的にも環境的にも!

日本はウチの国の中学が初中、高中で実質6年のミドルスクールなのとはちょっと違うし、受験に関しても重視する時期や方向が異なる。
学力的な部分については高校受験までなら日本社会では「頭の良い子」で「自分で勉強できる子」ならそんなに非現実的ではないという認識なんだろう。

そういうのは二次元的な緩さとウチの国の受験戦争の厳しさから脳内で調整しないと……
あと制度的には確か日本だと9年生義務教育だから中学校までは地元で通える、分校なども含む学校設備と人員が維持されるけど高校からは義務教育を外れるから都市部や人口の多い地区に出て通う必要が出るということだったかな。

日本は農村から都市に移住する際の障壁がほぼ存在しないからいつでも移れるんだよ。大学受験については早く準備するに越したことはないけど、上のランクの大学を目指すのでなければ高校から本格的に進学の準備をする、部活を重視するといった調整も難しくない。
これは少子化の影響で大学受験がある程度落ち着いた日本の環境によるものでもある。

どちらにしろ、日本の作品のクラスに数人とか混合クラスというのはウチの国でもそんなに不思議な話ではないよ。
俺が小学校に通っていた時は学年一クラスで十人ちょっとだったし今はもっと少ないはず。学校もいつまで残っているか。

村に子供がいるうちは廃校にはしない……はず。
私の地元の村にも生徒激減している学校があるけど、もしその学校が無くなったらの町の学校に行くしかないんだが遠くて現実的ではない。

でも昔の学校が足りない時代は農村から出て学校の寮に入っていたから、そっちに戻る可能性もあるんじゃないか?
ウチの国で生徒が減った学校がどうなるかについてはまだ明確な事例が少ないし上の方針もよく分からん。

「のんのんびより」みたいなクラスがウチの国にもあるのは間違いない。
大学の友達が昔教わった先生がまさに「のんのんびより」的なクラスだったという話を聞いたこともある。
交通の問題がクリアできるなら大体そんなことになるんじゃないかな

なるほど。ただ自分の場合「ののんびより」で気になるのは分校の方ではなく富士宮このみが通っている高校の方にはたくさん人がいることについてだな。分校との対比で混乱する。

そこは認識が混乱するよね。恐らく日本では農村と都市部の距離や交通がウチの国とは何かと違うんだろうけど。

しかしウチの国でも生徒が少ない学校がふえているこということは、国産二次元にゃんぱすー的な作品が生まれる可能性も……?

あー……それは難しいんじゃないか。
急激な変化に環境が追い付いていないし農村と都市間の格差や蔑視が根強いのも厳しい。よほどうまく設しないと希望が持てないし萌えの空気にならん。それでいて今の時代は細かいミスや不合理さにすぐ批判が出るからな。

こっちだと農村に対するノスタルジーさや牧歌的なイメージがあまり無いかのがね。
日本旅行でも感じたけど、日本は不便さはあっても都市と農村で生活レベルや価値観はそんなに変わらないから農村や少人数の学校を二次元、それも日常系や萌え要素のある作品の舞台に使えるんだと思う。
二次元的なネタとしてはサスペンスだとかサイコだとかはできそうだが、そういうのは規制されるリスク高い。



とまぁ、こんな感じで。
近頃の中国の学校についての話もイロイロと出ていました。

ちなみにこのネタを教えてくれた方からは
「中国では需要の無い学校はどんどん生徒が減っていますし、農村の過疎化も進んでいます。出稼ぎ労働者の子供向けの学校というのもいつの間にか消えました。しかし良い幼稚園、小学校、中学高校に入るための競争は昔よりも激しくなっています」

「中国では良い大学に行って院まで出ないと良い仕事に就けないので子供に対する勉強の圧力は昔よりも強くなっている感じます。昔と比べて受験に関する情報が増えて、保護者側のやれることも増えているので大変です」

といった話がありました。

中国では学校や学生生活も日本と比べてかなり速いペースで変化しているようですし、学校生活ネタに関して共感できる部分や引っかかる部分についても昔と今ではかなり違うのかもしれませんね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。