1/20に予定されていた中国国内向けの「シン・エヴァ」の配信ですが、直前になって
「不可抗力的因素」
による延期が公式側から発表されたとのことですが、どうなるんでしょうかね。
中国国内向けのポスターのパクリ問題などでゴタゴタしていた所に来た延期の発表なので、中国オタク界隈でも困惑した空気が漂っているとかなんとか。

それはさておき、今回はありがたいことに以前教えていただいたネタの消費期限が過ぎそうなものに関してを。

近年の中国では他者とのコミュニケーションを難しく感じる、自分のコミュニケーション能力が不足していると感じる人が増えているそうで、「社交恐怖症」を自称する人も少なくないそうです。

また中国で最近大人気になった「ぼっち・ざ・ろっく!」や根強い人気と知名度のある「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」などは、社交恐怖症的なキャラが主人公の作品だというイメージも広まっているのだとか。


しかしこの二作品に関しては社交恐怖症カテゴリではあるものの、作品の内容や主人公のキャラの印象がかなり違うのも確かです。
中国のソッチ系のサイトでは
「ぼっちともこっちの印象が違う原因は?」
といったことなどに関するやり取りが行われていましたので、以下に例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。


「ぼっち」と「もこっち」の印象が大きく違う原因は何だろう?そうなった背景は何があるんだろう?
どっちもオタク向け作品の主人公で社交能力が無い、他人との交流を恐れているようなキャラなのにぼっちは見ていられて、もこっちは見ていられない気分になるのもなんだか不思議

ぼっちの場合は実質的なダメージないけど、もこっちの方は社会的に深刻なダメージが来るものも少なくないので……

見ていられるない気持ちになるかどうかはキャラの扱い、孤独さや社交恐怖症ぶりをアピールするネタの違いもあるんじゃないかな
ぼっちに関する日本の「孤独な人間」ネタがこっちではイマイチ理解できない、遠いものだから痛さを感じないという話もあったし

スーパー系とリアル系の違い?先に来たのが嫌な方のリアル系だけど

もこっちの方は現実的、リアルで日常生活の延長線上にある話だからね。
現実でもこっちみたいな所がある人に出会ったり、自分の過去の言動や趣味がもこっちと重なったりするので精神が揺さぶられてしまう。

ぼっちの孤独ネタや言動の描写が日本人にはとても刺さると聞いたが、私はあまりよく分からない。客観的に見ればぼっちはバンド活動して学校で一人だけジャージのスタイルを押し通せるキャラだし。
それに対してもこっちの方は何かと理解できるレベルだから見ていてゾワゾワする……

ぼっちは自分が社交恐怖症だと思い込んでいるだけのリア充だよ
それに対してもこっちはガチ

そこまで極端では無いだろうけど確かにぼっちは所詮自分での認識ベースでしかないが、もこっちは他人からどう見えるかという感じになっているよね

もこっちの方は本当に見ているこっちも死にたくなる、消えたくなるような気持になるからなあ

厳密に考えればどちらのキャラも近年国内で増加している「社交恐怖症」ではないとも言える
特にぼっちちゃんは陽キャ的な物が怖いだけに見えなくもない

本当の社交恐怖症ならゴミ箱に入ってようがダンボールかぶってようがまともに他人との交流を成立させられるとは思えない

それも道理だな。でもいわゆる「社恐」にもイロイロな種類がある。
大丈夫なもの、ダメなものが人それぞれ過ぎるから答えの見つけられない問題になっているわけで。

後藤ひとりの方は創作的な浪漫の入った社交恐怖症、黒木智子は写実主義的な社交恐怖症と言えそう

ぼっちのエピソードが自分に発生するとは思えないんだよ
もこっちの方は現実の自分にも発生する、或いはそういう考えからの行動をしてしまいかねないという恐ろしさがある

言いたいことはよく分かる。
もこっちの方はもしかしたら自分の身に発生するかもしれない、自分がやらかすかもしれない……とか考えてしまう。過去の自分の黒歴史と共通する言動もあったりするから精神的なダメージが来るんだよ。

もこっちの方は親に自分のエロ関係のグッズや行動を知られるといった極悪ダメージなエピソードをぶつけてくるので見ているこっちにもダメージが発生する

「ワタモテ」を見ていると精神的なむず痒さと共に自分の趣味嗜好や言動に関してもっと注意しなければと考えてしまう
「もしかしたら自分の身にも」というのが容易に想像できるネタが多いから

ぼっちの方はなんだかんだで才能があって承認欲求を満たせるスキルもあるしな……「バイトが怖い」までは分かる、しかし「ステージに立ってギター演奏する」は遠い話になる

どちらも孤独を強調されるキャラではあるが、キャラデザや基本スペックは明らかに違う
ぼっちは美少女で豊満でギターもある種の天才、もこっちは貧乳で特に強みもない孤独で痛いキャラ

ストーリーの方を見ていくとぼっちは基本的に内向的、自罰的だから見ている分には不快な存在になり難いというのがある。
それに対してもこっちの方は他人大して心の中では攻撃的、レッテル貼りをするから不快さがあるのだが……そういうことをオタクである自分もやってないわけではないので更なるダメージに……

現実においては人前でどもって喋れない、何もできなくなる人間を見てかわいいとか萌えとかは感じられないものだが、「ぼっち・ざ・ろっく」はコミュ障、孤独さを萌えの材料にしているから見ている側も「ぼっちちゃんがかわいい」になる。それに関しても非常に上手い作品だと思うよ。

後藤ひとりの心理描写と演出のおかげで逆方面に感じられるような見せ方が成立している。しかしもこっちはそんなフォローが無く、痛い部分がアニメ的に強調されるから…・・・!

演出に関してはぼっちの方はやさしい、理解しようとしてくれる友達がいてフォローしてもらえる流れになるのも大きな違いだ
もこっちは最初の方は本当に一人で暴走して失敗する展開が続くから見ていてつらくなる

もこっちの方は現実で思い当たる所がかなりあるし、もこっち的な部分のある人間に出会うことだってあるから見ていて何かとキツイ気分になったりするんだよ。
昔の動画サイトではもこっちに関してネタも混じっての罵倒コメントが飛び交っていたけど、そういう言葉を発したくなるような気分にさせてくる作品だったのは間違いない。

ぼっちの方はキャラデザがまず良いし、作中世界における顔面偏差値や潜在能力だって高い
あとそもそもバンドやれる「社恐」ってなんだよ!という気分になる

ぼっちに関しては設定がかなり盛られているからね巨乳で美少女で音楽の才能も良い家族と幸せな家庭もあるし、友達だって第一話からできてしまう
それから自分だけ周りと違うジャージで学校に行ける、外見を気にしないでいられるのも実はかなり強い
もこっちは基本的な設定からしてデバフ多過ぎだ

一応言っておくが、もこっちにはハイスペックで人格者で実はシスコンな弟や優しい母親がいるから真の孤独ではないし二次元的なバフが無いわけではないよ

「ぼっち・ざ・ろっく!」は音楽、バンド関係の作品なのに主人公の人間関係が暖かくて家庭も幸福なのはやはり二次元の萌え系作品だとは思うが、「ワタモテ」も主人公の家庭の方はサブカル系、鬱系の作品にあるようなヒドイ方向ではないし一定の安全、幸せは確保されているからバフ無しというわけでもないな

音楽関係で本当にバフ無しだったら「キラ☆キラ」の後半展開みたいなことになりそうだ……少なくとも家庭環境の崩壊や鬱屈した人間関係みたいのがないと
それか「DMC」のように突き抜けたギャグになるとか?

一応もこっちの方も原作の後の方の学園コメディ路線はそんなに痛くはないんだけどな
修学旅行エピソード以降なんかは特にライトな空気でこっちが知らないような濃いオタクネタや解釈を扱ってくれるので面白いんだが、アニメでその部分までやることはないだろうからな……

どちらの作品も応二次元のテンプレとは外れるキャラデザとネタをぶち込んでギャグにしているのでどちらの主人公も「現実とは違う二次元」なのは間違いない
しかし「ワタモテ」はネタの選定と強調する部分が現実に刺さり過ぎるからダメージを受ける人間が多発することになった

細かく理由を見ていけばキリがないが、雑に言うなら掲載媒体の違いによるエピソードの方向性の違いじゃないか。

「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」もオタク向けの雑誌に掲載されていたはずだが……

オタク向けでもイロイロあるし、スクエニ系列の雑誌と芳文社の日常系マンガ雑誌はかなり違うよ

作品の外側に関してなら作品が始まった時代によるオタクの読者層の趣味嗜好の違いもある「ワタモテ」が始まった2011年と「ぼっち」の始まった2018年ではオタク中二病的行動もかなり違うからね
環境も大きく変化したから承認欲求を満たすツール、満たすために欲しくなるネタや規模も違うので、もこっちは近かったのに対してぼっちは遠くなったのかもしれない。



とまぁ、こんな感じで。
中国オタク界隈のぼっちキャラの受け止め方や近頃の中国オタク界隈でもよく見かける「社交恐怖症」ネタに関する話題などが出ていました。

ちなみにこのネタを教えてくれた方からは
「中国では昔と比べて社交能力が重視されるようになっています。自分には社交能力が無いと嘆く人や、他人との交流で失敗を恐れる人が増えています。中国オタク界隈でもそれは変わりません。日本語の『KY』という言葉が広まって使われるようになったことなどからも明らかです」

「この変化については恐らく日本のコミュ力重視と共通する部分もあると思います。就職活動でも日常生活でもテストの結果だけでは成功できない、上手くやっていくには社交能力が必要だという考えが強くなっています。「しかしテストの結果が良くなければ、学歴が無ければそもそもスタート地点に立てないので現在の中国の学生の感じる圧力は昔より更に厳しいという見方もあります」

などといった話もありました。

現代社会における他者とのコミュニケーション能力というのはどこの国でも頭の痛い問題なのかもしれませんね。

とりあえず、こんな所で。
例によってツッコミ&情報提供お待ちしております。