「まずは現状を説明する。魔王が暴走した。だから止めてこい。以上だ」

「短っ! もっとこう、なんかないの!? これまでの経緯とか、魔王の止め方とか!」

「そんなものはない」

「そんなあっさりと……」

「シンプルでいいだろ?」

「……それもそうね」

 やることは単純だ。
 サクッと終わらせてこよう。

「いや、ちょっと待ってほしい……」

 光剣を作り出した私を呼び止める声が一つ。
 吸血鬼のキュウちゃんだった。

「あ、生きてたんだ」

「お前意外とひどいよな」

「でもあの状態からこうしてピンピンしてる方が驚きだよ」

 自滅覚悟の攻撃から傷一つないと、緊張感が薄れてくるよね。
 二人ともどうやって回復したのだろうか。
 直前に駆け付けた3人の力だったりするのかな。

「……本題に入ってもいいか?」

 一度前置きしてから、私たち全員を見渡すキュウちゃん。

「戻す方法は、恐らくない」

 お腹の奥底から絞り出したような声だった。
 これでもかと歯を食いしばり、握りしめた拳からは血が滲む。

「だから、魔王様を、倒してほしい」

 その言葉に、私は頷くことができなかった。
 あの状態の魔王を中途半端に止めることなど不可能だ。
 確実に息の根を止めろ、ということだろう。

「行ってこい」

 ヒロは私にそれだけ告げ、拳をつきだした。
 私も拳を突きだし、ヒロのそれと重ねる。
 触れ合った部分から暖かい想いが伝わってくる。

 それはこれ以上ない信頼の証。
 私なら必ずできると信じてくれている。

「行ってくる」

 なら私は、それに最大限応えよう。
 私を信じてくれたことを後悔なんてさせない。
 ヒロが信じてくれれば、私は何にだってなれるのだから。


     *    *    *


「よし、じゃあちょっと魔王助けにでもいくか」

「……え?」

 私は思わず疑問の声をあげてしまいます。
 サナさんがこの場から去った後、ヒロさんが平然とそんなことを言うのですから。

「ん? 何か問題でも?」

「えっと、その……サナさんが魔王を倒しにいくのでは」

「ああ、あいつは囮だから」

「……」

 さっきまでのすごくいい雰囲気はなんだったのでしょう。
 こう、2人の間だけにしか存在しない特別な何かを感じ取ったのですが。
 羨ましい、なんて思ってしまったのが少し恥ずかしいです。

 この二人に限っては、これが通常運転なのでしょうが。

「あいつはまあ、バカってわけじゃないが……バカなんだよ。うん。バカにはバカにできることをやらせる。それがバカに対する最大の敬意だ。あいつはバカっぽいバカでバカなわけじゃないが」

 結局どっちなのでしょう。

「いくら前後関係が分からないからって、魔王はキュウちゃんの名前を呼びながらああなったんだ。変なところで鈍いというか、バカというか、アホというか、あんぽんたんだな、うん」

 本人がいないからといって言いたい放題です。

「キュウちゃん。あんたが死んだと思ったから魔王はああなった。それで間違いないな?」

「いえ、私は……」

「もう一度言う。魔王はお前の名前を呼びながら――」

「それは違います」

「?」

「私の名前を呼ぶことはあるでしょう。それでもきっと魔王様は、最後には私ではなく両親の名を呼ぶのだと思います」

「……」

 沈黙は肯定の意を表します。
 どうやらヒロさんは、何らかの方法で魔王の会話を聞いていたようです。

「そしてあの子の両親はもう、この世にはいません。もし仮に魔王様と両親を会わせることができれば、希望はあるかもしれませんが」

「お前では無理だと?」

「客観的な事実を述べたまでですよ。あの子があの子であるうちに、全てを終わらせてあげたい」

「言いたいことはそれだけか?」

 壮絶な決意をこめて放ったであろうその言葉を、ヒロさんが一蹴します。

「あいつはやるぞ。うじゃうじゃいる触手を全部ぶった切って。引き寄せられた魔獣や魔族を一瞬で叩きのめして。最後は魔王を殺すぞ。必ずだ」

「……」

「安心しろよ。俺たちが何もしなくても、全て終わるさ。俺たちが何をしてもな。唯一の例外は、俺たちが魔王を止めた場合だ」

「何を根拠に……」

「根拠? んなもんねーよ。重要なのは俺たちが何をしても変わらないって部分だ。何もしなくても変わらないなら。お前の大切な魔王様を助けられる可能性が少しでもあるなら――」

 吸血鬼さんの瞳に、わずかながら光が灯ります。

「最後まで諦めずに、足掻いてみせろ」

 それだけ言うと、ヒロさんは私たちに背を向けて先に進んでいってしまいました。

「勇者様」

 私の呼びかけに苦虫を噛み潰したような表情で振り向きます。

「……勇者はあいつだろ。やめてくれ」

「そうでしたね。でも……」

 私はそこで一度言葉を区切って、ヒロさんと目を合わせました。

「ヒロさんは私が想像した通りの……いえ、それ以上の、とっても素敵な『勇者様』です!」

 私がそう言うと、ヒロさんは目を丸くさせます。
 赤くなった顔をそむけながら、それでもヒロさんは力強く断言しました。

「俺はハッピーエンドの方が好きなんだ。それ以外の結末なんて許さねーよ」