2005年10月

2005年10月28日

末恐ろしや・・・・・。 5

eacaa22e.jpg練習もマックスに入り身体的にも筋肉が心地よく軋んでいる。膝蹴りと肘の使い手のスペシャリストでもあるヤマケンの練習相手をこなす事で、もっと身体がボロボロになって行くかと思われたのだが、何度も衝撃を受けている内蔵関係も無事で大きな怪我も無く、確実にメニューをこなしている。ユサナの3倍摂取のお陰で、力つきる程の練習のあとの体力の回復がすごく早い為、少しのインターバルがあれば何処までも練習に付き合える気持ちにさせてくれるのである。元々几帳面な性格もあり、心の準備さえしていれば少々の事でも根性で乗り越えられる、これは20代後半の頃まで続いた時代に経験した事なのだが、その頃に戻った様な気分である。本当に新しい第2の人生を歩いているようで改めて心から神様とユサナに感謝したい。
几帳面といえば最近のヤマケンの服装も、衣替えのせいかオシャレになってきたのだが、そこはそれ、もともとの狼の本性の断片が時たま見え隠れする。キックミットが終わった時にふとリングの端を見るとバンテージとグローブがそれぞれ置いてあったのだが、明らかにどちらが几帳面なのか丸バレの状態だった。宿題は前日のうちに済ませておくタイプの私自身は、休憩後には立ち技のスパーリングでまたパンテージを巻かなければならなかったので整理していたのだが、思考回路が野生化しているヤマケンにとっては終わった後の事など、理性をつかさどる大脳新皮質の中に存在すらしていないのである。この種の話をすれば永遠と続きそうな程、彼の野生化はとどまる事を知らない・・・・・(笑)。
しかしただの野生児ではない、戦いに関しての才能と熟考力と判断力は野生の本能そのもの、末恐ろしい程にワクワクさせてくれるのである。
長年、少林寺拳法の裏技を研究して来た私自身、戦いにおいてのテクニックには自信を持っていた、事実アメリカ時代は間合いの攻防に関してチャンピオンクラスとのスパーリングでも相手を押さえ込む程の物があったのだが、それもヤマケンには通用しなくなって来た。本当に強くなったものである、間違いなく世界トップに食い込む実力とパワーである。あとはこの流れで日本体育大学レスリング部でみっちり反応速度の特訓をへて、11月13日の沖縄で檻から彼を解き放つのみ。そんな彼の練習相手をたった一人でこなしている私自身は確実に強くなっているのだろうと信じたいものなのだが・・・・・・・(笑)。

2005年10月25日

セクシーなお口の始末。 5

3b3d2b84.jpgマウスピースと言うのは装着状態でしゃべる事は出来ない。それほど口の中で異物と感じるのである。現在総合格闘技で使われているマウスピースは元々ボクシングからのルーツがあって、基本的に上あごを守るものだけ、又は呼吸を塞いでも噛み潰した物しか使用していない。前者は保護力に於いて非常に弱くなり、後者は呼吸に問題がある。例えば寝技と立ち技の連携をしているうちに呼吸が苦しくなって来る、呼吸口を得る為に意識して口を開けなければならないからで、そこに不安を感じていた。ラウンドが進み、苦しくなって来た時に必要以上口を開ける事は、顎を含めて脳への衝撃に非常に弱くなってしまうからだ。そこで自分自身がアメリカに渡る前から特注で上下のマウスピースを考案して作って貰っていた。理想はしゃべれるマウスピース、非常に高くついたが徹底的にこだわって開発に成功。詳細は今後チャンスがあったら説明するとして、総合格闘家にとって普段と変わらない呼吸状態を確保する事はかなりのアドバンテージを持つ事になる。ヤマケンのセクシーのようでいて怪獣のような口元に装着されている上下のマウスピースがそれである。前回の彼の誕生日にかなり奮発してプレゼントしたもので、お互いにスパーをしながらでも通常とほとんど変わらずにしゃべる事が出来る。これで今度の試合、100パーセント戦いに集中出来るだろう。練習もスキ無くこなしている分、パートナーの俺自身が傷だらけになってゆくのだが、11月13日の沖縄でのヤマケンの命の躍動感を期待していてもらいたい。マウスピース

2005年10月22日

Miss you. 1

f1a475bb.JPGもうずいぶんと離れている様に思える。アメリカ生活での寂しさからずいぶん守ってもらった一人息子でもあるジュノ。正式な日本の天然記念物にも指定されている甲斐犬のトラ模様のブリード。狩猟が本分の性質であるこの犬種は、その誇り高いプライドで主人と決めた人間にしか決してなつかず、怒らせると主人以外では落ち着かせる事も出来ず、またその身のこなしもスムーズで素早い。そのお陰か、彼に気に入られ、愛くるしくなついて来ると誰もが本当に嬉しくなってしまうのである。思えば本当に生命力の強い子であった、長崎で生まれて一週間未満の片手のひらサイズだった彼を、スポイトでミルクをあげながら育てた。ヨチヨチと歩き出すと所狭しと部屋中走り出すまでに、そんなに時間はかからなかった程病気には無縁で元気すぎる成長の早さだった。アメリカに一緒に旅立ち、一緒に経験したアメリカの匂いと空気は彼と共有する友情に近い感情が芽生えたものだった。さあ早くアメリカに戻り、そんな彼と再びじゃれあいながら、最後の挑戦となる礎になるであろう総合格闘技の試合に向かって頑張って行こうと思う。ジュノ

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2005年10月18日

エンジン全開へ。 3

910b95e6.jpg今週から練習の回転数を最高に上げる週間に入った。グローブについた汗を乾かす為に大小を一日おきに使おうと思っている。さあ、一体何処まで身体が本気モードの練習に耐えれるか自分でも楽しみでもある。ユサナの力がまた試されるときが来た、心から本気で神に祈り、ユサナと出会い、生きる目標を見つける事が出来て以来、何度も助けてくれたユサナの支えで今回もこのキツイ練習を乗り越えられる様に祈りたいと思っている。

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2005年10月05日

66Kgの肉体差。 5

532ea5ce.jpg総合格闘技を始める前の体重は66キロだった。喉と体を使い、リズムを聴覚で捉えてパフォーマンスをしていた頃で、ちょうど腰と首に椎間板ヘルニアを患った時期でもあった。当時は少林寺拳法の全国大会出場もあってスピードをつけるべく「カロリーコントロール」と言うキャッチコピーに囚われ、カロリーメイトだけの食事で体を絞るだけ絞ってしまい、本当に今考えるとバカなダイエットをしたと思う。その無知がその後の人生を転落に向かって大きく狂わせる事になるなど、まったく予想だにしていなかったのだからメディア戦略の恐ろしさを身を以て実感した訳だ。いわゆる食品企業が垂れ流す儲け主義のコマーシャルが事実の歪曲を拡散し、正しい栄養補給知識が無ければ自分自身の体を害して行くだけだと言う事だ。だからこそ現在、椎間板ヘルニアを克服して超健康的にプロの格闘家としてしっかりと身体作りが出来る事の最高の至福の瞬間を毎日継続して味わえる事等を、なるべくたくさんの苦しんでいる人にその経験を伝達して行く事が、至極当然の様な気がしてならない。
「世界から苦しみと痛みを無くす」と理想を掲げているユサナ。
自分自身に再び生きられる肉体を与えてくれた見えない生命力が、必ず世界中の人達の身体と心を優しく触れて行く事だろう。
明日も一日中練習浸けである。
現在83キロ、42歳。肩の筋肉が盛り上がり、関節が鳴りながら日々限界知らずの成長を続け、理想の格闘家の肉体へ変化して行く様は、本当に嬉しく楽しみでも有り、毎日が嬉々として輝いて行けるのである。



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