ママ

January 11, 2009

泥棒に負けないで!

1月10日私は、一人salvadorのpitubaビーチを一人で歩いていた。salvadorには、沢山ビーチがあるということで、とてもウキウキ気分でpitubaに到着。

 P1100003






ビーチで女性が一人で歩いていること自体でも、危険なのですが、私はその上カメラを取り出しこのように写真を撮影してしまった。

これが、事件の始まりだった。

写真を撮影し、即座にバックにカメラをしまい、一人でビーチ沿いを歩いていた。

そうすると、二人の20歳くらいの男性が私の背後から歩いてきた。

私の横と前に立ち、私の道を塞いだ2人の男性。

その瞬間、私のバックを掴み、「カメラよこせカメラよこせ」と言いながら、激しくカバンを引っ張り出す一人の男性。

私は、必至にカバンを掴んで話そうとしなかったが、

やはり男性の力に負けて、カバンを奪われてしまう。

一人の彼がかばんを持ち、逃亡する。

私は、絶対に奪われまいと彼が必至に追いかける。

彼は、ビーチの隣の歩道を横断し、横断歩道を疾走する。
私も、車が沢山通る歩道を疾走し、彼を追いかける。

私は、ビーサンを履いていたので、走り出す瞬間と共にビーサンは吹き飛び、裸足で40,50度もある地面を走り、彼を追いかけた。

10メートル、20メートル、30メートル、彼は必死に逃げる。

私は、追いかけながら、

「必ずカバンは取り返せる」

と信じ、かなり必至に追いかけた。 

追いかけ始めてから、

「para,para,paraaaaaaaa」(止まれーーーーーーーー)と

叫びだし、周囲にいる人の注意をひいた。


50メートル、60メートル、

「まだまだ走るよー!!!」と自分に言い聞かせ、

全速力で追いかける。

 どんどん彼と私の距離が開けていく。

もうやばい。

足が痛い。熱い。足が焦げそうだよ。

そう思った瞬間、自分の横を

2台のバイクに乗った男性と、チャリに乗った男性が横切り、

泥棒が走って行く方向へと飛ばしていった。

「彼らは、あの泥棒を捕まえに行ったのだろうか」

それとも・・・ただ急いで、そっちの方向に行っているのか、

捕まえに行ってくれたのだと、願い・・・・

こげそうになる足が叫びをあげていたので、

日影がある場所を探し、そこで止まった。


そうすると、地元の人がどんどん私のまわりに集まり、

「どうした、どうした、取られたのか?」

「私見たよ、あなたが走ってるところ。」

「大丈夫だよ、取り返してくれる、」

と色んな場所から、いろんな励ましが聞こえた。


私は、そんな人々が励ます中、

ひたすら叫んでいた。

「絶対に取られたくない!」 


「アーーーーーーーーーーーー!!!!」



私は、悔しかった。


すごくすごく悔しかった。 


「アーーーーーーーーーーーーーー!!」

「アーーーーーーーーーーーーー!!!!」



叫び続けた。

そうすると、バイクに乗った人がやってきて、



「捕まえたよーーー! 」





と私のもとに飛んできた。


泥棒を、3,4人の男性が捕まえに行ってくれたのだ。


人生でこれ以上感動したことはない。

取り返してくれた一人一人に抱きつき、この上ない感謝を示した。


その後、バイクに乗った人が


「ちゃんと警察呼んで、事情を説明しよう。」 


という。


私は、足が熱くて歩けないから、サンダルを一緒に探しに行って欲しいと頼み、サンダルが見つかったところで、

犯人を捕まえた場所に連れて行ってもらった。



なんと30,40人もの人がそこに集まっていて、撮影のでかいカメラを担いだお兄さんと、アナウンサーのお姉さんもいて、インタビューをしていた。 



「これは、何かおおごとだなー」と思い、まさか私には関係ないだろうと思った・・・


しかし、私が到着すると


周囲が一斉に私に振り向き、

「おおーーー来たよ来たよ。」 とみんなこっちを見てきた。


私は、自分がどこにいるのか 把握できないうちに、

アナウンサーが私のほうに歩いてきた。

 「何があったのか、教えて欲しいです。」という


私を現場に連れてきた人が、「彼女は旅行者だよ」


「日本から一人できた旅行者なんだよ」といってくれた。

そして、

私は、何があったのか、

どんな風にカバンを奪われ、どんな風に追いかけたのか詳しく説明した。

カメラを向けられたまま、アナウンサーに向かって説明した。

そして、縄で縛られた泥棒を見て、

背筋がゾクッとした。

アナウンサーへの報告が終わると共に、警察が到着した。


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警察のおじさんが


私に「〜〜〜したいか?」と聞いてきた。

このおじさんの言っていることは本当に全然分からなかった。

彼を捕まえたいか?って言っているような雰囲気だったので、

承諾し、私は警察の車に乗り、彼は警察の車の後方にあるカゴに入れられた。



警察の車に乗り、一人になった瞬間・・・・・



涙がボロボロこぼれた。


お母さん・・・・・・・・・・


お母さん・・・・・・・・・・


私、本当に強くなったよ。


ドロボウなんて、怖くなかったよ。


涙がボロボロこぼれ、車の外にいた地元の人が、


「落ち着いて、落ち着いて」


「もう大丈夫だからね」



と私を慰めてくれた。


そして、警察署に行き、事情を説明した。

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「とても勇敢だったね。」


「すごく若いのに、一人で旅行するのは危険だよー」


「salvadorに親戚はいないの?誰もいないの?それは本当にきけんだよー」


そして、警察署の奥に行き、お昼を食べていた女性にお水をもらい、

彼女が食べていた焼きそばを見ていたら、


「日本のやきそばだよー、私大好きだよ。食べる?食べていいよ」、と言われ、



焼きそばを口に入れた瞬間・・・・


胸がすごく熱くなって

また涙が出てきた。



その後、落ち着いた私は、自分の泊まっていた近くの地区(Pelourinho)の警察署に行くことになる。犯人と共に。

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車で行く道の途中、2人の警察官が車の中から色んな建物などを紹介してくれた。
私は、policiaの車の中で思う存分、写真やムービーを撮った。

2つ目の警察署に到着した。

ドロボウは、そこで手錠をかけられた。

私は、そこで女性の弁護士に再び詳しく事情を説明した。

彼女は、「本当に彼だったんだね。間違いないね。あなたの一言で、彼は刑務所に行くからね。」と言った。


私は、強く彼であると断言した。

そして、「どれくらい彼は刑務所に入るの?」


と聞くと、「とても長いよ。少なくても6か月よ。」と彼女は答えた。


ドロボウは、始め17歳だといい、未成年であると偽った。本当は、21歳だった。



警察の一人が、彼の写真を撮りたいか?


彼のこと、サルバドールの地元の人が助けたこと、警察があなたをちゃんと守ったことを日本でしっかり伝えてほしいと言い、


私の代わりに写真を撮ってくれたので、載せます。

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女性が一人で旅行することは、勇気が要ります。

自分で自分を守る必要があります。

しっかりと自分を守る必要があります。





termo de declarações

Aos dez dias do mês de janeiro do ano de dois mil e nove, nesta Delegacia de Polícia, onde se encontrava Fabiana Cardoso Pilnheiro, Delegada de Polícia, comigo, Escrivã de Policia do seu cargo, ao final assinado, compareceu***,qualificada na Ocorrência Polícial 1/10/2009. 

Inquirida pela Autoridade respondeu QUE: Está em trânsito nesta Capital, ora hospedada na ******,no centro Histórico. Hoje, por volta das 14h20min, a declarante transitava sozinha pela orla do bairro da Pituba quando foi surpreendida pela ação de dos indivíduos. Que o primeiro indivíduo era negro, estatura mediana, magro, com aparentemente 16 anos de idade, trajando camisa laranja e calça. Que o segundo indivíduo abordou a declarante pela frente, tentando arrancar a sa bolsa, enquanto o segundo indivíduo agiu por trás, ajudando o primeiro a subtrair a bolsa da declarante. Que ambos gritaram ¨a câmera¨ repetidas vezes. Que a declarante acredita que os mesmo estivessem se referindo a sua câmera fotográfica digital que estava no interior da sua bolsa, com a qual havia tirado fotografias momento antes. Que primeito indivíduo conseguiu quebrar a alça da bolsa da declarante e subtrair tal objeto, fugindo em seguida. Que não viu  a direção tomada pelo segundo indivíduo, mas a declarante perseguiu o primeiro indivíduo, gritando muito alto e repetidas vezes a palavra `para`. Que populares auxiliaram a declarante na perseguição e ecrca de quatro homens consequiram detê-lo, recuperando a bolsa da declarante e lhe entregando em seguida, ainda no local. No interior da bolsa de cor marrom da declarante, além da câmera fotográfica descrita, havia apenas setenta  reais em espécie. Que muitas pessoas aglomeraram-se no local para observar o fato. Logo depois, chegou a polícia militar que deteve o primeito indivíduo na viatura, conduzindo-o, posteriormentem a esta Unisade , onde ele disse se chamar VALDINEI SANTOS DUARTE. Em seguida, a autoridade convidou a declarante para indicar o suposto autor do fato, quando, então, apontou, sem nenhuma vacilção citados abordou-lhe pela frente, em companhia de outro indivíduo,subtraindo-lhe em seguida sua bolsa de cor marrom, mas foi perseguido pela declarante e populares que detiveram ainda de posse do objeto. Nada mais disse. Determinou a Autoridade Policial o encerramento do presente Termo, que lido e achado conforme, segue devidamente assinado pela Autoridade policial.
 

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kasumi_yokoyama at 23:20|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

December 09, 2008

ママの誕生日

今日は、私をこの世界に誕生させてくれたママの誕生日です★

(o^∇^o)ノ(o^∇^o)ノ


私を上海の病院で、お腹を痛ませて産んでくれたママです!



わがままで、頑固で、小心者だった私は、


幼稚園の頃、人前に出るだけで涙していました。


そんな小心者の娘を持って、お母さんも心配したでしょう。


絵を習わせようと、家庭教師をつけてくれたママ、


先生が何回教えても、私の絵はひどいまま・・・


最後には、先生は諦めて辞めていきました・・・。


中国人だから、漢字は綺麗に書いてほしい、と


夜のペン字教室に通うことに決めた時、私は小学校1,2年の頃でした。


毎日、お母さんは私の送り迎えをしてくれました。


暗い夜道、私を連れたお母さんがこけた時も、


私をずっと守ってくれました。


こけて血だらけの足を見たお婆ちゃんはとても心配していました。


上海で、勉強だけをしっかりすれば、


何でも言うことを聞いてくれたママ!


でも、躾もしっかり、厳しくしてくれました。


人前に出ても、恥ずかしくない女の子に育ちました。


お母さんは強いです。


日本に来て、初めて小学校に入ったとき、言葉が全く分からない私は、

上履きを隠されたことがありました。


この時、私はひたすら泣いて、中国語で「返して」といいました。


そして、泣きながら家に帰ると、お母さんがいました。


お母さんは、私をいじめた女の子の家に電話をして、怒鳴りました。


お母さんは強いです。


お母さんは、日本に来たばかりの私に「飴」と「雨」の発音を教えてくれました。


私をずっとずっと守ってくれていました。

いつの間にか、思春期が来て、私は生意気なことを言う子になってしまいました。



お母さんに怒り散らしたことも何回もありました。


コンプレックスを誰も理解してくれないと思い、何度も自分の殻に閉じこもりました。


でも、それでも、ママは私を見守ってくれました。


今では、辛いことや苦しいことも乗り越え、強く、明るく、幸せに生活をしています。

何もかも、お母さんのおかげです。感謝しても感謝しても感謝しきれません。


ゆっくり親孝行をしていきたいです。


まだまだ生意気な娘かもしれませんが、これからも迷惑を沢山かけるかもしれませんが、宜しくお願いします。

妈咪!生日快乐!我写了这么多还是觉得需要用中文来对你表示谢意。
你没有想到你女儿会一个人跑去巴西吧?小的时候一见陌生人就哭。你叫我好好写字写字,好好画图,我都做不到。别说拉小提琴呢。但你没有给我压力,你没有放弃,你一直保护我,宠爱我,教我道理。还好满争气,考进一个国立大学,也争取了交换留学。这是第一次,我离开你这么远,这么长之间。我真的很高兴从你的肚子里跑出来,真很高兴不是别人。我记得你以前生气时,一直说,那你去找别的妈呀,去其他人家呀,去找其他人当你妈呀。我怎么会要其他人当我妈呢?我只要你当我妈。我不会辜负你的教育,你的爱。你就等着漫慢享福吧!!你的女儿







kasumi_yokoyama at 12:44|PermalinkComments(1)TrackBack(0)