今日の共同通信ネット記事によれば、日本学術会議は一昨日、原発から出る「核のごみ」の最終処分に関する検討委員会を開いた。

《記事要旨》
・「暫定保管」の課題を整理した分科会報告書案を基に、早ければ年内に新たな提言。
・報告書案は、新たに生じる高レベル放射性廃棄物への対策を明確にしないままの原発再稼働や新増設は「将来世代への無責任を意味し、容認できない」と指摘。
・暫定保管の保管施設は電力各社の管内での建設が望ましいとしている。

 暫定貯蔵について、その期間に関する選択肢を示すとともに、それぞれの選択肢ごとのコスト負担規模と費用捻出手法も同時に示す必要がある。(別の寄稿で提言した拙稿『もっとも現実的な「原発ゴミの正しい処し方」』は適宜御参照のこと。)

 そうした具体的なコスト負担モデルがないと、いつまでたっても一般に理解されない。暫定貯蔵が何世代にも亘る可能性についても、堂々と記述しておくべきだ。隠し事は善くない。

 将来世代へのツケ回しをしないとの思想は、一見すると聞こえも良いので賛成したくなる。だが、その手段論として、再稼働を認めないというのは無責任極まりないし、新増設云々に至っては余計なお世話だ。

 日本学術会議メンバーの世代が造ってきた既設原発を円滑な廃炉工程に導いていくには再稼働はもちろん、諸外国並みの高稼働率によるフル稼働が必須だ。所要の財源や人材を確保するためにも、今までのような稼働率では円滑な廃炉ができるか、甚だ疑わしい。

 自分たちの世代で造った原発を将来世代の最小コスト負担で実行するためにも、一刻も早い高稼働率での再稼働が必要だ。それが、既設原発を建設し、利用してきた今の退役世代と現役世代の果たすべき役割のはずである。