2004年09月

2004年09月30日

ワンストップサーヴィス・・・

先日来かえるくんが陥っている「群発頭痛」・・・

数年の周期でやってくる頭痛で、頭痛には珍しく男性に多いようですが(罹患率は0.03%とかいう統計もあるようですので、あまり多い病気ではないでしょう・・)なんとも、メチャクチャ痛いことで定評があるようで、確かに目の前のかえるくんも断末魔のような様子で苦悶している.さすがのがまくんも「男の人って、ホラ、痛みに弱いからさぁ・・」というカルグチを叩くのも憚られるようなありさまで..

4年前に同じようなものがやってきて総合病院の脳神経外科にかかったものの、CTだのMRIだのの映像所見で「何も異状ナシ」、ということでボルタレンかポンタールあたりの鎮痛剤をもらって帰されたがそれらが全く効かず、最悪の数ヶ月(発作は数週間から数ヶ月のあいだ昼夜を問わず発現し、その後はぱったり消えるそう、)を過ごしていたそう.

全く.日本のお医者さんって、こういうの多いみたいですよね.別に、患者は映像を撮ってもらうためにビョーインに行くんじゃないんですよ、写真屋じゃないんだし.今そこにある「痛み」などの困ったことを解決して欲しいから行くのに.CTやMRIでわかる異状(脳梗塞とか、クモ膜下出血とか、脳の腫瘍とか?)それこそ危急存亡のビョーキでなければ、医者が診るに及ばず、ってなごとき態度で帰されてしまっては、この痛がってる人の生活はどうなってしまうのでしょう.確かに、すぐ死んでしまうような病気ではないことが判る、ということにおいてはそれらの画像を撮ることには意味があるかもしれない、だけど、その次、その人の生活を改善する、というところに踏み出してくれるお医者さんにめぐり合うのはホントに難しい.たぶんそれは大学病院や総合病院だったりするとなおさらなのかも.脳外科・神経内科・内科、、細分化されて、それらの間にはほとんど連携や連絡がない.「脳の画像に異常が見つけられない」→「俺の仕事は終わり」

そこには、「画像を見る」という姿勢はあっても「患者を診る」姿勢は無いように思えるのです.

脳外の先生の仕事は「重篤な脳の病気を見ること」だから、頭痛の相談をするところではないのかもしれませんね.頭痛フゼイの患者で手を煩わしてはいけないのかも.では頭痛の患者はどこへ行けばよいの〜〜(悲鳴)

がまくんは会社の診療室の看護婦さんに相談してみることにしました.部署ごとに担当の看護婦さんがいらっしゃって身の回りの心身の困りごとについて相談できる仕組みになっているのです.しかし、その看護婦さんから紹介されたのも「総合病院の脳神経外科」のリスト...はぁぁぁぁ..たぶん脳外に行っても映像撮って終わりだろうなぁ、と思うと、あまり気が進みません.それに、MRIを撮るのには初診のあと予約入れて何とかカントカ、と結構ヒマがかかる.しかも総合病院は診察時間が限られてるのでわれらサラリーマンには負担も大きく.負担といえば、MRI一回撮ると1万数千円の自己負担が発生するし.「脳のビョーキが無い」と決めてかかるのは確かに危険なことかもしれないけど、経験的にたぶんその可能性は低い・・となるとますます...

と、そんなわけでこんなサイトを発見し、そこで紹介されていた「頭痛に熱心なドクター」のところに「藁をもすがる思い」でかかることにしたのが9月15日..そのときの模様はすでにご紹介しましたが、じっくりお話を聞いてくださり、触診、脈診、舌診の上、西洋薬と漢方薬を併用する方法はかえるくんを少しは落ち着けるものだったようです.西洋薬としてはH13年に保険適用となった片頭痛/群発頭痛の特効薬「トリプタン製剤」を頓服薬として頂いてきたのですが、これが実に覿面に効くようなのです.これが効くということがかえるくんの生活をかなり改善させる・・かに見えたのですが、、

先週中ごろから発作の頻度が増してきてしまい、一日に定めららた2錠では追いつかなくなってきたのです.そして、追加のお薬をもらいに行ったのが月曜日.その時に、ドクターから「それほど辛いようなら一度本人を連れてきて」とのことだったので早速受診してもらうことにしたのです.予防のために出されていた漢方薬の配合を変えてもらい、違うタイプのトリプタン製剤を出してもらいました.また、原因として肩こりや眼の疲れなどもあるようだとのことで、ヴィタミン剤に加えて、ナント留置鍼まで〜8箇所に3mm程度の針を打ち、数日間張ったままにするというものです.これにはかえるくんもがまくんもびっくり.

先生曰く「僕は方法にはあまり興味は無い、痛いのが直ることに興味がある.そのためにいくつかまだ策があるので、順番に試す」とおっしゃっていました.これはかえるくんの気分を落ち着けるのに随分効いたようです.漢方妄信、西洋薬至上、鍼灸一本、そういう「専門店」にいくと、そこで駄目だった場合、渡り歩かねばなりませんが、こちらの先生は、お薬、酸素、鍼、いろんな方法を試してくださるのです.まさに「ワンストップサーヴィス」...全面的にお頼り申し上げます.

かえるくんの症状が和らいで、ビールを飲め、カレーを食べられるようになる日が早く来ますように・・・

kasumyon at 16:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) がまくん、モノ申す! 

2004年09月29日

ゲルギーと北オセチア州のこと

ゲルギーVPOの来日前にチャイコフスキー盤を緊急発売なんて、さすが、商魂逞しいわねぇ、と思っていたらこんな記述をユニヴァーサルのページで見つけました.ゲルギエフは、先日小学校での大惨劇があった北オセチア州が故郷(両親の出身地、彼自身は都会の生まれだそうです)だそう.がまくんとかえるくんがムズィークフェラインでワグナー&ショスタコーヴィチプロを聴いたのが9/5、それに先立つ9/1-4に同じMVでチャイコフスキー「悲愴」の収録(ライヴ)があったようなのですが、このときのゲルギーはすごい状態だった、、と上記のサイトにあります.なんということ....


Yahoo!のニュースによると、オセチアの事件を追悼し、被害者を救済に役立てるために11月に(VPOとの来日前ですね)英国でキーロフ管を率いてチャリティコンサートを行うとのことです

kasumyon at 19:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽 

2004年09月28日

ケケレケクシネン

M.さんから教えていただいた情報.
現在、江戸東京美術館@両国で開かれている「エルミタージュ美術館展」に出品されているエカテリナ2世の食器コレクションにかえるの紋章をあしらったものがあるとのこと..
これです.1773年に英国のウェッジウッド社に制作を依頼した50名分、1000点近いディナーセットだそうで「世界3大ディナーサーヴィス」のひとつなんだそうです.はぁ.

なぜ、かえるの紋章?エカテリナ2世はかえる好きだったのかしら?とのことで由来をひも解いて見ますと.これらの食器はサンクトペレルスブルク近郊の夏の離宮、ケケレケクシネン宮殿で使うためのモノだったようなのですが、この「ケケレケクシネン」という地名、フィンランド語で「かえるの沼」を意味するものだそうで、そこからインスピレーションを得て(?)発注されたようです.うーむ、お茶目?

ウェッジウッドの公式サイトにもこの食器たち「フロッグサーヴィス」についての記述がありました.このケケレケクシネン宮殿そばの「ケケレケクシネン沼」には文字通りたくさんかえるがいたそうです.サンクトペテルスブルクを訪れる際にはぜひともこの沼にも寄ってみたいものです.



kasumyon at 20:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) かえる<FROG!> 

2004年09月27日

脚、痛〜〜い!?

本日もK里にて稽古.

その前にかえるくんのお薬を代理で受け取りに西天満のクリニックへ.頓服の方のお薬、6錠だとすぐに無くなってしまうのでもう少し出して頂けませんか?とお願いしたところ、ドクターが登場...ほえ〜〜...「予防薬と漢方で効いてこないならチョット心配、一度連れてきなさい、とりあえず予防薬の一回投薬量を増やしますので様子見て.彼、体格ヨカッタよね?!」とおっしゃるのに看護婦さんが答えて曰く「ええ、けっこうガッチリしてはりましたわぁ」

・・・絶句.

かえるくん、あなた「ガッチリ」って云われてるよ...

いちおうがまくんからはフォローとして「あのう、身長○○○センチ、体重△△キロなんですけど・・ガッチリ・・ですかねぇ?」と小声で申し上げてみたのですが、聞く耳持たずといった風情でした.

ガッチリ・・、しっかり、むっちり、ドッカリ、、、、.がっっくし・・・・

甘んじるのか?かえるくん!
立ち上がれ! かえるくん.
たたかうのだ! かえるくん.

稽古は今日はSop.のパート練習.パート練習にもピアニストがついて、指揮者が指導.ナント恵まれた環境.はぁ、、、それが、、、ねぇ.みんなのイメージがひとところに無いからなのかしら..そもそもそんなのは無理な話なのか、、、でも「ダイタイこういうモノよね」というそれなりの前提、みたいなのは「ある」ってところからじゃないと話は始まらないような気もするのだけど...

そんなことを考えてたからなのかどうか判らないのですが稽古終了時に向う脛がひどく痛くなってしまいました.姿勢に無理があるのか?それとも重い(!!!!)からなのか?

kasumyon at 23:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) サムソンとデリラ 

2004年09月25日

さぬきうどん行脚・・のはずが

朝はホテルの朝食を摂らず、昨日PAULで買ってきたパンと持ってきたパテで軽く済ませました.その心は、高松に移動してうどん行脚・・のつもりだったから.しかし、県庁そばの「さか枝」サンに入って「小一杯と天ぷら」をいただいただけでおなか満〜杯!行脚なんてとても無理...

ゆでたて、打ちたてのおうどんはトーってもおいしくて、セルフ方式というシステムも興味深かったんだけど、なにせ、おなかが一杯で・・・残念です.

おなかごなしに栗林公園を散歩したものの全然こなれてこず、暑さ&湿気で身体がだるくなってきてしまう感じ..せっかく来たのだから〜という気分にはなれず、そのまま帰ってくることにしました.かえるくんもお疲れのようだったので瀬戸大橋は使わず、宇高連絡線(フェリー)で帰ることにしました.フェリーに乗ってるあいだはかえるくんも昼寝ができますからね.

山陽道経由で7時頃に帰宅しました.お疲れさまでした.

写真は香川県庁裏手の「さか枝」の入り口です.sakaeda

kasumyon at 23:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 国内を旅する 

2004年09月24日

フランドル絵画展→南淡路.

先日かえる母より頂いたチケットにより神戸市立博物館で開かれている栄光のオランダ・フランドル絵画展を見に行ってきました.平日の金曜日というのに随分な人出でした.休日だと建物の外にまでの大行列だそうです.

ヴィーンでは時間不足で訪問できなかったKHMから58点の出品です.いやはや、ドドーンと濃い色彩のものがずらりと.ドドーン、といってもそれ以前の宗教的色彩オンリーのものに比べると、風景あり、世俗的なお祭りや結婚式の描写などありでいくらか「生きている」感じは伝わってくるのですが...しかし、そんな絵でも解説書には数々の「寓意」や「教訓」といったものがズラーと書いてあり、ワオと思うのでした.

その後、先日元町大丸にオープンしたポールでパンとバゲットカスクートを買って、さぁ淡路島へ〜.がまくんとかえるくんは思い立って南淡路に行くことにしたのです.

先ほど買ったカスクートを橋を渡ってすぐの淡路SAのピクニックエリアで頂こう、と思いましたが激しい雨のため、SA内のカフェテリアで.しばらくしたら雨が上がってきて、東の方向、海の上に大きな虹が見えて嬉しかったです.お宿に着いたのは6時前.温泉に入って帰ってきたかえるくんに頭痛が現れてしまったのでしばし休息.

紹介されていた福良のおすし屋さん「一作」へ.「サーモン以外はみんな地のもの」というにぎり、お勧めとして紹介されたガシラの煮つけと、生たこのてんぷらを注文.先日いただいた明石K水の恐るべきお寿司(美味しいのだけど、妙にこちらが緊張してしまう感じなんですよね・・名前に恐れ入ってしまうというか)とは性格が違う、どかんとうま〜いお寿司でした.ガシラの煮付けも絶品.お魚好きのがまくんは、ガシラの固い頭の部分についた頬肉一片に至るまで、お皿に残したのは背骨と小さい骨だけ、というまで、味わいつくしました.タコの天ぷらも、さくさくとした衣といい、ホンワリ香る潮の香りもしみじみとうま〜・・・ああ、シアワセ〜・・・♪

親父さんは俳優の地井武男に似た感じの親切な方でした.奥さんも「ゆっくりしてってねぇ〜」と笑顔がこぼれるような方で.皆様も南淡路・南淡町福良に行かれた際は是非.福良の漁港そば、漁業組合と同じ建物です.

☆寿司・一作
住所 兵庫県三原郡南淡町福良乙1652-2
電話 0799-52-2690
営業時間 11:30〜14:00、17:00〜21:00
定休日 月曜

淡路SAから見えた大きな虹です.海の上にきれいな半円状に出てたのですがカメラに収まりきりませんでしたので一部です.
虹

kasumyon at 22:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 国内を旅する 

2004年09月23日

がまくんとかえるくん、ついに合わせ!?

本日は、某宴会.
何の因果かがまくんとかえるくんは合わせることに.かえるくんがトロンボーンを吹くのは構わんじゃないか.しかしがまくんがピアノなんて、そんな..しかも、あまりにも時間が取れず、実際にあわせて稽古できたのは前日の晩と本番直前の2回だけ〜はぁ・・・

ま、でもね、所詮「余興」だし・・(がまくんのピアノなんて隠し芸・・か?てゆか芸、とも云えないものだわね)、余り、余り.それほど気負ったモンでもないだろうという強引な割り切りで臨みました(ヘンデルのラルゴ).

とりあえず何とか?乗り切って後はおいしくデザートをいただきました.


kasumyon at 23:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽 

2004年09月22日

がまくん、葛根湯に負ける.

いやはや、昨日は参りました〜.
悪寒がして関節が痛く、微熱がある感じで早朝目が覚めました.風邪のハシリか〜?しかし今日は会議もあるので会社に行かなきゃ!と思い、何とか症状を治めたいと思い、常備してある葛根湯ドリンクをグイと飲みました.

しかっし.飲んで20分ほどして急に悪寒が増してきて胸のあたりが苦しくなり、熱も急激に上がって当初微熱程度だったものがなんと9度まで上昇.汗もあぶら汗のようなのがダラダラ出てきました.まずいっ!これはなにか異変だ〜、と思うもののあまりにだるくて腰やら関節やら体じゅうがいよいよ痛くクリニックに出向くのもままなりません.

ほえ〜まいったぁ〜と思いながら、会社に連絡し太あと、何とかお水を口にしソファにノビていたら、しばらくして引いていく感じ.いや〜ホントになにかにとりつかれたような感じでした.少し楽になってきたところで、不安を解消するために内科のクリニックに行き事情を説明しました.診察中に先生が腕やすねの赤発に気づかれました.ほえ〜、えらい真っ赤になっとる〜...先生曰く、葛根湯服用が怪しいとは思うが、もしかしてなにか他の所見があるかも、血液検査すべし、とのことで採血され、午後にまた結果を聞きにきなさい、投薬はそれ以降だ、と.

いったん帰宅し、しばらく休養したあとまたクリニックに.この頃には本当に随分楽になっていて熱も7度台に下がっていました.先生から血液検査の結果を聞きましたが、やはり、検査結果には何の異状所見もないとのこと.一時的に急激に葛根湯に対するアナフィラキシーが生じたのだろう・・とのこと.
今後、葛根湯には注意した方がいいよ、とのことでしたが.

帰宅してネットで検索してみると、「漢方は副作用がないなんて云われてますがそうではない、肝能障害を引き起こす可能性もあるし、エフェドリン類似成分が含まれているので心臓に負担がかかる場合もある.また葛根湯には発汗を促し体を温めて症状を緩和させる、という作用があるので、すでに発汗がある人の場合には発汗を促しすぎて体力的に負担となる場合もある・・」んだそうです.

はぁ〜、なるほど〜・・・.「風邪には葛根湯」なんて素人判断で飲んだのがいけなかったのでしょうね.漢方は本来、「風邪」「頭痛」というような西洋医学的な「症状」に対して処方されるものではなく、身体のバランスが悪くなった結果として「症状」を捉えてそのバランスを改善するために処方するようなので、ひとくちに「風邪」といってもどんなタイプの風邪なのか、ということによって使う薬も違ってくるようなんですね.とりあえず、「汗をかいてるタイプ風邪には葛根湯は駄目」みたいです.ハイ、体感いたしました.素人判断はやめて、お医者さんや薬剤師さんに相談しましょう〜

あ〜しんどかった・・・

kasumyon at 22:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 近況 

2004年09月21日

夜の青虫と子どもの理科離れ

昨夜生ごみを処理機にかける際にふと見やったキッチンガーデンの山椒の木.数日前お昼に見たときに何匹かの青虫(アゲハの幼虫、終齢)がいることに気づいており、秋にも繁殖するのか、と思っていたところだったのですが、、、、.すごいんです、夜の青虫.ペッカ〜〜〜と光を放っている!!!!!山椒の木の葉や枝は夜の闇に沈んで真っ黒なんですが、青虫だけが、微かの光に浮かんで、モソモソもそもそ〜・・・・きゃ〜〜〜、かなり驚きましたが、なんというか神秘的というとありふれた感じですが、じぃっと見入って(魅入って?)しまいました.うーん、この「妖しいペッカ〜」をでじ亀では再現できないだろうなぁ、、残念.がまくんは、バッタ・カマキリ・チョウ・ガの類は大いに苦手なのですが、青虫はイケルかも.「虫めづる姫君」にデビューか?
アゲハの幼虫ほか昆虫に関する詳細な個人サイトを見つけました.ご興味ある方はこちらへどうぞ.

そうそう、そして今日のお昼間にまた山椒の木を見てみたら青虫の数が減ってる.アレ?と思って見回してみると、いましたよ、カマキリ.コイツだぁ〜喰いましたね、アンタ.でも、カマキリを引っつかんでヤッツケルことはがまくんには到底出来ないのでした.カマキリ、怖いから.

とか何とかいうことを、子どもが興味を持って見つめるなんてことは最近トンと減ってしまっているのでしょうか、今日の新聞報道によると小学4-6年生の4割が「太陽は地球の周りを回っている」と回答した、という調査結果が報じられていました.「《ゆとり教育》のため月の満ち欠け、地球の自転公転など天文系統の内容についてについて学習指導要領から省かれていることが原因か」とのことですが、ナントモハヤ驚くばかりです.学校で教えないことは、そのままやり過ごされてしまっているのでしょうか.普段の生活の中で、不思議や疑問を感じる「感受性」みたいなのは育たなくなってしまうの?周囲も「忙しすぎて」関わってやれていないのかしら..

天文学といえば、昨日訪問した苦楽園の祖母(1917年巳年生)の趣味は天文学.50年に渡って天文や物理の講座に通っています.過日の欧州行きの件を写真や地図、パンフ類を示しながら報告していたのですが、標高3454mのユングフラウ・ヨッホに、欧州機構が作った天文台があり、宇宙線や太陽の黒点観測などを行ってるようだ、と話した際に「そういえば、マウナケアにもそんなモンがあるなぁ」とするりとノタマウ.はてマウナケア・・?咄嗟に思いつかなかったのですが、ハワイ島のマウナケア山の山頂(4,205m)に日本の国立天文台の観測所があり「すばる望遠鏡」が設置されている、というのを今日の朝刊の広告で見て納得したのでした.はぁ.「シャガールやジャコメティがデザインしたステンドグラスがあった」とか「《魔笛》は舞台は前衛風だったが、衣裳は伝統的なところもあった」、カラヤンのお墓の様子、樂友協会の内装の具合など嬉々として聞き入る、がま祖母でした.そんな祖母は、「《天動説》を信じる小学生」の報告を聞いてどう思っているのでしょう...

kasumyon at 18:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) がまくん、モノ申す! 

2004年09月20日

苦楽園へ

かえるくんの頭痛が治まるのを待って苦楽園に出かけることにしました.

まずは、お知らせを頂いていたチーズショップカマンベールさんの10周年記念パーティをのぞくため北野の「神戸外国倶楽部」へ.会場となった神戸外国倶楽部は、「トアロード」の名前の由来となった外国人向けの「東亜ホテル」があった場所を利用して作られた神戸在住の外国人のための社交倶楽部.通常は全く一般には公開されていないのでこのような機会は貴重なのです.最近、ライヴや展示会など外部貸しをすることも少しずつ増えてきたようなのですががまくんもかえるくんも初めての訪問.「蝶々夫人」の書割を連想させるような赤い太鼓橋や石灯籠を配した日本「風」庭園があるかと思えばお庭にはプールがあり、外国人ファミリーが楽しげに遊んでいました.9月下旬とは思えない暑さでしたから・・.玄関入って会場は2階の広間.どうということはない広間なのですが、このフロアには会員専用の食堂やらバァやらがありもちろんここは部外者は立ち入り禁止な為うかがい知ることは出来ませんでしたが、充分に「社会見学気分」は満喫?して出てまいりました.あ、チーズのパーティでしたね.新しいチーズや生ハムなどが紹介されていましたが、がまくんとかえるくんが試食して美味しいと思ったオーストリア産のスモーク生ハムは小売の用意がなく、またお店に来てね、とのことだったのでした.ちょっとがっかり.

途中、六甲アイランドのプライスクラブに立ち寄り頭痛発作中のかえるくん用のアルコールフリーのビール飲料を調達.かえるくんが狙っていたBitburgerのDriveというのは運悪くちょうど欠品しており、仕方なくBecks(ブレーメンのビールです)のアルコールフリーと、Holstenのを購入しました.

その後出光のセルフで給油.あのーー、ガソリン高いんですけど.とは云え、ガソリンがなくては車は走らぬ.おサルのブッシュめ、エエ加減にせぇよ、と怒りながら、ガソリン代が多少安くなるという出光まいどカードなるカードに思わず入会申し込みをしてしまいました.うう、セゾンとも提携があるようなので手持ちのカードに付加してくれれば楽チンですのに.

岩園トンネル経由で祖母宅に.トンネル少し手前に「パティシエ・サウチ」というケーキ屋が出来てるのに少し前から気になっていたのでココでケーキを.やはり以前アントナン・カレームを菊谷&樋之池町で開かれてた佐内さんのお店とのこと.その間少しブランクがあるようですがどうされていたのかしら・・・ココの息子さんとは中学校時代がまくんは同級だったのですが・・.シュークリームと祖母が好きなアップルパイ、あとチョコレートケーキを買いましたが、アップルパイは気に入ってもらえたようです.どのケーキも今風のデコラティヴな感じはせず、素朴な感じでしたよ.

帰宅して「パウル・クレー  烙印を押された画家」というドキュメンタリーを見ました.ベルリンの街を行く人に「この絵のは子どもの書いたものなのですが、中に一枚だけ著名な画家の描いた絵があります、どれでしょう」という質問を繰り出す、という企画をしていました.そういう風に編集されているだけなのかもしれませんが、出てくる人みんながクレーの作品ではなく「純・子どもが書いた絵」を指し示すのがなんともおかしかったです.ドイツ人のあいだではクレーの絵はあまり有名ではないのかしらん...彼が残された生のすべての望みを託して亡命したベルンの街、今回の旅行ではインターラーケンからミュンヒェンに移動する時にICで一時停車しただけで終わってしまったのですが、必ずやきちんと訪れて、美術館(世界で最もまとまったクレーのコレクションがある)を訪問し、街を歩いてみたいです.

kasumyon at 23:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) こんな番組を見た 

2004年09月19日

「遠くにありて」・・

日ごろあまりTV番組を見ないがまくんなのですが、今日はかえるくんが城陽に出稼ぎに行ってしまったので、多少ヒマ.モーツァルトとフォーレのレクイエムのオーケストラのエクストラなんですが、見に行くのをやめたがまくんは時間あり.NHK−BSの「遠くにありて・・ニッポン人」を見ることにしました.海外で根を張って活躍する人々を追ったドキュメンタリーです.

以前、オランダで活躍する建築家・吉良森子さん、ヴェネツィアで活躍するオペラ舞台衣装デザイナー・大町志津子さんの放映を見たことがあるのですが、今日はブエノスアイレスでプロのアルゼンチンタンゴダンサーとして活躍する古瀬陽子さん.お名前をどこかで聞いたことがある、と思いましたら何年か前の震災復興祈念音楽祭にゲストとしてお見えだった方.日本で獣医師として活躍しておられたようですが、なにかを見付けたい、とアルゼンチンに飛び立ってもう早15年、その間にパートナーを癌で失ったりする試練もありながら、今もレストラン共同経営で生活を支えつつ「《人生を踊りながら楽しむ人々のいるタンゴの街》で踊りを続けたい」と語っておられました.

自分とは全く違った人生.「こちら」と「むこう」で超えがたい大きな河を感じるだけの時もあるのですが、こちらの体調やらなにやらで、近い気分になれるような気がしたり、不思議なものですねぇ.

kasumyon at 11:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) こんな番組を見た 

2004年09月18日

ピリカのお稽古に行く

午前中から午後2時頃までかかって家じゅうのフローリングを磨いてワックス掛けをしました.これで秋のお客さまもお迎え出来そう.

N先生からお誘いのおはがきを頂いていたこともあり、少年合唱団のOGで結成されている「アンサンブル・ピリカ」のお稽古に行きました.コチャールのミサを1月のリサイタルで演奏する、ということで1期生の先輩から卒業したての40期まで20名ほどが集まっておられるようです.

コチャールはハンガリーの作曲家、コダーイとならんで女声合唱・児童唱のためのポリフォニックな合唱曲をたくさん作っている人です.多声部に分かれたフーガのパートなどはかなり注意深く取り組まないと形が見えてきませんし、アカペッラなので緩むと辛いのですが、20ほどであれば個々の気が拡散せずきゅっと纏まったものができるようです.

kasumyon at 23:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽 

2004年09月17日

田中路子の評伝を・・

ヴィーンのユリウス・マインルで見つけてきた「ミチコ・タナカ・ティー」以来気になっていた、田中路子さんのことを知りたくなり、角田房子さんの評伝「ミチコ・タナカ男たちへの讃歌」(新潮文庫・絶版)をAMAZONのユーズドマーケットで注文しました.文庫本の中古、しかも表紙に二箇所も破れがあるというのに1300円とは驚きましたが、楽しみに読みたいと思います.

東京音楽学校(現/芸大)在学中にヴィーンに留学し、声楽を勉強している時にヴィーンのコーヒー大富豪ユリウス・マインルに見初められ結婚、戦争と戦争の間のヴィーンの社交界に華々しく足跡を残しつつ彼と離婚し、次はドイツの国際的俳優ヴィクトル・デ・コーヴァと結婚、その後はベルリンに長く住み、多くの日本人留学生を支援し、文化交流を通じていわば「民間の日本総領事館」のような役割を果たされた方だそう.大賀典雄も、小澤征爾も若杉弘も、彼女のお世話にならなかった日本人音楽家はいない、とか、カールベーム、カラヤン、シュヴァルツコップなど錚々たる面々と交流を結び、「ベームが自身のの引退公演で、舞台上から彼女一人のために敬礼を送った」というエピソードで評伝がはじまります.

この本のダイジェストはココに紹介されてます.

朝比奈・大フィルとも共演の機会があったようです.


kasumyon at 23:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) こんな本を読んだ 

2004年09月16日

オケイコ

オケイコに行きました.
2時間で4ページでした.半年やってて、まだ浚えてないところがあるらしい(!)です.ツラそうです.悲しい感じ.イラン人先生のオケイコが懐かしい.オペラなのにネ.躍動感や全体のイメージを持たないまま本番を迎えるのはナントカ避けて欲しいです...


kasumyon at 23:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) サムソンとデリラ 

2004年09月15日

ホッピー

4年(2年)周期の群発頭痛に見舞われているかえるくんをドクターのところにつれて行きました.おなかをぐいぐい押しながら(触診)「うーん、イライラはしてませんね」とかおっしゃるモノだから、がまくんは大いに受けてしまいました.ナンデお腹押してそんなこと判るねーん・・と.ともかくいくつかのお薬を試してみて様子をみます.

そしてアルコールは駄目〜とのことだったので阪神デパートでホッピーとクラウスターラーを購入して帰宅.シカシ.ホッピー・・・がまくんの口には合わず.悲しい.


kasumyon at 23:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) タンホイザー!? 

2004年09月14日

ハイジ、再放送

今週の月曜日から関西テレビ・夕方の時間帯で「アルプスの少女ハイジ」の再放送が始まっています.むふふ.先日は銀座の三越前の大スクリーンで「えり子ハイジ」を見てしまったし(かなりの大迫力で感動!?)、嬉しい日々であります.

仕事中なので放映は見られないのですけれど.

kasumyon at 23:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ハイジ 

2004年09月13日

写真をUPしました

AOLの方に旅行中のスナップをいくつかアップしましたのでご覧ください. ←AOLのカウンターが回らないのでタグ打ちしてみました. 牛やカラスなどの画像を上げてます〜.

kasumyon at 20:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スイス・オーストリアへの旅 

2004年09月12日

ベルリンフィル、その栄光の歴史

土曜版にBS-Hiで放映された表記番組を録画しておいたのを見ました.ラットル就任記念?にNHKとベルリンフィルが共同制作したもののよう.カラヤンの話も出てきて「89年、ベルリンフィルの音楽監督を辞任したあと7月にザルツブルク近郊のアニフにて死去」と紹介されました.がまくんとかえるくんが先日お参りしてきたところです.

「アバドは、いつものメンバーだけでなくトロンボーンや打楽器、ハープやその周りに座っているメンバーにも演奏に対して責任を持つように求めました・・・スコアを読み込むことを指示し・・」とのコメントがありましたが、ええとそのう、トロンボーンはオケのメンバーじゃないの?それまで「演奏に対して責任ナイ」とされてたの?それって・・むむぅ.かえるくん曰くは「いっつも弾いてる弦楽器や木管陣に比べると出番が少ないけど、大事なメンバーだ、ということが云いたいんだろう」とのことですが.ま、オケでトロンボーン吹くには、それっくらいのコトいわれたって平気の平左で受け流せないようじゃヤッテケナイのかも知れませんね.

kasumyon at 23:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) こんな番組を見た 

2004年09月11日

高根沢・・・

cc6d7221.jpgがまじいさんの三回忌の法事でした.
インペラトールからの頂きモノが飾ってあったので見せてもらったのですが、文言が摩訶不思議.

日本国天皇は「がまじいさん」を「☆☆☆」に叙し「★★章」を授与する 
平成●年▲月▼日高根沢において璽をおさせる

と書いてある. 第一文の主語述語関係は理解できます.第二文の主語はナニ?高根沢ってドコ?
あのがまじいさんがインペラトールから贈り物をもらうとは、なんとも意味深というかなんというか.

kasumyon at 23:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 近況 

2004年09月10日

がまくん、今日は銀座で会合です.

今日は昼からの会議で上京でした.昨日食べ損ねたインド料理を・・とのことで場所も銀座だし、「デリー」「ナイルレストラン」で念願のムルギーランチだ!と思って早めの望みを予約していたのですが、乗ったバスが予想外に時間がかかり(乗降客が予想外に多くて、所要時間が増してしまったのです)乗り遅れてしまいました.仕方なく車内でオベントとすることに.

銀座での会合は実に実りのあるものでした.会社や組織はこういうところから変わっていくのかと感じたり.

明日の法事に備え鳩居堂でお線香と熨斗袋を調達.資生堂パーラーで父蛙も好きだった銀座店限定のスペシャルチーズケーキをひとつ・・と思って赤い資生堂ビルの1Fのショップで訪ねたところ、今なら秋限定のマロンチーズケーキもあります、とのことだったのでそれをひとつ.

かえるくんには赤いビルの1Fで売られていた「ロオジエ」で出されているというボリーさんお勧めのバゲットを買うことにしました.しかし、実はこのパンは「メゾンカイザー」と云うパン屋さんのもので、松屋銀座を始め、なんと八重洲の大丸でも入手可能なのでした.

虎ノ門でMちゃんと待ち合わせをして食事.一昔前では考えられない値段だなぁ、と思いました.Mちゃんは最近一人暮らしをはじめ、満喫されているようです.目下の悩みは楽器を練習しにくいこと、だとか.フルートにはミュートもありませんし、確かに・・いっそのことがまくんの会社の大先輩のごとく会社に持っていって昼休みに吹く(御霊神社境内で吹いてはりました)とか.

kasumyon at 23:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お江戸 

2004年09月09日

はぁ。。。大フィル

8月一ヶ月空いて7月の大植ブルックナー以来の大フィルです.ドイツの若手指揮者ヘンリック・シェーファーさんの指揮でシベリウスとショスタコーヴィチのプログラム.なんか、この夏以降、ショスタコーヴィチ聴きすぎ.私たちはダスビダーニャかい..シェーファーさん.見た感じの指揮はまるっきり「アバド〜」なんだけど、まったくといっていいほどオケをコントロールできてない感じ.どんどん走っていってしまうのね.シンフォニーの最後なんて、自分がどの辺にいるか見えてなかったんじゃないかしら.顔は、素的系なんですけどね.これから勉強してくださいテ感じかな.かえるくんと同い年デスか・・・BPOのヴィオラ弾きから指揮者に抜擢されたそうですが.

さて、今日の注目点はやっぱり新しく就任されたという客演首席コンマス?長原幸太さんです.長原さんとのおつながり?は前述したので省きますが監督の肝煎りで若い風と音楽性を期待されての任命なのだと思います.大いに期待.しかーーーーし.弦メンバーさんへの波及はまだまだという感じ.残念だけど.幸太さんの弓の勢いと差が大きい方がまだまだ多いような.ま、トゥッティの方が全員「コンマスばり」に弾いてたら、纏まり付かなくてしっちゃかめっちゃかになってしまうのかもしれないけれど、それにしても、観客に「温度差」みたいなモンがシラーと伝わってくるような違いってのはモヒトツやと思います.

ホルンとヴィオラ・・・ホルン1はSさんが吹いておられましたねぇ.シェーファーさん、最後起立させてはりましたけど、一月の尾高さんのワグテュウの起立を思い起こさせましたねぇ・はっきり云って・・・.儀礼的なものなら止めておけばいいのに.どう考えてもオベイションに値する演奏ではなかった.同じ音形4回出てくる中で、どれひとつ、かっちり当たったのがありませんでした.かえってどんどん後ろ向きになって守って吹いておられたように思う..とても残念.ヴィオラの音があんなにバラっと聴こえるのは何故?席が近すぎたせい?こちらの健康状態?

せっかく時間を割いて出かけているのだからなるべくなら楽しんで帰って来たいといっつも思うのですが、、、.長原さん個人に注目するためにオケの演奏会に行くっていうのもなんだかバランス悪い感じだし..10月は新任コンマスの二頭体制というトピックがあるそうなのですが..

演奏後、会場を早々に後にしてしまったのはそんな気分だったからなのでした.しかも、帰りに寄ろうと思っていたはービスのインド料理店「コピヌール」はもう閉まっていて・・・まさに踏んだり蹴ったりな夜でした.かえるくんの××歳のお誕生日だったのに、ごめんね・・・

kasumyon at 09:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 音楽会に行った 

2004年09月08日

がまくんとかえるくん、水難の相?!.

帰国後、一日余分に休暇を入れていたがまくんとかえるくん.しかしがまくんは頭痛がひどくて日中は起き上がることが出来ませんでした.かえるくんだけがかえる実家に報告に行きました.そして、帰宅後今日のブンの洗濯物を・・と始めてリビングに戻ってきて録画してあった「城/王たちの物語=ルートヴィヒ二世=」を見ていたところ、なんだか今までに聞いたことのない水の音が脱衣場からしてきました.

ほ・・・ほえぇぇぇぇ〜...洗濯機の排水パイプが本体から外れて床に落ち、排水が床にじゃぶじゃぶどわぁ〜と・・・脱衣場2センチほど冠水....スンデのところで廊下への浸出は免れていましたが..水は床下収納(というか、床下点検孔)に流れていきましたが(そこに滴下していける量をを超えてしまったた水が床に冠水していた)、その中にはかえるくんが大事に仕舞ってきた生年物などお宝ナ銘?醸ワインが..ああああ、なんと云うこと.ま、ビンの外回りがぬれたくらいでは中身には影響しないとは思うのですが、それにしても起こってしまった事態が、想像を越えていたものだったので…

水難といえば、留守中に庭の散水用スプリンクラーの栓が外れて半日ほど大放水状態だったそう.帰宅されたお隣さんが、かえる実家に通報してくださり飛んできて閉栓して下さったそうですが、はぁ...かえるくん御自慢(お手製?)のスプリンクラーの寿命もそろそろなのかしら・・

水難除けのお宮さんを探して参ってこなくてはイケマセンね.ほぇぇぇ...


kasumyon at 23:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 近況 

2004年09月07日

かえってきました

朝8:10着の便で無事に関西空港に帰ってきました.腰の悪いかえるくんのためにウィーンの空港でチェックインするときにお願いしたら前にスペースがある席を当ててくださいましたので助かりました.週末でなかったので融通してもらえたようです.助かりました.でも機内がずっと寒くてあまりがまくんは寝むことができませんでした.

ともかく、無事に、そして天候にも恵まれて二人で帰ってこられたのは何よりです.ご協力いただいた皆さま、どうもありがとうございました.

そうそう、関空からスカイゲイトシャトルでポートアイランドまで帰って、停めておいた車に乗り継いで自宅まで帰ってきたのですが、途中立ち寄った開店直後の地元のコープの店内が週末の午後のような恐るべき人出.よく見ると小学生を連れた奥様方が多い.台風襲来に備えて学校が休校になっているようです.そして物資?の買出しにこられていたのですね.帰宅後、洗濯に励んだ後、庭木をしばりました.夕方から、ものすごい風が吹き荒れ、今日の朝の到着であったことをありがたく思いました.関空は、今日は午後からほぼ閉鎖状態だったようですし、神戸市内の幹線道路も部分的に高潮で冠水してしまったようです..



kasumyon at 23:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スイス・オーストリアへの旅 

2004年09月06日

マインル・アム・グラーベンに

かえるくんは、前夜の腰痛からあまり回復できませんでした.やはり、樂友協会のあの狭い立ち席スペースに200人からの立ち見客というのはかなりかなり無理があったよう.甘く見ていた私たちがいけませんでしたね.ということで、お土産を充分に買えていなかったので、朝のうちにMAINLBILLAに行こうと予定していましたが、かえるくんは休養してもらうことにしてがまくんだけで出かけて行きました.

お宿近くから出ている2Aの市バスで王宮前まで行けばマインルまではすぐね〜、8時開店ならちょいと前に行って待っていればよいワン.と目論んで出かけて行ったのですが月曜日は8:30からでした.仕方ないのでグラーベンをうろうろと散策.時間があれば出かけたかったドロテア・ガッセの楽譜屋カフェなども、11時50分の空港チェックインカウンター集合ながまくんには訪問はかないません..嗚呼,残念.また来ます.

お宿を出るときは少しひんやりしていたヴィーンの朝の空気も、この30分の間にずいぶんと暖かくなってきまして、今日も本当にいいお天気のよう.お天気に、恵まれた旅でした.朝のグラーベン、ビジネスマン&ウーマン風の人が石畳の上をこつこつと早足で歩いていったり、新聞見ながら一杯コーヒーを飲んでいる様子を観察するのは楽しかったです.少し早めにお店の扉が開きましたのでお茶やらコーヒーやらお塩やらマスタード、スパイスやらをカートに入れてお会計.佐藤功太郎先生が「グラーベンのマインル、つぶれてたみたいよ」なんておっしゃってましたが、外壁を工事しているようでしたが、お店自体は営業していました.相変わらずのきらきらとした品揃えとスタイリッシュな店員さんたち、いつ来てもウットリなお店です.

さて、王宮前まで戻ってきたバスに乗ろうと2Aのバスに乗り込みましたが、むむ、帰りはお宿のほうには行かない?気づいたときにさっさと降りればよかったのに、似たような通名のバス停があるのを勝手に誤解してずっと乗ってましたら、えらく見当違いな方向に行ってしまいまして.手元に詳細な地図も無く、参ったなぁ、とかなり狼狽しましたが、おぼろげな昔の記憶を頼りに歩いていって何とかお宿にたどり着きました.行きにバスの切符を買ったTABAKのおじさんの顔が見えてにっこり笑ってくれたのでホット一安心.「知った道」と過信するのは禁物ですね.反省.

そしてもろもろの荷物を最終的に詰めて、チェックアウトし、タクシーを呼んでもらってエアポートリムジンの出るシュヴェーデンプラッツまで.優しい運転手さんで、停まってるバスのすぐ後ろにつけてくれたので助かりました.

リムジンの中から、大戦前に建造された古いガスタンクを改造してショッピングモールや集合住宅として使われている11区のその名もずばりの"Gasometer"が見えたので大急ぎでカメラを向けました.

13:55、定刻どおり飛行機は離陸しました.帰りはジェット気流の関係で10時間30分のフライトです.腰の悪いかえるくんが少しでも楽であれば、と思い、チェックインカウンターで「前方が広い席に空きがあれば」とお願いしたら、探してくれて交換してくれました.Eクラスなのでたいしたことは云えないけれど、足が伸ばせるぶん、随分助かるように思います.ありがとう、オーストリア航空さん.

kasumyon at 23:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スイス・オーストリアへの旅 

2004年09月05日

ムズィーク・フェラインでヴィーンフィルを聴く.

6bc3ab0f.jpgというわけでクランクボーゲン音楽祭の最終を飾るゲルギエフ指揮・ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団の公演を聴いてきました.

写真は休憩時間に舞台付近までにじり寄って撮ってきた「木でできた譜面台」です.イラン人先生曰く「彼らは椅子も譜面台もヴィーンにいるかぎりはずっとこれを使うからね、スンゴイおんぼろなのに」と仰ってたものです.



kasumyon at 23:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スイス・オーストリアへの旅 

2004年09月04日

ザルツブルクからヴィーンへ

d4ce4ea3.jpgさて、昨夜存分に美味しいものを頂いて(って毎日だわ〜)回復してきたがまくん.やるぜやるぜ〜!とばかりに朝から精力的に動きました.かえるくんのご希望にあった「カラヤンのお墓参り」、「ヘルブルン宮殿」「ドーム」「祝祭劇場」「モーツァルトの生家」と半日だけでホンマ大丈夫カイ!

しかも、「カラヤンのお墓」については某「歩き方」によると「55番のバスで"アニフ"に」とあるものの、ザルツブルクに55番というバスはナーイ!バスの運行表をじっと眺めると、ヘルブルンに行くバス25番の終点近くにあるでないのAnif〜!頼みマスよぉ、「歩き方」サン.でも、Anifと表記された駅は表によると5つくらいもありまして..そこで、運転手さんに「カラヤンさんのお墓に行きたいんですが〜」と尋ねたら、着いたら教えちゃる、とのことでしたので席に座ってしばしバスの旅を.途中、ヘルブルンを通って20分ほどで運転手さんから声がかかりました.帰りのバスの時間を確認してさてと.

小さな集落?と思いましたが、役場の中にはきっちりツーリストインフォメーションもあり、係りの男性が丁寧に地図を使ってお墓のある教会をポイントしてくださいました.教会は今日お葬式があるような飾りがされていました.お墓は教会の裏手、ほかの人のものとそれほど変わらない佇まいのものでした.たくさんのお花が植えられていて、ずっと咲いているようです.がまくんとかえるくんは置いてあったジョウロで水遣りをしました(写真).

そして一度インフォメーションに戻りがまくんは御用.その間かえるくんは先ほどの係りの男性と雑談、彼曰く、アニフの村にソニーがDVDの制作センターを作ってくれたのでかなり潤っていること、ソニー通りという道もあること、カラヤンの住家で最期を迎えたお家はここから10分くらいのところにあるが、高い塀に囲まれていて外からは何も見えない
などなど教えてくれたようです.

さて、バスの時間が迫ってきたのでバス停まで走りました.おおっと、停車しているではないの!乗客のおばさんにがまくんが大々的に手を振ったら、おばさんが運転手さんに「あの人たち来るわよー」といってくれたようで、走って行く私たちを待っていてくれました.助かりました.さっき私たちを乗せてきてくれた運転手さんです.「行けた?」と聞いてくれました.

帰りはヘルブルンで途中下車、また帰りのバスを確認し20分ほどで宮殿をちらりと見学することに.ヘルブルンはザルツブルクのイタズラ好きの司教さんが作った離宮で数々の仕掛け噴水があることで有名です.宮殿内を回る40分のツアーがあるのですが時間の関係でこれには参加できません.ザルツブルクカードで入館だけさせてもらい、最初の仕掛け噴水を見たところで出てきました.映画「サウンドオブミュージック」の「もうすぐ17歳」のシーンで使われた温室を見てまたまた大急ぎでバス停に.またまたバスは到着しており、大疾走するがまくんとかえるくん.

旧市街地で降り、カラヤンの生家、祝祭劇場、ドームなどを大急ぎで見学、ゲトライデガッセにあるクリスマスのお店でかえるくんはもみの木型のシュヴィップボーゲンを購入.そんな精細な木工細工を旅の道中も持って歩くのカイ?とがまくんは内心困惑でしたが、かえるくんはどうしても欲しかったようです.ま、ミュンヒェンでバストランペット買えなかったからねぇ.

せっかくだし一応見ようか、ということでモーツアルトの生家まで来たところ、ふと気になって確認した時刻表を見て愕然!乗るつもりにしていた14:37のICEというのが、ザルツブルクには停車しないということに気づいたのです.14:05の電車を逃すと次が15:10まで無い!しかも所要時間は3時間なので国立歌劇場のオペラに間に合わなーい!モーツアルトはほっぽって駅まで飛んで帰りました.ホテルで荷物をピックアップして、駅までさらに引き返し、今まさに出発する列車に猛ダッシュして飛び乗りました.(こんなときに限って発車ホームが駅の一番端っこで・・・)がまくんもかえるくんもしんそこヘロヘロになってしまいました.旅行も終盤にきて、計画性の無さによるトラブルが頻発してきました.

ともかく、何とかウィーンの西駅に到着.ここで地下鉄に乗ってホテルの最寄り駅に向かったのですが、ミュンヘンよりも随分不穏な空気.怪しげな目つきの若いニィちゃんが小銭をせびりに来たり.怖い・・がまくんが居たころはそれほどでもなかったのに.

ともかくホテルに荷物を置き、フロントでオペラのはじまる時間を再確認してシャワーを浴び慌しく着替えて市電でオペラを目指します.到着したのは開演の7時を10分ほど回ったころ.しかっし!Abendkassa(当日券売り場)は閉まってるではないの!!係りの人に聞いても10分遅い!と云われるばかりで.立ち見もナカトですか?と聞いたら、立ち見ならアルタイとのことで2枚売ってもらい、中へ.魔笛、ちょうど[Bin Ich Ja!]のアリアが始まるところでした.

可愛らしい舞台?と思いきやザラストロの部下たちはなんだかテクノっぽいカッコをしてるし.不思議だった〜.しかし、なんというか、こんなことを云ったらイケマセンが絶対的にシュアですよね.ピッチやリズムがぶれたりずれるってことがぜーんぜん無い.ま、100m、9秒8秒の人たちですからね、なんといっても・・・それにオケの音がひとつの楽器みたい.ピアノと合わせているんじゃないかしら、と思えるような「一枚」ぶりなのです.

一幕後の休憩でロビーで飲み物を頂きながら観察.正装の人も居ますがツーリストは軽装ですね.でもスカラ座と違って立ち見も平土間も同じロビーですのであまり軽装だと浮いてしまうかもネ.2幕どうしましょ、と思いましたが、2ユーロ分はしっかり楽しんだし、腰も痛くなってきそうなのでこの辺で切り上げましょうということになり出てきました.

ノルドゼーで軽く食べ、シュテファンの前に出てたアイス屋さんでアイスもいただき、地下鉄に乗ってかえってきました.ああ、よく走った一日.

kasumyon at 23:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スイス・オーストリアへの旅 

2004年09月03日

ミュンヒェンからザルツブルクへ

dece44d1.jpgミュンヘンを発ってザルツブルクに向かう日です.ザルツブルクまではせいぜい1時間くらいだろうと思っていたのですが大いなる勘違い.しっかり2時間ほどかかるのです.しまった.

その上かえるくんが前夜から風邪を引き発熱.なんとも方策を掴みあぐねてお部屋を使えるぎりぎりの12時まで思案していましたが、朝方に飲んだ葛根湯が多少は効いたと見えて回復して来ましたので出発するときから念願していたマリエンプラッツ近くの楽器屋さんを訪問することにしました.かえるくんは当地でのバストランペット入手を狙ってマウスピースまで持参していたのです.

マリエンプラッツの薬局でアスピリンを購入し、いざ楽器屋さんへ.しかっし!かつてかえるくんがえぐおさんたちと訪問し、ミュンヒェンフィル御用達という看板のかかっていた楽器屋さん、手芸用品店に衣替えされており、扉のところに小さく「楽器屋は移転しました」の表示.店員さんに聞いたところ、親切に地図にポイントして教えてくれたのですが、なんともなんとも..

移転先までS−Bahnに乗って出向いてみましたが一般的な楽器屋さんで、金管などはヤマハとジュピター製しか置いていないような始末.尋ねたところ、マリエンにあったお店は楽譜部門だけを存続させて楽器部門は切り離されてしまったみたい.せっかくだったのですけれどね.

仕方なくホテルに戻り荷物をピックアップしてザルツブルクに向かいました.しかし今度はがまくんが大不調.ほえ〜・・いろんなことが起こります.まさにほうほうの体でザルツブルクのホテルのお部屋にたどり着きました.

しばしの休息の後、街に出ました.ミラベル宮殿内ではソプラノの平松英子さん(01年のマタイ受難曲でソプラノをお歌いでした)が数日後のリサイタルに向けてリハーサルをなさっていたようです.その晩はイョルク・デームスと彼のマスタークラスの生徒によるリサイタルとのこと.

川を渡って旧市街に向かい、ホーエンザルツブルク城へ上るケーブル乗り場へ.昨夜K夫妻からお勧めをいただいたホーエンザルツブルク城内のビアガーデンで美味しいビールを頂こうと目論んでいたのです.しかし、夕暮れを随分すぎたビアガーデンは涼しいくらいでがまくんとかえるくんは大急ぎでビールを頂き早々に下山することにしました.写真はお城の窓から市街を眺めるかえるくんです.

夜も更けた市街を散策します.レジデンツ広場にはたくさんの屋台が出ており、移動遊園地、移動肉屋、移動パン屋とズラリでした.ゲトライデガッセを戻ってきて途中にあるシュテルンブロイのレストランに入りました.最初、英語のメニューを持ってきてくださったのですがその中には表に書いてあったお料理が載っていなかったのでドイツ語のをお願いしました.昨夜K君も仰っていましたが、英語のツーリスト用のには「本日のお勧め」的なものは載っておらず定番の料理しか書かれていない、とはこのことでしたか・・.子羊のモモ肉骨付き、と、カワカマス(Zande)のムニエルというザルツブルク季節名物料理を頂きました.かなり満腹であります.お世話してくださった女性店員さんはほっそーい方なのに大きなお盆を持ってテキパキとなさって素的でした.

☆ホテル
ルネッサンスホテル・ザルツブルク
Fanny-von-Lehnert-Strasse 7
Salzburg, 5020 Salzburg Austria
telephone: 662/46880
今回の旅行で唯一のアメリカンスタイルのホテルでした.おかげでかえるくんの腰は随分休まったようです.それまでのホテルは本当にふわふわベッドでしたからね.お部屋も充分広く荷物を解くのも楽々でした.団体客と個人客は朝食の内容が違うようでした.

☆レストラン
シュテルンブロイ・レストラン
Getreidegasse 34 Griesgasse 23
A-5020 Salzburg,Austria
Telephone:0662/ 842140

☆ザルツブルクのお勧め
ザルツブルクに滞在される方にお勧めなのがザルツブルクカードです.24時間有効タイプは1枚21ユーロ、市内のバスやトロリーに乗れ、モーツアルトの生家・住家を含む各種博物館、ヘルブルン宮殿、メンヒスベルクヘのエレベータ、ホーエンザルツブルク城へのケーブルなど、すべて有効です.ホテルや駅のインフォメーションで購入できます.


kasumyon at 23:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スイス・オーストリアへの旅 

2004年09月02日

インターラーケンから、ミュンヒェンへ鉄道で・・・

8172798b.jpgさあ、この旅で一番の懸念だった、インターラーケンからミュンヒェンへの7時間の鉄道での移動です.朝6時44分発のIC911号でまずはチューリッヒまで(約3時間)、その後EC193に乗り換え約4時間でミュンヒェンです.ECは国際列車なので上級の車両が走っているかと思いきや、今までの車両の中では最も古びたものでした.途中、チューリヒの中央駅の菓子店・シュプリングリでお惣菜を調達、お昼ご飯としました.そのときに飲料を買い忘れた私たちは困窮しながらミュンヘンまでしのぎました.車内販売で使えるスイスフランの持ち合わせが無かったのです.食堂車はクレジットカード決済は20SFr以上からだといわれてしまうし.それならば、シュプリングリでお惣菜など買わず、最初から食堂車で昼食を摂ればよかったかと思うが後の祭り.でもお惣菜は美味しかったわ..

ミュンヒェンに着いたときは本当にほっとしました.そしてホテルがすぐ駅の脇であったことにもほっとして、レートの換算も十分にせずについうっかりホテルのフロントで両替までしてしまったくらいです.あとで見返すとえらいコミッションを取られて1EU=155JPYくらいのレートでした・・あらあら.しかし、フロントのおじさんは親切でしたしホテル自体は実に良いものだったので、、メチャクチャ暑い日だったのでフロントのおじさんに尋ねてプールに行きたいといったところ、近くのメリディアンホテルのプールを最初は紹介されたがそうではなく公共プールが良いんです〜というと、ドイツ博物館近く、イザール川沿いのミューラーズフォルクスバードという「公共浴場?」を紹介してくれました.

いやぁ、これはすごかったですよ.ローマ時代の浴場もかくアルヤと思われる?壮大華麗な建物. 実は以前かえるくんはミュンヒェンを訪れてガスタイクにミュンヒェンフィルを聴きに行った際に見つけていったい何かと思った建物がまさにこの「浴場」だったようで....ユーゲントシュティールというかアールヌーヴォーというのか内装も外装もそんな感じで.

いやはや、「浴場」と云うのは余り的確に表した言葉ではありませんね.やっぱり、括りから云うと「プール」です.ハイ.メインは水着着用で入る大きな「水」のプールと「微温水」の小さ目のそれぞれ屋内の「プール」.エクストラでお金を払うと、男女共同の「サウナ」があるそうですが、後で聞いたところによるとと、なんとこれは全裸で男女共同らしい!!!老若男女、、各種年代の人が楽しんでいるらしいのですが、これは現地の方に調査をお願いするしかなさそう...う.

大きい方のプールは25M×6レーンくらい、端から1/3
は80cmくらいから1.2Mまで徐々に深くなっており、その区間はウォーキング専用.そこからは赤ワイヤーが渡してあって泳ぎ専用です.1.2Mから3Mまで一気に傾斜がついてますので泳がずにはねぇ…(笑)みんな一心に泳いでいるのですが何しろ水温が「低い」.がまくんとかえるくんがマゴマゴしていたらおばちゃんが寄って来て「Kleinerの方は少し暖かいからそっち行ってから来たら」といってくれました.なるほど.あったあった、小さい方、たしかに多少はあたたかい..ここでもみんなセッセと泳いでいます.ツーリストらしき人は誰一人いないけど.

はぁ..書こうかどうか少し迷いましたがやはり書いておきます.更衣のロッカールームが男女共用なのです...そして若い女性もかえるくんの後ろでするする着替えているのだ.マゴマゴしているがまくんを見かねて着替えていた男性が「あっちに小部屋があるよ」と教えてくれたからがまくんは冒険をせずに済みましたが…はぁ…後で聞いたら「ドイツ人ってそんなもんだヨ・・」だそうで、アナおそろしや...

さて、存分に地元民さんに混じって「公共プール」を楽しんだ後、観光もセズお宿に戻りセッセと洗濯、7時のマリエンプラッツでの待ち合わせに向かいました.楽友会時代の同輩、K夫妻にお目にかかりました.お二人とも立派に「駐在員暮らし」をおつとめで、感心しきりでした.奥様は3月に当地でご出産予定だそうでお健やかな日々を祈りお別れしました.K御夫妻、お忙しいところ、おもてなし下さいまして本当にありがとうございました.

☆ホテル
エデン・ホテル・ヴォルフ
Arnulfstrasse 4  D-80335 Munich Germany
telephone. 089/55 11 5-0
中央駅のすぐとなり、館内は落ち着いた感じです.食堂は今回の旅行の中で一番贅沢な雰囲気でした.お部屋も広め、ベッドもとても大きかった.

☆公共プール
ミューラッシェ・フォルクスバード
Rosenheimer Strasse 1 D-81667 Munich,Germany
中央駅よりSーBahnで3つ目、Isartor下車、ガスタイクに向かう道、イザール河渡ったすぐ左手.プール入場料3.2EU ユングフラウヨッホと並んで?今回の旅行の(気分的に)ハイライトだったかも!?帰ってきてから上記サイトの解説文を読んだらやはり19世紀末の創建とのこと.ホテルフロントのおじさんが「実に素的なところです」と力説されていたのに納得です...



kasumyon at 23:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スイス・オーストリアへの旅 

2004年09月01日

ユングフラウヨッホへ!!!

4fc6f048.jpgさて、夜ぐっすり寝たがまくんとかえるくん.朝、すばらしい晴天に目が覚めました.昨夜、金物屋さんでSIGG社製のステンレスボトルを購入し、かえるくんはスポーツ用品店でズボン下まで購入して寒さに備えたのですが・・・.ぐんぐん上ってゆく車内から見える景色には一点の雲もありません.ホントに、晴れ?期待が高まりますが、本当に、どこまで行っても晴れなのです.

インターラーケン・ヴェスト駅を8:17分に出発、オスト駅からBOB登山鉄道に乗り換えて右回りの経路をとりラウターブルンネンへ、ラウターブルンネンからWABに乗り換えてクライネ・シャイデックまで.途中シュタウプバッハの滝(落差300メートル)がきれいに見えます.ラウターブルンネンでいよいよトップオブ・ヨーロッパへ向かうユングフラウ鉄道に乗り換えます.アイガーとメンヒの「体内」を高度にして1400メートルも昇っていくのです.このユングフラウ鉄道、完成したのは100年以上も前だとか.100年も前にこれだけの土木工事を行い電化の客車を通そうと思った、欧州の人の考えを思うと本当に想像を絶する気分です.

おかげで、電車の席に座ったままで3400メートルのアルプスの屋根に到着できます.松葉杖のおばあちゃまや手を引かれたおじいちゃままでが、嬉々として屋根に上ってこられるのです.

ヨッホの駅についたあとかえるくんは多少高山病的な状態でしたが少しやんすんで元気を回復、スフィンクスのテラスに上って眺望を楽しみました.本当にまれに見る晴天だそうで、テラスの上では半そでの人もいるくらいです.写真はテラスから南方を見渡した景色で、南に伸びる、ヨーロッパ最大のアレッチ氷河です.22キロも続いているそうです.

犬ぞり、スキー、そりなど各種アクティビティを楽しむ多くの観光客.天候に恵まれたことを心底感謝します.

あまり、ハイキングをするつもりは無かったのですが、帰りはユングフラウ鉄道をアイガー・グレッチャーで途中下車してクライネ・シャイデックまでの4キロ?ほどをアイガー・メンヒ・ユングフラウの3山ほか居並ぶアルプスの山々を見ながらゆっくりお花畑の中を歩きました.牛がたくさんいる道に紛れてしまったりしましたが、ここでもまた親切なおじさんが道を教えてくれて(詳細な地図も持たずにハイキングに出かけるなんて・・無謀といえば無謀です・・)無事にクライネ・シャイデックまでたどり着くことができました.ガイドには「楽な道です」とありましたが遠藤の標識を見ると赤白マークの「経験者向け」でした.結果的には無事にたどり着いたので良かったのですが・・・

そして、クライネ・シャイデックからは行きに来たのとは別のルート、グリンダー・ヴァルト周りでインターラーケンへ.スケールが予想したよりずーっと大きくて、しばらくぼんやりとしたままのがまくんなのでした.

オスト駅の前のコープで明日の車中の食事を調達し、昨日予約したクーアザールでのスイス民族音楽のディナーショーに.かえるくんは念願のアルペンホルンの試しぶきに参加させてもらい、大満足だったようです.アルペンホルンのおじさんから「うまいねー、何か楽器やってる?」と訊かれてトロンボーン、と応えるかえるくんは、お客さんからも喝采をもらっていましたよ.良かったですね.

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