コピペ日記

備忘録・メモ代わりです。意見はごく少々。

話の仕掛けはすぐ見当がつくので、小出しに謎解きしていく構成がかなりまだるっこい。クライマックスの後の締めくくり方なども二段切れぎみ。
細かい恋愛描写がもうちょっと引っ張りこむ力があるとよかったのだが、初めの頃ヘタするとストーカーと間違えそうでつまずく。

ジョアン・アレンの母親や婚約者など、恋路を邪魔するキャラクターが単なる仇役ではなくそれなりの事情があるのを出そうとはしているが、まだ中途半端。
こういう比較はどうかと思うが、監督(ニック・カサヴェテス)の父親のジョン・カサヴェテスは脇と主役で人物の扱いを本質的に変えずに、全員が自分の人生の主役って描き方したぞ。

過去のシーンで時代色や貧富の差がよく出ている。
画面がやたらと綺麗なのは、善し悪し。
後半ウォルト・ホイットマンの詩が朗読される場面があるが、前半ヒロインがいる教室の黒板に「草の葉」の一節が書かれている。

chemistryのプロモがエンドタイトルの後につくのは、まったくの蛇足。途中で出た。
(☆☆☆)



きみに読む物語  - Amazon

およそ格好よくない女の子(舞台挨拶で見たら可愛かったぞ)に、優男とワイルド系のいい男二人が絡む、絵にかいたような夢物語。下手するとドロドロになりそうな設定も入ってくるのだが、あくまで夢を壊そうとしない作り。その分アクセントがなくて2時間近くはキツい。

オープニングはこの監督の前作「火山高」みたいにやたら凝った映像処理でまたヴァイオレンス・タッチで行くのかと思ったら、後はおとなしくなる。かといって甘甘にも徹しきれていない。
写真は、文京シビック大ホールの一階から地下ニ階までえんえん続く行列。カン・ドンウォンは身長186とか7とかいう長身で、舞台に立っても目立つ。白の上下に上着の裏地は赤、広い藍色の襟といういでたち。
(☆☆☆)



オオカミの誘惑 - Amazon

シャドー・メーカーズ(字幕スーパー版)

CICビクター・ビデオ

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ビデオ題名は「シャドー・メーカーズ」だが、原題は「ファットマン・アンド・リトルボーイ」。ポール・ニューマン主演の日本劇場未公開作。ファットマンとリトルボーイとは、それぞれ長崎と広島に落とされた原爆のコードネームのこと。

デブとチビとはふざけた名前だと思ってたが、その由来というと、かなり物騒。
同じ原爆とはいっても使っているのはそれぞれプルトニウムとウラン235と別物で、ウランの方はすでに実験も成功していたが、当時の技術では一発分の分量を集めるのがやっと、プルトニウムは量は集めやすいが実験する暇もなくしかも爆弾の図体が大きくて爆撃機に積めるぎりぎりの大きさだった。
あまりに大きかったため通常の方法では搭載する事が出来ず、穴を掘って爆弾を埋め、その上をB−29にまたがらせた上で原爆を吊り上げたくらい。だから後者をファットマンといい、それとの対照で前者はリトルボーイといった。

長崎の方は落とす場所もちゃんと決まっておらず、小倉にする予定もあったのが、出たとこ勝負で主に天候で決めたわけだし、つまり一発で済むのをやたらと急いで二種類の爆弾が使われた。なぜかって? そりゃあ、戦後処理用に核兵器のデータをとるためですよ。
それぞれの被害の様相を、占領軍は当時貴重だったカラーフィルムを使って記録しているのもその現れ。露骨に言えば、日本人で人体実験したってわけ。

ちなみにその記録班に「姿三四郎」「人情紙風船」「ハワイ・マレー沖海戦」のカメラマン、三村明がいた。カメラマンとしての腕とともに、アメリカで「市民ケーン」のグレッグ・トーランドの助手をつとめたりして英語が話せたから。



九段下の山種美術館で「横山操 『越路十景』と日本画の風情」。
「蒲原落雁」の新潟の防風林がずらっと植わっている風景は、「はなれ瞽女おりん」で見た風景。幾何学的でもあり、自然美でもある。
山肌の照り返しを金色で、残雪を銀色で描いた大胆な表現。

続いて昭和館で入場無料なので「戦中・戦後のマンガと子どもたち」。
「チンポモドコ」という雑誌があるので、何かと思ったら「コドモポンチ」を右左逆に書いていただけだった。
なんだか戦中・戦後のマンガというのは、ギャグのつもりなのかどうかわからないギャグや、妙に予定調和的なところなど、最近だと聖教新聞の「バリバリ君」みたい。
そういったら、この施設自体がかなり異様な雰囲気だが。

一階のニュース映画コーナーでは、黒澤明が「蜘蛛巣城」を持ってロンドンでマーガレット王女に叙勲されたニュースが上映されていた。息子の久雄がまだ子供で横で笑っていた。


ここのところ、ずうっと朝日でNHKとの争いをまるで伝えないと思ったら、こんな小さい記事がやっと出た。
それも、NHKに外部から圧力があるのが問題だと指摘する集会があったというだけ。
何度も書いているけれど、朝日の報道そのものの方法の問題点を自ら明らかにせよといっているのに、さすがにNHKに「圧力」がかかったかどうかが問題の本質と言い募るのがムリになったのか、
こんな具合に他人のフンドシでお茶を濁している。
司法に任せるのなんのって言ってたけれど、結局そちらもどうなったの。
人の噂も75日というが、まだ75日も経っていないぞ。

カテゴリー・朝日NHK問題



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スティング

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

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1930年代の大不況時代のアメリカのコン=マンにチャールズ・ゴンドルフという人がいた。コン=マンというのは「スティング」のポール・ニューマンやロバート・レッドフォードのようなスマートな詐欺師のこと。
で、「スティング」のニューマンの役名はヘンリー・ゴンドルフ。「ハスラー」とか「ハッド」の成功にあやかってか、ニューマンはHのイニシャルを好む性癖がある。「動く標的」では原作の主人公の名前リュー・アーチャーをルー・ハーパーに変えたくらいで、これもその伝のうちだろう。

なお、詳しくはこちら↓ 
この写真ではわからないが、帯に「スティング」のネタ本とあった。実際、あそこで使われた手口の大半は実際に使われたものであることがわかる。

詐欺師入門―騙しの天才たち その華麗なる手口

光文社

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三人の魔女がころころした若い女の子で、文字通り姦(かしま)しく喋りまわり踊って歌り、コンビニで買ってきたと思しきフライドチキンにかぶりつく(ふりをする)。
ラスト、マクベスが滅んでも、また同じ魔女たちが現れて冒頭の台詞を繰り返す。
特に現代化しているわけではないが、権力や殺人についてのドラマは嫌でも今に通じる。

一人のとびきり背の低い女の子(美月愛)が男の子の役を二役でやったり、マクダフが亡霊になって甦るだけでなく、ラストの軍隊にも同じ役者(蛯原祟)が混ざって旗を持ってたりと、一人で何役も演じるのが、面白い効果。

マクベス役の白州本樹は、なかなか男前。マクベス夫人のShibaは、丹波道場の出身でこの劇団の主催者。

セットは幕と階段とポールしか使わず、もっぱら台詞だけでちゃんとドラマが作れるのだから芝居は(シェイクスピアは、というべきか)面白い。


癌検診の結果が送られてくる。胃・腸・肺ともにシロ。一応ほっとする。
自覚症状が全然ないから大丈夫だろうと思いながら、自覚症状が出るようでは相当深刻なわけで、封筒開けるまでヒヤヒヤする。

肺の検診のため痰を取らなくてはならなかったのだが全然出なくて困ったのに、今になって風邪でもういらないってくらい出る。


ロシア革命時の戦艦の船員の叛乱と勝利を扱った旧ソ連映画「戦艦ポチョムキン」は長いこと映画史上の最高傑作の地位をほしいままにしていたのだが、ソ連崩壊後のロシアではてんで不人気だという。ポチョムキン、というのはエカテリーナ女王が領地に視察にまわってきた時、食糧や衣服などごく貴重な贅沢なものを集めて、映画のセットまがいに村人が豊かな暮らしをしているかのように見せかけ(北朝鮮かよ ! )御機嫌を取結んだ公爵の名前。
別に映画がハリボテとは言いませんけど(と、いうか勧善懲悪のアクションものとして無類に面白い)、なんだかなあ。




戦艦ポチョムキン

アイ・ヴィー・シー

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最初から最後まで追っかけが続くから、ほとんどダレ場がない。
追われる展開については、危機また危機を乗り越える知恵の使い方といい、ドイツやロシアなどの大がかりなロケーションの緊迫感といい、文句なし。
ただし、ボーンが自分の失われた過去を追う方は、画にしにくいこともあってか、ほんのつけ
たり。
もっと露骨な理由としては、あまり過去を明かさないで更なる続編に客をつなぎとめるためだろう。

非英語圏でその国の言葉でだいたい通しているのもいい。もっとも、大詰めの大事な会話で途中からロシア人の方から英語を話し出すのは、相変わらず。ボーンのロシア語の方がうまいのでないと、優秀なエージェントって感じにならないと思うのだが。
(☆☆☆★★)

「カサブランカ」のラストで、クロード・レインズの警察署長が手にしていたガラス瓶をクズ籠に放り込み、その瓶をわざわざアップで撮っているシーンがあって、なんであんな風に強調していたのだろうと不思議だったのだが、あの瓶はヴィシー産のミネラルウォーターで、当時のドイツ占領下フランスで親ナチスだったヴィシー政権にひっかけて揶揄していたというわけ。
なお、ミネラルウォーターの方のヴィシーは肝臓にいいと言われ、飲み過ぎ食べ過ぎの時によく飲むらしい。あの署長、美食家なのかな。



カサブランカ 特別版

ワーナー・ホーム・ビデオ

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ネットで「いまを生きる」(原題“Dead Poets' Society”)の英語シナリオを検索してみると、クライマックスが生徒の一人が学園祭で自作の詩を朗読する場面になっているのにびっくりした。そういえばまた聞きだが、先生が白血病で死ぬという案もあったという。いま実際ある映画のラストが一番いいな。



いまを生きる

ブエナビスタ・ホームエンターテイメント

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「おばあちゃんです。もうすぐ生まれます」というコピーそのまんまの内容。難しくてよくわからん。
一番前に座っていたら、何百枚という新聞紙が天井から降ってくるクライマックスで新聞が3回もぶつかってくる。その一つは「朝日こども新聞」。

地下鉄のポスターのたけしの顔が小泉純一郎の顔に見えた。眼が据わった表情でいると、結構似てる。

スーパーで、田代まさしが頭を丸めたみたいな顔の人とすれ違ってびっくり。


CMで映画の字幕文字風の書き文字の字体を使うことがあるけれど、どういうわけかほとんど必ず間違うところがある。句読点「、」や「。」を使うことです。

実際の映画の字幕では句読点は使わないが、CMでは平気で使っている。知らないのか、使わなくてはいけない規則でもあるのか。

CMって妙な規則があるからわからない。たとえばオロナインCみたいな“医薬用外品”だと口をつけて飲んでいるところを見せてもいいけど、同じドリンク剤でも“医薬品”扱いだと飲んでいるところを見せてはいけない、とか。
そのくせ酒やサラ金の広告は山程やってるんですけどね。
そろそろ煙草のCMは、全面禁止になります。


ストーリーがラリー・コーエンなので、公衆電話周辺に限った「フォーン・ブース」(では脚本担当)の姉妹編みたいなものかと思ったが、シンプルなワン・アイデアを細かいアイデアを膨らませて詰め込むやり方は、近頃珍しいB級らしい作り。
ムダに2時間を越す映画が多い中、上映時間1時間35分と聞くとそれだけで手を合わせて拝みたくなる。

階段の途中でちょっとでも動いたら電波が途切れそうになったり、バッテリーが切れそうになったり、トンネルに入りそうになって慌てて引き返したりといった、考えられるケースを次々と丹念に生かしている知恵の使い方がいい。

金魚鉢を壊して悪人の気を引き付けるシーンが終わった後、ちゃんと金魚が小さい容器に移されて生きているところを見せる(それも特に強調しないで)というあたり、芸が細かくて嬉しくなる。あまりムダに人が死なないのもいい。
イヤミな弁護士(アメリカ映画では、本当に弁護士のイメージが落ちた)が文句をたれている後ろでその車が盗まれる、横長のサイズを生かしたマンガ的な構図のおかしさ。
警察に頼れなくなる設定の仕方、事件の背景をビデオ映像で説明ぬきでわからせてしまう経済的な語り口。

クライマックスで誘拐された連中があまり絡まない、ややムダにドンパチやカーアクションが入っている、のは残念だが、CGや爆発のアトラクションをむやみと詰め込んだバカでかくて大味なステーキみたいな映画が幅をきかす中、きちっとできた定食みたいでほっとする。

ただ、これくらいの出来と作りの映画は、前は珍しくなかったのだが。
(☆☆☆★★)



セルラー - Amazon

山田洋次の「虹をつかむ男」で、映画館のドアが内開きになっていたのには驚いた。
映画館に限らず、大勢の人が集まるところのドアは必ず外開きだ。そうでなかったら、火なり地震なりで避難する時、後ろから押し付けられてドアが開かなくなってしまうではないか。撮影所の人間は映画館に行っていないのだろうかと疑ったくらいの凡ミス。

ついでにウンチクをたれますと、銀行の扉は必ず内開きです。強盗が入った時、外開きにしておくと、そのまま扉を突いて開けて逃走してしまいますからね。内開きにして、いったん立ち止まらせて、わずかでも時間を稼ぐようにしているわけです。
先日、落とし物を取りに行って気付いたけれども、警察署もそうだった。

ホテルの客室の扉も内開きです。廊下に向かっていきなり扉を開けたら、誰にぶつかるかわかりませんからね。
ビリー・ワイルダー(合掌)の「深夜の告白」で、外に開いたホテルのドアに人が隠れるシーンがあったけれど、これは知っていてついた映画のウソ。ワイルダー自身、誰も気がつかなかったとうそぶいている。

三谷幸喜の「みんなのいえ」で、デザイナーと大工が玄関のドアを外開きにするか内開きにするかでもめたが(ワイルダーを真似したかな)、なんでそうするのかという理由付けがないので、なんだか物足りなかった。

森村誠一の「東京空港殺人事件」でも外に開いたドアに隠れて隣の部屋に出入りするという場面がありますが、これはまったくの偶然(それも二回も!)という設定なので、ウソがバレバレ。似たような“ミス”であっても、扱い次第でただの欠点か劇的効果を優先したウソか分かれるということになる。


新宿を歩いていたら、青いシートで狭い路地が囲われて、警官やテレビカメラに向かって喋っている人などが見えた。何か事件かと思ったら、これ
カメラつき携帯を普段持ち歩いているのだが、この時は持っていなかった。あまり残念でもない。そんなの撮ったら、なんか縁起が悪い。
殺人事件の捜査現場を通りかかったのは、ニ度目。


もともとオリジナルの「オーシャンと11人の仲間」はフランク・シナトラ一家が集まって身内の楽しみでこしらえたみたいな映画でリメーク不可能。
その強引なリメークの、そのまた続編なのだから無謀な話。

ジュリア・ロバーツの役がジュリア・ロバーツ当人を演じて似ているの似ていないのというくだりなど、「キャノンボール」のロジャー・ムーアほどイヤミではないがくどくて一向に洒落っ気がない。某大スターのカメオ出演もそう。ワンシーンだけ顔出してひっこめばいいのに、くどくど出てきて、かといって何か面白いことをするわけでもない。
作っている方だけ楽しんでいるのならまだしもで、みんな何となくお仕事やってますという感じ。

ムダに時制を交錯させて、結果がわかってからプロセスを見せたりするものだから、泥棒がうまくいくかどうかといったハラハラも全然ない。
娯楽映画のツボをわざと外しまくった、何をスカしてるのかと思わせる演出。
イタリアロケのみ見もの。
(☆☆★)


オスカー授賞式をちらちらとだが、字幕版でもう一度見る。

アメリカ式ジョークって、耳で聞いても字幕で読んでもなかなかピンとこない。
映画館の客に向かって、作品賞候補作のどれかを見たかどうかを聞いたら誰も見ていないという取材(?)映像は気がきいている。こういう真似は日本ではできない。

ルメットのスピーチで感謝した監督たちの中で、ジャン・ヴィゴとカール・ドライヤーは字幕に出なかったと思う。

字幕でHalle Berryのことをハル・ベリーではなくちゃんとハリー・ベリーと表記していた。はっきりハリーと発音しているものね。

ラジー賞(サイテー映画賞)を「キャット・ウーマン」で受賞したベリーが授賞式に出席。出席者はポール・バーホーベンなどに続き4人目。
「子供の時、母に言われた。よく敗者になることができなければ、よき勝者になることもできない」とスピーチしたとのこと。うまい切り返しですねえ。

プロローグ

「おい、起きろよ」
 肩をつかまれ、揺すられた。
 背中が冷たい。固いものに押しつけられていて、あちこちすれたような痛みを感じる。
「起きろって」
 真っ暗だった。目をつぶっているかららしい。粘りつくような瞼を上げて、目を開いた。
 上から丸まっこい塊が下がっている、と見えたのは制帽をかぶった警官の顔だった。後ろにはまだ暗い、青みがかった空が広がっている。
 ぼくは頭をもたげた。警官が、ぼくの肩の下に手を入れ、起き上がらせてくれた。
「こんなところで寝て。風邪ひくぞ」
 そう言われたとたん、身体の芯まで冷えているのに気付き、鼻をすすった。
「立てるか?」
「はい」
 声を出してみると、問題なく出た。喉も痛くなく、声もかれていないようだ。
 警官が貸す手から逃げるように、ぼくはできるだけ急いで立ち上がった。少しふらついたが、立っていられる。
「あまり若いうちから飲み過ぎるな」
「はい」
 神妙に答えた。
「帰れるか?」
「大丈夫です。帰れます」
 言うより早く歩き出していた。警官が追ってくる気配はない。よくあることなのだろう。
 ぼくは肩をすぼめて掌で二の腕をこすった。今はいつごろの季節なのだろう。朝だから冷えるが、それほど寒い時期ではないようだ。
 と、思ってから、いま何月なのか覚えていないのか、と妙な気がした。確かに記憶がすっとんでいるらしい。飲み過ぎて前後不覚になるとはよく聞くが、それが自分に起こるとは思わなかった。
 歩きながら、今見えている街の記憶を探した。朝のひと気のない時の青みがかった光景なのでだいぶ印象が違うが、見覚えのある街角だ。
 家までバスで5つか6つくらい離れた盛り場なのが、ほどなくわかった。何度か来たことがある。探すと、少し迷ったが、バス停はすぐ見つかった。もう運行しているのだろうか。
 朝早いことは確かだが、いま何時なのか、わからなかった。私は腕時計を持っていない。部屋の中にいればいつでも時計を見ることができるので、必要ない。とにかく、バスが来るまで待つことにした。小銭があるか心配になり、ポケットを探ると、鍵のついた財布が出て来た。中を覗くと、千円と小銭が少し。いくらなのかよく覚えていなかったが、片道なら足りるだろう。
 それほど待たずにバスが来た。乗り込むと、もう三人の先客がいた。
 バスが走り出すと、ぼくはもっぱら流れて行く窓の外を見ていた。ぽつりぽつりとまだ閉まっている店が通り過ぎるほかは何もない。自動販売機の明かりだけが、まだこうこうと点いている。
 そんな単調な繰り返しを見ているうち、きのう何があったのか、考えるともなく考えていた。 
 こうやって外に出たのは何日ぶりだろう。隣街まで足を伸ばしたとなると、何ヶ月、いや何年ぶりかになるかもしれない。
 もしかすると、中学の時から七年かたこの路線のバスには乗っていなかていのかもしれない。高校に通う路線は別のものだったし、それも一年足らずで辞めてしまったのだから。
 高校の同級生のことは何も覚えていない。ほとんど通わなかったし、行っても一切口も聞かなければ、目も合わさないようにしていた。
 中学の…、そう中学の同級生のことはよく覚えている。何しろ、きのう会ったばかりだ。
 会ったというより、会わされたというべきだろう。なぜ姉はあんなにむきになって同窓会に出ることを要求したのだろうか。わざわざ酒を飲んだこともないぼくをひっぱって、居酒屋で開かれた会に連れて行ったのだ。ショック療法のつもりだったのだろうか。
 だとしたら、ショックが強すぎたらしい。どれくらい飲んだのかも、いつ店を出たのかも、どこをどうほっつき歩いていたのかも覚えていない。
 誰とどんな話をしたのかも…いや、その記憶はこびりつくようにかすかに残っていた。だが、何か膜がその上に張られているように、輪郭がぼんやりしている。
 急に、今が五月なのに気付いた。
 東京の大学に行っていた連中が帰ってきて一息ついた時期に合わせたのだろう。奴らは大学には行っていないはずだ。高校を出て、就職したのかぶらぶらしているのか。時間を過ぎても姿を見せないので、一安心したところで、まるで見透かしたように姿を現わした。
 奴ら? って、誰だ?
 わかっているはずなのだが、まだ頭の中に膜が張ってあるような感触はなくならない。
 その時、降りる停留所が近いことに気がつき、ぼくはボタンを押して降車のサインを出した。
 バスを降りると、見覚えのある風景が目の前に広がった。
 家のすぐそばなのだから見覚えがあって当然なのだが、なぜかデジャ・ヴというのか見たことのないのに見覚えのある風景を見ているような違和感がある。
 ぼくはいちいち道を確かめるように歩き出した。
 バスを降りて、通りを横切って横道に入り、最初の十字路を右に曲がり、茶色い壁の分譲マンションのある角で左に曲がる。
 ほどなく、ぼくが、いやぼくたちが住んでいるローズハイツが見えてきた。名前はもっともらしいが、昔でいうなら長家みたいな古ぼけたアパートだ。
 急ぎかけて、石畳に少し蹴つまずいた。頭が振れ、全身がひやっとした感覚に包まれた。
 気付くと、またぼくは道に倒れていた。
(またか)
 石畳といっても、それらしく見せかけたタイルをセメントで道に貼付けただけのもので、近くで見るといいかげんに施行したのか、少し波打っているのがわかる。
 腹がたちかけたが、とにかく立ち上がった。特にけがはないようだ。すがるようにとにかく部屋に急いだ。
 鉄製の外付けの階段を登り、204号室の扉を探し、財布についていた鍵を鍵穴に入れて、回す。錠が外れる感触がした。チェーンはかかっていない。おそるおそるドアを開いて覗くと、白い先の尖ったハイヒールが見えた。
 姉がきのう、ぼくについてきた、いやぼくを連れていった時にはいていた靴だ。
 起きているのだろうか。音をたてないようにそっとドアを身体が通るぎりぎりだけ開き、素早く中に滑り込んだ。
 部屋の中はしんとしていた。そっと靴を脱ぎ、足音を忍ばせて玄関に隣接してあるキッチンに上がった。テーブルの上に、姉が買って来たヒヤシンスの花びらが散っていた。
 姉の寝室の襖は閉まっている。並びにぼくの部屋がある。そっとぼくの部屋の襖を開けようとしたら、
「守?」
 姉の声がした。
 しばらく、いや、実際はごく短い時間だったのだろうが、ぼくはそのまま硬直したように動けなくなった。
「守なの?」
「ああ」
 襖が開き、姉の郁美が姿を現わした。赤いブラウスにグレーのスラックスという、きのうの服装のままだ。
 急にどっと疲れが襲って来て、また軽くめまいがした。
「とにかく、休ませて」
 それ以上何か言われるのを遮って、ぼくは部屋に入った。ベッドに潜り込むと、シーツを頭の上までかぶって目をつぶった。幸い、それ以上小言を言ってくることはなかった。実際、疲れていたのだろう、そのまますぐ意識が遠くなった。

 目をさましても、真っ暗だった。
 そのまま、きのう何があったのを思い出していた。
 居酒屋に着くまでに、どこでどうやって調べたのか、ぼくの同級生の近況を事細かに話して聞かせた。店には、一番乗りだった。姉は少し離れたところで、ぼくを見張っていた。
 だから、ほとんど七年ぶりの元同級生たちがぼくを見てどう反応するか、一人一人観察できた。まったく気がつかない者、不思議そうな顔をして見返す者、それから…それだけだった。まともに挨拶をしてくる者はまったくいなかった。こっちから挨拶すれば返してくるのは良い方だ。実をいうと、ぼくの方でもかなり顔を忘れてしまい、貸し切りだから部外者は入ってくるまいと、とにかく誰か入って来たら挨拶するようにしていたのだ。

(2)に続く

(1)より続き

いてもいなくても同じ。ぼくはいちいち気にしなかった。いつものことだ。むしろ変に話しかけられて相手させられるより、大勢の中でも一人でいられるのを望んでいたのかもしれない。
 とにかく、飲みつけない酒をちびちびやり、適当につまみを食べ、早く時間が経って解放されることだけを考えていた。かつて彼らと一緒に学校にいる時間が過ぎるのをただひたすら待っていたように。姉はその様子を見て、少し安心したようだった。
 ぼくがここ五年くらい、ほとんど部屋から出ないでいるものだから、人づきあいがまったくできないのではないかとしきりと心配して、同窓会を口実に無理に外に連れ出したのだが、何、ごく短い間表面的につきあって喧嘩しないで別れるのだったらお手のものなのだ。
 始まってかなり経ってから橋本がやってきた。彼はぼくを呼び出す時の使い走りをしたり、奴がぼくを殴る時に腕を押さえたり、ついでに後ろから膝蹴りを入れたりはしたが、主犯ではない。居酒屋にきょろきょろしながら入って来て、ぼくと目が合った時も、はっと気付いたあと、忘れたようなふりをして通り過ぎた。高校を出る時、あちこちの会社を受けたが全部落ち、結局親の会社に入って小さくなって四年経つうちに、びくびくしているのが習い性になったようだ。
 それから、木口もやってきた。こっちはぼくの顔を見ても反応を見せず、こっちが会釈すると反射的に会釈を返した。長いことあちこちのコンビニを渡り歩いているうちに、相手の顔に目を向けていても見ずにすませて機械的に挨拶する癖だけは身についたようだ。
 橋本と木口はお互いのことを明らかに気付いていたが、知らぬふりをして離れた所に座った。中学の時はあれだけ意味もなくつるんで歩いたくせに。
 だが、奴が…清川が来た時は様子が違った。
 意外なことに、奴の顔を見ても最初はわからなかった。のばし放題にのばした鬚、ばさばさの髪の毛、そしてどろんと濁った目の色。明らかに店に来る前から泥酔していた。もしかしたら、酒以外のものも入っていたのかもしれない。足元もおぼつかなく、そのくせ服だけは不思議と身綺麗なものをつけていた。
 橋本も木口も、最初は清川に気付かなかったらしい。最初に気付いたのは誰なのか、よくわからない。ほとんど示し合わせたように、三人同時に気付いたようだ。
 他の同級生たちには、ついに奴が同級生だとわからなかった者もいたのではないか。ホームレスが間違えて紛れ込んだような反応だった。それとわかった後も、
「誰だ、あんなの呼んだのは」
というささやきが、確かに聞こえた。
 清川はどこに座ろうかとぐるりを見渡した。橋本と木口は、明らかに敬遠するように隣の同級生に話しかけだした。しかし、清川は委細構わず、まず橋本の横に割り込むように座った。明らかに橋本は迷惑そうに一方的に話しかける清川の言葉にただ機械的にうなずいていた。と、清川の方でもそれに気付いたらしく、橋本の頭をはたいて立ち上がった。気軽に軽くはたいたつもりなのかもしれないが、明らかに橋本の顔が酒だけのせいでなく赤くなった。
 続けて、木口のもとに清川がふらふらと寄っていった。木口はさっきまでの表面的な愛想の良さをかなぐり捨てて、あくまで無表情に清川の口が回り続けるのを、ただ見ていた。話している内容はわからなかったが、素面の時でもまともな話ができなかった男だ、まして酔っぱらっているのだから聞くに耐えまい、と思っていると、かつての子分たち(清川の方で勝手にそう扱っただけの気がするが)のつれない素振りに不満なのか、案の定、清川はぼくの方にやってきた。
 何をするつもりだろう。中学生の時の再現とすると、ゴキブリをビールに入れて飲ませるつもりか、舌でトイレの床を掃除させるつもりか。それとも裸で踊らせるか。裸踊りは、大人がやったらかえってただの無礼講になる気もするが。
 ちらと姉の方をうかがうと、プロ野球のベンチの監督よろしくどっかと座って動かないでいる。自分でなんとかしろ、というつもりなのだろう。
 清川が手を上げて来た。ぼくは素早く手を上げ、ぼくの頭をはたこうとした奴の手をブロックした。
 濁った目が驚いたように見開かれた。ぼくはじっと奴の目を睨み付けた。また、あの症状が起こらないか不安だったが、奴が他の誰からも相手にされないさまを見て、一種の勇気、というより侮る気分が生まれてきていた。おそらく、それまでちびちびではあっても絶え間なく飲み続けていたアルコールのせいもあっただろう。と、奴は余裕を見せたつもりなのなのかもしれないが、不敵なつもりらしい下手な笑みを見せて、ぼくの正面の席に座った。
「よう、しばらくぶり。どうしたい、ちっとも噂聞かないけど」
 それはそうだろう。ここ五年間、とにかく人目にたたないように過ごして来たのだから。
「そっちこそどうした」
 ぼくはわざと荒っぽく聞き返した。
「ん…まあ、ぼちぼちだ」
 おとなしく見せているが、情緒は安定していない。明らかに今、奴は羽振りが悪い。そう見てとると、ぼくは急に借りを返してやりたくなった。
 しばらく、奴はぺらぺらとつまらない、退屈なだけでなく、不愉快なホラがかった自慢を並べていた。うんざりしたぼくはそれを遮った。
「相変わらず、誰かいじめてるのか」
 清川は口に運びかけていた酒の入ったグラスを中途で止め、それから改めて一気に飲み干した。また作り笑いを浮かべながら、
「いやだな、いつまでもそんなことするもんか」
 おちゃらけたような言い方に、ぼくはさらに追い討ちをかけた。
「それとも今じゃ、いじめられている方か」
 濁った目がぎろっと動いた。赤みがかっていた顔色がすうっと青白くなる。清川が立ち上がった。突然、罵声が轟いた。
「生意気言うんじゃねえぞ、この野郎」
 あたりのざわめきが、潮が引くように引いて行った。姉の表情が変わったのが、視界の隅に写る。 
「表に出ろっ」
 ぼくはグラスを口に運びながら、立ち上がらないでいた。ぼく以外に同じテーブルについていた同級生は、すでに席を外している。
 姉がしきりと首を横に振っているのが見えた、というより感じていた。
 突然、ぼくの中に奴と同調して禍々しく恨みがましい怒りが生じ、何かにはねあげられたように立ち上がると、奴の顔が目の前に迫っていた。姉が割って入ろうとした。
「誰だ、おまえ」
 清川は血走った目で姉に食ってかかった。
「弟が、何か言いましたか」
 清川はふらふらしながら、ぼそっと言った。
「弟の喧嘩に、姉ちゃんが出るのか」
「もうやめたらいかがです」
 卑しい笑いが奴の顔に広がった。
「弟なんか放っておいて、男と楽しめよ」
 と、顔を姉の目と鼻の先に近付けた。平手うちの音が響いた。
「この野郎っ」
 奴が姉につかみかかる前に、ぼくは奴に組み付いていた、と思ったら組み付かれていたのはぼくの方だった。
 見ていると、橋本が清川を抑えてテーブルから引き離していた。振り返ると、至近距離にぼくを羽交い締めにしている木口の顔が間近に見えた。腹たちまぎれに、ぼくは後頭部を木口の顔面に叩き付けた。木口が手を離した。
「今になって、正義の味方面するなっ」
 怒鳴ってから、しばらくぼくと木口はにらみ合っていた。こいつが俺にやったことに、どれくらい清川と違うというのか。子細らしい顔してるんじゃねえっ。頭の中にそんな言葉ががんがん鳴り響いていた。もしかしたら、口に出していたかもしれない。
 ぼくは立って荒い息をつきながら、ふと引き立てられて行く清川の姿を見た。と、隣のテーブルのそばまで引きずられた清川は、突然その上にあったまだ三分くらい残っているビール瓶を握ると、テーブルの角に打ち付けた。瓶が割れ、破片と泡立った中身があたりに飛び散った。
「ぶっ殺してやる」
 あちこちから悲鳴が上がった。姉の声が響いた。
「逃げなさい」
 ぼくは出口に向かい、すぐそばまで来てから急に振り返った。
 清川が罵声を浴びせているのは、今ではぼくではなく、割って入ったかつての子分の橋本と木口にすり代わっていた。姉が手振りで、行け、行けと指示している。
 ぼくは改めて出口に向かい、外に出た。
(酒だけじゃないな)
 という声が聞こえた。あるいは自分でそう思っただけなのかもしれない。
(3)に続く



(2)から続き

盛り場に一人で出た時、勘定を済ませていないことに気付いた。まあ、いいだろう。姉が払ってくれるはずだ。そう思うと、呑み代だけでなく生活費すべてが親がかりならぬ姉がかりという自分の身分に、改めて言い様のない恥ずかしさを覚えた。
 言い訳はできる程度の努力はしてみた。短期長期を問わず、いくつものアルバイトの募集に履歴書を送ってはいた。しかし、高校中退で職歴も資格らしい資格もない人間と面接してくれる雇い主は少なかったし、いざ面接となると例外なく断られた。自分は人に好意を持たれることはない、という妙な自信があった。
 パソコンでやっているデータ入力の内職というのをまたやってみたらどうか、と姉に勧められたこともある。しかし、一度やってみたが、手間ひまの割に支払いが悪く、一度など振込に失敗したからといって支払わない上に失敗したのはこちらの連絡ミスだと手数料を請求さえしてきた。
 苦情を言おうにも、メールを打っても、木で鼻をくくったような返事があるだけで、責任者の所在もたらいまわしにしてわからないようにしているので、市役所や国民生活センターに訴えて、どうにか支払いにはこぎつけたが、いやがらせのように手数料はしぶとく引いてあった。そこまでの支払いを求めるのには、いいかげん嫌気がさしていたし、そのまた手数料を請求されかねないと、あきらめた。
 人間は嫌だ。こっちが顔を出せば陰にこもり、出さなければかさにかかって悪意を向ける。そういうぼくに、姉は強いて反論しなかった。するのも面倒なみたいだ。

 働かず、家に金を入れていない代わり、ぼくは労働奉仕というわけではないが、家事一式は取り仕切った。
 朝早く起き、朝食と姉の弁当を作る。毎日弁当を持って行くので、会社で姉は、今どき珍しくいいお嫁さんになるよ、などと言われているらしい。
 自分一人の昼は簡単に済ませる。といっても、コンビニ弁当やカップラーメンの類は避け、卵を主体に必ず蛋白質をとり、残り物の煮野菜を掃除するような献立ですませる、といった簡単で安上がりで食べ過ぎないですむような献立だ。そういう工夫をするのが、ぼくは好きなのだ。
 もちろん、夜は二人分作る。よほど遅くなっても、食べてくることは少ない。三食自炊となると、費用や栄養価はずいぶん違うはずだ。ぼくが言うのではなく、姉が言うのだが、本心かどうかはわからない。仲間のOLと話題の店のランチを食べに行きたいことだってあるのではないかとも思うが、その手の話題に乗って来たことはない。だいたい、会社の同僚や上司がどんな人なのか、ぼくはまったく知らない。姉は何か高校を出てから独学でいくつも資格を持っていて、収入は25歳にしては割と良かった。
 ぼくが出かけるのは、夜になってからの食料品その他の買い出しのほかは、土日に近くの図書館に行くくらいだった。毎日が日曜日のようなものなのだから、いつ行ってもいいのだが、ウィークデーでいい若い者(!)が表をうろうろしていると何を言われるかわからない。何も言ってないかもしれないが、どうしてもそういう気がしてしまう。図書館には、ひたすら本を読み続けている常連が何人かいた。行くたびに顔を合わせる、というより顔を合わせないままその存在を感じる(ということは、相手は毎日来ているのだろう)ので、あくまで見て見ぬふりを通し、それ以上は決して踏み込まなかった。
 一日家にいても、テレビはあまり見なかった。見ないばかりか、普段は電源からコードを抜いておいた。待機電気がもったいないのと(本当に一円たりともムダ金は使うまいと決めていた)、テレビを見ているとイライラしてくるからだ。携帯はもちろん持っていない。どこに持っていくというのか。誰にかける、あるいは誰からかかってくるというのか。
 辛うじて、パソコンであちこちのサイトを見てまわるか、ゲームをするか、本を読むか。考えてみると、まったく仕事を持ちない主婦だって、家事の時間以外をなんとかして潰しているのだろう。それは大変なのだろうか。それなりのやりがいのあることを見つけているのだろうか。ぼくの場合は、なんともいえない。ただ、時間だけは潰れる。いやでも潰れてしまう。
 そんな五年間の生活に、姉はつきあっていた。あまり口やかましくはないが、当然ときどき意見するし、涙入りに近くなることもある。たいていはぴたりと無表情で、とりつくしまもない。話しかければ、きちんと受け答えするが、それ以外の余計なことはしない。それこそ、ぼくの望む態度だった。
 だが、ぼくがたまに無理して外部と接触すると必ず失敗した。きのうは特にひどい。テレビの評論家だったら、ぼくが“ひきこもり”になったのは、“中学でのいじめ”が原因だといとも簡単にレッテルを貼るだろう。別にそれは否定しない。それだけではない、のだが。
 大げさではなく、文字通りぼくはそれだけの存在ではないのだ。
 だから、姉がわざわざ同窓会に連れ出していこうとした時、これほど弟の学校生活を知らなかったのかと逆に驚いた。だが、強いて逆らおうとはしなかった。姉がなんとかせずにいられない気持ちはバカでもなければ、もちろんわかる。
 行ったからといってうまくいかないのはわかっていたのだし、そうしたらぼくが全面に立って責められる。一応出て行ってうまくいかなければ、言い訳もきく。そう思ったのだが、思った以上にひどいことになった。姉はどう思っているだろう。そろそろ確かめてみないと、とシーツの中で目を開いた。

 シーツを剥ぐと、陽は赤みがかっていた。
 起きて、キッチンに出て行くと、姉がテーブルについていた。気まずかったが、黙ったままだとますます気まずいので、無理に声をかけた。
「会社、休んだの?」
「今日は、土曜。休み」
「ああ、そうか」
「ずっと家にいると、曜日の感覚がなくなるみたいね」
 さっそく棘のある言葉が飛んで来た。
 座ってと言われる前にぼくは姉の斜向かいの席についていた。
「紅茶、飲む?」
「うん」
 ティーバッグを入れたカップにジャーから湯を注いだだけの紅茶のカップが、ヒヤシンスの花瓶のそばに置かれた。
 ぼくは砂糖もミルクも入れず、いれたての紅茶を吹きながら口をつけた。
「きのう、店を出てからどこにいたの?」
「よく、覚えていない」
「やっぱり、いきなり外に連れて行ったのは失敗だったかなあ」
 内心、(そうだよ)と呟いたが黙って紅茶をすすってから聞いた。
「あれから、どうなった?」
「あんたにからんでた人のこと?」
「他も、全部」
「どうもこうも。何あれ。ビール瓶なんて割っちゃって、危うく傷害沙汰よ。それから店員も手伝って店の外に引きずり出したら、しばらく『殺してやる』って喚きまわって、怖がって酔っぱらいがよけて通ってた。あんなのが同級生にいたの?」
「いたのって、知らなかった?」
「知らないわよ、あんたの友だちに酒乱がいるなんて」
「友だちじゃないよ。第一、中学の時から呑んでるかよ」
「あの分だと、どうだか」
 ぼくはカップを受け皿に置いた。まだふらふらする。もっと水を飲むか、と立ち上がって蛇口に向かった途端、めまいがした。
 立ちくらみか、と初め思ったが、それとは違う、しかし覚えのある感覚だった。ぼくは立ちすくんだまま、動けなくなった。姉が怪訝な顔をしてぼくを見ている。その顔に不安の色がみるみる広がった。耳もとや喉もとに脂汗が撫でるように流れているのが、自分でもわかった。
「どうしたの?」
 姉の声が、ひどく遠くに聞こえる。
 また、あの発作が来た。
 目はその姿を含めて部屋の中を見ているのだが、頭の中には別の像が結ばれていた。
(中古のマンションが、次第に近付いてくる)
 姉が立ち上がり、ぼくの肩をつかんだ。
(マンションに入っていく)
 誰が? 誰だ? 今、俺が見ているものを見ている奴は。
 視界は明るくなったり暗くなったりして、昼なのか夜なのかもはっきりしない。
(歩いている)
 廊下を。管理人室は空だ。
(エレベーターに乗り込む)
 姉がぼくを椅子に座らせた。
(4階のボタンを押す)
 上って行く感覚のないまま、4階でドアは開いた。ここまで来るのに、誰にも会っていない。
(一室に近付く)
(ドアホンを押す)
 耳鳴りのような音、というより鼓膜が突っ張ったような感覚だけがあって、具体的な音はまるでわからない。
「だいじょうぶ? あたしの言ってることが聞こえる?」
 と、耳もとで姉が出しているらしい大声に、ぼくは辛うじてうなずいた。
(ドアが開いた)
 ちらと表札が見える。
 その名前の主…木口が顔を出した。驚いたような表情。その顔に妙なものが突き付けられた。
 一瞬、それは鳥の一種のように思えた。左右に広がり、端がすぼまった形状、真ん中に飛び出た鋭利な尖端。すぐにそれが矢をつがえた弓を乗せたボウガンであることに気付いた。気付くとともに、その引き絞った弓を放つ引き金にかけた指の感触を感じた。
 背後でドアが閉まる。
 木口が何か喚き、手を泳ぐようにばたつかせた。
 指と、それにつながる腕の筋肉が収縮し、次いで弛緩する。
 木口の開かれた口から、細い棒が飛び出したように見えた。口の中を通って喉に矢が刺さっている。
 木口は喉をかきむしるようにし、狭い部屋を右往左往してあちこちにぶつかり、大きくのけぞるようにベッドの上に大の字に倒れこんだ。矢を抜こうにも、触るだけで強いショックを感じるらしく、ベッドの上ではねまわるように激しく上下していた。
 しかし悲鳴も、物がぶつかったりはたき落とされたりする音も聞こえない。
 彼の動きが次第に治まるのを見ながらじっと待っている。
 やがて力が尽きてくるのを待って、再び矢が木口の顔面に向けられた。
(ぼくは、悲鳴をあげた)
 喉にもう一本の矢が突っ立った。口から血の泡がこぼれてくる。
 やがて、苦痛による身悶えとは別の痙攣が木口の全身をとらえた。
(矢に毒が塗ってあるのか?)
 長いようで短い断末魔の痙攣が頂点に達し、木口の身体はベッドの上で不自然なポーズのまま硬直し、それからゆっくり弛緩した。
 手袋をはめた手が、彼の首筋、頸動脈のあたりを押さえて、脈が止まっているのを確かめる。さらに鼻の下に手をかざして息が止まっているのを確かめる。
(近付くと、瞳孔が開いているのがぼくにもわかった)
 突然、部屋の中がぐるぐる回りだした。
 何が起こったのか、しばらくわからなかった。
(部屋中を小躍りしてまわっているのだ)
 首尾よく木口を殺せた、一種毒々しい喜びを眼前に押しつけられた気がして、また吐き気とめまいを覚えた。
 ぐるぐる回っていた部屋が止まると、姉がじっと覗き込んでいる。
「どうしたの?」
 まだ網膜に今の光景がありありと写っていた。めまいと吐き気がまだ治まらない。
「どうしたのよ」
 ぼくが答えられないでいるのを見て、
「前にもこんなことなかった?」
「ないよ」
 やっと言葉が出た。
「嘘。子供の時、よくあったでしょ。ひきつけだと思ってたけど」
「なんでもない」
「普通じゃなかったよ」
「慣れない酒呑んだから、まだ残ってるんだろ」
「医者に行ったら?」
「いい」
「だけど」
 うっとうしくなってきていたぼくは、はたと思い付いた。
「出かける」
「どこに」
「きのうの同窓会の名簿、持ってる?」
「あるけど」
「見せて」
「なんで」
「いいから」
 姉は、くしゃくしゃに折り畳んだ名簿の紙をバッグから出し、ぼくは急いでそれに目を通した。
「行ってくる」
「どこに」
「木口のところ」
「木口って、誰」
 すでにぼくは玄関に向かっていた。
「待ちなさい。財布も持ってないじゃない」
 姉がバッグを持って追ってきた。
 ドアに鍵をかけている気配を後ろに感じていたが、ぼくは歩調を緩めずに通りに向かった。
 もっとも急いでも意味はないので、どっちにしてもバスを待たなくてはならないのだが、これ以上あれこれ詮索されるのは避けたかった。
 バス停に立っていると、すぐに姉が追いついてきた。 
「木口って、誰。きのうの会に来ていた人?」
「そう」
「あの暴れていた?」
「違う。暴れているのを止めていた方」
「その人がどうしたの」
 ぼくは、口をつぐんだ。いつもそうしていた。その「いつ」がいつ来るのかも、誰が相手なのかも、ぼくにはわからない。ただ、まったく見ず知らずに相手からの“中継”を受けることはなかった。そしてやりきれないことに、悪意と敵意、怒りと憎しみに満ちた相手の負の念ほど届くことが多いのだ。禍々しい感情ほどパワーがあるということなのだろうか。ぼくにできたのは、できるだけ見知っている人間を増やさないようにすることだけだ。
 姉はいつもの不満そうな、しかしあきらめたような表情で話すのをやめた。
 しばらく待っていると、バスが来た。姉が先に乗り、二人分の料金を払った。
(4)に続く

(3)より続き

バスに乗っている間も、ぼくたちは話をしなかった。外を見ていても、単調な風景が流れて行くだけだ。
 目当ての停留所が迫ってきたので、ぼくは降車ボタンに手を伸ばしかけた。と、その前にプーッという音がして、バス中のボタンの上の赤ランプがついた。ぼくは、むっとして先に押した姉を睨んだ。(こんなことあったぞ)。気のせいではなく、小学生の時、同じようなことがあった。気をきかせているつもりなのか、姉が先回りしてボタンを押してしまい、赤いランプが一斉につくのを楽しみにしていたぼくを泣かせたのだった。
 バスを降りて、名簿の住所と照らし合わせながら、木口の住処を探した。長いこと街を歩いていないせいか、どこをどう見てどう進めばいいのか、一向に見当がつかない。業を煮やした姉は、ぼくから名簿を取り上げると、勝手に歩き出した。
 ちゃんと姉がわかっているのか不安だったが、いくらも歩かないうちにざわめきが近付いて来た。野次馬が増え、パトカーが停まっている。見覚えのある建物が見えてきた。だが、記憶にあるのとは違い、青いシートがそこかしこにかけられ、玄関のまわりが立ち入り禁止になっている。
「何があったんです?」
 姉が手近な野次馬に聞いた。
「殺人ですよ。このアパートの住人が殺されたそうで」
「まあ、こわい。なんて人です?」
「さて、木口さんって言いましたっけ」
 ぼくは、それ以上進まず、立ったまま整理の警官や右往左往する捜査官をしばらく見ていた。ストレッチャーに乗せられて布を被せられた人間が通るのが、人垣越しに見えた。
 それ以上確かめる必要はなかった。部屋には当分近付けないだろう。これ以上いてもむだだと思い、ぼくはその場を離れた。
 姉が小走りに追いついて来て、
「どういうこと?」
 と聞いた。
「また、発作が出た」
「発作? 何の発作」
 ぼくは答えず、歩き続けた。
「言いなさいよ」
「言ったって、信じてもらえないよ」
「いいから」
 ぼくは、機先を制することにした。
「まさか、ぼくがやったって思ってるんじゃないだろうね」
「中学の時、お父さんが学校に呼び出されたことがあったわね」
「あった」
「気を失って、うわごとのように、鳥に矢が刺さったって言い続けてたらしい。それで呼び出されたんだ」
「そう」
 父、という言葉を聞いて頭の隅のどこかが疼く感じがした。
「で、調べてみたら、学校の屋上で飼われてた鳩に矢が刺さって死んでいた」
「そうだった」
「ぼくが真っ先に疑われたよ。証明はできなかったけどね」
「やってないんでしょ」
「証明できなかったんだから、そうなんだろ」
 姉はむっとしたような顔になり、声に力を入れた。
「やってないんでしょ」
「誰の仕業だか、わからなかった」
 声が大きくなった。
「ないんでしょ」
 ぼくは面倒になり、「ああ」と答えた。実際覚えはなかったが、どっちにしてもぼくが決められることじゃない。
「それから、やはりうわごとで不良グループの名前を言っていたらしい」
「誰だったの?」
「うわごとで言っただけだったからね」
「不良っていうと」
「きのう、店をごたごた起こしてた連中だよ。進歩しねえな、あいつらも」
「あいつらが、鳩を撃ったの?」
「かもしれない」
「見たんじゃないの?」
「その場にいたわけじゃないのに、なんで見られるんだ」
 はっきり姉が怒り出した。
「人を煙に巻くような言い方してないで、はっきり言いなさいよ」
「ぼくは、人が見ているものが見えるんだ」
 意外なくらい、すらっと言葉が出た。
 姉はちょっとむっといたような顔をしたまま黙っている。
「信じる?」
「それで?」
「信じるの?」
「はいと言ったら、いいや信じてないんだろうと言い出すだろうし、いいえと言ったらやっぱりそうかと言ってまた黙りこくるつもりでしょう。とにかくなんでもいいから、喋りなさい」
 図星だった。姉は感情が昂ってきたのか、喋りなさいと言っておいて自分の方が勢いに乗って言葉を続けた。
「で、見えるって、さっきの人が殺されるところが見えたってわけ」
「そう」
「誰が殺したの?」
「わからない」
「わからないって、犯人が見えたんじゃないの?」
「犯人が見えたんじゃない。犯人が見たものが見えたの。だから、犯人の顔そのものは見えてない。自分で自分の顔は見られないでしょ」
「ふーん」
 わかったようなわからないような顔をしていた。
「信じられる?」
「ちょっと、難しいね」
「だけど、ぼくが見た通りに殺されていた」
「本当に見た通りかどうかはわからないよ。死体を見たわけでなし」
「だけど、殺されてたってことだけで、偶然の一致にしてはできすぎてる」
「どうなんだろう。あんた、酔って店を出てからの記憶あるの?」
「それが、朝起こされるまで全然ないんだ」
「起こされるって、誰に」
「警官」
「やだ、みっともない。飲ませるんじゃなかった」
「だけど、頭が痛いわけでなし、吐き気がするでなし、二日酔いってわけじゃないと思うけど」
「あんた、二日酔いの経験あるの?」
「ないけど」
「だったら、聞いたふうなこと言わないで」
 ぼくはいささかむっとして、声を荒げた。
「で、記憶がないからどうだっていうんだ」
「きのうの夜、酔っぱらってふらふらしているうちに、殺された人と誰かが争っているところを見ていて、忘れてたんじゃないの?」
「店の外に出てからも争ってたってこと?」
「そう。それが記憶だか夢の中で殺人場面に化けて出てきた、ということじゃない?」
「仮にそうだとして、街で喧嘩して、それからわざわざボウガン持っていって部屋まで押しかけていって殺すか?」
「そういう殺し方だったの?」
「そう」
「だとしたら、他にわざわざそういう殺し方する人なんて考えられる?」
「うん…」
「実際、弓矢で殺したかどうかはわからないんだし」
 それ以上、ぼくは言い返すのをやめることにした。
「要するに、ぼくが犯人の目を使って犯行現場を目撃したっていうのは信じてないわけだ」
「あたりまえじゃない」
 にべもない口調で姉は言い切った。
(それはそうだよな)
 と、内心呟いた。
 信じられるわけがない。自分でもなぜ見えるのか、わからないのだから。
(5)に続く

(4)より続く

それで自分でコントロールできるのならともかく、いつ発作が起きるのか、どうすれば防げるのかもわからない。余計なことを言わないでとにかく、人との接触を避けるのが一番と、そう決めて実行して来たのに、何の気の迷いでいかに家族相手とはいえ告白などしたのか。いや、家族相手の方が事がこじれる恐れがあった。幸い、全然信じていないようで、酒のせいにして済ませるつもりらしい。その方がいい。頭がおかしくなったのではないかと心配されて、医者に行けだの薬飲めだの言われたらたまったものではない。
 誰もぼくのことをわかってくれない、などと言うと、なんだか思春期の「心の叫び」のようで、我ながら気色悪い。しかし、こんな能力を「理解」などできないだろうし、なまじ表沙汰になどなったらますます薄気味悪がられるに決まっている。
(そんな風に考えること自体が傲慢なんだよ)
 という声が聞こえた。ときどきしたり顔でちょっかいを出してくる奴だ。
言っていることは正しいが、力を持ったためしがない。
(よっぽど自分を特別だと思っているんだな)
 また余計な声が聞こえる。
 昔のマンガ映画で、主人公のキャラクターの耳もとに悪魔の格好をした同じキャラと天使の格好をしたキャラが、並んでかわるがわる悪魔の囁きと良心の声とを吹き込み続けるという場面があった気がするが、ぼくの場合はそういうのとも違う。囁くぼくも囁かれるぼくも善でも悪でもない、ただの中途半端に、自分も含めて人を小馬鹿にしている点でも同じで、コントラストというものはない。いつも見ているだけ。
 だが、なんどか見られている気がしたことはある。あった、というべきか。父には不思議と隠し事ができなかった。なんでも包み隠さず話せたという意味ではない。もっと物理的な意味だ。たとえば、ぼくが図書館から借りっぱなしにしていた本を、突然物陰から見つけだしたりした。それで、早く返せとか言うわけではない。しかし、ホコリをかぶった図書館の本を見つけられて、そのままに放っておくことなどできない。黙って返しに行き、父も、返したかどうか確かめることはない。
 もしかしたら、と思うことはある。もしかしたらぼくのようにぼくが見ていたものが見えていたのでは。しかし今となっては確かめようもない。用意のいい死に方だった。ぼくをなんとか高校に入れ、保険に入って1年以上掛け金を払い、財産を整理して後景人を立て、姉に大学進学の意思がないことを確かめ、その上で成人するまでムダに使わないようにお膳立てし、病院に検査に行って帰って一日経たないうちに崖っぷちの道でカーブを切り損ねて転落、即死だった。予定に入れていなかっただろうことは、ぼくがすぐ高校を辞めたくらいのものだ。
 警察も普通の事故死として扱い、遺言もきちんと残っていた。御丁寧にも、戒名まで生前に作っていた。母方の墓に入ることになったが、父方の親戚とはもともとつきあいがなかった(まったくなかった)せいか苦情を言われることもなく、葬式で数少ない知人の誰かが「たつ鳥跡を濁さず」と言っていた。母が亡くなって長かったせいか、母方の親戚の出席も少なかった。
 父が最後に何を見たのか、何を考えていたのか、考えることはある。父の末期の眼に写ったものであろう崖から飛びおりて地面が迫ってくる図を想像してみる。だが、見たいものに限って見てはいない。 
 寝床についてぼくは、もう一度考えを巡らした。とにかく木口が殺されたのは確かだ。どういう殺され方をしたのか、あしたの新聞で確かめてみようか、と思いかけたが、気が進まなかった。新聞に載ってしまえば、ぼくが見たものが確かに他に知りようがないものだとは証明できなくなってしまう。載っていなければ、それこそなんで知っているんだと警察にあらぬ疑いをかけられかねない。まずいことに動機はあるし、それを証言しそうな連中も何人もいる。
 ぼくの中の<常識>の声が呟いた。中学生の時の恨みで7年も経ってから人を殺すか? 即座にぼくは答えた。殺すさ。何の不思議もない。経ってしまえば7年前など、きのうと同じだ。突然頭の中に噴き上がる分、きのうより身近なくらいだ。もっとも、ぼくの中の恨みがそれほど強いものとは思えないので、人によってはと言うべきだろうが。
 後になって気付いたのだが、新聞で報道されたものと食い違っていたら、という考えは浮かばなかった。自分の、ではなく人のを借りてだが、目で見た木口が殺される光景はあまりに鮮明で、疑う余地などなかった。
 どうすればいいのだろう。犯人は…わかっている。証拠も何もないが。次に狙われるであろう相手もわかっている。動機は今一つはっきりしないが。クスリで頭がいかれているのだろうか。それにしては妙にもってまわった犯行だ。もう少し発作的にかっとなって殺してしまったというのになりそうなものだが。
 ぼくは同窓会名簿を改めて確かめてみた。清川の名前はあったが、現住所と電話番号は空欄になっていた。実家を出たのは確からしいが、今どこに住んでいるのかは幹事にもわからなかったらしい。どうやって同窓会を開くことを知って会場に押しかけて来たのか、調べてみよう。それより先にもう一人の清川の元子分、橋本に警告しておいた方がいいかもしれない。小さな町のことだからもう木口が殺されたことを知って警戒しているかもしれないが。こっちは名簿に住所が載っている。あした行ってみよう。珍しく、目的があって外に出ることになりそうだ。
 ぼくは頭までふとんをかぶった。

 次の日は日曜日で、姉は朝食をすませると、また一人で出かけた。デートではないというし、女友達と一緒ということも少ないようだ。遠出して映画でも見ているのだろうか。ぼくには帰ってくる時間だけ知らせて、どこに行くのかはいちいち知らせない。
 とにかく、ぼくは橋本に電話した。こちらから人に電話するなど何年ぶりだろう。彼も休みで会社の独身寮にいて、すでに木口が殺されていたのは知っていた。
 話があると言うと、橋本はけげんそうな声を出し、あれこれ聞きただして来たが、電話で話せることではないからと昼過ぎに訪ねる約束だけとりつけて、そうそうに受話器を置いた。
 とはいっても、何をどう喋ればいいのかわからないでいた。誰が殺したのか、という見当くらい橋本の方でもついているだろう。ぼくが知っていることをそのまま話すわけにはいかない。
 考えてみると、中学の時も彼ら以外知っているはずのないことをぼくが知っていてうっかり話してしまったから、スパイではないか、チクリ屋ではないかと思われたのだった。彼らが誰をカツアゲしているか、何を万引きしているか、どこの自動販売機を壊してバラ銭をかっぱらったかのか、別に知りたくもないことに限って知ってしまい、そして知っていることは事実なのだから否定しようもなく、仮に否定しても信じようとはしなかったろう。
 今また警告したとしても、それをまともに信じるとは思えない。いまさらまたいじめられるということもないだろうが、感謝されないことは確かだ。また、警察にぼくに不利な証言をしそうな相手にわざわざネタをやるようなものではないか。そう考えるとばかばかしくなり、行くのをよそうかと思えてきた。
 お茶をいれたら、ふざけたことに茶柱が立っていた。どういう意味だろう。行けという意味なのか、行くなという意味なのか。
 ぼくは特にどこに行くあてもなく、とりあえず外に出た。
 ぶらぶらするにも、大して見て回るところなどない。結局、コンビニで立ち読みして時間をつぶした。昼食もコンビニのお握りで済ませたと思ったが、日曜のことで、タラコとシャケのという基本的なものしか残っていない。つまらないので、家に戻って食べた方が安上がりだと戻ってインスタントラーメンを作った。ぼくはカップラーメンは使わない。余計なゴミが出る。環境のことを考えているのではない、ゴミを出しに外に出るのがいやだからだ。一人暮らしならばゴミを溜め込んでいるかもしれないが、そうしたら姉の目にとまる。何も言わないだろう。その方が、文句を言われるよりこたえる。
 食べると腰が重くなり、改めて出かけるのが億劫になってきた。断りの電話をかけようか。それまた億劫だ。少し眠くなってきた。その時、突然発作が起きた。
(石垣が見える)
 身体は重く眠たがっていたが、頭は水をかけられたように突然冴えた。
 見覚えのある、荒く石を積んだ石垣が見える。なぜ、見覚えがあるのだろうか。
(そいつは石垣に近づいてくる)
 突然、思い出した。ぼくは、この石垣の前にいた。清水のいいつけで、鳥を撃ったボウガンを処分してこいと言われ、学校を出た。家から持ってきた金をむしられた上で。
(そいつは、石垣の石の一つを外している)
 ぼくが隠した、あれが…、
(ボウガンがあった)
 まだ、矢が残っている。 
(そいつの手が伸び、それをつかむ)
 突然、発作が薄れ、石垣の前から意識が遠のいた。
 奴がまた動き出したようだ。どこに行くつもりなのか。
 急いで、橋本のところに電話をかけたが呼び出し音ばかりで出ない。携帯の番号まではわからない。
 ぼくは急いで家を出た。橋本のいる独身寮へはどうバスを乗ればいいのかわからないので、タクシーを捕まえることにした。財布は自分のだけではなく、食料その他を買い込むためのキッチンの引き出しに共同に置いている財布を持ってきた。共同といっても、ぼくが中身を入れたことはなく、姉は帰りが遅いことが多いからもっぱらぼくが使っているのだが。ただ、私用に使い込むことはほとんどなかったが、今回は非常事態として許してもらうことにした。
 タクシーに向かって手を上げるとちゃんと停まったので不思議な感じがした。運転手に、ここに行ってくれと名簿にある橋本の住所を示すと、すぐにタクシーは走り出した。
 全身に普段かかる重力以外の力がかかる経験も久しくしたことがなかった。タクシーが加速したり減速したりカーブを曲がったりする時に身体にかかる力を、ぼくは楽しんだ。考えてみると、ぼくはもちろん自動車を運転できないし、小学生の時の父母と姉と四人のドライブからこっち、車に乗ることすらほとんどないのだ。
 前の家には車があったのに、父は家とともに処分してしまった。いや、処分したのは家より先だった。
 …違う。処分したのではない。母が事故を起こして使い物になってから、買い直さなかったのだ。
 タクシーがスピードを上げ、また意識がふっと身体から離れるような気がした。
(空の管理人室が見える)
 アパートか何かのではない。向こうには白塗りの飾り気のない集合住宅がある。
(独身寮か?)
 どうも、そうらしい。だとすると、これから行こうとしている、つまりまだ着いていない橋本の住処だろうか。
 まだタクシーは走っていた。
「まだ?」
 思わず言葉が口をついて出た。
「まだですよ」
 慣れた感じの、のんびりした口調だった。せかしてもムダだと悟り、ぼくはシートに深く座り、いつ発作が起きても取り乱さないように足を踏ん張るようにした。それから財布を出しておいて支払いに備えた。
 やがて、車が停まった。
「お待たせしました」
 ぼくは多めに出しておいた小銭で料金をぴったり渡し、相手が釣り銭を数える時間を省いてタクシーを降りた。
 ちょっと歩くと、見覚えのある建物が現れた。
(見覚えのある?)
 そんなはずはない。ここに来るのは初めてだ。しかし、白塗りの建物といい、空の管理人室といい、確かに見たことがある。
 ぐらっと寒気の混ざった眠気のような感覚に襲われた。
 門は中からも外からも誰も通らない。たまの休み、出かける奴はとっくに出かけているのだろう。
 橋本の部屋は二階のはずだ。
(階段を上っている)
 ぼくはまだ管理人室の前にいた。今は誰もいないが、見つかったらうるさい。ぼくは急いで構内に入った。
 外から見ると、洗濯物を干してある部屋もちらほら見られたが、たいていは人が住んでいるかどうかもよくわからない、がらんと殺風景な部屋が並んでいる。
(階段を上っている)
 まだ建物の中に入ってもいない。
(二階にいる)
 ぼくは混乱しながら玄関に入った。
(ドアの前にいる。橋本の部屋だ)
 ぼくは階段を上りだした。途中でめまいと吐き気がして、手すりにつかまった。ステンレスのパイプの軽い手触りがした。
(ドアが開き、橋本が顔を出す。こっちを見ても、あまり表情を変えない)
 踊り場でしばらく呼吸を整える。目の前がぐらぐらして、すうっと頭の中が暗くなる。壁によりかかって、やっと身体を支えた。
(まただ)
 頭の中に、そう響いた。
 何を考えているのか、言葉が形になって上から下に降りて行くが、読み取ることはできない。
(右に左に稲妻状に行き来する影)

 部屋の中を逃げまどう橋本だ。
 矢がまっすぐに橋本に向けられる。
 橋本が右往左往するのをやめる。大きく何か叫ぶと、手近なマンガ雑誌をこっちに投げ付けてきたが届かない。
 食らい付こうというのか、かっと口を大きく開けた橋本の顔が大きく迫って来た。と、その目から何か長いものが飛び出し、弾かれたように彼の身体が向こうにふっとんだ。目から物が飛びだしてきたのではなく、矢が目に刺さっていたのだ。
 彼がまた立ち上がろうとして膝が崩れ、血をしたたらせながら床を這いずり回るのを、じっと見つめ続ける。
踊り場の窓の外の木の梢の間から太陽がちらちらのぞいている。
 橋本が風呂場に突っ伏している。目に刺さった矢を引き抜こうとするが、
手で触れただけで電気でも流されたように七転八倒する。やがて片目から涙ならぬ血を流しながら、こちらを向く。残った目も爆発しそうに充血して膨れ上がっていた。
 毒がまわってきたのか、痙攣が始まる。不自由な身体でこちらにまとわりついてきたのを、荒っぽくはねのけると、橋本は蓋が開け放しになっていた湯舟に仰向きに落ちた。つるつる滑るのと、身体が痺れているのとで、顔を水から上げることができない。痙攣と暴れるのとでひとしきり水がはね、しぶきを上げ、口から泡を吐き、ひどく荒れた水面もやがて治まった。
 ゆらゆら揺れる血の混じった水を通して、人間ではなくなった青白い顔が見えている。
 水面がゆらめき輝いていた。
 まぶしくて、目をそらした。
 壁に石鹸で汚れた鏡がある。中をのぞきこんだ。
 ぼくの顔が写っている。

 目の前が真っ白になった。
 外で強い風が吹いたのか、木の梢が騒いでいる。その向こうで太陽があたりを呑み込もうとするように輝いていた。
 ぼくはまだ踊り場にいた。上る方なのか下りる方なのか、自分がどっちを向いているのかもわからないでいた。それがわかっても、上った方がいいのか下りてそのまま帰った方がいいのか、目をしばたたせながらいくらか迷った。
 あれはぼくの顔だった。バカな。幻覚か、あるいは犯人の顔がいくらか自分と似ていたから見間違えたのだ。そう思おうとした。
 しかし、清川の顔は見間違えようがない。服装はどうだったか。思い出そうとしたが、よく覚えていない。そうだ、犯人は手袋をしていた。ぼくは手袋などしていないし、持ってすらいない。そう思うと、いくらか落ち着き、上っていく気になった。
 上って行くと、見覚えのある廊下が伸び、見覚えのあるドアがあった。そっとノックしてから小声で、
「橋本、いるか?」
 と声をかけたが返事はない。それが当然に思えてドアに手をやりかけ、指紋がついたら面倒だと思い、ハンカチは持っていなかったので袖を伸ばしてそれで包むようにノブをつかんで回した。
 鍵はかかっていなかった。物音がしないようにドアを閉めて中に入ると、ひどく散らかった部屋のようすが目に入った。前に進もうとすると何かが足にひっかかったので見ると、マンガ雑誌が落ちている。
 浴室を覗いて見た。ゆらめく水面の下に、人形になったような橋本の片方の眼に矢を突き立てた顔が見えた。
 ぼくは、壁の鏡を見た。さっき見た通りの石鹸で汚れた鏡がそこにあり、ぼくの姿を写していた。
 どうやって部屋を出て、廊下を通って、階段を下り、玄関を出て建物から出たのか、覚えていない。 
(6)に続く

 

(5)より続く

なぜ姉に話したのか、よくわからない。いつもは何も話さないのに、よほど混乱していたのだろう。
「ばかばかしい」
 橋本の部屋で見たものについてのぼくの話を姉は一笑にふした。いや、にこりともしないで言下に否定した。ぼくは珍しく逆らって、いや確かに見たんだと力説した。
「あの、人殺しの現場、あれは他人が見ていたものをテレパシーか何かで見ていたんじゃなかったんだ。自分がやったことを後で思い出していただけなんだ」
「また酔っぱらって記憶が混乱しているんじゃないの?」
「酒なんて飲んでいない。二日酔いしてすぐ後に飲むんじゃアル中だよ」
「じゃあ、夢でも見ていたんでしょう。あんたに人殺しなんてできるわけがない」
と、ちょっと口の脇を上げるようにして笑った。
「動機だって、俺にはちゃんある」
「だから、できるの? あんたに」
 あまりににべもない姉の調子に、ぼくは話をまったく変えることにした。
「探偵が犯人ってパターンになってきた」
「なんですって?」
「推理小説の意外な犯人のパターンの一つだよ」
「誰が小説の話してるの」
「もののたとえ」
「だったら聞くけど、その凶器というのはどこにあるの。ここにないのは確かだけど」
「心当たりがある」
「どこ」
「今は言えない」
「もったいぶって」
「橋本は本当に殺されてたよ」
 姉の顔がこわばった。
「警察に言う?」
「ぼくが着く、すぐ前に」
 姉が小さな悲鳴をあげた。
「なんて、危ないことを。犯人とかちあったら、どうするの」
 ぼくは、黙っていた。
「2度と、超能力ごっこで危ない真似しないで」
 黙ったまま、うなずいた。

 だが、ぼくは翌日、あの石垣がどこにあったか調べるために、朝、姉を送りだしてから、学校の近くに行った。
 裏門の前に立ったが、なつかしさはなかった。この中で清川に持ってきた金を取られ、代わりにまだ矢のついたままのボウガンを処分しに行ったのだろう。この近くで石垣のある場所というと、H神社のだろう。
 ぼくは神社に向かった。相変わらず人気がなく、印象はまったく変わっていない。石垣の前に来ると、発作が起きた時の記憶と全体として一致する。どのあたりに隠したか歩きながら記憶を探っているうちに、足が動かなくなった。
 まるで、足が地面にひっついたように動かない。
 あれ? あれ?と思って用意していた弁当に手を伸ばそうとしても、それもできない。眼も動かせない。と、視界に入った石垣のうちの一つの石に気付いた。あの石を外すと中に空間がある、あそこに隠したのだ、と思い出した。そういえば、ここは小さい時の遊び場だった。それでそんな仕掛けを知っていたのだ。
 誰か来てくれ、と内心叫んでいると、人の気配が背後に近づいてきた。助けを呼ぼうとして、それが犯人かもしれないと突然思い至って背中に冷たいものが走った。だが、その人物は別にこちらに注意を向けるでもなく、歩き去っていった。ちらと視界に入ったのは、腰にタオルをぶらさげた農夫だった。
 内心じたばたしているうちに、日が傾いていた。まさかと思ったが、確かに日の光の色が変わってきている。
 人通りはない。助けを呼ぼうにも声も出ない。まさかこのままずうっと動けないのではないかと恐怖を覚えた。
 虫の鳴き声が高まった。こんなに長い間じいっと突っ立っている男を見たら、誰しも不審に思うだろう。
「どうしたんですか」
 急に声をかけられ、ぼくは振り返った。さっきの農夫らしい人が立っている。
「いえ、突然金縛りにあって」
「金縛り?」
 そう言ってから、自分が動けたことに気付いた。
「いえ、もう解けました。ありがとうございました」
と、言ってぼくはその場を離れた。
 戻りながら、後でここで不審人物がいたという目撃証言を警察が得た時、もろに自分がその対象になるだろうと思うと、胃の辺りからいやな感じがこみあげてきた。
 すでに暗くなりかけている。姉が帰るまでに間に合うだろうか。
 突然、発作がきた。
(街を歩いている)
 そいつがまた、獲物を探しているのだろうか。警察に連絡した方がいいと思いながら、そいつが誰でどこをうろついているかもわからないのでは警告も発しようがない。ぼくは懸命にそいつの視野に入るものを見ながら、どこを歩いているのか知ろうとした。
(踏みにじられて二つに折れたタバコの吸い殻)
(暗渠の蓋の隙間にたまった土から生えた雑草)
(缶コーヒーの自動販売機)
(電柱に張られた広告)
(取り壊し中のコンビニ)
(ベージュのジャケットと黒いスカートの若い女性が、ポストにいくつも封筒を入れている)
 ポストがあって、閉店したコンビニがあった場所というと…うちの近くじゃないか。今日も出てくる時にちらりと見た覚えがある。
 あの同窓会で、清川は橋本と木口と大喧嘩し、姉に言い寄って手酷くはねつけられた。昔の仲間の二人を殺したのだとしたら、あとの…。
 呼吸が止まった。
 急がないと。携帯を持っていないことを、これほど後悔したことはない。
 足は動いているのだが、さっきのようにこわばって一歩も動けないようだった。
(駐車場が見えた)
 その先の、黄色い花が咲いたアパートのニ階に、姉とぼくの部屋はある。
(駐車場を過ぎた)
 自分が走っているらしいことに気付いた。
(黄色い花が見えた)
 頼む、通り過ぎてくれ。
(アパートに向かう)
 行け、あっちに行け。
(蹴つまずいたらしい、視界が揺らいだ)
 そのまま地面に頭から突っ込め。
(体勢を立て直し、2階に向かっていく)
 ぼくは、まだ姉が帰っていないことを祈った。
(見慣れた部屋が見えた)
 まだ薄明るい中、明かりがついている。
(ドアが迫ってくる)
 気がつくと、ぼくもアパートの前にいた。階段を駆け上がり、部屋に突進する。
 危険を感じ、ドアの前でいったん立ち止まった。そして、中の気配をうかがい、そっとノブを回す。ドアを引くと、鍵がかかっていない。
 部屋の中には、ひと気がなかった。そうっと入っていき、台所に立った。寝室をうかがうと、柱の影から畳の上に横たわった脚が見えた。剥き出しになった女の脚だ。
 ぼくは、ゆっくりと寝室に入っていった。心臓に矢が刺さった姉が、畳の上に横たわっている。傍らには、ボウガンが転がっている。ぼくは、姉の首筋に手をやった。脈は完全に止まっている。硬直もしているようだ。
 ぼくは、ゆっくりと眼を閉じ、また開けた。
 何かが、砕けた。
 ぼくがなすべきことは決まった。
 ボウガンにはまだ矢が残っている。なぜ、犯人は凶器をわざわざ残したのだろう。それも矢を残して。
 形跡を見ると、姉に抵抗され、とびつかれて至近距離で矢が出てしまい、そのまま慌てて凶器を回収する暇もなくて逃げ出したのかもしれない。
 あるいは清川が中学の時ぼくに金を持ってこさせた上に小鳥を撃った凶器を処分させたように、念には念を入れて、姉を殺してそれでも復讐できない憶病者とせせら笑うつもりか。
 いずれにせよ、清川、おまえを殺す。
 殺意だけが、頭を占めていた。 
(7)に続く

(6)より続く

だが、実際に自分がやるとなるとなかなか決心がつかなかった。
 清川の居場所はすぐ調べがついた。
 同窓会にああいう現れ方をしたから、今ヤクザでもしているのかと思うと意外なことにぼくと似たような生活をしていた。
 親に離れの一部屋を与えられ、日がな一日たったひとりで閉じこもっているらしい。
 外出はほとんどしない。食事は親が作って部屋の外に置いていく。よく通信販売で買った荷物が届く。
 近所の人に話を聞くのに、ぼくが中学の同級生だというとあまり警戒しないで答えてくれたが、「おとなしい子」という表現が話の中に出てきたのは毎日殴られ蹴られた身としては、違和感があった。
 そうまで分かっても、清川がほとんどいつも部屋に閉じこもっているのでは、手の出しようがない。近所の人の話だと昼間はまるで外出しないというので、朝どこからか帰ってくるのを見たことが何度かあるという。
 いつ外出するのか、じっくり偵察して確かめる必要がある。焦りは禁物だ。
 腹ごしらえしようと、家のコンビニに入って歩き回っているうちに酒が眼に入った。忘年会で味わった酩酊感を思い出すと、ビールと日本酒何本かにひとりでに手が伸びた。
 街に出て、人目を避けながら飲み干した。
 酔いがまわってくる。
 ぼうっとしながら歩いていると、隣に並びかけた者がいる。
 横を見ると、姉がいた。
 姉は言った。
「何をするつもりなの」
「奴を、清川を殺す」
「それだったら、飲んでる場合じゃない」
「なんで」
「これから清川が出かけるからよ」
「どこに」
「来てみれば、わかる」
 ぼくは、姉と一緒に深夜の清川の家に戻った。
 見張っていると、両親が寝静まったのを見計らってか、清川がそっと出てきた。手にゴルフクラブを持っている。
「いつもあの父親のお古のクラブを持っていくの」
 姉が小声で言った。
 後をつけると、顔を隠した清川は公園に入っていった。青いビニールシートで覆われた即席の家がそこかしこにある。見ていると、清川は躊躇せずその一つの中に入っていく。姉と並んで息をひそめていると、ガス、ドス、というような鈍い音がテントの中から響いた。それとともに、長い、弱々しい、しわがれたような呻き声が聞こえてくる。
「なんだい、あれ」
「あいつ、あの中にいる、ここで一番気の小さいホームレスの人を殴ったり蹴ったりしてる」
 ぼくは、黙った。
「中学の時、あなたをねらい撃ちしたようにね」
 首筋のあたりがカッとなるのを感じた。
「最近は仲間が集まらないものだから、さらに歳をとって抵抗できない人をね」
「とめないのか」
「とめるわよ、もちろん」
 だが、姉に動く気配はない。
「あいつは、いつも殺すまでのことはしないから」
「それを毎日繰り返すんだ」
 やがて、清川がテントから出てきた。来た時とは逆に、こっちに向かってくる。
 姉が右手を上げた。そこには、いつのまにかボウガンが握られていた。ごくコンパクトな作りとはいえ、姉の華奢な手の上でそれは、不吉な鳥が飛び立とうとしているように見えた。
「それを、いつのまに」
 ぼくが言うより早く、引き金が引かれた。しゅっと空気を切る音がして、
放たれた矢が清川の眼に刺さっていた。
 清川は悲鳴をあげかけた。ぼくは弾かれたようにとびつき、口を押さえた。清川はものすごい力で暴れ出した。むりやりそれを押さえつけているうちに、半ば首を絞めるようにしていた。やがて、清川の体から力が抜け、ずるずると地面に横たわっていった。
 他に人の気配はなかった。
 テントから人が出てくる気配もなく、姉の姿も消えていた。
 急いで公園から出た。
 明け方のがらんとした街に、他に人影はなかった。
 夢でもみていたのだろうか。ぼくは、家に急いだ。
 階段を小走りに上がり、急いで鍵を開けて部屋の中に入る。
 やはり、姉はさっきぼくが寝かせた通りにふとんに横たわっていた。
(夢だったのか?)
 だが、清川を締め上げた時の触感はまだはっきり腕に残っている。
 それ以上、姉を見ていられず、ぼくはまた外に出た。
 コンビニに入ると、ビールのロング缶を買い、店の外に出てその場をあおった。すぐに頭の芯が痺れてきた。今のが夢だとすると、清川は、犯人はまだ大手を振って生きている。それでも構わないではないか。
 一缶目はすぐ空になった。すぐ同じ店にとってかえすのは避け、別の店を探して今度はビールと缶チューハイをまとめて買った。飲みながら、街を歩いた。次第に朝があけ、人々が活動を開始しても、転々と場所を変えながら飲んだ。自動販売機のそばで、さも缶ジュースでも開けているようなふりをして酒をあおり続けた。なくなると、また別の店を探し、バスに乗って場所を変え、同じコンビニでも店員の交代時刻を見計らって入り直し、ひたすら飲んだ。
 飲んで頭が痺れていると、みるみる時間が経っていく。ときどきコンビニに入って立ち読みし、また街をぶらぶらし…。たちまち日が陰り、ぼく以外にも酔っぱらいが目立ちだした。

「おい、起きろよ」
 肩をつかまれ、揺すられた。
 背中が冷たい。固いものに押しつけられていて、あちこちすれたような痛みを感じる。
「起きろって」
 真っ暗だった。目をつぶっているかららしい。粘りつくような瞼を上げて、目を開いた。
 上から丸まっこい塊が下がっている、と見えたのは制帽をかぶった警官の顔だった。後ろにはまだ暗い、青みがかった空が広がっている。
 ぼくは頭をもたげた。警官が、ぼくの肩の下に手を入れ、起き上がらせてくれた。
「こんなところで寝て。風邪ひくぞ」
 そう言われたとたん、身体の芯まで冷えているのに気付き、鼻をすすった。
「立てるか?」
「はい」
 声を出してみると、問題なく出た。喉も痛くなく、声もかれていないようだ。
 警官が貸す手から逃げるように、ぼくはできるだけ急いで立ち上がった。少しふらついたが、立っていられる。
「あまり若いうちから飲み過ぎるな」
「はい」
 神妙に答えた。
「帰れるか?」
「大丈夫です。帰れます」
 言うより早く歩き出していた。警官が追ってくる気配はない。よくあることなのだろう。
 …待てよ。こんなこと、前になかったか?

 バスに乗って家の近くに戻ると、急ぎかけて、石畳に少し蹴つまずいた。頭が振れ、全身がひやっとした感覚に包まれた。
 気付くと、またぼくは道に倒れていた。
(またか)
 立ち上がって、また妙な感覚を覚えた。
 こんなことも、前になかったか?
 胸騒ぎを覚えながら、部屋の前に来た。
 鍵を開けようとしたら、かかっていなかった。かけ忘れていたらしい。
 中に入り、台所に立った。
 しばらくそのまま立ったままでいる。
 隣の部屋を見た。
 姉が立っている。ボウガンを構え、ぼくに狙いをつけている。
 ぼくの顔が見えた。姉の眼が見ている、ぼくの顔が見えた。
 その時、やっとわかった。
「なぜ?」
「なぜ? 日なが一日部屋に閉じこもって、ひとに働かせて、殺したくならないと思わないと思う?」
「でも、なぜ他の三人も?」
「それでも一応、身内だからね。仇はきっちりとっていくことにした」
「なぜ、ぼくと相談しなかった」
「相談してどうにかできた? 何もできないくせに」
 そう言われると、一言もなかった。

 木口を殺したのは姉。殺している情景を、ぼくは姉の眼を通して見ていた。違うのは、リアルタイムで殺人現場を見ていたのではなく、
「あの、人殺しの現場、あれは他人が見ていたものをテレパシーか何かで見ていたんじゃなかったんだ。自分がやったことを後で思い出していただけなんだ」
 と、自分でもわかっていたように、後になって記憶から呼び覚ましたものだったことだ。
 橋本を殺したのも姉。同じく殺している情景を、姉の眼を通して見ていた。
 現場の鏡に写ったぼくの顔は、後になって現場にかけつけた時に見たものだ。本当なら、ぼくが橋本を殺すべきだった、と思いながら見た自分の顔だった。だからその記憶が後になって記憶の列にはめこまれた。
 だから清川殺しには、ぼくも加わった。姉もぼくに共犯になるのを許した。
 そう、すべてはもう起こってしまっていたのだ。
 いや、まだ残っている。思い出したくはないが。姉はボウガンをぼくに向けている。だが、これからぼくに向かって引き金を引くことはない。自分に向かって引くのだ。
 ぼくはその光景を見ていたはずだが、どうしても受け入れることができないでいる。
 姉はなおも手の上に鳥をとまらせるようにボウガンを構え続けている。だが、その手から“鳥”が羽搏き飛び立つのを見ることは、決してあるまい。
(終)

WOWOWでアカデミー賞の授賞式の生中継を見る。
かなりの程度で、予想が当る。モーガン・フリーマンにケイト・ブランシェットは、実績十分だから当然。
裏方をステージの上に並ばせたり、プレゼンターを客席に立たせたりといった演出は、ライトが当るところと当らないところの差を縮めようしているよう。悪くない。

ジエイミー・フォックスは大本命だから当っても自慢にはならないが、ヒラリー・スワンクの受賞予想が当ったもので、これはだいたい予想通りかなと思っていたら、大詰めの監督、作品が「アビエイター」というこっちの予想を覆して「ミリオンダラー・ベイビー」。「ミスティック・リバー」に続く合わせ技一本といったところか。

質はまず間違いなく「アビエイター」より上だろうけれど、こちらのセンスだと受賞済みの人は外したくなるのだが、あっちの感覚だと去年の実績は過去のもの、関係ないということみたい。

イーストウッドの母親が出席しているのにびっくり。
考えてみると、今のイーストウッド、「乱」を撮った頃の黒澤明とほぼ同い年なのだ。

Scorseseの発音、どう聞いてもスコセージでスコセッシとは思えないのだが、また外れ。
名誉賞のシドニー・ルメットはニューヨーク派の先輩だが、あれだけの実績があって監督賞はとっていない。アメリカ国内でも東は東、西は西というか、溝はけっこう深いみたい。


郵便局に振込みに行くと、おつりでわざわざ「2000円札ですが、よろしいでしょうか」と言われる。
一瞬、新札かと思ってなんでそんなこと聞くのだろう、と思って受け取った見なれない札を見て、ああコレは新しくはなってないのだなと今更ながら気付く。
それにしても、未だに2000円札使えないATM・自動販売機多いねえ。自然に消えてなくなるのを待っているみたいだ。

このgooのブログのアドバンス機能で試しにアクセス解析をしているのだが、翌日の9時を過ぎても結果がわからない。こんなのじゃ、しょうがないね。
ただのアクセスカウントとアクセス解析の数が合わないなんてことも、たびたびだし。



舞台版は見ていません。
音楽はいい曲はいいけれども、流しっぱなしだとダレるナンバーも出てくる。

怪人がヒロインを地下世界に誘う場面で燭台を握った人間の腕がずらっと壁から生えて案内するように動くのは、「美女と野獣」(ジャン・コクトー版)みたい。

装置・衣装が豪勢な割にイギリスのスタジオで撮ったせいか今一つ味付け不足。「パリ」って感じではないのだね。

また、というか、戸田奈津子せんせいの誤訳が指摘されてますねえ。
passion playは「情熱のプレイ」じゃなくて「受難劇」だとか。なんとかならんか。
(☆☆☆★)

朝日のネット版が修正されていたという問題について。
朝日新聞は自社の「記事改変問題」をどう説明するか?

あと、雑誌の朝日・NHK問題追求特集

「WILL」26日発売

「従軍慰安婦のまぼろし」(上坂冬子 vs. 秦 郁彦)
告発レポート「売国のトライアングル 朝日・総連・バウネット」(安田隆之)
「朝日 本田雅和記者への公開質問状」(西村幸祐)
「朝日の天敵 週刊新潮」(編集部)
「朝日新聞 虚報、誤報全史」(田村研平)
「信念で始まる朝日新聞への疑念」(渡部昇一)
「私が朝日を嫌いな理由」(金美齢・塩田丸男・八木秀次・麻生千晶・篠沢秀夫)

「正論」(4月号) 3月1日発売

見よ、狡猾トリオの朝日報道の執念(片岡正己)
朝日「従軍慰安婦」欺瞞報道の系譜(稲垣武)
朝日、NHKはニュースメディアか(編集部)
見過ごしてはならないNHKの「大罪」(桑原聡)
朝日への不信、筑紫哲也氏に異議(安倍晋三)
安倍氏標的の「従軍慰安婦騒動」と朝日報道(野村旗守)

こっちもイカニモな面子が並んでますが。
ここ数日、朝日の紙面ではこの問題にまったく触れていません。

カテゴリー・朝日NHK問題

確定申告用に領収書の類を整理していたら、おととしの源泉徴収票が出てくる。
問い合わせたら申告すればいくらかでも戻ってくるそうなので、しきりと仲間由紀恵のCMでやっているホームページによる申告をしようとしたら、CMとは違ってちっともうまくいかない。やっとプリントできそうになったと思ったら、今度はインク切れ。結局税務署まで行かないといけないみたい。ああメンどい。


画像は、「ウルトラセブン」幻の12話「遊星より愛をこめて」のスペル星人。



オリバー・ストーンって、ワルクチ言いながら権力(者)好きなのねえ。歴史劇でもやっていることは現代の社会派(風)の作品と一緒。
鷹のシンボリックな扱いなど、作者の方が天翔ているつもりみたいで、なんだか気恥ずかしい。

アレキサンダーがマザコン兼ファザコンでオカマみたい。色々なコンプレックスを詰め込んでその反動で世界を征服してまわりました、とでもいった陳腐な解釈を大袈裟に描いている。
兵を苦しめて暴走しているようにしか見えないかと思うと、ラストでいきなり偉人のように歌い上げ、上げたり下げたり忙しいこと。

戦闘シーンは大がかりだが整理不足でどっちがどっちだかわからない。
描写は血なまぐさく、馬や象まで血まみれになるなんて初めて見た。エンドタイトルで「この映画の製作で動物は傷つけられていません」という定番の断り書きがわざわざ枠で囲って示され、日本語字幕までついている。画面だけ見ていると本当に馬が槍で刺されているようにしか見えないものね。
(☆☆☆)


第三の男

アイ・ヴィー・シー

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NHK-BS2にて「追跡『第三の男』」を見る。

もう60年近く前の作品だが、未だにこういう番組が作られるのだから驚き。
ウィーン全体で照明器具が四つしかなかったとか、トレバー・ハワードの役名キャロウェイが当時ウィーンを占領していたイギリス軍のギャロウェイ少将からとったものだとか、アパートの管理人をやっていたパウル・ヘルビガーが現地では人気スターで、ロケ地を借りるのにウェルズやコットンの名前を出してもダメだったのにヘルビガーの名前を使ったらどこも1発だったとか、セルズニックやキャロル・リードがアンフェタミンを使ってたとか(日本でも深夜・徹夜の撮影が続いたものでヒロポンを使う映画人は多かった)、オーソン・ウェルズが下水道に漬かる演技を嫌ったもので、そういうカットはみんな代役だとか、いろいろ面白いネタがいっぱい。

ふとんにくるまって文句ばかり言っている婆さん役の人の名前は、Hedwig Bleibtreu。どこか無気味な子供をやっていたヘルベルト・ハルビクが爺さんになって登場、ちゃんと面影があるから驚き。

題材といい、集まっている人材の出身地の幅広さといい、改めてこの映画の国際性を思う。
番組とすると映画のシーンを変にいじって挿入しているのは目障りな感じ。

浅田次郎原作「ラブ・レター」を韓国を舞台に翻案している。日本では中井貴一主演で映画化されていて、未見だが、ここでのチェ・ミンシクほどみじめさに徹していたかどうか。
ついに二人が顔を合わせることがないとはいえ、女のイノセンスぶりといい、男がラスト近くで泣く姿といい「道」のジェルソミーナとザンパノみたいな人物設定。

韓国にとっても、中国人との偽装結婚というのはありうる話らしい。こっちはどうしてもごっちゃにして見てしまっていたが。
ラストはやや作り過ぎの印象。
(☆☆☆★)

ジェフリー・ラッシュはピーター・セラーズにあまり似ていないが、素顔のセラーズは見ているこっちにはわからないし、もともと“素顔”のない男として描くのが狙いだから、それほど問題にはならない。

ラッシュがセラーズが演じたさまざまな顔をさらに演じていくと、まるで逃げ水のように“実像”が逃げていく。
しまいにはセラーズの両親など周囲の人間まで演じて、セラーズについてのコメントを発したりする。虚実皮膜ならぬ虚虚皮膜の間という感じで、これだけ凝って演じるのだったら、逆にラッシュその人までさらけ出してよかったのではないか。

私はクライマックスに置かれている「チャンス」being thereを映画化される前に原作(イエールジ・コジンスキー)を読んでいたが、映画化できるとはまったく思わなかった。生まれた時から一つの屋敷から出たことがなく、外界はテレビを通じてしか知らない男の役など誰がやるのかと思う。だから映画化されたのにも驚いたが、その出来映えにはもっと驚いた。
畢生の名演、というか、演技がまったく見えない演技です。

脱線するが、この男のモデルは作者のコジンスキー自身。金持ちの未亡人と結婚していた時期、テレビを見る以外何もしていなかった生活を元にしたという。
こういうウソみたいなホントってあるのだね。

さらに余談だが、セラーズはやらせドキュメンタリーの元祖であるところの「民族の祭典」ほかのレニ・リーフェンシュタールが批判の嵐を浴びていた時に擁護する立場をとったことがある。ウソが好きなのか。

全体とすると、表面的な印象。
一番人工的なストレンジラブ博士の役を借りて母親に思うところをぶちまけるシーンが、逆に一番本音が出ていたみたい。

ソフィア・ローレンやスタンリー・キューブリックがまるで似ていないのは、ちと興醒め。
(☆☆☆)


ジョン・ソールの「暗い森の少女」あたりと同様に、殺人者の犯行を見てしまう超能力者の苦悩と悲劇を描いているのだが、困るのはそれをまた超能力者の捜査官の眼を通して描いているので随分とまわりくどいものになっていて、ベン・キングスレーをもってしても十分に表現できたとはいえない。
テレパシーで見ている人間と見られている情景とのカットバックと普通のカットバックとの見分けがつきにくいので、誰がどこで何しているのかわかりにくい。ストーリーの都合上伏せているところがあるので、なおのこと。

クライマックスの荒野に音楽がちらっとインディアン調になるのは、呪術にでも使うのか石を螺旋状に並べてある真ん中に格闘した直後の二人がいるのを俯瞰で撮ったカット(全然石の並びが乱れていないのは変)からしても精神世界つながりだろうか。
(☆☆☆)

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門前仲町の門仲天井ホールにて「あやかしの壷」公演。
壷の中から出てきた妖怪(演じる七海明美が宣伝美術も担当)が太めでころころしていて女性客に「かわいいっ」とウケていた。あやかしというから幻想味やさもなければコメディ風かと思ったら、かなり湿気の強い作り。出演者が女性3人だけ。

開演前に使い捨てカイロ、終演後にピーナッツをもらう。

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なんといってもジェイミー・フォックスのレイ・チャールズが、似てるって段ではない。「ガンジー」のベン・キングスレー並み。
もともと物真似をやっていた人だというが、歌もピアノ演奏も盲目の表現も、それからさまざまなコンプレックスや人間的な弱点の描出に至るまで、よくもまあと思わせる演技。
他の候補を見ないでいうのもなんだが、この人がオスカー取りそうな気がする。

サクセス・ストーリーに絡めて身障者・人種差別や、女性関係や麻薬中毒、ビジネス上の裏切りや抜け駆け、あと音楽の映画的処理等などの要素をほぼ過不足なく揃えているが、プラスアルファの部分である母親へのコンプレックスが、クライマックスに置かれるにはやや魅力と独創性不足。

ちらっと写るだけの場面で水着を含めた衣装や車などいちいち時代色を出しているのは、贅沢な見もの。
(☆☆☆★★★)

日本アカデミー賞の発表があったらしい。授賞式の司会が関口宏という段階で見ないことにしているが、作品賞が「半落ち」というのに、相変わらず東映作品は組織票があるから強いなと思う。これまでの授賞歴を見ていればわかること。
他の結果を見ても、相変わらずどこかズレている。

そういえば、「誰も知らない」がアメリカのアカデミー賞外国語作品賞部門の日本代表になった時(結果、ノミネートされず)、是枝裕和監督が「外の作品」が代表になったのは79年の「泥の河」以来とおエライさんに聞かされて、「外」という意味がわからなかったという。つまり“大手”映画会社以外という意味。バカではないか。とっくの昔に製作は外部のプロダクションに任せて安全な配給だけに限っているのに。

話はとぶが、ライブドアのニッポン放送株取得について政財界から批判相次ぐという話にも、センスの古さを感じる。株を上場している以上、誰が買おうと文句を言えた立場ではないだろう。フジテレビ会長ほかが「金さえあれば何をしてもいいのか」って言ったというが、自分だって株を独占しようとしていたのに、よく言えると思う。
第一、「金さえあれば」とか「数字さえとれば」という“風潮”は今の政財界が作ったものではないのか。
独占体制にあぐらをかいて、それが当たり前だと驕っているから、たまに当たり前ではないと知らされると逆ギレしているとしか見えない。ガキっぽい。

放送事業者は外国企業の株を取得できないようにするという法案が提出されるとかいう。それを聞いて逆に今のマスコミの一枚岩を見ていると、逆に外国企業に身売りして「外の眼」が入ってきた方がいいと思った。

吉永小百合の座長芝居みたい。
他の登場人物が時代の変化によって大きく変動する中、一人だけブレずに全体の要になっているが、その分単調。
ラストでは一同をバックに御挨拶みたいな正面切った決め台詞まである。もっとも芝居と違ってカメラのレンズが寄るとさすがに苦しい。

もっとも、その他大勢の変化がキャラクターのさまざまな面を見せるという具合に必ずしもうまくつながらず、場面によってバラバラ。バックグラウンドの書き込みと膨らみがあまりないからだろうか。
食うにも事欠く状況を今の日本人の肉体で表現するのは、まず無理。

よく考えると、一つの集落とその周辺の話なのだが、このくらいの規模の方が映画ではスケール感が出るみたい。でかくしすぎると書き割りみたいになってしまうので。
オープンセットや四季に渡るロケーション等、丁寧なスタッフの仕事ぶりが見もの。故・篠田昇キャメラマンの名前がなぜかエンド・タイトルに特に職能抜きで出るが、ときどきディフュージョンや色あいなど篠田調の画面が混じる。

西洋人(踊りからしてスコットランド人)(後註・実在の人物エドウィン・ダン)は英語を喋っていて、アイヌが日本語を喋るってなんだ、しかも豊川悦司が演じるっていうのはどうも、などと思っていると実はアイヌに触れるのは避けている。実際問題として今の日本のスタッフでアイヌの生活をリアルに描くのは不可能だから安全パイなのか知らないが、アイヌが前から住んでいるという視点が完全に抜けているあたり、アメリカの西部劇でいうなら60年代以前のセンス。「零」年って、それまで蝦夷地に人がいなかったみたい。
(☆☆☆)



北の零年 - Amazon


NHKに対する回答を出したという記事。やや扱いは大きくなっているが、本当だったらその回答書全文を掲載すべきところではないか。
4W1Hも満たしていないし。「リアルに証言」って口で言っても仕方ないのだよ。
どうリアルなのか、それこそ具体的に記述しないと。

カテゴリー・朝日NHK問題



製作に加わった知人に聞いたところでは、アメリカ側の注文はポップコーン・ムービー、つまりアメリカのティーンがポップコーンを食べながらはしゃいで見るものを、ということだったらしい。
だからCGとか特殊メイクとかもっとガンガン使うかと思ったら、画面の質などとともに技術的な仕上げは良くなっているけれど、目覚ましい違いはない。
それとも、あっちの連中はこれ見てキャーキャー言うのかな。まあ、もともとストーリーはあってないようなもので、お化け屋敷でワッと脅かすような作りですからね。

場面場面がほとんどオリジナルと同じで、キャストだけ外人になっているものだから、なんだかパロディみたいに見える。
白塗りの男の子と四つん這い下着女も、お馴染みさんになっちゃってるから今更コワくない。
「13日の金曜日」のジェイソンみたいにアイドル化していくのだろうか。というか、もうなっている。日本でも、俊雄くん人形が売られてたりしてましたものね。

ピーター(ビル・プルマン)が伽椰子と関係あると新聞の同じ紙面を見ただけでわかるのは、なんで? 自殺したという以外に、なんか関係あると書いていた?
家の中で灯油まいて火をつけて火事にならない(らしい)って、なんで?
惨劇の原因を描いて理由付けしている割に、全体としてスジが通っていない。

不思議なことに、基本的には日本人スタッフによる日本の風景が、キャストが変わると“外人の眼から見た日本”じみて見える。
サラ・ミシェル・ゲラーがなぜかカップラーメンの蓋を破いて中を嗅いでから買うし(どういう意味? 商品を傷つけていいの? レジの店員は見過ごしたのか?)、石橋凌の刑事がなぜかいかにも日本人風にオジギをするし。

どうでもいいけど、元の惨劇が起きた「佐伯家」って佐伯日菜子からとったのではないか。
劇場版の「2」で「ホラー・クイーン」なんて表現出てきたし。

オープニングの設定を説明するタイトルの日本語字幕が、英語字幕でgrudgeなどだけ赤くなって消えるのに合わせて「呪い」という文字が赤く残るのは、気がきいている。
オリジナルでところどころに挟まっていた人物の名前だけ白い黒画面が、ただの黒画面になっているのだけれど、字がないと黒が締まらないのだね。
字、特に漢字はどこか怪しい感じがある。

なお、全米で日本人監督初のNo.1というのは、「ポケットモンスター」の湯山邦彦監督のはず。
(☆☆★★★)




THE JUON -呪怨- - Amazon


NHKのラグビー中継に比べて、自民党の要求のスペースの小さいこと小さいこと。
まともに調査・回答していないと言われて、まだこれですからね。
あと、「市民団体」の要求とはさんで、印象を小さくしようとしている節がある。

朝日NHK問題エントリー一覧


ジェームズ・コバーンの遺作。
娘をピストル強盗に殺された老いた父親が、そのピストルの持ち主を追う過程にアメリカのさまざまな銃にまつわるシーンがちりばめられる。理不尽な暴力で肉親を失った遺族の苦悩を描いて、銃社会を批判しているわけだな、しかしコバーンが若い頃出征して戦場で戦友を誤射してしまうエピソードなどなんか余計だなあと思っていたら、それがラスト本筋と関係してくる。
だが、ネタばらしになるから書かないが、そのくっつけ方が作り過ぎで元の設定をブチ壊してしまっていて索然とさせられた。
もっぱらコバーンの渋さに支えられた一編。
(☆☆★★★)

終戦直後、「天声人語」がどれだけアメリカの太鼓もちだったかの実例集。
アメリカマンセーと虎の威の借り方をとくと御覧あれ。

昭和22年08月27日
マ元帥の占領二カ年、衛生状態はたしかによくなった。去年は進駐軍がDDTを空からまいてくれたので、夏中ハエのうるささを忘れていた。今年はDDTや石油乳剤を日本人の自治的使用に任せたところ、ハエは時を得て大いにはびこっている。ボーフラやウジの始末まで、進駐軍のお手数をかけねば、他人事として自ら進んでやらぬようでは情けない。

昭和22年09月09日
アメリカについての調査で「あなたはハッピイですか」との問いに対して、百人のうち九十五人までが、幸福だと答えられる事は、現代の奇跡といえる。

昭和22年11月17日
毎晩の停電で国民は「暗い暗い」と不平を言っている。アメリカでは人工的に夜を昼にしようとの研究が進められている。

昭和23年03月27日
ドレーバー陸軍次官を羽田飛行場に迎えたマックアーサー元帥の写真を見た人は、その若々しさに目をみはったであろう。

昭和21年07月27日
あなたの宗教は何か、と外人に問われた時、ただちに答えられる日本人がどれだけあるか。日曜の朝ごとに、進駐軍のために礼拝放送のあるのを、無心にはきき流せないのである。

昭和21年08月02日
米空軍デーで、B29が本土上空に姿をみせた。この美しい翼が飛行機雲をひいて現れるごとに、日本の命運は日に日にちぢまっていった。B29と原子爆弾と二つともアメリカ科学の所産だということは注目すべきことである。

昭和21年09月04日
降伏調印一周年のマ元帥声明は、日本民族に対する哲学的考察であり、日本の文明批評として、味わってみるべきものだ。

昭和22年03月07日
日本ほど医は仁術でない国はあるまい。貧乏人は治るべき病気も手当てができずに死ぬ場合が多い。米国では、その人の収入をきいたりして貧富の社会診断をする。富者からは高くとり、貧者には安くするのが米国のやり方である

(あの〜、アメリカにはいわゆる公的な健康保険って今でもないのですが)

昭和22年04月30日
アメリカのハネデュー・メロンを、日本に移し植えてもあの甘美な味は出ない。日本の民主主義の先生は、アメリカだが、日本の風土、骨格、富の力にふさわしいものがつくられなければ、身についた民主主義にはならない。

昭和22年05月04日
新憲法発足へのマ元帥の佳き贈り物として、国旗が丁重に返還された。いつでも心おきなく日の丸をかかげなさい、という温かい言葉である。

(将軍さま〜)

平成11年9月4日朝日社説
国家が法律を盾に、ずかずか入り込む。日常の仕事場にことさら国旗を持ち込む。不快に思うのは貧しい心根を感じるからだ。

昭和25年12月03日
国旗に国民が疑いを抱いていることは、民族として悲しいことだ。

昭和22年05月27日
米国では大統領の記者会見のなどには、ミスタ・プレジデントと呼びかける。わが国では、敬称の階級性が多過ぎる。

昭和22年06月11日
ハエの撲滅について総司令部から注意が喚起されている。日本人は、ボーフラやーと俳句をひねって鑑賞しているのだからいい気なものだ。米兵が、罐をペチャンコにつぶして捨てるのは、一つの習慣になっている常識だ。

(ハエの幼虫はボーフラじゃねえぞ)

昭和22年08月24日
日本の文化は、欧米や中国の文化から精神的滋養を摂取して育ってきた。


昭和21年01月06日
昨年九月二日降伏書調印によって日本は四等国になったのであるとは、マック元帥の断案である。たとい今にわかに四等国といわれたとてひどい下落でないと思われる。

昭和21年01月08日
連合国最高司令部では、最近、日本人との宴会に対して自発的禁止令を出した。このうえ日本の食糧不足に拍車することを避けるという理由によるものだ。

昭和21年01月25日
米人や華人の胸に開け行く境地が日本人に解らなくてどうするか。

昭和21年04月07日
折から四月六日の米軍陸軍記念日を期して東京では進駐軍の初行進が見られた。参加する米将卒の服装に細かい注意が払われている。機械化部隊の操縦する戦車、装甲車、砲車などの掃除が行き届いている点は、いかにも近代兵団という感が深かった。

昭和21年04月10日
連合国最高司令部は、日本のために新しく良き仏を造ろうと努めている。

昭和21年04月21日
奈良も京都も無傷で残された陰にはウォーナー博士の尽力があった。一文化人の忠言に、全米軍が素直に服するところに、文化国民の何ともいえぬ佳さがある。ほんとに有り難うと、自然に感謝の言葉が出るか出ないかで、日本人の文化に対する理解の深浅がわかるのである。同氏がマ司令部の顧問に迎えられたのは日本文化の幸福である。

昭和21年05月07日
戦勝国よりも旧敵国を先にすべきではない、とは、英国の主張であった。にもかかわらずトルーマン大統領は、一週間に二日は飢餓国と同じ程度に食糧を節約せよと、自身も一週一日のパン無しデーを実行している。戦勝国民の食卓を減らして、戦敗国民の飢餓を救おうとする米国民にくらべて、日本には食糧に関して厳しい道義があるであろうか。

昭和21年05月22日
無秩序な暴民的騒擾になってはならぬことはマ元帥声明の教える通りである。マ元帥の警告をよいことにして、ノホホンと欠配遅配状態を見送ることは許されない。

昭和21年06月11日
マ元帥の四月占領報告の中に、少年犯罪は上昇をつづけている、とある。今の日本ほど子供を粗末にする国はあるまい。

昭和21年06月17日
アメリカから原子力国債管理が提唱されたことは意義が大きい。核エネルギーが、人類の幸福のために使われた時の変貌は想像を絶する

昭和21年07月15日
この頃ハエにはトンとお目にかからなくなって、さては先日の低空飛行がDDTをまいたのかと、科学的駆除法のききめに今さらおどろくのである。進駐軍宿舎の付近では、余恵で蚊帳のいらぬ夏をすごしている。

昭和20年09月12日
アメリカの進駐軍は、たった二日間で、よこはまの桟橋から厚木の飛行場まで、ガソリン油送管をひいてしまった。代々木練兵場の幕営にしても、一夜のうちに機械力を駆使して、街路が出来、キャンプが設営され、井戸が掘られ、浄水装置までつくられた。司令部における士官たちの執務ぶりでも、手紙ひとつが来ても、すぐ速記者に口述してタイプに打たせ、上官の署名を得てただちに発送されるなど、水の流れるように事務がさばかれてゆく。また日米間の交渉的なことでも遅滞なく命令に移され、てきぱきと処理される。一分の無駄もない能率的な遣り方、命令の徹底と迅速な実行などをみて思い合わされるのは、わがお役所仕事である。

昭和20年09月18日
米国では、戦争中日本語が普及されて、日本研究が盛んに行われた。敵を知り己を知れば、百戦殆うからずという孫子の戦訓を実践したのは、果たして(アメリカと日本の)いずれであったろう。

昭和20年11月27日
連合軍総司令部が、食糧、綿花、石油、塩などの生活必需品の輸入を認め、木材の滞貨を一掃しようとする英断の合理的であることを理解するに吝であってはなるまい。

昭和20年12月06日
連合国の目こぼしに与っている小蠅(民間人)の中にも案外、罪深い者が残っていないとは限らない。

(おまえだよっ、お・ま・えっ)

昭和20年12月15日
またしても政府は連合軍司令部から先手を打たれた。

朝日NHK問題エントリー一覧




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スジより文体を味わうタイプの映画。
お国柄(フランス)か、暗黒映画フィルム・ノワールの香りがする。
寡黙で表情を押し殺した人物たち、寒色でコントラストの強い画調、説明的でない語り口、迫力ある割にこれ見よがしのところがないリアルで簡潔なアクション、などなど。
ややシブすぎて前半眠くなったが、文体に慣れるとハリウッドの摸倣じみたアクションが増えたフランス映画にはない感覚が味わえる。
(☆☆☆★)

14日TBSの「NEWS23」で安倍幹事長代理が出席した。
その模様をぼやきくっきりさんがテキスト起こしされているので、引用。
元の放送を聞きたい方は、こちら

(引用)
筑紫
「テーマを変えたいんですが、NHKの問題ですが、安倍さんは渦中の人でおっしゃりたいこともあると思うんですが?」
安倍
「朝日新聞の1月12日の記事、私と中川さんが放送前日にNHK関係者を呼びつけて番組中止するよう圧力をかけたという記事が発端なんです。この記事が本当かどうか検証しないといけないと思います。問題は記事の信憑性だと思っています。先週、この番組で座談会があって、朝日vsNHKで。が、NHKの人はNHKの考えを代表してる人でなく、NHKに批判的な人が出てきて、『安倍さんの発言はくるくる変わってます』と言われて、筑紫さんは頷いておられましたが(笑)、どう変わったのか言っていただきたいと思います。私の発言は変わっていません。私の発言が変わったことはないんですね。NHKの方々が説明に来て、公正公平にやってくれと申し上げました。私は12日に、私の方から呼びつけたのではないとコメントもしています」
筑紫
「出演者の発言を制限することはできません(笑)。私も今安倍さんの言われたことを制限するつもりはありません。頷いてるから賛成したわけではないので(笑)。反論のために今日安倍さんに来てもらってるんですけどね(笑)。政治と圧力がテーマで、何が圧力かというのは判定が難しい。その前に伺いたいのは、NHK幹部が当時官房副長官の安倍さんに、首相官邸にやってきて、予算や、放送前の番組について説明をするという、政治家と報道機関との関係が変じゃないかという声がありますが?」
安倍
「私のところに説明に来たというのは、そもそも私にアポをとった方は私の父の時代に番記者を務めていた方で、古い番の人たちがみんなで私に意見言う場を持ちたいと、彼は幹事だったんですが。で、説明に来られて、予算の説明もして、当時話題になっていた番組について、番組の中身の説明というよりもNHKとして間違いなく作ってるという説明があって、私は一般論として放送法上の話をしただけです。が、問題は今、論点がすり替わっていますが、最初の12日の紙面は何かというと、私と中川さんが呼びつけて圧力かけたと、とんでもない政治家だと、NHKは被害者だったんですね。そこでもし、中川さんが先日に呼びつけてなくて、会ったのは放送日の後日であって、私も向こう側からやってきたと、全く事実と違うとなれば様相は違ってきます。そもそも番組についてはNHK内部で、弁護側の証人もいない裁判は裁判とはいえない、中学生でも知ってる話ですから、それを裁判と扱うのは問題では、という議論がありました」
筑紫
「事前にご存知だったんですか?」
安倍
「私は番組を見たことありませんが、多くの国会議員の間で話題になっていました。私に会う10日も前に編集作業が始まっています。が、朝日新聞にはそれは一切書いてないんです。おかしいじゃないですか。放送日の11日前、私に会う10日も前に始まってるとしたら、NHKの中でやってる話で、裁判もやっているのに、期間も4年もあったのに、これまで安倍の『あ』の字も中川の『な』の字も出てこなかった。4年も経って出てきた。北朝鮮に私も中川さんも批判的で厳しい意見を言っているとなると、記事を書いた本田さんという人は、この模擬裁判をやった松井さんとも親しい、かつ北の工作員も検事役で出てると、こういう関係の中から、我々の発言力を封じようとしているじゃないか、と我々は今感じているんです」
筑紫
「模擬裁判の是非そのものと、放送したことの是非、政治家と言論機関の関係と、いろいろな問題が含まれていますが、圧力だと言って圧力かける人もないし、その気もないのに相手が圧力と感じることもあるし、たとえばあの当時予算審議を控えていた、幹部が『NHKはこの時期、政治とは戦えない』と言ったという証言もあった(←これはNHK長井チーフプロデューサーの伝聞なんだが(-.-#))。そうなると圧力とは何であるか?あいまいな部分もある」
安倍
それは極めておかしな議論であって、あの日の1月12日の記事は、私と中川さんが番組やめろと明確に圧力かけたという記事になっていますが、もし、私が呼びつけたんじゃなくて、向こうから事情があって、事実私と会った3人の方々みんなそう言ってますね、向こう側から説明にやってきて、私だけではなく多くの議員にも説明に来てますね。そこで、向こうが番組の詳しい中身について、向こうの方々もまだ編集作業は全く見てないから、中身について言いようがないですね。かなりさっと話をして、私は一般論として放送法にあることだけを言ったのであれば、それ以外に言うことないですから。あんたそんなこと言っちゃだめですよと、まさか口を抑えるわけにいきませんよね。筑紫さんももしそういう説明を受けたら、放送法上のことしか言えないんじゃないですか?」
筑紫
「いえ、私は政治家じゃないから。予算審議という権力は持っておりませんから」
安倍
「そうでなくて、もし筑紫さんが官房副長官だとしたらですね。権力を持ってるというのは、官房副長官でなく議員一般も持ってますね。あの時たくさんの議員に説明してるのに、なぜ私と中川さんだけが話題に出たのか。私は何かそういう流れがあるのかなと」
筑紫
「私は事実関係はどちらが正しいとか一度も言ってません。これは裁判で決めればいいことだと思うんですよ」
安倍
朝日新聞が裁判に逃げ込むのじゃなく、言論機関ですから、昔、サンゴ事件というのがありましたね。あの時も認めるまでに36日間かかって、今30日ちょっとですが、そういう間違いがあれば、間違った点はちゃんと認めるべきだと思います
筑紫
「あの時、社長は辞めたわけですから、そうすると安倍さんが今そうおっしゃってるのは、社長もあと何日かで辞めるべきと聞こえかねないと。これは圧力とかいう議論をする時に厄介なことだと(笑)」
安倍
「それは全然関係ない、今のはとんでもない話でですね……(笑)」
筑紫
「圧力をどう受け止めるか……(笑)」
安倍
この問題は私が提示したのでなく、書いたのは朝日新聞ですよ。書いた朝日新聞が事実をちゃんと述べるべきですし、間違ってるなら認めるべきだと言うのがなぜ圧力になるんでしょうか?(笑)そうであれば、私はこういう問題については何の反論もできないですね(笑)
筑紫
「政治家と報道機関の間、どういう関係であればいいのかと、国会議員としてものを言っていいという部分、そうでいい部分とそうでない部分と、どう違うかというのが……(笑)」
安倍
「私には朝日新聞の社長を辞めさせる権力は全くないですよ(笑)。朝日新聞と闘うというのはね、筑紫さんはまさにご出身だが、マスコミは大変な影響力がある中でたった一人で闘うのは大変。私はテレビに出てしゃべっても、向こうは答えない。変じゃないですか。一般人であれば裁判じゃなければ名誉回復できませんが、朝日は紙面で証明すべきではないですか。呼びつけたと言うなら、第三者の証言や根拠を示すべき。それを示せないなら謝っていただかないといけない
筑紫
「私も朝日出身ですが、16年前ですが(笑)。ただ、最後にしますが、はっきり申し上げて安倍さんは将来のリーダーと目されている方ですね、そういう方が圧力と誤解されるようなことは、慎重であるべきではという見方があるが?」
安倍
間違った議論ですね。12日の記事が間違ってるんですから。間違いを素直に認めるのが先ではないでしょうか。そこで戦えなくなったからって……、私が説明に来た人に対して、公正公平にと放送法上の言葉を述べたと、それ以上述べようがないじゃないですか。好き勝手にやって下さいとも言えないし、極めて言いがかりであって、そもそも大切なことは、1月12日の記事の信憑性を明らかにしていただかないと
筑紫
「細かいところは、呼びつけたか呼びつけないかという問題ですね」
安倍
細かいところではなくて、呼びつけたか?は問題の核心に近いところですね。呼びつけて行ったのか、向こうから説明に来たのか。呼びつけたと記事に4箇所書かれてあるが、また私は『偏向してる』とは言ってない。偏向したと思ったのと、言ったというのは違います。が、まるで私が言ったような印象を与えて書いています。そういう意味では極めて個人攻撃的な記事であったと思います
筑紫
「何度も申し上げますが、言論機関と政治家の間では緊張状態がある。何がルールであるべきか。憲法21条、放送法3条、そこの線の中でお互いが言うことを言うことが大事、将来の問題として。この問題で朝日と係争をおやりになればいいが、そのへんはどうお考えですか?」
安倍
「係争をやればいいじゃなく、朝日は裁判でしか話さないと言ってるのはおかしいじゃないですかと。先週の議論の在り方においても、朝日vsNHKにするのであれば、NHKの人はNHKの立場を代弁しなければ議論になりませんよね」
筑紫
「いや、片っ方も朝日に決して全て肯定的でなく、OB対OBでやってるわけですから(笑)」
安倍
「いや、何か両方とも私が圧力かけたということだけを言っていて、あの時点で私は出演するのは当然決まってませんよね。筑紫さんと考え方の違う人もちゃんと出して、そこで公正な議論がされないと、まともな報道番組とは言えないと思います(笑)」
筑紫
「全部が違うとは思いませんが、違いがあっても、安倍さんまた出てきて下さい。どうもありがとうございました」
(引用終わり・強調は引用者)

NEWS23など、ほとんど見ないのだが、たまたま見ていてイライラしてチャンネルを変えた。文字にして見ると落ち着いて読めるからありがたい。

筑紫は人の話を聞く時フンフン言っていて同意しているのかと思うと、しゃべるだけしゃべらせておいて後でハシゴを外すような真似をよくやる。「発言はさせましたよ」という体裁だけ作って、質問の中で相変わらず論点をそらそうとしているのだから、悪質だ。

それにしても、TBSがオウムに取材ビデオを見せた事件の後、「TBSは死んだと思います」とブチあげておいて、そのシカバネの上に居座り続けているのだから(忘れたと思っているのか)、図々しいにもほどがある。

ところで、また聞きだがNHK内部でも朝日の論調に賛同する人がいたりするらしい。つまり政治家からの圧力が問題だと。
ここでも筑紫がしきりとそういう風に話をもっていこうとして、そのたびに修正されているが、違うだろう。

「あの(サンゴ事件の)時、社長は辞めたわけですから、そうすると安倍さんが今そうおっしゃってるのは、社長もあと何日かで辞めるべきと聞こえかねないと。これは圧力とかいう議論をする時に厄介なことだと(笑)」
安倍
「それは全然関係ない、今のはとんでもない話でですね……(笑)」

本当にとんでもない話で、報道に誤報・捏造があったので責任をとって社長が辞めたという当たり前の責任の取り方の話をしているのを、社長は辞めろと圧力をかけているようにすりかえている。政治家の発言は常識的・一般的なものでも全部圧力をかけていると受け取っているいい実例だ。
反権力のつもりか知らないが、自分が世論形成力(誘導力というべきだろうが)というれっきとした権力の持ち主であることを棚に上げて何を言っているのか。

朝日NHK問題エントリー一覧



老境のコール・ポーターが自分の半生を芝居や映画を見るような形で回顧するという凝った構成で、リクツっぽいところはちょっと「オール・ザット・ジャズ」を思わせる。
もっともそのミュージカルの再現シーンが、登場人物の感情が高まって歌や踊りに入るのではないので、どうも盛り上がりに欠ける。
ジョナサン・プライス(「ミス・サイゴン」ロンドン公演で狂言回しのヒモをやっていた)が出ていて1曲歌って踊るだけとか、撮り方も水っぽい。

ポーターのゲイの側面も、突っ込み不足というより最初から突っ込もうとしていない。
ゲイの旦那を持った(そしていったん妊娠もした)奥さんの心情というのもきちんと描けば興味深いものになったと思うが、てんで描写不足。どうせなら、奥さんの視点から描いた方がよくなかったか。
(☆☆☆)


 


五線譜のラブレター - Amazon

あれっと思ったのは、映画「パーフェクト・ストーム」で描かれた暴風雨にあった漁師の一人がまた遭難して救助されたという記事
よく遭難する人だなあというのと、あの映画では全員乗組員が死んでいたので、映画を作る時なんで遭難の様子がわかったのか不思議だったのだが、なんだ、死んだのは映画の創作か。

「朝日新聞」の文字をNHKのラグビー中継から外していたというカメラワークの分析を、日刊スポーツでやっていたとのこと。フェンスの「読売新聞」の文字は入っていたという。
朝日NHK問題エントリー一覧

卓球の“愛ちゃん”が優勝を逃がしたという報道で、誰が優勝したのかろくすっぽ出てこないのだからヒドい。
なんか、ニュースを見ていると頭が悪くなってきそうだ。

 



NHKで予定されていた日本ラグビー選手権の中継が、「朝日新聞」の文字が選手のユニフォームに描かれていたというので、特定の企業の広告になると生中継を一時中止しかけて、ラグビー協会が謝罪して一転して生中継が実現した。

時期が時期だけに、NHKの朝日に対するイヤガラセと取るのが自然。
だいいち、それだったらヘリクツは色々あるだろうが、プロ野球はじめプロスポーツの中継は実質全部親会社の広告ではないか。
この件に関して写真のように朝日がバッくれるのは当然として、NHKも右に習え、他のマスコミも全部そう。ラグビー協会に落ち度があったにせよ、似たようなことはいくらもあるではないか。
どいつもこいつも「知る権利」を侵害しおって。

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