80 小人の事務所
秋月、金庫を開けて、金や書類といった中身を机の上に置いている。
ドアがノックされる。
秋月、慌てて中身を机の引き出しに押し込む。
秋月「はい?」
清水が入ってくる。
秋月「今、社長は留守にしておりますが」
清水「こんなビラを見たんですが」
と、団の写真が出ているビラを出す。
清水「この前できた映画をちらっと見ましたけど、この人でてませんでした?」
秋月「出ていましたよ。
(すらすらと)いえね、あれでは売り物にならないということで、ガイジンが見た日本の姿という線でまとめ直すことにしました」
清水「えーっ?」
わけがわからない。
清水「からかうのはやめて下さい」
秋月「本当ですよ」
清水「何を隠してるんです」
秋月「何も。
今言った通りです」
清水「言いなさい」
秋月「言いましたが」
清水「しらを切るのですね。
どうも初めから信用できないと思っていたら」
その目が机の上の改訂台本に止まる。
その時ばたん、と窓が強い風にあおられて開く。
秋月「すみません、この窓、鍵が壊れているみたいで」
と、なんとか窓を閉めようと後ろを向く。
清水、その隙に机の上の改訂した台本をつかんで出ていく。
秋月が振り向いた時には姿はない。
81 撮影所・弟6ステージ
キャストが扶桑の前に集められている。
扶桑「ああ、手直しにあたって、役名も全部変えることにした。
では、それぞれの役名を言う。
大平」
大平「(相変わらず間延びした感じで)はい」
扶桑「君の役の名はマリコだ」
赤沢「(ずっこけかけ)これ、一応江戸時代の話でしょう」
大平はぼんやりしている。
早川「(口を出す)これは、実際に外人が書いた小説のヒロインの名前です。
他の名前も全部実際に小説や映画で使われていたものです」
扶桑「福田」
福田「はい」
扶桑「君はサズコだ」
福田「はあ?」
扶桑「山崎」
山崎「はい」
扶桑「君はゲンジコだ」
山崎「そんな名前がどこにあります。
コがつけば女の名前だと思ってるんですか」
扶桑「広瀬」
広瀬「はい」
扶桑「君はチンモコだ」
広瀬「(たまげる)ええーっ!」
扶桑「間違えるなよ。
チンモコだ」
広瀬「(呟く)もう一人いたら、どんな名前つけられていたかわかったもんじゃない」
扶桑「赤沢」
赤沢「はい?」
扶桑「君はヤキティドだ」
赤沢「ヤキ…ティド? どんな字を書くんですか」
扶桑「(無視して)団」
団「はい」
扶桑「君にはいくつかやってもらう。
サキニ、ユニオシ、トコラモ、ヤカモト…できるかね」
団「いくつでも。
役者ですから」

82 外国映画配給会社・試写室
エッフェル塔が波をバックに描かれたフランス語のポスターが貼られている(ヌーベルバーグ風)。
清水、入ろうとして係員に制止される。
やむなく立って盗んできた台本を読み出す。
読むほどに首をひねる。

83 同・中
居眠りしている溝口(56)。
上映が終わり、明るくなる。

84 同・外
出てくる溝口。
清水「(声をかける)すみません」
溝口「はい?」
清水「もし」
溝口「はい?」
うっとうしそうに足を止めずに答える。
清水「先生」
足を止める溝口。

85 「白樺」
「旭日新聞嘱託・溝口秀夫」
という名刺。
溝口「(清水が盗んできた台本を読んでいる)…アメリカ人が主役みたいですね」
清水「そんなはずはないんですが」
溝口「…で、私にどうしろと」
清水「彼らが何を撮っているのか調べてください」
溝口「なんで私が」
清水「正義のためです」

86 撮影所・正門そば・守衛室
小人「(来て電話を受け取り)もしもし…お断りします。
旭日新聞? お断りします」
電話を切る。
小人「(守衛の森岡に)俺の組を取材に来た奴は全部断ってくれ」
と、持ってきた一升瓶をどんと置く。
正門を通ってくる秋月が見える。

87 「白樺」
溝口「(電話を切り)断られた」
清水「新聞の名前を言ったのに?」
溝口「行きましょう」
プライドを傷つけられた表情。

88 撮影所・第6ステージ
畳が外されたあとにお湯を満たしたバケツが置かれ、その中にドライア イスが入れられる。
たちまち、もうもうと湯気が立つ。
大平とビリー、肩まで裸になって中でしゃがむ。
それを低めに構えたアングルから狙う。
座敷の真ん中に作られた風呂に二人が入っている図になる。
扶桑「どうだい、風呂に見えるかい」
宮下「なんとか」
黒井「台詞はどうします」
扶桑「適当に喋らせればいい。
どうせあとでみんな英語に吹き替えるんだから」
×   ×
扶桑「はいっ」
カチンコが叩かれる。
大平「ABCDEFG」
ビリー「HIJKLMN」
大平「OPQRST」
ビリー「UVWXYZ」
大平、ほほほほほっと笑う。
ビリー、つられて困ったように笑う。
扶桑「カット」

89 同・控え室2
赤沢、ふてくされている。
その傍らで団がまた別の変な日本人モのメイクをしている。
赤沢「よく恥ずかしくないな」
団「なんで」
赤沢「外人が見たらなんと思うか、想像してみたか」
団「どう思うかなんて、こっちじゃ決められないよ」
赤沢「だけど、わざわざ誤解を煽らなくてもいいだろう」
団「誰の誤解だい」
赤沢「外人のに決まってるだろう」
団「これは外国でやるわけじゃないよ」
赤沢「え?」
団「日本でやるだけで、外国でやる予定はない」
赤沢「(いっぺんに調子が変わる)なんだ、それならそうと早く言ってくれよ」
団「日本でやって、日本人の誤解を招くとまずいんじゃないの?」
赤沢「そんなの…」
団「差別するなよ」
赤沢「(聞いていない)だったら安心だ」
赤沢、メイクを始める。

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