コピペ日記

備忘録・メモ代わりです。意見はごく少々。

2005年08月


脳にはえるカビを媒介するとも聞いたことありますが。



インタビューを受けているのは誰だろうと思ったのですが、背が低くて見えませんでした。


日曜とあって、朝から政党の代表者があちこちのテレビ局に登場。喋る内容は似たりよったりだし、違えば違ってるなりに突っ込み入れたくなるしで、気分のいいものではない。
早く終わってくれないかな。

それにしても、辻本だのムネオだのといった連中がまた恥知らずにも立候補するっていうのは、およそ一般社会で通用する話ではない。こういうことするから、政治離れ(?)が進むんだ。
一番嫌なのは田中真紀子。マスコミも小泉攻撃に使いたくて色々取上げているのだろうが、これがテレビにうつったら瞬間にチャンネルを変える。いつまでもこんなの持ち上げてるんじゃないよ。

自民党が「刺客」という言葉を使わないでくれ報道各社に申し入れたとのこと。当たり前だ。誰が使い出したのか知らないが、キャッチフレーズばかり作って喜んでるんじゃないよ。

〆切りの前日になって、いきなり条件が変更になる。いいかげんにしてくれ。



池袋東武内の旭屋にて。
リリー・フランキーのサイン。


新宿紀伊国屋にて。
桐野夏生フェア。もちろんサインつき。


赤坂の橋本龍太郎元首相がよく利用していた書店です。
飼犬が歩き回ることがあるそうです。


この他、「妖怪大戦争」関連のグッズコーナーも。




母象と強引に引き離した子象でないと飼いならすことはできず、飼いならされていないと森に帰っても逆に生きて行けない、というあたりが、主人公の少年と母親との関係と対応しているわけね。
柳楽優弥は「誰も知らない」の幼児に続いて動物と共演して食われない資質の持ち主。タイ人に混じっても容貌があまり見分けつかない。
ゾウ学校の校長をはじめ、タイの役者が良い味。

どの程度特殊効果使っているのか、と考えてしまうのが最近の特殊効果全盛の不幸なのだが(エンドタイトルにVFXスタッフの名前が並んでいるので、使ってないわけではないはず)象の演技はさすがに見もの。これがダメだったら映画そのものの意味がないわけでもあるが、あまり可愛いって動物でない分、余計な抵抗を感じないで見ていられる。
常盤貴子のガラッ八な母親は、祖母役の倍賞美津子の若い頃だったらもっと似合ったろう、と余計なことを考えた。
(☆☆☆★)



星になった少年 - Amazon



朝日新聞が取材した内容が自社で記事にする他に月刊現代に漏洩した問題で、取材した三人に謝罪

どーかしていますね。傍から見ていると、何がなんでも記事にして政治家とNHKを叩きたい朝日内部の人間がリークしたとしか思えない。そっちの方の真相と責任追求はどうなってるの。
それやらないでただ形式的に謝って済ませるっていうのは、しきりと政府に中国や韓国に謝れ、謝ったからには金を出せと焚き付けているのと、どう辻褄を合わせるのだろう。

皮肉にも(?)元朝日スター記者の本多勝一が書いていたことだけれど、世界の常識では謝るということは全面降伏を意味していて、謝ったら何を要求されても仕方ないという方が普通だ、というのだね。
だから本多当人は中国人民に謝ろうとは思いません、その代わり行動として日本軍の蛮行を報道していきますという具合に理屈が発展していったわけだが、その報道自体が全部先方でお膳立てされていたものだったという認識は未だにないみたい。
「事実」には違いないだろうというのだが、その一方で事実というのは一つではなく立場によって変わる、とこれまた“正しい”こと言っているのだね。ところがその後、「殺される側」の言うことは伝えられていないから、そっちの側に立って「殺す側」にカウンターパンチを放つ自分は正しい、という具合に発展していってしまっている。
「殺される側」の「味方」は決して「殺される側」そのものではないのにね。

カテゴリー・朝日NHK問題



都会育ちの動物が野生の島マダガスカルに放り込まれておたおたしたり、草食動物と仲良く暮していたライオンが野生に帰って仲間を食べようとする幻覚を見るあたり、ペンギンの性格の悪さなどはワサビが効いている。ただ、解決の方法とすると魚だって生き物なんで、ちょっとはぐらかされた気はする。

「野生のエルザ」や「アメリカン・ビューティ」(これもドリームワークスだったか)のパロディはまずまず。「ブギー・ワンダーランド」や「ステイン・アライブ」や「この素晴らしい世界」など、やたらと有名な曲が並ぶのは「シュレック」あたりと共通している。
(☆☆☆)



マダガスカル - Amazon

30年代のハリウッドのウェルメイドなハート・ウォーミング・ドラマ映画のキャラクターをロボットに置き換えたみたい。
勧善懲悪そのまんまな設定といい、ロボットと人間との差違を完璧に無視しさった作劇といい。だいたい、このロボットたち、なんのために、誰に作られたの?
映画のスタッフたち、っていうんじゃ困るんで。
新しいのがいいとは限らないっていうんだったら、IT関連の一般向け設定のフォローのいーかげんさあたりを取上げればいくらでもネタあると思うんだが。
吹き替え版による。最近、見る時間帯が限られてるせいか、字幕版が見られないことが多い。
(☆☆☆)





割と期待していたのだが、ちょっとがっかり。
なんでハリウッドのリベラル派のスターたちが金正日の味方になるのか、理解できず。イヤミにしてもピント外れではないか。スター代表がアレック・ボールドウィンというのもよくわからないセレクション。
「『パールハーバー』は最低」なんてのは、当たり前すぎ。
ただ下品な真似したり汚い言葉吐いたりするだけだと、あまり楽しくないし、スカッともしないのだね。攻撃する対象をちゃんと見定めて、足元固めてぶっ叩かないと。
オープニング、チーム・アメリカが攻撃の的を外してエッフェル塔と凱旋門とルーブル美術館をぶっ壊すあたりは、アメリカの正義の迷惑さを代表しているのかと思うと、途中から反権力みたいになるのも、変。
人形の操演技術は大したもの。人形がゲロ吐いたり血しぶきをあげて吹っ飛んだりするというのは、妙に生々しい。人形が“死ぬ”と、もともと命のないものだからこれまた生々しい。
(☆☆★★★)


<人物表>
小人富雄 41 … 映画プロデューサー
秋月令子 24 … 小人の秘書
山本三助 55 … 映画館「前線座」オーナー
田中 勲 65 … 金持ち
浅間善之 50 … 田中の運転手
清水道子 33 … 市民グループ代表
溝口秀夫 56 … 旭日新聞嘱託・映画評論家
扶桑和人 30 … 映画監督
花山 修 27 … 脚本家
団 裕仁 32 … 男優・メイクアップの達人
赤沢陽一 30 … 男優
福田香子 21 … 女優
山崎秀子 22 … 女優
広瀬康子 24 … 女優
大平 茜 21 … 田中の二号・素人俳優
トニー早川 30 … 自称日系二世・通訳
イォシフ・ビサリオノビッチ・シュガシビリ  33 … 素人俳優
森岡吉見 61 … 撮影所守衛
仁科慶子 47 … 前線座もぎり
宮下孝三 45 … 撮影監督
黒井 徹 27 … 助監督
佐山 明 40 … 美術監督
秋山純子 42 … ヘアメイク担当
栗田 恵 35 … 衣装担当
林 和人 42 … ダビング担当
その他スタッフ・キャスト一同
金坂   45 … テキ屋
吉田   19 … 金坂の子分
東野 … 映画ファン・女・西川とペア
西川 … 映画ファン・男・東野とペア
北山 … 映画ファン・男・南原とペア
南原 … 映画ファン・女・北山とペア
四方 … 映画館の客
喫茶店「白樺」
の客たち
市民グループのメンバー

<ストーリー>
1962年、日本で映画人口が激減していた真っ最中、独立プロデューサー・小人富雄は絶対に当たらない映画を作ろうとしていた。
 なぜそんな真似をするのか。
製作費を集めるだけ集めて、できるだけ安く形ばかりの映画を作り、売れなかったからという言い訳を残して、余った金を持ってドロンしようという目論見なのだった。
ではどんな映画が当たらないか。「良心的」で暗くてうっとうしいものに限る、とあらん限りの手を尽くしてつまらない「良心作」を作ったところ、これがどういうわけか買い手がついてしまう。
しかも買い手は山本という名うての商売人だ。
何が狙いなのか、小人が探ったところ、山本はその「良心作」が予算不足でひどく美術その他がちゃちな上、描写が公式的でやたらと型にはまっているくせに考証的にでたらめなところに目をつけ、これは少し手を加えれば外国映画に出てくる変てこな日本や日本人そっくりになる、作り替えて外国人が日本の誤解して作った「国辱映画」として日本製であることを隠して売ろうとしていたのだった。
そうと知った小人もただ山本に儲けさせる気はない。
どうせ国辱映画として売るなら、初めからもっとそれらしく撮った方がいいと山本と交渉し、小人が責任をもって作り替えるのを条件に、より高く売りつけることに成功する。
それからインチキ日系人などの協力を得て、スポンサーの干渉その他数々の障害をくぐり抜け、この日本製「国辱映画」の作り直しは進む。
そして首尾よく、その国辱性を話題作りに生かし、あるいは実は日本製なのではないかという言い訳も巧みに噂として流して、「日本人とユダヤ人」の映画版とでもいうべき日本製「国辱映画」は何を間違えてかヒットしてしまうのだった。

1 メイン・タイトル(絵)
チビで短足で出っ歯でつり目で眼鏡をかけたサムライたち。
電卓を首にかけ、片手に車、片手にテレビを掲げている帝国軍人。
風呂屋のペンキ絵のようなタッチで描かれた富士山、人力車、芸者、桜、菊などの日本的な風物。
外国人が見た日本人のカリカチュアの、そのまたカリカチャア。
怪しげな日本趣味の音楽。
T「1962年 ’日本」

2 映画館・前線座
六階建てのビルの最上階にある。
すぐそばに階段。
正面には「ぼくは負けない」
といういかにも真面目で良心的な映画のポスターが、ガラスケースにしまわれて貼られている。
自衛官募集のポスターか生命保険のパンフレットのように、青空をバックに子供たちが空の彼方を指さしている絵柄だ。
「文部省選定」
とポスターの上に大書してある。
男の声「映画が完成したら、ここで上映します」

3 階段
がらんとして、下までずっと続いている。
男の声「入りのいい時だと、ここから下までずっと人が続くんです」

4 他のさまざまな映画館の写真
がテーブルの上に並べられる。
男の声「これらも同じ系列の映画館です」

5 ホテルの食堂
写真を出して見せ、しゃべっている男(小人富雄・41)。
反対側にはいかにも金持ち然とした男(田中勲・65)が座ってコーンパイプをふかしている。
机の隅には「小人プロダクション代 表取締役社長・小人富雄」
という名刺が置いてある。
田中の方は名刺など出していない。
小人「…以上です」
田中「条件がある」
小人「パーセンテージにご不満でも」
田中「これだ」
と、傍らの若い女を指し示す。
大平茜(21)、どこか遠くを見ているような目付き。
田中「これを、主役にしてほしい」
小人「失礼ですが、演技経験は」
田中「(大平に)芝居の経験だと」
大平「小学校の学芸会で、主役」
ぷつんと投げ出すように言って、あとすぐぼうっとしている。
小人「なんの役です」
大平「たぬき」
小人「(がっくりきかけるが、気を取り直して)いいでしょう」
田中「本当かね。
監督に聞かなくていいのか」
小人「その監督は私が選ぶんです」
田中、大平に合図する。
大平、テーブルの下から鞄を出して、上にどんと置く。
開けると、中には札束が詰まっている。
田中「持っていけ」
小人、立ち上がって、田中と握手する。
小人が鞄を取ろうとすると、 田中「これも」
と、大平を持って行かせようとする。
小人「そちらは、またあとで」
と、鞄をしっかりと持つ。

6 小人の事務所
狭い中、秘書の秋月令子(24)と客の清水道子(33)がくっつきあうようにしている。
秘書のスペースを別にとる余裕もないのだ。
机の上に、清水が札束を一つ置く。
小人「(怪訝な顔をして)…これは?」
清水「カンパです」
と、机の上の一冊の本を取る。
清水「これの映画化を進めていると聞きました」
「わたしは負けない」
というその表題。
表紙は青空をバックに江戸時代の女たちが空の彼方を指さしている絵柄 だ。
清水「いい本です」
小人「そうですね」
と、言いながら鞄を椅子のうしろに隠す。
清水「子供に読ませたいと思っています」
小人「そうですね」
清水「私も読みたいと思っています」
小人、調子が狂う。
小人「(態勢を立て直し)どこがいいと思います?」
清水「これは『全国よい本を親子で読む協議会』推薦です」
小人「はあ…」
清水「私もその委員なんですけどね。
今の人たちはいい本を読もうとしません。
このカンパを集めるのも苦労しました」
それまで傍らでなぜか疲れた顔をして座っていた秘書の秋月が急に(だめだめ)という具合に手を大きく振り出す。
小人「(秋月に)何やってんだ、疲れた顔して」
清水「(構わず話しだす)まずこの学区内の学校を全部まわりました…」
*   * 
小人、秋月そっくりの疲れた顔をしている。
清水「…こうしてこのお金をつくったのです」
小人「ありがとうございます」
清水「よくこういう話を取り上げられたと感心いたします」
小人「ありがとうございます」
清水「それから、この本を広めるために協議会がどう運動したかといいますと…」
小人、げっそりする。
×   ×
清水が帰ったあと。
秋月、逆さに立ててあったほうきを 戻す。
秋月「失礼ですけど」
小人「何」
秋月「ずいぶんあちこちからお金を集めたようですけど、こんな話で人が見に来ますかしら」
小人「どんな話なのかね」
秋月「(驚いて)…なんですって」
小人「(ごまかす)いや、気にしなくていい」
秋月「さっきあの人に話していましたが、上映劇場が決まっているからですか」
小人「そんなところだ。
あしたからスタッフと出演者の面接を始めるから手配してくれ」
秋月「はい」
秋月が仕事を始めると、小人は隠す ようにして、鞄から金庫に札束を移 す。
×   ×
花山修(24)が、面接を受けている。
昭和初期の文士のような暗い顔。
前髪をぱらりと前に垂らしている。
小人「(『わたしは負けない』を見せて)これを脚色してもらう人を探しているんだ」
花山「…僕も二年前までは純粋でしたから」
花山、ふっと垂れた前髪を横に振る。
(何を言っているんだろう)という顔の秋月。
小人「これ、読んだかね」
花山「所詮、今の日本はアメリカの文化的植民地にすぎませんから」
あくまでナルシスティックな態度。
全然人の言うことを聞いていない。
小人「『ぼくは負けない』の脚本を書いたのは君だよね」
花山「そうらしいですね」
小人「らしいってなんだい」
花山「監督にさんざん勝手に直されましたから」
小人「なるほど」
花山、ふっと前髪を横に振る。
小人、机の引き出しから金を出して机に置く。
小人「前金だ」
花山、立ち上がって前髪をかきあげる。
小人「持ってけよ」
と、言うより早く金は消えている。
×   ×
扶桑和人(30)が部屋に入ってきて一礼する。
と、部屋の隅に新しい仏壇ほどもある、角の丸いブラウン管のテレビの画面を秋月が調節しいいるのが目に入る。
今と違ってひどく写りは悪い。
ただでさえ狭い部屋がもっと狭くなっている。
扶桑「(急に不快そうに)あの、申し訳ありませんけれども」
秋月「お嫌い?」
扶桑「はい」
秋月、テレビを消し、ブラウン管の前にある小さなカーテン(映画館のミニチュアみたいな感じ)の紐をすっすと引っ張って閉める。
小人「(やっと)いいかね」
扶桑「すみません。
これ(テレビ)を見ると腹が立つもので」
と、席につく。
小人「置いておくと、景気がいいように見える」
扶桑「いいんですか」
小人、また金を机の上に投げ出す。
小人「演出を頼みたい」
×   ×
ドアがノックされる。
秋月「どうぞ」
ドアが開いて、団裕仁(32)が入ってくる。
ちょんまげを結い、刀をさしている。
机の上に投げ出される金。
×   ×
棒のようにつったっている赤沢陽一(30)。
小人「では、何か芸をやってみてくれ」
赤沢、発声練習を始める。
「あーえーいーおーうー」
といった奴だ。
机の上に投げ出される金。
秋月のけげんそうなようすが次第に強くなる。
×   ×
福田香子(21)、山崎秀子(22)、広瀬康子(24)の三人娘がついていないテレビの前のソファに座って待っている。
新しくソファが置かれたものだから一段と狭くなっている。
秋月「では、みなさんどうぞ」
どうぞというほど小人との距離はない。
三人、とまどう。
秋月「三人とも、どうぞ」
福田「三人一緒ですって」
山崎「馬鹿にしてる」
広瀬「主役じゃなさそうね」
×   ×
金が三等分される。

7 撮影所・全景 広大な敷地。

8 同・第6ステージ
丁度撮影中なのを見てまわる小人と所員。
所員「申し訳ありませんね、どこもふさがってまして」
小人「一週間でいいんですが」
所員「だったら、あと二週間でここが空きますが、短すぎはしませんか」
小人「空くんですね」
所員「ええ」
小人、ぐいと所員の手を取って金を握らせる。

9 同・スタッフルーム
さまざまな資料、調度が運び込まれ、体裁を整えていく。
せわしなく動く秋月。
×   ×
一段落つく。
部屋には秋月しかいない。
秋月、印刷された台本の束の封を切る。
「雨の吉原」
と表紙に印刷されている。
秋月「あれえっ?」
中を開けて見ると、スタッフ・キャストの名はすでに埋まっている。
秋月、台本を読み始める。
×   ×
秋月、読み終わる。
げっそりしたようす。
花山と同じように前髪がぱらりと垂れている。
小人が入ってくる。
秋月「すみません」
小人「何かね」
秋月「これ、決定稿ですよね」
小人「ああ」
秋月「なんか原作と全然違うみたいですが」
小人「ああ、結局あの話は使わなかった」
秋月「使わないって…いいんですか」
小人「あの前髪ぱらりがあんまり原作をいじるんで、結局別物にしたのさ」
秋月「なんか、ずいぶんじめついて暗くなった感じですが」

10 イメージ
青空をバックに江戸時代の女たちが空の彼方を指さしている絵柄が、すうっと曇天に、さらに雨空になる。
女たちは番傘に隠れてしまう。

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元のマンガやテレビシリーズのことを知らないで見るのはムリ。何がなんだかさっぱりわからなかった。全然そういう客想定していないのだろうから、文句言われても困るこもしれないが、ものによっては知らなくても楽しめるようにできてるのあるぞ。
二つの世界を行き来するのに、どっちがどっちだかわからなかったりするのはこっちの予備知識不足のせいではないだろう。
隣の女の子二人連れが最初から最後まで喋りっぱなし。何度注意してもダメ。親の顔が見たい。


裁判員制度についての携帯配信ドラマのシナリオの依頼を受ける。意外というか、何というか。依頼の台詞の中でもしょっちゅう「陪審員」と呼んでいたくらいで、およそ認知度の低い制度なのを啓蒙していこうという主旨らしい。これまで一般向け解説書は数冊しかなく、確かに啓蒙不足。このまま制度が発足したら、かえって司法が敬遠されるぞ。

調べてみると、資格のある(25歳以上の日本国民、衆議員に立候補できるのになぜか合わせている)人で、実際に裁判員になる確率は120分の1だという。高いのか、低いのか。


スタインベックの「エデンの東」四巻を読了。
映画になったのは四分の一程度とは聞いていたが、もっと少ない。まことに思いきった脚色。
もともとトラスク一家とハミルトン一家の二つの家のドラマのはずが前者だけになっている。実は後者の話はそれほど面白くないせいもある。

リーという中国人が重要な役で出てきて、ラストで倒れたアダム・トラスクを看取るのだが、映画ではばっさり完全に切られて、息子のキャル(ジェームス・ディーンね)の役に代えている。リーは聖書の研究をしていたりする老賢者風のキャラ。

兄弟の葛藤のドラマはニ代目のアダムとチャールズの時からで、兄弟両方に関係するとんでもない女キャシーがキャルとアロンの母親でもあり、息子たちの葛藤にも大きく関わってくることになる。
アダムが戦争を嫌い、息子たちを戦場に行かさないのは、自分が戦争に行っているからであることがわかる。
原作では、アロンの方の美貌を強調している。映画だとどう見てもディーンの方がいい男。
アロンという名前は、預言者モーゼの兄の名前からとられたもの。

なんでも、ロン・ハワード監督でリメーク映画化されるらしい。どんな風になるのだろう。
ブラッド・ピットが出演を希望して(ディーンの役か?)歳が合わないとあきらめたが、プロデュースにまわるとか、色々言われている。いずれにせよ、キャル=ディーンがメインになるのは避けられないだろう。

三越で豆入りサラダと鳥の唐揚ネギソースかけを買って夕食にする。
サラダは上にゴボウやレンコン、ゴマなどが混ざったもので、下がダイコン・ニンジンなどで他に豆が三種類とやたらと品目が多い。ドレッシングがついてくるが、これは下のサラダにだけかけてくれというややこしい注文。少しそれにしては、量多すぎ。残しておいて、レタスにでも使おう。

部屋着用のジャージ様パンツをユニクロで買う。二着で2000円。安っ。

通信販売で買った本がどっと10册以上送られてくる。図書館から借りている本も他にあるっていうのに、読めるのか。どうもインターネットだと調子こいて欲しいものを片端から注文していけない。


旧シリーズの「続・ラブバッグ」(75)しか見ていないが、30年、間があいてもディズニー印のファミリー・ピクチャーとしての印象はまるで変わらない。

普通リメークしようとすると、発達した特殊効果を見せびらかそうとするものだが、ほとんど30年前と変わらない印象。天下のILMが参加してるってのにね。
違うのは、本物のストックカー・レースをクライマックスに置いていることだが、フォルクスワーゲンが人格を持ってマンガチックな走りをする趣向を、ストレートなカーレースに持ち込むのにかなり手こずった印象。あまり奇想天外な走り方をするわけでもなく、あとカットを割り過ぎて、車が勝手にひょいひょい動いたのか、ドライバーがすごいテクニックを見せたのか、よくわからなくなっている。

リンジー・ローハンがそばかす丸出しで登場。ディズニー風に田舎臭くしているみたい。日本語吹き替えで見て、なんかたどたどしいなと思ったら土屋アンナがアテていた。
マット・ディロンが型通りの悪役をあまりに型通りにやっているのが、御愛嬌。
(☆☆☆)




選挙に備えてか、高校の先輩である某国会議員の後援会から案内が来た、と思ったら文面がどう見ても会員向け。俺、後援会に入った覚えないぞ。

籠みたいにスキマだらけの編み上げ靴をはいたら、涼しくて気分よし。冷房のきいたビルに入ると、足元がスースーする。

最近、何を思ってか哲学をちびちびとかじりだす。今まで丸っきり無関心だったのだが、かじってみると意外と面白い。
それにしても、サルトルの人気の凋落ぶりは驚くばかり。ちゃんと読み直したらどうなのかは知らないが、マルクスとタッグを組んでいたのがまずかったか。
それに比べるとゴダールはしぶとい。哲学じゃないけど、左翼の左に走って、あれだけ“一般大衆”を無視しまくって、それでもファンはついている。
この秋、新作が公開される。多分見るだろう。多分面白くないだろう。じゃあ、なんで見るかっていうと、百まで踊り忘れぬ雀の踊りを見に行く気分だから、といったところ。


これ、「2300年未来への旅」Logan's Runの換骨奪胎ですね。
汚染された世界の中に唯一人が生き残っているコミューンがあり、人々は“寿命”が定められていてそれを過ぎると“いいところ”に行けるという設定、その裏のからくりに気付いた男女の脱出行と追跡、ラストの解放と、プロットの基本は同じだ。
冒頭からのやたら真っ白に清潔に保たれた世界、というあたりから70年代SF映画みたいだな、と思っていたのだが、ふとプロットを比較して気がついた。
それに今風のクローン問題と、カーアクションを加えたという次第。

困るのは、換骨奪胎して成果があがるのは元の作品が良い場合で、いささか恥ずかしい日本題からもわかるようにモト自体が相当しょうもない。テレビシリーズにもなったくらいだから結構ウケたのかもしれないが、若者ばかりのコミューンの住人が、外の世界にいた老人を見て人間の命の価値とか尊厳を知るという安直なシロモノ。

安直さに関しては数段パワーアップしていて、臓器移植用にクローン人間を作るって、なんでそんなムダな経費を使うのか。必要な臓器だけ作る方がどう考えても安いし簡単で、しかも“人格”なんて余計な手間暇がかかるものを一緒に育てたものだから、工場をぶっ壊されるハメになる。ビジネスモデルとして、最低。
人間全体を作らないと臓器の成長も不十分という理屈がとってつけられているが、要するにヒーローヒロインとして動かすためには人格なしでは都合が悪いからというのに尽きるだろう。
マッドサイエンティスト風に所長が「人間」を作るのが夢だと語ったりするが、これまたとってつけたとしか言い様がないし、なんで人格が発現したのかの理屈づけもメチャクチャ。

だいたい人格形成にあたっての教育や経験や訓練を、まるっきりデジタル情報みたいにインストールできるものとして描くこと自体、ムチャ。
作り手が生命とか人格とか人間性について、およそマジメに考えていないのは明白。
アクションとロマンスをまぶすハリウッド式娯楽作の基礎である勧善懲悪の口実に使っているだけなのは当然として、こう基礎がガタピシしていてはねえ。退屈だけはあまりしないが。

で、アクションがいいかというと、特殊部隊出身のはずの追跡者が、クローンの主人公が本体の手首にタグをつけるのを見逃すなんて、信じがたいザツな演出。さらにそのタグがついているのを右左間違えていたのがまた見逃されるっていうのだから、白痴的。
車がばんばん壊れたりするのはゲームを実写化したみたいで、ハデにすればするほど、すぐ刺激にマヒしてしまう。「迫真的」なのと「魅力的」なのとは別なのだ。
さらにセックスに関する知識はおろか、そういう意識すら持ったことがない二人が、いきなり堂々とベッドシーンを始めてしまうのだから、頭がくらくらした。

イアン・マクレガーの役がスコットランド出身というのは、大しておもしろくない楽屋オチ。
6という番号がついているのは、まさか「プリズナーNO.6」に合わせたわけではあるまいな。
大勢の人間がずらりとワイアでぶら下げられているのは、「コーマ」(78)みたい。
(☆☆★)



アイランド - Amazon




ランチタイムの「本日のサービスランチ」「本日の日替わり定食」の見本に鳩がとまっています。
食べに来たのでしょうか。

このすぐ後、宮城県沖地震がありました。


原作・山田洋次のWOWOWドラマ。
マコ・イワマツ(岩松信)扮する元特攻隊員が捕虜になったため日本に帰らず南方で暮し、たまたま故郷が同じ日本人の会社員を乗せたのをきっかけに帰郷するシーンが核心になるわけだが、そこまで辿り着くのに1時間近くかかる。
それまでに日本の戦後の変わりようがみっちり描かれるわけだが、気違いじみたスピード化やリストラなど悪いところばかりでなく、会社員とその家族の親切さの描き方が丹念で好ましい。一方で夫婦で英語が堪能で、さまざまな形で外国人とコミュニケートできるというのも、いやでも外国とコミュニケートしなくてはいけない今の日本のあり方を考えさせる。

それにしても、マコが荒れ果てた生家に戻るシーンで、いきなり「雨月物語」になるのには驚いた。戦争に行って長いこと家を空けた男を死んだ家族(の亡霊)が暖かく迎える、というモチーフが大平洋戦争で再生されたわけ。まことに日本的情緒いっぱいの名シーンにして、昔のままの家が本来のあばら家になるカットのデジタル技術の使い方との組み合わせも新鮮。



祖国 - Amazon

松山の彩雲堂の満天というお菓子を食べる。下が羊羹、上が寒天で天地に見立て、間に金粉で星や銀河をかたどった紋様がはさまっており、しかも寒天の色が大気のように微妙に透明から薄い水色にグラディエーションがかかっているという、おそろしく美的なお菓子。
そのくせ羊羹式に切りながら食べるので、きれいすぎるお菓子が食べるのが勿体ないように感じられるのとは異なる感興。

あることで区の名前を冠した財団にクレームをつけて、おたくは公的機関ではないのですかといったら「違います」というのでびっくり。それサギに近くないか? 公的機関って、どういう定義で使っているのだろう。


この題名だと名作ニューシネマ二本立てみたいだが、英語副題は‘How The Sex,Drug,and Rock'n roll Generation Save Hollywood ’。
ニューシネマの軌跡を追ったドキュメンタリー。

カウンター・カルチャーがいかにハリウッドに「作家の映画」をもたらし(その期間はせいぜい10年そこそこだったのだが)、そして作家たちの多くが成功とともにドラッグと膨張したエゴによって没落したかを追う。
ニューシネマというのは、ほとんど作り手そのまんまの青春映画なのだが、現在のインタビューで出てくる映画人たちがあまりにも映画の中とは対照的に老けているのに、ショックを受ける。直接関係ないが、きのうQuicktimeのサイトで見たAn Unfinished Lifeの予告編で見たロバート・レッドフォードの老い方もそうだった。もう約40年が経っているのだから、不思議はないのだが。

30年代のハリウッド映画や、50年代の日本映画といった、いわゆる“全盛期”の映画で出てくる人たちが後年老けている姿を見てもこういうショックは受けない。昔過ぎるからでもあるだろうが、ニューシネマが(そしてカウンターカルチャーが)、本質的に若さが命だったからか。
(WOWOWにて初公開)


 朝の4時、ぼくは目を覚ました。覚めてしまったというべきだろう。窓の外はまだ暗く、ガラス戸を通して寒気が伝わってくる。
 そのままベッドに潜り込んだまま、時が経つのを待とうとした。テレビをつけ、ニュースをしばらく見る。画面の隅に時刻が表示されている。分の数字が4から5へと一つ増える。じいっと見ていると、長い時間だ。起き出さなくてはならない時刻までの限られた時間が、その分確実減った。
 時間をムダにしてはいけない。
 そっと階段を降り、サンダルをつっかけ、音をたてないようにして玄関のドアを開けて、外に出た。
 もうすぐ四月とはいえ、未明の空気は冷える。上を羽織ってくるのだった。足早に2ブロック離れたところにある一番近いコンビニに向かう。
 店には他に客は誰もいなかった。店員の姿も見えない。
 ぼくは迷わず店の奥の棚に向かう。
 素早くいくつも並んだ似たようなデザインのチューハイ缶のアルコールの度数を一瞥する。5%、6%、7%と少しづつ違う。
 7%のを2本抱え、レジに向かう。
 黙って無人のレジの前に立っていると、すぐ無言で店員がとんできた。いつもながら、どうやって知ったのだろう。
 機械的にレジが打たれる。
 374円になります。
 財布の中を探って1円玉を四つつまみ出しておく。あとは500円玉だけだ。ごそごそ小銭を漁る。十円玉は…三つだけ、五十円玉は、ない。
 504円からお預かりします。130円のお返しです。ありがとうございました。
 この鬚面で右耳だけピアスをした店員と顔を合わせるのは何度目だろう。この時間だと週のうち三日は詰めているみたいだから、一月通ったとして、十二回は顔を合わせている計算だ。
 こっちが顔を覚えているのだから、先方も当然覚えているだろう。できれば覚えないでほしいのだが。
「お酒、タバコは未成年には売りません」
と、表示が出ている。
 何を今更、と思う。体に毒だというのなら、未成年相手だろうが成人相手だろうが、毒には違いないだろう。酒屋が酒を自動販売機で売るのは自粛しても、その分コンビニを売っていれば同じことだ。本当に体に毒になるのを心配していただけるっていうのだったら、酒など売らなければいいだろう。税金をとれるから売らないわけにもいかないのだろうが。
 役人のやることは、辻褄合わせばかりだ。ちっとばかり酒税を増やしたからって、酒で体を壊す人間が増えたら医療費が増えてかえって損だぞ。俺が言うのも変だが。
 2本のロング缶を入れた袋をぶら下げて、コンビニから出た。 
 人通りはないが、胸に隠すように抱えて急ぎ足で戻り、そっと玄関のドアを開けて忍び込む。誰も起きてくる気配はない。
 足音を殺して階段を上がり、自分の部屋に入って鍵をかけ、少しほっとした。
 胃が荒れているので、すきっ腹になると むっと吐き気がわき上がってくる。
 すぐプルトップを開ける。甘ったるい匂いが鼻をついた。少し酔っている時の方が、鼻はきくようだ。
 そのまま一気に中の液体を喉の奥に流し込んだ。いちいち口に含んで味わったりはしない。胃が刺激され、吐き気が改めて噴き上げてきそうだ。だがすぐ胃に何かがしみこんできて、感覚がすぐ麻痺し、吐き気が薄れる。
 頭がぼうっとしてきた。テレビをつける。さっきと同じニュースを繰り返しやっている。ただ、時刻だけは着実に進んでいた。
 朝食までの短い空白の時間、それから後の長い空白の時間を想像しただけで、頭が押しつぶされそうな気分になり、二口目、というより二回目の流し込みをやった。
 感覚が麻痺する。
 頭の回転が鈍り、時間が経つのが早くなる、というより知らないうちに勝手にとっとと進んでいってしまうようになる。自分が自分でなくなるような気分。
 天気予報、いや最近は気象情報か。今日は晴れるらしい。ありがたい。
 さらに占い。今日の運勢は良くない。チャンネルを変える。こっちの方がいい。こっちを信じるか。いや、どうせ朝からこうべろべろで良い一日になるわけがない。悪い方を信じるか。いや、信じるというより悪くするのだ。
 七時。そろそろ用意しないと。まだ一本残っている。いくらなんでも、これをまた一気飲みは無理だ。飲み終えた方の缶は、鞄の中に隠す。
 鍵を開けて、階段を降りる。ふらふらして、危ない足取りだ。意識して手すりをしっかり握りながら降りる。玄関に来ると、来客用に用意された消臭スプレーの缶が目にとまった。ふりまいてみる。これで自分の酒臭さがいくらかごまかせるだろうか。

 台所に立った。かなり年期が入り、暖かくなったせいか、最近めっきりと動きが鈍くなったゴキブリを見かけることが増えた。
 炊飯器で飯が炊ける匂いが鼻をくすぐったが、さっきと違って、酔いがまわりすぎたせいか、あまり匂いを感じない。
 冷蔵庫を開け、野菜室からホウレン草を一束つかみ出す。トマト一つに、バナナを一本。あと、卵を三つと牛乳と飲むヨーグルト。蜂蜜は冷蔵庫に入れておくと固まるので、ガスコンロのそばに置いてある。 
 一度、IH調理器具にするという話が出たことがある。年寄りが火を使うと、危ないからという理由でだ。母が女優の浦辺粂子が炊事をしていて着物の裾に火がついて焼け死んだというニュースをいつまでも覚えていて、突然言い出した。だが結局、実際に炊事をするのは息子だからという理由で改装はされなかった。年金生活でそれほど余計に使える金があるわけもなかった。
 冷蔵室からは出来合いのヒジキの煮付けに、豆の煮たもの。
 並べてみると、結構まともな献立に見える。実は料理らしい料理というと、これから作る目玉焼きだけなのだが。あとはトマトを切って、バナナと牛乳とヨーグルトと蜂蜜をミキサーで混ぜてバナナシェーキにして。栄養あるわりに手がかからない、はずだ。
 老人二人を起こしに行く。年寄りは朝が早いなどというが、血圧がさほど高くないせいか、いつまでも寝ている。体力が落ちている分、休まなくてはならないのだろう。
 のろのろと親が起き出す。母が雨戸をあけ、父はシビンの中身を開けに行く。
 その間、こちらは新聞を取りに行く。テーブルに広げて読むふりをする。ニュースはテレビかインターネットかでとっくに知っていることばかりだから、わざわざ読むまでもないのだが、読んでいるふりでもしないと間がもたない。
 父が顔を洗い、鬚を剃っている。後にすればいいのに。席につくと、すっとインシュリンの注射セットを出す。血糖値を計り、いちいち手帖に記録し、注射する。面倒な話だ。だがそうしないと目が見えなくなったり足を切らなくてはならなくなるというのだから、仕方ない。
 血がつながっているのだから、こちらも糖尿の因子は持っていると考えなくてはならない。だから本当は酒のがぶ飲みなどしていいわけがない。カロリーも高いし、膵臓を痛めるのでインシュリンが出なくなるという。そう知っていて、だがまだ一本残っているチューハイのロング缶で頭が一杯だった。
 アルコールの匂いが鼻をついた。一瞬、自分の匂いかと思ったが、注射前の消毒用エタノールのものであることがすぐわかった。いくらかでも自分の匂いが紛らわされるのを、期待した。
 フライパンにサラダ油をほんの少し入れて、火をつける。油が温まってサラサラしてきたのを懸命にフライパンを傾けて全面に広げる。これでカロリーオフのつもりなのだ。
 フライパンを振っているうちに、頭がぐらっとしてきた。
 いったん火をとめ、急いで二階に上がり、部屋にとびこむと急いでプルトップを開け、500mlの中身をニ口、三口で一気に胃に流し込んだ。間にあった、と思った。これで固形物を胃に入れてしまうと、酒は入らなくなる。
 また階段を降りる。炊きたての米の匂いに、熱くした油の匂いが混ざっていた。洗面所から石鹸や整髪料の匂いがしてくる。チューハイにはいかにも人工的な匂いがつけられているから、区別はいけにくいかもしれないと思う。
 ちらと壁の鏡に目をやる。顔は赤くなっていない。だいたい、あまり顔に出ないたちなのだ。しかし、肌が荒れてあちこちに吹き出物が出ている。内臓に来ているのだろうか。口から息を吐いて掌で受けて嗅いでみる。自分では匂いはわからない。
 キッチンに戻り、フライパンに卵を割り入れ、火を細めにつける。割った卵の殻で少量の水をすくって卵のそばにじゅっと空け、すぐ蓋をする。
 長ネギを切る。切ってから、洗うのを忘れているのに気付く。片手鍋にネギを入れ、ジャーからお湯を注ぐ。顆粒状の出汁をひとつまみに、袋に詰まった味噌を絞り出して入れる。どうでもいいことだが、褐色の味噌がにゅうっと狭い穴から絞り出されてくる光景は、どう見てもおかしな連想を呼ぶ。
 そのままコンロの上に置いておく。味噌漉しを使わなくても、湯につけておけばふやけて溶ける。フライパンの下の火を消す。フライパンの蓋の下で、水と油がはじきあっている音が響いている。
 酔っているのに、刃物や火はできるだけ使うな。まだそういう理性が働いているようだ。
 炊飯器の蓋を開け、しゃもじで縦横に切るようにして混ぜる。全体を均一にするため、と母に教わった技だが、本当に味が変わるものかどうか、わからない。感覚が麻痺していなくても、わからないと思う。
 お茶をいれるのを忘れていた。急須の蓋を開けると、お茶の出し殻が入ったままになっている。また一つ余計な手間がかかる。内心うんざりするものを感じながら、シンクに持っていって中身をざっと開けて水で洗う。三角コーナーに水切り袋がセットされていないので、茶の葉はそのまま下水に流してしまう。いいことではないが、仕方ない。
 頭の中に何か詰まっているようだ。細かいところに気がいかなくなっている。アルコールがまわると、ちょっとしたことができなくなる。というより、ちょっとしたことこそできなくなる。
 やっとの思いで御飯と味噌汁をよそう。足元がふらつき、雲を踏んでいるようだ。
 目玉焼きの出来はまあまあだった。白身に細かい穴がぽつぽつと開いている。見てくれも悪いし、舌触りも良くないだろう。一度火を止めた時の余熱が思った以上に残っていて、沸騰したせいらしい。まあ、腹に入れてしまえば、一緒だろう。
 一汁一菜に、お茶に細かい残り物。完璧だ。
 “あれ”はまだ新聞を読み続けている。声をかけると、テーブルに見ていた紙面を開いたまま置く。ちらと見ると、求人面だ。意識してこっちに見せようとしているのだろうか。あと一月で35歳で、事務職の経験のない人間とすると、ほとんど見てもムダに思えて、目をそらしたまま新聞を畳んで片付ける。
 ほとんど自動的に食卓に三人集まり、食事が始まる。もっとも食べ出すタイミングはバラバラだ。父はまだ新聞を読んでいる。母は洗濯物から下洗いするものを分けている。
 自分だけ真っ先に、ぼそっと小声でいただきますと言う。だがいざ食べようとして、箸が出ていないのに気づく。
 くそっ、なんでこんな簡単なことを忘れるんだ。
 箸は洗い槽に干したままになっていた。取って戻ると、父も母も食卓についている。いや、“父”と“母”という感じが感覚の麻痺とともに薄れてきていた。“あれ”と“それ”とでも呼んだ方がぴったりくる気がしてきた。
 食べはじめる。少しもうまくない。むっという温気が鼻をつく。息をとめるようにして、かきこむ。
 ふと気付くと、母が冷蔵庫から目玉焼きにかけるソースを出してきていた。また、忘れた。
 何もかけずに目玉焼きを食べていた。不審に思われないだろうか。
 母が黙って父の目玉焼きにソースをかけている。だが、こちらには一瞥もしない。
 文字通り味気ない目玉焼きを御飯の上に乗せ、味噌汁をかけてすすりこむ。息を止めて、吐き気がしないかどうか、確かめる。
 そそくさと席を立ち、牛乳とヨーグルトとバナナと蜂蜜をあらかじめ入れておいたミキサーをかけてバナナシェーキを作り、三つのカップに分けて、それぞれの前に置く。初めから作っておけば手間が省けるのだが、時間が経つと色が黒くなるのがイヤだという、“あれ”の一言でいったん食べ終えてからいちいち作るようになったのだ。
 バナナシェーキは抵抗なく喉を通る。わざわざ一汁一菜など用意しなくても、これだけで朝食済ませていいのではないか、とふと思う。だが、一応固形物を胃に入れているから無茶飲みしても、まだ体がもっているのだ、と自分に言い聞かせる。
 汚れた食器をざっと水ですすいで自動食器洗い機に並べる。本当は洗剤で下洗いした方がいいのだが、その一手間がとんでもなく億劫に思える。いちいち皿を重ならないよう立てるのがうまくいかない。蓋を閉めようとすると、箸がひっかかって閉まらない。
 思わずうなり声をあげて、強引に閉めるがストッパーがかかってスイッチが入らない。汗が噴き出してきた。その時、洗剤を入れるのを忘れているのに気づいた。再び蓋を開いて箸の位置を直し、洗剤を入れ…、やっと動き出した。全自動といいながら、この機械を入れたらかえって面倒になった気がする。
 なんて細々とした手間がかかるのだ、家事というのは。素面の時でも億劫なその一つ一つが、酔った頭ではとんでもない手間暇に感じられる。だが、それを億劫がっていたら、すぐ“それ”の説教がとぶ。とにかく表面を取り繕って、とりあえず文句を言わさないのが肝腎だ。
 肝腎、か。
 そそくさと自分の部屋に戻りながら、苦笑する。肝腎、といえば肝臓と腎臓。肝心とも書いて肝臓と心臓。どっちにしても、相当痛めつけているのは間違いない。ある時期から、血液検査を受けても結果の数値を見なくなった。確か、一度医者にγ-GTPの値が正常値の上限の3倍だと聞かされたような記憶がある。
 言われなくても右の脇腹が中で突っ張ったような感覚からして、相当悪いのは自覚できた。ただ突っ張っているだけでなく、何かごろごろしたものがあるようだ。“沈黙の臓器”と言われる肝臓が悲鳴をあげている。
 お腹がごろごろいいだした。物を入れたので、胃腸が動き出した。だが、相当に緩いことがすぐわかったので、急いで二階のトイレに閉じこもった。
 勤めている時でも、よくトイレに閉じこもったな。ちくちくイヤミを言われ続けて、お腹が本当に痛くなって、トイレの個室にこもっていると、外からノックしてまたイヤミを言う。よくああいう性格の奴らが、人を使っていられたものだと思う。
 用を済ませるとずっと下痢が続いているせいか、お尻が腫れていて痛んだ。ウォッシュレットを入れればずいぶん楽になると思うが、そんな要求ができる立場ではない。せいぜい出せるだけ出しておいて、外でまた用を足す必要にかられないようにするしかない。
 ワイシャツを着てネクタイを締め、スーツを着る。
 スーツというのも便利な服装だ。これを着ていれば、とりあえず格好はつく。人畜無害であることを証明しながら街を歩くことができる、気がする。高級ホテルに行っても風俗に行っても、それなりにサマになる。
 食事が胃の中で落ち着くにつれ、酔いが収まってきた。
 改めて鏡の中の自分の顔を見る。頭がはっきりしてきたような気がする割に、心なしか顔が赤くなってきたようだ。早く家を出た方がいいだろう。
 2本の空のロング缶を鞄に詰め込み、階段を降りる。
 玄関で靴べらも使わず革靴に足を突っ込むと、“それ”がハンカチを持てと持ってきた。受け取って、そそくさと外に出る。家を出て、やっと一息ついた。
 これから、また長い一日が始まる。

隠れ酒(2)




 缶コーヒーの自動販売機のそばの缶専用のゴミ箱に、鞄に入れてきた2本のチューハイのロング缶を捨てた。うっかりすると、部屋中に缶がゴロゴロなんてことになる。部屋のゴミ箱はすぐいっぱいになり、机の引き出しにもタンスの引き出しも、開けてみると空き缶だらけ、ということになり、それを自分で忘れていてシラフの時にひょいと開けてぎょっとしたことがある。
 もし“それ”が部屋に入ってきて手近な引き出しを開けてビールだのチューハイだのの空き缶がごろごろしているのを見つけるだろう。ちょっと前だったら、ストレートの焼酎の空瓶がやはりごろごろしているのが見つかっただろう。
 仕事を辞めて無収入になった人間とすると、金をかけずに時間を潰す方法をいろいろ考えないといけない。
 暇つぶしにパチンコする人間は多いのだろうが、そんなムダ金を使う余裕はない。勤め出してから間もなくやったことがあるが、ビギナーズ・ラックはなくてあっという間に一万円スッてしまい、呆然としたことがある。パチンコをやり慣れている人間にはどうってことない金額なのだろうが、これ稼ぐのに何時間働いただろうかと思うと、目がくらんだ。我ながら、気の小さい話だ。
 駅前のパチンコ屋の前を通りかかる。まだ開店時刻まで二時間以上あるというのに、もうたむろしている客が十人近くいる。一体、何をやっている連中なのだろう。自分を棚に上げて、不思議に思った。
 駅のガードをくぐり、反対側の商店街に出る。家族が買い物をするスーパーマーケットは駅のこちら側だから、反対側にまで来ることはまずない。商店街のコンビニに入ると、こっちでも酒を扱っている。焼酎のミニボトルを二本買う。
 ついでに雑誌を立ち読みしていく。今、8時ちょっと前。9時まではまだ時間がある。
 学生たちがごちやごちゃおしゃべりしながら出入りしている。遅刻しないか、と思う。何をあんなにしゃべっているのだろう。自分が学生の時は、おしゃべりする相手などいなかった。別にそれが寂しいとも思っていない。誰かと顔を合わせるのが苦痛なのは、今に始まったことではないようだ。
 考えてみると、学生時代の写真は身分証明書に張るのに使うもののように撮らないといけないのを除いて、一枚もない。何か、自分の姿を残しておくのが気色思えたからだ。それくらい、自分と周囲を嫌っていたのだろう。
 突然、得体の知れない怒りが沸き上がってきた。何に対して。自分が望んでいたような自分でないことか。そういう気もするが、土台どんな人間になりたかったのか、よく覚えていない。もともとそんなものはなかったのかもしれない。
 学生たちは入れかわり立ちかわりして、いっこうに店からいなくならない。うっとうしくなって、店から出た。
 頭の中は、今買ったばかりの焼酎で一杯だった。だが、ストレートで飲むのにはきつすぎる。このあたりには公園もなく、水を飲める場所はない。そう気付くと、踵を返してまたコンビニに戻り、ビールの350ml缶を手にしてから、どうせなら割安な方がいいとロング缶に切り替えた。
 鞄にビールの缶と焼酎のミニボトルを入れたまま、商店街を歩いた。たいした商店街ではないが、人通りが絶えない。そのまま通り過ぎて、図書館のそばに来る。まだ開いていない。さらに歩いて、人通りの少なくなる場所を探した。だが時間帯のせいか、通勤か通学かで誰かしら歩いている。図書館の裏にまわる。さすがに誰もいない。図書館のスタッフが準備で出てこないか心配しながら足を止め、鞄の中で素早くミニボトルの蓋を開く。
 こぼさないようにボトルを口に運び、一口含んで薬でも飲むように大急ぎで飲み下す。カッと喉がやけるところに、これまた急いでプルトップを開けた缶のビールを流し込んで冷やす。それからこれまた人に見られないようにそそくさとボトルの蓋を閉めて、鞄に戻す。こぼした覚えはないが、鞄の中はかなりアルコールの匂いが染み付いていた。
 缶は開けたら蓋をすることはできないので、その場で飲み干さなくてはならない。だが、さすがに続けて飲むことはできない。無理にこれ以上飲んだら、噴き出してしまいそうだ。炭酸が入った飲料は、これだからイヤだ。だかといって蓋を開けた缶を鞄に戻すわけにもいかない。
 人があたりに現れないのをひたすら祈り、一息ついたらビールを一気に流し込み、鼻をつまんで逆流を防ぐ。鼻がつんとして、涙が出る。
 これほどうまくない酒というのも、ないだろう。こんなまずい酒、さっさとやっつけてしまうに限る。続けて何度かに分けて喉にビールを流し込む。焼酎はとりあえず後回しだ。
 やっと缶が空になった。空き缶は鞄に戻す。そのへんに置きっぱなしにはしない。こんなところで、イイコぶっても仕方ないのにな、と苦笑した。
 図書館の表玄関にまわる。まだ開いていない。ふらふらとその場を離れる。商店街に戻ろうか、そのへんをぶらつくか。同じところを通って、顔を覚えられるといけない。知らない道を選んで、あてもなく歩き出した。戻る時困るかもしれないが、その分時間が潰れる。
 きちんとスーツを着てネクタイを絞めた働き盛りの年頃の男とすれ違った。外観だけだったら、自分も似たようなもののはずだ。すれ違いざま、ちらと視線をやるが、相手は見向きもしない。そんな暇はないのだろう。また、こっちも見かけはそれほど変ではないのだろう。そう思うことにする。
 汗がどっと噴き出てきた。飲んだビールがそのまんま汗になったみたいだ。たまらず汗をハンカチで拭くが、すぐぐしょぐしょになってしまう。まったく、スーツというのはなんて暑苦しい格好だろう。
 たまらず、引き返した。幸い、やっと図書館が開いていた。
 中に入ると、冷房はきいていないが日射しをさけられるだけ楽になった。
 もう数人が入館している。年輩の、隠居暮しをしているらしい人もいるが、ずっと若いせいぜい40代らしき人もいる。何をしている人なのか、わからないし、知りたいとも思わない。先方もおそらく同じだろう。
 ぼくは本棚を見てまわった。
 集中力が落ちているから、まとまった本は読めない。雑誌コーナーに行き、適当に選んでぱらぱらめくる。すぐ別の雑誌を手に取り、拾い読みして戻す。
 席の温まる間もなく、手洗いに行く。
 誰もおらず、人に見られる心配もなさそうだが、念のため個室に入って鍵をかける。鞄を開け、再びミニボトルを出す。深呼吸し、中身をぐいとやって、すぐ外に出て洗面台の蛇口をひねり、水を掌ですくってがぶ飲みする。ちょっとでも酒というより薬のような味が口の中に残らないよう、口のなかを水ですすぐ。
 鼻を通る空気が妙に熱くなる。頭の芯が痺れたようになる。やっと人心地ついたような気がした。
 もう一回、口をすすいでから手洗いを出た。
 本棚をあてもなく見て回る。家庭用医学書が何冊が並んでいるので、取り出しては拾い読みした。
 アルコールの過剰摂取による身体疾患の例がいくつも並んでいる。
 もちろん、飲み過ぎれば肝臓が悪くなる。肝臓がアルコールを分解できる限度は一日にビールで中瓶一本程度らしい。その程度で満足して飲むのをやめる酒呑みなどいるだろうか。バカげた指標だ。
 その限度を越えて飲み続ければ、壊れた肝臓の組織が繊維化して固まってしまう。おそらく今はその段階だろう。もっとも脂肪肝程度だったら一ヶ月とか長くて三ヶ月禁酒すると、たいていは回復するという。もっとも、実際にやるとなると、その一ヶ月の長いことといったらない。
 なぜ俺は飲むのか。シラフでいると、長い長い無為な時間に押しつぶされるようになるからだ。それ以上行くと、アルコール性肝炎になる。もっとも割合からいくとウィルス性の肝炎の方が9割がたを占めている。よっぽど飲まない限り、そうそう簡単にはならないらしい。とはいえ、黄疸になった
 さらに悪化すると、肝硬変になる。
 そうなると黄疸が出たり、手のひらが赤くなったり(手掌紅斑)、胸の皮膚に毛細血管が蜘蛛の足のように浮き上がってくるクモ状血管腫、男でも乳房が大きくなってくる女性様乳房、腹水、アンモニアなどの老廃物が肝臓で分解されなくなって毒素が頭に回ってくる肝性脳症など、よくもまあというくらいロクでもない症状が並ぶ。
 幸い、どれもまだ自分には当てはまらない。
 アルコール性肝硬変はたとえどんなに重篤でも移植はしてもらえないという説があるが、本当だろうか。すぐ飲んでしまうからムダという判断もあるだろうし、たいてい収入もないまま飲み続けているから、手術費用など捻出できるわけもない。アルコール性ではないが、政治家の河野一郎がやはり政治家の息子の河野太郎から生体肝移植を受けた時の費用が二人合わせて2000万円とかいっていた。どこまで正確な数字か知らないが、政治家でもなければ出せない金額だ。もちろんそんな鐘など、逆さにして振ってもこっちに出てくるわけもない。
 飲み過ぎると、悪くなるのは肝臓だけではない。膵臓がアルコールで痛むと、膵臓が分泌する消化液で膵臓自身が消化されてしまう。劇画原作者の梶原一騎が五十歳で死んだ直接の死因は心臓発作だったが、その前に倒れたのは「激症壊死性膵臓炎」だったはずだ。医者が手術のために開腹したらほとんど膵臓は溶けたも同然の状態だったという。致死率が100%に近く、癌の方がまだ見込みがあるとすら言われた病からいったん回復する体力がありながら、結局長続きはしなかった。
 股関節。大腿骨骨頭壊死といって、大腿骨の股関節を形成する部分(骨頭)が腐ってくる。痛みのために次第に歩けなくなり、日常生活にも支障をきたすようになり、美空ひばりが晩年これで苦しんでいたという。酒は骨まで侵すということか。
 飲み過ぎて血を吐くというのは、肝臓が痛むので血が流れにくくなって食道近くを通っている静脈に血が余分にまわってきて破ける、ということらしい。
 アルコールを大量に取り続けていると、脳が縮んでくる。
 小脳が縮むと足腰が立たなくなって飲酒していないのに千鳥足になる(小脳性歩行)、舌がまわりにくくなる(構音障害)などの症状が出現する。
 大脳、特に高度な意識活動を司る大脳の前頭葉が小さくなることがある。前頭葉を人為的に削除する手術(ロボトミー)は、どんな凶暴な精神病患者でもおとなしくなる代わり“人間性が破壊される”という理由で禁止されている。
 我ながら、いろいろ知ってる。知識だけはある。
 知ってるのはいいとして、だからアルコールが体に悪いってことに変わりがあるのか? 悪いとわかっていて、なんで飲むんだ? 気持ちがいいからか? ちっとも気持ちよくないぞ。むしろ気分は最低だ。
 アルコール依存症だな、と思う。自分で思う。思う、ではなくて依存症だ。客観的、医学的な事実だ。
 十年とか長い期間ずっと飲み続けていると、アルコールで脳が変質して“普通”の飲み方ができなくなる。いったん飲むとほどほどのところでやめることができなくなったら、たとえ酒を年がら年中飲むわけではなくても、依存症なのだ。
 酒を飲んでいない時は別になんともなくて、何ヶ月でも何年でも、場合によっては何十年でもずうっと飲まないで過ごせるのであっても、いったん飲んだら止められなくなり、元の木阿弥になってしまうのが、依存症なのだ。
 アルコール依存症は、「否認の病い」だという。つまり、自分が依存症であることをなかなか認めない。いつでもやめられる、とかセーブできる、とか言い訳を並べる。事実、一回ニ回ちょっと飲んでやめる、程度のことはできたりする。だが、何かの拍子で飲み出したら線が切れたように飲み続ける。
 自分は、否認はしない。なるほど自分はアルコール依存症だ。格好つけずにアル中だ、と言ってしまっていいではないか、とも思う。
 もっとも、自分がアル中だと認めたからって、偉いわけでもなければ何らかの解決になるわけでもない。
 ミニボトルは、二口飲んだ。一本はいつも三口に分けて飲むから、あと一口と一本あるわけだ。そう思うと、安心した。
 席に戻る。いいかげん、アル中の本をまた読む気にはならず、つまみ食いをするようにあちこちの本を引っぱり出してはちょっと拾い読みしてはまた戻すのを繰り返した。

隠れ酒(1) 隠れ酒(3)


 こういう日を過ごすようになって、もう一年を越す。
 収入らしい収入もなくて、よくこんな生活ができるものだと思う。そうできるのは、一応働いていた時の貯えがあるのと、親元にいて衣食住が一応足りているからだ。もっとも貯えの中から一応一定金額は家に入れてはいるが、いつまで続くことか。
 こういう生活を送るようになるとは、つまり勤めを辞めることになるとは思わなかったとも言えるし、予感はあったとも言える。
 もとより、一つの会社にずうっと勤めていられるとは、初めから思っていなかった。高校いや中学の時から、いわゆる勤めを続けられるとは思っていなかった。というより、できるわけがないという妙な確信があった。勤めるというのは、やりたくないこと意に染まないことをやるということで、それに耐えられるとは思えなかった。かといって、何がしたいというでもなく、何をしたいのかもわからなかった。ただ、嫌悪感だけがあった。
 高校も行きたかった高校ではない。大学も行きたかった大学ではない。だからといって、他に本気で行きたかったところがあったわけでもない。それでも登校拒否をするわけでもなく中退もせず落第もせず、しかしおよそぱっとしない成績だが見かけは大過なくとにかく卒業だけはした。
 面接には落ち続けた。いくらあらかじめもっともらしい答えを想定していても、面接官は意地悪くその隙を突いてきた。どこがどう悪いというより、必ずなぜうちの会社を希望したのか聞かれ、そんなことわかるか、と思い続けたのが、顔に出たのだろう。
 いくつ面接を受けても落ちた。何十社受けたか、覚えていない。業種も職種もまちまちだった。そのうち、自分はこの社会で必要のない存在だと思えてきた、というより前からそうだと思っていたのが確認できた。
 受け続けているうちに一つ、ほとんど面接らしい面接もしないで受かった会社があった。商品取引の会社だった。実のところ、商品取引とはどんなものなのか、全然知らないで受けたのだ。商社の一種かと思っていたくらいだ。
 研修はハードだった。同じグループの会社を合わせてとはいえ、100人近くが合同で合宿したのには驚いた。今どき、なんでそんな大勢雇うのか不思議だったが、後でそのわけはわかった。
 とにかく、毎日6時起床の筈が、研修生の誰かが“やる気”を見せるために5時半起きすると、すぐそれが全体の基準になって毎日5時半起きになってしまう。
 営業するためには登録外務員という資格をとらなくてはならない。そのための勉強が毎日あった。しかし、正直大して難しい試験ではなく、わかりきったことを何とも毎日反復するのにたちまち飽きた。その一方で、ソフトボールの試合をこれまた毎日やり、負けるとグラウンド10周させられたりした。一体、ソフトボールと商品取引と、何の関係があるのかと思う。要するに、やみくもな根性論と、とにかくバカげたことでも上の言うことを聞くように洗脳するための無意味なシゴキ、としか思えなかった。
 バカになれ、としきりと訓練員は繰り返した。訓練員といっても、一年前に入社した、まだ新人に近い社員たちで、これが本物の新人が何か問題を起こしたりあまり教えたことが身についていなかったりすると、たちまち上から雷が落ちる。その分、ますますこっちの管理はきつくなる。バカになれと言われなくても、いちいち物を考えていたらやっていられなかった。
 何かというと、大声を出した。「俺はーっ、どこそこの、なんとかだーっ」と名乗ってから、一日の目標、遠い目標を絶叫する。同じものを何度も使えるわけではないので、いちいち考えなくてはならず、いちいちでっちあげるのに苦労した。

  研修を終わり、仕事が始まった。まず、テレコール。電話帳や名簿をごっそり集めてきて、片端から電話をかけてまわる。中には、どこから持って来たんだと思うような名簿もたくさんあった。
 商品取引とは、簡単にいえば相場のことだった。株の代わりに小豆(あずき、ではなく専門用語でしょうず、と読んだ)や大豆の相場の上下を見越して売買して利鞘を稼ぐ。正確にいうと、客に利鞘が稼げますといって勧誘し、手数料を稼ぐ。
 実際に小豆や大豆などを売買するわけではなくその価格だけをやりとりする。ふと、人間も全部点数をつけて分類選別するのと同じ流れなのか、と思ったりした。しかも、取引の全額を用意する必要はなく、ずっと小額の証拠金だけ出せば、莫大な金額の取引ができる。儲かる時は大きいが、損する時も大きい、ハイリスク・ハイリターンだとしきりと上は主張した。
 だが何か新しい価値を作るわけではなく、損する者から得する者へ金を移すゼロサムゲームだ。誰か得するためには誰か損しないといけない。そして損した者は普通ニ度と手を出さない。事実、ほとんどの客が一見さんだった。要するに、元から体力のある者が、ない者から吸い上げるシステムではないか、と思い出すと、そうとしか見えなくなった。
 “良心的”だからといって、それが何か意味をもつわけもない。そういう意味のことを上に提言してみたこともあったが、「それはおまえ、愚痴だぞ」と一言で済まされた。
 損すると目をつりあげて乗り込んできたりする客もたまにいた。突然飛び込んで着て、あたりかまわず大声で喚き続ける。驚くのは新人だけだ。一年以上在社している者は、またかという視線をちらと送ったまま、無視し続ける。担当の社員が相手をする。のらりくらりと言い逃れを続ける。ラチがあかないからといって、上役を呼び出すところまでいくこともある。だが、上役というのは、のらりくらりの場数をより踏んだ者という意味だ。呼び出したところで、何らかの進展があるわけもない。むしろ逆行しているのだが、それに気付く者はいない。土台、まともな思考能力など働かない状態になってから乗り込んでくるのだ。冷静な、あるいは冷ややかな態度を崩さなければ、子供がだだをこねるのを軽くあしらうのと大して変わりはない。
 勧誘する時はおいしいことしか言わない限り、食い付いてくるわけもない。損するかもしれませんと言われて、納得して金を出す人間がどこにいるというのか。おいしいことを言わせておいて、損した時だけ文句をいうというのも勝手に思え、そのうちこちらも慣れてきた。
 先輩は、営業というのはモノを売るんじゃない、自分という人間を売り込むんだ、と酒を飲むと教えたりした。だが、登録外務員試験を受かるまでは本当は営業してはいけない。だからといって、何もしないで机につけておくわけにもいかない。そこで、先輩の名前を名乗ってテレコールを繰り返した。何回も、何十回も、自分のでない名前を名乗り続ける。自分で自分を洗脳しているようなものだ。
 そのうち、登録外務員の試験を受け、あっさり合格した。同期入社のほとんど全員が合格した。しなかった者もいたらしいが、それがどうなったかは知らない。持っていたからといって、他の業種ではおよそ何の意味のない資格だ。ただ、試験を受けに行く時だけ会社から離れられてほっとしたのはよく覚えている。試験を受けるのが嬉しかったのなど、およそなかったことだ。
 合格すると同時に、自分の名前を名乗れるようになる。それで楽になるかというと、ひたすら電話口に向かって自分の名前を繰り返していると、名前が意味のない音の連なり、記号になってしまい、これまた一種の洗脳であることに変わりはない。
 また、毎日営業日記をつけることが義務づけられていた。だが、一日中ただ電話をかけ続けていて何の成果もないのに、何を書けというのか。うんうんいいながら、なんとかもっともらしい“成果”や明日につながる反省の弁をでっちあげたりする。管轄官庁のお達しらしいが、これまた管理してますよというアリバイ作りとしか思えず、手間暇そのもの以上に徒労感にさいまなされた。
 さらに、何の意味もないのに先輩が残っているからという理由だけで定時に帰るのがはばかられた。ただ残ったところで成果が上がるわけもなく、時間をムダにする焦りから、ますます時間がおそろしく長く感じられるようになった。
 やっと解放されると、とりあえず一杯やり、こわばった頭を少しでもほぐすのが習慣になった。脳が麻痺すると、一転して時間の流れがおそろしく早くなる。そのわずかな自由時間をむさぼるように、さらにアルコールを喉に流し込んだ。眠る時間も惜しんで飲んだ。
 そんなことを繰り返しているうちに、突然会社で倒れた。単なる寝不足だったのか、二日酔いだったのか、体が仕事や会社を拒絶したのか、よくわからない。
 とにかく、いきなりぶっ倒れたもので周囲も驚いて、近所の病院に担ぎこまれた。気がついてから医者の診察を受けたが、どこも悪くないというので、歩いて会社に帰った。
 今、思い出したのだが、あれは仮病だったのではないか。自分でやっておいて“ではないか”というのもおかしな話だが、どうしてもテレコールが続けられなくて、最後の手段として病気のふりをしたような気がする。そんなことをすること自体、普通ではないので広い意味の病気だったとはいえるだろう。
 とはいえ、倒れたというので一時的に「能力開発室」という人事部の一部という位置付けの部署に移された。そこで何をするかというと、何もすることはなかった。一日中机にしがみついて、新聞の切り抜きをするか、取引についての自習するか。本棚にはまとまった数の資料があった。アメリカの穀物メジャーについての解説書もあれば、登録外務員のテキストもあった。
 自分だけではなく、上司たちも普段何をするというでもなかった。一種の閑職のたまり場みたいになってたらしい。それでも時々思い出したようにテレコールしていた。ただ、相手は学生のようだった。就職の決まらない学生に電話し、あわよくば会社に呼び出して、そこそこの相手だったらさっさと内定を出してしまう。自分がそうだったように、いやに簡単に内定が出てしまう。こんなに簡単に出していいのたろうかと思ったら、すぐそれでいいことがわかってきた。
 人事に来てすぐ、研修で一緒だった連中が次々と辞めていくのがわかった。作ったばかりの名刺が、百枚揃ったまま一枚も使われることなく、シュレッダーにかけられて粉々になっていくのを、何度も見た。見覚えのある名前ばかりだった。まだ配属になって三ヶ月と経っていないのに、続々と辞めていく。
 要するに、とにかく人数を揃えるのが大事なのだ。もともと歩留まりが悪いのだから、どんどん採用して、辞める者は辞めてもらって結構、というより全部残られたらむしろムダに人件費がかかっていけない、という態度なのだろう。客がほとんど新規の客ばかりで、リピーターはほとんど出ないから常に幅広くテレコールしてまわって新規客を開拓しなくてはいけないのと、同様だ。
 使い捨てか、と今更ながら思ったのを覚えている。
 能力開発室勤めは間もなく解かれ、元の営業部に戻された。同期の中には、すでに新規を開拓した者もいた。
 気を取り直してテレコールに取り組んではみたが、かけた相手がすでに死んでいて、夫人らしい年輩の女性に何を親しそうに電話してるんだと罵られ、すぐめげた。あるいは、相場は家訓で禁じられてます、という者、黙って電話を切る者、詐欺師扱いする者、とにかく全滅だった。
 しまいには、うちの会社と取引して大損したという相手が出てきた。古い名簿を何度も使っているのだから、そういうこともあると、後になって思ったが、そう受話器越しにそう言われた時はびびった。それでも、その番号を控えておき、後で家に帰ってからかけてみた。会社の人間ではなくて、個人としてどんな状況だったのか、知りたかったからだ。ふざけるなと断られるかと思ったが、意外にも会ってくれるというので、いいかげん遅い時間だったが待ち合わせて喫茶店に入り、話を聞いた。
 特に話自体に新味はなかった。しつこく粘られて一枚(いうのが、売買の単位)だけのつもりで買ったら上がったから買えの、下がったがここが頑張りどころだから買えの、で契約を増やされ(つまり手数料も増やされ)百万単位の損をしたという。まあ、致命的になる損ではなかったが、二度とごめんだ、と。
 不思議とあやまる気はしなかった。理屈からいくとあやまるいわれはないのだが、普通こういう時は頭下げるものではないかと頭では思ったが、あやまりはしなかった。会社の代表あるいは代わりという意識がまったくなかったからだろう。普通に礼を言い、勘定は自分が持って、それで話は終わった。相手もこっちに対して、文句もアドバイスもしなかった。

 ついに、電話をかけるふりをして受話器に向かって一人芝居を始めた。名簿を見ながら、実は存在しない番号にかける。あるいは、#ボタンや*ボタンをさりげなく押す。そしてどこにもつながらない電話に向かい、いかにも誰かと話しているようなふりをする。これで一応、仕事をやっているように見えるはずだった。
 しかしそうしているうちにも、先輩同僚の何人かは実際に電話ではなく会って話を聞いてくれる誰かをひっかけていく。先輩には、行って帰ってきて、びっしり札束が詰まった鞄を持って帰ってくる者もいた。あるところにはあるものだ、と思った。
 そういう成績はもちろんグラフになり、表になり、一目で誰がどんな成績をあげているかわかる。底にぴったりへばりついているのが、自分も含めて数人いた。
 そのうち、これまた嘘の相手をでっちあげて、会ってくると称して外出した。だが、外出して一息ついたはいいが、もちろん相手がいないのだから契約などとれるわけがない。携帯の電源を切り、あてもなく街を歩き回った。コンビニに入り、焼酎の小瓶を買い、ビールをチェイサー代わりにして飲み干した。
 よくこんな最低の社員を雇ったものだ、と思った。この程度の奴を雇うのだから、この程度の会社なのだろう、とも思った。
 気が大きくなったのか、何も考えなくなったのか、時間を潰した後会社に戻り、適当に言い訳したが、もちろんさんざん怒られた。だが、それは契約が取れなかったことを怒られたのであって、電話に向かって芝居したことや、嘘をついて外出したことはバレなかった。不思議なことに、酒を飲んでいることも怒られなかった。まさかそんなことはするまい、と思っていたからだろうか。
 詳しい報告書も提出させられた。もちろんその中身はすべてでっちあげだった。もしそこに書いた電話番号に確認の電話一本入れられればすぐばれただろう。だが、誰も逃した魚を再び追うようなムダな手間をかけようとはしなかった。
 この程度のウソやデタラメも見破れないのか、とまた傲慢にも思ったのを覚えている。帰ってから、あまり迷わず辞表を書き、翌朝早く出て行ってあまり出勤する者がいないうちに提出した。もちろん遺留はされなかった。
 家族には、会社を辞めたことは知らせなかった。正社員と同じ時間帯で働くバイトの口を探し、それまでとほぼ同じように朝出て夜帰る生活を続けた。食費だけはなんとか入れ続けた。正社員の口も一応探したが、また落ち続けたので、すぐやる気をなくした。
  それも30を過ぎると、次第に口がなくなってきた。そのたびにアルコールの量が増えた。それでも、それが原因で首を切られることはなかった、と思う。少なくとも、表だっては。
 そうこうするうち、ついにまったく働き口がなくなった。本気で何でもするつもりならまだあったかもしれないが、そこそこ食えるとなるとイヤな思いをしてまでやってられるか、という気になる。
 国民年金は、払っていない。会社を辞めるとともに支払いは自分でするようになったのだが、もちろんそんなのを払っていられる余裕はない。減免制度といって、収入が少ない場合は申告すれば半額にしたり全額減免にしたりできて、その期間は未払い扱いにならないというので申告したのだが、ふざけたことに却下された。個人の収入ではなく、世帯の収入で審査するので、夫婦で年金収入があるうちの家族は対象にならないというのだ。年金を払っておいて、その中からまた払い返せというのだろうか。人をバカにするのもいいかげんにしろ、と思って確信的に払うのをやめた。
 どっちにしても、こっちが年金を受け取ることがあるとして、雀の涙ほどの支払いしかないのは、はっきりしている。それ以上に、支払いがある歳まで生きているものだろうか。それまでの長い長い、おそらく無為な時間を想像すると、その長さに押し潰されそうになり、改めて酒に手が伸びた。

隠れ酒(2) 隠れ酒(4)


 そろそろ正午だ。昼食を取る時間だ。しかし、食欲がない。本当なら酒だけでなく固形物を胃に入れた方がいいのだ。あまり飲み過ぎると、食べても胃腸が弱って栄養、特にビタミンを吸収できなくなり、それでまた脳が萎縮したりするという。もう萎縮しているみたいなものだが。
 それでもあまり胃を空っぽにしておくと吐き気がするから、いくらかでも食べておくことにする。
 図書館を出て、来た道を帰る。あまり親は駅のこっち側に来ないが、たまにこっちの肉屋で安売りしていたりすると来ることがある。それでばったり顔を合わせるとまずいが、安売りは土曜日に決まっているので、今日は大丈夫だ。
 実際の土日は、どう過ごしていいのか難しい。一日中家でごろごろしているのも鬱陶しい。かといって、どこかに行くにも金がかかる。金がかからない場所は普段行っているので、いいかげん飽きている。天気のいい日は隣の駅近くの公園でごろ寝したこともあるが、これが結構冷えて、一度風邪をひいてしまった。これ幸いと、「会社」を休むことにしたが、断りの電話をするのでまた芝居をするはめになり、これがまた結構面倒だ。“それ”が上司は何と言ったかとか、休んで問題ないかとか、ごちゃごちゃ聞いてきて、そのたびにいちいち作り話をしなくてはいけない。ひたすら無事で留守がいいのは、亭主だけではないようだ。
 またコンビニに入る。ここではお湯も提供しているから、カップラーメンを作って食べれば一食分とすれば一番安上がりだ。お握り一個で済ませたこともあったが、それだといくらなんでも晩までもたない。ダイエットするにはいいか知らないが、胃が空になって気持ち悪くなるのがたまらない。野菜不足なのは明らかだが、二食を家で食べると、いくらかは補給できる。
 思いきってコンビニ弁当を買うこともあったが、量が多すぎて後で酒が入りにくくなる。たまに酒を控えようと思い立ったりした時は、あえて買ったりもするが、ふだんは敬遠している。
 結局、いつものようにカップラーメンで1.5倍のボリュームというのにする。申し訳程度に、真ん丸のチャーシューと乾燥野菜がついている。前は韓国風のピリ辛味だったので、今日はとんこつ味にしよう。
 それからひとりでに足が店の奥に向かった。冷えたビールが並んでいる。手が自分のものでないように伸びて、ロング缶を一本取って籠に入れる。まだ焼酎のミニボトルが一本、鞄の中にある。万引きしたと思われないだろうか。レシートはとってあったか。まあ、実際に万引きしたわけでもないのだから、びくびくすることはない。罪悪感というのは、癖になるものだろうか、嘘をついていると、別に悪いことをしていなくても、しているような気分になってくる。
 もちろん何の問題もなく、カップラーメンとビールを買う。ラーメンはすぐお湯を入れるからと、袋に入れるのは辞退する。これでゴミの減量にはなるだろう。こんなところでちょっとした“いいこと”をしても始まらないのだが。
 アイスクリームが入った冷蔵庫のガラス蓋の上でカップラーメンを包んでいるビニールを破り、蓋を開けてスープとかやく、チャーシューがそれぞれ入った小さなビニール袋を開けて麺の上に散らす。ビニール類は、それぞれきちんと燃えないゴミのコーナーに捨てる。お湯を注いで、図書館に向かう。隣の駅近くの公園まで歩くと、時間がかかりすぎて伸びてしまう。いささか変だが、図書館の裏で食べることにする。
 いざ裏に来ると、昼休みだからか自転車でやってくる来館者がけっこういる。その眼が気になったが、もたもたはできない。植え込みのコンクリートの枠のふちに腰を下ろした。
 スーツ姿でビール片手にカップラーメンをすすっているというのも、妙な図だろう。
 自転車から降りて、ちらとこっちを一瞥して図書館に入っていく利用者が何人かいた。その視線に気付きながら、一切眼を合わさないようにして急いで麺をすすった。まだずいぶん熱い。スープを口に含み、舌が灼けそうになるところに、冷えたビールを流し込んだ。
 結構、絶妙な組み合わせ。
 熱いところに冷たいビールだけでなく、酔いがまわっているところに汁気の多い麺類は水分補給になっていいのではないか。
 さらにスープをすすり、ビールで舌を冷やす。麺はふにゃふにゃで頼りなく、これで胃が収まるだろうかと思う。
 ビールの減り具合が、案外早い。少しセーブする。
 カップラーメンは冷めるのが早い。最後の一口は麺もスープもあまりしゃきっとしない。本式の丼のラーメンの最後の一口を飲み干して、あーっと言うような気にはならない。代わりにビールで締めた。10点満点で8点くらいのフィニッシュ。最後の一口はビールで締めないといけない。
 下らないことを考えながら、図書館に戻る。燃えるゴミ、燃えないゴミが分別されている。缶・ビン類も分けるようになっている。さすが、公共機関。ビール缶とカップをそれぞれ分別して捨てる。後で収集に来る時、ビールの缶を見てどう思うだろうか。まあ、見たからといって捨てないでとっておいて、誰が捨てたか追求するということもないだろうが。しかし追求されたらどうなるだろう。もしかして、この近くに監視カメラがついているかもしれない。金目のものが置いてあるわけではないが、この御時世どこでカメラで撮られているかわからない。それらしいレンズは見当たらないが、今のカメラはものすごく小型化しているのだから、見たってわかるものではない。
 毎日のように図書館に来ては、本を借りるでもなくひたすら読んで出ていく、格好だけはもっともらしくスーツで決めている男。世間で怪しまれるには、十分だ。こういう怪しいやつのデータベースが、作られているということはないだろうか。被害妄想か。
 なんだか、思考がどんどん非生産的な方向に向かっている。
 腹が満たされたら、突然眠くなってきた。だが、眠ってしまうと途端に館員が起こしに来る。不思議なことに、いくら椅子を長いこと占領していてもとりあえず文句は言われないのだが、眠った途端起こしに来る。邪魔なことには変わりないだろうと思うのだが、役所の規則とするととにかく眠るのは許されないらしい。
 眠気を我慢して、くわっと眼を見開いてソファの上でグラフ雑誌の写真を見入った。
 いくら本を読んだところで、何の目的もないと一向に頭に入らない。それでも形だけは整えないといけない。まるで、自発的に辞めるよう追い込まれた窓際社員の図だ。それでも会社に勤めていれば給料は出るのだが、こうやっていても何にもならない。
(誰かが見ている)
 そんなはずはない。アル中の幻覚か。いや、幻覚というのは酒が切れると出てくるものではないのか。本当に誰か見ているのか。
 今日は天気もいい。一日屋内に閉じこもっていることはない。散歩でもしよう。
 追われるようにそそくさと立ち、外に出る。
 腹が立つほどいい天気だ。雨に振られるのも嫌だが、こうやって意味もなく天気がいいのも、癪にさわる。
 隣駅まで行って帰ってくることにする。歩いていると日が首筋にさしてきて、汗がいやにだらだら流れた。心臓がバクバクする。体の中がひどく暑苦しい一方で、首筋や背中に出る汗は出る前からもう冷えてしまっているようだった。
 これは、いけない。直感的にそう思った。そういえば、何日酒が抜けていないだろう。一週間? 二週間? 今日は何日だ? さっきの図書館で新聞の日付けを見てくればよかった。何をしているのだ。携帯を持っているではないか。腕時計は前のが壊れたきり買っていない。収入がないのだから、買っていいわけがない。
 携帯は、今どき持っていないと不審がられるので、持つようにしたら芋づる式に家族割引だなんだと代理店に言い包められて一式持たされてしまった。実際問題として、仕事のない人間に緊急の連絡などそうそうあるわけがない。通話だウェブだと使っていたら、いくらかかるかわからない。
 だから電源は切っておく。変な場所にいるところに、家族から電話でもあってうっかり出てしまったら、面倒なことになる。現にそういうことが一回あった。盛り場で鳴ったのをうっかり取ったら、流れていた音楽に仕事をさぼっているのかと疑われた。
 とにかく、金は使わないこと。
 稼げばいいではないか、と言われそうだが、わざわざ稼がなくて生きていけるのなら、何をわざわざ劣等な経験を嘗めねばならんのか、と高等遊民風に言ってみたくなる。そして、嫌な思いをしてそれが将来につながる保証はどこにもないのだ。
 とにかく、山ほどある携帯機能のうち、使うのは時計とカレンダーくらいときている。
 しかし、カレンダーを見たところで、スケジュールを見たところで、予定もなければ、どこで何をしたという記録もない。第一、いつから飲み出したのか、覚えていないのだから、何日飲んでいるかは正確には知りようがなかった。
 曜日の感覚もほとんどないので、何日スーツを着ていなかったか、思い出そうとした。4、5回は着ていた気がする。ということは少なくとも足かけ三週間。下手するとひと月。
 これはさすがにまずい、らしい。よし、今日はこれ以上飲むのはやめよう。やめられるはずだ。やめないといけない。
 その時、奇妙な感覚に襲われた。正確にいうと、襲われたらしい。

 息を切らせて歩きながら、誰かが肩をつかんで揺さぶった感触と、灼けたアスファルトの熱さと、冷たい汗、そして体の芯に巣くう寒気が同時に体に残っている。
 前後の感覚がない。どうやら、道端でぶっ倒れていたのを誰かに起こされたらしい。それが誰なのか、怪んで起こしたのか、親切で起こしたのか、まったくわからない。
 追いかけてくる気配はないようだ。
 もう飲むな。誰かがそう叫んでいる。叫んでいるが、聞こえるのは小さな声だ。
 時間の感覚がない。
 まだ、日は高い。どっちに向かって歩いているのかも、わからない。
 人通りは、少ない。
 むやみやたらと、見知らぬ裏通りを、より細い、よりこみいった通りを選んでやたらと忙し気に、もちろん無意味に急いで歩き続けた。
 息が切れてきた。
 立ち止まった。汗がやっと気味の悪い冷たい感じから、運動した後のような暖かみを帯びてきたようだ、ような気がする。わずかにそう思おうとして安心しかけたところで、また心臓がばくばくいい出した。
 落ち着け。
 深呼吸をする。汗を拭く。下着はもちろん、ワイシャツまでびっしょりと汗が染みている。だが、脱いで着替えるのも乾かすのも、もちろんできない。
 あたりを見回す。どこにでもありそうな、日本の街角だ。木造の二階建ての家が立ち並び、そこかしこに車が停まっている。電柱や塀には町名が貼られてあり、番地がある。だが、地図は見当たらない。どこにどうつながっているのか、さっぱりわからない。
 頭の中は、まだ酔いによる霧が晴れていない。だが、一時的な心地よい酩酊感はすっかり薄れ、右の下腹部と左の下腹部が交互に痛むのがわかる。それぞれ、肝臓と膵臓だ。心臓が叛乱を起こしたのが収まりかけてきたと思ったら、これだ。
 うつむき、やっと顔を上げると、どこかで見たような風景が見えた。
 ずいぶんぐるぐるあちこち歩き回ったつもりだったが、図書館のすぐ近くでうろうろしていただけだったのだ。
 安心しかけた時、思い出したように、吐き気がせり上がってきた。
 その上、下腹部に怪しい蠕動を感じる。
 これはまずい。ぶっ倒れただけでもおかしいのに、こんな道の真ん中に吐いたり垂れたりしたら、えらいことになる。間違いなく警察沙汰だ。
 冷や汗がこみあげてきて、そろそろと図書館に逆戻りした。上から先にするか、下から先にするか、最低の選択だ。
 汗を流しながら、さっき出ていったばかりの図書館に戻り、やっと手洗いに辿り着いた。個室が塞がっていたらどうしようと思っていたが、幸い開いていた。洋式だ。
 ズボンを脱ぐのが手間がかかる分、下を優先させることにする。
 なんとか間に合った。
 と、思うまもなく吐き気が催してきた。なんてことだ。コンビニに袋が鞄に入っていないか、探した。
 幸い、一番小さい袋が見つかったので、せいぜい口を大きく広げて、中にさっき食べたばかりのほとんど消化されていないカップラーメンを吐きこんだ。
 そのはずみで腹に力が入り、水のような便が改めて噴き出した。
 最低だ、まったく最低だ。
 喉の奥にいがらっぽい嫌な味がした。吐瀉物に赤い塊が混ざった。アルコールで胃の粘膜が溶けて出血したらしい。
 個室の外に人の気配がした。
 匂いが漏れないように袋の口をしっかり縛る。
 誰か知らないが、なかなか出ていかない。自分の匂いと腹痛と吐き気で、眼がくらんできた。
 袋を床に置き、下の始末を済ませる。
 洋式便器でよかった。手が開いていたから、なんとか両方同時に始末できたのだ。 
 外にまだいるのか、どうかよくわからない。
 立って、ズボンをはいた。たぷたぷとした液体が大半を占める汚物が詰まった袋をどう始末するか。
 下痢と一緒に水で流すか。
 流れなかったら、どうする。
 外のゴミ箱に捨てておくか。ゴミを集めに来た人が何と思う。以後、不審者を警戒するようになるかもしれない。
 えい、と袋の口を開けて思いきって逆さにして中身を出し、水を流した。袋は細く畳んで流れに乗せた。
 うまく、汚物にまみれたコンビニ袋は、流れに乗って姿を消した。
 手に少しゲロがついたようだが、おおむねひどい汚れは出さないで済んだようだ。
 鞄を持って個室から出た。小便器の前には、誰もいない。あれほどびくびくしなくてもよかったらしい。
 手を洗って、何食わぬ顔で外に出た。
 女性館員が近づいて来て、つとよけるようにしてすれ違った。
(匂うのではないか…)
 不安に襲われた。
 冷水器のところに行って口をすすぎ、できるだけ水を飲んだ。口がふさがれると鼻から呼吸する空気が、自分でも匂うのがわかる。
 それから日が暮れるまで、水を飲み、机で本を読み、また水を飲むのを繰り返した。
 酔いはどんどん醒めていく。
 だが、心臓はまたバクバクいいだした。冷や汗も止まらない。冷房もついているはずなのに、体が外にいた時のようにほてる。
「離脱症状…」
 酒浸りに慣れた体からアルコールが抜けることで、それまで麻痺していた神経がやたら興奮して起こる、いわゆる禁断症状だった。
 見れば、ページをめくる指先が意思とは関係なく細かく震えていた。

隠れ酒(3) 隠れ酒(5)




 結局、迎え酒をひっかけることにした。血を吐くほど吐いたすぐ後の胃に酒が入るものかと思うが、不思議と入るものなのだった。
 家には遅くなると電話した。指先が震えているところを見せるわけにいかない。
 まだ日は高かったが、手の震えを抑えるためだという大義名分があるせいか、もうあまりこそこそしないでコンビニの前でチューハイをあおった。缶ジュースみたいなパッケージだ。甘ったるい味に、人口香料の匂い。工業製品、という感じがした。いや、「感じ」ではないか。
 何か腹に入れておくかと考えたが、もう受け付けないだろうと思い、ひたすら飲むことに決めた。
 飲んでいると、あっという間に時間が経つ。
 日が暮れて、ほろ酔い加減のサラリーマンの姿がちらほらしだした。飲み屋に入って飲むのは高くつくのでやめざるをえないが、お仲間ができるとこちらも安心して再び缶ビールをあおった。
 いつのまにか、手の震えは治まっていた。
 コンビニに入って、ざっとマンガを立ち読みし、一本缶チューハイを買って出て一気に喉に流し込み、街をふらふらして、本屋があったら中に入り、またちょっと立ち読みする。新しい本など読めず、これまで読んだ本をなんべんも繰り返して読む。
 気がついたら、もう9時をまわっていた。
 そろそろ帰るか。いや、中途半端な時間に帰ると、“あれ”たちに何をごたごた聞かれるかわからない。もう少し、時間をつぶそう。
 突然、強い吐き気に襲われた。
 パチンコ屋のトイレに入る。店の目立つところはけばけばしく飾っているが、案外トイレは薄暗く古ぼけている。遠慮なく吐きに吐いた。
 さすがにそれ以上は飲む気がしなかったが、これまでに吸収したアルコールがまわってきたらしい…

 気がついたら、家のふとんで寝ていた。
 いつ帰ってきたのだろう。記憶がない。時計を見ると、3時を過ぎている。
 寝巻きに着替えず、下着姿で寝ていた。スーツがハンガーにかけてある。自分でかけたのだろうか。おそらくそうだろう。鍵がかかっているから、“あれ”はこの部屋には入れないはずだからだ。
 しかし、呑んでいたのは、ばれただろう。仕事のつきあいで呑んできたと思っただろうか。
 風呂にも入っていないようだ。翌朝下着が出ていないと、“あれ”がうるさい。
 起き上がると、ずきんと頭が痛んだ。チューハイだけだと、あまり頭痛はしないのだが、ビールが多すぎたのだろうか。
 そっと足音を忍ばせて階段を降り、明かりをつけずに脱衣所に忍び込んだ。そっと洗面所の蛇口に口を当てて水を飲む。少し無理をしてでもがぶ飲みする。
 下着を脱ぎ捨てて、暗いままの風呂場に入る。そのまま洗いもしないで、風呂桶につかった。だいぶ火を止めてから経っているとみえて、お湯はかなりぬるんでいた。まだ酒がまったく引いていない状態で熱い湯に入ったら心臓に良くないだろうから、ちょうどいいだろう。
 そのままぬるま湯にしばらくつかり、ざっと体を拭いて出て下着をつけてそっとまた階段を上がって自分の部屋に転がり込んだ。
 カラスの行水なんてものではないな。
 頭を洗ったのは、三日前か。まあ、それくらいなら別にどうということないだろう。
 暗い中、湿気がとばないままの体で、敷きっぱなしにしていたふとんに潜り込んだ。
 目をつぶるが、頭は冴える一方だ。しかし考えることは、ほとんど一つ、女のことばかりだった。
 といっても、具体的な相手がいるわけではない。
 以前ちょっと好きだったアイドルのグラビアで見た肢体を思い浮かべる。すでに結婚して(できちゃった結婚だった)子供を産んで引退したアイドルだ。それほど執着があるわけでもなく、何も今さら思い浮かべることもないのだが、習慣、というより惰性になってしまっているのだろう。
 右手で股間のペニスをつかむ。ぐにゃついていて、しばらく揉んでみても一向に勃たない。
 そのくせ、妙な高揚感に襲われ、本格的にマスをかくことにした。
 パソコンの中にしまってある画像を開いて目当てのアイドルのを初め、いくつかのグラビア写真やネットで集めて来た画像をまとめて見る。あまり露出度の高い写真はない。あっても、胸がぺっちゃんこのコのばかりだ。意識して集めたわけではないが、結果としてそうなっている。
 …俺が何か大きな事件でも起こして逮捕されて家宅捜索されて、このファイルを見たら何と言われるだろう、とふと思った。
 ロリコン、ではないな。いくら細身でも、どれも高校生から上の年齢のばかりだ。だが女性と積極的な関係を結べない男、とかいうレッテルは貼られそうだ。
 そして、それは間違いではない。
 女の子をデートに誘って、映画を見たり遊園地に行ったり食事したり、といったことは何度かある。だがデートから帰り、特に失敗もしなかったとほっとして、その後のフォローをしない。
 セックスする時も、やれやれ何とか大過なくすんだか、とさっさと身支度してしまったりした。
 そんなこんなで、後が全然続かない。こちらから何度かメールを送ると、返事があるが、それっきり。パーティか何かで一緒になると、別の男と来ていたりする。こちらも挨拶する以外は特に何も言わず、先方もしれっとしていちゃついていたりする。
 そうこうするうち、女とはすっかり縁遠くなってしまった。一番大きい理由は会社を辞めて収入がなくなったので、女に注ぎ込む余裕がなくなったからだ。女に貢がせる奴というのも世の中にはいるらしいが、こっちには見当もつかない。
 性欲を処理するだけなら、マスターベーションで十分なのだ。
 だが写真を見ていても、なかなか勃起しない。半勃ち程度で、マスをかくというより揉んでるみたいだ。
 もう少し刺激を強くするかと思って、別の文書ファイルを開く。気にいった官能小説の一節を写したものだ。女を思いきりむごたらしくレイプする描写がえんえんと続いている。その女の名を、今まで見ていたアイドルの名に変換してみる。そして自分が思いきりむごたらしく強姦している場面を妄想する。それでやっと興奮してきたが、途中でまた萎えてしまう。
 女が悲鳴をあげたり泣いたりするところをせいぜい空想するが、どうもどこかで見たような場面ばかりみたいで、もう一つ気がいかない。それほどアダルトビデオの類は見ていないはずなのだが、見る前から想像に型がはめられているみたいだ。
 今度は、最近ちょっとお気に入りの女子アナの名前に変えて再度試みて、今度はやっと射精にまで至った。
 精液を拭いたティッシュをゴミ箱に投げるが、入らず床に落ちた。
 徒労感がどっと襲ってくる。 
 前はさらに眠気が襲ってきたものだが、頭がとろとろしているが眠りに落ちるには至らない。アルコールは一時的な眠気を誘う作用はあるが、連用していると深い眠りはかえって阻害するという。
 半覚半醒というのか、寝ているような起きているような奇妙な状態が続く。
 いつのまにか、ふとんに入ったまま宙に浮いていた。
 そのまますごい勢いで宙を飛んでいく。目をつぶったままなのだが、雲がちぎれとんでいくのがわかる。
 あ、これは夢だなと思う。
 ジェットコースターに実際に乗るよりスピード感があった。
 いつのまにか、あたり一面に原色の蝶がうようよしている。普通ならきれいに感じそうなものが、なぜか触ると痛いように思える。目の前に、蝶がはばたきながら迫ってくる。
 この夢から醒めなくてはと思う。
 懸命にまぶたを開く。
 天井の丸い明かりの消えた蛍光灯が見えた。そこに、蝶がとまっている。
 じっと蝶を見続けた。寝ぼけマナコだったが、妙に集中していた。 
 今の季節に蝶などいるものか、あれは日本にいる種類の蝶か、部屋の中になんで蝶がいるんだ、といったことは、後になって思ったことで、その時はただ蝶が見えていた。
 ふっと、それが夢の中に出て来たのと同じ蝶で、それが薄暗く酒臭い自分の部屋という現実の中に当たり前のようにずれこんできたのに、なんともいえない、背中が何かにべったり貼り付くような恐怖感を覚えた。
 目を思いきり見開いた。やはり蝶が見えている。南米にいるような、金属のような光沢を持った蝶だ。
 突然、消えた。
 どっと汗が噴き出した。
 目を懸命につぶる。だが、暗くなった視野に、奇妙な魑魅魍魎が現われては、消えていった。
 木の棘の塊が迫ってきて、ちくちくと頬を刺した。
 虹色のキャンディーがよじり合わされて人のような形をしたやつに手首をつかまれて目がくらむような高さの高層ビルの屋上から屋上へと引きずりまわされながら、跳んでまわった。
 背中がむずむずし、無数のミミズやゴカイが体の中から湧きだしてのたうちまわった。
 そのたびに、冷や汗をかきながら目を覚ます。だが、悪夢から醒めても安心はできない。また、あの蝶のように化け物たちが現実に侵入してきたらどうする。そう思うと、ゆっくり目をつぶることもできない。暗い中で半分目を開けてひたすら横になっているしかない。
 禁断症状だ。迎え酒で抑え込んだつもりだったが、よほど大量のアルコールがまわっている状態が普通になっていたのだろう。ちょっと酒が切れてきただけで、睡眠が妨げられて悪夢に襲われる。これがもっとひどくなったら、悪夢ではすまず、起きている時に幻覚をみるようになるのだろう。
 せいぜい肝臓に血液をまわすつもりで、右側が下に来るようにして寝転がった。
(貴様など死んでしまえ)
 と、いう声が耳もとで聞こえた。
 自分で自分に頭の中で呼びかけているはずなのだが、誰かが思いきり耳もとで怒鳴っているようにありありと聞こえる。
 そうだ、俺ほど最低の人間はいない、生きていても仕方ない、さっさと消えるべきだ。
 俺が死んだところで、誰も困りはしない。これ以上生きていたところでロクな死に方をしない。
 貯えもないまま体を壊して、自分で死にきる力もなくして、のたれ死にするのが関の山だ。
(あ、自殺念虜が出て来た)
 自殺念虜というのは、要するに死にたくなる状態のことだ。酒を飲み続けていると、必ずといっていいほど出てくる症状の一つに過ぎない。肝臓を悪くしたり、胃を悪くしたりといったのと同じ、ごく当たり前の化学反応の結果にすぎない。人生に関わることには違いないが、だからといって深遠な哲学や他には窺い知れない意義があるわけでもなんでもない。
 そうわかっている一方で、どうすれば楽に死ぬか考え続けた。
 大量のアルコールで昏倒したところに、練炭を燃やして一酸化炭素を発生させるか。どこで練炭など手に入れるのだろう。二酸化炭素でも一酸化炭素ほどではないが、毒性はあるはずだ。大量のドライアイスを買ってきて、お湯にぶちこむというのはどうだ。しかし、この部屋でやるというのは、死ぬ前に見つかる公算が大きい。
 車の排気ガスをホースで車内に引き込むか。そんな車、どうやって借りる。免許は持っているが、長いこと運転していない。人気のない場所に行き着くまでに、事故でも起こしたらどうする。
 薬を飲むか。医者にかかって、眠れないと訴えれば睡眠薬くらいくれるだろう。それをアルコールと一緒に一度に大量に飲み干す。それから、頃合をみてビニール袋を頭からかぶる。酸欠で気を失うので、苦しまないで済むという。
(本当かい?)
 試してみる。コンビニに袋を頭からかぶる。下が空いているので、息はできるが、かなり息苦しく暑苦しい。しばらくそのまま袋をかぶっていたが、急に恐怖に襲われ、袋をびりびりに破った。
 暗い中、また横たわる。
 死んだ後は、墓になど入らない。遺言を遺していくか。今の日本では土葬というわけにもいかないはずだ。火葬になった後は、灰は海にまく、というのは格好よすぎる。トイレに流せばいい。
 ぼうっと時計が見える。ずいぶん長いこと寝たり起きたりしたような気がしていたが、時刻は、まだ3時前だ。
 まだ、朝食の時間まではかなり間がある。“あれ”と顔を合わさなくてはならない時までは。
 それからひたすら寝返りをうち、襲ってくる鬱の合間を縫ってひたすらマスをかいた。高校生の時でもこんなにかかなかったぞというくらいかいた。なぜか知らないがやたらと性欲が昂進し、猿がマスターベーションを覚えた時のようにかきまくった。しまいには、面倒になっていちいちティッシュで拭かず、パンツの中にぶちまけた。量は少しづつだが、激しく匂った。
 ただでさえ体がだるいのに、余計に体力を消耗して、ふとんの中でぐでっとへたりこんだ。
(バカなことしちゃったなあ)
 それを言うなら、大酒をくらってぶっ倒れていること自体が愚行の極致なのだが。
 突然、吐き気が襲って来た。胃の中が空っぽになって、荒れた胃壁が剥き出しになったかららしい。
 半身を起こして激しくげえげえいったが、何も吐くものなどなかった。
 また汗が噴き出し、震えがくる。
 ふとんに倒れ込み、大の字になる。それでも体がひどく重く、これ以上体を休めるポーズはないものかと真剣に考える。
 眠れない。
 喉が乾く。そっと廊下に出ていき、花瓶の水を飲む。腹をこわすか知らないが、何、どっちにしても下痢するのに決まっている。
 時計の針はゆっくりと、しかし着実に動いていく。
 とても朝までに完全に回復するなどできない相談だ。
 そうこうするうち、窓の外が青みわたりカラスの鳴き声が聞こえてくる。
 右側を下にして横たわっていると、左側、つまり膵臓がある側もどくん、どくんと脈拍を感じる。相当に痛んでいて、体が少しでも直そうとして血を送り込んでいるのだろうか。それとも、単に臓器が痛んできたので血流に敏感になってきただけだろうか。
 枕元でノートパソコンを開き、アルコール依存症で検索して症状が並んだページを見る。離脱症状の数々が列記してある。
 指の震え、悪寒、発汗、幻覚(に近い夢)、ことごとく当てはまる。絵にかいたようだ。これで親にバレずにすむものだろうか。
 朝食までのあと数時間を少しでもムダにするまいと…、眠らないことに決めた。
 結局、迎え酒をひっかけることにした。血を吐くほど吐いたすぐ後の胃に酒が入るものかと思うが、不思議と入るものなのだった。
 家には遅くなると電話した。指先が震えているところを見せるわけにいかない。
 まだ日は高かったが、手の震えを抑えるためだという大義名分があるせいか、もうあまりこそこそしないでコンビニの前でチューハイをあおった。缶ジュースみたいなパッケージだ。甘ったるい味に、人口香料の匂い。工業製品、という感じがした。いや、「感じ」ではないか。
 何か腹に入れておくかと考えたが、もう受け付けないだろうと思い、ひたすら飲むことに決めた。
 飲んでいると、あっという間に時間が経つ。
 日が暮れて、ほろ酔い加減のサラリーマンの姿がちらほらしだした。飲み屋に入って飲むのは高くつくのでやめざるをえないが、お仲間ができるとこちらも安心して再び缶ビールをあおった。
 いつのまにか、手の震えは治まっていた。
 コンビニに入って、ざっとマンガを立ち読みし、一本缶チューハイを買って出て一気に喉に流し込み、街をふらふらして、本屋があったら中に入り、またちょっと立ち読みする。新しい本など読めず、これまで読んだ本をなんべんも繰り返して読む。
 気がついたら、もう9時をまわっていた。
 そろそろ帰るか。いや、中途半端な時間に帰ると、“あれ”たちに何をごたごた聞かれるかわからない。もう少し、時間をつぶそう。
 突然、強い吐き気に襲われた。
 パチンコ屋のトイレに入る。店の目立つところはけばけばしく飾っているが、案外トイレは薄暗く古ぼけている。遠慮なく吐きに吐いた。
 さすがにそれ以上は飲む気がしなかったが、これまでに吸収したアルコールがまわってきたらしい…

隠れ酒(4) 隠れ酒(6)


 気がついたら、家のふとんで寝ていた。
 いつ帰ってきたのだろう。記憶がない。時計を見ると、3時を過ぎている。
 寝巻きに着替えず、下着姿で寝ていた。スーツがハンガーにかけてある。自分でかけたのだろうか。おそらくそうだろう。鍵がかかっているから、“あれ”はこの部屋には入れないはずだからだ。
 しかし、呑んでいたのは、ばれただろう。仕事のつきあいで呑んできたと思っただろうか。
 風呂にも入っていないようだ。翌朝下着が出ていないと、“あれ”がうるさい。
 起き上がると、ずきんと頭が痛んだ。チューハイだけだと、あまり頭痛はしないのだが、ビールが多すぎたのだろうか。
 そっと足音を忍ばせて階段を降り、明かりをつけずに脱衣所に忍び込んだ。そっと洗面所の蛇口に口を当てて水を飲む。少し無理をしてでもがぶ飲みする。
 下着を脱ぎ捨てて、暗いままの風呂場に入る。そのまま洗いもしないで、風呂桶につかった。だいぶ火を止めてから経っているとみえて、お湯はかなりぬるんでいた。まだ酒がまったく引いていない状態で熱い湯に入ったら心臓に良くないだろうから、ちょうどいいだろう。
 そのままぬるま湯にしばらくつかり、ざっと体を拭いて出て下着をつけてそっとまた階段を上がって自分の部屋に転がり込んだ。
 カラスの行水なんてものではないな。
 頭を洗ったのは、三日前か。まあ、それくらいなら別にどうということないだろう。
 暗い中、湿気がとばないままの体で、敷きっぱなしにしていたふとんに潜り込んだ。
 目をつぶるが、頭は冴える一方だ。しかし考えることは、ほとんど一つ、女のことばかりだった。
 といっても、具体的な相手がいるわけではない。
 以前ちょっと好きだったアイドルのグラビアで見た肢体を思い浮かべる。すでに結婚して(できちゃった結婚だった)子供を産んで引退したアイドルだ。それほど執着があるわけでもなく、何も今さら思い浮かべることもないのだが、習慣、というより惰性になってしまっているのだろう。
 右手で股間のペニスをつかむ。ぐにゃついていて、しばらく揉んでみても一向に勃たない。
 そのくせ、妙な高揚感に襲われ、本格的にマスをかくことにした。
 パソコンの中にしまってある画像を開いて目当てのアイドルのを初め、いくつかのグラビア写真やネットで集めて来た画像をまとめて見る。あまり露出度の高い写真はない。あっても、胸がぺっちゃんこのコのばかりだ。意識して集めたわけではないが、結果としてそうなっている。
 …俺が何か大きな事件でも起こして逮捕されて家宅捜索されて、このファイルを見たら何と言われるだろう、とふと思った。
 ロリコン、ではないな。いくら細身でも、どれも高校生から上の年齢のばかりだ。だが女性と積極的な関係を結べない男、とかいうレッテルは貼られそうだ。
 そして、それは間違いではない。
 女の子をデートに誘って、映画を見たり遊園地に行ったり食事したり、といったことは何度かある。だがデートから帰り、特に失敗もしなかったとほっとして、その後のフォローをしない。
 セックスする時も、やれやれ何とか大過なくすんだか、とさっさと身支度してしまったりした。
 そんなこんなで、後が全然続かない。こちらから何度かメールを送ると、返事があるが、それっきり。パーティか何かで一緒になると、別の男と来ていたりする。こちらも挨拶する以外は特に何も言わず、先方もしれっとしていちゃついていたりする。
 そうこうするうち、女とはすっかり縁遠くなってしまった。一番大きい理由は会社を辞めて収入がなくなったので、女に注ぎ込む余裕がなくなったからだ。女に貢がせる奴というのも世の中にはいるらしいが、こっちには見当もつかない。
 性欲を処理するだけなら、マスターベーションで十分なのだ。
 だが写真を見ていても、なかなか勃起しない。半勃ち程度で、マスをかくというより揉んでるみたいだ。
 もう少し刺激を強くするかと思って、別の文書ファイルを開く。気にいった官能小説の一節を写したものだ。女を思いきりむごたらしくレイプする描写がえんえんと続いている。その女の名を、今まで見ていたアイドルの名に変換してみる。そして自分が思いきりむごたらしく強姦している場面を妄想する。それでやっと興奮してきたが、途中でまた萎えてしまう。
 女が悲鳴をあげたり泣いたりするところをせいぜい空想するが、どうもどこかで見たような場面ばかりみたいで、もう一つ気がいかない。それほどアダルトビデオの類は見ていないはずなのだが、見る前から想像に型がはめられているみたいだ。
 今度は、最近ちょっとお気に入りの女子アナの名前に変えて再度試みて、今度はやっと射精にまで至った。
 精液を拭いたティッシュをゴミ箱に投げるが、入らず床に落ちた。
 徒労感がどっと襲ってくる。 
 前はさらに眠気が襲ってきたものだが、頭がとろとろしているが眠りに落ちるには至らない。アルコールは一時的な眠気を誘う作用はあるが、連用していると深い眠りはかえって阻害するという。
 半覚半醒というのか、寝ているような起きているような奇妙な状態が続く。
 いつのまにか、ふとんに入ったまま宙に浮いていた。
 そのまますごい勢いで宙を飛んでいく。目をつぶったままなのだが、雲がちぎれとんでいくのがわかる。
 あ、これは夢だなと思う。
 ジェットコースターに実際に乗るよりスピード感があった。
 いつのまにか、あたり一面に原色の蝶がうようよしている。普通ならきれいに感じそうなものが、なぜか触ると痛いように思える。目の前に、蝶がはばたきながら迫ってくる。
 この夢から醒めなくてはと思う。
 懸命にまぶたを開く。
 天井の丸い明かりの消えた蛍光灯が見えた。そこに、蝶がとまっている。
 じっと蝶を見続けた。寝ぼけマナコだったが、妙に集中していた。 
 今の季節に蝶などいるものか、あれは日本にいる種類の蝶か、部屋の中になんで蝶がいるんだ、といったことは、後になって思ったことで、その時はただ蝶が見えていた。
 ふっと、それが夢の中に出て来たのと同じ蝶で、それが薄暗く酒臭い自分の部屋という現実の中に当たり前のようにずれこんできたのに、なんともいえない、背中が何かにべったり貼り付くような恐怖感を覚えた。
 目を思いきり見開いた。やはり蝶が見えている。南米にいるような、金属のような光沢を持った蝶だ。
 突然、消えた。
 どっと汗が噴き出した。
 目を懸命につぶる。だが、暗くなった視野に、奇妙な魑魅魍魎が現われては、消えていった。
 木の棘の塊が迫ってきて、ちくちくと頬を刺した。
 虹色のキャンディーがよじり合わされて人のような形をしたやつに手首をつかまれて目がくらむような高さの高層ビルの屋上から屋上へと引きずりまわされながら、跳んでまわった。
 背中がむずむずし、無数のミミズやゴカイが体の中から湧きだしてのたうちまわった。
 そのたびに、冷や汗をかきながら目を覚ます。だが、悪夢から醒めても安心はできない。また、あの蝶のように化け物たちが現実に侵入してきたらどうする。そう思うと、ゆっくり目をつぶることもできない。暗い中で半分目を開けてひたすら横になっているしかない。
 禁断症状だ。迎え酒で抑え込んだつもりだったが、よほど大量のアルコールがまわっている状態が普通になっていたのだろう。ちょっと酒が切れてきただけで、睡眠が妨げられて悪夢に襲われる。これがもっとひどくなったら、悪夢ではすまず、起きている時に幻覚をみるようになるのだろう。
 せいぜい肝臓に血液をまわすつもりで、右側が下に来るようにして寝転がった。
(貴様など死んでしまえ)
 と、いう声が耳もとで聞こえた。
 自分で自分に頭の中で呼びかけているはずなのだが、誰かが思いきり耳もとで怒鳴っているようにありありと聞こえる。
 そうだ、俺ほど最低の人間はいない、生きていても仕方ない、さっさと消えるべきだ。
 俺が死んだところで、誰も困りはしない。これ以上生きていたところでロクな死に方をしない。
 貯えもないまま体を壊して、自分で死にきる力もなくして、のたれ死にするのが関の山だ。
(あ、自殺念虜が出て来た)
 自殺念虜というのは、要するに死にたくなる状態のことだ。酒を飲み続けていると、必ずといっていいほど出てくる症状の一つに過ぎない。肝臓を悪くしたり、胃を悪くしたりといったのと同じ、ごく当たり前の化学反応の結果にすぎない。人生に関わることには違いないが、だからといって深遠な哲学や他には窺い知れない意義があるわけでもなんでもない。
 そうわかっている一方で、どうすれば楽に死ぬか考え続けた。
 大量のアルコールで昏倒したところに、練炭を燃やして一酸化炭素を発生させるか。どこで練炭など手に入れるのだろう。二酸化炭素でも一酸化炭素ほどではないが、毒性はあるはずだ。大量のドライアイスを買ってきて、お湯にぶちこむというのはどうだ。しかし、この部屋でやるというのは、死ぬ前に見つかる公算が大きい。
 車の排気ガスをホースで車内に引き込むか。そんな車、どうやって借りる。免許は持っているが、長いこと運転していない。人気のない場所に行き着くまでに、事故でも起こしたらどうする。
 薬を飲むか。医者にかかって、眠れないと訴えれば睡眠薬くらいくれるだろう。それをアルコールと一緒に一度に大量に飲み干す。それから、頃合をみてビニール袋を頭からかぶる。酸欠で気を失うので、苦しまないで済むという。
(本当かい?)
 試してみる。コンビニに袋を頭からかぶる。下が空いているので、息はできるが、かなり息苦しく暑苦しい。しばらくそのまま袋をかぶっていたが、急に恐怖に襲われ、袋をびりびりに破った。
 暗い中、また横たわる。
 死んだ後は、墓になど入らない。遺言を遺していくか。今の日本では土葬というわけにもいかないはずだ。火葬になった後は、灰は海にまく、というのは格好よすぎる。トイレに流せばいい。
 ぼうっと時計が見える。ずいぶん長いこと寝たり起きたりしたような気がしていたが、時刻は、まだ3時前だ。
 まだ、朝食の時間まではかなり間がある。“あれ”と顔を合わさなくてはならない時までは。
 それからひたすら寝返りをうち、襲ってくる鬱の合間を縫ってひたすらマスをかいた。高校生の時でもこんなにかかなかったぞというくらいかいた。なぜか知らないがやたらと性欲が昂進し、猿がマスターベーションを覚えた時のようにかきまくった。しまいには、面倒になっていちいちティッシュで拭かず、パンツの中にぶちまけた。量は少しづつだが、激しく匂った。
 ただでさえ体がだるいのに、余計に体力を消耗して、ふとんの中でぐでっとへたりこんだ。
(バカなことしちゃったなあ)
 それを言うなら、大酒をくらってぶっ倒れていること自体が愚行の極致なのだが。
 突然、吐き気が襲って来た。胃の中が空っぽになって、荒れた胃壁が剥き出しになったかららしい。
 半身を起こして激しくげえげえいったが、何も吐くものなどなかった。
 また汗が噴き出し、震えがくる。
 ふとんに倒れ込み、大の字になる。それでも体がひどく重く、これ以上体を休めるポーズはないものかと真剣に考える。
 眠れない。
 喉が乾く。そっと廊下に出ていき、花瓶の水を飲む。腹をこわすか知らないが、何、どっちにしても下痢するのに決まっている。
 時計の針はゆっくりと、しかし着実に動いていく。
 とても朝までに完全に回復するなどできない相談だ。
 そうこうするうち、窓の外が青みわたりカラスの鳴き声が聞こえてくる。
 右側を下にして横たわっていると、左側、つまり膵臓がある側もどくん、どくんと脈拍を感じる。相当に痛んでいて、体が少しでも直そうとして血を送り込んでいるのだろうか。それとも、単に臓器が痛んできたので血流に敏感になってきただけだろうか。
 枕元でノートパソコンを開き、アルコール依存症で検索して症状が並んだページを見る。離脱症状の数々が列記してある。
 指の震え、悪寒、発汗、幻覚(に近い夢)、ことごとく当てはまる。絵にかいたようだ。これで親にバレずにすむものだろうか。
 朝食までのあと数時間を少しでもムダにするまいと…、眠らないことに決めた。

隠れ酒(5) 隠れ酒(7)



 階段を降りていくと、足が段を踏みしめる感覚がなく、何か雲でも踏んでいるにふわふわとしていた。
 傍から見ると、ふらふらしているのだろうか、という考えが頭をかすめた。“あれ”が…親たちが見てばれないだろうか。包丁を使う時、指でも切らないだろうか。年寄りとはいえ、二人の食事を用意するのを男一人がやるのは無理があるんだ、と思う。
 だからといって放っておくことはできない。
 いつものように下に降りて声をかけて起こし、新聞をとってテーブルにおいておく。さらにテレビをつけて、せいぜいこっちに注意が払われないように撹乱する。
 冷蔵庫から出した豆腐を掌の上に乗せて切ろうとすると、豆腐がぷるぷる震えていた。
 手の震えが止まらない。
 まずい、と思ったが、なんとか精神を集中して包丁を豆腐に押し付ける。だが、豆腐はいともあっさりいささかなまった包丁を受け入れ、包丁が押しつけられたのは掌の方だった。
 豆腐を小鍋に放り込んだ後、掌が切れていないか、確かめる。幸い、切れてはいないようだ。
 それから、いつもの習慣と化した朝食作りが進む。
 頭がぼうっとする。足がふらふらする。
 アルコールをいれなくなって12時間以上経つから、酔いはかなり醒めているはずなのだが、脳神経の麻痺はまだ続いているらしい。
 食欲などまるでない。だが、作らなくてはならない。ああ、なんという“親孝行”!
 冷蔵庫の残り物を並べ、お茶をいれて、一応食卓を飾る品数は揃った。
 “かれら”とともに、食卓を囲む。
 “かれら”の片割れに箸がないと言われる。あわててシンクに取りに行く。
コンロの火がつけっぱなしになっている。
 内心ぞっとしながら、火を消した。
 箸を取って戻ってくると、今度は味噌汁がよそっていないと言われる。
 どうも、やはり頭がぼけている。
 必死に集中しながら、箸をとった。手が震えているので、うまく扱えない。 
 湯のみを手に取る。驚くくらい手が震え、熱い中味が手にかかった。さすがにちょっと目がさめ、湯のみをテーブルに置く。
 箸の方が扱うのが難しいから、手の震えの影響が大きいかと思ったら、そういうものでもないらしい。親指を上にすると、震えが大きくなるようだ。
 そっと両手で包むようにして湯のみを持ち、中味をすすった。両手が互いに震えをカバーするようで、なんとか目立たないですんだ、と思う。
 食欲がないのと、複雑な手の動きができないので、メニューを全部ごはんの上に乗せ、味噌汁をかけて流し込む。いささか行儀が悪いが、なに、アジアではこういうなんでもごはんにかけて混ぜて食べるのが普通なのだ、と妙なことを考えて、それほどおかしくは見えないだろうと思う。
 再び、お茶を飲む。汗がどっと噴き出す。心臓がまだばくばくいっている。
 相変わらず、食欲はない。まったくうまいと思わない、というより味など感じない。 
 残りのビビンバもどきをすすり込む。
 むりやりにでも食べているから、これだけバカ飲みしてしてもなんとかもっているのだ、と自分に言い聞かせる。
 顔が痒い。吹き出物がでているようだ。顔を洗わないと。
 内臓、特に肝臓や腎臓が痛んでいると、ジンマシンが出たりするらしい。そこまではいかないが、それに近い。
 やっと食べ終わる。
 “かれら”はまだ食べている。
 食器をさっさとシンクに持っていって、さっさと洗って洗い籠に上げ、さっさとニ階に上がろうとした。
「ちょっと待て」
 と声がした。
 びくーん、と背中がひきつった。
「おまえ、少しおかしい。目が変だし、足もふらついているし、手も震えている。どこかおかしいのと違うか。会社はいいから、病院に行ってこい」
 ついに、その時が来た。
 アル中だということがバレた。
「わかった」
 やっとそれだけ言って、ニ階に上がる。
「ちゃんと会社に電話しろよ」
 小学生に言うのではあるまいし。電話する会社など、ないというのに。

 そのまま上着だけ残してワイシャツとズボンとネクタイはつけて、ふとんの上に横になったまま、病院が開く時間を待った。体がひどくだるいが、早く行った方がいい、朝早い年寄りたちがすぐやってくるからと、“それ”が言うので、ふとんを丸めて棚に押し込んで、出ることにした。
 ついてくるというので、それはきっぱり断った。
 保険証持ったかとか、初診だから余分に金を持っていけというのを聞き流して、そそくさと靴をはき、逃げ出した。
 どこがいいか、と思う。内科だろうか、神経科だろうか。
 内臓がぼろぼろであるのはかからなくてもわかるし、“かれら”のかかりつけのホームドクターは内科なので、そっちに行ったら情報が漏れるかもしれない。医者の守秘義務などというが、家族にはぽろっと漏らすことが十分考えられる。しかし、神経科といっても、心当たりはまるでない。
 駅前の、今は数少なくなった公衆電話に備え付けてあった電話帳をめくり、近くの内科をみつくろった。
 いくらかかるかわからないので、できるだけ手をつけないようにはしていてもじりじりと残高が減っていく預金を少し多めに取り崩した。

 クリニックが開くまでのあと30分ちょっとの時間を持て余して近くのコンビニに入ると、酒が並んでいた。
 あわてて飛び出し、とにかくクリニックのドアにもたれかかる。
 体がひどくだるく、立っているのも辛い。
 爺さんがのそのそやってきて、モゴモゴとそこにいると邪魔という意味のことを言った。うっかり文句を言うと暴力をふるわれるとでも思っているのか独り言みたいな言い方なのが、かえってカンに触ったが、黙ってドアの前からどいた。
 立っていられなくなり、しゃがみこんでしまう。
 おそろしく長い時間が過ぎ、やっとクリニックがオープンした。
 一番ゲットという感じで、爺さんがとびこんで診察券を提出する。どうでもいいけど、いい歳をして一番乗りするのがそんなに楽しいのだろうか。
 初診なので、住所氏名の類を書かされる。
 驚いたことに(驚くことではないのだが)、手が震えて字が書けない。思いきりボールペンを握りしめて紙に押し付けてみても、ふざけているようにペンは勝手に踊ってもつれた線を描くだけだった。
 字を書くという意識を捨てて直線だけ組み合わせて字に見せようという作戦も失敗。線がまともに引けないのだから。
 一文字書くのに汗をだらだら流しながら悪戦苦闘している姿を、事務員が不審な目で見ている。いや、それはこちらの気のせいで、医院には容態のおかしい人間が来るのが当たり前でいちいち変な顔をしているわけではないのかもしれない。だが、まともに顔を上げられずにいると、そういう顔をしているように思えてくる。
 これ以上ごしゃごしゃした落書きをする前に、やむなく事務員に代筆を頼む。別に嫌な顔もしないで言う通りに書いてくれたが、その間に爺さん婆さんが続々とやってくる。なんでこんなに朝早くから先を争うようにやってくるのか。事務員が一人しかいなくて、それを自分が占領しているものだからその年寄りたちが刺すような視線をそれぞれ送ってくる。これは絶対気のせいではない。
 こっちの様子を見て、看護婦が血液を採りにきた。すぐに結果を教えてくれるのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
 やっと医者にかかると、診断はごくあっさりしたものだった。
「アル中ですね」
 そんなことは、わかってる。
「一生、飲めませんよ」
 簡単に言ってくれるなあ。
「飲みだしたら、止まらないでしょう」
 まあね。
「アル中というのは、治りませんよ。脳がアルコール漬けになって変質して、ほどほどに飲めない体質になっているんだから。元には戻りません。まあ、治らない病気というのは、いっぱいあるから。糖尿とかね。こういう病気とは気長につきあえば後は普通に過ごせるので、自棄になってバカ飲みなんてこと、しないように」
 知ってるよ、だいたい、そんなこと。とにかく、この手の震え、なんとかしてくれ。
「酒をやめるしかありませんね」
 いや、だから何か早く回復する薬か何かないのか。
「離脱、いわゆる禁断症状ですが、治まるにはまあ三、四日かかります。飲めば治まるみたいに思えるかもしれないけれど、神経麻痺させてごまかしているのだから間違えないように。家族は?」
 いません、と言っておく。一人暮しだと。
「家族の協力がいるんですけどねえ」
 家族に知らせたくないから、アル中になってるんだ。
「シアナマイド出しておきましょう。酒が飲めなくなる薬。これ飲んで酒飲むとものすごく苦しくなるから、絶対飲んじゃダメだよ」
 知ってるよ。さんざん、本で読んだ。ネットでも見た。なんか、すごく苦しくなるらしい。アルコールが胃で変化してできる毒物アセトアルデヒドを分解するのを邪魔するので、全然酒飲めない人がムリに飲んだのと同じことになるという。どんな風なのか、ちょっと興味あるな。
 よっぽど生活態度をつかまえて説教されるかと思ったら、あっさり「はい、次」という感じで終わってしまった。
 2週間経ったらまた来いという。
 会計で、保険を使ってもここ一カ月の小遣いがとんでしまった。こんなの、月に2度もやるのか?

 外に出る。これからの一日、どう過ごす? 
 無為の一日の長さを思うと、一杯飲みたくなってきた。コンビニに入り、いつものようにチューハイのロング缶を二本買い、物陰に隠れながら飲んだ。
 それからもらったばかりのシアナマイドを飲むことにする。
 小さなポリタンクのような容器に入っていて、スポイトで量を計ってちゅーっと喉の奥に噴射する。味も何もわからない。うまいものではないようだ。
 飲んだからといって別に体には何も起こらない。こんなので、どうにかなるものだろうか。
 と、思ったら突然猛烈な吐き気が襲われて、その場に思いきり朝食べたものをぶちまけてしまった。
 顔がはち切れそうに紅潮し、頭ががんがんするが、とにかく人目を避けてとにかく大急ぎでその場から離れた。
 吐くものを全部吐いても、吐き気は収まらない。頭が割れるように痛む。
 これでは、家に帰ってなんでもないとはごまかしきれない。遅かれ早かれ、いずれアル中だとばれてしまう。いや、アル中だと家族に告白し、協力を得ないとアルコール依存症から立ち直るのは無理だ、なんて言ってたな。それができたら、苦労しない。
 わずかな貯えも、こんな風に治療費がかかるのでは、すぐ底をついてしまう。また人と交わって働くなど、ありえない。
 八方ふさがりだ。

 息子がアル中だなどとは、考えたこともありませんでした。
 え? 今はアル中だとは言わない? アルコール依存症? やっぱりそれはそのなんですか、差別と関係あるのですかねえ。
 そうではなくて、イッキ飲みでぶっ倒れるのをアル中といって、長いこと酒飲むのが習慣にしていて脳が変質して、いったん飲み出したら止められなくなるのをアルコール依存症という? 
 いえ、家では飲んでいませんでした。隠れて飲んでいた? そういえば、目が変になっていたようなこと、ありましたね。いわゆる、目が座ったというか。いえ、それで乱れたり暴れたりとかはしていません。
 一緒に住んでいて気がつかないってことあるかって、いえ、もともと変なところ、ある子でしたから。
 叱ったり説教したことは、ありませんでした。放っておいても、自分で決めていましたから。
 手のかからない子でした。
 それで、やはり酔って階段から落ちたということですか。それだけではない? 目撃によると、自分から頭から突っ込んでいったみたいだった? なんでそんなことしたんでしょう。
 いいえ、心当たりはありません。本当に。
 
<終>

隠れ酒(6)

女たちを渡り歩いた男があげく全員に見捨てられてがくっという話なのだから、勝手にせいと思いそうなものだが、不思議とそうでもなかった。常に主役が語り手として半ば客観的に自分を見ている語り口のせいか。いい男すぎて女がくっついてくるのが普通に見えるせいか。
ジュード・ロウに専門のスタイリストがついている。まあ、当然。ファッションや音楽のセンスは大いに精錬されている。ミック・ジャガーが参加しているとは思わなかった。

オリジナルの主演者・マイケル・ケインの写真がエンドタイトルに出てくる。
(☆☆☆)



アルフィー - Amazon

雪と氷に閉ざされた世界でだんだん人間がおかしくなっていくのと、幽霊譚とが混ざっているのと、父親と息子の関係が絡んでくるのとで、話は全然違うのだが広告にうたっているように「シャイニング」にちょっと似ているな、と思った。ソン・ガンホの狂い方は大袈裟でないのが恐い。
ただ、イメージ・ショットみたいなのが特に終盤多くなって描かれているのが現実の出来事なのかどうか、幽霊がどの程度関係してくるのかよくわからなくて、当惑する。

撮影は大変だったろうし、事故の描写は迫真的なのだが。
(☆☆☆)





なんと、20年間「少年」をやってます。

11 スタッフルーム
小人「いいんだよ」
納得できない顔の秋月。
小人「原作料を払わなくていいし」

12 神社・境内
テキ屋(金坂)が店を出している。
金坂「さあ、そこのお兄さんお姉さん、お父さんお母さん、よってらっしゃい見てらっしゃい。ここにずらり並べましたる腕時計。たかが腕時計とおっしゃるなかれ、かのスイスはローレックス社特製、舶来の一流品だあ、銀座京橋のデパートで買ったら七万八万は軽くいかれる、給料の三ヶ月分がふっとぶという高級品、これを輸入した神戸のさる貿易会社、景気がいいのに調子に乗り、買い込みすぎて二十万の手形が買い戻せないばっかりに倉庫の中身をうっちゃって夜逃げした。人の恥をさらすのは仁義にもとる、この時計がどういういきさつでここに並ぶに至ったかはさておきまするが、本日は出血大サービス、一つ一万でどうだ、これを逃したら二度と手が出ないよ、あとで後悔しても間に合わないよ…」
と、いった調子でタンカバイをしている。
寅さんとは違って、はっきりとヤクザとわかる目つき顔つき。
前には若い男(吉田)がいて、変なタイミングで、「なるほど」「たいしたもんだ」といった合いの手をいれている。
客の一人(山本三助・55)が時計の一つを取り、裏返す。
吉田「(みとがめて)ちょっと」
山本、時計の裏蓋を回し出す。
吉田「おっさん、何してる」
山本「客が文句つけたら、サクラだってばれちまうじゃないか」
吉田「何ぃ?」
金坂「(吉田に)馬鹿野郎!」
吉田「(とまどい)え?」
金坂「(山本にぺこぺこして)ご苦労さんです」
山本「いくらまがいものを売るにしても」
と、裏蓋を外す。
山本「俺はもっとうまく作ってたぜ」
メMADE IN JAPANモの文字が外したあとに見える。
金坂「へえっ」
山本、時計を投げ出して去る。

13 前線座・前
「ぼくは負けない」
のポスターが剥がされる。
代わりに「世界の夜探訪記」という題の見るからに怪しげな映画のポスターが貼られる。
清水が(許すまじ)とまなじりを決してそのポスターを見ている。
清水、どかどか入場券も買わずに場内に入っていく。

14 同・ロビー
仁科(もぎりのおばさん)「もし、入場券は?」
構わずポスターの裏側にまわり、蓋を開ける。
(蓋の裏にポスターを貼 るようになっている) 仁科「ちょっと」
ポスターを剥がそうとする清水。
仁科「何をするんだ、この人は」
と、組み付いて引き離す。
清水「なんでこんなに番組が変わったのよ」
仁科「ここの持ち主が変わったんですよ」
そう言ったそばから山本がやってくる。
仁科「(山本に)お帰りなさい」
清水「この人が(持ち主)?」
仁科がうなずくより早く、 清水「話があります」
と、また中に入りかける。
仁科、また力づくで叩き出す。
どうも女相撲とりのような大力の持ち主である。
山本「もう少しお客さまは大切に扱いなさい」
と、ぷいと事務所に入る。
清水「(抵抗をやめ、息を整えて)一つ聞きたいんだけど」
仁科「なんでしょう」
清水「『わたしは負けない』って映画、ここでかける予定ある?」
仁科「(面倒臭そうに)いいえ、これからの番組は大体あれ(世界の夜探訪記)と同じ路線でいくはずです」
清水、不審な顔。
その後ろをすうっと入場券を出さないで清水にどんとぶつかり、 「ソーリー」
と言って通り過ぎ、場内に消えた男(トニー早川)。
派手なアロハシャツにサングラス、チューインガムをくちゃくちゃかんでいる無作法な態度。
進駐軍所属の通訳といった雰囲気だ。
清水「誰、あれ」
仁科「さあて、うちの社長のところによく出入りしてるんだけど、何者なのかしらね。
日系二世っていうんだけど」
清水「あの人、いつからここの経営を?」
仁科「つい最近。
(嫌な顔をし)大きな声じゃ言えないんだけどね。
乗っ取ったのよ。
この映画館だけじゃなくて、そんなのが他にもいくつもあるっていうけど」
  清水、顔つきが険しくなってくる。
仁科「余計なこと言っちゃったな」

15 日めくりカレンダー
1月6日。

16 撮影所・第3ステージ
クランクイン直前。
監督の扶桑、撮影監督の宮下、助監督の黒井、美術の佐山ほか、スタッフが準備を進めている。
宮下「なんとかならないのかよ、このセット」
佐山「しょうがないだろう、全部ありあわせなんだから」
宮下「ほこりぐらい払ったらどうだ」
佐山「そんなこと言ってられる余裕なんかあるか。
一週間だぞ」
宮下「(照明の岡本に)おい、そっちのライト消してくれ」
スタッフがちょっと乗ると、ぐらぐらして上からほこりが落ちてくる。

17 同・控え室1
福田、山崎、広瀬の三人娘が着付けを終えて、メイクを整えている。
(衣装担当・栗田、メイク主任は秋山)
福田「…結局主役は誰なの?」
山崎「見たこともない」
広瀬「聞いたこともない」

18 同・控え室2
団が面接に来た時のままの扮装を終えている。
秋山も扮装を終えているが、落ちつかず、狭い部屋の中で竹刀の素振りを始める。
黒井「(顔を出し)…準備できました」

19 同・第3ステージ
団、赤沢がやってくる。
もう三人娘は揃っている。
扶桑「…(いらいらした調子で怒鳴る)主役はどうした」
黒井、とんでいって帰ってくる。
黒井「来ました」
扶桑「よし」
と、来た大平の格好を見て、唖然とする。
何を間違えたのか、白無垢に角隠しの、花嫁衣装だ。
ご丁寧にも左前に着物を着ている。
福田「何あれ、左前じゃない」
山崎「着付けも知らないらしい」
広瀬「馬鹿にしてる」
扶桑「(怒鳴る)衣装係! 何やってるんだ」
栗田「(現れて)今この格好でついたばかりなんです」
扶桑「一人でか」
栗田「あと、運転手が一人。
先生は忙しいので当分来られないとか。
先生って何です」
扶桑「(答えず、栗田に)なんとかならないのか」
栗田、言われるより早く大平の衣装 を点検する。
×   ×
大平の打ち掛けを裏返す。
と、裏地は柄物になっている。
裏返して着付け、なんとか格好をつけようとする衣装係たち。
三人娘、やる気をなくした様子。
小人、やってくる。
小人「何をしてる。
もうクランクインしている時間だろう」
扶桑「(言い訳しようとする)」
小人「言い訳はいい。
いますぐ、始めろ。
とにかく一週間であげるんだ」
扶桑「(ため息をつき)…みんな、位置について」
ばたばたしながら全員位置につく。
大平をとにかくセットの真ん中に据える。
黒井「照明、OK?」
岡本「OK」
黒井「キャメラ、OK?」
宮下「OK」
黒井「ロール」
カメラが回転する。
扶桑「はいっ」
黒井、カチンコを叩く。
カチンコに書いた文字の白墨の粉がぱっと飛ぶ。
宮下、舌打ちしてカメラを止める。
小人「キャメラ、回せ」
宮下、え、という顔。
小人「回せ」
宮下、カメラを回す。
扶桑「カット」
カメラ、止まる。
小人「いいか、NGはなしだ。
全部一発勝負でいけ。
うまくいかなくても気にするな」
×   ×
大平扮する芸者と赤沢扮する手代が 心中する場面。
赤沢「(剃刀を構え、うわずった声で)これもみんな封建社会がいけないんだ」
大平はまるで芝居ができず、ぼーっとして聞いているだけ。
二人のバックで、上からバケツが落ちてきて、がらがらがしゃんと大音 響をたてる。
小人「気にするな。
音もあとで切ればいい」

20 黒井の台本
撮ったシーンが×で消される。

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21 第3ステージ 黒井、食紅を大平の口に含ませる。
扶桑「アクション」
大平、肺病の発作の芝居を始める。
ごほごほせきをする。
芝居でやっているうちに、本当にせきが止まらなくなる。
扶桑「…(目を覆う)」
大きくせきばらいして、やっと止まる。
顔に当てていた手をどけると、食紅が手からついて、顔が赤鬼のように真っ赤になっている。
×   ×
扶桑、(まともに見てられない)という感じでサングラスをかけている。
何か読んでいる大平。
扶桑「…台本なんて読まなくていいから、早くきてくれ」
大平「台本じゃありませんよ」
扶桑「なんだい」
大平、カメラ前に向かいざま、読んでいた本を渡す。
扶桑「(見て)…?」
横文字の本だ。
戸惑うが、すぐ仕事に戻る扶桑。
×   ×
団扮する侍が捕り手に囲まれている場面。
団が次第に傷ついていく。
シリアスにやったら、悲壮美の場面になるところだが、捕り手役が少ないので、切られた奴が横にずっていって立ち上がると、またかかっていく。
しまいには、かかっていく捕り手の方が笑いだしてしまう。
笑いながらかかってくるのを団の方はひたすら大真面目に切り倒す。

22 黒井の台本
×のついたページが増えていく。

23 日めくりカレンダー 一枚一枚めくられていく。

24 撮影所・第3ステージ 芸者姿の三人娘、輪唱するように一斉にあくびする。
スタッフは大平にかかりきりになっている。
ぐだぐだやっているうちに三人の位置が変わってしまう。
黒井「キャメラ、OK?」
宮下「OK」
位置を変えたのに気がつかない。
黒井「ロール」
三人娘、あわてる。
扶桑「はいっ」
そのまま撮ってしまう。
扶桑「カット。
OK」
結局誰も気がつかない。
がっかりする三人。
×   ×
そのままのポーズで、貧乏暮らしに いる姿になる。
(気がくさっているのがそのまま姿 に出た形)

25 日めくりカレンダー
1月13日になる。

26 黒井の台本
ほとんど×で埋められているが、まだ残っているところもいくらかある。
小人の声「撮らなくていい。
終わりだ」

27 小人の事務所
電話している小人。
秋月、傍らで事務をとっている。
小人「スケジュールの変更はしない。
撮れなかったら、撮らなくていい」
その大声に、秋月がちょっと小人の方を見る。
小人「命令だ」
電話を切り、開けてあった金庫の扉を脚で閉める。
一瞬金庫の中の札束が見える。

28 撮影所・正門
キャデラックがゆっくりと乗り付ける。
浅間(運転手)「(窓を開けて、受付に)扶桑組の見学に来ました」
毛利(受付)「あそこの撮影はもう終わりましたよ」
田中「終わりぃ?(後部座席で、きょとんとしている)」
丁度そこに黒井に送られて大平が来る。
浅間、いともいんぎんにすっと降りてきて、後部座席の扉を開く。
そして小さな足拭きを地面に敷く。
大平、ちょっと足を拭いてすっと乗り込む。
浅間、さっさと運転席に戻って車を出す。
あくまで流麗な動き。
田中「(まだきょとんとしている)」
電話の呼出音。
出る音。

29 小人の事務所
秋月「…(小人に聞かれないようにしながら電話している)」

30 同・スタッフルーム
秋月の声「…まだ解散しないでおいて下さい」
不完全燃焼といった感じで撮影スタッフたちが休んでいる。

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31 ダビングスタジオ・外景

32 同・中
ダビングスタッフの一人、林が一人で初期のロックンロールを聞いている。
完全にはまっているようす。
扶桑「おい」
林「(聞いてない)」
扶桑「おいっ」
やっと気づき、しぶしぶ来る。
×   ×
荒つなぎされた白黒のプリントが上映される。

33 同・スクリーン
(以下、映画中映画のシーンNoには―が入る)

33―1 女郎屋の裏手(白黒)
大平が血を吐く。
血を吐く。
血を吐く。
いくつものテイクをみんなつなげたのだ。
スプラッタムービーと間違えそう。

34 同・中
林「(あまりのしつこさにうんざりして)なんだよ、これは」
小人「(扶桑に)NGを出すなって言ったろう」

35 同・スクリーン

35―1 女郎屋・座敷(白黒) 畳をかきむしって慟哭している赤沢。
ものすごく下手な芝居。
音はついていない。
バックの障子にすうっとスタッフの影が写る。
(いけねえ)という感じであわてて出ていく。

36 同・中
扶桑「(ふてくされたように)ほら、こんなのだってNGは出してませんよ」
林「なんでこんな気が滅入る場面ばかり続くんですか」

37 同・スクリーン

37―1 女郎屋・座敷(白黒)
三人娘が泣き女のようにめそめそしている場面。
福田「あたしたちがいけなかったのよ」
山崎「あたしたちが話を聞いてあげていたら」
広瀬「許してちょうだい」
団「(いきなり現れ、うって変わって威勢よく)泣いていないで、立ち上がって戦うんだ」
いきなり、ロックンロールの音が鳴り響く。
まったくのミスマッチ。

38 同・中
扶桑「おい、なんだ」
林「音楽だけでも威勢よくしないと、見てられませんよ」
言い争いが始まる。
それをよそに、小人が所員に呼び出されて出ていく。

39 同・スクリーン

39―1 白い塀の前(白黒)
今たんかをきったばかりの団が捕り手にぼろぼろに切り刻まれている。
音楽はあくまでロックンロール。

40 山本の事務所
電話をかけている山本。
「ああ、うちのコヤにかけたいっていうシャシンだけど、できた? まあ、前のオーナーの約束だけど、あたしは義理堅いから、ほんとよ…仁義守りますよ…そう、だったら見たいんだけどね。
すぐ? ああ、早い方がいいけど。
じゃ、開けとく」
言いながら金勘定している。

41 ダビングルーム
小人「(入ってくるなり宣言口調で)これからプリントを映画館の持ち主に見せる」
扶桑「…いいんですか」
小人「いいんだよ。
支度しろ」
扶桑「このまま持っていくんですか」
小人「批評家に見せるんじゃない」
まったく自信のない扶桑の表情。
映写機が止まる。
林「ちょっと、まずいですよ、それには」
その困った顔を断ち切って、

42 前線座・出入口
終映後。
客がぞろぞろ出ていく。
頭を下げるでもなく傲然とそれを見送っている仁科。
代わりに入っていく小人。
ちょっと遅れて秋月がフィルムの缶を手押し車に乗せて入ってくる。
仁科「きょうはもう終わりです」
小人「支配人と約束があるんですが」
山本「(現れて)できたの?」
小人「はい。
初めまして」
と、名刺を出しかけるのを無視し、 山本「ああ、初めまして。
(秋月が持ってきたフィルムを一瞥して)あれ?」
なんとも横柄な態度。
山本「(仁科に)じゃ、あれを映写室に持って行って」
仁科「きょうは終わりじゃないんですか」
山本「(聞いていない)映写中は誰も入れるなよ」

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43 同・場内
空の客席に小人、扶桑、山本、秋月がつく。
暗くなり、幕が開く。
映写機が動き出す。
上映が始まる。

44 同・スクリーン
タイトルが流れていく。
音がところどころにしかついていないプリントなので、ひどく静か。

45 同・客席
扶桑、そっと山本のようすをうかがう。
むっとした顔をしている山本。
扶桑「…(身の置きどころがない感じで、前に向き直る)」

46 同・スクリーン

46―1 百姓屋(白黒)
しきりとめそめそしている貧しい姿の大平。
ちゃりん、とその前に小判が投げ出される。
女買いの声「よし、これであんたはうちの女郎だ」

47 前線座・客席
いきなり、けたたましい笑い声が少し離れた客席から響く。
扶桑、驚いてスクリーンと見比べる。
笑ったのは早川だ。
扶桑、(笑うようなところか?)と首をひねる。
すましている小人。
秋月、はらはらしながら、早川の方を(何者だろう?)というように一 瞥する。

48 同・出入口
仁科、はなはだ機嫌が悪く、しきりと腕時計を見ている。
清水がそっと仁科の隙をうかがっている。

49 同・スクリーン

49―1 水車小屋(白黒)
団扮する用心棒が、大平の遊女と赤沢の手代の逢い引きの現場に踏み込んだところ。
団「わしは何も見ていない」
と、いいながら見逃す腹芸を見せている。
大平「(涙ながらに)ありがとうございます」
赤沢「ありがとうございます」

50 客席
また早川が笑う。

51 出入口
清水、また仁科に引きずり出されている。

52 客席
また早川が笑う。
扶桑が爆発寸前。
突然、スピーカーから林が勝手に入れていたロックンロールが流れ出す。
びっくりする一同。
秋月、思わず笑ってしまう。
扶桑「あの馬鹿野郎! 曲を入れっぱなしにしやがって」
扉が半開きになる。
清水が仁科を振り切って入場しようとしているのだ。
清水、一瞬スクリーンの団の大写しを見、ロックンロールを聞くが、仁科を振り切るのに夢中で気にとめない。
やっと振り切り、ばーんと扉を開いて、清水が飛び込む。
清水「(叫ぶ)説明しなさいっ!」
山本、立って映写室に合図する。
映写は中断され、明かりがつく。
仁科、清水をまた引きずり出そうしするのを制止する山本。
清水、興奮していて、小人しか目に入っていない。
清水「(小人に)あなた、完成したらこの劇場で上映するから問題はない。
そう言ったわね。
だからこっちも自主上映の用意も何もいないでいたけど、最近この劇場の持ち主が変わったっていうじゃない」
山本、きょとんとした顔でまくしたている清水の顔を眺めている。
清水「その持ち主って、ヤクザだそうじゃない」
ヤクザと言われた(実際そうだが)山本、なおも清水の顔をきょとんと眺めている。
むしろ秋月の方が慌てる。
清水「ヤクザがあたしたちの映画をかけると思う?」
秋月、一生懸命身振り手振りで(今あんたの横にいるのがその持ち主だ)と教えようとするが、 清水「何。
何が言いたいの」
と、まるで鈍い。
その間、山本のもとに早川が呼ばれ何ごとか相談している。
山本、何か乗り気になったらしく、すっと清水の前に出る。
早川、ちょっと席を外す。
山本「失礼ですが」
清水「はい?」
山本の顔を見る。
清水「あっ」
絶句する。
秋月、肩をすくめる。
山本「ご安心下さい」
清水「え?」
山本「この映画、買わせていただきます」
清水「えっ」
というのが霞むような大声で、 「えっっ!」
と叫んだのがいる。
小人だ。
秋月「えって…(なんで驚くんですか)」
扶桑も怪訝そうに小人の顔を見ている。
小人「(ごまかすように)いやいや…」
山本「この場で買い上げさせていただいてもいい」
小人「そんな…」
清水、山本の前に出る。
山本「何か…」
清水、山本の手を握る。
清水「ごめんなさい」
山本「は?」
清水「わたし、誤解してました」
山本「はあ…」
早川が鞄を持って帰ってくる。
開けると、現金が詰まっている。
清水「(圧倒される)」
山本「即金で、いかがですか」
小人「ちょっと、考えさせて下さい」
清水「何を考えることがあるんですか」
清水の方が興奮して乗っている。
扶桑「買い取りっておっしゃいましたが、ご覧の通りまだ完成しておりませんが」
山本「それは結構です。
それもこちらで善処します」
扶桑「しかし…」
清水「いいじゃありませんか」
小人「申し訳ありませんが、もう少し考えないと」
扶桑「(考えが変わる)考えることないんじゃありませんか」
小人「(戸惑い)監督がそんなこと言っちゃいけないな」
扶桑「(小声で)ここで気を変えられたらこんなもの二度と売れませんよ…(山本に)わかりました」
清水「(安心する)よかった」
まだ何か言いそうな小人。
秋月「(小人に耳打ちする)…どういう事情が存じませんが、ここで断ると疑われますよ」
小人、説得される。
小人「…監督がいいというのなら」
扶桑「…(皮肉がわかった顔)」

53 小人の事務所(深夜) 小人と秋月が戻っている。
秋月「…社長」
小人「(考え込んでいたのが、やっくりと秋月の方を見る)」
秋月「会社をつぶす気でしたね」
小人「(図星)」
秋月「お金を集められるだけ集めて、絶対売れない映画を作り、売れなかったからと会社をつぶして残ったお金を持って逃げるつもりだったんでしょう。
やたら金払いが良いと思ったけど、後腐れがないようにですね」
小人「珍しいことじゃない。
私が前いた会社でもやっていた。
しかし、まさかあのヤクザが買うとは思わなかった。
あんな…」
秋月「良心作を?」
小人「くそまじめで暗い映画をだ」
秋月「同じことでしょう」
小人「絶対売れない自信があったんだ」
秋月「私もそう思いました」
小人「そうだろう」
秋月「でも売れたら利益が出ませんか」
小人「こんな額じゃ全然足りない。
なまじ売れるとかえって損するんだ」
秋月「でも、利益が出るほどの値段で売れるわけはありませんが」
小人「もちろんそうだ。
…なんであんなのが売れたんだ」
秋月「見ながら大笑いしているのがいましたけどね」
小人「誰だ、あれは」
秋月「調べます」
小人「もう一つ調べてくれ」
秋月「調べます」
小人「?」
秋月「あの映画を買い取ってどうするつもりなのか」
小人「…君の月給を上げないとな」

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54 フィルムをいじる何者かの手
カットし、つなぎ変える。

55 ダビングルーム
林たちがわいわいやっている。
映写が始まる。
林、スクリーンを見て妙な顔をする。

56 同・スクリーン
大平の顔のアップが出ている。

57 小人の事務所
秋月が帰ってくる。
小人「何かわかったか」
秋月「今夜、あの劇場でスニーク・プレビューをやります」
小人「スニー…、なんだって?」
秋月「日本語でいうと覆面試写会。
映画館で普通の上映が終わった後、抜き打ちで公開前の映画を上映して、予備知識なしのお客の反応を見るんです。
アメリカではよくやりますけど、日本では珍しいですね」
小人「それが、『吉原の雨』だと?」
秋月「『雨の吉原』です」

58 前線座・前
小人と秋月がブルース・ブラザースのように揃いのサングラスをかけて 立っている。
秋月「(自分たちの格好を気にして)いくら覆面試写会だからってねえ」
小人「(窓口で)大人二人」
と、券を買う。
相変わらずえげつない映画のポスターが貼ってある。
秋月「(券を受け取りながら)照れますねえ」
もぎりを通り抜ける二人。
仁科はまったく二人に気づかない。

59 同・客席
明るくなる。
変装を解いて並んで座っている小人と秋月。
アナウンス「…お客さまにご案内申しあげます。本日の上映は終了いたしましたが、もう一本、新作映画を上映いたします。ご用とお急ぎでないお客様は、どうぞそのままお席でお待ちください。なお、上映終了後、ご意見をうかがわせていただきますので、ご了承ください」
ばらばらと帰ったりそのまま席についたりしている客たち。
アナウンス「大変長らくお待たせいたしました。
ただいまよりアメリカ映画『我々の敵日本を知れ』を上映いたします。
最後までごゆっくりご鑑賞ください」
秋月「(首をひねる)…情報が間違っていたかな」
暗くなる。

60 同・スクリーン
英語のタイトルに日本語の字幕がかぶさる。
字幕「これは第二次対戦中、アメリカ情報省が日本と日本人の性格の研究成果を宣伝するために作った映画である」
英語のナレーションが流れだす。
流暢だが、声質は東洋人のものだ。
字幕「…日本人の意思表示はきわめて不可解だ。
彼らはYES NOをはっきり言わない。
YESの時NOと言い、NOの時YESと言う」
大平の顔のアップが出る。

61 同・客席
びっくりする小人と秋月。

62 同・スクリーン

62―1 百姓屋(白黒)
しきりとめそめそしている貧しい姿の大平。
ナレーション・字幕「彼女はこれからゲイシャになろうとしている。
ゲイシャは日本女性の見本である。
彼女はそれになれる喜びを泣くことで表している。
YESというところをNOといっているのだ。
日本のことわざにもある。
イヤヨイヤヨモ、スキノウチ(ここだけ日本語)」
大平の芝居が下手なので、本当に喜んでいるようにも見えてしまう。
その前に投げ出される小判。

63 同・客席
小人・秋月「(口あんぐり)」

64 同・スクリーン

64―1 女郎屋(白黒)
大平の後ろに三人娘がいる場面。
N・字幕「日本人は常に集団で行動し、集団の意思が常に個人の意思に優先する。
彼らに個性はない」
カットが変わると、三人娘の位置が入れ替わってしまう。
65 同・客席
北山と南原というカップルの客がいる。
北山・男「(大笑いする)」
南原・女「(むっとして、北山を肘でつつく)」

66 同・スクリーン

66―1 女郎屋(白黒)
赤沢が慟哭芝居をしている後ろにスタッフの影が出る。
N・字幕「日本では日常生活すべて先祖の霊魂に見守られていると信じられている。
彼の叫びによって、祖霊が呼び出された」
ちゃちなセットが妙にフジヤマ・ゲイシャ趣味に似ている。

66―2 インサート・カット(カラー)
脈絡なく別撮りされた桜や富士山その他の絵はがきのように日本的な風景がはさみこまれる。

66―3 白い塀の前(白黒)
団が大勢の捕り手に取り囲まれている。
N・字幕「このように、日本人は一人を大勢で圧殺しようとする国民なのである」
捕り手たち、襲いかかる。
その捕り手がにたにたしているのが写っている。
N・字幕「日本人は死を恐れない。
集団によって与えられた目的に従って死ぬことは喜びであり、名誉である。
彼らはしばしばハラキリ(だけ日本語)による死をもって名誉を守る」

67 同・客席
秋月「「(大笑いする)」
小人「(むっとして、秋月を肘でつつく)」

68 同・スクリーン
THE ENDと出る。

69 同・出入口
仁科「(ぶっきらぼうに)用紙」
と、手を突き出してアンケート用紙を回収している。
が、北山と南原は、
「もう渡したよ」
と、言って用紙を出さずに出て行ってしまう。
仁科「…(おかしいな)」

70 同・客席
まめにかけずりまわって、 「ありがとうございました」
「またおこし下さい」
と、声をかけてまわって用紙を回収している小人と秋月。

71 同・ロビー
客はみんな出て行ったようなので、場内に入る仁科。

72 同・客席
誰もいなくなっている。

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73 山本の事務所
山本「…これしかないってはずないだろう」
と、わずかなアンケート用紙を手に仁科を怒っている。
山本「あとはどこに行ったんだ」
仁科「知りません」
相変わらずぶっきらぼうな態度。
ノックの音がする。
見ると、開いたままのドアの外にまた変装した小人と秋月が立っている。
山本「なんの用でしょう」
秋月「ちょっとお話があるのですが」
山本「(出て行け)」
と、仁科を出て行かせる。
小人、ドアを閉めて変装を解く。
山本「おや」
小人「見ましたよ」
秋月「(アンケート用紙を出して)これも見ました」
山本、ばつの悪い顔をしている。
秋月「(見ながら)好評とはいえませんね」
と、山本に用紙を渡す。
山本、目を通し出す。
小人「アイディアはよかったと思いますけどね」
秋月「アメリカ製だという触れ込みを疑った客はほとんどいません。日本人が協力したと推測している人はけっこういます。もっと変な日本を期待していたら、それほどでもなかったという人が何人かいます。怒るにせよ笑うにせよ、どれぐらい勘違いしているのかを期待しているのでしょう」
小人「それにしてもどこからこんなことを考えたのですか」
山本「ああいう映画は実際にあるのさ。アメリカで再編集して台詞も英語に入れ換えてっていうのがね。それに我々の世界じゃ日本のものを舶来だと言って売るのは珍しくない。あのまるで画面に合ってない洋風の音楽を聞いたとき、閃いたね。“そうだ、これを外国映画にしてやろう!”日本映画といったんじゃ、誰もありがたがらないからな。いったん思いつくと、作りのちゃちなのがかえってぴったりに思えてきた」
小人「金が集まらなかったものでして」
山本「やたらとまじめくさって作っていて、そのくせズレているのもね」
小人「手直しはあなたが?」
山本「おい」
と、天井裏に声をかける。
早川の脚だけが長さを強調するように先に見える。
下りてくる早川。
山本「トニー早川。
二世だ」
小人「初めまして、小人です」
早川「(なまりのある日本語で)トニーです」
ナレーションの声だ。
山本「彼は映画好きでね。
一度作る方もやってみたかったって言うんだ」
小人「でしたら、ものは相談ですが、あの映画、もう一度作る気はありませんか」
山本「もう一度?」
小人「やはりありもののフィルムで間に合わせるのには限界がありますからね。
初めからそれらしく撮らないとだめだと思うんですよ」
アンケート用紙を取り返して、 小人「観客は変な日本を求めているんです。
期待に沿えば、絶対当たります」
山本「…うーん」
小人「このままでは中途半端ですよ。
作り直しは私がやります。
もっと徹底的に嘘臭く作ります。
まさかと思うように作った方が、逆に嘘がばれないものです。
代わりに、売上の7割をもらいます」
山本「7割? 冗談じゃない。
普通は劇場が半分取るんだ」
小人「“普通”は考えないでください。
普通の映画をやろうとしているんじゃないんだから。
(早川に)お手伝いしてくださいますね」
早川「え?…ええ」
小人「それはありがたい。
ほら、こちらも協力してくださるそうですし」
山本「…6割」
小人「いいでしょう」

74 小人の事務所
小人「(はしゃいでいる)やったやった」
手には札束がある。
小人「前渡しと、売上の6割だぜ。
あんなゴミにだ。
災い転じて福となすとはこのことだ」
秋月「当たれば、ですけど」
小人「(水をかけられる)…そうだな」
秋月「(手帳をめくりながら)…スタジオの予約ですが、どこもいっぱいで、第6ステージの撮影が早く終わったら空くかもしれないということでした」
小人「よし、それ頼もう」
秋月「空いても一日二日ですよ」
小人「かまわん。
(考えて)それは時代劇か」
秋月「そうです」
小人「だったらセットを壊さないよう頼んでくれ」
秋月「はい」
小人「スタッフは」
秋月「解散させてません」
小人「さすが。
…それから、オーディションの時ちょんまげを結ってきたのは何て言ったかな」

75 撮影所・スタッフルーム スタッフ、キャスト一同が集まっている。
早川を連れて小人が入ってくる。
小人「…皆さん、お待たせしました。
一時中断していた撮影が、今回無事再開の運びになったのを、まず皆さんと一緒に喜びたいと思います」
メ皆さんモは別に喜んでいない。
わけがわからないでいる。
小人「再開にあたって、脚本を大幅に書き直しました。
詳しくは彼(早川)から聞いてください」
早川、追加撮影部分の台本を配る。
ざわざわしながら読む一同。
小人「新しく撮る分はカラーにします」
宮下「どうこれまでの分とつなげるんです」
赤沢「(手を挙げ)あの、話がどう変わったのか、よくわからないんですが」
早川「まず、主人公は幕末に日本に来たアメリカ人になります」
ざわつき、一層大きくなる。
早川「彼が日本で知り合った芸者から聞いた話が、これまで撮った分になるわけです。
彼の出演場面をこれから撮り足してつなげて、現在がカラーで回想が白黒という芸術的な趣向にします」
赤沢「…どう話がつながるんです」
早川「あなた、海外版の『ゴジラ』を見ましたか」
赤沢「海外版?」
早川「あるんですよ。
日本で作られたのとは全然別の版が。
それだと、アメリカの通信社の記者が日本に来てゴジラの大暴れをリポートする話になってました。
もとの『ゴジラ』に、アメリカ人の出番をはさんでいって、そういう風に再構成したのです」
赤沢「なんで、そんな風に変えるんです。
輸出用に作り直すってことですか」
早川「…(ちょっと答に窮する)」
赤沢「そうなんですか」
(そうらしい)という雰囲気になってくる。
小人「(扉を開け)入りたまえ」
メイクアップを済ませた団が入ってくる。
西洋人から見たステレオタイプの日本人そのままのメイクと服装。
吊り目に眼鏡、出っ歯に茶筅まげのでき損ないのようなちょんまげ。
ステテコに包まれた脚はひどいがにまたで、裸足に下駄をはいている。
上半身は素肌に葵の紋所が入った印半纒をじかに羽織り、手にはドジョウすくいに使うようなザルを抱えている。
一同、しばらく唖然としている。
赤沢「(口火を切る)…なんですか、これは」
小人「見本だよ」
団、相撲まがいにザルから塩を出して撒く。
赤沢「(怒り出す)我々は、映画をやるんですか、プロレスをやるんですか」
小人、答える代わりに団にちょっとした額の金を渡す。
小人「ボーナスだ」
ぴたりと反発が治まる。
小人、一同の方を見る。
小人「我々は、商売をやるんだ」

76 ポーズをとる団
何枚もの扮装済みの団の写真が撮影される。

77 ビラが印刷される

78 うたごえ喫茶・「白樺」
店の一隅で数人がロシア民謡を歌っている。
秋月、こっそりと出ていく。
その後にはあちこちのテーブルの上にビラが乗っている。
団の写真を乗せた安っぽい印刷のビラだ。
「謎の国辱映画、日本上陸か」
「作者不明、映画史に埋もれた幻の映画」
「日米関係悪化を恐れGHQが輸入禁止」
あきれる者、笑う者、無視する者。
無視するのが一番多い。
いきなり、テーブルの上のビラをひったくった奴がいる。
清水だ。
清水「(ビラのメイクした団の顔を見て、どこかで見たような)」
と、首を傾げる。

79 撮影所・第6ステージ
前の組が使っていたセットが、壊されかけて残っている。
小人「少し壊されてるなあ…使えるのは正味一日か」
秋月「一日と一晩です…では、ちょっと事務所にお金取りに行ってきます」
と、去る。
代わりにぼちぼち集まってくるスタッフ、キャスト。
扶桑がセットを見ている。
座敷の一部の畳が外され、ぽっかり穴が空いている。
扶桑「どうします、この穴」
小人「(黒井に)おーい、お湯とドライアイス持ってきてくれ」
赤沢が入ってくる。
金髪のかつらを被り、青いコンタクトを入れ、つけ鼻をして、片目鏡を かけている。
つまり、赤毛芝居のような西洋人の扮装をしている。
扶桑「何やってんだ、おまえ」
赤沢「外人の役があるんでしょう」
扶桑「あるけど」
赤沢「主役でしょう」
扶桑「そうだけど」
そこに、早川がやってくる。
早川「(小人に)探してきました」
本物の外国人を連れてきたのだ。
早川「(英語で外人に)ビリー、彼がプロデューサーの小人だ」
と、ビリーと呼ばれた外人に耳打ちする。
よく事情が分からず、戸惑っている様子。
小人「よし、さっそく着替えさせてくれ」
黒井が湯とドライアイスを持ってくる。
扶桑「(黒井に)彼に合う服を見繕ってやってくれ」
休む間もなく、ビリーを連れていく黒井。
まだ馬鹿のように外人の格好をしてつっ立っている赤沢。
扶桑「おまえも着替えてこい」

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80 小人の事務所
秋月、金庫を開けて、金や書類といった中身を机の上に置いている。
ドアがノックされる。
秋月、慌てて中身を机の引き出しに押し込む。
秋月「はい?」
清水が入ってくる。
秋月「今、社長は留守にしておりますが」
清水「こんなビラを見たんですが」
と、団の写真が出ているビラを出す。
清水「この前できた映画をちらっと見ましたけど、この人でてませんでした?」
秋月「出ていましたよ。
(すらすらと)いえね、あれでは売り物にならないということで、ガイジンが見た日本の姿という線でまとめ直すことにしました」
清水「えーっ?」
わけがわからない。
清水「からかうのはやめて下さい」
秋月「本当ですよ」
清水「何を隠してるんです」
秋月「何も。
今言った通りです」
清水「言いなさい」
秋月「言いましたが」
清水「しらを切るのですね。
どうも初めから信用できないと思っていたら」
その目が机の上の改訂台本に止まる。
その時ばたん、と窓が強い風にあおられて開く。
秋月「すみません、この窓、鍵が壊れているみたいで」
と、なんとか窓を閉めようと後ろを向く。
清水、その隙に机の上の改訂した台本をつかんで出ていく。
秋月が振り向いた時には姿はない。
81 撮影所・弟6ステージ
キャストが扶桑の前に集められている。
扶桑「ああ、手直しにあたって、役名も全部変えることにした。
では、それぞれの役名を言う。
大平」
大平「(相変わらず間延びした感じで)はい」
扶桑「君の役の名はマリコだ」
赤沢「(ずっこけかけ)これ、一応江戸時代の話でしょう」
大平はぼんやりしている。
早川「(口を出す)これは、実際に外人が書いた小説のヒロインの名前です。
他の名前も全部実際に小説や映画で使われていたものです」
扶桑「福田」
福田「はい」
扶桑「君はサズコだ」
福田「はあ?」
扶桑「山崎」
山崎「はい」
扶桑「君はゲンジコだ」
山崎「そんな名前がどこにあります。
コがつけば女の名前だと思ってるんですか」
扶桑「広瀬」
広瀬「はい」
扶桑「君はチンモコだ」
広瀬「(たまげる)ええーっ!」
扶桑「間違えるなよ。
チンモコだ」
広瀬「(呟く)もう一人いたら、どんな名前つけられていたかわかったもんじゃない」
扶桑「赤沢」
赤沢「はい?」
扶桑「君はヤキティドだ」
赤沢「ヤキ…ティド? どんな字を書くんですか」
扶桑「(無視して)団」
団「はい」
扶桑「君にはいくつかやってもらう。
サキニ、ユニオシ、トコラモ、ヤカモト…できるかね」
団「いくつでも。
役者ですから」

82 外国映画配給会社・試写室
エッフェル塔が波をバックに描かれたフランス語のポスターが貼られている(ヌーベルバーグ風)。
清水、入ろうとして係員に制止される。
やむなく立って盗んできた台本を読み出す。
読むほどに首をひねる。

83 同・中
居眠りしている溝口(56)。
上映が終わり、明るくなる。

84 同・外
出てくる溝口。
清水「(声をかける)すみません」
溝口「はい?」
清水「もし」
溝口「はい?」
うっとうしそうに足を止めずに答える。
清水「先生」
足を止める溝口。

85 「白樺」
「旭日新聞嘱託・溝口秀夫」
という名刺。
溝口「(清水が盗んできた台本を読んでいる)…アメリカ人が主役みたいですね」
清水「そんなはずはないんですが」
溝口「…で、私にどうしろと」
清水「彼らが何を撮っているのか調べてください」
溝口「なんで私が」
清水「正義のためです」

86 撮影所・正門そば・守衛室
小人「(来て電話を受け取り)もしもし…お断りします。
旭日新聞? お断りします」
電話を切る。
小人「(守衛の森岡に)俺の組を取材に来た奴は全部断ってくれ」
と、持ってきた一升瓶をどんと置く。
正門を通ってくる秋月が見える。

87 「白樺」
溝口「(電話を切り)断られた」
清水「新聞の名前を言ったのに?」
溝口「行きましょう」
プライドを傷つけられた表情。

88 撮影所・第6ステージ
畳が外されたあとにお湯を満たしたバケツが置かれ、その中にドライア イスが入れられる。
たちまち、もうもうと湯気が立つ。
大平とビリー、肩まで裸になって中でしゃがむ。
それを低めに構えたアングルから狙う。
座敷の真ん中に作られた風呂に二人が入っている図になる。
扶桑「どうだい、風呂に見えるかい」
宮下「なんとか」
黒井「台詞はどうします」
扶桑「適当に喋らせればいい。
どうせあとでみんな英語に吹き替えるんだから」
×   ×
扶桑「はいっ」
カチンコが叩かれる。
大平「ABCDEFG」
ビリー「HIJKLMN」
大平「OPQRST」
ビリー「UVWXYZ」
大平、ほほほほほっと笑う。
ビリー、つられて困ったように笑う。
扶桑「カット」

89 同・控え室2
赤沢、ふてくされている。
その傍らで団がまた別の変な日本人モのメイクをしている。
赤沢「よく恥ずかしくないな」
団「なんで」
赤沢「外人が見たらなんと思うか、想像してみたか」
団「どう思うかなんて、こっちじゃ決められないよ」
赤沢「だけど、わざわざ誤解を煽らなくてもいいだろう」
団「誰の誤解だい」
赤沢「外人のに決まってるだろう」
団「これは外国でやるわけじゃないよ」
赤沢「え?」
団「日本でやるだけで、外国でやる予定はない」
赤沢「(いっぺんに調子が変わる)なんだ、それならそうと早く言ってくれよ」
団「日本でやって、日本人の誤解を招くとまずいんじゃないの?」
赤沢「そんなの…」
団「差別するなよ」
赤沢「(聞いていない)だったら安心だ」
赤沢、メイクを始める。

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90 同・第6ステージ
早川が扶桑に呼ばれる。
扶桑「なんだか知らないが、怒っているんだ。
なだめてくれ」
×   ×
扶桑、何かまくしたてているビリーと早川が応対しているのを見ている。
早川が困惑し、ますますビリーが大声でまくしたてているようす。
扶桑「何やってんだ」
大平「(すまして)言葉が通じないんですよ」
扶桑「通じないって…」
ビリー、何か言う。
扶桑「?…英語じゃないな」
大平「ロシア語です」
扶桑「いーっ?」
大平「話しますか?」
扶桑「え?…ああ」
大平「(近づきロシア語で話し出す)…あなたは何と説明されてここに来たのか」
ビリー「(ロシア語)英語だったので、よくわからなかった」
一同、大平が流暢にロシア語を喋りだしたのでびっくりする。
こそこそと離れる早川。
扶桑「(早川に)おいっ」
早川「…(びくっとする)」
扶桑「おまえ、一体誰を連れてきたんだ」
早川「いえ、なんか英語が通じたから」
扶桑「ほんとにビリーなんて名前なのか」
それまでビリーと話していた大平、扶桑の方を向いて、 大平「違いますよ」
扶桑「(大平の方を見て)なんて名だ」
大平「イォシフ・ビサリオノビッチ・シュガシビリ」
扶桑「…なんだって?」
早川「ロシア人みたいですね」
扶桑「(早川に)おまえは日本人みたいだな」
早川「…」
扶桑「二世だと?(嘘つけ)」
イォシフ「(日本語で)私は帰る」
扶桑「(日本語と思わず大平に)なんだって?」
大平もいきなり日本語で話しかけられて戸惑っている。
大平「帰るって言ってるけど」
扶桑「(早川に)出ていけ」
早川、すごすごと出ていく。
イォシフ「…(自分が出ていけと言われたよう)」
入れ違いに赤沢が上半身は鎧で覆い、下半身は赤フンひとつという格好で入ってくる。
扶桑「…なんだあ?」
赤沢、開き直ったようにふてぶてしい態度。
扶桑「あいつが二世だったなんて、真っ赤な嘘だったんだぜ」
赤沢「それがどうかしましたか」
と、ぴしゃりと裸のお尻を叩く。
イォシフ「私は日本語でしゃべれます」
大平「…私は日本語をしゃべれますって…」
扶桑「(それに気づかず)ああ、外人の言うことはわからんよ」
赤沢、奇声を上げながら三人娘の方にはねていく。
三人娘、キャアキャアいって喜んでいる。
イォシフ、ため息をつく。

91 同・正門
清水と溝口がやってくる。
花山が森岡に制止されて入れないでいる。
森岡「関係者以外は立ち入り禁止です」
花山「俺がホン書いたシャシンだぞ」
清水と溝口、やりとりを聞いていて顔を見合わせる。
清水「(台本を持ち直し、花山に)ちょっと…」
そのそばをすうっとイォシフが通って出ていくが、誰も気にとめない。

92 同・第6ステージ
赤沢「(三人娘に)やってみないか。
こういう格好」
福田「悪趣味ね」
赤沢「だから気持ちいいんだ」
山崎「恥ずかしくない?」
赤沢「だったらみんなでやろう」
広瀬「やりましょう」
その一方、大平が出て行く。
×   ×
扶桑「ビリーはどこに行ったんだ」
黒井「ビリーじゃなくてイォシフ・ビサリオノビッチ・シュガシビリですが。
愛称はコーバ」
扶桑「なんでイォシフがコーバになるんだ?」
黒井「(大声で)それどころじゃないでしょう。
ヒロインまで怒ってひっこんじゃったんですよ」
扶桑「(もっと大声で)それを連れてくるのがおまえの仕事だろう」
三人娘、赤沢の真似をして、奇怪な扮装をしている。

93 同・控え室1
入って鍵をかける大平。

94 同・正門
清水・溝口・花山の三人が、まだ森岡と押し問答している。
花山「これが俺のホンかあっ」
と、台本を振り回している。
森岡「(すまして)違うんでしょ」
そこにすうっとキャデラックが乗り付けられる。
窓を開けて、浅間が顔を出す。
森岡「すみません、関係者以外は立ち入り禁止です」
その目の前にどんとジョニ黒が置かれる。
森岡「(うっ…)」
その様子を見て取った溝口、素早く浅間に名刺を出して頼み込む。
すっと降りてきた浅間、丁重な動作でドアを開け、足元に小さな足拭き を出す。
見事に機械的な動作。
それに乗せられるように乗り込む清水と溝口。

95 同・構内
やってきた黒井、そのようすを見ている。
急いで回れ右して元来た方に向かう。

96 同・正門
車が出たあと、一人取り残される花山。
花山「…これが俺のホンかあっ」
と、台本を振り回す。

97 同・第6ステージ
戻ってくる黒井。
扶桑「おい、連れてきたのか」
黒井「それどころじゃないですよ」

98 同・構内
ゆっくりと走るキャデラック。

99 キャデラック・中
豪華な毛皮張りの内装。
清水、思わずそれを撫でる。

100 撮影所・第6ステージ
扶桑「(小人に)どうしましょう」
小人「俺が行く。
来い」
と、黒井を連れて出ていく。
残された一同、たがが外れてきている。
赤沢「もう、勝手にやろうぜ」
団、すました顔で来る。
一升瓶を何本も抱えて。

101 同・構内
足早に歩く小人と黒井。

102 同・第3ステージ
の前を通る二人。
昼休みで開けっぱなしになっている。
小人、ちらっとのぞいてすぐまた歩き出す。

103 同・構内
二人、走っているキャデラックをつかまえる。

104 同・駐車場
キャデラック、止まって一同出てくる。
田中「(浅間に)口笛を吹いたら来い」

105 同・控え室2
小人「しばらくここでお待ち下さい」
と、清水と溝口を押し込み、ドアを閉める。

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106 同・控え室1・外
に田中を連れてくる小人。
小人「申し訳ありませんけど、出てくるよう説得していただけませんか」
田中「わかった」
と、ドアの前に立つ。
田中「(ノックして)私だ。
開けてくれないか」
鍵が開く音。
田中、中に入る。
小人「(黒井に)すぐ戻って、まともな格好した連中を集めて第3ステージに移れ。
それを見せてごまかす」
黒井「そんな…無理ですよ」
小人「いいから、行け」
ドアが開き、田中が顔を出す。
田中「ちょっと来てくれ」
小人「はい…行け」
と、中に入る。
黒井、去る。

107 同・控え室2・中
壁のコップに耳をつけて盗み聞きをしている溝口と清水。
田中の声「ちゃんと台詞を書いてくれるなら行くそうだ。
どこだって?」
小人の声「第3ステージです」
耳を離し、小人が呼びに来るのを待つ二人。
ところが、誰も呼びに来ない。
溝口「…」

108 同・構内
歩いていく小人、田中、大平。

109 同・第3ステージ
小人「ここです」
と、扉を開ける。

110 同・中
別の組の撮影中。
いぶかしげな視線が一斉に集まる。
あわてて田中をひっぱって出る小人。

111 同・外
田中「なんだ、今のは」
小人「間違えました。
どれも似たような建物なもので」
冷や汗をかきながら歩き出す小人。
首をかしげる田中。
冷ややかな大平。

112 同・第6ステージ
に近づく小人たち。
小人、中がどうなっているかわからないが、入らないわけにいかない。

113 同・中
入ってくる小人たち。
中で展開されているのは、一大乱痴気騒ぎ。
扶桑は統率力を失ってうろうろするばかり。
キャストばかりか、スタッフまで思い思いに勝手な格好をしだしている。
床の間に「東海道四谷怪談」
という掛け軸をかける奴。
欄間から巨大な銅羅を吊るし、アーサー・ランク作品のタイトルばりにぐわあーんと裸の男が叩く。
花柄のまわしを締め込み、相撲ならぬ空手の試合をやっている奴。
それらを勝手放題に撮りまくっている宮下以下の撮影部。
どこから仕入れたのか丸ごとの魚をさばいてメテッパンヤキモにしてつついている。
その他、その他、あらん限りのフジヤマ・ゲイシャ式の悪趣味の限りを尽くしている。
どこからか桜の枝を持ってきてあしらい、酒も入って花見的無礼講となっている。
小人「…(真っ青になる)」
田中「…(あっけにとられている)」
×   ×
福田が日本髪にチャイナドレスに割烹着という格好で出刃包丁を構え、魚の頭をはねている。
山崎はザ・グレート・カブキばりのインチキ歌舞伎調メイクで行灯の油をなめ、ぷーっと油を吹いて炎を吐く。
広瀬は自動人形のようにほほほ、ほほほと意味もなく笑っては三つ指をついてまわっている。
やがて三人、ちょっと疲れて車座になって座る。
宮下「(それを見て)…おい、さっきと位置が違うよ」
×   ×
床の間がどんでん返しにくるりと開き、とんぼをきって黒衣の代わりに日章旗を着込んだニンジャが扶桑の前に現れる。
扶桑「おいっ」
ニンジャ(赤沢)、指先から水芸のように水を噴出させてその顔にかける。
大平「(笑い出す)」
そして、乱痴気騒ぎの輪に飛び込む。
田中「…よくわからんが」
小人「(びくっとする)」
田中「あれは気にいっているようだ」
小人「(冷や汗を拭う)」
田中「…わしも気に入った」
小人「は?」

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115 撮影所・控え室2
清水、溝口、出ていく。

116 同・構内
溝口「(通りかかった人に)あの、第3ステージってどこでしょうか」

117 同・第3ステージ 来て、入っていく二人。

118 同・中
清水、中の人と押し問答している。
別の組の人「…そんなの知りませんよ」
清水「そんなはずはないでしょう」

119 同・第6ステージ
台本で×印がない場面を開いている扶桑。
扶桑「(黒井にそっと)あとの主役の外人が出てくる場面、どうする?」
小人「頼りにならない奴だな」
と、メガホンをひったくる。
小人「貸せ。
俺が仕切る」
扶桑、呆然としているが、やがてとことことカメラの前に出て行ってハラキリする。
*    *
小人「おアップちょうだい」
と、大平の顔にカメラを向けている。
小人「よーい、スタート」
カメラが回る。
大平「(何もないところに向かって芝居を始める)…私はうれしゅうございます」
田中、その話しかけている所に座る。
すぐその横に台詞を書いたボードが出されている。
大平「(台詞を読む)わたくしは一生あなたさまについていきます」
小人「カット」
後ろでしきりとボードに何か書いていた黒井に向かって 小人「次の台詞はできたか」
黒井「はい」
と、少し離れても読めるように大き く書いた台詞を見せる。
「おまえはわしのものだ」
と、まんがの吹き出しのように田中の真横に出される。
小人「馬鹿、相手の台詞はいいんだ」
大平「もういいです」
小人「いいって、何が」
大平「台詞なしでもなんとか適当にしゃべるから」
小人「そう。
そうしてくれた方が時間が助かるんだけどな…よし、そうしよう。
じゃ、いくよ」
大平「どうぞ」
小人「よーい、スタート」
カメラ、回る。
大平「(田中に向かって言う格好で)…ねえ、もういいかげん別れてくれない? 」
田中、一瞬ぎょっとした表情になる。
大平「いいかげんお金使うのも飽きちゃったしね。
お金しかないっていうのも退屈なものよ」
田中の表情、険しくなる。
大平「(にこやかに)これはお芝居よ、お芝居」
田中、釘をさされた格好で曖昧に笑 う。
大平「十五歳だったっけ? 新しいお相手は」
大平、芝居している芝居を続ける。
田中、青ざめてくる。
けたけた喜んでいる扶桑。

120 同・第3ステージ
もう日が暮れている。
やっと出てくる清水と溝口。
溝口「何やってるんですか」
清水「(聞いていない)こうなったら、片っ端から当たりましょう」
溝口「片っ端からって、どれぐらい(敷地面積が)あると思ってるのかね」
清水「いいから」
溝口、うんざりしている。

121 同・第6ステージ
田中、ゆっくりと立ち上がる。
田中「…帰る」
小人「そうですか」
田中「こいつ(大平)も一緒だ」
小人「え?」

122 同・他のステージ
を当たってまわる清水と溝口。

123 同・第6ステージ
田中、大平を引っ張って出て行こう とする。
小人「ちょっと、そんな無茶な」

124 同・外
近づく清水と溝口。

125 同・中
田中、強引に大平を引っ張って扉を開ける。
小人、その手元に割り込むようにして、外の清水と溝口と鉢合わせする。
あわてる小人。
その間に田中と大平は外に出る。
小人「(態度を一転させ、田中に)どうもご苦労さまでした。
(さらに清水たちに)ご苦労さまでした」
清水「ご苦労って…(わけがわからない)」
小人「気をつけてお帰り下さい」
田中、フィ!と鋭く口笛を吹く。
すっとほとんど間髪を入れずにキャデラックが乗り付けられる。
あまりの早業に呑まれる一同。
浅間が降りてきて、ドアをうやうやしく開け、足元に足拭きを出す。
足拭きを出されると足を乗せてみたくなる、足を乗せると車に乗らないではいられなくなる。
溝口と清水、勢いに乗せられ乗ってしまう。
田中と大平も乗りこんだところで、すうっと出るキャデラック。
冷や汗を拭って中に戻る小人。

126 同・正門(夜)
出ていくキャデラック。
花山「…(まだつったっていて、また置いてけぼりを食う)」

127 同・第6ステージ
黒井「主役がいなくなっちゃって、これからどうするんですか」
小人「泣き言を言うな。
いなけれゃ、他で間に合わせるんだ」

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128 走るキャデラック・中 清水、溝口と言い争っている。
清水「…何か隠しているのがわかったでしょう」
溝口「もういいよ、面倒くさい」
清水「できた映画だけ見てああだこうだ言ってればいいってもんじゃないでしょう」
溝口「(むっとして)中途半端に首をつっこめばいいってものでもないでしょう」
清水「わかりました。
もう頼みません」
田中「(口をはさむ)ところで」
清水「なんです」
田中「いつまで乗ってるのかね」
清水「ここは?」
浅間「3丁目です」
清水「4丁目まで行って」
溝口「私は5丁目」

129 撮影所・第6ステージ
黒井「(団に頼んでいる)…頼むよ。
頭を金髪に脱色して後ろから撮れば、外人の吹き替えになる」
団「かつらじゃだめですか」
黒井「金髪のかつらなんてあるか」
乱痴気騒ぎでみんなばらばらにされてしまっているかつら。
団「女の方はどうします」
黒井「他の女から適当に選ぶ」

130 小人の事務所(夜)
近づく清水。
明かりが消えており、ドアをノックしても返事はない。

131 同・中
鍵が壊れていた窓が外から開けられる。
こっそり入ってくる清水。
机の上を調べ、さらに引き出しの中を調べる。
清水「…(秋月がつっこんだままにした書類を見つける)」

132 撮影所・第6ステージ
三人娘に声をかけてまわる黒井。
ことごとく意地悪するように首を振る。

133 同・控え室1
戻ってきた団、中に人が入っている のに戸惑う。
「あしたからだから、もう荷物運びこんじゃいましたよ」
と、言われ、その荷物の量に圧倒される。
団「あしたの朝九時まではうちのものですよ」

134 同・控え室2
こっちは荷物の代わりに人がすでにごしゃごしゃ入っている。
団、手に持った瓶(脱色剤)を持て余している。
そのラベルの成分表に「アンモニア」
の文字。

135 同・第6ステージ
もう夜半を過ぎている。
疲れてチンケな扮装のままでこっくりこっくり舟を漕いでいる者もちらほら見かける。
団が水の入ったバケツと洗面器と瓶を持ってそっと入ってくる。
瓶の中身を洗面器にあけ、そっと頭につける。
舟を漕いでいた一人がひくひくと鼻を動めかして目をさます。
「なんだ、この臭いは」
「小便か」
「アンモニアの臭いだ」
「これはたまらん」
「風を入れろ」
扉を開けた位では間に合わない。
真っ先に団自身が逃げ出す。
続いて全員外に避難する。

136 同・構内
扶桑「(空しい権威を見せようと)休憩。
休憩」
夜風に吹かれながら、空気が入れ替わるのを待つ一同。
自分から逃げようと真面目な顔で走り回る団。

137 同・第6ステージ
小人がアンモニアをものともせず、布を振り回して空気を入れ替えようとしている。

138 同・構内
脱色したあと洗った頭を拭きながら団が戻ってくる。
髪がパンクロッカーのようにけば立っている。
明かりがさしてくる。
一同、光に誘われて目をあげる。
未明の澄んだ空気の中、本物の富士山に朝日がさしてくる。
インチキな日本趣味で身を固めた一同、なんともいえない顔をしてその威容に見入る。
扶桑、傍らに大平がいるのに気づく。
扶桑「あれ?」
大平「戻ってきちゃった」
扶桑「いいの?」
大平「いいの」
扶桑「一つ聞きたいんだが。
なんで馬鹿の真似してた」
大平「楽だから」
扶桑「あんな芝居して、今のパトロンから別れるつもり?」
大平「別に目覚めたわけじゃないわよ」
小人「(ステージから現れ)続きだ」

139 同・第6ステージ
ぞろぞろ戻ってくる一同。
×   ×
髪を脱色した団の後ろからなめて、 大平を撮っている。
×   ×
×をつけられる台本。
×   ×
撮影が進む。

140 時計
9時を指している。

141 撮影所・第6ステージ
扉が開き、新しい組と入れ違いに出ていく一同。
祭の後。

142 同・正門
ぞろぞろ出ていく一同。
まだつったっている花山。
全員出て行ったあとで、やっととことこ入っていく。

143 小人の事務所
ビラを抱えて出ていく秋月。

144 「白樺」
ひそひそ声で噂している客たち。
客1「…うんと日本を勘違いして描いた映画が来てるんだって」
客2「日本人が嘘ばかり吹き込んだからだっていうよ」
客3「いいじゃない、別に。
小うるせえこと言うなよ」
客4「秘密試写会をやるらしいんだけど、来る?」
客5「…やるのわかってたら、秘密じゃないじゃない」
その話を聞き、くるりと振り向く清水。

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145 小人の事務所
秋月「ただいま」
と、手ぶらになって戻ってくる。
あれ、という表情。
田中がソファに落ちつかずに座っている。
田中「スタジオに戻ったわけだろ」
小人「ええ」
田中「なんでその後がわからないんだ」
小人「撮影が終わって解散したら、誰がどこにいるかなんていちいち分かりません」
田中「もし、あれが見つからなかったら、映画は公開させん」
小人「なんでですか」
田中「わしの恥を天下にさらすことになるじゃないか」
秋月「(口を出す)公開したって、誰もあなたの二号だなんて知りませんよ」
田中「それもそうだが」
秋月「手切れ金なしで別れられたと思えばいいじゃないですか」
田中「そうだが」
きっと小人の方に向き直り、 田中「絶対当てろ。
女は逃げるわ、金は戻らないわで黙っていると思うなよ」

146 前線座・外
ぽつりぽつり集まってくる客たち。
変装した清水が入る。

147 同・客席
アナウンス「…お客さまにご案内申しあげます。
本日の上映は終了いたしましたが、もう一本、新作映画を上映いたします。
ご用とお急ぎでないお客様は、どうぞそのままお席でお待ちください。
なお、上映終了後、簡単なアンケートをとらせていただきますので、ご了承ください」
ぱらぱらよりちょっと上という程度の入り。
清水、妙な顔をする。
溝口が席についている。
溝口も清水に気づくが、互いに会釈も交わさない。
清水、どんとそのすぐ横に座る。
アナウンス「大変長らくお待たせいたしました。
ただいまよりアメリカ映画『江戸のアメリカ人』を上映いたします。
最後までごゆっくりご鑑賞ください」
場内、暗くなる。

148 同・スクリーン
ぐわぁーん、と銅羅が鳴り響き、琴の爪弾きが続く中国風とその他東洋趣味がごちゃごちゃになった音楽。
仏像のアップに文字がだぶる。
“THE AMERICAN IN OEDO” と、原色でタイトルが出る。

149 同・客席
清水、まじまじとスクリーンを見据 えている。
溝口、迷惑そうにしている。

150 同・スクリーン
黒船が沖合いに浮かんでいる。
へたくそで、絵だと一目でわかる。
女の英語のN・字幕「…これは私と、私が愛し、また私を愛したあるアメリカ人との物語です。
私はここにありのまま、包み隠さずに私たちの物語を語ろうと思います。
たとえ、誰も私たちの関係を認めなくても」

151 同・客席
清水「どこでこの試写会のこと聞いたんです」
溝口「どこでも噂になってるよ」
前に座っていた客(四方)「(振り返って)うるさいよ」

152 同・スクリーン

152―1 ゲイシャハウス(カラー)
イォシフが座敷の真ん中につくられた風呂に浸かっている。
湯気だけのインチキ風呂だが、スクリーンに写ると本物臭く見える。
そこに大平がやってきて、いきなりはらりと着物を脱いで風呂桶に入る。

153 同・客席 四方「(失笑する)」

154 同・スクリーン

154―1 ゲイシャハウス(カラー)
N・字幕「…私は彼に身上話をしました」
画面、もやもやとして、回想に入る。
それまでカラーだったのが、白黒になる。

154―2 百姓屋(白黒)
しきりとめそめそしている貧しい姿の大平。
ちゃりん、とその前に小判が投げ出される。
(最初に撮影された白黒フィルムが回想シーンとして使われる) 女買いの声「よし、これであんたはうちの女郎だ」

155 同・客席
清水「な、なによこれ」
溝口「(うるさいな)」
清水「見たことある、ここ」
四方「(振り向く)」
清水「インチキよ、やっぱり。
みんな、だまされちゃ駄目よ」
156 同・スクリーン

156―1 ゲイシャハウス(カラー)
画面、もやもやしてから現在の場面に戻る。
大平「(英語)…日本人の秘密を教えましょう」
イォシフの後ろ姿は団による吹き替え。
どうかしてピントが合うと、髪がけば立っているのでそう分かる。
大平「(英語)私たちは外人が日本を誤解すると喜ぶのです。
日本は特別な国で、ガイジンにそんなに簡単に分かってたまるかと思っているからです」

157 同・スクリーン
の前に現れた清水、手を振って、(見てはいけません!)とゼスチュ アする。
その体をまだらに光が彩る。

158 同・ロビー
仁科にたたき出される清水。

159 同・スクリーン
メ劇終モと出ている。
幕が閉じていく。

160 同・出入口
仁科「お客さん」
と言われているのを無視してぷりぷりした様子で出ていく溝口。
×   ×
西川(男の客)「タイトルでザ・アメリカンっていうのはおかしくないかな。
ア・アメリカンじゃないの?」
東野(女の客)「“ザ”じゃなくて“ジ”。
“ア”じゃなくて“アン”アメリカン」
とか言いながら出てくる。
仁科がアンケートを集めている。
見ていくうちに、花山のように前髪が垂れていく。

161 山本の事務所
仁科「(アンケートを見ながら)ひどい評判ですね」
と、言いながら入ってくる。
清水「当たり前よ」
仁科、不思議そうな顔で室内を見渡す。
山本、小人、秋月、清水がいる。
清水「(山本に)なんでこんなものやるんですか。
もっといい映画をやりなさい」
山本「(うんざりしながら)それを言いに来たんですか」
清水「あなたがこんなものやるから、この人の会社はつぶれないのよ」
山本「つぶれないって、結構なことじゃありませんか」
清水「わざとつぶして金持って逃げるつもりだったのよ」
山本「(顔つきが変わる)…それは、穏やかじゃありませんね。
何か証拠がありますか」
清水「帳簿を見たわ」
秋月「どうやって、ですか」
清水「机の中にあったのを」
秋月「帳簿が机の中にあった時は、部屋の鍵をかけてましたよ」
清水「…そうね」
秋月「忍びこんで読んだんですか」
清水「(しゃあしゃあと)そうよ」
秋月「あっきれた。
あなたのやったことは、れっきとした犯罪ですよ」
清水「(全然悪いと思っていない)あなたたちが悪いことしてるんでしょうが」
秋月「(うんざりしてくる)」
清水「許せないことです」
仁科、腕まくりする。

162 前線座・外
仁科に叩き出される清水。

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163 山本の事務所
小人「お騒がせしました」
山本「しかし」
小人「しかし?」
山本「俺をだしにしたというのは気に入らないね」
小人「…」
山本「もう約束したことだから、収入の配分率を変えろとは言わない。
しかし」
小人「しかし?」
山本「最低保証はしてもらいますよ。
一千万」
小人「そんな」
山本「それ以上売り上げればいいことだ」
小人「二千万以上というのは難しい」
山本「計算が違う。
私の分は4割だから、二千五百万以上だ」
アンケートを読んで、 山本「これではね、保証してもらわないと」

164 小人の事務所
さすがの小人も疲れてソファに沈み こんでいる。
秋月「…厳しいですね」
小人「街の評判はどうだい」
秋月「悪いですよ」
小人「悪いのは分かってる。
評判になってるかどうかだ」
秋月「悪いから、評判になるんです」
小人「…そうだな」
秋月「そうですか」
小人「そうだよ。
評判は、悪いからいいんだ」
小人、力が湧いてきたように立ち上がる。
小人「こうしちゃいられない」

165 電信柱
「国辱映画を許すな」
「市民の力で上映を中止させましょう」
などと貼ってある。
清水、通りかかる。
清水「(それを見ながら)…みんなが味方についてくれてる。頑張らないと」

166 「白樺」
清水「この映画をご存知ですか。
皆さんの力で上映を阻止しましょう」
と、入ってくる客にビラをまいている。

167 電信柱
に「国辱映画を許すな」
のビラを貼っている秋月。
扶桑、小人、その他。

168 小人の事務所
電話をかけまくっている秋月。

169 電信柱
貼る人手がスタッフ・キャスト総出になる。

170 清水
仲間をかき集めて配るビラを分けている。

171 鏡
メイクアップをしている団。
これまでのどれとも違った扮装。

172 青空
をバックに清水と市民たち。
市民の中に団がそ知らぬ顔で混じっている。
清水「歪んだ日本の姿を伝える映画を阻止しましょう」
市民たち「おーっ」
清水「上映中止に追い込んで、日本の明るい未来と希望を築きましょう」
市民たち「おーっ」
清水、青空をバックに、片手を腰に当て、もう片手で遠くを指さす。
「ぼくは負けない」
のポスターそっくりの絵柄。
隣の市民1、同様に未来(?)を指さす。
市民2、同様に指さす。
団一人だけ、指さすふりをしてちょっと肩をすくめナチス式の敬礼をす る。

173 外国映画配給会社・試写室 清水、待ちかまえていて出てくる試写室族にビラを配っている。
溝口も出てきて、ビラを受け取る。
「日本の恥」
「最悪のペテン映画」
とか大書してある。
溝口「あれは外国製でしょう」
清水「わかってませんね、日本製ですよ」
溝口「君こそわかってないな、日本という国は、外国ではまさかと思うぐらい勘違いされてるものだよ。
だから苦労してるんだ」
清水「わからず屋」
と、ぷいと去る。
溝口、手に残されたビラを見る。

174 原稿用紙
の上を「旭日新聞」のネーム入りの鉛筆が走る。

175 鉛板
が組まれる。

176 輪転機
が回る。

177 新聞記事
「対外誤解を助長する困りもの映画」
「本拠地はロスアンゼルスか」
「ニューヨーク説が有力化」
「配給元は作者を明かさず」

178 カットバック
あらゆる罵倒を並べたビラを貼ってまわる小人たちと、ビラを配ってまわる清水、記事を書く溝口他の記者たち。

179 小人の事務所
新聞を広げている。
「旭日新聞」だけでなく「押売新聞」「赤報」「惨警新聞」など、各種揃っている。
小人「これは日本人説、これは外国人説」
と、分類している。
小人「どっちがいいのかな、日本人なのと外国人なのと」
秋月「両方でしょう」
小人「(記事を朗読しだす)…“しかし、このような誤解を日本人は笑うことはできないのではないだろうか。
これはとりもなおさず、日本人が自分達の姿を正しく外国に伝える努力をしてこなかったからに他ならないからだ”」
秋月「(また別のを読む)…“日本人の日本文化に対する理解も、一皮むけばこれと似たりよったりではなかろうか”…反省ばっかりしてますね」
小人「“ことによったら、この作者は実は日本人ではないかと思われる。
だとしたら日本人には珍しいユーモアのセンスといえよう”…ユーモアでやってるんじゃねえや、馬鹿野郎」
新聞をたたむ。
秋月「あしたですね」
小人「(時計を見て)…きょうだ」
と、立ち上がる。

180 前線座・外
見回りに来る小人、秋月。
まだ朝早い。
誰も来ていない。
小人「…(不安になる)」
ガラス板の上にはでかでかと、 「文部省選定」
に×がしてある。

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181 山本の事務所
フィルムの缶を苛立たしげに指で叩いている山本。

182 前線座・外
まだ誰も来ない。
小人「並ぼう」
秋月「…?」
小人「サクラだよ」
秋月、言われた通りに小人と一緒に切符売り場につく。
じりじりするような時が過ぎる。
一人の客がやってきて、列につく。
また一人やってくる。
また一人やってくる。
ゆっくりと、しかし着実に人が集まってくる。
小人「…(落ちついていられない)」
次第に列は長くなっていく。
小人、ふらりと列を離れる。

183 階段
を下りていく小人。
列はだんだん長くなっていく。

184 前線座・外
小人、興奮しながら戻ってくる。
小人「見てみろ!」
秋月、列から離れる。
最初の客、(もうけもうけ)と一歩前に出る。

185 階段
列はもっと長くなっている。
駆け下りる秋月と小人。
けたたましいその足音。
駆け下りる。
駆け下りる。

186 一階
まで列は続いている。
小人、小踊りして秋月に抱きつこうとするが、軽くすかされる。

187 前線座・外 開場になる。
動き出す列。

188 同・ロビー
集まってくる客また客。
飛び込んでくる小人。
中で立っていた山本に抱きつく。
はっと気がついた小人、今度は山本の首を締めあげる。
かと思うとまた抱きつく。

189 階段
団「上映を中止しなさい」
とわめいている。
野次馬をかき集める団。
清水、プラカートを掲げて上っていく。
団もその後を追う。
何事ならんとその後を追っていく野次馬たち。

190 前線座・前
騒いでいる清水たち。
団、プラカードを持ったまま切符売り場につく。
清水「ちょっと。
何やってるの」
彼らが集めてきた野次馬が、そのまま場内に吸い込まれていく。
清水、呆然とその様子を見ている。

191 山本の事務所
山本「(電話を受けている)…うん、うん」
と、言いながら数字をメモっている。

 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16


192 前線座・外 一人で立っている清水。
小人、出てくる。
清水「なんですか」
小人、大入り袋を清水に渡す。
小人「いずれ、利益配分が行きます」
くるりと踵を返す。
プラカードと大入り袋を持ったままの清水。

193 同・スクリーン

193―1 白い塀の前(白黒)
団が大勢の捕り手に囲まれる。
(O・L)

193―2 ゲイシャハウス(カラー)
イォシフと大平が湯に浸かっている。
イォシフ「(英語)…それで、その人はどうなったのですか」
団「(英語)わかりません。
生きているのか、死んでいるのか」
と、よよと泣き崩れる。
ぬっとその後ろに団が現れる。
団「(日本語)マリコ!」
大平「(日本語)生きていたの!」

194 同・客席
失笑が漏れる。

195 同・スクリーン

195―1 ゲイシャハウス(カラー)
イォシフ「(突然日本語)よかったよかった」
大平「(日本語)これもみんなあなたのおかげです。
ありがとうございました」
団「お祝いにぱあっといこうっ」

195―2 乱痴気騒ぎ(カラー)
演出抜きで撮られたもの。

196 同・客席 失笑の連続になる。

197 同・スクリーン
団が七変化を見せている。

198 同・出入口
団が出てくる。
その姿がストップモーションになり、タイトルがかぶさる。
「団裕仁 その後役者を引退し、美容室を経営」

199 スクリーン
上は鎧、下は赤フンの赤沢。

200 出入口
赤沢が出てくる。
同じくストップモーションになり、タイトルがかぶさる。
「赤沢陽一 役者を引退し、おでん屋を経営」

201 タイトル
以下、スクリーン上の姿とフィナーレ風に前線座を出てくる姿とタイトルの繰り返し。
「福田香子 のち長谷川香子 ラーメン屋調理係」
「山崎秀子 のち赤沢秀子 おでん屋調理係」
「広瀬康子 書道塾経営」
「大平 茜 渡米後、消息不明」
「イォシフ・ビサリオノビッチ・シュガシビリ 消息不明」

202 エンドタイトル
その他の登場人物のメその後モと共に流れる。
「扶桑和人 テレビ映画監督に転身。
その後プロダクション役員」
「花山修 古本屋店主」
「清水道子 市会議員。
参議院議員4回立候補4回落選」
「溝口秀夫 県立博物館館長」
「トニー早川 本名早川健一 のち日本を出て外人部隊入隊、その後消息不明」
「山本三助 10軒のパチンコ屋を経営」
「田中 勲 28人目の愛人と同衾中、死亡」
「宮下孝三 占い師」
「黒井 徹 家業の煎餅屋を継ぐ」
「秋月令子 経営コンサルタント」
「小人富雄 日本文化評論家」
<終>

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先日、東京三菱銀行の支店合併で通帳を書き換えたと思ったら、もうUFJ銀行との合併だときた。もう、ややこしくていけない。
せっかく預金を分けていたのに、合併で意味がなくなったと怒ってた知人あり。
郵政民営化が実現したら、これを上回る巨大金融機関が誕生することになる。そうなったらどうなるのか、実はマトモな議論はまるで行われていない。
マスコミはこれで否決されて解散総選挙になる(それから民主党が政権を取る)のを待ち望んでいるみたいだが、いいかげんなもんだ、相変わらず。

久しぶりにインド料理店でマトンカレーを食べる。羊は臭みが強い(ということになっているが、正直抵抗を覚えたことは一度もない)からか、かなり辛味が強い。暑い中で大汗をかく。でかいナンとラッシーとセットで950円はリーズナブル。

大江健三郎の「ピンチランナー調書」と「万延元年のフットボール」を続けて読む。やはり理解できず。


ロボットにキャラクターがないのね。ただの操り人形で。
だからキャラクターの感情が動くからストーリーが動くってわけではなくて、じゃあなんで動くのかというとなんとなく引きこもりとか親子愛とか友情とかいった出来合いの口実でむりやり動かしているから、スジがてんでつながらないのですよ。バラバラのキヤラクターも散見するし。だから見ていて、全然ノレない。
(☆☆★★)



HINOKIO - Amazon

岡田准一主演のせいか、場内は9割がた女性客。だけど、娘を傷つけられたダメオヤジが腕っぷしの強い在日の高校生にケンカを教わって復讐を果たすって内容は、どっちかというと男が見るものだぞ。堤真一の妻娘以外、女の登場人物いないし。

主役二人がきちんと体を使っているのは見もの。主人公を応援している男たちの描き方が、べたつかなくていい。
クライマックスの決闘シーン、西部劇ばりにタンブルウィード(日本にンなものあるか)が転がっていく遊びにはニヤリとさせられた。
全体にやたらと人工的な空間が目立つのは、ちょっと違和感がある。

監督が痴漢やってたというのが報道された後に見たので、どうも入り込むのに邪魔が入って困った。ツマらんことしてくれたもの。
(☆☆☆)



フライ,ダディ,フライ - Amazon

リンゴ・スターが製作・監督したT-Rexのライブ。ライブの間にはさまるスケッチが「マジカル・ミステリー・ツアー」風のヌルいファンタジー(?)で、まるで異質。
吉祥寺バウスシアターのライブ音響システムによる終わると耳がキーンとくるくらいの爆音上映。もっとも、本物のロックのライブはもっと凄いが。

「ゲット・イット・オン」でマーク・ボランがピック代わりにタンバリンでギターを弾きまくるエキサイトぶり。
客を抑え込もうとする警備員の爺さんがいかにも不機嫌なのが可笑しい。じいっとステージを崇拝の目で見ている若者が恐い。


月刊現代で、NHKに政治圧力がかかって番組内容を変更したか、について流出した朝日の取材メモをもとにフリージャーナリストの魚住昭が書いた記事というのが出た。
読んでみたら、これがほとんど(22ページ中12ページ)取材メモの引用でできていて、内容そのものの大意はこれまで出てきたことと(当然ながら)大差ない。それ以外新しいネタがあるわけでもない。
「これでもシラをきるのか」などと煽るのは、羊頭狗肉というもの。それで、

「中川氏との面会が放送前だったかどうかとか、安倍氏がNHK側を呼びつけたかどうかといったことは、さして本質的な問題ではないと言っていい」(魚住)

と主張するのは「どこがだ」と言いたくなる。ザツなこと言うなあ。

念のために言っておくけれど、NHKが政治に弱いとか、あからさまに圧力をかけられなくても“自主的”に変更を加えるということはあるだろうと思っている。だけど、この程度の取材の裏付けでそれを告発しようというのは、無理というもの。

それにしても、変な事態だ。朝日では書けないからリークして外部のジャーナリストに書かせたということか?

この著者のものとしては、「野中広務 差別と権力」を読んだことがある。別に野中自身秘密にしているわけではないが、部落出身であることをあからさまに書かれて、家族がどれくらい傷付いたと思っているのですかと怒られた、というくだりがあったのを覚えている。
「書かずにはいられない、業のようなものがある」のだそうですが。

自民役員 朝日の取材拒否 会見以外、自粛を要請(毎日新聞)

朝日NHK問題


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