コピペ日記

備忘録・メモ代わりです。意見はごく少々。

カテゴリ : ビューティ・パーラー(シナリオ)

○ 登場人物

笈出健夫(24) … 修行中の美容師・独立を画策中
畠山晴海(32)… 笈出の師匠の人気美容師
卯川つばさ(26)… 人気タレント・本格的俳優志望・畠山の顧客
和田正子(53)… 羽島が所属している事務所の社長
秋月美幸(22)… 羽島の熱狂的なファン
小牧奈美(31)… 有閑マダム
野村久英(36) … 羽島が嫌っているのに関係が噂されている男
犬山… 芸能レポーター
鮫島… カメラマン
取材陣たち
試案・このうち卯川と秋月は同じ俳優が演じる。

○ 美容室“ノア”(夜)
以下の情景にタイトルが被る。
住宅地近くのちょっと人通りが途切れた閑静な一角。
だがここだけは女性たちがしきりと出入りしていて、いかにも華やいだ雰囲気だ。
瀟洒な外装、ぐるりはマジックミラーになっていて、出てきた客たちは改めて自分の姿を写してヘアメイクの出来栄えを確認したりしている。
外壁の一部がたとえば縦4横3に積まれたブラウン管のディスプレイになっていて、そこにテレビに出て作業中の美容師の姿(畠山晴海・30)がずらりと並べて写されている。
店の中では、実物の畠山が忙しく助手たちを動かしながら立ち働いている。
畠山、凝った金色の細工を施した取っ手がついたハサミを操っている。
助手の中でも特にまめまめしく働く笈出健夫(26)。
笈出、自分の仕事を畠山に見てもらい、OKをもらう。
すでに店の一角を任されているといった感じだ。
てんてこまいの情景が続いて…   ×     ×
閉店後、最後まで居残って後かたづけをしている笈出。
畠山「(帰り支度をしながら)おい、あした出てこられるか」
笈出「はい」
畠山「備品の点検しておいてくれないか。このところ忙しすぎて目が行き届かなくなってるから」
笈出「先生は一日お台場ですか」
畠山「多分な。カメラの前と後ろを往復させられちゃ、時間とられていけない。定休日つぶされるんじゃたまらないよ」
と、言いながらまんざらでもない様子。
笈出「お帰りは」
畠山「こっちには寄らない。じゃ」
と、表から帰っていく。
笈出、ディスプレイのテレビを消し、表の戸締まりをして、カーテンを閉める。
各種の点検を終え、電気を消して、奥に向かう。

○ 同・奥の更衣室
で着替え、従業員用の裏口から出ていき、戸締まりして去る笈出。
店と更衣室の間は、カーテンで仕切られて見通しはきかない。
以上で、タイトル終わる。

○ 表(昼前)
店の表戸を覆うマジックミラーは、昼間は外が明るいので中が半ば透けて見えるが、カーテンが下がっているので、中を見ることはできない。
そのカーテンが、舞台の幕を開けるように開かれる。
開けたのは、笈出だ。
店の中にも外にも他に人影はない。
それからガラス戸を開け、店の外もきれいに箒で掃く。
手慣れた、しかし手抜きのない動作。
外の掃除を終えた笈出について、カメラも店の中に入る。

○ 店
こちらも掃除する笈出。
壁にはファッション雑誌がずらりと並べられ、その過半で表紙は同じモデルだ。
写真の傍らに踊る“卯川つばさ”の文字。
笈出、掃除に続いて備品の点検も済ませる。
作業が一段落した笈出がふっと上の方の壁を見上げると、何を思ったのか奥に引っ込む。
見上げられた壁には、各種のコンクールの賞状が並び、畠山の大判の写真も額に入れて飾られている。
さらにその横に畠山に世話してもらっている卯川とツーショットで写っている写真もある。
奥から戻ってきた笈出、手にした自分の写真をその畠山の部分に隠すようにかぶせる。
畠山に成り変わって笈出が卯川と並んでいるような図になる。
さらに紙筒から出してきた賞状を、畠山の賞状の上にかぶせる。
笈出「(静かに、しかし決然とした調子で)今に見てろ」
そしてまた自分の写真と賞状をしまう。
さらに、ビデオも持ってきて、外のディスプレイ用のビデオデッキからテープをとりだし、自分のに差し替える。

○ 表
に出て、人通りがないのを確かめてからリモコンで再生する。
白じらとした昼の光の中に、卯川を担当している笈出の映像が並ぶ。
店で担当しているところを家庭用ホームビデオで撮ったものらしく、映像の質はぱっとしない。
笈出「(首を傾げ)これだけじゃ、やっぱり見劣りするな」
遠くから誰かやってくる気配がするので、笈出はビデオを止め、店内に戻る。

○ 店
笈出、いったんガラス戸を閉め、カーテンを閉める。
そして、店内の鏡に写った自分の姿を食い入るようにじっと見る。
カメラ、笈出とともに鏡の中をじっとのぞき込む。
そして、ゆっくりと接近し、ついには鏡面を突き抜け、その向こう側に行ってしまう。
○ 鏡の中の世界(左右逆)
そこには、見る者の願望や本音がある。
華やかな店内で、助手たちを率いてさっそうと自信に満ちて卯川の世話をしている笈出。
押し掛けてきている女性客たち。
外のディスプレイに写し出されている笈出の姿。
華やかさでは畠山のそれを上回って、しかしセンスは違う世界。
それに酔っている笈出。
突然、幻想がチャイムの音でぶち切られる。

○ 店
ガラス戸の外のチャイムが鳴らされている。
笈出が出ていくと、外に雑誌記者(犬山)が立っている。
犬山「すみません、GOSHIP WEEKLYの犬山といいますが、卯川つばささんいますか。よく来てるでしょ」
笈出「(木で鼻をくくったように)今日は定休日です」
犬山「じゃあ、畠山さんいますか」
笈出「今、留守です」
犬山「どこにいますか」
笈出「申せません」
犬山「ふーん…(不満そうに)失礼しました」
と、ぷいと行ってしまう。
笈出「なんだ、あいつ」
と、奥に戻り、更衣室に入る。

○ 更衣室
自分の賞状と写真をロッカーにしまう。
裏口がノックされる。
笈出「なんだ?」
と、出ると、別の記者(鮫島)が立っている。
鮫島「すみません、○○WEEKLYの鮫島といいますが、卯川つばささんいますか」
笈出「卯川さん?」
鮫島「よく来てるでしょ」
笈出「(少しうんざりして)今日は定休日です」
鮫島「ここの看板みたいな人じゃないですか」
笈出「看板って…」
鮫島「卯川さん人気に乗らなかったらここも人気出なかったでしょ」
笈出「(むっとして)とにかく、いません」
鮫島「じゃあ、畠山さんいますか」
笈出「今、留守です」
鮫島「どこにいますか」
笈出「申せません」
鮫島「ふーん…一緒じゃないんですか」
笈出「そうとは限りません」
鮫島「何か店の中以外のおつきあいとかはありませんか。畠山さんと卯川さん」
笈出「存じません。あなたがた、何調べてるんですか」
鮫島「(怪訝に)あなたがた?他に誰かここに来たんですか」
笈出「(怪訝に)来ましたよ。知らないんですか」
鮫島「(舌うちする)ちっ…、失礼」
さっさと行ってしまう。
笈出「本当に失礼だ」
戸をぴしゃりと閉める。

○ 店
に出てくる笈出。
と、表の戸が外から勝手に開けられたのであわてて駆け寄る。
笈出「すみません、定休日です」
と、軽薄な感じの男(野村久英・32)が入りかけてくるのを押しとどめる。
野村「すみません、卯川つばささんいますか」
笈出「(うんざりして)いませんっ」
野村「あの、会いたいんです」
笈出「ここにいても会えませんよ」
野村「(聞いてない)あの、僕、彼女を愛してるんです。
心から愛してるんです。
だから、会わせて下さい」
笈出「(警戒して)あなた、ストーカーみたいなこと言いますね」
野村「ストーカー? (むきになって)とんでもないっ。僕は彼女につきまとったりしてません。携帯の番号だって知らないし、今の居場所も知らないんだから。あ、僕、野村といいます。野村久英」
笈出「それって、単に相手にされてないだけじゃないんですか」
野村「とんでもないっ、彼女に聞いてもらえればわかります。一緒に食事したレストランの名前だって、全部言えます。
先月の20日には“カモッラ”で、27日は“ラ・ストゥアーダ”で、今月10日は“宇の丸”で…」
笈出「(まだ続けそうなのを抑えて)アリバイを聞いてるんじゃありませんよ」
野村「とにかく、本当に愛してるんです。だから彼女の意志を尊重して、携帯の番号も強いては聞かないでいるんだから。(妙に胸を張って)紳士でしょう」
笈出「とにかく、いないといったらいないんです。邪魔になるから、帰って下さい」
と、強引に押し出す。
未練たらしいが、やがて去る野村。
笈出「(首を傾げ)どうなってるんだ」
ふと、悪い予感がして、更衣室に向かう。

○ 更衣室
裏口の前に来る笈出。
と、それを待っていたように戸がノックされる。
笈出「(がくっと来て)悪い予感というのは、どうして当たるのかな」
と、ドアを開けると、強引に男が押し入ってくる。
笈出「何…」
と押し返しかけて、相手が隠している顔をのぞき込み、ふっと力を抜き侵入を許す。
帽子をかぶり、サングラスをかけ、まるで人相がわからなくしている男。
笈出、しかし誰だかわかった様子で急いで裏口に鍵をかける。
それから男を置いて、店に出る。

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○ 店
こちらも手早く表のガラス戸に鍵をかけ、カーテンを閉める。
笈出「(更衣室に向かって声をかける)大丈夫、出てきていいですよ」
男がゆっくりと姿を現す。
やがて警戒を解き、帽子とサングラスを取る。
男装した卯川つばさが姿を現した。
卯川「畠山さんは」
笈出「外出中です」
卯川「いつ帰ります」
笈出「今日は戻りません」
卯川「そうですか…(そわそわしている)」
笈出「さっきから探している人が何人もいますよ」
卯川「(ぎくっとして)お願い、知らせないで」
笈出「もちろん」
卯川「誤解してもらわないでほしいのだけど」
笈出「はい」
卯川「(口ごもる)なんといったらいいか…」
笈出「落ちついて。ちょっと待ってください」
と、押しとどめて、店の中の照明を全開にし、CDをかける。
精神をリラックスさせる音が再生される。
客がいないことを除けば、開店中とあまり変わらない雰囲気になる。
そして、卯川を椅子にまっすぐかけさせて汗を拭き、それが済んだらさらにそっと頭から肩にかけて一心にマッサージする。
やがて気持ち良さそうに落ちついてくる卯川。
卯川「(大きく息を吐く)あーっ」
笈出「失礼ですけど」
卯川「はい」
笈出「しばらくここにいたらどうですか。なんだったら臨時休業にしてもいいです」
卯川「え、そんな。
いいですよ」
笈出「いえ、いつもお世話になってますから」
卯川「そんな大したことじゃないんですよ。ただ…」
笈出「ただ?」
卯川「(口ごもる)」
笈出「(先手をとる)火のないところに煙が立ってるだけですか」
卯川「(勢いこんで)もちろんそうなんだけど、それだけじゃなくて」
笈出「はい」
卯川「…畠山さんから何か聞いてませんか」
笈出「何も聞いてません。
畠山はお客さまの話を口外したりしません。
私にもです」
決然とした調子を示すため、卯川の正面にまわる。
笈出「そして私もお客さまの話を口外したりはしません」
卯川「(意を決して)実は…事務所から独立するつもりなんです。あ、誤解しないで欲しいんですけど、待遇に不満があるわけじゃないんです。和田社長にはとてもお世話になったし。ただ、どうしても事務所を通じてだと来る仕事がこれまでの義理とかしがらみが優先して、なかなかやりたいことができないから」
笈出「わかります…ところで、やりたいことって、なんですか」
卯川「芝居ですね。
きちっとした演技がしたい。
笈出「…そうですか」
卯川「(にやっとして)芝居なんてできるのか、と思ってますね」
笈出「いえ、そんな」
卯川「いいんですよ。
今まで腕見せる機会なかったんだし」
笈出「応援しますよ」
卯川「だけど、話がまとまる前に漏れると、まとまる話もまとまらなくなるから」
笈出「なるほど」
卯川「ましてマスコミにあることないこと書き立てられたら」
笈出「(媚びる)ないことないこと、じゃないんですか」
卯川「(調子を合わせる)そう、そうです」
笈出「(かまをかける)野村とか名乗ってましたけど」
卯川「(ぎょっとする)来たんですか、ここに」
笈出「たった今、表に。まだいるかもしれない。裏から来たのは、運がよかったみたいですね」
卯川「どうしよう…」
笈出「だいじょうぶですよ。ここにいれば」
卯川「そうもいきません。失礼しないと」
笈出「だけど、本当に行ったかどうか確かめてからの方がいいですよ」
卯川「そうですね」
笈出「…もしかして、ストーカーですか」
卯川「いえ、それほどでも」
笈出「それほどでもって、あなたが遠慮してどうするんですか。一緒に食事したとか言ってましたけど」
卯川「確かに…(自分から言い出す)社長が世話になっている人の息子なんですよ。
その義理で一緒に食事しただけで。それも他の人と一緒に」
笈出「ははあ。…それで無理につきまとう必要はないってわけか」
卯川「つきまとうって、それほど危ないとは思いませんが」
笈出「どうですかね。“愛してる”って言ってましたよ」
卯川「(ひっくり返りそうになる)な、なんですって」
笈出「あなたには言ってないんですか」
卯川「あたしは聞いてない」
笈出「雑誌記者も二人来ましたけど、何を聞きつけたのか」
卯川「(ぶつぶつ言う)だから義理で仕事するのは嫌なんだ」
笈出「とにかく、しばらくここにいるといいですよ。私が必ず守ってみせます」
卯川「ありがと」
笈出、畠山が使っていた金色の取っ手がついたハサミを手にする。
卯川「今日はゆっくりできますね」
その時、また表のチャイムが鳴らされる。
びくっとする卯川。
笈出「念のため、奥に隠れてて」
と、ハサミを胸ポケットにしまう。
言われた通り、更衣室に隠れる卯川。
笈出が出て行ってカーテンを引くと、すでにきれいに装った妙齢の婦人が外に立っている。
笈出「(それを見て)あ、小牧さま」
小牧「(常連の余裕)早かったかしら」
笈出、やむをえず鍵を開けて戸を細目に開く。
笈出「申し訳ございません、今日は定休日でございます」
小牧「え、そうなの?でもあなたいるじゃない」
笈出「休日出勤です」
小牧「畠山先生は?」
笈出「出張しておりまして」
小牧「ふーん。
相変わらず忙しいんだ」
笈出「はい」
小牧「(声をひそめ)ね、無理言って悪いんだけど、今できない。
準備整ってるみたいじゃない」
笈出「え、でも先生はおりませんが」
小牧「ここに来る客には、畠山さんのファンだけじゃなくて、結構あんたのファンも多いのよ」
笈出「(挨拶に困るが)恐れいります」
小牧「ね、特別にお願いできないかしら」
と、蟲惑的な目で見る。
笈出「(ちょっとぐらっとなりかける)」
が、小牧の背後にふと行った視線が思わず釘付けになる。
野村がまたふらふらと戻ってきたからだ。
小牧「いつもひいきにしてるじゃない」
笈出「…(うわの空)」
野村、小牧の背後に立って笈出を見ている。
小牧「ねえったら」
笈出「…え?」
小牧「人の話聞いてるの?」
と、言いながら、笈出の視線を追って振り返る。
そして野村の顔を見る。
そ知らぬ調子でそっぽを向こうとする野村。
小牧「(その顔をしげしげと眺め)…あ、野村さん。野村久英」
野村、笈出、ともにびっくりする。
    ×     ×
更衣室で聞き耳を立てていた卯川、やはり驚く。
    ×     ×
野村「なんで、知ってるんですか」
小牧「だって」
と、携帯を出してディスプレイを見せる。
野村の顔が小さく出ている。
小牧「卯川つばさと熱愛中なんですって?」
野村「なんですか、これっ」
小牧「そういう噂が流れてるけど、本当?」
野村「嘘ですよ、冗談じゃない。ちょっと(と、ディスプレイをしげしげと眺め)これはカモッラで食事したときの格好だ。いつのまに」
小牧「さあ、卯川つばさ関連の情報を集めてたらひっかかってきただけだけど。
ファンの誰かが撮って流したんでしょうね。で、本当なの?」
野村「食事しただけですよ。失礼」
と、そそくさと去っていく。
小牧「もう一つ、熱愛説はデマだっていう噂もあるんだけど…」
と、好奇心にかられて追っていく。
野村「冗談じゃないっ。
デマばかりっ…」
騒ぎながら小さくなっていく二人。
笈出、これ幸いと戸を閉めて鍵をかけカーテンを引く。
笈出「出てきていいですよ」
しかし、卯川は引っ込んだまま出てこない。
傍らの従業員用のロッカーの取っ手に手をかけ、今にもその中に隠れそうな雰囲気だ。
笈出「大丈夫ですって」
その時、裏口のドアががちゃがちゃと音をたてる。
あわててロッカーに隠れる卯川。
笈出、急いでドアのそばに来る。
と、ドアの鍵が開き…畠山が入ってくる。
畠山「(笈出の顔を見て)なんで鍵なんてかけてあるんだ?」
笈出「(うろたえて)今日は戻ってこないと思いましたが」
畠山「ドタキャンでね。人を馬鹿にしている」
畠山、笈出の胸ポケットから突き出ている金色のハサミの取っ手に目をやる。
畠山「おい、それ勝手に使う奴があるか」
笈出「すみません」
と、出して畠山に返す。
畠山「特注なんだぞ。知らないわけじゃないだろう」
笈出「すみません」
畠山「まったく…」
と、店に出る。
畠山「なんでカーテンを閉め切ってるんだ」
と、つかつかと止める間もなく表の戸に近寄ってカーテンを開けてしまう。
すると、丁度外には小牧がいつのまにか来ており、ばったり顔を合わせてしまう。
小牧、屈託なくヤッホーと手を振る。
笈出も表にとんでくる。
笈出「カーテンを閉めてください」
畠山「なんでだい」
と、戸を開けて応対する。
小牧「お休み?」
畠山「そのつもりでしたが、手が空きましたので、どうぞ」
と、小牧を招き入れる。
笈出「(小声で)ちょ、ちょっと先生」
畠山「どうした」
笈出「まずいですよ」
畠山「どうして。準備してないのか」
笈出「準備は万端ですけど、人に見られるとまずいことが」
畠山「何を言ってるんだ。いいから準備しろ。途中で腰を折られたみたいで、仕事したくてうずうずしてるんだ。(小牧に)どうぞこちらに」
と、小牧を招き入れる。
笈出は困るが、習慣化した動作で畠山に先んじて小牧の世話を始めようとする。
小牧「あ、どうせなら先生にお願いできます?」
笈出「(むっとする)」
小牧「他にお客もいませんし。独占できるなんて、滅多にない機会ですもの」
笈出、肩をすくめて離れる。
小牧「(笈出に)その卯川つばさが表紙のをとってちょうだい」
と、雑誌の棚を示す。
笈出「どうぞ」
と、雑誌を取って小牧に渡す。
ぱらぱらとめくって卯川のグラビアに見入る小牧。
それから、目を上げて正面の鏡をじっと見やる。

○ 鏡の中
の小牧の顔…、それがすうっと卯川の顔に変容する。
小牧(卯川)「…(ふと、横を見て)あ、卯川つばさ」

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○ 店
笈出が秋月を、畠山が小牧をそれぞれ担当している。
いつしか互いに競争心が生まれてきて、作業に熱が入ってくる。
やがて、かなり形が整ってくる。
小牧「(隣を一瞥し)お弟子さん、腕を上げたわね」
畠山「(むっとする)」
小牧「(秋月にあえて余裕を見せて)お似合いよ」
秋月「どうも。
(笈出に)でも、もう少し似せられないかしら」
笈出「うーん、しかしお客さまなりのセンスというものを大切になさった方が」
秋月「(断固とした調子で)いいえ、あたしのセンスなんてどうでもいいんです。
とにかく卯川つばさになりたいんだから」
笈出「(困る)うーん」
秋月「元が違うから無理ですか。身の程を知れとおっしゃるんですか(厳しい突っ込み)」
笈出「いえ、そんなこと」
秋月「でしたら、唇、もう少し大きく見せられませんか」
笈出「そんなに卯川つばさは大きくありませんよ」
秋月「いいえ、大きいですよ」
と、グラビアを示す。
笈出「写真と実物は違って見えるから。
私は実物をお世話してますから」
秋月「そうですか?」
笈出「任せて下さい」
畠山「(横から口を出す)もう少し赤かったと思うよ」
笈出「えーっ?」
小牧「(これまた口を出す)あたしはそれでいいと思うけど」
笈出「ちょっと待って下さい」
混乱して一歩引く。
笈出「失礼」
と、更衣室に引っ込む。

○ 更衣室
ロッカーを開ける笈出。
中で暑苦しそうにしている卯川。
卯川「(声に出さないで)何・し・て・る・の・よっ」
文句を言う。
しーっ、と静かにするよう指示してか、しげしげとその眉を確認してから、またばたんと扉を閉めて踵を返す。

○ 店
笈出「(戻ってきて)失礼しました。お直しいたします」
と、修正を開始する。
笈出「(やがて)…いかがでしょう」
と、見せる。
秋月「(しげしげと見て)いいですね…でも」
笈出「(身構える)」
畠山、聞こえないふりをして黙々と作業している。
秋月「眉はもっと細かったでしょう」
笈出「…(じっと考え)ちょっと失礼」
と、また更衣室に引っ込む。

○ 更衣室
また実物の卯川を参照しようとするが、かなり汗をかいてそれを拭いているのでどんな風になっているのか確認しにくい。
笈出「(小声で)いつも眉このくらいの細さですか」
卯川「(困って)そんなこと、いきなり聞かれても…」
笈出「覚えてないんですか」
卯川「鏡も見ないでわかりませんよっ」
笈出、手鏡を持ってくる。
卯川「(不機嫌になってくる)そんなのじゃ」
笈出「(困る)」
卯川「いつまでここに押し込めておくんですか」
笈出「あと少しだけ」
卯川「少しっていつまで…あ」
と、笈出の後ろを注視する。
カーテンが閉まる音がするので、振り向く笈出。
畠山が立っている。
畠山「(小声で)なんでこんなところに」
卯川「事情は後で。とにかくかくまって」
畠山「(笈出に)どういうことなんだ」
笈出「(やむをえず)マスコミに追われてるんですよ」
畠山「いつものことじゃないか。待てよ。スキャンダルか。まさか、おまえ、変なちょっかい出してるんじゃなかろうな」
と、じろりと笈出を見る。
笈出「冗談じゃありません。そんな、お客さまはお客さまで」
卯川「店に誰かいるの?」
畠山「お客さまが、二人」
笈出「お二人とも、あなたみたいにしてくれって」
畠山「(笈出に)それで見本を見に来てたのか?」
卯川「見本って…(当惑する)」
畠山「あ、失礼しました」
笈出「(びくっと裏口をうかがう)…誰かいる」
ぴたりと口を閉ざす卯川。
畠山、ロッカーの扉を閉めて卯川を隠す。
笈出、さりげなく裏口に近づいて、いきなり開ける。
外で犬山が聞き耳を立てている。
笈出「何してるんだっ」
犬山「いえ…(にっこり笑って)ちょっと盗み聞き」
笈出「開き直るなよ」
犬山「(背後の畠山に手を振って)やあ、いらっしゃったんですか。さっきは留守だとうかがいましたが」
畠山「(撫然として)ドタキャンだよ。この業界じゃよくあることだ」
犬山「どっちの業界です。マスコミですか、美容師ですか」
畠山「違いなんてあるのか」
犬山「(いきなり)あっ、卯川つばさ」
畠山、笈出、どきっとする。
犬山「卯川さん、失礼しますっ」
と、その隙を突いてどかどかと上がりこんでくる。
畠山、思わずロッカーを身体でかばうようにする。
笈出もロッカーの方に注意が行く。
犬山「お話を聞かせて下さいっ」
ところが、そういいながら向かったのは、店の方。
不意を突かれた格好で、侵入を許してしまう。

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○ 店
に入ってくる犬山。
卯川に似せた二人が並んでいるので世にも怪訝な顔をしてじいっと見る。
それでも足りずに、雑誌の表紙と比べて見る。
笈出、続いて入ってくる。
笈出「誰が卯川つばさだって?」
犬山「違う…ようですね」
笈出「ようじゃない、実際違うんだ」
犬山「失礼しました」
と、裏口に戻ろうとする。
畠山「(更衣室から出てきて立ち塞がり)戻らなくていい。表から出ていくといい」
笈出「ご苦労さま」
と、二人して追い出す。
興味津々とした感じでこの騒動を眺めている小牧、秋月。
畠山「(振り向いて)すみません、ばたばたして」
小牧「今の人、見たことある。テレビによく出てるでしょ」
畠山「出てるんじゃなくて、芸能人の回りにまとわりついて、ついでに写ってるだけです」
笈出が、カーテンから覗いていると、犬山は道を隔てた物陰に隠れて見張るのをやめない。
笈出「しつこいな」
秋月「(声をかける)ちょっと」
畠山「すみません、ちょっと待って下さい」
秋月「そうじゃなくて、ちょっと」
畠山「(少し面倒くさそうに振り返って)なんでしょう」
秋月「奥で変な音がしますよ」
笈出、畠山、顔を見合わせる。
慌てて店の客たちのそばを横切り、控え室に飛び込む。

○ 更衣室
鮫島がロッカーを端から開け放ち、覗いてまわっている。
笈出「(飛び込んで来て)何してるっ」
鮫島「すぐ終わりますから」
笈出「警察を呼ぶぞ。いくらなんでもやりすぎだ」
鮫島が卯川の隠れているロッカーの取っ手に手をかける。
笈出「(声を励まし)今、すぐ、そこから離れろ」
鮫島、手をかけたポーズで動かなくなる。
扉が少し飛び出ていて、鍵がかかっていないのは一目瞭然だ。
笈出「(畠山を呼ぶ)来て下さいっ、泥棒ですっ」
畠山「(おっとり刀で現われ)何してるっ、俺の店から出て行けっ」
にらみ合う鮫島と、畠山・笈出。
その時、店から暢気な女の声がする。
「ねえ、まだー?」
畠山「すみません」
笈出「すぐすみます」
鮫島「…じゃあ、すぐすませましょう」
えいと扉を開ける。
と、中には誰もいない。
驚いたのは、鮫島よりむしろ笈出と畠山の方だ。
鮫島、焦って他のロッカーもチェックする。
笈出と畠山、どうなっているのかわからず黙って見ている。
鮫島、引っ込みがつかなくなり、かけてある服の陰なども調べる。
しまいには、机の引き出しまで開けて見る。
鮫島「(それ以上調べる場所がなくなり)…失礼しました」
畠山「(せいぜい動揺を隠して)さっさと出ていけ」
そそくさと裏口から出ていく鮫島。
笈出、急いで鍵をかけ、振り向き、畠山と顔を合わせる。
畠山「…どこに行ったんだ?」
笈出、鮫島がもう調べたロッカーをまた開けて見る。
もちろん、中には誰もいない。
畠山「(笈出を詰問するように)どうやって消したんだ」
笈出「知りませんよ。私は手品師じゃありません」
あたりをチェックする笈出。
笈出「あれ?」
メイクを落とすのに使った脱脂綿が散らばっている。
再びロッカーの中を見て、携帯用メイクセットとさっき卯川に渡した手鏡を見つけて引っ張り出す。
畠山「(セットを見て)こんなもの、あったか?」
また、店から甘えたような声。
「ねえーっ」
畠山「注文の多いお客さまだ」
二人、店に出ていく。

○ 店
出てきた二人、怪訝な顔。
よく見ると、店の客が二人から三人に増えている。
端から見ていく笈出。
秋月と、小牧と… 小牧が呼んだのかと思うと、目をつぶって半分寝ているみたいだ。
澄ました顔で座っているのは、卯川だ。
汗でメイクがはがれたところに、素早く新しく別人のようなメイクを施し、そのままそ知らぬ顔で店に客のような顔で出てきたのだ。
唖然としている笈出、畠山。
畠山「何をなさってるんですか、卯川…」
笈出「(それにかぶせて)卯川つばさが三人いますねっ」
畠山「?…(怪訝な顔)」
卯川「(にっこり笑って)よく似てるって言われます」
小牧「(対抗意識をくすぐられて目をさまし)…そうですか?」
卯川「目元なんて、そっくりだって」
小牧「お宅さまの方が、もっと柔らかいというか、トロンとしていると思いますけれど」
卯川「あら、お宅さまの方こそよく似ていらっしゃるわ」
小牧「まあ、似てるからいいというものでもないのですけれど」
卯川「そうですね。人それぞれですから」
と、自分が表紙になった雑誌を開く。
秋月、不思議そうにちらちらと卯川をうかがっている。
笈出、さりげなく、しかし急いでタオルを卯川の顔にかける。
畠山、じいっとその様子を見ている。
笈出、卯川のメイクを落とし、さらにパックして誰だかわからないようにする。
秋月「(その様子を見ていて、おもむろに)すみません、あたしもあの方と同じパックをして下さい」
笈出「(どきっとしたのを隠して)初めからやり直しですか」
秋月「お手数ですが」
畠山「(笈出に代わって)承知したしました」
小牧「だったら、あたしも」
畠山「同じようにですか」
小牧「ええ」
畠山と笈出、手分けして三人の女にパックを始める。
ところが秋月はスカーフを外そうとしない。
畠山「失礼します」
と、やりにくいので外そうとするが、拒絶される。
やむなく、無理してスカーフを避けてパックする。

○ 鏡の中
グラビアに載っているような卯川の姿が三つ…では足りず、鏡という鏡にさまざまなポーズをとった卯川の姿が写って絢爛と連なっている。

○ 店
やがて、パックの効果待ちになり、とりあえず笈出と畠山の手が空く。
畠山、さりげなく音楽のヴォリュームを上げて笈出を更衣室に連れていく。

○ 更衣室
畠山「(おもむろに)まだ話してなかったが、今度支店を出すことにした」
笈出「それは…おめでとうございます」
畠山「おめでとうじゃないよ、おまえを支店長にするつもりなんだ」
笈出「(驚く)えっ」
畠山「引き受けてくれるか」
笈出「それは…(答に困る)」
畠山「迷うことないだろう」
と、金色のハサミをちらつかせる。
笈出「…」
畠山「(態度が硬化する)そうかい、ところで卯川さんがここにいるのは、どういうわけだ」
笈出「これは口止めされているのですが…」
畠山「口止めって、俺に言えないってことはないだろうっ、俺のお得意様だぞ」
笈出「(素早く用件だけ話す)事務所から独立する予定なので、あまり外には漏らしたくないとおっしやるので」
畠山「(ちょっと撫然とする)そう…それは聞いてなかった」
笈出「(わずかに優越感を見せる)」
畠山「それで、どうなんだ。支店長になるのか、ならないのか」
笈出「(腹を決める)申し訳ありませんが」
畠山「…卯川さんを引き抜くつもりか」
笈出「そんなつもりはありません。ただお客さまによかれと思ってかくまっただけです」
畠山「それだったら、なんで俺にも秘密にする。俺の留守中に来るように仕組んだんじゃないか?」
笈出「そんな工作ができるくらいだったら、改めて引き抜き工作なんてする必要ないでしょ」
畠山「そうか。根回しはなしか」
笈出「ありませんっ」
畠山「だったら…俺と腕比べして決めるか」
笈出「腕…比べ?」
畠山「どっちが卯川さんを守れるか」
笈出「(受けて立つ)…それと、どっちの仕事を気に入っていただけるか」
畠山「俺の相手になるつもりか」
笈出「いつまでも助手じゃありません」
畠山「なあ、独立したいという気持ちはわかる。いずれは独立するものだと思ってた。俺もそうしてきたんだから。だけど、たま たま売り出せたとして、実力がなかったらぽしゃるだけだ。美容師としてやっていくには美容師としての技術があればいいってもんじゃない。金勘定も、人の使い方も知らなくちゃいけない。いったん支店を仕切ってみて、それからでも遅くはないと思うよ」
笈出「(ちょっとぐらっとくる)いいえ、申し訳ありませんが」
畠山「どうしてもか」
笈出「はい」
畠山「おまえを育てるのには随分手をかかったと思うが(少し気色ばむ)」
笈出「すみません」
畠山「それで看板を外して持っていくような真似をするのか」
笈出「しかし、この店を支えるのにこちらも随分尽くしたつもりです」
畠山「(怒りを抑えて)今ここで喧嘩している余裕はないな」
笈出「…はい」
畠山「よし、行こう」
と、率先して店に出ていく。
追う笈出。

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○ 店
携帯が鳴る。
誰のか、と思うと卯川のだった。
卯川「(パックしたまま出て)もしもし…あ、社長」
笈出、ぴくっとする。
卯川「いえ、今は困ります。…どこにいらっしゃるんですか…え? なんですって? 困ります。それは早い方がいいですけど」
と、笈出を目で誘う。
笈出「ちょっと失礼します」
と、卯川の顔の前に耳を寄せる。
他の者もさりげなく聞き耳を立てているが、音楽が邪魔で聞こえない。
卯川「(ひそひそ声で)入れてくれって」
笈出「え?」
卯川「裏口に来てる。マスコミに見つかるといけない、早く入れて」
笈出「(小牧に)すみません、ちょっと」
と、言い捨てて更衣室に向かう。

○ 更衣室
裏口の鍵を急いで開ける。
卯川の事務所の社長の和田がするりと入ってくる。
サングラスをかけ、人相をわからなくしている。
和田「(声を潜めて)失礼、彼女いますね」
笈出「見られてませんか」
和田「事務所の人間まで変装しなきゃいけないとはね」
笈出「マスコミ、まだいますか」
和田、小型ビデオカメラを出して見せてから、床にたたきつけて踏みにじる。
和田「こんなものが物陰に仕掛けてあった。今のところは人はついていないみたい」
笈出「なんで社長は彼女の居場所がわかったんですか」
和田、いきなりモバイルのパソコンを出してがっと開いて見せる。
町内の地図のど真ん中に、光点が点滅している。
笈出「(それを見てぼそっと)…これ、うちだ」
和田「持たせてある携帯で場所をこれで検索したんです」
笈出、ずっこけそうになる。
和田、パソコンをしまう。
笈出「場所を知られているって、彼女は知ってるんですか」
和田「普段は知らせてませんよ。そうでないと、警戒されていざという時に役にたたない」
サングラスをかけっぱなしなのでひどく怪しく見える。
和田「(いやに気張って)今が、そのいざという時だ」
と、店に出そうになる。
笈出「(それを押しとどめ)ちょっと待ってください。今、他の客がいるので」
和田「休業日じゃないの?」
笈出「卯川さんをかくまったら、他の客にも押し掛けられちゃって」
和田「だったら、ばれてるんじゃないの?」
笈出「それが、不思議なことにばれてないみたいです」
和田「ほんとに?」
笈出「本当です」
和田「ふむ…意外と、役者だからな、あいつ」
笈出「意外と、ですか」
和田「?…何か」
笈出「人だますの、うまいですよ」

○ 店
和田と笈出がさりげなく入ってくる。
和田「(畠山に)やあ」
畠山「お久しぶりです」
そして、和田はするすると畠山が世話している秋月に寄る。
和田「探したぞ」
パックしていた卯川、和田が秋月を自分と間違えたのでびっくりする。
畠山「(あわてて)違います」
和田「何が違うんだ?」
卯川「…信じられない」
和田、きょとんとしている。
笈出「違いますって」
和田「何が?」
笈出「だから、だますのうまいって言ったでしょ」
卯川、自分でパックを急いで拭き取る。
卯川「社長っ」
和田「(やっと気づいて)あっ」
卯川「あ、じゃないわよ」
憤慨している。
卯川「気がつかないんですか、短いつきあいじゃないのに」
笈出「(小声で)騒ぐと、まずいですよ」
卯川「ちょっとひどくない?」
和田「悪い、悪い」
畠山「お静かに。そんなに興奮することないでしょう。自分で正体を隠したのに」
小牧、この騒ぎを妙な顔をして見ている。
卯川「自分で隠れるのはいいけど、無視されると腹が立つのっ」
笈出「そんなもんですか?」
小牧「(気づく)あ」
笈出、どきっとする。
小牧「(ぴたっと卯川を指さし)アッ、アッ、アッ、アーッ」
大声で叫び、けたけたけたと笑い出す。
あまりの態度に毒気を抜かれる一同。
小牧「(叫ぶ)やっぱり、本物じゃない!」
秋月「(仰天する)えーっ!」
卯川「(あわてて)違いますっ」
小牧「おかしいと思ったんだっ。いやあ、光栄です、卯川つばさと一緒に美容院で席を並べられるなんて」
笈出、頭を抱える。
畠山、撫然とする。
小牧「サイン下さいっ」
秋月、椅子に座ったままぶるぶる震えだす。
畠山「?」
突然、秋月がわっと泣き出す。
畠山「どうなさいました」
秋月「憧れの人に、こんなすぐそばにいながら気がつかないなんてっ」
大泣きに泣き出し、大粒の涙が顔を伝う。
畠山「ちょっと、メイクが落ちます」
秋月「かまうもんですかっ。この馬鹿この馬鹿」
秋月が自分をぶちだす。
それを止める畠山。
そしてあわてて涙を脱脂綿に染み込ませてメイクが崩れないように食い止める。
小牧「(ひとごとのように)おかしなことになってきたわねえ」
和田「なんの騒ぎだ、一体」
卯川「(和田を詰問するように)余計なことをして。
おかげでばれちゃったじゃないですか」
和田「ばれたって、おまえがふらふら逃げ回るから、こっちも少し強引にでも探さないといけなくなったんだろうっ」
卯川「ふらふらって言い方はないでしょう」
和田「独立したいなら、したいって、ちゃんと俺に言うのが筋だろう。それを隠れてこそこそ工作するから、話がこじれたんだ」
卯川「こじれたって、まだろくに話しあってもいないのに」
和田「話し合おうとしないからこじれたんだ」
小牧「(口をはさむ)卯川さん、独立するんですか」
卯川「そのつもりだったけど、もう無理だと思います」
笈出「あきらめが早すぎるんじゃありませんか」
卯川「表に出ればつぶれます。こういう話は」
笈出「それじゃ困ります。初めから表立って独立を宣言できないというのでは」
畠山「(やや皮肉気に)似た立場同志で団結か」
笈出「(言い返す)そうかもしれない」
小牧「(早合点する)あ、だから、芸能記者がうろうろしてたんだ」
笈出「何が、ですか」
小牧「なるほど、そういうこと(一人合点)」
卯川「(その口調にカチンときて)そういうことって、どういうことですか」
小牧「なんか、いやに気張ってかばおうとしてたから、どうしてかと思ったら」
和田「なんだ?」
小牧「いけませんよ、社長さん。看板タレントのロマンスは把握してないと」
和田「ロマンス?」
じろっと笈出と卯川の間に視線を往復させる。
笈出「(うんざりしたように)何を言ってるんだか」
畠山「なんだ、おまえ。できてたのか」
笈出「(むきになって)冗談じゃない」
畠山「そういうことか(一人、納得する)」
和田「そういうことなのか?」
卯川と笈出、げんなりした様子。
卯川「冗談じゃありませんよ」
畠山「だったら、なんで私が留守の時に来たんです」
卯川「狙ったわけじゃありません」
小牧「手に手をとって駆け落ち、と」
卯川「(むきになって)あなたは口を出さないでっ」
笈出、この騒ぎにだんだん疲れてくる。
言い争う、あるいは勝手に発言する一同の姿からすうっと音が消え、べちゃべちゃ混乱している形だけが残るのをぼんやりと眺める。
…その中で、ふっと卯川を本気の目を見つめる笈出。

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○ 鏡の中
きれいにヘアメイクを済ませた卯川の前掛けを外す笈出。
解放されて晴れやかに立ち上がる卯川。
服装まで舞台衣装ばりの華やかなものになっている。
それを傍らでしけた顔で見ている笈出。

○ 店
頭を振って妄想を振り払う卯川。
前掛けを取って解放されたのは、小牧の方だ。
席を離れる小牧。
ふと気づくと、畠山が怒りに満ちて笈出を睨んでいる。
周囲の人間もどこか引いた雰囲気だ。
何か畠山が怒鳴ったらしい。
笈出「…え、今なんて言ったんですか」
畠山「聞いてなかったのかっ、だったらもう一度言う。良く聞けよ。クビだっ」
笈出「クビ?」
畠山「そう、クビだっ」
笈出「クビ?…クビね。(開き直る)いいでしょう。むしろそうしてくれた方が踏ん切りがつく」
卯川「それは、ひどいんじゃないですか」
笈出「いや、いいんです。どうせ出ていくつもりだったから」
じっと卯川を見る。
笈出「あなたもここで踏ん切りをつけた方がいいんじゃないですか」
卯川「え?」
笈出「思いきってここで独立を宣言するんです」
畠山「無責任に煽るなよ。おまえとは立場が違うんだ。ごたごたを起こしたら、プロデューサーもスポンサーも離れる。まして前の事務所の社長が使うなと言えばますます客は離れる」
和田「(煽られたようにうなずき)そう、そうだ。簡単にはいそうですか、これからは一人で頑張っていらっしゃいとは言えない」
笈出「そんなの気にすることない。客はマスコミですか。一般のファンですか。あなたを支えているのは、ここにいるような(と、秋月と小牧を示して)くれるファンたちなんですよ」
卯川、ファンたちを見やる。
笈出「こういう見返りなしに純粋にひいきにしてくれているファンに支えられているんです」
卯川、変な顔をする。
小牧がいない。
卯川「あれ、あのお客さんどこに行ったんです」
笈出、探して更衣室を覗く。

○ 更衣室
小牧が携帯でメールを送っている。
笈出「(思わず叫ぶ)何してるんですかっ」
小牧「これだけ面白い話、一人で聞いているのはもったいない」
和田、小牧、畠山も覗いてくる。
笈出「誰に知らせたんです」
小牧「友だち」
笈出「なんという」
笈出「“友だち”って名乗ってる人で、本名は知らない」
和田「冗談じゃない」
小牧「大丈夫ですよ。他にはもらすなってメール打っておいたから」
和田「それって、他に知らせろっていうのと同じなんだけどな」
卯川「(ぼそっと)ファンはありがたいわ」
笈出、店に出ていく。

○ 店
笈出、表のカーテンを細目に開けて見る。
笈出「すごい、もう来た」
和田、飛んできて見る。

○ 店の向かいの物陰
携帯をのぞき込んでいる鮫島の姿が見える。

○ 店
和田「あの様子だと、戻ってきて、ずっと張り込んでるんだろう。
今のネタを知ったら、有無を言わさず突入してくるさ」
笈出「それも、時間の問題だ」

○ 物陰
携帯のメールを見ている鮫島。
はっとした様子。
飛び出してくる鮫島と犬山。
それを遮るように他のマスコミの車が乗り付けてくる。
ぞろぞろと飛び出てくる記者やカメラマンたち。
負けじと店に駆けつける鮫島・犬山。

○ 店
あわてて戸を押さえようとする笈出・畠山・和田。
しかし殺到するマスコミの勢いには勝てず、軽々と戸が押しあけられ、たちまち店の中はマイクとカメラを振りかざす連中でごった返す。
もみくちゃになる卯川。
笈出はなんとかしようとするが、どうにもならない。
   ×     ×
…という場面は、鏡の中の出来事だった。
悪夢から醒めて、冷や汗を拭う笈出。
卯川「ここから脱出できない?」

○ 更衣室
外を窺っている畠山。
畠山「こっちも張り込まれてる」

○ 裏口から少し離れた物陰
犬山が見張っている。

○ 店
秋月「(突然、ドスを効かせて)マスコミ気取りだな」
と、小牧の胸倉をつかむ。
秋月「おまえなど、ファンじゃない」
突然、地の“男らしさ”をむき出しにする秋月。
小牧、あまりの豹変ぶりに度肝を抜かれてしまう。
秋月「人は秘密だと言われたらもらしたくなるんだ。知らないわけじゃないだろう」
小牧「(へどもどして)いや…その…」
秋月「無責任に人を食い物にして喜んでやがる。おまえみたいな人間がいるから世の中が悪くなるんだ」
畠山「落ちついて」
笈出「暴力はいけない」
畠山と笈出、間に入って二人を分ける。
秋月「(肩で息をしながら)あたしが、これがファンだという見本を見せてやるっ」
一同、不思議そうな顔をする。
秋月「いけない、興奮するとメイクが崩れちゃう」
と、また席につく。
秋月「(笈出に)さ、メイク直して」
笈出「え?」
秋月「あたしがおとりになって、マスコミを引きつける。その間に卯川さんを脱出させて」
小牧「そんな」
畠山「無茶ですよ」
和田「いや、いけるかもしれない」
卯川「さっき、あなたさえ(イヤミ)間違えたもの、ね」
和田「(言い返す)そういうおまえはどうするんだ。ここで独立だなんだってごねて時間を無駄にしてマスコミの餌食になるか、とりあえず脱出して後で話し合うか」
卯川「後でって、いつもそうやって話を先伸ばししてきたじゃない」
和田「そうか、餌食になりたいんだな」
卯川「(やむなく)…わかった。出てく」
和田「よし、(笈出に)礼は後でする。急いでくれ」
畠山「俺に頼まないのか」
笈出「やりたい?」
秋月、思い詰めたように恐い顔をして鏡を睨んでいる。
畠山「…いや」
笈出、秋月のメイクを整えだす。
卯川「(秋月に)ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」
と、頭を下げる。
秋月「そんな…お礼だなんて」
と、すぐ感極まって思わずどっとまた泣き出す。
しゅうっ、という感じで涙が両目から噴き出した。
笈出「(あわてて)ちょっと、メイクが崩れますっ」
卯川「そうだ、あたしも変装しよう。
その方がいい」
畠山「イメージ・チェンジしますか」
卯川「(ちょっと浮き浮きしてきて)時間ないから、大ざっぱでいい」
メイクが始まる。
手持ち無沙汰になる和田。
ふと気づくと、また小牧がいない。
和田、急いで更衣室に飛び込む。

○ 更衣室
小牧、戸棚を開けてまわっている。
和田「(小牧に半ば怒鳴る)何してるんですかっ」
小牧「衣装を選んでるのよ。
変装には服装も大事でしょ」
と、悪びれない。
和田「あなた一体、なに考えてるんですかっ」
小牧「どうやったら、次面白くなるか、考えてるの」
和田、目をむく。

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○ 裏口・物陰
見張っている犬山。
細目にドアが開く。
はっと物陰に身を隠す犬山、ボタン一つで携帯で合図を送る。

○ 表
鮫島「(携帯に出る)出てきたか?」
   ×     ×
以下、カットバック。
犬山「ああ…いや、待て」
卯川に変装した秋月がドアの隙間に姿を見せる。
犬山「あれ、か?」
と、カメラをすでに向けている。
鮫島「予備のカメラは、あるな」
犬山「素人扱いするな。
そっちはどうだ」
鮫島「動きはない…」
間。
鮫島「一人占めするなよ」
犬山「そっちこそ」
鮫島「卯川、か?」
犬山「そうだ…いや、どうだろう」
間。
どっちが特ダネ、なのか。
卯川、しなを作って見せる。
犬山「(乗せられて興奮気味に、誇らしげに)いただき、みたいだな」
鮫島「…(焦る)」

○ 裏
女(?)…秋月が中に向かって合図する。
合図に応じて現われたのは、笈出。
犬山、カメラのフレームにツーショットを収めて、シャッターを切る。
ほとんど音はしない。
   ×     ×
鮫島「(耳を澄ます)来たか?」
犬山「来たが…誰だかはっきりしない」

○ 表・物陰
鮫島、浮き足立って、裏に回ろうと腰を上げかける。
しかし、まだ未練がましく見張るのはやめない。

○ 店の中
和田、カーテン越しに表の鮫島の様子を窺っている。
和田「早く行けっ」
傍らでは、卯川がスタンバイしている。

○ 更衣室・裏口
秋月「(いらだち、一人ごちる)まだどかない?」
ほとんど卯川と見分けつかないくらい変装しているが、声で秋月とわかる。
それを聞いた小牧、店に顔を出す。

○ 店
小牧「(勝手に伝言を中継する)まだどかない?」
和田「まだだ」

○ 裏口
秋月のいらだちが募る。
秋月「えーい。
こうなったら」
いきなり、笈出に抱きついてキスする。
秋月に抱きつかれて、目を白黒させる笈出。
   ×     ×
犬山「(それを見て、思わず)おっ」
と、立て続けにシャッターを切る。
遠目には、ラブシーンに見える。

○ 表・物陰
鮫島「(携帯に耳を押しつける)一人占めするなっ」
と、やっと腰を浮かせ、裏に回りそうになる。

○ 店・中
和田「(それを確認して)行った!」
間髪を入れずに、外に出て行く卯川。

○ 裏口
我慢する笈出。
やっと秋月を引き離し、平静を装って、 笈出「成功か?」
と、そっと小牧に聞く。

○ 店
小牧「(また顔を出して中継)成功?」
和田「成功…」
と、言いかけた時、卯川が戻ってくる。
和田「どうしたんだっ」
卯川、外を示す。

○ 表の道路
別のマスコミの車が乗り付けられる。

○ 更衣室
和田「(入ってきて)駄目だ、別口が来た」
笈出「ちっ」
小牧「せっかく我慢したのにね」
笈出、あきらめて引っ込む。
しかし、秋月はまだ引っ込もうとしない。
笈出「どうした」
秋月「まだあたしを卯川つばさと思っているかもしれない。
そのつもりで、今の写真が雑誌に載ったらどうする?」
笈出「間違えりゃあ、しないよ」
   ×     ×
犬山「(意気揚々と)やった!」
と、カメラを目から外す。
しかし、まだ戸口の秋月からは目を離さないでいる。
   ×     ×
すると、秋月はおもむろに服を脱ぎ出す。
人に見られているのを十分承知の上で、わざとらしくスター然と振る舞う。
びっくりする犬山。
秋月、わざとらしく、暑そうに半裸になってばたばた扇ぐ。
もちろん、見えているのは男の身体だ。
犬山、びっくりしてカメラを覗いて確認する。
秋月の、これ以上なく人の目を意識した動き…それが、突然ふっと白けたように醒めて気が抜けかける。
が、また気を取り直してストリップ(?)を続ける。
出番を終えて、わざとらしく悠々と引っ込んでドアを閉める秋月。
犬山「くそっ、ふざけやがって!」

○ 表・物陰
鮫島「(携帯に向かって楽しそうに大笑いする)…そうか、そりゃいいもの撮ったな! 御苦労さま」
と、言いながら見張り続けている。
他に、同業者の馬場、鮎川が後ろに詰めている。

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○ 店
一同、集まって鳩首会議。
笈出「くそっ…くそっ!」
と、しきりと怒っている。
秋月「そう怒らないでよ、あの時は仕方なかったんだから」
笈出「関係ない、作戦が失敗したから怒ってるんだ」
小牧「(皮肉に)ほんとにぃ?」
笈出「(強がって)あんなのは、なんでもない」
卯川、困ったように、気の毒そうに笈出を見ている。
小牧「(卯川に)口直ししてやったら?」
笈出「(また怒って)余計なこと、言うな」
ひどく落ち込んでいる様子。
秋月、突然ぶすっと不機嫌になり、メイクをごしごしこすって台無しにしてしまう。
卯川「(びっくりして)どうしたんですか、一体」
秋月、ぶすっとして何も言わない。
また、表が騒がしくなる。
和田「(覗いてみて)…困ったな」

○ 表・道路
また新しくマスコミたちがやってくる。

○ 同・物陰
イヤな顔をしている鮫島。

○ 店
裏を見に行く和田。

○ 裏
こっちにもマスコミがどっと押し掛けてくる。

○ 同・物陰
開き直って姿を現す犬山。
しかし、他のマスコミがフライングしようとするのは先輩面で抑える。
      ×     ×
同じく後から来た連中を抑える鮫島。

○ 店
和田「(戻ってきて)どーしよーもないなぁー」
お手上げ状態。
秋月「そんな、無責任な」
笈出「(意を決して)こうなったら、ベストは望めない。
ベターで我慢しないと」
卯川「どういうこと?」
笈出「ここまで騒ぎが大きくなると、マスコミは手ぶらでは帰らない。
何がなんでもスキャンダルをでっちあげますよ。
同じスキャンダルになるなら、できるだけ傷がつかない相手を選ぶしかないでしょう」
和田「誰だい、そりゃ」
笈出、畠山を指す。
畠山「(当惑して)おい…」
笈出「一番釣り合いがとれる組み合わせでしょう」
畠山「俺に尻をふかせる気か」
小牧「もともとマスコミがここに押し掛けてきたのも、あなた(畠山)がいるからでしょ」
畠山「(あわてて)ちょっと、ちょっと」
和田「(ぐぐっと畠山に迫る)あなたが成功するのに、うちの卯川は随分貸しがあると思いますよ。少し返してもバチは当たらないと思いますけどね」
畠山「(笈出に)おい、話がこんがらがってから、俺にふるなよ」
笈出「何言ってるんですか。ついさっきはぼくが卯川さんと関係するのはけしからん、クビだとと言っておいて」
卯川「あーっ、めんどうくさい。
別の人間になりたくなってきた」
小牧の声「(唐突に聞こえる)そう、すごいでしょ」
一同、あたりを見渡す。
控え室から小牧が携帯で誰かと話しながら現れる。
小牧「すぐ目の前にいるのよ、卯川つばさももちろん畠山晴海も」
と、表のカーテンに近づく。
どうやら、すぐ外にいる知人と話しているらしい。
和田「おい、外と話してるのか」
小牧「(答えず)現場内部から実況生中継でお送りしています」
と、レポーターみたいな口調で話す。
中の一同、腰を浮かせる。

○ 外
すでにマスコミがひどく増えて、交通の邪魔になっている。
マスコミのみならず、近所の人や、ただの通りすがりや野次馬や物好きや、人・人・人で溢れ返り、文字通りの人の海といいたい光景になっている。
小牧の声「外から中、見える?」
野次馬たち…、その何人もが手に手に携帯で話していて、誰が小牧の相手なのかはわからない。
というより、小牧が相手にしているのは、この群衆一般だ。
不特定多数の誰かの声「…見えない」
また表が騒がしくなる。
誰かの声「あ、誰か来る」
どっと動く群衆。
そのうち何人かは、モバイルパソコンとつなげたビデオカメラを構えている。

○ 中
その騒ぎが聞こえる。
和田「今度は、なんだ」
覗きに来る一同。

○ 表・道路
その、人の海がモーゼを前にした紅海まがいにぱかっと、二つに割れる。
割れた間に、悠然ともったいぶって姿を現したのは、野村だ。
      ×     ×
卯川「(怒りを込めて)あのバカッ」
      ×     ×
スター然と得意気にあたりの人間たちを仕切っている野村。
マスコミ陣は、とりあえずマイクとカメラを野村に向けている。
しかし、本質的な軽薄さ、貫禄不足は否めない。

○ 店
秋月がテレビのスイッチを入れる。
チャンネルをかちゃかちゃ変えてみるが、どこも普通の番組をやっている。
秋月「だいじょうぶみたい」
和田「甘いよ」
と、自分のパソコンを見ている。
店の外の情景がネットで生中継されている。
それも複数のホームページでだ。
醒めた無表情で画面を眺める卯川。
やれやれというようにかぶりを振る。
卯川「個人テレビ局がいっぱい押し掛けてるみたい」
和田「(ぼそっと)もうだめだな」
畠山「社長がそんなこと言っていいんですか」
和田「だって、どうするんだ。
絶対絶命だろう」

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○ ブラウン管
表の戸を開けようとする野村。
      ×     ×
思わず中から押さえる笈出。
もともと鍵がかかっているのだし、もちろん開かない。
その様子はブラウン管には写らない。
      ×     ×
裏口を開けようとする野村。
こっちも同様。
      ×     ×
やがて、ノックの音、ベルの音、大声などなど、さまざまな呼び出しが響いてくる。
しかし中の一同は、貝になったようにそれらを一切無視する。
      ×     ×
やがて、野村はブラウン管の中でレポーター相手に勝手に独演会を始める。
「卯川さんとの噂は本当ですかっ」
「すでに入籍したと言われてますが」
などなど。
鮫島「噂を流したのは、野村さん当人という噂が流れていますが、本当ですかっ」
聞きとがめた野村が反撃に出る。
野村「嘘ですっ、デマですっ」
      ×     ×
卯川「よく言うわ」
      ×     ×
日が落ちて、外は暗くなっているが、外の騒ぎは治まらない。
一同、ブラウン管に見入っていて、表の実景には目もくれない。
外で大勢がうろうろしているのがカーテン越しにわかるが、それをじかに見ようとする者はいない… 小牧が携帯でぼそぼそ話している。
表の情景を直接見ようとしてか、カーンに手をかけた秋月に、 和田「やめろよ…」
弱々しい声をかける。
秋月「あんな勝手なこと喋らせておいていいんですか」
突然、外が明るくなり、群衆がざわめく。

○ 外
マスコミが照明をたいている中、店の中は暗いままでいる。
その店の看板の照明がつけられる。
集まっていた連中が、一斉に注目する。
「なんだ、やっぱりいたんじゃないか」
「何してるんだ」
ざわつく集団が外装のマジックミラーに映っている。

○ 中
畠山「誰が明かりつけたんだ」
卯川「(のっそりと現れ)あたし」
和田「どうした」
卯川「出てく」
和田「無茶言うな。
ハイエナの群れに飛び込んでどうする」
卯川「いつまでもここでじっとしているわけにはいかないでしょう。
これ以上迷惑はかけられないし」
秋月「(横から口を出す)ちょっと、面白いよ」
笈出「何」
秋月、表のカーテンを少し開けてみる。
外でマスコミや野次馬がたむろっているのが見える。
しかし、マジックミラーなので、外からは中は見えない。
特に、外で報道陣がやたらライトを焚いて明るくしているから、なおのことだ。
秋月、それを確認して、カーテンを大きく開ける。
野次馬たちの方が、見る側のつもりで店の中の人間に見られる側にまわっている。
卯川もいったん我を忘れて見物にまわる。
      ×     ×
店の中と外が通底する。
店の中の人間たちにとっては、外のバカ騒ぎは逆に面白い見ものだ。
今までこそこそしていた分、異様に盛り上がって、ガラス一枚隔てた外のマスコミ・一般の野次馬入り乱れてのぐちゃぐちゃの混乱に向かって、ガッツポーズを見せたり、互いに抱き合ったり、Vサインを見せたり、ゴリラのように胸をどかどか叩いたりする。
店内の人間たちの間に、一瞬だが分け隔てのない連帯感が生まれる。
しかし、外の人間たちはそれは見えない。
それをいいことに、中は中で、そして外は外で互いに何の干渉もなく、勝手に盛り上がっている。
その中で野村一人が、せいぜいぴょんぴょん飛び跳ねてまわって注目を集めようとするが、まったくムダ。
蝿が飛んでいる程度の注目しか集まらない。

○ 中
小牧「(携帯で外と話している)…うんうん。
わかった。
(携帯から耳を離して)焦ることないと思うよ。
野村相手じゃ、マスコミも一般大衆も満足できないみたいだから」
笈出「タマが小さいってことか」
和田「じゃ、誰が相手なのを期待してるんだ」
小牧「それはもう…」

○ 外
興奮・羨望・好奇などなど火を吐くような感情に噴き上げられた群衆の目・目・目。
それを映している、“ノア”外装のマジックミラー。
小牧の声「(携帯で話している声)それじゃあ、誰がいいと思う。
いや卯川つばさの相手」

○ 中
畠山「(聞いてびっくり)…俺?」
笈出「でしょうね」
畠山「冗談じゃない」
卯川、笈出をぴったりと見つめている。
笈出「何か」
卯川「いつも助けられてばかりで、一つこちらからも提案があるんですが」
笈出「何です」
卯川「この期待の高まりは使えるかもしれません」
畠山「使う?」
卯川「ちょっと」
と、笈出を少し離れたところに連れていって話し込む。
やや嫉妬の混じった視線で見ている畠山。
笈出「(話を聞き終え)…えーっ? そんなことできるんですか」
卯川「いちかばちか、です。
だめでもともと」
と、和田のところに寄ってくる。
卯川「社長」
和田「何」
卯川「もし、この場を脱出できたら、独立を認めてくれますか」
和田「脱出?」
笈出「どっちにしてもこのままじゃ、彼女の商品価値に傷がつくだけでしょう」
和田「そうだけど…」
笈出「もう独占しておく意味はないんですよ」
和田「(気押され)わかった…何考えてるんだ?」
卯川「ちょっと貸してもらえます?」
と、小牧の持ってきたビデオカメラを手にする。
小牧「どうするの?」
卯川「いいから…(和田に)社長にもやってもらうことがあります」
和田「(思わず)うん」

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○ 表・外
鮫島「(携帯で話している)…ああ、こっちには動きはない」

○ 裏・外
犬山「(相手している)こっちもだ」

○ 中
卯川「(何を聞かされたのか驚いている)えーっ」
和田「冗談じゃないぞ」
笈出「いいから。
迷ってる時間はないんです。
…(卯川に)いいですね」
卯川「(決心してうなずく)やってみます」

○ 裏
鮫島の声「あっ」
犬山「どうした」

○ 表
外にディスプレイされていたテレビの行列に電源が入る。
反射的に一斉にカメラがディスプレイに向けられる。
まず、いつも流している畠山が卯川を世話している宣伝用の映像が流れる。
なんだ、というような外の反応。
と、続いてディスプレイに店の中の情景の中継が映し出される。
「あ、店の中だ」

○ ディスプレイ
ぐらついた、家庭用ビデオで撮った映像が並ぶ。
店の中の光景が生中継されている。
野次馬たち、自分たちが映っているマジックミラーの隣のディスプレイを見ている。
外から少し離れれば、マジックミラーに映っている店の外と、ディスプレイに映っている店の中が一望のもとに見渡せる。
両者の間をせわしなく行き来する眼…肉眼と、カメラの眼とを問わず、さまざまな角度と種類の視線が交錯する。
やがて、ディスプレイの映像が安定して、鮮明になる。
外の一同、息を殺して、何が映るか期待して待つ。
現れたのは、卯川の姿だ。
一瞬、群衆から吐息のようなものが漏れる。
高まる期待。
やがて、卯川の傍らに畠山が姿を現す。
仲睦まじげな二人。
かなりぎこちないしわざとらしいのだが、群衆は食い入るように見ている。

○ 裏
犬山「(連絡を受けて)…なんで、そんなものを放映してるんだ?」
鮫島の声「わからん。
開き直って煽るつもりか?」
浮き足立ちかける犬山。
カメラ、店の外面を覆うマジックミラーに接近する。
そして、そのまま鏡面を突き抜けて、鏡の中の世界…であると同時に、店の中に入り込む。
(ここで、作品世界の幻影・幻想は笈出一人のものにとどまらず、外でたむろしている群衆一般に解放されることになる)。

○ 外装の鏡の中にして、店内
群衆が店の中になだれこんで卯川と畠山を取り囲み踊り出す。
“現実”から飛躍した、時ならぬミュージカル・ナンバーが展開する。

○ 表(現実に戻る)
群衆、水をうったようにディスプレイの映像に見入っている。
突然、店の外の照明が消え、同時にディスプレイも真っ暗になる。
ざわめく群衆。
間…。
店の照明がつく。
マスコミの照明も向けられる。
ライトアップされた店の前。
音楽がかかる。
店の戸が開けられる。
期待は頂点を迎える。
二人の人間が舞台に姿を現した。
笈出と、卯川だ。
しかし、卯川はまったく別人のように扮装を変えている。
肩すかしを食った態で、戸惑う群衆。
「どうなってるの? 違うのが出てきた」
「なんだ、あいつら」
などの、ぼそぼそした会話が交わされる。
鮫島「おかしいな」
犬山の声「それ、おとりじゃないか?」
鮫島「え?」

○ 裏
犬山「さっき、裏口に出たのはおとりだった。
まただますつもりじゃないか」
こっちに少数いた群衆が、表にまわっていく。

○ 表
閉ざされた戸の前で、わざとらしく群衆に手を振る笈出。
同調する卯川。
しかし、群衆は白けている。
「何あれ、そっくりさん?」
「影武者じゃないのか」
しかし、あまりに仰々しい道具建てにつられて、二人に近寄ろうとする者はいない。
      ×     ×
笈出「(小声で卯川と話す)驚いたな。
実物が出てきたのに」
卯川「見たがっていたものと違うのが出てきたんで、認めないんですよ」
笈出「誰だと思ってるんだろう」
卯川「あたしじゃない人」
笈出「なるほど。
では、演技派転向といきますか」
と、わざとらしく手を振る。
引く群衆。
      ×     ×
注視する鮫島。
犬山の声「気をつけろ」
鮫島「違う…みたいだ。いや…違う。本物はあんな手の振り方はしない。もっと慣れてるはずだ」
犬山の声「本当か?」
さらに、和田が現れる。
和田「えーっ、みなさまいらっしゃいませ。いらっしゃいませ。本日は卯川つばさと、こちらのノア美容院の見習い美容師・笈出健夫のロマンス発表会においでいただき、まことにありがとうございます」
はあー?という群衆の反応。
「おい、いくらなんでも嘘だろう」
「人をおちょくってるのか?」
      ×     ×
鮫島、群衆の中に野村がいるのを見かける。
鮫島「(野村に)どう思います」
野村「あれは…彼女じゃない」
鮫島「そうですか?」
野村「間違いない。
彼女があんなバカな真似 するはずない」
卯川と笈出、連れだって歩を進める。
群衆、モーゼを前にした紅海のように割れて、二人を通す。

○ 裏
なおも粘る犬山。
すうっと裏口が細目に開く。
犬山ら、少数者の視線が集中する。
戸が開く。
一斉に、フラッシュが焚かれる。
顔を出したのは、小牧だ。
小牧「(明るく)はーい」
手を振る。
ごそっと上の方から音がする。
犬山「(はっとする)」
誰かが二人、相次いで飛び降り、暗がりにまぎれてそのまま走り去る。
とっさに追いかける犬山、その他。
見送る小牧。

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○ 表
鮫島「(携帯で)おい…おい」
      ×     ×
走るのにかまけて、携帯に出られない犬山。
      ×     ×
鮫島「抜け駆けする気かっ」
裏にまわる。
と、どっとつられて他の群衆も追ってたちまち裏にまわりだす。
卯川と笈出、群衆を押しとどめるふりをする。
しかし、いったん始まった流れは止まらない。
たちまち、嘘のように店の前に人はいなくなる。
すばやく目だたないように姿を消す和田。
○ 裏
どっとやってきた人の壁に阻まれる逃げた二人。
一斉にライトが当てられる。
照らし出される畠山。
突きつけられるカメラとマイク。
畠山「なんですか」
その連れの隠した顔を見ようとする野次馬たち。
それを割って前に進み出てくる野村。
野村「(仕切ろうとする)はい、押さないで」
と、畠山に代わって連れに寄り添うようにする。
畠山、逆らわず野村に場所を譲る。
野村を囲む好奇心に満ちた顔・顔・顔。
ライトとカメラが集中して得意満面な野村。
…突然、まわりのざわめきが潮が引くように治まる。
不思議そうな野村。
野次馬たちがみんな引いている。
野村、ふと連れの方を見て、ふっとぶ。
(秋月の姿は、OFFで想像に任せる) 犬山「(カメラを叩きつけ)くそっ、またかっ」

○ 表
和田、車を回してくる。
和田「(ドアを開け)乗って」
人はほとんどいなくなったというのに、舞台から花道を辿るように見栄をきって退場していく笈出と卯川。
また群衆が戻ってくる。
笈出「行って」
卯川、一瞬躊躇するが、笈出にキスし、身を翻して車に乗り込む。
笈出、いささか驚くが、すぐぴしゃりとドアを閉め、くるりと群衆に向き合う。
走り去る車。
卯川はずっと振り返っている。
和田、運転しながらガッツポーズをとっている。
群衆はちらほらと戻ってくる。
身構える笈出。
しかし、もう笈出に構う物好きはいない。
傍らを通り過ぎていく人々。
笈出、店に戻っていく。
      ×     ×
散っていく群衆。
      ×     ×
ほうほうのていで逃げていく野村を追う秋月。
やがて、追うのをやめ、仁王立ちになって大笑する。

○ 店内
笈出、表の戸締まりをする。
一方、裏から畠山・小牧が戻ってくる。
畠山「どうだった」
小牧「成功です」
畠山、金色の取っ手がついたハサミを持ってくる。
笈出「…(どきっとする)」
畠山、冗談めかして笈出の左胸をハサミで刺すようなふりをしてから、胸ポケットに入れる。
畠山「負けたよ。
はなむけだ」
笈出「ありがとうございます」
笈出、ハサミを受け取り、頭を下げる。
畠山「それとも、縁切りのしるしかな」
笈出。
畠山「(小牧に)ところで、人を騒がせるの、好きでしょ」
小牧「そうだけど」
畠山「ひとつ、また騒がせてみませんか」

○ エンド・タイトル
卯川を世話している笈出の写真が、いくつもの雑誌のグラビアを飾っている。
新しく出した自分の店の前で腕組みしている笈出の記念写真。
店内に飾られている、かねて笈出が用意していた自分の写真。
      ×     ×
小牧がおしゃれな主婦代表という感じでグラビアに登場している。
小牧を世話している畠山。
      ×     ×
男に戻って笈出の世話になっている秋月。
      ×     ×
ゲイバーでゲイたちといやに嬉しそうに一緒にいる写真週刊誌に載っている野村。
<終>

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