2010年03月08日

闘病記 4

父からのメール

「母さん 昨夜から容態がよくない
個室に移った。618号。早めに行きなさい」



お母さんの好きな氷ミックスを作った。

病室に入ると看護婦2人とおばさんがいた。

でも入った瞬間着替えのために外に出る。

通路でおばさんと話してると父が来た。

相談室での談話。


昨夜から母の容態が急変したらい。



病室に入ると、母は酸素マスクをあてがっていた。
まぶたは開いているものの、目の焦点は合わず、白目をむいた状態に近い。


必死で呼びかけた。




聞こえてはいるが反応ができない。


無意識状態らしい。



口にあてがわれた酸素マスクがイヤらしく、外そうとする。

親族がソレを止める。


2時間はその繰り返し。




母は薬により睡眠状態に入った。

まぶたは開いたまま。



そして、その30分後、母は亡くなりました。

家族全員に見守られながら。





入院してから1ヶ月。
そんな早期な出来事。

もしかしたら母はもっと前に自分の状態を知っていたのかもしれない。

でも人一倍強がりな母は、弱いトコロを見せたくなかったんだと思います。

でもそんな母だから、最後まで病気に立ち向かい、家族もそれを支えた。




本人がやりたかったこと、母にしてあげたいことは山ほどあります。

でも今はまず母に伝えたい。


「ありがとう。俺はお母さんの子に生まれて幸せです。」


2010年03月01日

闘病記 4

今日は母と姉と3人一緒に過ごしたおだやかな一日。


母が入院してから「氷が大好き(気分が爽快になる)」になったのをヒントに姉が考案した「ミックス氷」が母に好評。

実際にやっている人もいるらしい。

今日のメニューはリンゴ・トマト・ニンジンのミックス氷。
素材をミキサーで混ぜ、普通の製氷器で凍らせる。
シャーベット状では嘔吐感が生じるため、氷を砕き、固体の部分を若干残す。
完成。

これだけのことで、母の体に負担をかけずに栄養が少しでも取れます。

俺「じゃあ今度俺もミックス氷作るわ。第一弾はタコ。第二弾は鶏のササミね。」

母「氷すら食べたくなくなるからヤメといて。(笑)」

なんて言いながら母は携帯を手に取った。

俺「お母さんが携帯を持った!!(ハイジ風に)」

なんて母を笑わせてみた。

1週間前が体力の底だった母。
今は少しずつ力を取り戻しつつあります。
続きを読む

2010年02月25日

闘病記 3

母に送ったメールの返事が途絶えた。
そんなことは今まで一度もなかったのに。



病院に行くと、病室にはかなり弱った母の姿が。


1週間程前から配膳される食事には手が出ず、見舞いで持ち込むゼリーや果物しか食べれていないらしい。

ましてや常時ベッドの上にいるため筋力は落ち、加えて抗がん剤の副作用による嘔吐で胃の中は空。
それでも胃の圧迫感は強く、食欲は出ないらしい。
体重も更に減り、40Kgになった。

メールの返事がなかったのも、携帯が重くて持てないのが理由らしい。


1ヶ月の入院で母はこんなにも変わった。



「一度だけもう死にたいと思った。けどたったその一度だけだよ。」


そう言った母の目は涙ぐんでいた。


「薬は飲んでるから心配はしてないよ。後は体をもう一回正常に戻すのが大事だね。」と言い、食事を取り、ベッドの上でも体を動かすように1人の息子としてお願いした。
でも母はお茶を飲んだだけで嘔吐した。
洗面器にはもちろんごく少量のお茶しかなかった。


本人もまわりも、この現実から目を背けたら終わりな気がする。

少なくとも、俺は母と一緒に立ち向かいたい。

2010年02月16日

闘病記 2

病室に入ると母は目を閉じ、リクライニングを起こしていた。

とても穏やかなその一瞬は病室に入った俺の足音で完結した。


聞けば、30分前に朝食を食べ、食後に薬を飲んだ瞬間嘔吐したらしい。

その朝食も全体の2割しか食べてなかった。


共同病室も4つのベッドは満席だったが今は2つの空きがある。

「整形の人たちだから、悪いトコを切除したら終わりらしいよ。」という説明をする母をまっすぐ見れなかった。


母の腕に見慣れないヒドイ内出血の跡があった。

母「これ?採血したときの跡がまだ残ってるんだわ。ぜんぜん消えんの。」

俺「いつ採血したの?」

母「一週間前。」


母の体のことは聞けば聞くほど体調が良くないことがわかる。

吐き気の多さに加え、咳による痛み。
それでも「副作用の種類としては少ないほうだよ。まぁ仕方ない。」と言える母は強い。


入院から現在までで体重は2キロ減。

肝臓は肥大化し、下部に下がってきているため、ウエストは83Cm。

とてもアンバランスだ。



母は言う。



「メタボだわ。(笑)」


こんなに明るく前向きな母に俺は、顔を見せに行き一緒に笑うことしか出来ません。

2010年02月08日

闘病記

2月8日


病室では母が看護士さんに食事を麺類にしてと頼んでいた。


食事の消化具合を記録する用紙があるが、昨日は主食ゼロ。副食(デザート)は40%という具合。

「麺類ならすっと通ると思う」という母の考えらしい。

それを病室にいながら自分で訴えてたのを見て、ちょっと安心した。

生きる為の努力。
ホントなら1番ツライはずの本人のその気力に「強さ」を感じた。

病気の話、バレンタインの話、家族の話など世間話をして「りんごジュース」と「つぶつぶゼリー」が食べたいと言う母から売店までおつかいを頼まれた。

ジュースを買ったら「やっぱりもう1本買ってきて」と。
副食しか食わんならそれでもイイけど、子供じゃないんだから1回にまとめなさい。

そしてゼリーが見つからなかったと伝えると「ヨーグルトのある場所の1番下。ちゃんと見た?」と。


既にココは我が家か?(笑)


案の定ゼリーはソコにあり(笑)、持ち帰った瞬間フタを開けてペロリ。


そりゃ普通に腹は減るか……。


主食が食べれないなら、母の好きな「せんべい」とか言いんじゃない?と言うと、
母は一瞬の間の後「イイねぇ〜」と答えた。

病院行く時に買う物がまた1つ増えました。(笑)

今日の面会は終了。

「また11日来るね。」