海苔フェス日記その④ファイナル

かたずけ、帰りの準備を終え、あとは船を待つばかり。

行きとは違う、しっかりとした観光船で帰ることになりました笑

おばさん達

みゆきちゃん含め、桂島のおばさま達が大きく手を振って

「またきてねー」

と。

なんだかジーンとしてしまい、うっすらと涙を浮かべていたことは仲間に話しておりません。

今回の経験を経て、参加してくれたメンバーが「瓦礫撤去だけが復興支援ではない」と明言を話しておりました。

1年経った今、悲しみは消えたわけではないんだけど、それぞれが新たな人生へ立ちあがっています。

今後、みゆきちゃんは被災された子供たちにスポーツを通じて日本を担う豊かな人材を育成する支援活動をしていくようです。もちろんカトセイも全力支援です。その際はよろしくお願いします。
http://blog.goo.ne.jp/miyuki-sora/e/54276e1b97772d720af246bd7c0b75f3

宮城に足を運び、なんとか店を再開できた居酒屋にお金を落とすのも立派な支援活動。
店主はうれしい、お客さんもうれしい、東北の経済は潤う。すべての方に有難い立派な支援活動ではありませんか。

大切なことは、行動を起こすこと。

なにもしなければ、なにも起こりません。

何か行動を起こせばリスクはともなうけど、予想もつかない素晴らしい出来事も経験することができません。

そういった信念の元、私は行動し続けます。

今回、遠征に当たって支援してくれた皆様、状況を察して海苔をたくさん購入してくれた皆様、本当にありがとうございました。みなさんの思いは、しっかりと現地の方へ渡してまいりました。


今後も当院は支援活動を続けていきます。

懲りずにご協力のほどよろしくお願いします。


それにしても、仲間って最高ですね。


フェス



カトキチ






海苔フェス日記その③

地元の振る舞い酒で手厚い歓迎を受けた翌日、かなりの二日酔いで迎える事になりました。

昨日の晴天も一転し、生憎の雨。
何もかもが手作りの復興フェス。はたしてこの天気で人がきてくれるのでしょうか。

朝食を食べていると、「外に軽トラックがあっておばさん二人が乗ってるから小学校まで送ってきて」とみゆきちゃんから指令が飛び、口の中にワカメを残したまま外に出る事に。朝6:30から私のボランティア活動が始まりました。

この日のイベントに、海苔巻食べ比べ選手権があり、浦戸各島々のおばさま達がオリジナル海苔巻を提案し、食べくらべると言う内容。朝から島中のおばさま達が桂島の小学校体育館に集まって海苔巻を作るのです。おばさま達を小学校まで送ると
”おにーちゃん鍋もってって” “ガスコンロもって来て” ”あんたいい男ね”
などととからかわれながら、とにかく元気なおばさまの使いっぱしりになって頑張っていました。なれないマニュアルの軽トラを、震災の影響残るガタガタ道路を走らせ頑張りました。

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せっせと海苔巻準備を始めるおばさま方。
とにかく元気でかわいい。

自分の家を失ってる方が大半。そんなこと思わせないようなパワフルさ。
いや、ほんとに凄かった。

フェス当日

当初心配していた人数も、続々と船で集まり、会場は大賑わい。
おばさま達もせっせと働いています。

地元に愛されるオリンピア、みゆきちゃんのパワーを感じました。

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dragon ashのアツシさん考えるノリノリダンスも披露され、会場のボルテージは一気に上がり、

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真中が畑中みゆきさんです。

ノリノリだんす

カトセイチームもノリノリに踊る。たぶん一番はしゃいでいましたw



そうこうする間に、いつのまにか夕暮れ時になり気づいたらお祭りも終了。当日来たボランティアさんと一緒になってかたずけ、帰る準備をします。


今までのボランティアとは違い、堂々と笑い、堂々と大声で話し、現地の方と笑顔でコミニケーション。
帰る頃には「本当にきてよかった!」とボランティアに参加してくれたメンバー皆が話してくれました。

誘った手前、そういってくれるとホッとします。



※当日の様子がyoutubeにアップされています。
2分20秒あたりに注目!笑




つづく


海苔フェス日記その②


桂島に着くと、さっそく準備が始まりました。
まずは会場となる港の掃除。

津波で流れ着いたガラスやプラスチックなどの危険物もまだまだあります。
たくさんの来場者がくる予定。

みなさんで綺麗にしました。
結構この日は日差しが強く、疲労感があります。

午前中はこの清掃作業で終了。

そのあとは海岸の清掃へと島の反対側へ向かいます。

高台に上ると島を見渡せます。

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ここに見えるのは、瓦礫を土嚢袋にかたずけ整理された山。
見渡す限り防波堤のように積み上げられていました。
ここには民家が並んでいたようです。
津波は写真の松の木を優に越えて島全体を飲み込んだようです。

国内のどの県も、同情はするけど、瓦礫は受け入れられない。
そんな状態でとりあえずここに並べておくしか出来ないようです。
まだまだ問題は山積ですね。

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海岸の清掃はなかなかの重労働。
かたずけてもかたずけても危険物が流れ着き、とても遊泳できる状態ではないようです。
現在宮城県で解放できる海水浴場はわずかに2か所。
高速道路の優遇もなくなりボランティア数も激減した今、本当に大変な状況のようです。

未だに被害に遭われた方があがることもあると。

都会にいる私は、この惨劇をまるで忘れたかのように過ごしていました。
現場に直面すると反省せざるをえません。

今回ボランティアに初参加した後輩が

「やはり足を運ばなければだめだ。」

と呟いていました。
それは私も被災地へ足を運ぶたびに思う事です。


午後になると、さらにボランティア数が30名ほど増えました。

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なんと塩竈からカヤックで4キロ漕いできたカヤック部隊です。
ちなみに後ろのお父さんはみゆきパパ。

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30人分のカヤック30艇をピットインw


午後のテント設営も一気に進みました。
海苔ふぇす


カヤック海苔フェス

※ちなみに、このテント設営が終わった後カヤックに乗せてもらっておおはしゃぎしたのはここだけの話。現在私はカヤックの購入を検討していますw


夕方、初日の活動を終え、なんとみゆきちゃんの粋な計らいでBBQをみんなで行いました。
仕事を終えた後、同じ目的で集まった雄志たちとのBBQ。

楽しいに決まっています。

1年前の支援活動といえば、ガソリンの心配をしつつ、土に埋まった家族を捜索する姿を横目に、保存食や下着、タオルなどの衛生用品を行き渡らない避難所に配って回るような状態でした。
http://blog.livedoor.jp/katosei/archives/2011-04.html
ホテルも水道、電気が止まっている状態。
多くのボランティアさん達は車かテントに寝泊まりでした。


財産を失った方が大多数ですが、島の方々の明るさに触れ、暗いムードは一切ありません。
ボランティアに集まってくれた仲間たちも一様に

「逆に元気をもらう」と。

宴も深夜まで続き、正直ベロベロになり翌日を迎えるのでした・・・。



つづく










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