こんにちは。加藤恭平です。
長いこと日記を書いていませんでした。久しぶりの日記がこのような報告の形になりますことを
お許しください。
先日、コアラズを脱退することにいたしました。
たくさん考えた末、決めました。
今までたくさんの方々に支えていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
連絡先のわかる方だけになってしまうのですが、
お世話になった方々ひとりひとりに、お礼の気持ちを伝えたいと思っています。
今、この場をお借りすることでしか、お伝えすることができない方々へ、
感謝の気持ちが少しでも伝えられたらと思います。
バンドは僕にとって学びの場でありました。
短大を卒業し、社会人になった僕は、そんな自覚もなく、
少ししてコアラズに入りました。奈良のことが大好きだったからです。
そして音楽が好きで、植田、マニのことが少し好きで、自分で考えて行動して、実行することが何より大好きでした。
あの頃は毎晩のように夜、僕の実家に奈良と二人して集まっては、
その日までにできた曲や出来事を見せびらかすみたいにして、自慢したり、ばかにしたり、
ばかにしては自慢したり、褒めあったりけなしあったり、ギターを弾いては、何時だと思ってんだ早く寝ろ、と親父に怒られたり、怒られたから静かに弾こうぜってんのにでかく弾きやがったり、スコーン食った手で触んなってんのにべとべとにしやがったり、お酒こぼしたり拭いたりしてあそんでいました。
だから、コアラズにはいずれ入れるものだと思っていました。
そしてそうなりました。本当にこんな考え方で、そしてこんな調子で当時からつい最近まで生きてきたもので、
世間や、一般常識などを学べる場所といえば、アルバイト先、そして、バンドだったのです。
もともと自信家で、そのくせ世間知らずな僕は、
メンバーのことも考えず、自分本位にものごとを進めることが多々ありました。
その過程の中でメンバーを含め、厚意で関わってくださる方々の頭を悩ませたことが多々ありました。
そういう時は限ってメンバーに、特に奈良に、“いのししになっている”と頭を冷やされたものでした。
(顔はどちらかといえば犬顔だと思うのですが)当時植田やマニは、本当に困ったと思います。正直、本当に彼らは優しく、そんなそぶりを見せることはありませんでした。
次第に、彼らのことが大好きになりました。
ここまで書くと、まるで野生児みたいですね。
続けます。
僕は常に、何事も重大で、何事も本気でした。
それは良く言ったパターンで、悪く言えば、頭が硬い、柔軟性がない、といった具合でした。
そんな時に出会ったのが本でした。
僕はもともと経済や戦略のことを考えるのが大好きで、それをバンドに活かして成功したい、と思うようになりました。
それがプレーヤーとして生きていきたいと思っていない自分をはっきりと気づかせてくれるきっかけになりました。
そしてメンバーは音楽を媒体にしたクリエーターであり、何より、これはごく当然のことなのですが、
純粋にステージに立つことを望むプレーヤーでした。
奈良は天才です。彼はライブを止めてからというものみるみる成長していきました。
彼のつくる楽曲というのは、どうしても人を惹きつけてしまう、彼の本来の気質、優しさと相まって、
楽曲への柔軟性は計り知れないものになりました。また彼は優れた歌い手でもあります。
彼を取り囲む環境はこれからますます大きなものになっていくと感じます。
植田の持つ独自の戦略感、分析力、なおちゃんの寛容さ、本当になおちゃんは偉大です、
この力が、これからのコアラズを発展させていくと、勝手ながら思っています。
僕はバンドから本当にたくさんのことを学びました。これは、
これから誰に言うでもなく、僕自身に、自信と誇りを与えてくれました。
そして彼ら、メンバーのことを、仲間のことをとても誇りに思います。
支えてくださった皆様、ならびに、メンバーが変わらない状態でのライブ復活を待っていてくださった皆様、
本当にごめんなさい。そして、差し出がましいようですが、もしよろしければ、
変わらぬご期待と応援をバンドによせていただけたらと思います。
今日まで、本当にありがとうございました。
また何かでお会いする機会がありましたら、その時はぜひよろしくお願いいたします。
加藤恭平
P.S 今日まで連絡がなく、この日記を見て僕がバンドを辞めることを知る身内の方々、友人の方々、
ごめんね。なかなか言い出せずに、
僕は元気でやってます。毎日勉強の日々です。
立派になった姿を見せたいと思っています。楽しみにしていてください。
長いこと日記を書いていませんでした。久しぶりの日記がこのような報告の形になりますことを
お許しください。
先日、コアラズを脱退することにいたしました。
たくさん考えた末、決めました。
今までたくさんの方々に支えていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
連絡先のわかる方だけになってしまうのですが、
お世話になった方々ひとりひとりに、お礼の気持ちを伝えたいと思っています。
今、この場をお借りすることでしか、お伝えすることができない方々へ、
感謝の気持ちが少しでも伝えられたらと思います。
バンドは僕にとって学びの場でありました。
短大を卒業し、社会人になった僕は、そんな自覚もなく、
少ししてコアラズに入りました。奈良のことが大好きだったからです。
そして音楽が好きで、植田、マニのことが少し好きで、自分で考えて行動して、実行することが何より大好きでした。
あの頃は毎晩のように夜、僕の実家に奈良と二人して集まっては、
その日までにできた曲や出来事を見せびらかすみたいにして、自慢したり、ばかにしたり、
ばかにしては自慢したり、褒めあったりけなしあったり、ギターを弾いては、何時だと思ってんだ早く寝ろ、と親父に怒られたり、怒られたから静かに弾こうぜってんのにでかく弾きやがったり、スコーン食った手で触んなってんのにべとべとにしやがったり、お酒こぼしたり拭いたりしてあそんでいました。
だから、コアラズにはいずれ入れるものだと思っていました。
そしてそうなりました。本当にこんな考え方で、そしてこんな調子で当時からつい最近まで生きてきたもので、
世間や、一般常識などを学べる場所といえば、アルバイト先、そして、バンドだったのです。
もともと自信家で、そのくせ世間知らずな僕は、
メンバーのことも考えず、自分本位にものごとを進めることが多々ありました。
その過程の中でメンバーを含め、厚意で関わってくださる方々の頭を悩ませたことが多々ありました。
そういう時は限ってメンバーに、特に奈良に、“いのししになっている”と頭を冷やされたものでした。
(顔はどちらかといえば犬顔だと思うのですが)当時植田やマニは、本当に困ったと思います。正直、本当に彼らは優しく、そんなそぶりを見せることはありませんでした。
次第に、彼らのことが大好きになりました。
ここまで書くと、まるで野生児みたいですね。
続けます。
僕は常に、何事も重大で、何事も本気でした。
それは良く言ったパターンで、悪く言えば、頭が硬い、柔軟性がない、といった具合でした。
そんな時に出会ったのが本でした。
僕はもともと経済や戦略のことを考えるのが大好きで、それをバンドに活かして成功したい、と思うようになりました。
それがプレーヤーとして生きていきたいと思っていない自分をはっきりと気づかせてくれるきっかけになりました。
そしてメンバーは音楽を媒体にしたクリエーターであり、何より、これはごく当然のことなのですが、
純粋にステージに立つことを望むプレーヤーでした。
奈良は天才です。彼はライブを止めてからというものみるみる成長していきました。
彼のつくる楽曲というのは、どうしても人を惹きつけてしまう、彼の本来の気質、優しさと相まって、
楽曲への柔軟性は計り知れないものになりました。また彼は優れた歌い手でもあります。
彼を取り囲む環境はこれからますます大きなものになっていくと感じます。
植田の持つ独自の戦略感、分析力、なおちゃんの寛容さ、本当になおちゃんは偉大です、
この力が、これからのコアラズを発展させていくと、勝手ながら思っています。
僕はバンドから本当にたくさんのことを学びました。これは、
これから誰に言うでもなく、僕自身に、自信と誇りを与えてくれました。
そして彼ら、メンバーのことを、仲間のことをとても誇りに思います。
支えてくださった皆様、ならびに、メンバーが変わらない状態でのライブ復活を待っていてくださった皆様、
本当にごめんなさい。そして、差し出がましいようですが、もしよろしければ、
変わらぬご期待と応援をバンドによせていただけたらと思います。
今日まで、本当にありがとうございました。
また何かでお会いする機会がありましたら、その時はぜひよろしくお願いいたします。
加藤恭平
P.S 今日まで連絡がなく、この日記を見て僕がバンドを辞めることを知る身内の方々、友人の方々、
ごめんね。なかなか言い出せずに、
僕は元気でやってます。毎日勉強の日々です。
立派になった姿を見せたいと思っています。楽しみにしていてください。