かつらぎ俳句ブログ

俳句結社かつらぎ交流ブログ

白魚のまことしやかに魂ふるふ 
      
      昭和38年作 阿波野青畝 句集『甲子園』より 

白魚は煮ると白くなるが、生きているときは半透明で眼だけが黒く目立つ。体長七、八センチで、早春、産卵のため川に上る。上品で淡白な味が好まれる。四手網や刺し網に跳ねる白魚「まるで魂がふるえているかにみえた」と、作者の自註にある。小さなはかない命の懸命な躍動感が出ている。


風船を持つ児軽々抱かれけり
      
      昭和61年作 森田 峠  句集『雪紋』より

抱いている児が実際軽いわけではない。が、ふわふわ上がる風船を見ていると、風船を持っている児まで軽げな錯覚を覚える。
理屈ではない。見ていた時のこれが実感。実感を大事に表現した結果、いかにも風船らしい季語の生きた句となった。難解な言葉や複雑な内容ではない峠俳句らしい作品。
 

受難節聖水指に冷たかり 
      
      平成22年作 森田純一郎 『かつらぎ』近詠より

 キリストが十字架にかけられ、復活するまでの二週間をカトリックでは受難節という。その間、信徒はイエスの受難の苦しみを偲ぶ。教会の入口には信徒が十字を切る指を浄めるため、聖水盤が置かれている。受難節であれば殊に指には冷たく感じられよう。ちなみに作者はクリスチャンである。


鑑賞 ・ 中島 葵(かつらぎ特別同人)

たんぽぽは良寛のため毬となる

tanpopo wa Ryohkan no tame mari to naru


dandelion
chages into a ball
for Ryohkan

Ryohkan:Zen monk in Edo period who liked ball bouncing with children

阿波野青畝
Seiho Awano


ついばみをつゞけて孕み雀かな

tsuibami o tsuzukete harami suzume kana

keeping on
pecking something -
pregnant sparrow

森田 峠
Tohge Morita



青畝句:" たんぽぽ dandelion " の絮毛を良寛の
" 毬 ball " と見做された発想が楽しい。
青畝先生も良寛さんと同じように童心をお持ちなのだ。
ちなみに白い毬のようになったタンポポの綿毛を
" dandelion clock タンポポ坊主 "と言う。

峠句: 如何にも峠先生らしい句。これはと思う対象を
身動きせずじっと見つめておられたお姿が目に浮かぶ。
せっせと" 啄む peck " 様子から
" 孕み雀 pregnant sprrow " と観察された。

訳・解説   篠原かつら
( tr. Katsura Shinohara )




針供養針の新陳代謝かな

harikuyo hari no shinchintaisya kana

memorial service
for used needles -
metabolism of needles

阿波野青畝
Seiho Awano


エアメールなども散らばり磯竈

eameru nadomo chiraari isokamado

beach stove for woman divers,
airmails and others
scatter around

森田 峠
Tohge Morita


青畝句:まさに " 使い古した針 used needls" のための
" 供養 memorial service " は " 新陳代謝 metabolism "
以外の何物でもない。納得。余りにも直截な表現なので
反っておかしい。

峠句:" 磯竈 beach stove " と " エアメール airmail " の
取合せが新鮮。" 海女さん woman diver " の女性らしい
面が出ていて何か楽しい(悲しい?)
物語があるかもと想像が掻き立てられる。

訳と解説・ 篠原かつら
(tr. Katsura Shinohara )

無より有出でくる空の牡丹雪

mu yori yu idekuru sora no botanyuki

something comes
from nothing -
large snow flakes

阿波野青畝
Seiho Awano


恋心姫もぢもぢす初芝居

koigokoro hime mojimoji su hatsushibai

captive love
fidgets princess ,
the New Year's play

森田 峠
Tohge Morita

青畝句:" Nothing comes from nothing . 
無からは何も生まれない"は、
紀元前5世紀のギリシャの哲学者の言葉。
この諺に依られたかどうかは分からぬが、
" 無 nothing " を "有 something " に転換して
" 牡丹雪 large snow flake " とされた発想にびっくり。

峠句: " 恋の虜 captive love " になった姫が
" もじもじする fidget " 様子は可愛らしく、
" 初芝居 the New Year's play " らしいほんのり感がある。
人形浄瑠璃とも思える雰囲気。
人形芝居はpuppet show となる。


訳・解説  篠原かつら
(tr. Katsura Shinohara )

太き尻ざぶんと鴨の降りにけり   阿波野青畝
        昭和42年作  句集『旅塵を払ふ』より 
 池や海が氷に閉ざされるシベリアなどから晩秋に渡って来て、日本で過ごし春に帰っていく鴨。鴨にも様々な種類がある。太い尻ならば真鴨であろう。首の美しい緑を輝かせながら、優雅に旋回を繰り返し、挙句無造作に「ざぶん」と着水。滑稽味とともに、真鴨の重量感が出ている。
 
お決まりのこのビアホール年忘    森田 峠
        平成19年作  句集『朴木山荘』より
「ビアホール」とくれば夏と思う。
ところが「年忘」だった。このビアホールの名は「大使館」。かって関西での句会の後「大使館へ行く」と聞いたとき、筆者はびっくりした。この意外性がこの作品そのものである。ケレンのない素直な面白さがある。「お決まりの」で納得がいく。

 烏帽子気にしつつ御慶や福娘   森田純一郎 
       平成28年作   『かつらぎ』近詠より
 正月十日の戎祭は、福の神である恵比寿祭りで、商人等で賑わう。若く美しい福娘
が笹に縁起物を吊るした福笹を渡してくれる。千早に金色の烏帽子を被り、慣れない烏帽子が傾がないよう気にしながら、参詣客に御慶(新年の挨拶)をしてくれる。
ほほえましく、新春らしい雰囲気が漂う。


解説・中島 葵 

歳の瀬の灯ぺちやくちやの六区かな

toshi no se no hi pechakucha no Rokku kana

twittering and chattering
lights on the Rokku in Asakusa ー
end of the year

阿波野青畝
Seiho Awano


羊飼ぞろぞろしつゝ聖夜劇

hitsujikai zorozoro shitsutsu seiyageki

shepherds
troop off to the stage ー
kid's holy play

森田 峠
Tohge Morita


青畝句: 六区は浅草寺近くの繁華街。以前は映画館が並んでいたが
現在は歩道にまで椅子がはみ出ているような飲み屋等で賑わっている。
" 歳の瀬 end of the year " の六区の灯はまさに " ペチャクチャ
twittering and chattering " 。 夜中まで賑やかだろう。

峠句:幼稚園のクリスマス会で " 羊飼い shepherds " や星の子たちが
" ぞろぞろ troop off " 、中にはあくびをしている子もいて
とても可愛かった覚えがある。 " 子供の聖夜劇 kid's holy play "
とさせていただいた。

訳・解説 篠原かつら
tr. Katsura Shinohara

緋連雀一斉に立つてもれもなし

hirenjaku issei ni tatte more mo nashi

flying away
all Japanese waxwings -
none left

阿波野青畝
Seiho Awano


去り難し翁の墓のしぐるゝに

sari gatashi okina no haka no shigururu ni

hesitating
to leave Okina's tomb
where early winter shower falling on

森田 峠
Tohge Morita


青畝句:19歳のときの作、自註に「悪性感冒で兄二人を失い、
故郷に帰る前に落柿舎辺りを歩いていた」。
嵯峨野の竹の青と、" 緋連雀 Japanese waxwing " の尾羽の
緋色との対比が目に浮かぶ。
「もれもなし」に寂しさが込められていると思い、" none left " とした。

峠句: " しぐれ early winter shower " に濡れそぼつ" 翁の墓
Okina's tomb " を去り難しと思われた。
伝統俳句を守ってこられた峠先生の、弟子としてのお気持ちが
" 難し(躊躇する)hesitate " に出ている。

訳・解説 篠原かつら
tr.Katsura Shinohara

虫の灯に読みたかぶりぬ耳しい児

    阿波野青畝 大正6年作
           句集『萬両』より

 「耳しい児」とは「耳の聞こえない児」。
秋の夜、虫がすだいてやかましいほどなのに
読書に夢中になっている耳しい児。
難聴の身を客観的に写生し、ハンディを前向きに
とらえた作品となった。
 このようなプラス思考の作品になるとは
作者自身にも発見だったのではないだろうか。



色鳥や一羽見え二羽ゐるらしく

    森田 峠   平成2年作
            句集『牧開』より

 同じ小鳥でも「囀」は繁殖期に鳴き交す春の季語。
「色鳥」は秋に渡って来る色のきれいな小鳥で秋の季語。
前者は聴覚的、後者は視覚的。
 そのきれいな色鳥が一羽確かに見える。
が、どうももう一羽いるような気配がある。
視覚的にはもう一羽のきれいな色鳥を想像させる。



黒潮を彼方に椿実を落とす

    森田純一郎  平成27年作

 「黒潮」は日本最大の海流で、椿の生育に最適な暖流。
プランクトンが少なくて透明な青黒色なので黒潮と呼ばれる。
ときに離岸してはるか沖を流れる大蛇行現象を起こす。
 そんな黒潮が眺められる島の高台から椿が実を落とした。
彼方の雄大な黒潮と、足元の小さな椿の実との対比が面白い。


鑑賞・ 中島 葵 (かつらぎ特別同人)

 

白き翳聖母なり水澄めりけり

shiroki kage Seibo nari mizu sumeri keri

white reflection in pond
is the Holy Mother -
water clears enough

阿波野青畝
Seiho Awano


包を出て髪を梳きをり草の花

pao o dete kami o suki ori kusa no hana

out from yurt
a girl is combing her hair -
flowering weeds

森田 峠
Tohge Morita


青畝句:『水澄むという季節感がそこにあふれた感じであった。』
聖母の " 白き翳 white reflection " を映して「水澄めり」でなく
「水澄めりけり」としておられるので water clears enough
と強調した。

峠句:西域シルクロードの旅。『ハザック族が "包 yurt "の
生活をしていた。』
数年前モンゴルで包に2泊したことがあるが、
そこで見た可憐な " 草の花 flowering weeds " のイメージから
髪を梳いているのは少女とした。


訳と解説・ 篠原かつら
tr. Katsura Shinohara

老人のヘルンを語る秋の宿

rojin no Herun o kataru aki no yado

an aged man
storied about Hearn -
the House in autumn

阿波野青畝
Seiho Awano


洞然とテニスコートや避暑期果つ

tozen to tenisu koto ya hisyoki hatsu

bright and spacious
tennis court,
summer season has gone

森田 峠
Tohge Morita


青畝句:ヘルンは" 小泉八雲 Lafcadio Hearn "。
自註に「八雲旧居で老人から話を聞いた。
この老人は松江中学で八雲の旧弟子であった。」
宿は旧居を指すのでthe House。
「秋」の一語で清々しい家のたたずまいと老人の話を
しみじみ聞いておいでのお姿が目に浮かぶ。

峠句:自註に「洞然はからりとして広々としたさま」。
夏にはあれほど賑わっていたテニスコーコートが
今は " bright and spacius  明るく広々 " としている。
テニスコートに焦点を絞って "避暑期 summer season "
の果てたことを表現された。


訳と解説: 篠原かつら
( tr.Katsura Shinohara )


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