かつらぎ俳句ブログ

俳句結社かつらぎ交流ブログ

をちこちに夜紙漉きとて灯るのみ

ochikochi ni yokamisuki tote tomoru nomi


hither and thither
lights for Japanese paper making –
nothing else


                   阿波野青畝
                   (Seiho Awano)


鳰沈み水は一枚板となる

nio shizumi mizu wa ichimaiita to naru


a grebe has sunk –
surface of the lake
forms a board

森田 峠
                  (Tohge Morita)


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 青畝句:“をちこち”と雅に表現されたので”here and there”
ではなく”hither and thither”に。
紙漉きJapanese paper making “の
“灯light”以外は“何もないnothing else”。紙漉村の暗く寂しい光景。

峠 句:“鳰grebe”が沈み、波紋の消えた湖の”水面surface“を
“一枚板a board”と詠われた。
鏡湖とも呼ばれる余呉湖の滑らかな水面が目に浮かぶ。
鳰は完全に沈んだ状態なので現在完了形の”has sunk”とした。

                       
訳と鑑賞: 篠原かつら (かつらぎ同人)
           (tr. Katsura Shinohara )

息白しポイ捨て御免合点だ
   
    阿波野青畝  句集『宇宙』より

気温が低く、空気の冷たい冬の朝、吐く息が白く見える。
一昔前、早朝の駅で、タバコの吸殻などを捨てないようにと
「ポイ捨て御免」の貼紙があり、承知したと言うことであった。
この句は俳句ではご法度の三句切れでありながら、
見事な会話体、問答体をなし、弾むようなリズム感がある。



箱河豚の鰭は東西南北に

    森田 峠  句集『避暑散歩』より

河豚の種類は多く、日本近海には三十種前後いる。
箱河豚は、胴体が箱型で形名称共にまことにユーモラスである。
前から見ると、箱河豚は四角形で、胸鰭、背鰭、腹鰭が
まるで東西南北にあるような錯覚を起こし、
俳味豊かに詠むことができたのであろう。



アッシジとモニカに祈る青畝の忌

       森田純一郎   『かつらぎ』 平成二十九年三月号近詠より

青畝は四十八歳の時、キリスト教の洗礼を受ける。
アウグスチヌスの母モニカは息子に熱心にキリスト教をすすめた。
同じように青畝も、亡妻秀と夭折した娘多美子から
入信をすすめられた。
受洗の霊名はアッシジの聖フランシスコに由来する。
又、モニカはとい子奥様の霊名でもある
アッシジとモニカは青畝にとって受洗の象徴的な地名と人名となった。



鑑賞: 安藤 悠木 (かつらぎ同人)

満腹と一ト声柿の鴉鳴く

manpuku to hitokoe kaki no karasu naku


“enough”
a crow croaks out
on branch of persimmon

                     阿波野青畝
                   (Seiho Awano)


稲掛けて隠れたりけり色ケ浜

ine kakete kakure tari keri IROGAHAMA


with hanging rice stubbles
IROGAHAMA seashore
is covered up
     森田 峠
                  (Tohgkide Morita)

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 青畝句:嘴の周りを“柿 persimmon”でべたべたにした”鴉crow”が
満足そうに”鳴いているcroak”。
“満腹enough”の表現で如何にも満足そうな鴉の表情が見えてくる

峠 句:色が浜は敦賀半島の小さな”漁港seashore”。
芭蕉が「浪の間や小貝にまじる萩の塵」と詠んだ地で、
小貝は“ますほ貝”。
以前訪れた時、子供たちが浜でますほ貝を拾い
近くのお寺に届けてお菓子をもらっていた。
“稲架rice stubble”で隠れる程の小さな小さな漁港だった。


訳と解説・ 篠原かつら
(tr. Katsura Shinohara )

                      

神農の虎三越をまだうろうろ

shin’no no tora Mitsukoshi o mada urouro


Shin’no festival
papier–mache tiger loitering around
Mitsukoshi department store


阿波野青畝
                   (Seiho Awano)


祖父としてたゞ従ふや七五三

sofu to shite tada shitagau ya 753


only following
as a grandfather –
Shichi-go-san ceremony

shichi-go-san : Japanese traditional ceremony
for children aged7,5 and3
years old

   
森田 峠
                  (Tohge Morita)

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 青畝句:大阪道修町の神農祭。
笹の枝についた“張子の虎 papie-mache tiger”
を持った人が三越にまだいる。
“うろうろloitering around”の表現で笹の先の張り子の虎が
デパートをうろうろ、きょろきょろしているようでおかしい。

 峠 句:“祖父grandfather”としてちょっと照れくさそうな、
でも嬉しそうな峠先生のお顔が目に浮かぶ。
" たゞ従う only follow " で男親、ましてや祖父の立場がほほえましく
伺われる。

訳と解説 篠原かつら (かつらぎ同人)
(tr. Katsura Shinohara )

独り身の蓑虫ひとりこもりけり

hitorimi no minomushi hitori komorikeri

single bagworm
shuts himself up
singly

阿波野青畝
Seiho Awano


奥社まで花は釣舟草ばかり

okusya made hana wa tsurihuneso bakari


along to the inner shrine
only touch-me-nots
are in bloom

森田 峠
Tohge Morita


青畝句:「独り身」「ひとり」と "ひ"音が続くので
"single 独り" ・ "shut こもる " ・ " singly ひとりで"
と "s" 音を重ねた。
蓑虫は " bagworm 袋虫 " 。
独りで殻にこもって何を考えているのだろう。擬人化が楽しい。

峠句:釣舟草の英語は " touch-me-not " 私に触らないで "
又は "jewelweed 宝石の雑草 " 。
神聖な " 奥社 inner shrine " への径なので " 触らないで "
を採った。径に沿って小流れがあるのだろう。
「釣舟草ばかり」の措辞で涼しげな径の風景が目に浮かぶ。

訳と解説・ 篠原かつら (かつらぎ同人)
tr.  Katsura Shinohara


モジリアニの女の顔の案山子かな
    阿波野青畝 『甲子園』より

案山子は各農家の工夫で出来栄えは様々である。「案山子の首が伸びすぎモジリアニの女に見えた」と自註があるが、作者は幼少より絵が好きで、吟行の折には必ずスケッチ帳を持参しておられた。作者のそういう教養の広さと感性の深さがこの素晴らしい案山子の句を生み出したのであろう。

蓑虫や学問の府にぶらさがり
    森田 峠 『雪紋』より

蓑虫は蓑蛾の幼虫で木の細い枝や葉や蕊などに細い糸を絡ませて蓑を作りその中に住む。掲句の蓑虫と学問の府の取り合わせに驚く。最高学府の大学はそれぞれの学生がシリアスに学問に勤しむ。その傍らでぶらぶらぶら下る蓑虫がユーモラスに描かれて、笑いに誘われる。

少子化の運動会はすぐ終はる
    森田純一郎 『かつらぎ選集第八巻』より

運動会は明治以降体力鍛錬を目的に学校教育の中で行なわれてきた。掲句は現在の運動会の率直な感想を述べる。昔は生徒数が多く徒競走もクラス対抗リレーも時間がかかり、種目も盛りたくさんであった。作者はまさにそのような運動会を懐かしむのである。
  


鑑賞: 安藤 悠木 (かつらぎ同人)

「過はくりかへさぬ」碑盆来たる

" ayamachi wa kurikaesanu " hi bon kitaru

the monument
" Never repeat the same mistake " -
the Bon has come

阿波野青畝
Seiho Awano


宗祇水ほとりに住みて釣荵

Sohgi sui hotori ni sumite turishinobu


hanging potted ball fern
from eves -
dwelling near the Sohgi water

森田 峠
Tohge Morita


青畝句:「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しません」
の原爆死没者慰霊碑は、広島平和記念公園に建っている。
" 同じ過ち the same mistake " は " 決してくりかえさぬ
never repeat " の決心を私たちは忘れてはならない。

峠句:岐阜県郡上八幡に宗祇ゆかりの泉がある。
先生が郡上に吟行された時には、宗祇水のすぐ傍の家に
人が住んでいて、釣荵が軒から下がっていた。
現在は無住となりこの風情は残念ながら失われた。
釣荵は " hanging potted ball fern " とした。

訳と解説・ 篠原かつら (かつらぎ同人)
( tr. Katsura Shinohara )

尺取が棒となりたる疾風かな

syakutori ga bo to naritaru hayate kana


against the gale
an inchworm has turned
into a stick

阿波野青畝
Seiho Awano


夏足袋の刀匠27代目

natsutabi no tosyo 27 daime

swordsmith
in summer tabi -
the 27th generation

森田 峠
Tohge Morita


青畝句:一瞬の " 疾風 gale " に " 尺取 inchworm "
がさっと " 棒 stick " になった。
measuring worm (測る虫)とも言う。
日英とも尺やインチ、測るなど距離に関連した語である。

峠句:岐阜県関市の花野句会吟旅に参加された時の句。
関は鎌倉時代から刀匠の里として有名。
この時の " 刀匠swordsmith " は、まさに27代兼元(金子孫六氏)
であった。暑い鍛冶小屋で身じろぎもせず刀匠を見つめて
おられた先生のお姿が目に浮かぶ。

訳・解説 篠原かつら
(tr. Katsura Shinohara )

炎々と大山開く夜なりけり
    阿波野青畝『不勝簪』より

山開きでは、山の神霊に祝詞をあげて、一夏の登山の始まることを告げ、無事を祈る。掲句は大山の山開きの句で、山開きの神事を終えた社殿からゴールのある博労座をめざし二千の人々が松明を手に持ち参道を練り歩く。炎に包まれた大山の夜の荘厳で神聖な山開きが瞼に浮かぶ。


緑陰を出づる黄の騎手赤の騎手
    森田 峠『避暑散歩』より

緑陰は青々と茂った樹木の陰。競馬場では出走前に馬の状態を観客に見せるパドックがある。掲句はその情景であろうか。赤と黄の色彩の鮮やかさ、更に緑陰との明暗のコントラストが素晴らしい。そして「緑陰を出づる」から、競技場での騎手達の躍動感が想像される。


今一度月下美人に寄りて辞す
   森田純一郎『マンハッタン』より

月下美人はサボテン科の多年草。夏の夜八時頃、蕾がふくらみ始め、深夜に大輪の香りのよい純白の花を開き、数時間で萎む。知人の家でその一部始終を見た作者。今、暇乞いをしたら、この花を再び見ることは無い。月下美人の儚い命に寄せる哀惜の念が句から漂う。


鑑賞・ 安藤悠木 (かつらぎ同人)

炎々と大山開く夜なりけり

enen to Daisen hiraku yo narikeri

torch after torch -
the eve
of Mt.Daisen's opening

阿波野青畝
Seiho Awano


木曾馬の遊びて夏至となりにけり

kisouma no asobi te geshi to narinikeri

on the ranch
Kiso horses are playing -
the summer solstice has come

森田 峠
Tohge Morita


青畝句: 大山山開きの前夜祭。2000本の松明が
山上の神社から降りてくる。
炎の河となり " 炎々と torch after torch " 流れ下るさまの
荘厳な情景。それを活写された堂々たる句。
参道にこの句碑が立っている。

峠句: 開田高原の木曾馬牧場。御嶽山の広大な裾野の
牧場で馬たちが走り回ったり、のんびり草を食んだりしている。
" 夏至 summer solstice " の一語で高原の明るく清澄な
空気が伝わる。

訳と解説・ 篠原かつら (かつらぎ同人)
(tr. Katsura Shinohara )

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