さまざまな色をランダムに打ち続けると、色は濁りだし、やがてグレーになってしまう時がある。固有の美しい色を使用しても、その配色によって、流れ、リズム、生命感等色の相対効果が出る時と、色の均等な混ざり合いによってグレーに見えてしまい、そこからは生命力も方向性もなくなって、言わば澱んだ“死”の状態になってしまう時がある。
そんなことは誰しも理屈では知っていて、理解していることと思うのだけれども、その現象が絵画の上のことでないもの(観念上のことであったり、大きな人的組織)であったりすると、平等とか平均とか安定とかの言葉に表現されて、ふとそれが良い事のように錯覚してしまう傾向がありはしないだろうか。
色彩的に破綻した状態というものを、物理的に置き換えて見たり、又社会的な色々な軋轢などを色彩的に表現し直して、それを良い解決のための方途の参考にすることは充分に可能だと思う。そうすることによって、実社会の中にある見えにくい様々なモノを、よりクリアに理解することができるのではないか。
色彩的に美しい形やバランスを意識して、人々を組織すると美しい仕事に向いた組織ができたり、色彩的に力強い形やバランスを意識して人々を組織すると、力強い仕事に向いた人的配置を作りやすくなったりするのではないか。それは決して想像に難くない。