27年目のハーフタイム

鹿児島生活

争奪戦必至

  • 2013年07月17日
鹿児島も梅雨明けしてボチボチ経つ。暑さが半端じゃない。でも、東京の方が暑い気がする。皆さん、ご無沙汰しております。


ポール・マッカートニー が11年ぶりに来日公演をすることが昨日発表された。元々、ポールに会いにロンドンに行って、あれやこれやと流されていき、今、ここにいる身としては、是が非でも観たい。東京、大阪、福岡であるみたいなので、東京に行きたいなぁ。  

もし、僕がチケット取れなくて、皆さんが取れてて、行かないよ ーって人がいたら、是非、最初に連絡してください。そこだけはドラフト1位でお願いします。

こんなに大きくなりました(隼人よりちょい高め)

  • 2013年06月11日
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遅ればせながら、わたくし西原勝哉、30歳になりました。


20代はまぁ、むちゃくちゃな感じで、あれよあれよで終わってしまいましたが、30代はしっかりと地に足を着け、スキルアップに励みたいと思います。しかし、迷い多き10年でしたが、人生変える出会いの連続で、とても人に恵まれていました。こっから10年も人を意識する10年にしたいと思います。


皆様、何卒、よろしくお願いします。




追伸 ゴルフしたい。

博多22時

  • 2013年05月08日


先日、サカナクションを観に行かせてもらいました。姉様ありがとうございました。

なんだかんだでライブ撮って以来、2年ぶり。最近のライブを観てなかったので、上がりました。飲みました。踊り狂いました。 楽しすぎて飲み過ぎました。今更ですが、すげぇカッコいい。


余談ですが、今回の博多は完璧なタイムスケジュールで、飲み→ライブ→飲み→ラーメンと、博多を堪能して最終の新幹線で帰宅。新幹線でパッと行けることを体感した良い休日でした。

あー、楽しかった。姉様、例の件また連絡します。 

気がつけば・・・

  • 2013年05月08日
9月から一切更新していないという、堕落した生活を送っていました。とりあえず、追って書けるほど記憶が残っているわけではないので、最近のことを。 

今年に入ってからというもの、変な病気にかかり、それが長引き、なんとなく落ち着いたと思ったら、わけのわからない近隣トラブルに巻き込まれ、なんとか解決の方向に向かっていたと思ったら、この間、追突事故に巻き込まれた。しかも四重衝突の3台目。そう、信号待ちで止まっているマイカーにノーブレーキの車が突っ込んで来たわけ。案の定、むち打ちと左半身打撲。昨日から行く予定だった奄美出張も飛ぶという始末。本当、クソッタレだ。

参るぜ本当。ここまでついていないと本気でお祓いを考える。20代最後の1年はなかなかシビアな感じで展開している。30歳を迎えるまでは穏やかにしときたいものだ(もうあと1ヶ月だけど・・・)

ワタシマケナイ!  待ってろ三十路。

僕と樹

  • 2012年09月29日


先日、カメラマンになりたての頃からずっとかわいがってもらっていた、僕にとって、本当に、本当にお世話になった大切な人とのお別れ会でした。


ボビーさんが亡くなったことを最初に知ったのはネットでした。いろんな情報が飛び交ってて、本当かどうかすらわからなくて、でも、本当みたいで、ぜんぜん実感なく「実はウソなんじゃないか」とか思ってこの間まで過ごしていました。




初めて会ったとき、ペーペーなのにガツガツ来るオレのことをすげぇ胡散臭いヤツと思ってたと思います。怒られた事もあったし、それでも「撮ってよー」と毎回声をかけてくれました。仕事はボビーさんとLUNKHEADの現場から学んだ事ばかりです。見た事ない景色をたくさん見せてもらいました。二十歳そこそこの若造だったオレが東京で写真で食えるようになったのは完全にボビーさんのおかげです。すげーフレンドリーに話してくれるんだけど、ボビーさんの現場はひたすら緊張感があって、なんとか唸らせたいと毎回思ってましたよ。ボビーさんキャリア凄すぎて、本当、厳しかったから。恋愛コンサルタントばりに恋愛相談とかも乗ってくれましたよね。あっちこっち地方にも行かせてもらいました。鹿児島で巨人戦があったときにオレの書き込みに反応して「そんな素晴らしい席で我が巨人軍と一緒な空間にいられる君は、一生の運を使い果たしているかもだぜ!」と書き込んでくれました。ある意味使ったかもしれません・・・笑 そういえば、一番最初に「長谷部に似てる」って言ったのもボビーさんでした。

ボビーさんはオレが鹿児島に帰るとき、唯一「すげーなー、よく決断したね。たいしたもんだ。」と褒めてくれました。その言葉がどんなに心強くて、嬉しくて、誇らしかったか。

期間的にはたかだか7、8年くらいだけど、なんかいろいろ思い出あります。



本当にオレのことを買ってくれていました。鹿児島に移ってからからも「撮りに来てよー」と電話をくれました。ボビーさんほどオレのことを買ってくれた人はなかなかいません。この間、ひさしぶりに会ったときは「頑張ってるねー」と言ってくれました。頑張るって言葉が好きじゃないボビーさんからそんなことを言われました。「いえいえ、とんでもないっす」とか言っときながら、実はすげぇ嬉しかったんですよ。




お別れ会の会場の新宿LOFTはものすごい数の人で溢れていて、すげーひさしぶりに会う人ばっかりでした。やっぱ、ボビーさん凄い人だったんですね。LOFTに何人いたんだろう。本当、たくさんの人に愛されてますね。ぜんぜん実感ないまま東京行って、LOFT行って、いろんなひさしぶりに会う人と話をしても、焼香台の前の遺影見ても、なんかイマイチ本当かなって感じでした。この間みたいにバーカウンターの席に座ってんじゃねーかなって。


でも、LUNKHEADが「僕と樹」を演ったとき、やっと、やっと、ボビーさんがいなくなったことを実感できて涙が出ました。なんで今、目の前で「僕と樹」演ってるんだろう?と。そうか、ボビーさんのお別れ会だからか。と。あー、ボビーさん本当にいなくなったんだな。と。

あの日の「白い声」と「僕と樹」は、今、自分が生きているということを確認して、ボビーさんがいなくなったことを実感する一音一音でした。息苦しくなるくらいの「命」を感じて、もっと生きたいなと思えました。




あー、本当にボビーさん死んでしまったのかぁ。まだまだオレが撮った写真見てほしかったな。一回くらい唸らせたかったな。オレ、まだまだだな。


本当、ボビーさんには感謝しかありません。






こっそりですが、この間、ラジオで「座右の銘ってありますか?」って聞かれたとき、ボビーさんに言われた言葉を言ったんですよ。オレが生きて行く上で一番大切にしてる言葉ですから。

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