2012年04月01日

お久しぶりです。
本当に久しぶりです!

実にこのブログを放置して2年が経っている事に気がつきました。一度放置してしまうと、ここに行きつくまでに多くの関門をくぐり抜けなくてはならず、またパソコンを閉じそうになりました。

今回もう一度この場に戻ってきたのには訳があります。

今月4月から地元香川県の高等学校教職員として勤務する事になり、これまでお世話になった石丸製麺を去る事になりました。

 石丸製麺との契約は実に6年に至ります。私が当初お願いしていた契約期間を越える長期に渡るものになりました。当初は北京オリンピックを見据えた契約内容でした。

 しかし社長をはじめ社員の皆さんの前で”石丸を背負ってオリンピック代表”になる事を公言したにも関わらず、その”契約”を達成する事はできませんでした。その時に初めて契約というものの重みを感じ、そして自分の選手としての価値も同時に思い知らされました。

 ですがそんな私をロンドンに挑戦できるまで支援を継続していただいた事には本当に感謝しています。

 そして今年度から活動する場は変わりますが、私なりに6年前にお約束した”契約”を果たしたいと思います。
 また石丸製麺のスポーツ支援活動も新しい地元選手の加入もあり、継続していく事になりましたので、今後とも新加入の選手共々よろしくお願いいたします!!

 ではまた競技場で!

 





kawakita710 at 15:36コメント(3) 

2010年09月20日

  連休のど真ん中にスーパー陸上に出場してきました。

  結果は51"75

  タイトル通りに最後の直線はもがく事すらできず、溺れているような感じでゴールしました。

  原因は前半からの流れを途中で断ち切ってしまったこと、そして風に対して臨機応変に対応できなかった事です。前者の方はアップのときから身体も動いていたので行く事は決めていました。しかしこういうレース展開を今までしなかったというか、できなかったのでかなり冷静さを失っていました。風が強くなったときには歩数を合わせにいってしまってかなり減速。こういうレース展開をするなら行けるところまで行くのが上策です。なにかちぐはぐなレースをしてしまった感じです。

 そして後者の点に関しては少し情けなく感じています。どんな条件であろうと、それにうまく対応する事が勝負には必要不可欠です。あの強い風の中でも対応する適応力を、あの条件下で引き出せなかったのは今回最も反省しなくては成らない点でしょうね。

 しかしあんまり考え込んでもいられません。国体、アジア大会とビッグゲームが待っています。体調は頗る良いので、出せるものは出したいですな。

 

kawakita710 at 23:03コメント(1) 

2010年06月18日

 この度の日本選手権の結果から 11月に行われるアジア大会の日本代表に選出されました。

 前大会も選出されましたが、その時はシーズンも終わりに近づいてから。今回は早々に決まったのでしっかりと準備もできます。

 2大会連続という事で前回以上の成績を目指してしっかり粘ります!!!


kawakita710 at 10:05コメント(3) 

2010年06月07日

地元香川で行われた日本選手権。また四国でも初開催ということもあり、出場する側にとっても非常にモチベーションが高まる大会となりました。

結果は49秒63(2位)

日本一の称号を目指しましたが、力及ばずでした。走り終わった後、順位も記録も確認しないで帰ってしまったことがあの時の気持ちを表していると思います。

そしてふと同じ地元開催であったインターハイを思いだしました。あの時も2位。負けた後、ユニホーム姿で指導していただいていた先生と前半がどうだの、後半がどうだの話していました。

そして今回同じように競技後サブトラックでレースでのことを話しました。
あれから12年近く経ち、先生も私も歳をとりましたが、相変わらず話すことはヨンパーのこと。

せめてお世話になった恩師と1位になった時のレースのことで討論したかったです。

まあいろいろ思いだした日本選手権でした。





kawakita710 at 18:39コメント(2) 

2010年05月15日

 ここ最近で静岡国際以外にも2レースに出場し、老体に鞭打ってきました。

 結果は・・
       5/8 大阪グランプリ  50”09(7位)
       5/15 関西実業団選手権 50”31(2位)

 タイムはいずれも良くないですが、レースをこなす毎に身体の感覚が大きく変わってくるのを感じました。初戦は身体が重く、鉛を背負っているのかぐらいの感覚でした。そして2戦目の大阪では少し鉛がとれた感覚はありましたが、レースでは相変わらずの身体の重さで何とか完走するのがやっとでした。しか〜し3戦目ではその違和感はすっかりなくなっていました。レース途中で歩数のパターンを失敗して”ストップ”してしまいましたが、動きそのものはレースをこなす毎に、また日を追う毎に良くなっている感じです。

 要は少し冷静さをかいていた感じでした。勝負では相手に負け、タイムも今ひとつの状態、そして今の自分と周りを比較してもう駄目かなと思う状況に陥っていました。しかしそんな自分のネガティブな精神状態にはおかまいなく、体調は良くなっていきます。心が身体を動かさず、身体が心を動かした感じでした。”心身相関”なのでしょうか?密接な関係により、一方が駄目なら、それをもう一方が補う。今更ながらそれに気づき、少し救われた感じです。

 しかしそんな独り相撲をとっている間に、本番の日本選手権まで残り3週間!!

 まあなんとかなるでしょ。と勝手に思っています。

  

   

kawakita710 at 22:25コメント(5) 

2010年05月04日

ようやくシーズンイン!
今季初レースになる静岡国際陸上に出場してきました。

結果は50秒43(6位)

身体は重い、ハードルは浮く、悪い時の典型的な症状がでていました。
疲労が取り切れていないのは感じていましたが、ハードルの踏切の感覚が良くないのは気になりました。

しかしタイトル通り一喜一憂は禁物。対処は考えてあるので、結果をだすための準備をコソコソとやっていきます。

そろそろ長年の経験を生かさねば。


kawakita710 at 21:48コメント(3) 

2010年03月17日

これがイギリスで呼ばれていた私の呼び名です。

 久しぶりにブログを書いた上に、突然この題名から始まって意味不明だと思われますが、
 実は3週間だけイギリス、ラフバラ大学で合宿を行ってきました。

 なぜ気候の寒いイギリスかというと、

 一つは不慣れな環境で精神的な鍛錬を積む事。

 そしてもう一つはこの大学でトレーニングしている400m北京オリンピックそして昨年のベルリン世界選手権のファイナリストと練習をともにする事。


 この年齢になって今後このような経験はできないと思い、若手に混じって参加させてもらう事になりました。

 トレーニングは週6回、競技場、芝生、ウエイト場を利用して行い、ウエイト以外はほとんど彼らとトレーニングをともにしました。


そしてそこから連続ノックアウトの日々が始まります。最初の1週間は特に酷く、撮っていたビデオカメラに収まらないくらい差がついてしまいました。

とにかく力んでいました。それも走っているときは全く気づかないくらい。
海外の選手に対して意識過剰すぎて、自分自身を見失う。

あまりそういった経験がなかった自分には地獄!そこからはいかにこのアウェーな世界で相手と、そして自分との戦いも始りました。

毎日、返り討ちになる日々が続き、最後にようやく彼らに迫る事はできましたが、勝つ事はできませんでした。

 そしてさらにショックな事が。それは最終週に日本人だけの練習の時があり、走ってみると楽な事、楽な事。
 走る以前から、彼らに既に負けてしまっていたこと、そして自分を見失っていた事を痛感させられました。


これが今の実力、そして今の現状。


題名のJapanese guyは走りやトレーニング、そして会話においても彼らにアピールできず、あまり名前覚えて貰えなかった私の呼び名。


“たくさん来ていた日本人の中の一人”から脱却すること。それが彼らに意識させることになり、プレッシャーを与えることになる。と信じています。


kawakita710 at 01:31コメント(5) 

2010年01月01日

 あけましておめでとうございます。
 
 早いものでこのブログを書き始めて新年を迎えるもの4年目になりました。

 本当に早いものです。年をとるのも・・・


 さて2010年を迎えた訳ですが、その前に昨年をふりかってみました。

 何といっても昨年の最大のハイライトは日本選手権でしょう。
 後少しで届いていた世界への挑戦権。
 しかしそれは差がどんなものであろうと、敗北という現実しか残らない。
 今までの陸上人生ほぼ負け続けていますが、勝負の厳しさを一番思い知らされた時でした。そして頂点に立つ事の難しさも改めて感じました。

 本当は自己ベストや東アジア大会での金メダル獲得を思い起こしたいのですが、忘れたい事、嫌な事ほど記憶に残る。それだけ私自身にとって重要なレースでありました。



 後、思い知らされたのは・・・・年齢でしょう。テレビ中継を見る度に、まず年齢から紹介され現実を突きつけられた一年でした。


 そして今年ですが、まずは過去の自分を越えること。 今年は地元香川県で日本選手権が開催されます。順位も記録も越えていきたいですね。
 後は三十路と言われても動揺しない事!!しかし日本選手権の時はまだ二十代なはず・・・


kawakita710 at 02:04コメント(2) 

2009年12月20日

 ここ数日非常に冷えますねえ。

 先週まで温暖なところに海外逃亡していた身体は一瞬で悲鳴をあげました。少し休養します。

 さて久しぶりの日本代表、そして海外遠征となった東アジア大会ですが、結果は・・・

 400mハードル、4×400mリレーともに勝つことができました。

 ハードル種目はともかくリレーに関しては、日本代表としてはジュニア時代以来になります。それ以外でも年に一度、地区選手権等で出場する程度で、本当に久しぶりでした。

 日本代表としてリレーを走ること。これほど光栄なこと、そして恐怖を覚えたことはありませんでした。

 大学時代、自分がアンカーを任され予選落ちしたこともありましたし、競り合いに負けてバトンをつなぐ頃にはトップは遥か彼方ということも多々ありました。

 そんなこともあって今回は個人種目で優勝した後、すぐにリレーのレース展開や走りのことで頭がいっぱいになっていました。普段ならレースのフィードバックをすぐにしようとするのでかなり緊張していたのだと思います。

 こういった時は必ず力みが生まれ、思うように走れなくなるのですが、レースになり走りだすと何か吹っ切れたように自身の力を吐き出すことができました。

 理由は何かと考えると・・・
 
 それはバトンをつないできてくれた選手の顔を初めて見れたことにありました。繋いできてくれたバトンと責任を受け取り、そしてそのバトンを次につないで渡す。

 今まで恐怖にとりつかれ、バトンを見るのが精一杯で、バトンを繋いでくれている者、そして受け取る者の顔を見ることができませんでした。今回はリードがあったために生まれた余裕からなのかも知れませんが、選手が近づいてきて顔が見えた時、何か自分の中から吹き出すものを感じたものは間違いありません。それが身体から力みを取り去り、思うような力が出せた要因ではないでしょうか。

 勝てたこと、そしてこのようなに感じたことは良い経験になりました。個人種目の記録も良ければ最高でしたが、それを忘れさせてくれるものでした。

 繋ぐことはリレーだけでなく、私の専門種目であるヨンパーで最も身近に感じることができます。次の世代にリレーのように繋がり、技術が伝承していることによって、世界に通用する種目として認知されています。私もまだ先輩方から教えて頂いているところです。それが伝える事ができるところまでいけば良いのですが・・・



  写真は一緒に走ったメンバーです。今回は逆に若い人達から繋いでもらいましたが・・・・・

DSC00465


kawakita710 at 21:32コメント(1) 

2009年12月05日

今 沖縄来ています。12月から開催されている東アジア大会の事前合宿のためです。

今回の大会は若手主体ということもあり、短距離では最年長になってしまいました。
すっかりベテラン、おじちゃん扱いを受けています。

少し前は自分より年上の選手の背中を学んできました。

今度は自分がと思うと見せられる背中は残念ながら無いなあと。

ならばどうするべきか。

ベテランを自覚するというより、今まで得てきたものをより洗練し、それを形してに示す。これが今の今まで現役でいる自分にできることではないかと感じます。

何か新しいものを生み出すのは簡単な事ではありませんが、ここまで続けてきて得たもので方法なり、結果で示すことができればと思います。
残された時間で何がでてくるかは自分次第ですが。

今回同室の同い年の選手と話してふと感じた事です





kawakita710 at 09:20コメント(0) 
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