2016年09月16日

敗北した者、失敗した者に光を

毎日、パラリンピックで、ハンデを
克服した方々の水泳やテニスなど多く
の競技が盛り上がっています。
テレビでは、アナウンサーが
「メダルが19個獲得!」などと、
少々興奮気味に伝えています。
その功績は、賛美に値するものです。

しかし、どこの世界でも、どこの家庭でも、
まばゆいばかりのスポットが当たり、賞賛
されるは勝者であり、または優良な成績を
残した場合です。

それとは対照的に、日陰で小さく身をかが
めるのは敗北した者、挫折した者、失敗し
た人、または心ならずも失態を犯した人
です。

広大な日本で、敗北した者、挫折した者、
失敗した人にこそ着眼点を置いて取り上げ
ていく場所があっても良いのではないか、
それが、僕のいる「兎亀山 西蓮寺」です。

 西蓮寺には、本堂の入口に兎の

大な絵が描かれたのれんがかかって
います。

 本堂の横には、人の背丈ほどある
大きな岩の天辺に

亀の置物があり、訪れる皆を出迎くれ
ています。

 どうして兎と亀との関わりがとても
深いお寺になったのでしょうか。

 もともと二十年位前から、西蓮寺は

寺の掲示板に、毎月、いつも次のよう
兎と亀にまつわる話をよく載てた
ました。

 敗北して、大きな挫折した兎は、
それが
終ではなくて、
 始まりだった。

 ここから、いじめや、長い引きこもり

や、積み重ねてきた失敗などを
元にして真宗の教えにふれて

学び得ていった自身の体験談を元にした
作品「その後の兎と亀」に取り組む、
長い生活が始まりました。


 今回の彼岸法要と、再来月の法話
では、「その後の兎と亀の視点」を
活かしていけるテ一マにしました。

しくじり、失敗を通して学び得る
真宗の教え」です。

 兎と亀とともにお待ち致します



西蓮寺~彼岸会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


9月18日日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592


 






kawamurajuhou at 19:55コメント(2)トラックバック(0) 

2016年08月18日

一番と、最下位の人の価値~無条件に認め合う

お寺にとって激務でありますお盆の期間が終わ
りました。
東京や大分、さまざまな地域からのお参りの
方と交流ができました。
仕事に関しては完全な亀型の僕は、お盆の翌日
の16日から、定例会の法話の構成にコツコツ
取り組んでいます。

 さて、毎日、リオ・オリンピックが連日、盛り上がっ
ています。
 水泳や体操でメダルを次々と獲得しました。
また卓球の女子チ一ムの銅メダルや、レスリング
女子など、メダル獲得の嬉しい知らせに、国民が
沸いています。

連日のテレビや国民の声を聞いていますと、どうしても
「メダル、メダル」と、メダルを獲得した選手に
スポットが当たり、大歓声を受け、大注目されます。

 しかし、「仏教のものの見方」から考えますと、
予選で敗退した選手、更には、あと
一歩のところで日本代表選手としてオリンピック
に出れなかった大勢の選手も、メダルを受けた
選手と同じくらいの猛練習をしてきたことでしょう。
メダルを獲得した選手も、予選敗退した選手も、
惜しくも日本代表になれなかった選手も
本来は等しく賞賛されるべきだと思うのです。

 私達は人生において、自分や家族に、または同僚
の人に、いろいろな条件を付けてしまいます。
「成果を得たから、胸を張って人に誇れる」
「成績が良かったから、評価を得れて自慢
できる」 

 阿弥陀如来さまは、何かの基準で優劣を付ける
でしょうか?。
 阿弥陀如来さまは、この人は善い心がけをして優れ
た者だから真っ先に救って導くとか、この者は見込み
の無い劣る者だから後回し、と言った分け隔てが一切
ありません。

 阿弥陀如来さまの慈愛は、まったくの
無条件です。
 
 成績がよかろうが、人から高評価を得ようが、低評価
を受けようが、
地道にコツコツ生きる目だたない地味な成果の人であ
ろうが、生きる価値に、まったく差はありません。
ただ人間の、ものの見方が偏ってしまうだけです。

 健常者であろうが、障害者であろうが、まったく
一切、生きる価値に差はありません。

 たぐいまれな俊敏さゆえに、数えきれないほど
の勝利と、高い評価によって、少しずつ自分を
見失ってきた兎なんぞ、馬の糞ほどの興味さえない。

 ただ、 見下してきた亀に負けて、初めて大きな
挫折を味わい、かけがえのないものをコツコツと
見い出していく、「負けた、その後の兎」の歩みを、
私は最後まで見守っていきたいのである。

【ずっと以前に書いた、「その後の兎と亀」長老猿
の百聞(びゃくもん)の、「動物界日記」より引用】

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


8月21日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

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電話 093-321-3592







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2016年07月13日

弱くて、迷う私

よく、妹の本や記事などを読んださまさまな方から、
「引きこもり、さまざまな迷いから立ち直ったきっかけ、
要因は何ですか?」といったご質問をいただきます。

まず、私のような凡夫の身で、迷いから完全に抜け出す
ことは、できません。
弱い存在です、
ですから常に迷いが起こります。

先日、以前、僕の講演を聞いてくださった四十代
の男性から電話がありました。
「私は、上司にも、部下にも、どの同僚にも、
仲間にも、自分の弱点は見せたくありません。
家族にさえも、できるだけ自分の弱点を知られたく
ありません。」と言います。
僕は、「その状態がつづくと、しんどくありま
せんか?。」と聞きました。
相手の男性は、しばらく黙ったままでしたが、
小声で、「はい。」と答えました。

私達は、どのようにもがいても凡夫です。
無理やり悟りを気取って、迷わない強固な私に
なろうとして無理をして生きると、いずれは疲れ
てしまいます。
しんどくなってしまいます。

阿弥陀さまは、迷いを切り抜けてから、その後に立派
な者へと導く、という教えではないのです。

次々に湧き起こる煩悩、そして、強く見せかけてはいて
も実は弱い私、それゆえに迷いを重ねる私を、その
まんま全面的に受け入れて導いてくださるのです。

このような迷いや弱さを抱えながら、仏さまに確かな
方向性を示していただきながら生きていくことがで
きる、ということが有り難いことですね。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


7月17日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位

電話 093-321-3592 

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