2017年03月04日

この私の尊き可能性の種

徐々に春の陽気に包まれてきました。

西蓮寺の門の前で、数人の女性の
にぎやかな話し声が聞こえます。
「ほら、言った通り、白梅と紅梅が両方咲いて
いるでしょ。」
「妙慶さんのブログで見たわ。実際に見ると
もっときれいな枝垂れの白梅、素敵ね。」
「さらに、こちらが杏子の木で、こちら側が枝垂れ
桜よ。 西蓮寺さまは、こじんまりした中にも
いろんな木の花が順番に咲く、花の楽園のような
お寺ね。」

一人の女性が、清掃中の僕と目が合い、
遠慮深そうに頭を下げておられます。
「ちよっと境内に入らせていただいても
よろしいでしょうか?。」

僕は、「どうぞ、お入りください。」と呼びかけると
四人の女性が頭礼しながら入ってきました。
話を聞けば、小森江方面(西蓮寺から数キロ離
れた地域)から花々を楽しみながら散歩をしに来ら
れた、真宗門徒の仲良し四人組とのことでした。

若い頃から仏法を学び、華道を学んできたという
女性(吉村さん 五十代後半位)が、以前
から私に聞きたかった事を質問してきました。
「突拍子もない事をお聞きしますが、まるで
きっちりと計算されているかのように、白梅、
紅梅、杏子、枝垂れ桜と順番に咲くのは、お寺
さまならではの何か仏法と関連した意図が
あるのでしょうか?。」

この感性の鋭いご質問がうれしくなり、僕なりに
精一杯お答えしました。
「途切れなく次々と木の花が咲く事に特別な
意図はありませんが、阿弥陀如来さまからの
メッセージが全ての木々の花に込められている
のです。

吉村さん達は、興味津々といった様子で、目を輝か
せて続きの話に聞き入ります。

「元々ご仏前のお花(お仏華)には、
「せっかく備わった私の尊い可能性(仏性)が、腐る
ことなく開いてほしい。」という仏さまからのメッセージ
が込められています。
境内の木々の花たちも、蓮如上人のお言葉を
お借りすれば、「仏法の領域」です。
ですから、境内の木の花々もお仏華と同じように、
「私達、一人ひとりに備わった尊き可能性を、
決して腐らせることなく、聞法を通して開花させて
ほしい。」という願いが込められているのですよ。」

お花が大好きと言う四人の女性は、「腐らせたら、
どうしよう。」などと話し合い、仲よく会話しながら
喜んで帰られました。

どうか、せっかくこの世に生まれた貴重な縁を賜
った以上、仏法聴聞を通して、私達の尊い可能性
の芽を、少しずつでも開かせていただきたいものです。

西蓮寺彼岸法要お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


三月十九日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話テ一マ
「仏法を通して、
    私の尊き可能性を開いていくには」


法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592









kawamurajuhou at 14:54コメント(0)トラックバック(0) 

2017年02月14日

受け継いでいくべきこととは?。


先月、妹といっしょに映画を見ました。
話題作の「海賊と呼ばれた男」です。

僕と妹が生まれ育った昔の門司が舞台である
ことに感動しました。

主人公の出光佐三さん(映画の中では
国岡鐡造さん)が西蓮寺とも縁のあるお方と
いうことで、その人柄と、歩んできた道のりに
ふれることができました。

妹がブログで伝えていますように、私の曾祖父は
この出光左三さんと交流があったということを、
母親から、繰り返し聞いてきました。

西蓮寺の近くに別荘があったそうでして、出光佐三さんが
西蓮寺内の曾祖父をよく訪ねてきたそうです。
母の話によると西蓮寺の茶室にて、曾祖父と出光佐三
さんが、よく骨董の話などで盛り上がってたそうです。

西蓮寺の本堂、境内の建造の基礎を築いた曾祖父は、
経営状態が大変な中、出光さんには骨董品を渡していた
と実母から聞いていました。
その話を聞いていた子供の頃の僕は、出光佐三さんとは
駆け引きの巧みな老獪な人物と言う印象がありました。

今、映画の後半で、老年となった出光佐三さん(映画の
中では国岡鐡造さん)の姿を通して曾祖父にふれること
がきっかけとなり、曾祖父が西蓮寺に築いたもの、受け
継いでいくべきものを深く思案しています。

母から聞いてきた曾祖父の仏教精神とは、「人の痛みを
察する慈愛」でした。

ある日、子供の頃の母親が境内を元気に歩いていると、
曾祖父が慈愛に満ちた表情で、このように法を説いた
そうです。
「蟻んこ(ありんこ)はな、生き抜くために必死に重き荷物
を抱えて懸命に歩いておる。その蟻を踏むのが私という
存在である。蟻のことを、察していきたいものだ。」

この教えは、子供の僕にはよくわかりませんでした。
せいぜい、「仏法を聞いていくと、曾祖父のように、
蟻んこの存在さえも気にかけれる人間になって
いくのかな?」と、受け止める程度でした。

しかし年を重ねた今の僕は、曾祖父の言葉の奥には、
「私たち凡夫は、相手の辛さや痛みを知る
ということが、なかなかできない横着な身である。
真宗の教えを通して、人の心を察していける私になりた
いものだ。」
という仏法精神が込められているのだ、と少しずつ噛みし
めています。

曾祖父の後を受け継いだ祖父も、同じように「慈愛の仏法精神」
で生きて来られたと聞きました。

蟻んこ(人の心)を軽視したり、おろそかにしてしまう凡夫の
私であることに気づくのは自力では至難ゆえに、阿弥陀
さま、親鸞さまにお尋ねして深く気づかせていただくことで
少しずつ真の人間となっていけるのですね。

私達が受け継いでいくべき大切なものとは財産でしょうか?。
それとも品物でしょうか?。
僕はそうではなく、本当に受け継ぐべきかけがえのない事
とは、「善き言葉」だと痛感します。

ここに改めまして、西蓮寺に脈々と受け継がれてきた、「法を
通して命は互いに活かされるべきである」という仏法精神を
受け継いで生きていきたいと、再度、改めて強く思い立ち
ました。

さゆどん さま、まゆさま、仙台萩の月さま、コメント読ませてい
ただきました。
返信を書き込みました。遅れまして、すみません。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


二月十九日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話テ一マ
「さまざまな違いを超えて出遇うには」

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592


























さゆどん さま、まゆさま、仙台萩の月さま、コメント読ませていただきました。返信を書き込みました。遅れまして、すみません。



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2017年01月11日

初心に立ち返るとは?

今日、遠方からご門徒のご家族四人が本堂に
少し遅い新年のお参りに来られました。


七十代の女性が、私に新年を迎えるにあたって
どうしても聞きたいことがあると申されます。
「以前、法事の法話でご住職さんが、「仏法を通して
自分の問題と向き合わないと内面の成長は乏しい」と
おっしゃられたのが、とても気になっています。
そこで、まずは一から初心に立ち返って聞法がした
いのです。
そこで、真宗で「初心に立ち返る」とは、どういう事で
しょうか?」

私は蓮如上人の御一代記聞書にある教えについて
お話しました。
蓮如上人は、「一事(ひとつこと)をいくたび聴聞申すとも、
めずらしく、はじめたるようにあるべきなり」と伝えておられ
ます。
どうしても、「この話は、すでに何回も聞いた」と思ってし
まいます。ここが落とし穴なのです。
「聞き続け知識として記憶した」のは、オウムでも
できます。
「聞き続けて、少しずつ自分の身についてきた」というのが
本来あるべき聞法の姿でしょう。
蓮如上人は、真っ白の白い紙にインクを落とすとジワッと
広がるように、
「常にはじめて聞く気持ちで聞法する大切さ」を伝えて
おられるのです。

ある寺院のベテランご住職さんで書道の先生が、
「五十、六十、七十歳を過ぎても本当に成長を
続けて上達していく人には例外なく、自分の思い込み
にとらわれなくて、教える人の話を素直に受け入れて
いく人」と申されました。

自分の分別にとらわれずに、常にはじめて聞く気持ちで
聞法したいものです。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


一月十五日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

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kawamurajuhou at 20:06コメント(6)トラックバック(0) 
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