2016年08月18日

一番と、最下位の人の価値~無条件に認め合う

お寺にとって激務でありますお盆の期間が終わ
りました。
東京や大分、さまざまな地域からのお参りの
方と交流ができました。
仕事に関しては完全な亀型の僕は、お盆の翌日
の16日から、定例会の法話の構成にコツコツ
取り組んでいます。

 さて、毎日、リオ・オリンピックが連日、盛り上がっ
ています。
 水泳や体操でメダルを次々と獲得しました。
また卓球の女子チ一ムの銅メダルや、レスリング
女子など、メダル獲得の嬉しい知らせに、国民が
沸いています。

連日のテレビや国民の声を聞いていますと、どうしても
「メダル、メダル」と、メダルを獲得した選手に
スポットが当たり、大歓声を受け、大注目されます。

 しかし、「仏教のものの見方」から考えますと、
予選で敗退した選手、更には、あと
一歩のところで日本代表選手としてオリンピック
に出れなかった大勢の選手も、メダルを受けた
選手と同じくらいの猛練習をしてきたことでしょう。
メダルを獲得した選手も、予選敗退した選手も、
惜しくも日本代表になれなかった選手も
本来は等しく賞賛されるべきだと思うのです。

 私達は人生において、自分や家族に、または同僚
の人に、いろいろな条件を付けてしまいます。
「成果を得たから、胸を張って人に誇れる」
「成績が良かったから、評価を得れて自慢
できる」 

 阿弥陀如来さまは、何かの基準で優劣を付ける
でしょうか?。
 阿弥陀如来さまは、この人は善い心がけをして優れ
た者だから真っ先に救って導くとか、この者は見込み
の無い劣る者だから後回し、と言った分け隔てが一切
ありません。

 阿弥陀如来さまの慈愛は、まったくの
無条件です。
 
 成績がよかろうが、人から高評価を得ようが、低評価
を受けようが、
地道にコツコツ生きる目だたない地味な成果の人であ
ろうが、生きる価値に、まったく差はありません。
ただ人間の、ものの見方が偏ってしまうだけです。

 健常者であろうが、障害者であろうが、まったく
一切、生きる価値に差はありません。

 たぐいまれな俊敏さゆえに、数えきれないほど
の勝利と、高い評価によって、少しずつ自分を
見失ってきた兎なんぞ、馬の糞ほどの興味さえない。

 ただ、 見下してきた亀に負けて、初めて大きな
挫折を味わい、かけがえのないものをコツコツと
見い出していく、「負けた、その後の兎」の歩みを、
私は最後まで見守っていきたいのである。

【ずっと以前に書いた、「その後の兎と亀」長老猿
の百聞(びゃくもん)の、「動物界日記」より引用】

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


8月21日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592







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2016年07月13日

弱くて、迷う私

よく、妹の本や記事などを読んださまさまな方から、
「引きこもり、さまざまな迷いから立ち直ったきっかけ、
要因は何ですか?」といったご質問をいただきます。

まず、私のような凡夫の身で、迷いから完全に抜け出す
ことは、できません。
弱い存在です、
ですから常に迷いが起こります。

先日、以前、僕の講演を聞いてくださった四十代
の男性から電話がありました。
「私は、上司にも、部下にも、どの同僚にも、
仲間にも、自分の弱点は見せたくありません。
家族にさえも、できるだけ自分の弱点を知られたく
ありません。」と言います。
僕は、「その状態がつづくと、しんどくありま
せんか?。」と聞きました。
相手の男性は、しばらく黙ったままでしたが、
小声で、「はい。」と答えました。

私達は、どのようにもがいても凡夫です。
無理やり悟りを気取って、迷わない強固な私に
なろうとして無理をして生きると、いずれは疲れ
てしまいます。
しんどくなってしまいます。

阿弥陀さまは、迷いを切り抜けてから、その後に立派
な者へと導く、という教えではないのです。

次々に湧き起こる煩悩、そして、強く見せかけてはいて
も実は弱い私、それゆえに迷いを重ねる私を、その
まんま全面的に受け入れて導いてくださるのです。

このような迷いや弱さを抱えながら、仏さまに確かな
方向性を示していただきながら生きていくことがで
きる、ということが有り難いことですね。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


7月17日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

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2016年06月16日

罪と向き合う

西蓮寺の境内にいる二匹のカエルが、今日も元気
いっぱいに鳴いています。

今、最も注目されている問題として、都知事の舛添さんが、
国税や都税を個人的に利用したのではという、さまざまな
疑惑について、連日、非常に厳しい追及を受けました。
そして今日、都知事の舛添さんが、いよいよ辞任しました。

辞任した舛添さんに、追い打ちをかけるような、とても厳しい
罵声の声をあびせたり、ネットで非難をしています。

いかに国民を裏切るような大きな間違った行為をした
人であろうとも、長い日数、毎日、四方八方から多くの
鋭い言葉の剣で責め続けられた人です。

痛手を受けて去りゆく人に対しては、剣をおさめて
静かに見届けるのが、人間としての情けでは
ないでしょうか。

舛添さんの罪を許すなどと言うつもりは、毛頭も無い
のです。

しかし、真宗のものの見方として、罪を背負った人が、
行き場を失い、これから長く、静かに自らの罪と向き合う
であろうその姿を見届けていきたいのです。

阿弥陀さまは、「自分に限っては、罪は無い」と思って
いても、実は誰しも小さな罪を積み重ねながら生きて
いることに少しずつ深く気づかせてくださります。
僕自身、罪を重ねて生きて来た身と知らされながら
生きてきました。

家族同士、知人同士、相手を厳しく責め続ける
ばかりでは、相手は息苦しく、自分の罪や間違い
と向き合う余裕さえも失ってしまいます。
責める方は、怒りのため、そこを見失うのです。

また、相手には過失がないのに、疑念によって
相手を追い詰めてしまう場合もあります。

互い、相手に思案するだけの余裕を与え、
そして自分自身、常に自分に問いかけをする
余裕を与えていきたいものです。


※はな様、返信が遅くなりましたが、書き込み
 ました。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


6月19日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位

電話 093-321-3592 

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