2017年07月22日

相手の、そのまんまを受け入れる

いよいよ本格的な暑さとなってきました。


昨日、以前から僕の講演や法話を何回か聞いた
五十代のご夫婦が訪ねて来られました。

ご夫婦は、自宅の周辺にはマンションが立ち並んで
おり、この十年間の間に新たに引っ越して来られた方
も多いとのことを説明してくださります。

ご夫婦が少し寂しそうな表情を浮かべて、代わる
代わる心情を伝えてこられます。
「ご近所同士なのに、会話を交わした事のない
方も多く、さまざまな事件があり、殺伐とした世の中で
は、どうしても互いに相手の事を、どんな人だろうかと
警戒した気持ちで見てしまう部分があるのが寂しい
ですね。」

確かに、現在の世の中をよく観察しますと、表面上では
和やかでも、昔に比べて人間関係が希薄な面があるの
ではと感じる事が多くあります。

生活を通しての真宗の学びでは、「浅い先入観にとらわれ
ずに、互いに、相手の、そのまんまを受け入れる」という
のが理想です。

僕は、ご夫婦に、先月まで入院していた病院での
珍しくも可笑しく、貴重な体験談を話しました。
【妹は爆笑でしょうが】

手術の前日、僕の病室がある七階病棟の談話室
で、妹の、いつものように賑やかで明るい声が響いて
います。

どうやら妹は、僕の手術の翌日に手術を受ける七十代
の男性の奥さま(仮名 岡本さん)と、友人のごとく打ち解けて
会話をしています。
【妹は、知らない人と一分間で打ち解けると言う妙な
特技があります。(それゆえに妙慶)】

手術当日、僕は、岡本さん(ご主人)から激励を受けました。
「どうか、がんばってください。成功をお祈りします
「ありがとうございます。お互い、無事に乗り越えたい
ですね。」

手術の六日後、集中治療室から一般病棟に移りまして、
リハビリセンタ一に向かって歩いていますと、僕の手前に、
同じくリハビリセンタ一に向かっている車いすに乗った岡本
さんらしき人がいます。

僕は感情が高まり、声をかけました。
「ああ岡本さんだ、無事にお会いできてよかった
とっさにこちらを振り返ったお方を見て、大きく気持ちが
揺れました。
確かに岡本さんのようではあると思う気持ちが半分、
もしかしたら違う人かもしれない、という直感が半分
でした。

お名前を確認しようとした、その瞬間の出来事です。
岡本さんらしき人が、感極まった様子で涙を浮かべて
僕に、しゃがれた声をふりしぼって大声で話しかけて
くださるではありませんか。
「あぁ一、ありがとうございます
私もあなたを応援しますよ。あなたは、まだお若い
から大丈夫。お互い、がんばりましょう。

ここまで誠心誠意になって熱意を込めて話しかけて
くれるお方に、今さら、「岡本さんですか」と聞く事に
何の意味もなくなっていくような気がしました。

僕も、誠心誠意、お答えしました。
「ぜひとも、リハビリを乗り越えて、お互い、がんばり
ましょう
岡本さんらしき?お方は、声を震わせて、「ありがとう
と言ってくださりました。

それから僕は、毎日毎日、その方を、「岡本さん半分、違う
人半分」と言う不十分な認識のままで、
まるで二十年前からの親しい旧知のごとく、親類のことく熱意
のこもった会話を交わし続けました。
「お互い、精一杯、がんばりましょう
「ぜひとも、乗り越えましょう」

そして、真実を知る日が来ました。
ある日、トイレから出て来た、もう一人の岡本さんを確認
しました。
その人こそ、間違いなく本物の岡本さんでした。

その後、別の岡本さん(仮名 吉崎さん)の部屋を横切りました。
そのときの出来事です。
別の岡本さん(仮名 吉崎さん)のベットの横には、三十代位の
息子さんらしき人が見舞いに来ていました。

その時です。僕の姿に気づいた別の岡本さん(仮名 吉崎さん)
が、必死になって僕に激しく手をふり、精一杯に声を
絞り出して話しかけてくださりました。
「あっ、あ一」 まるで家族へ呼びかけているような
熱心さです。
息子さんは、「この人は、とにかく父にとって大事な人」と
直感なされたのでしょう。
急いで駆け足で僕の方に来てくださりました。

僕は、口が裂けても、「人間違いから続いた関係」とは
言い出せなくなりました。
僕は、ただ黙って、息子さんに深々と頭を下げました。

その後も、ずっと、僕は、別の岡本さん(仮名を吉崎さん)
と、互いの病状を思いやり、熱心な励ましの言葉をかけ
合う毎日がつづきました。

もはや今まで以上に、どっちが本物の岡本さんなのか、
どうでもよくなってきたのです。
人違いのまんまで良いのです。
やはり、大切なご縁なのです。

僕は、「これこそが、本来の真宗の御同朋の関係、念仏を
通しての仲間との関係である。」と、痛切に思いました。

そこには、相手への警戒心や不信感もなければ、偏ったも
のの見方もない、何の分別もなく互いに相手に飛び込み、
互いの事を、そのまんま受け入れていける関係に発展して
いけます。

そして、慈悲の愛により、まったくの無条件で私達一人ひとり
を受け入れてくださるのが阿弥陀さまでしょう。

西蓮寺~定例法話会お知らせ
 ※お盆のお勤めを兼ねます。

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


八月二十日(第三日曜。)
時間   午後1時30分

お勤
法話   妙慶

※住職は、会奉行(行事の準備役)・
および鐘打ち担当
安静のため、妙慶の横にいます。

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

電話 093-321-3592 

※財前 五郎さま、遅くなりましたが、返信を
書き込みました。

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592


































kawamurajuhou at 00:08コメント(1) 

2017年06月17日

支え合う

西蓮寺の白の紫陽花がきれいです。

おかげさまで、体調もだいぶん回復してきました。

長い日数を費やしましたが、妹がいろいろな面で
サポ一トしてくれまして支えになってくれました。
遠方での講演や寺の用事や、ラジオ収録などの
合間に繰り返して支えに来てくれまして、その底力
に驚かされます。

またご門徒の世話役の方々が支えてくざさりまして
寺院の事も、生活面でも安心でした。

また、さまざまな方のありがたい励ましの言葉や
メ一ルをいただきました。
また、気持ちのこもった手書きの葉書をいただきました。
折り鶴を作ってくださった方もおられます。
差し入れもいただきました。
誠に、ありがたいことです。

私達は、自分一人の力でどこまで生きていけるので
しょうか?。

以前、僕が埼玉県に講演のため行ったときに
知り合った六十代の男性がいます。
さまざまな苦労を乗り越えてきた方です。
その方が、僕に胸を張ってこのように言いました。
「私は、誰の力も借りずに、自分の力でさまざまな
苦難を乗り越えて生きて来ました。」

私達は、自力の強さを誇りたい面は誰しもあるでしょう。
しかし、私達は、自分の力で苦難を乗り越えていると思うのは
実は周りの姿が見えていなくて、自分の姿さえもよく見えてい
ない状態なのですね。
お釈迦さまは、「相依相対」という教えを説かれて
います。
自分で気づかないところで、さまざまな人の助け、
支えを受けて生きている、という大切な意味が込められ
ています。

僕自身、病気になったおかげで、会う人、会っていないけれど
見えない所で気にかけてくださる人、さまざまな人に支えられ
ているということに改めて気づかせていただいている
毎日です。

西蓮寺~定例法話会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


六月十八日(第三日曜。)
時間   午後1時30分

お勤
法話   妙慶

※住職は、鐘打ち担当
安静のため、妙慶の横にいます。

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

電話 093-321-3592 

※財前 五郎さま、遅くなりましたが、返信を
書き込みました。

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592


























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2017年06月08日

いつもは気がつけない有難さ



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みなさん  こんにちわ


西蓮寺   住職の川村寿法です


梅雨入りですね。


病気になるということは
得ることがたくさんあるのだなと
感じます。


調子の良い時は、動けて当たり前です。



しかし、体調を悪くしたことで、
じっと立ち止まることをさせて
もらえます。


景色をみたり


風に当たったり


陽に当たったり


空を見る


新緑を楽しむ


まるで立ち止まった
亀の心境です。


こんな時間ってあっただろうか?



普段見落としていたことを
見直しすることができます。



全てご縁ですね。 



定例会では皆様にお会いできる
ことを楽しみにしています。 




















。 


kawamurajuhou at 13:49コメント(0)トラックバック(0) 
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