2017年02月14日

受け継いでいくべきこととは?。


先月、妹といっしょに映画を見ました。
話題作の「海賊と呼ばれた男」です。

僕と妹が生まれ育った昔の門司が舞台である
ことに感動しました。

主人公の出光佐三さん(映画の中では
国岡鐡造さん)が西蓮寺とも縁のあるお方と
いうことで、その人柄と、歩んできた道のりに
ふれることができました。

妹がブログで伝えていますように、私の曾祖父は
この出光左三さんと交流があったということを、
母親から、繰り返し聞いてきました。

西蓮寺の近くに別荘があったそうでして、出光佐三さんが
西蓮寺内の曾祖父をよく訪ねてきたそうです。
母の話によると西蓮寺の茶室にて、曾祖父と出光佐三
さんが、よく骨董の話などで盛り上がってたそうです。

西蓮寺の本堂、境内の建造の基礎を築いた曾祖父は、
経営状態が大変な中、出光さんには骨董品を渡していた
と実母から聞いていました。
その話を聞いていた子供の頃の僕は、出光佐三さんとは
駆け引きの巧みな老獪な人物と言う印象がありました。

今、映画の後半で、老年となった出光佐三さん(映画の
中では国岡鐡造さん)の姿を通して曾祖父にふれること
がきっかけとなり、曾祖父が西蓮寺に築いたもの、受け
継いでいくべきものを深く思案しています。

母から聞いてきた曾祖父の仏教精神とは、「人の痛みを
察する慈愛」でした。

ある日、子供の頃の母親が境内を元気に歩いていると、
曾祖父が慈愛に満ちた表情で、このように法を説いた
そうです。
「蟻んこ(ありんこ)はな、生き抜くために必死に重き荷物
を抱えて懸命に歩いておる。その蟻を踏むのが私という
存在である。蟻のことを、察していきたいものだ。」

この教えは、子供の僕にはよくわかりませんでした。
せいぜい、「仏法を聞いていくと、曾祖父のように、
蟻んこの存在さえも気にかけれる人間になって
いくのかな?」と、受け止める程度でした。

しかし年を重ねた今の僕は、曾祖父の言葉の奥には、
「私たち凡夫は、相手の辛さや痛みを知る
ということが、なかなかできない横着な身である。
真宗の教えを通して、人の心を察していける私になりた
いものだ。」
という仏法精神が込められているのだ、と少しずつ噛みし
めています。

曾祖父の後を受け継いだ祖父も、同じように「慈愛の仏法精神」
で生きて来られたと聞きました。

蟻んこ(人の心)を軽視したり、おろそかにしてしまう凡夫の
私であることに気づくのは自力では至難ゆえに、阿弥陀
さま、親鸞さまにお尋ねして深く気づかせていただくことで
少しずつ真の人間となっていけるのですね。

私達が受け継いでいくべき大切なものとは財産でしょうか?。
それとも品物でしょうか?。
僕はそうではなく、本当に受け継ぐべきかけがえのない事
とは、「善き言葉」だと痛感します。

ここに改めまして、西蓮寺に脈々と受け継がれてきた、「法を
通して命は互いに活かされるべきである」という仏法精神を
受け継いで生きていきたいと、再度、改めて強く思い立ち
ました。

さゆどん さま、まゆさま、仙台萩の月さま、コメント読ませてい
ただきました。
返信を書き込みました。遅れまして、すみません。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


二月十九日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話テ一マ
「さまざまな違いを超えて出遇うには」

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592


























さゆどん さま、まゆさま、仙台萩の月さま、コメント読ませていただきました。返信を書き込みました。遅れまして、すみません。



kawamurajuhou at 22:39コメント(0)トラックバック(0) 

2017年01月11日

初心に立ち返るとは?

今日、遠方からご門徒のご家族四人が本堂に
少し遅い新年のお参りに来られました。


七十代の女性が、私に新年を迎えるにあたって
どうしても聞きたいことがあると申されます。
「以前、法事の法話でご住職さんが、「仏法を通して
自分の問題と向き合わないと内面の成長は乏しい」と
おっしゃられたのが、とても気になっています。
そこで、まずは一から初心に立ち返って聞法がした
いのです。
そこで、真宗で「初心に立ち返る」とは、どういう事で
しょうか?」

私は蓮如上人の御一代記聞書にある教えについて
お話しました。
蓮如上人は、「一事(ひとつこと)をいくたび聴聞申すとも、
めずらしく、はじめたるようにあるべきなり」と伝えておられ
ます。
どうしても、「この話は、すでに何回も聞いた」と思ってし
まいます。ここが落とし穴なのです。
「聞き続け知識として記憶した」のは、オウムでも
できます。
「聞き続けて、少しずつ自分の身についてきた」というのが
本来あるべき聞法の姿でしょう。
蓮如上人は、真っ白の白い紙にインクを落とすとジワッと
広がるように、
「常にはじめて聞く気持ちで聞法する大切さ」を伝えて
おられるのです。

ある寺院のベテランご住職さんで書道の先生が、
「五十、六十、七十歳を過ぎても本当に成長を
続けて上達していく人には例外なく、自分の思い込み
にとらわれなくて、教える人の話を素直に受け入れて
いく人」と申されました。

自分の分別にとらわれずに、常にはじめて聞く気持ちで
聞法したいものです。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


一月十五日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592























kawamurajuhou at 20:06コメント(6)トラックバック(0) 

2017年01月02日

今年も、負の要素と向き合う兎の視点で生きたい

新年明けましておめでとうございます。
大晦日は、こ門徒さまの家族や近所の
皆さん、遠方からご家族で来られた
多くの皆さんと共に除夜の鐘を打ちながら
一年間を振り返り、心静かに新たな年を
迎えました。

その後、本堂にて皆様と共に新年のお参り
をしまして、酉年にちなんだ今年の初法話を
させていただきました。
ホワイトボ一ドに、経典に出てくる浄土の鳥である
「共命鳥」の絵を描きながら話をしました。
絵が下手なため途中でグロテスクな怪鳥ような絵
になりかけて内心ドキドキと焦りましたが、どうにか
軌道修正しまして、かろうじて鳥に見える絵と
なりました。

正月には、次々と正月のお参りの方が来られ
ました。(皆様、午後の二時過ぎに来てくださる
のが配慮が感じられてありがたいです。)

さて、大みそかから正月と慌ただしかったです
ので、体調が心配でしたが、なんと予想に反して
体調が良く、さほど血圧の乱れもありません。

人間とは、ほどよく動き回って忙しい方が、
むしろ体調のために良い、ということを改めて
実感できました。

ホワイトボ一ドには、あえてドキドキと焦りながら
懸命に描いた鳥の絵を消さずに残してます。
その理由は、今年も仏教を通して、「亀に負けた
兎の視点」で、自分との欠点、弱点などの負の
要素と向き合う事をおろそかにしない意思表示
のためです。

今年も、連載物語「その後の兎と亀」の執筆に
コツコツと励んでいきます。

今月号の「その後の兎と亀」は、いよいよ
どこの地域や組織にも潜んでいる、「噂をばらまく
大魔王」の登場です。

本年も、よろしくお願い致します。

西蓮寺~定例会お知らせ

お参り・ 法話・ 茶菓子をいただき
 ながら座談


一月十五日(第三日曜)
時間   午後1時30分

法話  住職(川村 寿法)

北九州市門司区東門司二丁目
7一21 (バス停東門司二丁目)
門司港駅からバスで8分位
田ノ浦行【※海岸通り

電話 093-321-3592 

講演・ 朗読演劇のご依頼

 【市町・寺院・学校・その他】

  現代劇時代劇

電話 093-321-3592







kawamurajuhou at 23:15コメント(2)トラックバック(0) 
記事検索