河津とおるの「風よ吹け!」鹿嶋市議会裏話

鹿島アントラーズサポータークラブ“インファイト”を立ち上げ、鹿嶋市をサッカーの街へと変貌させた男「河津とおる46歳」。 彼が新たに挑戦の場に選んだのが、保守的風潮の残る鹿嶋市議会。 現在、鹿嶋市議会議員5期目となり、古い体質に風穴を開けるべく奮闘するブログ。

2006年06月

昨夜は提灯祭(神幸祭)の集まりがありました。私はこの祭をとりまとめる鯰会(なまずかい)の副会長をしています。祭を行うという事は歴史を守るという事です。楽しさだけではなく重責も必要です。そして朝は頭痛と共に目覚めました・・・。

続いて、鹿嶋市内における児童虐待について現状を調べた。というのも虐待防止についての議論を何人かと意見交換した時に、大きな視点で見る防止方法は、鹿嶋市におこっている虐待とは背景が違う可能性はないのかと思ったからだ。実際、問題にあたっている担当の方のお話を聞くと、様々な問題が複雑に絡み、簡単に解決できない事は推察できた。H17年度で報告された件数は36件。その内12歳以下は20件。それ以外にも報告されない例もかなりあると思う。この数が多いのかどうか、より具体的な問題解析はもう少しデータを集めてからになるが、この数だけを見る限り、児童虐待問題とひとくくりにして解決方法をさぐるよりも、ひとつひとつに問題をさぐり対処する事で解決していくしかないのだろう。児童虐待を防止する、つまり未然に防ぐという事ならば、まだまだたくさんの方法があるのかも知れない。引き続き調査します。さてこうやっていくつもの担当課を回り相談をしてきたわけですが、いつも思うのだが、どこの課でも(特に市民と接する課)人
手が足りなく思える。市の職員を減らすのは市民サービスの向上にはつながらない。鹿嶋市長が自身の成果だと語る節税対策とは、市の職員を減らして人件費を抑えたにすぎないし、それは新しい職員を取らないだけの事だ。私はこれを見直しだとは思わない。市民だって、余裕もなくて笑顔の消えた市役所など求めていない。抽象的な言葉になるが、鹿嶋市役所は「暗い」。

続いて、過去のブログのコメントで教えていただいた、週末に開かれるスポーツセンター駐車場での農作物テント販売についての詳細を聞いてきた。設立準備委員会をたちあげ議論を重ねてきたという。昨年12月から毎週土曜日9時から13時まで。今月から土日の9時から12時まで開催されている。恥ずかしい事だが、私はこれを全く知らなかった。地元農作物のテント販売はすばらしい事なので、より周知して欲しいのだが、そもそも問題は、なぜ、道路からは全く見えない場所でおこなわなければいけないのかだ。何箇所か候補があったそうだが、スタジアム周辺の盛り上げも考えに入れての決定だそうだ。これはおかしい。こういった事は別に考えないといけない。まずはテント販売において最良の決定をするのが盛り上げの相乗効果のはずだ。と言っても場所の選定にはかなりの時間をようしたそうなので、それを否定する訳ではありませんし、今後の課題だそうです。私も行って、何か買ってこようと週末が楽しみです。

市役所にて、いくつかの相談とお願いをしてきた。ひとつは、平井海水浴場の海開き前の会議のお願い。これは、私の呼びかけで毎年恒例となったもので、海水浴場の管理を任されている平井地区の商店街の方々と、海を使う側のサーファーやジェットスキーの団体の代表が意見を持ち寄り、その年の決まり事を確認して、事前にトラブルを防止する為。私の理想とする海水浴場は、スリーシーズン、マリンスポーツが楽しめる海。ところが、いざ海水浴場として整備を考えると、海水浴客の安全を考えて、サーフィンやジェットスキーを閉め出そうとした。確かに全国的な海水浴場はそうだろう。だが私の目指すものはマリンスポーツのできる海水浴場。その為の危険防止を徹底すればいい。ということで会議が開かれるのだが、今年はその連絡がない。おかしいと思い相談に行ったのだが、担当の引き継ぎのミスで予定されていなかった。すぐに日程調整をしていただきました。あたり前の海水浴場ではなく、個性のある海水浴場にしたい。その為にはやらなければいけない事やアイデアがまだ
まだある。いつか若者を中心としたNPOを作って、海の管理をするようになればいいな。海まで続く道に小さなお店が並び、砂浜にはテラスのある海の家があって、ステージもある。エリア別にマリンスポーツを楽しめる。夏が過ぎても、サーファーやジェットスキー等で賑わう海水浴場をつくりたい。

市内小学生の保護者の皆さんと、教育現場での問題についてお話しをさせていただいた後、彩花ちゃん(故人)の父親である友人夫婦が、顔をみせに来てくれた。外国での闘病の記録を見ながら話を聞くと、やはり1番頑張ったのは小さな彩花ちゃんだった事を実感した。その後、鹿嶋市内に事務所を開いた弁護士の先生とお会いする事ができた。鹿嶋市内に法律事務所は初めてだと思う。紹介してくださる方を挟んで挨拶をかわしたが、若くて素敵なご夫婦でした。私の所にくる相談の中には、弁護士に相談した方がいい場合も少なくありません。これからはよろしくお願いします。そして夜はJCの委員会に出席です。たくさんの人に会える、これってすごく幸せな事です。

秋桜(コスモス)という映画をDVDで見ました。すずきじゅんいち監督、小田茜主演で、脇を夏木マリ(私はこの方を日本を代表する名女優だと思う)他で固めています。物語は、外国での輸血によってAIDSに感染した高校生が故郷に帰り、そこでの差別や偏見を、友達と一緒に戦っていくというもの。その中に死を受け止める少女の感情や、家族の思いが描かれています。このDVDは、映画に詳しい友人の薦めで借りて見たのですが、注目したのはストーリーだけではありません。この映画自体が出来上がった過程にも注目です。これは友人の受け売りですが、この映画を作るにあたっての経費から協力まで、その地域が率先したそうです。地域が作った映画だと言ってもいいでしょう。映画を作るのにはかなりの経費、人数、労力が必要です。それらを乗り越えるのは並大抵の事ではなかったでしょう。だからこそ永遠に残る芸術作品ができあがったのです。映像が遺すものは永遠です。風景、人、思い出。こういった例があるのだから、地域の力でつくるご当地映画は不可能
ではないはずです。ちなみにこの映画の為に尽力したのも地元の青年会議所でした。

0772841a.jpg昨日は市内の保育園の保護者の皆さんと懇談の後、水戸に挨拶回りでした。その中のひとつに茨城県日中友好協会もあり、私も青年委員長をおおせつかった事もあったのですが、役を下りてから足が遠退いていましたのでおわびもかねてご挨拶。日中友好活動にも持論があるのでそれは後に。その後の約束の間に時間があき、無駄に使うよりはと、県の現代美術館に、次に歴史館を見学。どちらも良かったけれど、お勧めは歴史館かな。その時ひとつのトラブルが。なんと携帯電話の電池がなくなってしまった。なんの為に新しくしたんだ。どうにかコンビニを見つけたが、皆さん携帯電話はよく考えて変えましょう。便利さを追求した文明は不便さを産んでいるよ。

携帯電話をD901から、SH902isにしました。私はこのブログもいつも携帯電話から書いています。携帯電話を使う事が多くて電池の消耗が激しく、すぐになくなってしまうので、ならばと機種も変えてしまいました。機種を変えると機能も違って、ここまで書き込むのにもかなり苦労しています。そこまで苦労するならば電池を買えばよかったと思う事でしょう。私も今そう思っています。

いただいたコメントの中に、成人式をどう思うのかという質問がありました。私も多くの皆さんと同じように、テレビを通して成人式で暴れる成人の姿を見るたびに悲しく、情けなくなります。鹿嶋市でも過去に成人が暴れてニュースになった事があります。その際、市長を始め、議員他、来賓全員が式を早々と切り上げ壇上から下りました。私は最後まで残り、舞台の上からマイクを使い成人達に、これからの鹿嶋にとって若者の力がどれだけ必要なのか、そしてこういった行動が、若者にたいしての評価を落とし、それが成人達にも、そして鹿嶋の世代交代にもどれだけマイナスなのかを伝えました。私も会場も感情的になっていて、どれだけ私の気持ちが伝わったのかはわかりません。ただ私が会場から出ようとした時に成人達に囲まれてお礼を言われた事できっとわかってくれたのだとうれしく思いましたが、同時にもう一度成人式をやり直させる事ができないのかと翌日、担当していた教育委員会に出向き、教育長と担当者と話しをしました。翌日にはその騒動も全国紙のニュースで取り
上げられていました。もちろんその記事の意図するものは、成人達の愚かさであり幼さです。私は「鹿嶋市の成人達を、社会から見た若者達の愚かさの象徴として犠牲にする訳にはいかない。もう一度成人式をやり直し、大部分の成人はこのようなトラブルにもしっかりと対応し、やり直す事ができる事を見せるべきだ。そして問題を起こした成人も一緒に反省して参加する事が大事だ」と話し、成人式のやり直しの検討を求めましたが、全く聞き入れてはもらえません。鹿嶋市の若者達が、全国的に笑われている事に対してそれを払拭するチャンスも与えないのです。私は騒いだ成人達が騒ぐ理由に主張があるとは思いません。あるとすれば同級生や会場にきている人達への自己主張でしょう。ですが、騒ぎが起きた事に理由があるとすれば、それは、成人式が本来の意味をなさず形式化している事、そしてそれは成人も主催する側も解っているからだと思います。主催側も来賓全員も、成人を祝う気持ち等全くありません。「おめでとう」の言葉に気持ちなどかけらもありません。成人側も同じ
です。形式の言葉を聞いているだけなので、そこに感謝の気持ち等うまれる訳がないのです。そこで気持ちが通じないからと言って、一方的に成人が悪いというのは間違っています。その後、問題を起こした一部成人達も反省の態度を示しました。成人式にも様々なアイデアも盛り込まれるようになりました。今でも一部騒がしく元気な成人はいますし、こういった若者はいて当然です。これがエスカレートしてまた同じ問題が起きても不思議ではありません。今後は形式的な成人式ではなく、その街にあった意味のある成人式にしていかなければいけないでしょう。それについても私には実行したいアイデアがあります。鹿嶋市の歴史、そして成人としての責任、そして観光を結びつけて、成人全員が鎧を着込んで鹿島神宮での成人式をおこなってみたいのです。そしてもうひとつ、これだけ全国的に問題視される成人式、これを無事に解決して意味あるものにできる団体があります。それは日本青年会議所だけだと思うのです。

それでは小・中学校の入学・卒業式における挨拶の私なりのこだわりを。と言ってみたもののそれ程のものではないのですが、まず、壇上からの御礼は先生からです。子供達をしっかりと教育してくださった事に御礼を言います。次に保護者の皆さんに、ここまでの育児の大変さと、無事卒業を迎えた事に賛辞をおくります。そして最後に目の前に座る子供達にお祝いの言葉を贈ります。そして話す内容は、子供達の心に少しでも残っていて欲しいという気持ちを込めて話します。というのも、私の過去を振り返ると、来賓のあいさつも、それが誰だったのかも全く覚えていないし、早く終わって欲しいとばかり考えていたからです。ですから原稿は作らずに、子供達の目を見て話します。つい最近の卒業式の話題は、「道草を食う(通学の行き帰りの寄り道)」について話し、本当に食べられる野イチゴが生えていた私の時代にもふれて、学校と関連する全ての事を覚えておくように話しました。それ以外の小さなこだわりとして、校歌は一緒に歌う等もありますが、これにはあまり意
味はなく私の趣味です。堅苦しい話しや話し方もしないように心掛けています。子供達を見ながら、この中にたった一人でも、私の言葉を覚えていますと話しかけてくれたらいいなと思いながら。

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