河津とおるの「風よ吹け!」鹿嶋市議会裏話

鹿島アントラーズサポータークラブ“インファイト”を立ち上げ、鹿嶋市をサッカーの街へと変貌させた男「河津とおる50歳」。 彼が新たに挑戦の場に選んだのが、保守的風潮の残る鹿嶋市議会。 現在、鹿嶋市議会議員6期目となり、古い体質に風穴を開けるべく奮闘するブログ。

2011年02月

最近、顔から火が出るほど、恥ずかしい思いをしました。

私のいつものご挨拶回りの格好は、防寒のために中にも着こんでいます。

下は、黒いナイロン生地のジャージ。中には黒いももひき(ヒートテック)をはいています。

ジャージだけを脱いだももひき姿は、往年のレスラー「力道山」のよう。
ピチピチのタイツのようで、とても人前にさらせるものではありません。

お昼を食べて、少し昼寝をし、午後からのご挨拶回りまで一休み。

ちょっと寝すぎて、あわてて外にでました。

ふと、いつもと違う違和感が・・。

そうなんです、ももひきのままで外に出ていたんです。
周囲に人がいないことで安心はしましたが、もし人に会っていたら・・


もうひとつ。

両手に荷物を持つ仕事をしていました。

その荷物は、直接地面に置くことができないものだったんです。

その時、ふとくしゃみがしたくなりました。

ヤバイ・・

両手がふさがっている状態では、口をふさぐこともできません。

「ハークッション!!」

顔を斜め下にむけて大きなくしゃみをしました。

すると・・


なんと鼻水まで一緒に。

しかし、両手はふさがっていて拭くことができません。

鼻水は鼻から垂れてきます。


鼻水をそのままに、荷物を置く場所まで駆け足で向かいました。

もちろん、顔は下を向いたままです。

よく考えると、どちらも風邪気味だからこその失態です。

今日の天気は雨。

外を歩くのは無理ですが、雨の日にしかできないこともあります。

さて、昨日はワールドビジネスサテライトの報道内容から、思ったことを書きました。
しかし、実をいうと、私はこの番組をほとんど見ることはありません。

なぜ内容を知ったのかと言うと、親しい知人が教えてくれたからなんです。

他にも、私の政治活動に役立つ情報を教えてくれる、私にはなくてはならない知人なのですが、このような情報がなければ、大事な情報がわからないままになります。
情報の為の情報です。


各々活動する内容や、必要な情報は違うとしても、鹿嶋市の為に役立つ情報は日々どこかにあるのでしょう。
テレビ・新聞・雑誌・専門誌等々。

そういった情報を漏らすことなく集約し、それをテーマとして鹿嶋市に当てはめ、現実的な議論をすることができれば、活かすことができることも中にはあるのだろうと思います。

しかし、そういった情報は素早く駆け抜けていってしまいます。

いつか、情報を漏らさないで集約し研究・議論できるチームを作りたいと思っているんですが・・


議論ついでに、昨日の続きとして、議会においての議論について。
議会においては、市民の関心のある議案についても議論になることはないと言ってもいいでしょう。

意見の対立構図としては内容ではなくて、内容の不備を求める意見(対)否決させられない側の立場が、対立の構図になります。

ですから、ある議案内容では、議員から出る意見が反対意見ばかりで、賛成意見が全く出なくても、結果は賛成多数になります。

こういった議会のあり方が原因で、議会の役目を果たせないことが問題だと指摘する声が報道等によって増えてきたと実感はしていますが、改善するには有権者全体の意識にも変化が必要だと思います。


さて、昨日のアントラーズは残念の一言。

しかし、相手のキーパーを讃えましょう。

気分の切り替えです。優勝を逃した悔しさの方が、もうすぐ始まるリーグ戦のやる気につながります。

昨夜のワールドビジネスサテライトに、地方議会の流れについての内容があった。
ある自治体では、市議会をよくする会というものがあり、市議会を熱心に傍聴していた。

この団体は、各議員に通信簿をつけて発表もするのだとか。
通信簿とは、点数だけではなく、議会での態度や、滑舌の悪さも。会員の個人的評価が多分に含まれるようにも思える。

私は、こういった住民の行動には賛成のスタンスだが、いささかこの活動は行き過ぎの思いだ。

会の代表はコメントで、こういった活動が議会をよくすると信じていると言った。

確かにその通りではある。
しかし、それは市民から見える表面上のことでしかない。
番組内では、議会中における居眠りや、内職(審議外業務)や、遅刻などもチェック事項としていたが、こういった事は確かになくなるだろう。
これらは議会を見張る市民の目がないことからおこることだからだ。

そういう面では議会が良くなるのは間違いがない。
しかし議員の質という点ではどうだろうか?

地方議員の最も基本となるものは、市民にかわり行政のチェックをすること。
そのためには、行政全般に、もっと言えば、首長に厳しくないといけない。

地方議員には与野党などはないし、極端ではあるが、全て野党でなければならないと言ってもいい。

市長派議員という言葉は、地方議員にとっては、仕事のできない代名詞であって恥ずべき言葉なのだ。

こういった最も基本となることができていないからこそ、地方議会はチェックは果たせず機能していないのであって、議員の通信簿とは、その姿勢を基本として評価しなければならないが、その評価をつける立場こそ、立場の評価が別れることになる。

市民から、議員の通信簿がつけられるのならば、私は大歓迎である。

しかしその内容は、あくまで議員の基本から。

一般質問の内容と回数、それに各議会においての賛否の内容と挙手、各委員会での発言内容など、各議員の細かい考え方と行動を知らせ、判断を住民に任せたい。
議員の中には、任期中に、一度も反対をしたこともない議員の方が多い。それが常識だとばかりに市民に訴える。

議員の通信簿が、本当に必要な議員を選ぶ基準となるのかどうか・・。

私には不安に思える世の中である。

過去にこのようなことを書いたことを思いだした。

地方議員のためのある研修会。講師は地方議会関係の著書を多数執筆する著名な方。

その方は、「首長を応援するのならば、地方議員はいらない」と地方議員のあり方を述べた。

そういった言葉に大きくうなずき、感銘の態度でいたのは、最も首長にくっつき、首長のために反対のできない議員達だった。


これがどこでも現実・・

さて、今日も1日歩きます!

休日は、ぐんとお会いできる方が増えます。

もしお会いできれば、色々な話を聞かせてください。

「しあわせはいつも、じぶんの心がきめる」とはある有名な書道家(詩人)の言葉。

この言葉を時々、深く共感することがある。


しかし私には「幸せ」を哲学的にも語る知識も能力もない。
現実的に私達世代が幸せだと感じることを、個人ではなく、地方議員の責任の範囲である自治体においての視点で見たいと思っている。
私達世代と、世代を区切ったのは、それぞれの世代での立場や責任に違いがあるからで、もちろんどの世代の幸せも考えなければならないのだが、社会的な立場での支える役割の大きい側だと思っているから。

この世代は、子供を育て、親(家族)を養い、社会を構築する役割を担う中心だから。

その世代が現実に幸せだと思うこととは、逆に言えば不幸だと思わないことのレベルから始まる。

まずは

安心した仕事につけるか。
人間関係はうまくいくか。
そして

結婚はできるか

家は持てるか


さらに

子供を育てる

希望した進路に進ませる


そして

家族の老後

そういった最も基本的なことを支える環境の良し悪しが、自治体の良し悪し。

それが健康のための医療や、教育・福祉の充実、市民活動の発展へと進む。


価値観の違いによって、人の幸せの基準は大きく違うからこそ、幸せはじぶんの心が決めることだと言えるが、街が幸せを壊す街になってはいけない。


読んでくださっている方には、朝から変なことを書いていると思った方もいるでしょう。

客観的でうまく言えないが、最近、「良くする」という考えが基本的な土台をないがしろにしていると思えることがあるんです。

書いているうちに頭が整理できるかと思ったんですが・・。


さて、今日は1日歩きます! 歩いていれば考えもまとまるでしょう。

今日から議会が始まりました。

議会の初日ですから、日程と提出議案の確認のみです。

しかし、議会の初日に、平井東部土地区画整理地内に市道路線認定が20箇所以上あることがわかりました。
事前説明をわざと省いたようにも思えることから、議員内部から厳しい意見も。
裁判が継続中ですから、区画整理地内への税金の投入には、慎重な意見があがります。

荒れる議会になるかもしれません。


午後からはご挨拶回りに。
しかし、急に雨が降ってきました。

途中で中止して、このブログを書いているんです。

鹿島警察署の警察官が逮捕か・・

どうしてしまったんだろう・・。




毎日のご挨拶回り。

たまに小さな子供が、お母さんと一緒に顔をだす。

さりぎわに「バイバイ」と手をふると、恥ずかしそうに「バイバイ」と手を振りかえしてくれる。

時々、無防備なまでに心を開いて話しかけてくれる子供がいる。

お母さんが先に家に入っても、話しは止まらない。

その内容も、可愛い長靴を買ってもらった話しから、小学校に通うお兄ちゃんの話しまで色々。

こちらもどのように対応していいのか、ドキマギしながら話しを合わせるがなかなかうまく会話についていけない。

最後に大声で元気に「バイバーイ!」と言って家に駆け込んでいく。

きっと将来は、彼氏に色々と話しては「じゃあね!」と帰ってしまう明るい女の子になるのだろう。


ある時は、去りぎわに、部屋の窓を開けて、小さな兄妹が、「バイバーイ」と声をかけてくれた。

こちらも「バイバーイ」と返すと、再度「バイバーイ」と。

小さな子供のバイバイは、何度も繰り返すことは学んでいる。
姿が見えなくなるまで続けることになる。

「バイバイ」と返すと、「頑張ってね」との言葉。

ちょっとうれしくなり「頑張るね」と返すと「寒いから気をつけてねー」との言葉が。

なんとしっかりした子供達なんだろうと思いながら、「ありがとう気を付けるね」と、自転車を押しながら首と体をひねって振り返り答えた。

また前を向いて自転車を押しながら庭を出ていこうとしたところ、子供達の声がした。



「アントラーズも頑張ってねー!」



なんだ、大人が後ろで言わせてたのか。

でもすごくうれしくて
「わかった、言っておくねー!」と答えて道路に出ました。

と言うことでアントラーズの関係者の皆さん、頑張ってください。


さて、今日は1日歩く予定。

ご挨拶回りをしている夕方。
日の傾きと、少しづつ暗くなっていく様子に、それが午後5時に近いことがわかります。

ふと、無線スピーカーから市内中に流れる音楽。

そのあたりから、各家庭から、夕食の匂いがただよいはじめます。

それが、寒さと疲れで重い体を元気にしてくれる一方で、空腹のお腹を刺激して、我慢の限界に。


ご挨拶回りで、唯一つらいのは、寒さよりも、晩ご飯のおいしそうな匂いでした。

今日は午前中が議運です。

成功者・失敗者、勝ち組・負け組、言葉は悪いが、このような区別がある。

自己を確率していく過程で学ぶことは、成功者の言葉ばかりになりがちだ。

ビジネスにおいては、それが常識とさえなっていて、要するにお金を儲けた人の話が正論となる。

普段は、世の為人の為と活動する団体が、一方でネットやチェーン展開の成功者を取り上げ、成功者に学べと話す。

多少の偏見もあるが、人を傷つけずに成功した例は少ない。成功するまでには、たくさんの人を理不尽に苦しめることもあったはずだ。

それでもそういった成功者を正論とする風潮は政治や教育にもあって、政治で言えば、ついた役職や、在籍し活動している団体の役職、背景にある資金、それらが価値の判断基準となる。
教育もしかり。


しかし、毎日市内を歩き、たくさんの人と話していると、成功者の話す一般向けの言葉よりも、市民からの生きた言葉に学ぶことが多い。
問題や悩みもいつもすぐそこにある。

自分を見つめ直す発見のない日はない。

さて、今日も歩きます。

今日は秘密兵器を用意しました。

その名も「ヒートテック」。

この話題はずいぶん過去にも書いたことがある気がする。

最近、昔話を身近に見ないが、子供達の回りには童話や昔話はありますか?


私達の子供時代には、絵本の主役は昔話。
当時、アンパンマンはあったかな?
しかし、創作絵本はいくらでもあったけれど、やっぱり昔話だったんです。

日本の昔話だけではなくて、赤ずきんやあひるの子などの外国の昔話もありました。

今ではディズニーのキャラクターとして知られるシンデレラも、私達の時代は、昔話のひとつでしたよね。
そういった昔話が身近にあったのには、「まんが日本昔話」の存在が大きかったはず。

しかし、なんで現代は、こうした番組がないのでしょう。
もしかすると、大人になった私が、子供番組や、子供の興味に気がつかなくなっているだけなのかもしれませんが。

子供達がテレビを見る時間が、テレビ業界にしても利益率の高い時間なのかもしれませんが、逆に、今の時代だからこそ、「まんが日本昔話」が求められる気もします。

各自治体が少しづつお金を出しあって放送してもいいとさえ、私個人では思うほど。

DVDやネットで見ることができるとはいえ、テレビで放送されている方が、子供達に向けた愛情の姿勢としては高いもの。

思いだすと、明るい内容だと、画風も音楽も軽いタッチ。
暗い内容だと、暗い画風と音楽でした。
子供心に、暗い内容には、怖い気持ちになり、明るい話になるとほっとしたりもしました。

「やまんば」は怖い言葉の代名詞だったりするし、「お坊さん」は正義の味方だったり。

書いていて、まんが日本昔話が、さらに見たくなりました。

昨夜から続いていた強風と雨が朝まで残っていた。

ご挨拶回りには最悪の天気です。

出向くこちらは我慢と努力ができても、訪ねられる側のことを思うと迷惑になります。

これが、雨が降っているかどうかが微妙な時が、一番、心がモヤモヤするんです。

ご挨拶回りに行きたい!
でも、雨が降りそうだ・・
いっそのこと、どしゃ降りの方があきらめもつくのですが・・。


午前10時をすぎ、外には小鳥の声が聞こえてきました。

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