河津とおるの「風よ吹け!」鹿嶋市議会裏話

鹿島アントラーズサポータークラブ“インファイト”を立ち上げ、鹿嶋市をサッカーの街へと変貌させた男「河津とおる46歳」。 彼が新たに挑戦の場に選んだのが、保守的風潮の残る鹿嶋市議会。 現在、鹿嶋市議会議員5期目となり、古い体質に風穴を開けるべく奮闘するブログ。

2013年10月

b4f6d537.jpg今日もご挨拶回りに行きます。

今回配布する手紙には、イラストを入れて見ました。

手紙をよく見ると、文字ばかりで、なんとも殺風景。

固い手紙も読みづらいように思います。

そこで、少しでも読んでもらえるようにと思ったんです。


周囲の女性には好評なのですが、男性には「いいんじゃない・・」と無関心な意見。

まっ、やってみましょう!

クリスマスも近いので、サンタのイラスト導入も検討中。

ご挨拶回り行ってきます。

3f5730b8.jpgこのブログではサッカーのことはあまり取り上げないことにしていますが、今回は思い出を書かせてください。


今から20年前の10月28日、私はカタールのドーハにいました。

94年W杯 アメリカ大会出場を賭けた最終予選の会場にいたんです。

この試合は「ドーハの悲劇」と呼ばれて、いつまでもサッカー界の歴史として残るでしょう。

日本対イラク戦、この試合に勝てば日本にとって初めてのW杯出場という大切な試合。

後半のロスタイムに、同点にされて、W杯出場を逃しました。

イラクのコーナーキックからのシュートがゴールに入った瞬間からの記憶はあまりありません。

それほど現地では唖然として、信じられず、慌てふためき、叫び、涙していたんです。

約1ヶ月、仲間達とカタールにある小さなホテルを貸し切って、炊事・洗濯等もやりながら、日本代表を応援していました。
日本に帰国する道中も、そのショックからは抜けていませんでした。

その頃の私は、アントラーズのサポーターを率いながら、アントラーズの人気の定着に私なりの責任を負っていました。言いかえれば、アントラーズ・もしくはJリーグ全体の盛況のブームの終焉を恐れていました。

いつかくるブームの衰退をなくす、確固たる人気・実力・地域性をつくらなければならないと考えていたんです。

ドーハの悲劇で味わった衝撃的な出来事は、私の思いをさらに強くして、W杯に出場できない現状にたいしてだけではなく、さらに根本となるクラブへの考え、私なりにできることへの行動の後押しにもなった気がします。

Jリーグの各クラブが地域性・独自性を持ってさらに人気を増すことが実力アップにもつながる、まずはアントラーズの人気を、地域・独自性を持って作り上げよう。そのためには、他のクラブ(サポーター)との距離も持とう。

そして、そういった活動を続けていく度に障害となり衝突していたのが、鹿嶋市の保守的な古い体質でした。

一言で言うと、アントラーズを一流のクラブにするのには、当時の鹿嶋市の器では小さ過ぎたのです。

そういった経過から、アントラーズのサポーター活動は次の方に任せ、私は議会に入り、色々な発言・独自の行動をすることで、保守的な古い体質を変えていくことを目指すことになったんです。

そう考えると、20年前のドーハの悲劇は私にとっても大きな出来事でした。

私が議員になってから14年が立ちます。

当時は、「若造は黙ってろ」という風潮もなくなり、私自身も年を重ねたせいか、だいぶ発言力はましました。

当時よりは古い体質もなくなり、新しいことに目を向けるようになったとは思いますが、今でも、鹿嶋市は新しい取り組みを躊躇したり、閉鎖的な一面は残っています。

古い体質が堂々と主張することは少なくなりましたが、数を集めることで古い体質を正当化する場面はまだまだたくさんあります。

もう一度、あの時の悔しさを思い出して頑張らないといけません。

写真は、その当時を思い出させてくれた最近発売された「number」と、週刊から月刊になることになった「サッカーマガジン」です。
これもまた、サッカー界のひとつの終わり、変革の時ということなのでしょう。


さて、私の思い出に付き合っていただきありがとうございます。

鹿嶋市の内部も、色々と騒がしくなってきたようです。

しかし、私にできることは、一歩一歩足跡を残すこと。

今日は1日、ご挨拶回りです。

二回目のご挨拶回りを間を開けずに歩いているせいか、家に上がってお茶を飲んでいけと言われることが多く、思うように歩けていませんが、うれしいお誘いですから、時間の許す限りお付き合いしています。

それでは行ってきます!

bb160b58.jpg朝起きて思った。


カレーが食べたい。今日のお昼はカレーにしよう!


朝からのご挨拶回りが終わった後で、市内のCoCo壱番屋へ。

注文したのは、キャベツメンチカツカレー(完熟カットトマトのトッピング)。


美味い!日本人大好きカレーだ!


雨がふらなければ、午後からもご挨拶回りに出発します!

0e8579af.jpg常陸国風土記の編集がされてから1300年目を迎えた記念として、記念フレーム切手が郵便局で発売されています。

茨城県内で常陸国風土記に関わる各地の写真が切手になっているのですが、歴史ある鹿嶋市に関わる写真が10枚中3枚もあるんです。

御船祭・鹿島神宮・直刀。

切手には全く知識もなければ、集めたりしたこともないのですが、鹿嶋市に関係する切手となれば興味もあります。

値段は1200円。皆さんも興味があればどうですか?


今日は天気も快晴!1日ご挨拶回りの予定です!

f035c875.jpg鹿島港と言えば皆さん、どう思いますか?

私達鹿嶋市民はあまり鹿島港のことを知りません。

漁船が出入りする港のことではなく、工業の原料や資材の輸出入をおこなう港のことです。

今回は、私なりに鹿島の港について鹿嶋市から見た現状を説明します。

最初に話しておきますが、鹿島港からあがる税収の半分は県に、そこから残った9割は神栖市に入ります。鹿嶋市には1割です。昨年度の鹿島港だけの例だと、神栖市に約3億6000万円、鹿嶋市に約4000万円。これだけの差があります。後ほど触れますが、北公共埠頭・公共外港の税収も同じ割合で分配されます。


まず、写真を見てください。鹿島港全体を上からみた図です。

Aが公共外港と呼ばれていて、いまだ一部利用しかできていません。

Bが中央港と呼ばれる、企業の専用港。一般の船の荷おろしはできません。

Cが北公共埠頭と呼ばれ、一般の貨物船が利用できます

Dが南公共埠頭と呼ばれ、こちらも一般の貨物船が利用可能です。

地震による津波被害を長栖地区にもたらしたのが、Cの港から溢れ出した津波です。

これら全体を合わせて、鹿島港と呼び、その港からでる利益はひとつになり、鹿嶋・神栖に振り分けられます。

冒頭でも書きましたが、その割合は、約1対9。
ほとんどが神栖市の利益になります。

鹿嶋市と神栖市の財政の差はこういった事や、港周辺の企業からあがる税収の差だと言ってもよいでしょう。

なぜ、このような割合なのかと言うと、北公共埠頭(C)までがほとんど神栖市内にあるから。北公共埠頭は鹿嶋市内にあると思っている人も多いと思いますが、それはほんの一角。
とはいえ、港に入るまでの航路となる防波堤や、北公共埠頭の右着船場は鹿嶋市側となるために、また色々な歴史もふまえてこのような割合になったのでしょう。

そして、近年整備されている公共外港(A)は、鹿嶋市内にあります。

しかし、どんなに船が入っても、鹿嶋市には神栖市の10分の1の税収しか入りません。

さて、この鹿島港ですが、よく公共埠頭の整備を自慢する政治家がいますが、本当に鹿嶋市に利益をもたらしているのかというと、そんなことはないんです。

そもそも鹿島港は、企業と共にあります。

鹿島開発は港あってのものですから、専用港部分、または現存する企業が利用する部分では鹿島開発以来の利益を生み出しています。

その後、一般の貨物船も利用できる港も作ろうとの動きで、南公共埠頭・北公共埠頭と出来上がりますが、こちらはどうかというとあまり利用はされていません。

鹿嶋市側の北公共埠頭は、現在でもほとんど利用する貨物船はないと言ってもよいでしょう。
津波の際に大量のコンテナが流れたので、普段は活発にコンテナ輸送があるかのように思えますが、あれは全て空のコンテナ(なぜ、空のコンテナを集める必要があったのか?)だったんです。

それでは、公共外港(A)はどうかと言うと、こちらは船が入ってないばかりか、今後、その予定も立っていないんです。

公共外港の利用を可能にするのに大切なものが、航路にそった防波堤。この防波堤がなければ波が打ち寄せてしまい、港に船が入れないとも言われていますが、この防波堤が完成するのは早くても10数年後。公共外港の完成も10数年後(現在は一部利用可能だが利用船はなし)のこと。本格利用までには数十年後とも言われていますから、公共外港は税収がないだけではなく、経済効果も建設以外の雇用も生みだしているわけではなく、鹿嶋市のためになっているとは言えないんです。

公共港として整備されても、鹿嶋市には高速道路がつながっていませんから、船と陸路をつなぐ不便さもあります。


今後、これらの公共港を利用する船を増やすためには、さらに先を見た周囲の整備も必要になります。

さらに鹿島港は工業港で、商業港ではありませんから客船など観光としての利用もできません。

結果、どういうことかと言うと、公共港に関しては、利用もされていないし、利益も上げていない、今後の見通しもない状態です。


鹿島港全体で見れば、国の重要港湾(国際バルク戦略港湾)に指定されたように重要な役割を持っていますが、実は公共港部分は期待通りには全く進んでいないんです。

今後利用が見込めるとすれば、建設残土等の搬入出。またはTPP交渉の末、海外の農作物等の関税が撤廃されれば、鹿島公共埠頭を使い、貨物船が増える可能性もありますが、そうなれば別の問題として農家を苦しめる港とイメージ付きますから、鹿嶋市のためにはなりません。
そして、今の道路や周辺の整備ではとても輸出入の中心港になるのは難しいと私は思います。

利用されていない港を「巨大な釣り堀」と称することがありますが、公共埠頭に関しては、こう呼ばれることがないとは言えません。

公共埠頭の管理にたいして、鹿嶋市は管理費を払っていませんから、実質の損害はありませんが、もし鹿嶋市が管理費の一部を任されていたり、又今後払わせられたりすれば、その費用は鹿嶋市にとって大きな負担となっているはずです。

今後、公共港を発展させて経済効果を出すまでにはかなりの労力が必要で、それがわかるのは、私達の孫の時代になるのでしょう。

これが鹿島港の現実。

事前に担当者や見識者にも話を聞いた上で私感を加えました。細かいデータや呼称の間違いなどがあればご指摘ください。

昨夜遅くから、今朝にかけて注意が必要だと言われていた台風27号による大雨暴風被害は、台風27号が直撃となる進路を変えたために、多大な被害はなかったようだ。

今朝明るくなってから、市内近所の被害を見て回ったが、冠水被害も見当たらない。

市内を広くみれば、何らかの被害はあるかもしれないが、前回の台風のような市内全域への被害はないようだ。

引き続き警戒は必要だが、まずはホッとした。

鹿嶋市が取った今回の台風への警戒を、私は高く評価する。

昨日から数回、防災放送を使い、台風被害への注意を伝え、鹿嶋市が市民をあつめて行う行事は先延ばしにした。

市内には、500ヶ所を超える冠水対策の土嚢を設置した。

各地の消防団も、地区の警戒をしながら、注意を街宣した。

今日の午後から、明日にかけて快晴になれば、市民の中からは、土嚢がムダだったとか、行事の先延ばしは必要なかったなどと、反対の意見もでるかもしれない。
しかし、防災とは、もしもの被害を想定して対応すること。

前回の台風で冠水被害にあった方は、直接的な被害だけではなく、精神的にも被害にあったと言ってもよい状態だったことを考えれば、早期の対応は、精神的被害を防いだとも言える。

遅くまで対応にあたった職員、土嚢を積んだ建設関係者のおかげだと言いたい。

自然の脅威ははかりしれないので、まだまだ安心するのは早いと思える事態になるのかもしれないが、天気報道を見る限りでは、まずは一安心だ。

現在、朝7時を超えたところだが、時々、強い風と雨が降る。

午後からはご挨拶回りに行けるだろうか。

今日から市内ご挨拶回りを始めます。

あいにくの天気ですが、午前中は歩けそうです。

皆さんのお宅にも伺うと思いますが、お会いできたら、よろしくお願いします。

前回は夏から秋にかけて歩きましたが、今回は秋から冬にかけてのご挨拶回り。

寒さ対策が必要になりそうです。

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昨日は行方市に建設中の、ソーラー発電施設を見せていただきました。

その広さ35町歩。東京ドーム8個分。

その広大な規模に圧倒された。

潮来市の道の駅に隣接した場所に建設しているソーラーシステムの広さも20町歩とかなりの広さだが、それを上回る規模だった。


小規模なソーラーシステムは、市内や近隣の各地に建設されている。

それらが今後どのように運営できていくのかはわからないが、このような広大な発電システムは、完成すれば見学者もくるだろう。


圧巻だ。

潮来市・行方市とも、固定資産税をどのように優遇しているのかは調べていないが、これだけ広大な規模だとかなりの税収にもつながるのでは?


それにしても、全国的に広がったソーラーシステムだが、さらにその土地(日陰)を有効利用することはできないのろうか?

建設費をかければ、可能だろうが、それでは施設の上にソーラーパネルをつけたことと同じことになってしまう。税制上にも問題が出てしまうだろう。

ソーラーシステムだけの施設に併設できるものとは、例えば、ソーラーパネルの下で、しいたけ等のキノコ類の養殖、もやしの養殖、魚の養殖、テント市場などができれば土地利用価値もさらに上がるかもしれない。

パネルの下の日陰が利用できることもあると思うのだが。今度調査してみようと思う。


さて、隣の市はこれほどの開発が進行していますが、鹿嶋市も頑張らないといけないですね。

0632a288.jpg夏のご挨拶回りはポロシャツですみましたが、秋冬は厚着が必要ですので、購入しました。
胸に大きく「KASHIMA」とプリントされた、スウェット上着。

これ、アントラーズから発売されているんです(定価5600円)。

この売上げの一部がきっとアントラーズの強化にもつながるでしょう。


この上着をきて、自転車でご挨拶に伺いますので、よろしくお願いします。


市内の冠水被害のための土嚢設置箇所が500箇所を越えました。

それだけの被害箇所が市内にはあったということです。

まだまだ市内には被害のある場所があるはずです。

皆さん台風に備えてください。

ご挨拶回りが一段落したと書きましたが、大野地区に住む方からも、住宅街を歩いて住民の話を聞いて欲しいとの言葉をいただき、昨日は大野地区を歩きました。

道路の冠水被害がひどかった住民達の生活への支障からか、環境を整えて欲しいとの要望が多かったのですが、きっと隅々まで歩けば 残土、空き家など色々と悩みはあることでしょう。

しかし、大野地区全域を歩くとなると、鹿嶋地域以上に時間がかかります。

原付バイクでも手に入れれば回れるかな?

検討させてください。



今日、現在でも今週末に接近する台風がそれた情報はなく、日本に被害を与える不安があります。

昨日書きましたが、鹿嶋市は台風の災害対応に全力で取り組んでいます。

台風間近では対応できないこともありますから、事前の相談をしてください。

私の今日の予定は、東京で用事です。

そろそろ出発しないと。


それでは行ってきます。

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