河津とおるの「風よ吹け!」鹿嶋市議会裏話

鹿島アントラーズサポータークラブ“インファイト”を立ち上げ、鹿嶋市をサッカーの街へと変貌させた男「河津とおる46歳」。 彼が新たに挑戦の場に選んだのが、保守的風潮の残る鹿嶋市議会。 現在、鹿嶋市議会議員5期目となり、古い体質に風穴を開けるべく奮闘するブログ。

2017年01月

昨日は鹿嶋市内で、アントラーズの優勝と今後の活躍を祈願するパレードが行われました。

残念ながら私は仕事でパレードを見学することはできませんでしたが、サポーターが行列に加わったり、たくさんの人が集まったと聞いて、本当にうれしく思いました。

関係者の努力も報われたでしょう。 選手・チームスタッフはファンへのサービスは自分達のためですから、あえて私はこの準備にあたった裏方の人達にお礼を言いたい。  

みなさん、お疲れ様でした。そしてありがとう。 

このようなイベントはいつも用意しておくべきものではないけれど、次回は今回のイベントを基本にさらに盛り上がることや、近隣自治体との協力を増やすアイデアを考えておくのも大事です。  

ひとつ私の反省点とすれば、もっと各テレビ関係者にお願いして全国ニュースとして報道してもらう努力をすれば良かった。 次回こそは。


さて、アントラーズ同様に、茨城県出身の横綱稀勢の里の人気も急上昇。稀勢の里のニュースが連日続いています。そんな中で私の関心したニュース、それは、稀勢の里の後援会の受付窓口は、牛久市の市民生活課が受けもっていること。

普通は、稀勢の里に近い方々が、民間で後援会を立ち上げるものですが、市役所の業務のひとつになっているんですね。参考になります。

個人的なことですが、最近すごく驚いたことがありました。

それは、26日のテレビ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」でのこと。

放送内容は、若手のお笑いグループが多数出演して、とんねるずに認めてもらうために芸を披露するものでした。

その若手コンビの中に「かみなり」がいました。 このコンビの特色は、茨城なまりでのやりとり。

このコンビの紹介の場面、とんねるずのタカさんが出身地を尋ねると、かみなりの2人は、「茨城県鉾田市」だと答えました。

するとタカさんは、「鉾田市と言うと、鉾田一高があるところ?」と尋ねたんです。鉾田一高を知ってるということでも少しうれしい気分になりますよね。鹿嶋市からも鉾田一高に通った方は多いですよね。 そしてそのコンビの1人も偶然にも鉾田一高の出身者。

するとタカさんは、「鉾田一高には昔、戸田と言う名の、すごいピッチャーがいたんだけど知ってる?」と尋ねたんです。

この戸田というピッチャー、実は鹿嶋市(当時の鹿島町)に住んでいて、しかも私の家の近く。テレビで出たテロップを参考にすると、「1976年 春の甲子園で糸魚川商工(当時)相手にノーヒットノーランを達成」というすごい成績。タカさんも「将来プロになって活躍する左ピッチャーだと言われていた」と絶賛。
1976年というと、私が7歳(小学校二年)の時代です。
とんねるずのタカさんは野球経験者ですから、きっと戸田投手と同じ世代なのかもしれません。
そして、私が戸田投手を覚えている理由のひとつに、私の父が野球好きで、小さい私と一緒に戸田投手の家を訪ねて戸田投手のサインと写真を撮ってくれたのを覚えているんです。

そんな戸田投手をタカさんが覚えていることにうれしさの驚きだったんです。

その後の番組の進行は、かみなりの1人の父親が戸田投手と同じピッチャーで、今はメロン農家を営んでいることから、毎年メロンをタカさんに送ることで審査に合格しました。

かみなりの今後の活躍にも期待したいですね。ちなみに鉾田一高出身では、Jリーグの初期の名古屋グランパスに浅野選手がいて日本代表にも入っています。ノリさんが名前を出してくれればうれしかったですね。

あの戸田投手のことをタカさんが知っていて今でも覚えていることに驚き、その投手の顔(イラストでしたが)や名前や紹介まで画面に映った時は、私の親しい人が紹介されたかのようなうれしい気持ちになりました。

当時の鹿島町のヒーローだったんですよ。

アントラーズのホームタウンである5市が協力して、ホームタウン協議会を設立している。

正直に言うと、今までは形だけのもので、アントラーズと関わる鹿嶋市の企画をアントラーズが準備しているようなものだった。 アントラーズ主導だと言ってもいい。

私は、ホームタウンでの活気の低迷の一端は、このホームタウン協議会の活動にあるとした内容の一般質問をしたこともある。

ホームタウンデイなどの市民のスタジアム無料開放や、他にも色々と業務はあるのだが、どれもとりあえずやっておくかという空気がハッキリとわかるような組織だった(現在は、全校観戦など努力も)。

もっと、目的意識をしっかりとして、各ホームタウンの観客動員アップにつながるように、各地で行政とのタイアップをしたイベントが増えるように、各地がホームタウン意識を持つようにするためにある組織のはずだ。

29日のパレードの主催は、ホームタウン協議会。

今回のパレードは、鹿嶋・神栖・潮来・鉾田・行方の各市が協力主催のはずだ。

しかし、名前が出てくるのは鹿嶋市だけ。新聞などでも、鹿嶋市が主催するかのようだ。

これでは他の市の関係者も気分は悪い。

実際に、アントラーズと鹿嶋市の関係者だけで話は進んでいるのだと思うし、他の市には後連絡で大丈夫だと、今まで同様の対応なのだろう。

でも、イベントまでの時間は充分にあったのだから、こういう時こそ、ホームタウン5市の団結した姿も見たかった。パレードの準備に頑張ったのは理解しているが、今後の課題だと私は考えます。

さて、楽しい催しの前なのでこれくらいにして、ホームタウン協議会についてはこれからの議会で改善を求めていくことにします。

29日のパレードについては、先日、私が書いたような、ふるさと納税のPRや、甘酒配布などは考えていたようです(これはさすがですね)。

付け加えるならば、パレードの見学者に配布できる優勝記念ステッカーとか、それが混乱につながるので無理ならば、そこでしか手に入らない記念グッズなどを販売してくれるといいですね。

さて、鹿島神宮でのパレードが終わった後で、アントラーズの選手達は場所を近隣市のホテルに移して、新体制の発表会をします。

そして、その後でキックオフパーティー

これは、各自治体の関係者を招いたパーティー。基本的には選手達も参加します。

ちなみに、このパーティーの主催もホームタウン協議会。

このパーティーには一般の皆さんは参加できません。

以前も書いたことがありますが、私は鹿嶋市の議員としてこのパーティーには参加できます。

しかし、私は毎年このパーティーへの出席を辞退しています。なぜ、アントラーズを応援することを公言している私が、アントラーズを応援するためのパーティーに出席しないのか質問されることも多いんです。

その理由として、今も一緒にアントラーズを応援しているサポーター達や、心からアントラーズを応援している人達が出席できないような特別な催しには参加したくはないこと。この思いが一番なんですが、正直に言うと、普段はアントラーズに興味がないのに、こういったパーティーだけ顔を出す人達が、アントラーズを応援するとは思えないというひねくれた気持ちもあります。
そういった現状だからこそ、私に出席するべきだと指摘されることもありますが、ホームタウン協議会がこのパーティーの意味をもっと重要に捉えて、出席者に責任を自覚させるような催しになればぜひとも出席したいと思っているんです。

稀勢の里が横綱になりました。

おめでとうございます!

私はそれほど相撲好きではありませんが、茨城県民としてうれしいですよね。

相撲は、スポーツの魅力に加えて、神事の一面もあるようですから、横綱になると、不思議な力を得るようなイメージが付きます。 

近いうちに鹿島神宮に来てくれることでしょう。

そして、29日は鹿島神宮周辺にてアントラーズの祝賀イベントがあります。

昨年からの厳しい試合日程の都合で、この時期になりましたが、たくさんの人に集まって欲しいですよね。

私はこのイベントの内容はわかりませんが、きっと近隣市内の各関係団体に声をかくて、お祭りのような盛り上がりを見せてくれるのでしょう。 

市外・県外からのたくさんの人が来るはずですから、アピールすることはたくさんあるはずです。 

アントラーズと協力しているふるさと納税のPRもできますね。

甘酒や豚汁などを選手達と一緒に作って無料提供なんて面白いかもしれませんね。





茨城県民ならば、やはり稀勢の里の優勝を祝うのは当然です。

稀勢の里!優勝おめでとう!

毎年、魅力度ランキング最下位の茨城県ですが、アントラーズ、稀勢の里、この人気で一気にランクアップして欲しいものです。

でも、アントラーズの選手も、稀勢の里もテレビでのコメントが上手じゃないから、取り上げてもらえないのが残念。

稀勢の里を応援している人はたくさんいます。普段は相撲を見ないけれど、稀勢の里の結果だけは気にしています。

正直に言うと、稀勢の里は後一歩が届かないと思われていて、今回もドキドキハラハラして見ていました。 でも良かったですね。

稀勢の里とアントラーズの二枚看板で、茨城県の魅力が全国に届きますように! 

先日、都内から鹿嶋市に移住してきた方々と話す機会がありました。

皆さん、それまでに様々な経験をして活躍してきた方々。 驚くような肩書きの方もいます。

鹿嶋市では、周囲からも一目置かれるような役職よりもさらに上の役についていた方もいます。 

そのような方々の貴重な経験やアドバイスなどは鹿嶋市の色々な場で活かせるはずです。

そのような、いわゆる新住民と呼ばれる方々と話すと、やはりこの一言が出てきます。

「鹿嶋市は住みづらい」

多くの新住民の方々からこの言葉を聞くのですから、これは問題として受け止めなければいけません。

住みづらい理由は色々。 旧住民との関係や、保守的風潮との閉鎖感、道路や雑草などの環境などなど。

ですが、まず、私達が手を着けなければならないのは、鹿嶋市に住んできた私達が、鹿嶋市は住みづらいという事を認識すること。

旧住民と言われる昔からの住民は、今までの慣れが住みやすさとしての評価。しかし、これからの人口減少は、自治体の力を減らしていき、先々は家族でさえ離れていく状況につながることにもなります。 

新住民の住みやすい街を作ることは、旧住民達の為でもあるし、鹿嶋市のためでもあります。

昨年から私は鹿嶋市と神栖市の比較を、より細かいところから調査しています。

色々と細かい情報も見つかっていき、気づいたことは、予算規模の違いと片付けてしまうのではなく、そもそも鹿嶋市が、神栖市との違い(発展力)に気づきたくないという奢りや、閉鎖的な慣性が理由だったりします。

新住民からの言葉、神栖市との関係、どちらも調べていくと、理由が似てくるように思えてきました。 


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今日の午前中は、応援していただいている方々の会社の会合でご挨拶の機会をいただきました。

場所は鹿嶋市商工会館。

会場に向かう途中のロビーには、小さいスペースですが、鹿嶋市の名産や観光地の紹介スペースがあります。

その中にはアントラーズのコーナーもありますが、その中でも、アントラーズの歴史を年度毎に紹介する本があります。

これが、かなり大きなものなんです。

以前から商工会館に置いてあったような気もするし、以前も見たことがあった覚えもありますが、あらためて見てみると、懐かしい写真もあって、かなり面白い物なんです。

商工会館に行く用事がある方はそれほどいないとは思うけれど、鹿島神宮に行く機会があれば、商工会館のロビーもぜひ見てください。

アントラーズファンならば、見て損はないと思います。

先日報告した、罠猟試験に無事合格しました。

でも正直に言うと、それほど難しい試験ではなくて合格率90%以上。

合格してうれしいと言うよりも、落ちなくてうれしいと言う感じです。

さて、先日も書いたように、罠猟の資格は、害獣駆除などのためにも所持していた方がよいのですが、受験にきていた方々は、年齢の高い方々がほとんど。皆さんイノシシの捕獲が目的です。 なぜイノシシを取るのかと言うと、田畑や果樹園を荒らされるのを防ぐためや、イノシシを食べるためですが、駆除した際の報奨金も理由の一つのようです。 会場では空き時間があったので、ご年配の方々と世間話ができましたが、報奨金目当ては猟師の中でも自慢にはならないのか、話題になることはなかったので、詳しくはわかりませんが・・。

そういった方々と話していると、私が鹿嶋市から来たことを伝えると、「鹿嶋にもイノシシはいんのげ?(茨城弁)」と聞かれるんです。

鹿嶋市では、イノシシがいる話も、猟をする話も聞いたことがありません。数年前にイノシシが出没したことがニュースになったことがあるだけです。

しかし、行方市から来ている方から聞くと、行方市や鉾田市にはイノシシが多いのだとか。イノシシ被害もあるそうです。

鹿嶋市の隣にはイノシシがいるんですね。イノシシは逃げ場を失うと人間に飛びかかってくる危険な動物。鹿嶋市には隣接した市につながる大きな山林がないのでイノシシが生息しづらいのが助けになっていますが、今後休耕地が増えて茂みが増えればイノシシの生息地になるのかもしれません。 

もうひとつイノシシが増える理由には、イノシシを捕獲する人が少なくなっていることもあるようです。 イノシシを食べる習慣がなくなっていることに加えて、猟師の高齢化も理由のひとつ。 私も若くはないのですが、それでももし猟師になるならば若い世代のようです。

そういった方々の話を聞くうちに、猟師に必要な他の資格も取っておこうかと思えたんです。

そうすれば「鹿嶋にもイノシシはいっぺよ。知んねーのげ?」と返せる日が来るかもしれません。


さてアントラーズの優勝パレードの日も29日だと決まったようですね。

聞いたところでは、鹿島神宮の周辺だけのようですが、ファンと身近なアントラーズを取り戻すのは今後の宿題として、まずは選手達への声援をしましょう。 アントラーズと一緒に神宮で祈願しることで今年から始まる試合を楽しむ要素が増えますよ。

前回のブログにカシマスタジアムの渋滞についてのコメントをいただいた。

コメントをいただいたご意見と同じく、私も試合後の渋滞には嫌な思いをしてきたし皆さんも同様だと思う。 そして今までも色々と提案をしてきたが、それでも解決には至っていないし、これからも考えていかなければならない問題だ。

この渋滞問題が、カシマスタジアムに来る人を少なくする一番の理由だと言ってもよいかもしれない。 というのも、観客が少なくて渋滞にならない試合であっても、渋滞になると思ってしまっているし、渋滞にはまった嫌な体験は忘れていないからだ。

まずは渋滞の現状を確認すると、

カシマスタジアムがまだ改修前の規模だった頃、収容人数も15000人だったが、道路も一車線で試合の帰り道はかなり渋滞した。

試合後すぐに帰れる観客はまだいいが、片付けのあるサポーター達は、車に乗り込んでから二・三時間はスタジアムから出られないことは当たり前だった。

ワールドカップの会場とするために、スタジアムが改修されると、車線も増やし、周辺の駐車場も整備されたが、それは渋滞の根本的な解決ではない。高速道路のインターまでにはやはり渋滞となった。

そして試合を重ねるに連れて、毎回試合に来る方々は、スムーズな駐車場や裏道を見つけていて、渋滞対策にしているし、試合終了の直前にスタジアムを出て帰るようにしている人も。

何よりも一番の渋滞対策は、スタジアムに行かないことだ、と考えてしまっていることは悲しいことだが、間違いだとも言えない。

私はどうしているのかと言うと、まずは通常の試合であれば、スタジアムの近くの駐車場に止める。混雑が予想される場合は、距離は離れているが、知人の庭に止めさせてもらい、試合後は歩いて渋滞を避ける。 あとは裏道を抜けて自宅まで。 試合後に予定があることも多くて、そのような場合は終了10分前にスタジアムを出ることがある。すると周囲には同じような観客もたくさんいてゾロゾロとスタジアムから帰る人の流れができている。

観る側の努力もあって、以前よりは渋滞はなくなっているが、根本的な解決ではない。 アントラーズの観客を増やしていくことと比例した対策を取っていかなければならない問題だ。

渋滞対策を考えていると、カシマスタジアムが車に頼った集客力であることにも改善が必要になる。 車がないと、ホームタウンの私達でさえスタジアムに行くことが難しいのだ。当然、子供達だけで試合を見に行くことができない。

スタジアムには駅もあるのだが、車と電車の併用も利便性は悪い。せめて、高速のインターの出入り口に駐車場があって、そこから電車がつながっているのならば渋滞対策にもなるのだろう。

ぜひ他にも皆さんの考えや、対応策も聞かせて欲しい。

今後、市内に大規模なフラワーパーク(民間事業だが)が建設されるが、かなりの交通渋滞が問題化すると思っているし、今から対策を考えるように指摘している。スタジアムの渋滞と併せて対応するように指摘していきたい。

更新が遅くなって本当にすいませんでした。

お会いした方々の中には、「ブログを読んでいるよ」と言ってくださる方もいます。

本当にうれしく思います。

更新ができない理由は、忙しいこともありますが、行動がパターン化している部分もあるのかもしれません。 日々、色々と学び続けるのが私達地方議員の仕事ですから、これじゃあいけないんですよね。 

さて、更新ができていない日に何があったのかというと、鹿嶋市では消防の出初め式がありました。

私は毎年参加しているのですが、今年は他の予定と重なってしまい欠席をしました。

その予定というのが、罠猟資格の講習です。

講習場所は笠間市。

罠猟の資格なんて普通は必要ないと思うのかもしれませんが、罠というのは、害獣駆除も入るんです。 例えば、屋根裏に住み着いたハクビシンやアライグマ、今のところは報告はないけれどもヌートリアや、イノシシなど。

今までは猟友会の皆さんにお願いをしてきたのですが、猟友会も高齢化が進んでいるようで、最近ではすぐに駆除できないこともあるようなんです。

そこで勉強のためにも、お役にはたてるかどうかわからないけれども申し込んでおいたのですが、日程が重なってしまいました。 たくさんの人が受ける試験ではないので試験日も少ないんです。

受講者も少ないのだと予想していたのですが、50人ぐらいいました。しかも中には私よりも若い方々もいます。

どうやら、茨城県ではイノシシの被害が多くて、田畑を荒らされている方々がイノシシの駆除のために受講してるようです。

鹿嶋市ではイノシシの被害を聞くことはありませんが、隣の行方市や鉾田市ではイノシシは頻繁に出没するそうです。 休耕地が多くなれば鹿嶋市にもイノシシが住み着くかもしれません。

今週末には本試験があります。難しい試験ではないと聞いていますが、合格したら報告します。 報告がない場合は不合格だったと思ってください。

鹿嶋市では成人式もありましたね。

今年も華やかな成人式でした。

私の年代が成人の親の年代ですから、知ってるお父さんお母さんにたくさん会いました。

皆さん、おめでとうございます。

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