今朝もテレビで大きく取り上げられている、鉾田市議会のセクハラ視察問題。
今回は、視察に同行した会派議員が集まってのテレビへの反論だった。
見事に、議員達の主張ははねつけられて、田舎の馬鹿議員の汚名を着せられた。
議員はあるところでけじめが必要になる。誤解される事も多いし、噂も流れる。故意に悪評を流される事もある。実際そういった事は自分の気持ちでしか処理できない場合が多い。その際、しっかりとしたけじめを持っている事だけが自分を守る方法になる。

今回の視察は、市議団のポケットマネーとはいえ、最初から無関係の方を同行させてはいけない。私達の視察でも、一日は現地のコンパニオンが来てくれる懇親会が開かれる(もちろん自費である)が、もちろんそれには訳があって、議員同士の会話をはずませる為であったり、注いだり注がれたり、作ったりの、日本特有の宴席でのしきたりを軽くしてくれたりと大変助かる。特に議員の中では年齢の若い私には、正直、夜まで気を使っていたくないと思う事も多く、酔った上での他の議員との会話についていけない事もあるので、あちらの議員のお話相手になってあげてくれますか?と言って頼んで、その場を逃げる事もよくあります。( ちなみに私は年も若く、サッカーを通じた経歴を知られる事も多いので、親しみやすいのか、よく話しかけられますが、なぜか他の議員の目が気になります。どっちにせよ、懇親会には気を使います)。
こういった習慣は多くの議会の視察で行われているとは思いますが、ひとつでもけじめをなくすと批判の対象になる行為です。

鉾田市議会のある会派は、このけじめを見失っていたのでしょう。

しかし、テレビと対決するといった場合には、これは一方的にテレビが有利になります。テレビでは編修が行われて、コメインテーターの言葉が、正しい事と認識されます。田舎という都会とは違う文化が根付いている場所では、乱暴な言葉が、親しみの表現だという場合もあります。人が良いからこそ、テレビにも答え、正直だからこそ思った事を口にしたのかもしれません。話すのはうまくないけれど、人の良さと郷土愛で当選してきた議員も、それはそれで認める必要があります。
テレビでは反論をお待ちしています、といいますが、テレビの土俵にたって、反論できる訳がありません。
私も過去に、全国放送のラジオではありますが、著名なスポーツライターと、サッカーとサポーターのあり方について激論した事がありましたが、サポーターの真実や、過去からの経緯や現状を理解していないのにも関わらず、自身の知識と考えを一向に疑わずに、無関係の例を取り上げての反論に、話しが全く噛み合わない時がありました。
テレビは真実を伝える義務があるのならば、関係者は、当事者となる議員達と共に数日を過ごし、飲食を共にして人間性を見る事でわかる事もあるかもしれない。それでダメならダメなのでしょう。

鉾田市議に現在知り合いはいないので、テレビを見た、同業者の意見でした。
あの視察内容が悪いのは悪いんですけどね。