私は、小学生への英語の授業導入には問題があると思っています。
ですが、試験的に取り組む姿勢も大切ですし、その結果にも興味があります。
勝手な意見ですが、他の自治体、例えば英語がより暮らしに密接に関係する街の独自の取り組みならば素晴らしいかもしれませんが、鹿嶋市において取り入れる事は、結果も明らかにはならず、試験的な意味合いが拭えません。教育に試験的な試みは無責任な結果になる可能性があります。

そして、英語教育の導入理由はどうしても後付けに思えます。他にも話すと長くなってしまうのですが、それらを含めて、明確な結果と予算の妥当性に注意して、今の所は見続けていたいと思っています。

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それではどのような政策を踏まえれば英語の授業の導入に賛成ができたのかと言えば、おおまかな方向性ですが、まずは土曜日を授業に戻し、増やした授業時間から時間を捻出。

小学生だけではなく中学生にも会話を重視した授業を加えて、日常会話を明確な目標にする。
外国語学校や外語大学を誘致し、入学やその後進路までも子供達の目標と、英語教育導入の結果として示す。
と、ここまでの一連の流れがあってこそ、意味のある英語教育の導入であり、現在の結果を求めない英語教育には、一部の教育観によって、貴重な子供達の時間を無駄にしかねないと思えます。

加えて、私ならば、英語特区ではなく、スポーツ・文化特区を申請し、土曜日午前中授業を復活させ、午前中に、学習的授業、午後に、体育・芸術・文化的な時間を自由選択とし、学校単位での部活動の一部も、鹿嶋市の地域クラブとして、指導者不足と先生の負担を軽くし、学校毎の不平等もなくします。
そのひとつとして英語教育を、会話を重視した地域文化部の扱いとすれば、予算も少なく、全生徒への、なかば強制的な英語教育をやめる事ができます。

ちなみに、夏休みも元に戻します。

話しは脱線してしまいましたが、英語の授業の導入には、多額の予算が使われているにもかかわらず、無責任な要素が多々あると思われます。そのひとつひとつを課題にしていかなければならないでしょう。

そういう私の話しも現実的には難しい事もたくさんあるのですが・・。