個人的なことですが、最近すごく驚いたことがありました。

それは、26日のテレビ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」でのこと。

放送内容は、若手のお笑いグループが多数出演して、とんねるずに認めてもらうために芸を披露するものでした。

その若手コンビの中に「かみなり」がいました。 このコンビの特色は、茨城なまりでのやりとり。

このコンビの紹介の場面、とんねるずのタカさんが出身地を尋ねると、かみなりの2人は、「茨城県鉾田市」だと答えました。

するとタカさんは、「鉾田市と言うと、鉾田一高があるところ?」と尋ねたんです。鉾田一高を知ってるということでも少しうれしい気分になりますよね。鹿嶋市からも鉾田一高に通った方は多いですよね。 そしてそのコンビの1人も偶然にも鉾田一高の出身者。

するとタカさんは、「鉾田一高には昔、戸田と言う名の、すごいピッチャーがいたんだけど知ってる?」と尋ねたんです。

この戸田というピッチャー、実は鹿嶋市(当時の鹿島町)に住んでいて、しかも私の家の近く。テレビで出たテロップを参考にすると、「1976年 春の甲子園で糸魚川商工(当時)相手にノーヒットノーランを達成」というすごい成績。タカさんも「将来プロになって活躍する左ピッチャーだと言われていた」と絶賛。
1976年というと、私が7歳(小学校二年)の時代です。
とんねるずのタカさんは野球経験者ですから、きっと戸田投手と同じ世代なのかもしれません。
そして、私が戸田投手を覚えている理由のひとつに、私の父が野球好きで、小さい私と一緒に戸田投手の家を訪ねて戸田投手のサインと写真を撮ってくれたのを覚えているんです。

そんな戸田投手をタカさんが覚えていることにうれしさの驚きだったんです。

その後の番組の進行は、かみなりの1人の父親が戸田投手と同じピッチャーで、今はメロン農家を営んでいることから、毎年メロンをタカさんに送ることで審査に合格しました。

かみなりの今後の活躍にも期待したいですね。ちなみに鉾田一高出身では、Jリーグの初期の名古屋グランパスに浅野選手がいて日本代表にも入っています。ノリさんが名前を出してくれればうれしかったですね。

あの戸田投手のことをタカさんが知っていて今でも覚えていることに驚き、その投手の顔(イラストでしたが)や名前や紹介まで画面に映った時は、私の親しい人が紹介されたかのようなうれしい気持ちになりました。

当時の鹿島町のヒーローだったんですよ。